荻野洋一 映画等覚書ブログ

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『二重生活』 婁(ロウ・イエ)

2014-12-14 09:09:20 | 映画
 2006年の『天安門、恋人たち』に向けられた当局の処分によって、監督の婁(ロウ・イエ)は5年間の活動禁止を言い渡された。ロウ・イエはアメリカの大学に身を寄せたりしつつ、処分前よりもむしろ精力的に作品を発表している。『スプリング・フィーバー』(2008)、『パリ、ただよう花』(2011)、そして本作の『二重生活』(2012)、さらに最新作『ブラインド・マッサージ』(2014)という4本もの作品がこの8年間に製作されたのである。文革期に知識人たちにさし向けられた苛烈な弾圧を思い返すとき、このペナルティの曖昧さは何なのだろうかと訝るしかないが、この曖昧さのうちにしかるべき事柄がなされている──4本の映画が産み出される──という事態が、なんともロウ・イエ的であるようにも思える。
 じっさい東京フィルメックスのプログラム・ディレクター市山尚三氏のコラムによれば、『スプリング・フィーバー』がフィルメックスで上映された際、ロウ・イエ自身、「活動禁止処分になった今の方が自由に製作活動ができる」と語っていたそうである。おもにフランス資本を糧とする亡命的な活動では中国当局の検閲を気にする必要がない、という解放感のもたらした偽らざる心境だろう。
 活動禁止が解禁となって初めて検閲を正式に通して発表した新作が、この『二重生活』である。不倫、嫉妬がもたらす情痴殺人を描いたサスペンスで、まるで韓流ドラマのようである。多少の権力者批判、社会批判はあるが、こんな通俗サスペンスなら、当局も文句をつける筋合いはないと判断したのだろうか。
 ストーリーそのものより、重要な場面で容赦なく登場人物たちの顔面に打ちつけるどしゃ降りのすごみに、見る者の気は行くだろう。撮影は『スプリング・フィーバー』に続いて2度目のロウ・イエ組となる曾剑(ツアン・チアン)。打ちつける雨粒ばかりでなく、本作の舞台となった湖北省の省都・武漢(ウーハン)という都市の景観を、曾剑はじつに魅力的に切り取ってみせる。長江の巨大な水面はまるで海に見え、高層ビル群、新富裕層のしゃれた生活風景ともども、私はこの映画の舞台を、監督の故郷である上海であると勝手に勘違いしていた。しかし舞台が、100年前に辛亥革命の発火点ともなった内陸都市・武漢であることを、エンドクレジットで遅まきながら知ったのである。長江の圧倒的な水の存在感もさることながら、監督がこの武漢をロケ地に選んだ理由は、ちょうど辛亥革命100周年ということもあるにちがいない。


2015年1月24日(土)より新宿K’s cinema、渋谷アップリンクほかで公開予定
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