荻野洋一 映画等覚書ブログ

http://blog.goo.ne.jp/oginoyoichi

『人生は小説よりも奇なり』 アイラ・サックス

2016-03-20 07:16:52 | 映画
 数日前、友人Hからメールをもらい、「さすがに良い」と書かれていたのが、アイラ・サックス監督の『人生は小説よりも奇なり』(2014)である。あいにくこちらは不勉強にも、この監督の作品を1本も見ていない。「ニューヨークをパリのように撮る」とHは書いて寄こしたが、なるほどこの目線の取り方が漂わせる人間くささは、『キャロル』のトッド・ヘインズに一歩も引けるところはない。タイトルの相田みつを臭が若干気になるが、そんなつまらない理由でこの佳作を見逃すべきではないだろう。
 なにより、高齢のゲイカップルを演じた2人の男優に快哉を送らねばならない。ジョン・リスゴー(ブライアン・デ・パルマ初期の傑作『愛のメモリー』で主人公のクリフ・ロバートソンをおとしめる共同経営者を演じた人)、そしてアルフレッド・モリーナ(スティーヴン・フリアーズのイギリス映画『プリック・アップ』でもゲイカップルを演じていた)の2人である。長年連れ添ってきた彼らが、ニューヨーク市令の同性婚合法化に伴って正式に婚礼を執りおこなうファーストシーンから、感動的なラストシーンまで、一貫して揺るがぬ愛を貫く。そのストーリー展開には、姑息などんでん返しも、劇的なクライマックスもまったく必要がない。それは彼らの生き方が最初から証明しているものではないだろうか。
 しかし同性婚のニュースを知ったカトリック系ミッションスクールが、アルフレッド・モリーナを音楽教師の職から解雇して以来、事態はいっきに悪化してしまう。2人は新婚早々、しかたなく別々に親類宅の居候の身となる。肩身の狭い居候生活ゆえ、つい又甥(甥っ子の子ども)の非行をちくる形となるジョン・リスゴーの、尊厳が損なわれた表情の、なんという痛ましさだろうか。
 「ニューヨークをパリのように撮る」……カメラの目線ゆえ、それとも車載の横移動が醸し出す既視感ゆえか、楷書の都市像がカメラのまじないによって、行草書で描かれたかのように香りを増す。そして、ラスト。ジョン・リスゴーの又甥ジョーイを演じた子役のチャーリー・ターハンが、映画の総決算をかっさらっていく。アパートメントの階段踊り場での長回しにおける、少年のすばらしさ、そしてそれにつづく午後遅くの逆光が突き刺す、あまりにも美しいラストシーン…。
 全編をフレデリック・ショパンの旋律が彩るけれど、それがいかなるオリジナル・サウンドトラックにも増してすばらしい。


3/12(土)よりシネスイッチ銀座ほか全国順次公開
http://jinseiha.com