
2011年の秋の終わり、ロケ撮影のために私はマドリーにいた。仕事が終わって帰国の前日か、もしくは当日の朝だったか忘れたが、アトーチャ駅前の国立ソフィア王妃芸術センターを訪れた。ピカソの『ゲルニカ』を所蔵することで有名な、近現代専門の国立美術館である(東京でいうならプラド=東博、ソフィア=東近美)。
私はふつうに常設展を見に来ただけなのだが、企画展にぐっと引き寄せられた。《ロクス・ソルス レーモン・ルーセルの印象》というタイトルだった。なつかしいレーモン・ルーセル(1877-1933)の名前。わが学生時代のペヨトル工房の全盛期の重要な固有名詞だが、すっかり意識の奥底へと沈殿していたものだ。最近、部屋の中を整理していて、その時の図録が本棚の億から出てきた。ぺらぺらとめくってみる。
ダダイスト、シュルレアリストたちから熱狂的に支持された以外は、その奇怪かつ難解な作風が理解されないまま、失意と蕩尽の果ての1933年、薬物中毒のためシチリア島で客死したレーモン・ルーセルだが、死後60年後に、トランクルームに眠っていた9個の段ボール箱が、パリ国立図書館に寄贈された。私がマドリーで見ることになった展覧会は、この段ボール9箱のお披露目であった。パリ国立図書館の協力のもと、2011年から2012年にかけてマドリーのソフィア王妃芸術センター、ポルトのセラルヴェス現代美術館を巡回したのである。
新発見の詩、小説、スケッチ、ポートレイト写真、書類といった遺品が展示され、『ロクス・ソルス』『アフリカの印象』の演劇上演時のスチール写真やポスターのほか、ミシェル・レリス、アンリ・ルソー、ポール・デルヴォー、サルバドール・ダリ、ポール・エリュアール、マン・レイ(図録表紙はマン・レイ作 写真参照)、マルセル・デュシャン、フランシス・ピカビアら、関連人物たちの作品ならびにルーセルを絶讃する肉筆原稿、ジョルジュ・メリエスのサイレント映画etc, と、きわめてにぎやかな企画展である。
かつてソフィア王妃芸術センターで見て「これはいい企画だな」と思ったものに、エドワード・スタイケンの写真展があったが、あれも忘れたころに世田谷美術館が持ってきてくれた。レーモン・ルーセルも忘れたころに見られるといいのだが。