荻野洋一 映画等覚書ブログ

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篠山紀信展《写真力》

2012-10-12 06:16:55 | アート
 東京・初台の東京オペラシティ・アートギャラリーにて、篠山紀信展《写真力》が開催されている。意外だが、篠山紀信の展覧会が美術館という(いわば公式的な)空間で行われるのは、これまで写真家自身が拒否してきたため、これが初めての機会となる。

 私は篠山紀信を少なくとも現役では日本最強のフォトグラファーとしてリスペクトしてきたが、その評価の正当性には年々自信を持っている。歴史的に見て、日本は数多くの優れた写真家を輩出した国ではあることはまちがいないが、総合的な見地から見た場合、篠山紀信の凄味に達している例は皆無であると思う。そのことを、今度のオペラシティでもまざまざと見せつけられた思いだ。嘘だと思われたら、切符を買って最初の部屋に入ってみていただきたい。これほどのインパクトを受ける展覧会というのは、そうそうあるものではない。すべての写真がすごい。アートとしての視点以前の、基礎的な技術レベルが半端ないのである。
 これは単なる世代的な感傷でないと思いたいが、山口百恵が黒いビキニ水着を着てイーゼルらしき木片の上に寝そべりながら水面に浮いている写真が、もっとも心打たれた。たけしの新作『アウトレイジ ビヨンド』を見ると、ひたすら標的に徹する三浦友和の飄々たる老いぶりから察して、愛妻たる山口本人もそれなりに今では老いているかと想像されるが、きらめく水面の上で艶めかしく呆然たる表情をレンズに向けているさまは、まさに永遠そのものである。篠山はこれを〈時の死〉と呼んでいるらしいが。

 日本の写真界は、若松孝二的、羽仁進的な存在はたくさん輩出したし、篠田正浩、今村昌平、市川崑も数多くいると思う。現在は岩井俊二的存在のオンパレードである。しかしながらマキノ雅弘的な存在となると、篠山紀信をおいて他にはいないのではないか。木村伊兵衛ですらマキノ的ではない。海外の映画祭でマキノが重宝されたという報はついぞ聞いたことがないが、いよいよマキノ化する篠山というのをこれからも見届けたい、と私は心秘かに思っている。