荻野洋一 映画等覚書ブログ

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『パリ・オペラ座のすべて』 フレデリック・ワイズマン

2009-10-28 03:13:26 | 映画
 フレデリック・ワイズマンの最新作は、近年のコメディ・フランセーズ、アメリカン・バレエ・シアターに続き、三たび舞台芸術のバックステージものだ。
 彼のやり方は、はじめから最後まで変わらない。インタビュー、ナレーションのたぐいは皆無。ひたすらダンサーたちの練習風景、リハーサル風景が映し出され、劇場を統括する芸術監督ブリジット・ルフェーヴルと事務局スタッフたちは、政府が打ち出した年金改革についてダンサーたちに入念に説明したり、アメリカの大口援助者(2万5000ドル以上の寄付者)のツアー旅行をどのように歓待すべきかをあわただしく議論している。リーマン・ブラザースが後援してくれるはずだ、などという会話内容が出てくるが、これは現在ではおそらくご破算になっただろう。

 そして、掃除夫は掃除をし、お針子は衣裳を縫い、染織家は衣裳や舞台装飾用の布を染める。屋上ではなぜか、蜂飼いがハチミツを採取している。これもパリ国立オペラの一事業らしい(フォションで購入可能とのこと)。とにかくみんな、非常に忙しそうだ。エトワールたちの素顔だの、知られざる私生活だのには、いっさいカメラは向けられない。それどころか、公演時の拍手喝采すらカットされている。ダンスも、運営も、すべてが集中を要する労働として受け止められている。

 だから生半可な主観は、徹底的に排除される。ルフェーヴルが振付師との打合せの席で、故モーリス・ベジャールの言葉を引き合いに出す。「バレエ・ダンサーは修道女であり、ボクサーでもある」と。心身共にタフなハードワーカーであることが求められ、強靱な自覚が求められる比喩である。
 そんな中、時折ほんの短く申し訳程度に挿入される、パレ・ガルニエとオペラ・バスティーユの両劇場の偉容、夕闇せまるセーヌ右岸の街景、地下下水道の怪しい汚水のきらめき、さらには運営スタッフの裏口での喫煙風景などが、160分のあいだ絶えず張りつめた画面の緊張をほぐしてくれる。


Bunkamuraル・シネマ他、全国で順次公開
http://www.paris-opera.jp/