無党派層 2010/06/04 23:35
小沢氏を稀代の戦術家、選挙の達人と見る人は今回の政局を選挙の達人である小沢氏一流の戦術の一環と読み解く人がいるであろう。民主党へのバッシングを一身に受けていた小沢氏が、これまた稚拙な政権運営で憎しみと失望を買いながらも政権に未練を残す鳩山を自身も身を引くことを条件に退陣させ、民主党批判の責め口をなくす。強まる一方であった批判をぎりぎりまで浴びながら、選挙直前に自身が人身御供となり沈静化させた。そう分析する人もいよう。
一方でメディアの伝えるものをそのまま受け止める向きは、小沢氏の辞任は小沢氏自身も予期せぬアクシデントであったと見るであろう。鳩山は無能であったが最期の最後で良くやったと評価しているのではないか。
私は何れの立場も取らない。私は小沢氏は稀代の悪党でも、先の細かい部分まで読み通せる戦術家だとも思っていない。あくまでもその時々の状況に応じて自身の信念や仁義に基づいて行動する人物であると思っている。恐らく結果は見通せていないだろうし、そもそもそんなことは考えてもいないと思う。私は小沢氏に対してそういった見方をしている。
そういった観点で言わせて貰えば、私は今回の政局で小沢氏は小沢氏なりの責任を貫いたと考える。自身が西松事件の余波でもって代表を退かなければらず、その際に後任として押し立てた鳩山が政権運営で数々の失敗を重ね、あまつさえ連立の一角を担っていた社民党を切るという暴挙を犯した。そのことに関して小沢氏は責任を取ると共に仁義を通した。自身も自民党に利用され嵌められた経緯があり、小沢氏はそれを良しとはしなかったのであろう。自分自身がこの先どうなるかは恐らく考えていまい。
私ごときがおこがましいが、あえて言わせて貰えば、小沢氏は死地に赴いたと思う。他日復活の目があるのかどうか今の段階では判らない。そこまで健康状態が保つか判らないし、検察審査会の審判によって起訴される可能性だってある。
だが、私は今ここで改めて言わせて貰おう。流石、小沢一郎だと。私なぞでは到底真似の出来ない行動であると。
政権交代を果たしてから今日まで、いや政権交代前からだが、各メディアから謂われの無きバッシングを受け、それを真に受けたB層も追随し小沢氏批判を繰り返した。そういったものを見るにつけ私なぞは強い憤りを感じた。非常にままならない今の日本の世の中に悶々とする日々を送る毎日であった。そういった中での救いは山崎先生や佐藤優氏など少数の良識ある人達の論考を読むことだけであった。
小泉政権時代の政策によって弱者が切り捨てられ、その痛みが自民党批判に繋がり政権交代に繋がったとメディアはしていたが、何のことはない、そのメディアが政権交代後は声高に小泉政権時代の施策を進める始末。有権者の多くもメディアの論調に無批判に乗っかり、その延長上で小沢氏が標的とされた。
メディアによる報道、評価によってぶれる国民。定見無き国民。それが今の日本の現状である。総理となる菅が小沢氏と距離を置くと言う。その証としてかどうか判らないがメディアの論調に乗っかるこれまた定見無き、実力無き、仁義なき輩達の多くを菅が要職で起用すると伝えられている。
メディア、特に朝日などはこれまで偉そうに提言、誘導していた通りの政権が生まれた訳だ。さぞや増長しているに違いない。無理矢理支持率が上昇したなどという緊急調査を発表するなど早速援護射撃を開始している。
やれるものならやってみろ。これまで口先だけ偉そうにほざいていた枝野、仙谷達。うまくいかなければ責任転嫁する相手はもういない。逃げる訳にはいかないぞ。綺麗事を言うだけではなく、実現して見せろ。
朝日もこいつらに政権を運営させ、自らが政治に口出しをしたかったのだ。思う存分してみせろ。後になって豹変するなど絶対に許さない。お前らの言説はスクラップブックにして残してある。責任をとって最期までガキ共を支えて見せろ。
そうは言っても私は奴らが必ず失敗すると思っている。遅くとも2年で根をあげるに違いないと踏んでいる。無駄な時間ではあるが、奴らが失敗してどうしようもない状況になって初めて国民がやっと目が覚める。そこで初めて本当の意味で小沢一郎待望論が浮上して来る。そう私は確信している。
わたしの考えを完璧な文章にしてくださった方を見つけたので、ここに引用させていただきます。
出てくれば傀儡だのと騒がれ、引き下がれば「小沢隠し」だと揶揄され、人の悪口を一切表に出さず、ずっと変わらず政治の信念を貫き通し、孤独な戦いをしている一匹の狼のようなこの男をわたしは信用できると思う。
小沢氏を稀代の戦術家、選挙の達人と見る人は今回の政局を選挙の達人である小沢氏一流の戦術の一環と読み解く人がいるであろう。民主党へのバッシングを一身に受けていた小沢氏が、これまた稚拙な政権運営で憎しみと失望を買いながらも政権に未練を残す鳩山を自身も身を引くことを条件に退陣させ、民主党批判の責め口をなくす。強まる一方であった批判をぎりぎりまで浴びながら、選挙直前に自身が人身御供となり沈静化させた。そう分析する人もいよう。
一方でメディアの伝えるものをそのまま受け止める向きは、小沢氏の辞任は小沢氏自身も予期せぬアクシデントであったと見るであろう。鳩山は無能であったが最期の最後で良くやったと評価しているのではないか。
私は何れの立場も取らない。私は小沢氏は稀代の悪党でも、先の細かい部分まで読み通せる戦術家だとも思っていない。あくまでもその時々の状況に応じて自身の信念や仁義に基づいて行動する人物であると思っている。恐らく結果は見通せていないだろうし、そもそもそんなことは考えてもいないと思う。私は小沢氏に対してそういった見方をしている。
そういった観点で言わせて貰えば、私は今回の政局で小沢氏は小沢氏なりの責任を貫いたと考える。自身が西松事件の余波でもって代表を退かなければらず、その際に後任として押し立てた鳩山が政権運営で数々の失敗を重ね、あまつさえ連立の一角を担っていた社民党を切るという暴挙を犯した。そのことに関して小沢氏は責任を取ると共に仁義を通した。自身も自民党に利用され嵌められた経緯があり、小沢氏はそれを良しとはしなかったのであろう。自分自身がこの先どうなるかは恐らく考えていまい。
私ごときがおこがましいが、あえて言わせて貰えば、小沢氏は死地に赴いたと思う。他日復活の目があるのかどうか今の段階では判らない。そこまで健康状態が保つか判らないし、検察審査会の審判によって起訴される可能性だってある。
だが、私は今ここで改めて言わせて貰おう。流石、小沢一郎だと。私なぞでは到底真似の出来ない行動であると。
政権交代を果たしてから今日まで、いや政権交代前からだが、各メディアから謂われの無きバッシングを受け、それを真に受けたB層も追随し小沢氏批判を繰り返した。そういったものを見るにつけ私なぞは強い憤りを感じた。非常にままならない今の日本の世の中に悶々とする日々を送る毎日であった。そういった中での救いは山崎先生や佐藤優氏など少数の良識ある人達の論考を読むことだけであった。
小泉政権時代の政策によって弱者が切り捨てられ、その痛みが自民党批判に繋がり政権交代に繋がったとメディアはしていたが、何のことはない、そのメディアが政権交代後は声高に小泉政権時代の施策を進める始末。有権者の多くもメディアの論調に無批判に乗っかり、その延長上で小沢氏が標的とされた。
メディアによる報道、評価によってぶれる国民。定見無き国民。それが今の日本の現状である。総理となる菅が小沢氏と距離を置くと言う。その証としてかどうか判らないがメディアの論調に乗っかるこれまた定見無き、実力無き、仁義なき輩達の多くを菅が要職で起用すると伝えられている。
メディア、特に朝日などはこれまで偉そうに提言、誘導していた通りの政権が生まれた訳だ。さぞや増長しているに違いない。無理矢理支持率が上昇したなどという緊急調査を発表するなど早速援護射撃を開始している。
やれるものならやってみろ。これまで口先だけ偉そうにほざいていた枝野、仙谷達。うまくいかなければ責任転嫁する相手はもういない。逃げる訳にはいかないぞ。綺麗事を言うだけではなく、実現して見せろ。
朝日もこいつらに政権を運営させ、自らが政治に口出しをしたかったのだ。思う存分してみせろ。後になって豹変するなど絶対に許さない。お前らの言説はスクラップブックにして残してある。責任をとって最期までガキ共を支えて見せろ。
そうは言っても私は奴らが必ず失敗すると思っている。遅くとも2年で根をあげるに違いないと踏んでいる。無駄な時間ではあるが、奴らが失敗してどうしようもない状況になって初めて国民がやっと目が覚める。そこで初めて本当の意味で小沢一郎待望論が浮上して来る。そう私は確信している。
わたしの考えを完璧な文章にしてくださった方を見つけたので、ここに引用させていただきます。
出てくれば傀儡だのと騒がれ、引き下がれば「小沢隠し」だと揶揄され、人の悪口を一切表に出さず、ずっと変わらず政治の信念を貫き通し、孤独な戦いをしている一匹の狼のようなこの男をわたしは信用できると思う。