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長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『ザ・ウォーク』

2016-10-21 | 映画レビュー(う)

 まるで少年時代の終わりを告げられたかのような、切ない郷愁がこみ上げてくる。ワールド・トレード・センタービルで綱渡りをした大道芸人フィリップ・プティを描く本作は、無邪気に夢見る事ができた時代へのノスタルジーに満ちている。拙い英語(もといフランス訛りの英語)で野心を語るジョゼフ・ゴードン・レヴィットのチャーミングさに惹かれて誰もが犯罪行為と同義の綱渡りに二つ返事で参加する姿が愛らしい。

WTC綱渡りをまるで『オーシャンズ11』のようなケイパー映画風に描写する所までドキュメンタリー版『マン・オン・ワイヤー』と同じアプローチで、ほとんど実写映画版といった趣なのだが、記録映像が残っていない先行作品に対して完全再現した所にゼメキス版の真骨頂がある。3DCGによって創造された地上411メートル、WTCの屋上はIMAX映像で圧巻の臨場感を演出する。あくまで客観視されたドキュメンタリー版とは異なり、プティがワイヤーの上で何を感じてパフォーマンスに挑んだのかその心情によりフォーカスされており、ワイヤー往復からUターン、寝そべりまでほぼオンタイムで再現されていて目が眩むかのようだ。

批評家にも絶賛された本作だが、アカデミー賞では主要部門はおろか、技術部門にもノミネートされなかった。ハリウッド映画がCG偏重からリバウンドしているムーブメントがあった事はもちろん、WTCをノスタルジーの象徴とするストーリーテリングがドキュメンタリー版と全く同じアプローチだった事も原因ではないだろうか。

 事件後、WTC永久パスポートを得たというドキュメンタリー版では語られなかったエピローグが、僕らにあれが“過ぎ去った季節”であったことを知らしめる。無邪気でいられる時代は永久には続かないのだ。


『ザ・ウォーク』15・米
監督 ロバート・ゼメキス
出演 ジョゼフ・ゴードン・レヴィット、シャルロット・ル・ボン、ジェームズ・バッジデール、ベン・キングスレー
 
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『ブリッジ・オブ・スパイ』

2016-10-21 | 映画レビュー(ふ)

 アカデミー賞では作品賞はじめ6部門にノミネートされ、マーク・ライランスが助演男優賞を受賞したが、スピルバーグ映画らしからぬ事に技術部門では冷遇され、何よりスピルバーグ当人がノミネートもされなかった。

『ブリッジ・オブ・スパイ』は巨匠の佳作の1本に過ぎないのか?
一見、簡素で控えめな作品だがとんでもない。後にこれがスピルバーグをネクストレベルへ移行させた1本として再評価される事だろう。

作風が変遷せざるを得なくなった理由は製作体制の変化だ。
長年の相棒であった製作のキャスリーン・ケネディがルーカスフィルム社長に就任した事により離脱。また音楽のジョン・ウィリアムズが体調不良によりトーマス・ニューマンへ交代した。ニューマンはこれまでのスピルバーグ×ウィリアムズのコラボレーションを全くフォローせず、メランコリックな自身の作風を堅守。これだけでスピルバーグ映画の“口数”が減った。

そう、前作『リンカーン』以上に演出はミニマルに簡素化され、より俳優主義へとシフトしており、その方向性を決定付けたのがロシア人スパイを演じたマーク・ライランスではないだろうか。スパイとしての人生に身を費やしてきた男の悲哀を口角1つで表現する彼の佇まいをスピルバーグは冒頭、かなりの時間をかけて丹念に描写している。『リンカーン』のダニエル・デイ・ルイスしかり、俳優の演技が演出にインスピレーションを与え、むしろ『ブリッジ・オブ・スパイ』はライランスがスピルバーグから新境地を引き出したかのようにすら見える。

撮影の順番はさておき、彼と初めて対面する弁護士役トム・ハンクスの表情にも演者としての心地よい緊張感が伺い知れる。それにしても、もはやグレゴリー・ペックすら彷彿とさせるハンクスの安心感はアメリカの高潔な正義感の象徴であり、名優の域だ。

この清廉な筆致からはレイシズムに対するスピルバーグの率直な怒りが浮かび上がってくる。
それは世論の数で悪意を増幅させる大衆心理への怒りであり、故に自由と公平を持ってロシア人スパイにも同等の裁判を受けさせた主人公ドノヴァンの行為からアメリカが本来持っていた寛容さが浮き彫りになってくるのである。他者への憎悪を煽る事で人心を掌握しようとする者が大統領候補として跋扈する今こそ立ち返るべきテーマではないか。その精神をライランス演じるアベルが目にする終幕は忘れがたい屈指の名シーンである。
 

『ブリッジ・オブ・スパイ』15・米
監督 スティーブン・スピルバーグ
出演 トム・ハンクス、マーク・ライランス
 
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『イット・フォローズ』

2016-10-20 | 映画レビュー(い)

 ギャー怖ェえええ!2014年に全米で大ヒットを記録し、批評家から大絶賛されたホラー『イット・フォローズ』は身の毛もよだつ恐怖と緊迫感に貫かれた傑作だ。“セックスをすることで感染する呪い”というセンス・オブ・ワンダーなアイデアはデヴィッド・ロバート・ミッチェルのリリカルな個性によって恐ろしくも甘美な悪夢となって映画館の闇を犯していく。

ヒロインのジェイは19歳。健康的な肢体とまばゆいプラチナブロンドがデトロイトの郊外住宅には不釣り合いな美少女だ。処女は既に捨てているが、年上のカレとのデートにときめくくらいのウブさは残っている。ところがカーセックスを終えた後、ジェイは襲われ意識を失ってしまう。

目覚めたジェイにカレは言う「君にある呪いをうつした。それはゆっくりと、だが確実に君を追いかけてくる。捕まって殺される前に誰かとセックスしてうつせ」。

人の形をした人ではない何か。
“IT=それ”は時にレイプされ殺された腐乱死体のような姿で、時に知り合いの誰かに成りすまして静かに、ゆっくりと呪いの対象者をめがけて歩いてくる。こんな絶望的なホラーアイコンが今まであっただろうか!?

ジョン・カーペンター、デヴィッド・リンチ、もちろん『リング』以降のJホラーへオマージュを捧げながらもこの映画が独自のオリジナリティを得たのは“IT=それ”に立ち向かうジェイら若者たちの間に“性”の匂いが漂うからだろう。
“IT=それ”から逃れるためにジェイは次々と男達と寝ることを選んでしまうのだが、彼女が人知れず流す涙をミッチェル監督は見逃さない(健康的な色気の中に繊細さを隠すマイカ・モンローに注目だ)。幼馴染のポールはジェイのことが好きなだけに“IT=それ”をうつしてほしいと思っているが言い出せず、彼女へ寄せる視線には未熟な性欲が匂う。まだあどけなさが残るおしゃまな妹達はセックスを知る姉に好奇の目を向けている。

そんな彼らの暮らすデトロイトの住宅地から8マイルを挟んだ向こう側は廃墟の並ぶゴーストタウンだ。生と死の表裏一体。サバービアの向こうには“死”が拡がっている。

青春時代の終わりを告げるものとは何なのか。
それは若さを謳歌する者が歩み寄る死の存在を知った時ではないのか。
 プールの奥底で無限に広がる血溜りに得体の知れない恐怖を覚え、腹の底から震えがきた。


「イット・フォローズ」14・米
監督 デヴィッド・ロバート・ミッチェル
出演 マイカ・モンロー
 
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『ジェイソン・ボーン』

2016-10-15 | 映画レビュー(し)

 実に9年ぶりのシリーズ正統続編となったワケだが、残念ながらマット・デイモンもポール・グリーングラス監督もジェイソン・ボーン復活に相応しい物語を見つける事ができなかったようだ。
前作のラストから隠遁生活を送っていたボーンはテロで爆殺された父親がトレッドストーン計画の発案者だったと知り、真相を追う事となる。オーケイ、じゃあ次は母親がCIAの長官って展開はどうだい?

思い返せば前3部作はブッシュ政権下、イラク戦時下の物語だった。
記憶を失った超人的スパイ、ジェイソン・ボーンが迫り来るCIAの刺客を倒し、自身の正体を探るが彼は冷戦期のような“作られたスパイ”ではなく、自ら志願して殺人マシーンとなった愛国青年であった事が判明する。それは愛国心という言葉で戦争を正当化した時代の空気そのものであり、無個性なマット・デイモンという俳優の匿名性が相まって普遍的な支持を獲得したように思う。

ではオバマの時代にジェイソン・ボーンが果たすべき役目とは何だったのか?
世界平和を謳う一方でドローンによる殺戮を続け、国民全体をネット越しに監視し続けていた国家の病的な二面性こそボーンシリーズが前3部作でいち早く怒りを持って暴いた事だった。今年、既にディズニー・ピクサーが描いた人種間の憎悪、国家の分断を残念ながらグリーングラスは嗅ぎ当てるに到っていない。本作の最大の欠点はこの同時代性の欠如なのだ。

アクションシークエンスにおいても“ボーン以前、以後”で語られるようになった現在のボーダーラインをクリアしていない。ギリシャ危機の大暴動の火中で繰り広げられるチェイスシーンなど魅力的なシチェーションはあれどアカデミー賞を席巻した編集、観客のアドレナリンを刺激する演出が施されているとは言い難く、前3部作の到達点には程遠い。

語るべき物語を見つけられなかった本作は3部作の水増しに過ぎず、傑作シリーズに蛇足したようなものだ。
僕は人知れず消えていった「ボーン・アルティメイタム」のエンディングが大好きだった。
ボーンは世界の片隅で静かに生き続けている、もうそれでいいじゃないか。そっとしてあげようよ。
 

「ジェイソン・ボーン」16・米
監督 ポール・グリーングラス
出演 マット・デイモン、アリシア・ヴィキャンデル、ジュリア・スタイルズ、トミー・リー・ジョーンズ、ヴァンサン・カッセル
 
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『スーサイド・スクワッド』

2016-10-14 | 映画レビュー(す)

 ハイハイ、今どき予告編詐欺に引っかかるような僕が悪かったんですよ!でも期待しちゃったじゃないか。ようやくザック・スナイダーの専任体制を解いたDCがデヴィッド・エアーを抜擢するなんて仰天人事、ひょっとしてと思ったのは僕だけじゃなかったハズだ。ところが公開が近付くにつれ明らかになった数々の悪評に期待値はダダ下がり、そして本編は下がった期待を少しも裏切らない壊滅的仕上がりだった。

聞けばエアーのディレクターズ・カットと大好評を博した予告編製作会社の編集による2バージョンがスクリーニングにかけられ、より“ポップで楽しい”後者が公開されたのだと言う。当のエアーは「どっちも自分の作品」と大人の対応だが、見終えた今となってはエアー版も救い難い出来だった事は想像がつく。

まず8人もいる自殺部隊“スーサイド・スクワッド”に均等に見せ場を与える事はおろか、キャラクターを立てる事が出来ていない。
メインは既にスターとして認知されているハーレークイン役マーゴット・ロビーとデッドショット役ウィル・スミスの2人だ。ウィル公にアンサンブルなんかできるハズがない。なんせ「主役じゃないから」とタランティーノの『ジャンゴ』でジェイミー・フォックスの役を蹴った男だ。スゴ腕のスナイパーだが子煩悩という湿っぽい展開はウィルの見せ場作りのために必要以上に盛り込まれている。

方やマーゴット・ロビーがキャリアの転換点とも言える程にドハマリしたハーレークインは彼女の豪快な色気が見るも楽しく、ほとんど丸出しのお尻と共に目が釘付けになってしまった。

それはいい。
問題はジャレッド・レトを招聘してまで復活させたジョーカーが恋に生きるオラオラ系男子だなんてキャラ付け、いったい誰得なんだよ!?恋に生きるジョーカーなんて見たいか!?

アクションシークエンスも目眩がするほどダサい。
ヴィランが8人も揃っていながら彼らの基本攻撃が撃つ、殴るしかないのは絵的にあまりに貧相だ。やられ役として随伴する特殊部隊と何ら差別化されていないじゃないか!バットとか鉄製ブーメランとか素手でチマチマ倒しているような奴らを恩赦まで与えて雇うなよ!メキシコ系ギャングにして非業のパイロキネシス使いディアブロのみエアー映画的な刻印を感じるのだが…。

完全にお色気要員扱いされているカーラ・デルヴィーニュとの最終決戦の頃には観客席はもうどうでもいい気分で自殺者続出だ。
 ギャグも増量、ノリノリの音楽も多用してかなりのテコ入れが施してあるが、我慢強く企画開発し、マーケットを開拓してきたマーベルには何人のヒーローがアッセンブルしようが太刀打ちできないだろう。もうDCには金を落とさん!


「スーサイド・スクワッド」16・米
監督 デヴィッド・エアー
出演 ウィル・スミス、マーゴット・ロビー、カーラ・デルヴィーニュ、ジョエル・キナマン、ヴィオラ・デイビス、ジャレッド・レト、ベン・アフレック
 
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