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長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『クリード チャンプを継ぐ男』

2016-10-12 | 映画レビュー(く)

  2015年のアカデミー賞で物議を醸した白人優位主義“ホワイト・オスカー”問題は大筋の見方ではN.W.Aの盛衰を描いた「ストレイト・アウタ・コンプトン」の落選が引き金のように言われているが、心情的にはノーマークの中、年末に公開された本作の落選によるものが大きいのではないだろうか。それほどまでにこの「クリード」は予想外の完成度であり、初代「ロッキー」の感動を甦らせる事に成功している。

ロッキーの好敵手アポロに隠し子がいて、ロッキーの教えを乞うてチャンピオンを目指す…というプロットを聞いた時は誰もが鼻白んだはずだ。これを長編2作目となるライアン・クーグラー監督はヒップホップ×ビル・コンティの発想でリブート。孤児として不遇の少年時代を送り、アポロの正妻に養子として迎えられながらもその裕福さに自身を見出せなかったアドニス・クリードのリアルでシリアスな青春モノに仕上げている。随所にシリーズへのオマージュを捧げ、観客のアドレナリンと涙腺を刺激しまくるその手法は、第一作のファイナルラウンドを完コピしたクライマックスでついにピークに到達し、観客を感動で呼吸困難寸前に陥らせる。
 このあまりにハリウッドライクな巧さを買われてクーグラーはマーヴェル初のブラックスプロイテーション映画
「ブラックパンサー」へ大抜擢。ファイトシーンを長回し一発で撮らえる根性も大いに買いたい期待の新鋭だ。

見所は本作で40年ぶりにアカデミー賞候補となったシルベスター・スタローンであろう。老いも弱さも臆する事なく晒した老境ロッキーは彼にしか成し得ない味わいであり、オスカーも期待されたが惜しくも受賞には至らなかった。

授賞式直後の直後のスタローンのコメントがいい。

「あきらめない、へこたれない、やり続ける!」

 試合に負けても勝負に勝つ。それこそ我らがスタローンじゃないか!


「クリード チャンプを継ぐ男」15・米
監督 ライアン・クーグラー
出演 マイケル・B・ジョーダン、シルベスター・スタローン、テッサ・トンプソン
 
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『ハドソン川の奇跡』

2016-10-11 | 映画レビュー(は)


根っからの共和党支持者であり、イラク戦争中もブッシュの応援演説を行った事で話題になったクリント・イーストウッドだが、ドナルド・トランプにまで支持表明をしたのには驚かされた人も多いのではないだろうか。戦争を憎み、権力に反抗し、何よりこういうインチキな奴が嫌いなハズである(少なくとも作家性からはそう読み取れる)イーストウッドの不思議なパラレルは彼の魅力の1つでもあるのだが、本作を見ると彼が支持しているのは清く正しいアメリカの保守性である事がわかる。

2009年に発生したハドソン川への旅客機不時着事故の内幕を描く本作でとりわけ素晴らしいのはその時、その場所に居合わせた人々をスケッチするイーストウッドの描写力だ。誰もがわずかな出番ながらモブとして埋もれず、一人一人が顔のあるキャラクターとして印象付けられていく。そして素晴らしく冷静で頼もしく勇敢なCA、サリー機長らのプロフェッショナリズムによって危機は脱せられる。

それは単なる奇跡の生還劇でも九死に一生スペシャルでもない。アメリカ人の9.11という悪夢の克服だ。“ハドソン川の奇跡”を目の当たりにした市井の人々をスケッチしながらイーストウッドはそこに今、まさに分断されようとしているアメリカが本来、国是としてきた普遍の団結心を見出しているのである。

面白い事にイーストウッドはサリーを自身の作家性に引き寄せた。イーストウッド映画の主人公達は決してヒーローになるために英雄的行為を取るような事はしない、寡黙で孤独な男達だ。イーストウッド風の苦み走った表情で余裕の名演を披露するトム・ハンクスを得た事によってイーストウッドは古びる事のない作家性をフィルムに刻印し、トランプのような口先男では成し得ないプロフェッショナリズムの勝利を賛歌するのである。

上映時間はわずか96分。食傷感もなければ、物足りなさもない。それなのにこの豊かな余韻、行間の味わいはどこから生まれてくるのだろう。こんな傑作が出てくるからアメリカ映画は面白いのだ。


「ハドソン川の奇跡」16・米
監督 クリント・イーストウッド
出演 トム・ハンクス、アーロン・エッカート、ローラ・リニー
 
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『クリムゾン・ピーク』

2016-10-06 | 映画レビュー(く)

 鬼才ギレルモ・デルトロが再びホラー映画に挑んだが、今回はこれまでと少し趣が違う。
フランコ政権下のスペインを舞台にした前2作「デビルズ・バックボーン」や「パンズ・ラビリンス」のような土着の情念と粘着性がなく、ミア・ワシコウスカ、トム・ヒドルストン、ジェシカ・チャステインら人気俳優を迎えたスター映画として怖さを半ば放棄すらしている。

デルトロの目的はただ1つ、“タイトルロール”となる主役、洋館クリムゾン・ピークを再現する事だ。

アメリカの豪商の下に生まれた小説家のイーディスは父の事故死をきっかけに英国の実業家トーマスと結婚。彼の領地で通称“クリムゾン・ピーク”と呼ばれる洋館に住む事となる。準男爵の称号を持つとはいえ、没落貴族であるトーマス。新妻としては御免こうむりたいボロ屋敷で面食らってしまう。

廊下を歩けば床からは土地由来の赤粘土が血のように染み出し、壁はいたる所が煤けて不気味な影を成している。風が吹き抜ける音は心なしか人のうめき声のようにも聞こえ、エントランスはなんと天井が抜けて雪が舞っているではないか。絶対に住みたくはないが、人を魅了してやまない禍々しさ。
この一軒家を丸ごと創り上げてしまったデルトロの美への妄執こそが本作の主役であろう。

人気スター達はクリムゾン・ピークを引き立てるための飾りのようなものだ。金髪のウェーブを下し、白のネグリジェ姿でおののくミア・ワシコウスカがクリムゾン・ピークの夜には良く映える。地毛のブロンドよりも黒髪の方が似合うトムヒ、そしてヴィクトリア朝の美人と骨格がまんま同じなチャステインの恐美人っぷり。これらが寸分違わぬ本作の“美術設計”だ。

 それにしても処女のヒロイン、妖しい美男子と怖ろしい姉、人里離れた洋館…これって山岸涼子のマンガそのままじゃん!デルトロの事だから案外、元ネタこっちかも!


「クリムゾン・ピーク」15・米
監督 ギレルモ・デルトロ
出演 ミア・ワシコウスカ、トム・ヒドルストン、ジェシカ・チャステイン、チャーリー・ハナム
 
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『禁じられた歌声』

2016-10-02 | 映画レビュー(き)

 驚くべきは西アフリカはティンブクトゥを舞台にしたこの素朴なモーリタニア製映画がアカデミー外国語映画賞候補はおろか、フランス版オスカーといわれるセザール賞で主要7部門を独占した事だろう。イスラム武装勢力に占拠され、暴力と戒律によって支配された人々をスケッチしていく本作はドラマチックな虚飾を纏わず、時に牧歌的とも思える筆致で世界のありのままを描き出そうとする。そんな衒いもない映画がアサイヤス「アクトレス」はじめ地元フランス勢を差し置いた事にこの国の社会構造を垣間見るのだ。昨年からフランス国内で相次ぐテロ事件の事を思えば社会的関心が高まっていた事も想像がつく。

 説明を排したシンプルな語り口には歌を禁じ、女性を虐げ、宗教の笠を着て権威を振るう者たちへの監督アブデラマン・シサコの怒りがにじんでいる。人々が鞭や石で打たれる中、一人華美に着飾り、権力者を笑う気の触れた女。狂気には狂気でしか抗えないのか。


「禁じられた歌声」14・仏、モーリタニア
監督 アブデラマン・シサコ
 
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