長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『ナポレオン』

2023-12-06 | 映画レビュー(な)

 時に偉大な英雄、時に残虐な暴君。論じる者によっていくつもの顔を見せるヨーロッパ史の巨人ナポレオン。そんな得体の知れない存在にリドリー・スコットは如何に挑んだのか?今年、86歳になる巨匠は意外なことに不可解な彼を不可解なまま描き出している。ナポレオン役には当代きっての名優ホアキン・フェニックス。そのナポレオン像はいわば『ビューティフル・デイ』であり、『ジョーカー』であり、『ボーはおそれている』だ。神経質で、およそ大事とは程遠く見えながら常に混沌の中心に位置し、観客は彼を定義づけることができない。リドリーはそんなホアキン=ナポレオンを2つの面からのみ描こうとする。妻ジョゼフィーヌを溺愛する夫としての顔と、計略に長けた軍師としての姿だ。近年のリドリーは『最後の決闘裁判』『ハウス・オブ・グッチ』と男女の不可解で暴力的な関係を描いてきたが、ナポレオンとジョゼフィーヌもまた互いに傷つけ合い、互いに傷を慰め合うかのような共依存関係にある。『ザ・クラウン』でのブレイク以後、絶好調のヴァネッサ・カービーがリドリー史劇に怯まぬ堂々たる振る舞いでジョゼフィーヌに扮するが、それでもホアキンの時に予想外な演技に驚かされ、なんとか渡り合おうとした様子が窺い知れるスリリングなケミストリーである。

 158分の上映時間の大半を合戦シーンが占める。ひしめく群衆、戦場を駆け抜ける軍馬、噴煙と血しぶき。現在、続編が製作中の『グラディエーター』以来、『キングダム・オブ・ヘブン』『ロビン・フッド』『エクソダス』とヨーロッパ史を俯瞰し、スクリーンという大キャンパスに筆を奮ってきたリドリー・スコットの大作演出は今や現役最高峰だ。しかし、ここには歴史の一幕を再現してきた“画家”としての高揚はもはや無いように見える。勇壮なハンス・ジマーに代わって挽歌が流れ、おびただしい数の死体が積み上げられるアクションシーンには人類の歴史を省みた諦観、諸行無常の念が漂う。ワーテルローの戦いで下される無謀な采配に、副官も只々頭を振るばかりだ。2012年の弟トニー・スコットの死、2013年のコーマック・マッカーシー脚本『悪の法則』以来、リドリー・スコットの映画には死の影が色濃い。本作のテーマはエンドロールで数え上げられる膨大な死者数からも明らかだろう。ナポレオンとは今もなお無惨な殺戮を生み続ける、人類の巨大な虚無そのものなのだ。

 これまでのリドリー作品の例に漏れず、本作もまた4時間のディレクターズカットの存在が取り沙汰されている。『ブレードランナー』を例に挙げるまでもなく、ディレクターズカットこそがリドリー映画の真髄と言っても過言ではなく、2005年の『キングダム・オブ・ヘブン』においては50分もの追加シーンによって傑作へと変貌している。映画『ナポレオン』にはまだ新しい顔が隠されているかもしれない。


『ナポレオン』23・米
監督 リドリー・スコット
出演 ホアキン・フェニックス、ヴァネッサ・カービー、タハール・ラヒム、ルパート・エヴェレット、マーク・ボナー、ユーセフ・カーコア、リュディヴィーヌ・サニエ

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