長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『人数の町』

2020-10-13 | 映画レビュー(に)

 人数合わせ程度のタスクを日々こなしていれば衣食住は補償される町…これを聞いて「けっこうオイシイ話じゃね?」と思った人は少なくないだろう。町ではエクササイズが奨励され、公共のプールもある。町で出会った男女は部屋番号の書かれた名刺を交換すればセックスもできる。家庭や子供を持つ事は許されないが、その代わり背負う責任もない。

 ただし名前と戸籍を捨てることが条件だ。それに町から出ることはできない。病気やケガになったらどうなるのか、誰にもわからない。

 荒木伸二監督、脚本によるこの恐るべきデビュー作は日本にまつわる忌まわしい数字(DVと幼児虐待の数字が抜けている)を挙げながら、奇妙な町に僕らを引き込んでいく。低予算ながらプロダクションデザインはアイデアが利いているし、中村倫也、石橋静河、立花恵理、山中聡らキャスト陣も注目に値する演技だ。

 本作を僕は“ディストピア”という言葉で評したくない。世の中はとっくに“人数の町”だからだ。この春、僕が4か月務めた短期バイトの話をしよう。機密情報保持のためポケットのない制服を着せられ、100人以上が1つの部屋に押し込められた。〇×選択のみのパソコン操作を繰り返し、主体性も連帯も必要とされなければ、名前を呼ばれる事もない。世間はコロナで緊急事態宣言下にあり、体調不良は“自己責任”だ。

 衣食住だけあれば人間は人間たり得るのか?無気力に“数字”でいる事を享受してきた主人公は恋に落ち、自らの意志で町を出る「オレは結婚して、家庭を持ちたい!」。決定論と自由意志は『ウエストワールド』『テネット』『グッド・プレイス』にも登場する2010~2020年代共通のテーマだ。しかし主人公が“人数”を脱し、それを管理する“人数”になることも町のシステムなら?

 僕のバイトの話に戻る。僕の仕事は人数を管理することだった。制服に黄色いバッジを付け、他の数百人よりもずっと高い時給をもらい、偉そうに指導するが、同じ派遣社員で、コロナにかかれば自己責任だった。報道を見る限りでは僕らの仕事から大層な金額をピンハネした奴らがいたらしい。

 人数の町に行きたいか?
劇中、タスクを終えた彼らには酒瓶が1本配られる。あのマズそうなこと。中身はきっとストロングゼロだろう。安酒だけには手を出さない、酒飲みの僕にはガマンならない町だね!


『人数の町』20・日
監督 荒木伸二
出演 中村倫也、石橋静河、立花恵理、山中聡
 

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