長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『aftersun/アフターサン』

2023-07-02 | 映画レビュー(あ)

 20年前11歳の夏休み、ソフィは父カラムとトルコ旅行に出かけた。父と母は離婚しており、父と2人きりで長い時間を過ごすのは稀だ。旅行中に父は31歳の誕生日を迎えた。ソフィはカラムが二十歳の時に生まれた子供。2人は仲睦まじい父娘で、しょっちゅうカラムは兄と間違われるが、ソフィも満更ではない様子だ。

 本作が長編監督デビューとなるシャーロット・ウェルズは、断片的な記憶と色褪せたビデオテープの映像を通じて過ぎ去りし夏の日差し、匂い、そして11歳の眼を通した父親の肖像を甦らせていく。母と別れた父はいったいどんな生活を送っていたのだろう?定職に付いている様子はない。お金がないにも関わらず高価なペルシャ絨毯を買おうかと丸2日逡巡している。世界中を旅して地元トルコに落ち着いたと言う旅行ガイドの青年に、眩しそうな眼差しを向ける。毎日欠かさない“忍者”のような太極拳は、11歳のソフィからすれば何とも奇妙な日課だったろう。

 だが、映画が31歳になったソフィを映すとビデオテープに遺された記憶は異なる意味を持ち始める。父は愛情深い人だったが、二十歳で父親になることに心の準備ができなかったのではないだろうか。彼の思い描く理想の父親になれないプレッシャーが、自身を苦しめたのかも知れない。あの夜、父親がずぶ濡れで帰ってきたのは漆黒の海へ入水したのではないか。夜更け、夢現に見たベッドサイドで泣きむせぶ父の背中は確かな現実だったのではないか。瑞々しい夏の陽光を背に、ウェルズ監督は父親の抱えた耐え難い孤独と無力感、心の病を浮き彫りにするのである。TVシリーズ『ノーマル・ピープル』で内気さゆえに何度も傷つく青年を演じたポール・メスカルがカラムに扮し、アカデミー主演男優賞にノミネート。ハリウッドの俳優たちはよくぞこの繊細な芝居を見逃さなかった。メスカルの次作はリドリー・スコット監督の大ヒット作『グラディエーター』続編で主演である。また聡明なソフィ役フランキー・コリオも次作が楽しみだ。

 ソフィが父の本当の姿に気付けたのは、彼女もまた31歳となり、子を持つ親となったからだろう。シャーロット・ウェルズ監督のミステリアスな演出は時代の異なる父娘の姿をダンスホールに共存させる。生者と死者、記憶と鏡像が交錯する空間でソフィは刹那の間、父の本当の姿に近づくことができるのだ。


『aftersun アフターサン』22・英、米
監督 シャーロット・ウェルズ
出演 ポール・メスカル、フランキー・コリオ

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