長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『NOPE ノープ』

2022-09-24 | 映画レビュー(の)

 まったく、いったいどうやったらこんな奇妙な映画が作れるんだ!
『ゲット・アウト』『アス』と唯一無二の独創的なホラー映画を撮り続けてきた異才ジョーダン・ピール監督の第3弾は、彼のトレードマークである人種差別や格差問題という社会的イシューはやや控え目に、劇場へ観客を呼び戻すべくスペクタクルこそを本懐とするSFホラーだ。

 ハリウッド郊外の砂漠地帯で撮影用のスタント馬を専門に調教しているヘイウッド牧場。主人公OJはここを父と2人で切り盛りしている。ところがある晴れた昼下がり、父は馬の上からガクリと崩れ落ちた。“飛行機事故”によって上空から降り注いだ金属片の1つが顔面を貫いたのだ。父を殺したのはコインで、またがっていた馬には鍵が突き刺さっていた。以来、相次ぐ怪異にOJは確信する。この上空に何かがいる。

 『ゲット・アウト』でアカデミー主演男優賞にノミネートされ、ジョーダン・ピールと共に第一線へと躍り出たダニエル・カルーヤがOJに扮する。このわずか5年でアカデミー助演男優賞にも輝き(『ユダ&ブラックメシア』、すっかりスターとしての貫禄を身に付けていることに驚いた。カルーヤは『ゲット・アウト』でも“白人のガールフレンドを持つインテリジェンスな黒人青年”という、白人映画があまり表象してこなかった黒人像を演じてきたが、ここでも寡黙で口下手、しかし仕事に対する確固たるプリンシプルを持ったカウボーイに扮しており、ピールとの共犯関係によって映画における黒人のリプレゼンテーションを試みていることが伺える。もちろんユーモアも抜群で、中盤の最も恐ろしい場面で発せられる“NOPE”にはそりゃコレしか言えんよなと思わず笑い声が出てしまった。そんなカルーヤとピールのコラボレートによって生まれたカウボーイ(調教師)というキャラクターだからこそ、上空の未確認飛行物体の正体に気づき、それを御することができると信じるのである。

 この未確認飛行物体を“見上げる”という行為を通じて、人種とキャラクターの勾配関係を描いているのがピールならではだ。それを象徴するのが冒頭と中盤に挿入されるシットコム『ゴーディ、家に帰る』の撮影現場で起こった凄惨な事件である。「白人一家で共に育ってきたチンパンジー」という設定のゴーディが突如暴れだし、出演者を襲い始める。“猿”が黒人を揶揄する差別的なメタファーであることは言うまでもなく、白人の作り出した映像メディアによって笑うべき対象として搾取されてきたゴーディがついに怒りを露わにするのだ。唯一人、難を逃れた韓国系移民のジュープ(成人後をスティーヴン・ユアンが演じる)はゴーディを制することができたと思い込んでいるが、アメリカの差別構造で黒人よりもさらに下と見なされ、迫害を受けるのはアジア系だ。それにも関わらず“名誉白人”の如く自身を白人の倫理に近付けるのはここ日本でもよく見られる人種観だろう。愚かなジュープらの悲惨な末路は“絶対にこんな死に方はしたくない”名シーンだ。

 かくして未確認飛行物体の特ダネ映像を収めるべく、OJらの一大作戦が始まる。見られる側だったOJ達が見る=撮る側に転じれば、ここにはジョーダン・ピール流の映画史の再定義がある。劇中、OJの妹エメラルド(目の覚めるようなパフォーマンスのキキ・パーマー)によって“史上初の映画”として紹介されるのは、エドワード・マイブリッジが1870〜80年頃に撮影した馬に騎乗する黒人の連続写真だ。映画史上最初のスターは今や名前も定かではない黒人だったのだ。『NOPE』は後半、“絶対に見てはいけないモノを撮る”ことで“誰も撮ったことがない映画を撮る”という、映画史において排除された黒人たちの逆襲へと転調する。広大な砂漠と空をIMAXカメラが撮らえればいよいよスペクタクル性は増し、本作の影の主役として撮影監督ホイテ・ヴァン・ホイテマの存在感が際立つ。かつて巨大なIMAXカメラで『テネット』の格闘シーンすらも手持ち撮影し、ジョーダン・ピールから「もしも未確認飛行物体を撮るなら何を使う?」と問われた彼はIMAX一択と答えたという。終盤、OJ達に手を貸す伝説の撮影監督ホルスト(年齢を重ね、苦み走った声に味が出たマイケル・ウィンコット)は何とIMAXカメラを持参して、まさにホイテマのペルソナそのものである。本作は劇場で見ることはもちろん、可能であればIMAXシアターの、それも前方での鑑賞をお勧めしたい。『ジョーズ』を観た人が海を怖れたように、『NOPE』を観た人が空を怖がってほしいと言うピールの狙い通り、IMAXの巨大スクリーンを見上げる行為は近年なかった映画的快楽だ。これ程まで”見る”という行為を意識させられる映画も滅多にないだろう。ジョーダン・ピールにしか作れない映画である。


『NOPE』22・米
監督 ジョーダン・ピール
出演 ダニエル・カルーヤ、キキ・パーマー、スティーヴン・ユアン、ブランドン・ペレア、マイケル・ウィンコット

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