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長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『消えた画 クメール・ルージュの真実』

2020-10-29 | 映画レビュー(き)

 人類史上、度々繰り返されてきた虐殺の最もたる非道さは文化を破壊し、歴史上から跡形もなく消し去ってしまった事だ。1975年、カンボジアに現れた共産主義政権クメール・ルージュは“平等”を旗印に人々を強制労働下におき、思想を統一して文化を滅ぼした。労働資源として使い捨てられた人々は名前を奪われ、尊厳を踏みにじられた。

 監督のリティ・パニュは当時13歳だった。両親兄妹を殺された彼はやがてカンボジアを脱出。後にフィルムメーカーとなってポル・ポト政権の非道をドキュメントする。クメール・ルージュが製作した公式記録としての“シネマ”しか存在しないカンボジアに対し、彼は自らのイマージュ(記憶)を頼りに、死者の眠る土地から作った土人形を使って奪われた時を甦らせていく。それは彼が自らの記憶を辿る旅路であり、虐殺によって命を落とした人々への鎮魂でもある。在りし日の華やかなカンボジアへの憧憬、救うことのできなかった家族への想い、そして生き残ってしまった罪悪感が胸を打つ。偏った思想が文化を破壊し、人を殺し、一生涯の傷を残すのだ。

 一個人が独裁政権に立ち向かう本作は映画が人生を支えることもできる可能性を示す。映画の可能性を思い知らされる1本だ。


『消えた画 クメール・ルージュの真実』13・カンボジア、仏
監督 リティ・パニュ
 
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『教授とわたし、そして映画』

2020-10-20 | 映画レビュー(き)

 主演女優(キム・ミニ)との不倫を堂々公言し、映画監督と女優の色恋ばかりを描いてきたホン・サンス。“韓国のウディ・アレン”とも評される彼だが、御大のようなエグ味がないのは女優に惚れ込むある種のフェミニズムが自己愛を絶対的に上回っているからだろう。『威風堂々』をテーマ曲に映画監督、不倫相手の学生、彼女に恋する若い男の3人を描いた4話構成のオムニバスだ。

 ホン・サンス映画の男たちはどうにも冴えない。映画学科で教える監督(明らかにホンだ)は風采が上がらないし、若い男もルックスはともかく話し方に品があるとは言い難い。翻って2人と付き合う学生オッキ(チョン・ユミ)は清廉なルックスで、男達に依らない自立したヒロインだ。毎度、同じ女性像でホンの好みは本当にブレがない。チョン・ユミはキム・ミニが登場するまでの2010年代前半を支えたミューズだった。ホンの映画には必ずと言っていいほどしこたま飲んだくれる場面が出てくるが、おそらく本当に(けっこうな量を)飲んでいるのだろう。彼は好きな女が酔っ払った姿が好きなのだ。絡み酒のキム・ミニに対してチョン・ユミは大人しめ。可愛い。

 そんなオッキは監督とデートした公園に若い男を連れていく。同じ場所に来ることで2人の男の違いが際立つ。本当はどちらの事もそんなに好きじゃないのかも知れない。唐突にオッキのモノローグが流れる「似ている俳優を起用しましたが、実在の人物とは違います。それが私の望む効果を薄めているのかもしれません」。原題は“Oki's Movie”。好きな女の目線から不倫を清算。この角度こそホン・サンスである。


『教授とわたし、そして映画』10・韓
監督 ホン・サンス
出演 イ・ソンギュン、チョン・ユミ、ムン・ソングン
 
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『希望のカタマリ』

2020-09-05 | 映画レビュー(き)

 『最高に素晴らしいこと』に続き、今年2本目となるブレッド・ヘイリー監督作。『ハーツ・ビート・ラウド』のカーシー・クレモンズ、前作のエル・ファニングに続き、今度は『モアナと伝説の海』で主演を務めたアウリー・カルバーリョという全く異なる個性の若手スターを起用し、魅力を引き出す事に成功している。

 カルバーリョ扮する主人公アンバーは朝晩とアルバイトを掛け持ちしながら学校に通い、夜は母親の運転するスクールバスで寝泊まりするホームレスだ。酒と男に溺れた母に生活力はなく、アンバーが新居への引越資金を貯めている。常に笑顔を絶やさず、機敏に日々のタスクをこなす彼女の荷物は小さなカバンと愛犬のみだ。
 後に物語の鍵を握る愛犬はヒロインの象徴であり、ケリー・ライカート(ライヒャルト)監督の『ウェンディ&ルーシー』までよぎる過酷さはアメリカのワーキングプア、格差社会問題を浮かび上がらせる。劇中の台詞やTVに『ブレイキング・バッド』が映る事から彼女らの貧困は病死した父親の医療費に起因しているようだ。ヘイリーはメンタルヘルスを描いた前作同様、社会問題を捉える事で今日性を獲得している。

 そんなアンバーをさらなる悲劇が襲う。しかし貧困によって頑なになった彼女は周囲に救いの手を求めようともしない。ヘイリーの抑制された演出とカルバーリョの繊細な演技は傷ついたアンバーの内面に迫り、とりわけ訃報を受け取った瞬間のリアクションには心揺さぶられる。ミュージカル女優を目指している設定にもかかわらず、カルバーリョの歌唱力をこれ見よがしに使わない節度もいい。

 アンバーのために人々が連帯するクライマックスに対し、生活保護者やコロナ感染者に「自己責任」という言葉をぶつける本邦では案の定「ご都合主義」という感想も見受けられるが、これがアメリカの持つ利他心と公共心であり、原題“All Together Now”というタイトルが心に響く。ブレッド・ヘイリー、次作が楽しみな監督だ。


『希望のカタマリ』20・米
監督 ブレッド・ヘイリー
出演 アウリィ・カルバーリョ、キャロル・バーネット、ジャスティナ・マシャド
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『きっとここが帰る場所』

2020-06-12 | 映画レビュー(き)

 イタリアの監督パオロ・ソレンティーノによる2011年の本作はショーン・ペンを主演に迎え、アメリカ大陸を横断するロードムービーだ。
 かつてはミック・ジャガーとも共演する程の人気を得ていたグランジミュージシャンのシャイアンはその陰鬱な楽曲に影響されたファンの自殺を機に、アイルランドの豪邸に引きこもってしまう。それから30年、当時と何ら変わりないメイクのまま歳を取った彼は株取引で日々をやり過ごし、うつ状態にあった。絶縁状態にあった父の訃報をきっかけにシャイアンはアメリカへ戻るのだが…。

 2度目のオスカーに輝いた『ミルク』以後、優しさも体現するようになったショーン・ペンによる人物造形がいい。シャイアンのあまりにも不似合いで不格好な女装姿は痛々しく、背中を丸めてよちよち歩く姿からは人生に落伍してしまった者の肩身の狭さが伝わってくる。だがペンは悲壮さよりも可笑しみを優先させており、アメリカで直面する様々な出来事にどう反応するのか見守りたくなってしまうユーモアとペーソスがある。

 イタリア人の描くアメリカンロードムービーは従来のアメリカ映画と目線が違うのか、ロケーションに新鮮味があるものの、何かと説明的で説教くさいダイアログ、感じの良いだけの選曲はシャイアンの厚塗り化粧の如く映画を野暮ったくしている。父の遺志に従った終幕も後味が悪く、好きになれない印象が残ってしまったのが惜しい。


『きっとここが帰る場所』11・仏、伊、アイルランド
監督 パオロ・ソレンティーノ
出演 ショーン・ペン、フランシス・マクドーマンド、ハリー・ディーン・スタントン
 
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『キャッツ』

2020-02-08 | 映画レビュー(き)

 そんなに目くじらを立てる事もないだろう。イギリスの詩人T・S・エリオットの『キャッツ~ポッサムおじさんの猫とつき合う法』にアンドリュー・ロイド・ウェバーが曲を付けたミュージカルは、劇団四季によって日本でも人気の演目だ。猫たちが新たな生命への転生を望み、選ばれし一匹になろうとするこの話にストーリーらしいストーリーはない。個性的な猫たちが次々と歌を披露し、我こそはと競う一夜の宴に過ぎないのだ。“話がない”とケチをつけるのは筋違いだろう。

 『キャッツ』は演劇の嘘でこそ成り立つ作品だ。派手に施された猫メイクと、グラムロック風のファーを纏った俳優の扮装は舞台上でこそ映える虚飾であり、『レ・ミゼラブル』で通りにカメラを出し、切々と心情を歌う俳優の顔を映し続けたトム・フーパーのリアリズム演出とはそもそも相性が悪い。フーパーはCGによって俳優の肉体に猫の皮を着せ、まるでデヴィッド・リンチが猿に人間の唇を合成して喋らせた短編『ジャックは一体何をした?』のグロテスクさに近い。その艶めかしいボディラインのエロチックさといい、全く予想外の世界を生み出されている。フーパーがこれを自覚的に行っていることは卒倒モノのゴキブリダンスからも明らかだ。

 もともと映像へ置換しにくかった題材に思いがけぬ倒錯性が加わった本作は、それでも素晴らしい楽曲によって如何ともしがたい110分の時を刻むのである。


『キャッツ』19・米、英
監督 トム・フーパー
出演 フランチェスカ・ヘイワード、ジェームズ・コーデン、ジュディ・デンチ、イドリス・エルバ、ジェニファー・ハドソン、イアン・マッケラン、テイラー・スウィフト、レベル・ウィルソン
 
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