goo blog サービス終了のお知らせ 

長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『リカウント』

2020-11-07 | 映画レビュー(り)

 11月3日から投開票が始まった米大統領選挙は本稿を書いている11月6日時点で未だ決着を見ていない。新型コロナウィルスの影響により当日消印有効の郵便投票が増えたこと、史上最高と言われる投票率、何より大方の予想通り劣勢に立たされたドナルド・トランプが「不正な選挙が行われている」とデマを拡散し、法的手段に訴えて票の集計作業を中断させようとしている事が原因だ。民主主義の根幹を揺るがすこの一大事件にデジャヴを感じた人も少なくないだろう。2000年のブッシュ対ゴアの泥沼の訴訟合戦である。

 これには地方自治体毎で異なるアメリカの選挙制度も強く影響している。次点との差が一定数の僅差である場合、票の再集計が行われる。パンチカード方式の投票用紙は機械での読み込みに欠陥を抱えており、ここに目を付けたゴア陣営は法廷闘争に打って出る事となる。映画は民主主義の根幹に疑義を呈す事になる両陣営の戸惑いを見逃さない。民主党の重鎮弁護士役ジョン・ハートが言う「世界が見ている。ここは偉大な民主主義国家だ。大統領選挙に値する方法でなければ、世界の国々に希望を与えられない」。

 本作は2008年のオバマ対マケインの大統領選挙に合わせて製作され、イラク戦争という混迷の時代を生んだアメリカの選択に内省を促している。監督のジェイ・ローチは2012年にマケイン陣営を描いた『ゲーム・チェンジ』を発表。マケインが副大統領候補にサラ・ペイリンを起用したことで敗北するこの選挙は結果的に共和党の求心力を弱め、トランプ誕生のきっかけとなってしまった。

 製作意図とは異なるだろうが、本作は2020年の“伏線”だ。トランプの暴挙は明らかに2000年の選挙を根拠としており、あの弱々しい老人バイデンしか担ぎ出せなかった民主党は20年も前にこの無謀な訴訟によって自らの墓穴を掘っていたのだ。『リカウント』と『ゲーム・チェンジ』を合わせて見ることでアメリカ近代政治20年の衰退を俯瞰することができるだろう。

 但し、豪華キャストが結集した本作の作劇、演出は事実を列挙するだけで再現ドラマの域を出ておらず、映画としては物足りない(ローラ・ダーン、トム・ウィルキンソンはさすがの名演)。今日にいたる“おさらい”くらいのつもりで見てほしい。


『リカウント』08・米
監督 ジェイ・ローチ
出演 ケヴィン・スペイシー、トム・ウィルキンソン、ローラ・ダーン、デニス・リアリー、ボブ・バラバン、ジョン・ハート
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

『リンカーン弁護士』

2020-07-21 | 映画レビュー(り)

 今やオスカー俳優となったマシュー・マコノヒーが演技派道をスタートさせたのが本作だ。ギャラや役の大小にこだわらず、良質の作品、挑戦しがいのある役柄を優先して出演作を選ぶ演技改革“マコネッサンス”の始まりである。ブレイク作『評決のとき』から十余年、酸いも甘いも知ったマコノヒーがマイクル・コナリー原作の主人公を味わい深く立体化した。オフィスはリンカーン車、バツイチの飲んだくれ、やられたらやり返すという一本筋の通った男が一発逆転の賭けに出る終幕は凄みすら感じる。これで枯れてきた頃には『評決』のポール・ニューマンのような渋味も出てくるのではないだろうか。

 それだけに原作のダイジェストに終始する脚色や、情緒不足の演出が惜しい。


『リンカーン弁護士』11・米
監督 ブラッド・ファーマン
出演 マシュー・マコノヒー、ライアン・フィリップ、マリサ・トメイ、ウィリアム・H・メイシー、フランセス・フィッシャー
 
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

『理想の女』

2020-06-11 | 映画レビュー(り)

 オスカー・ワイルドの戯曲『ウィンダミア卿夫人の扇』を1930年代のイタリアを舞台に映画化した本作は豪華スターのリラックスしたアンサンブルが小劇場演劇のような密着感あるグルーヴを生み出している。危うい恋のさや当てがほっこりするような大団円を迎えるのは古典演劇ならではの多幸感だ

 ヘレン・ハント演じるアーリーン夫人は独身、妻帯者問わず社交界の男たちを次々とモノにする魔性の女。いくらオスカー女優とはいえ、親しみやすさが魅力のハントはミスキャストではと思ったアナタは正しい。この“ひっかかり”が大きな伏線になっている。

 アーリーン夫人の登場によってアマルフィの若いカップル達がその愛を試される。『マッチポイント』への出演直前、セクシー路線に行く前のスカーレット・ヨハンソンが瑞々しい美しさと色香でヒロインを演じているのは今となっては貴重だ。おそらくキャリアにおける少女期をほぼ終えたのがこの作品ではないだろうか。終幕、乙女の涙が心を打った。

 1930年という時代の華やかさ、アマルフィの風光明媚さといった原作からアレンジを利かせても物語に揺るぎがないのはこれが親子愛の物語だからだ。古典作品の普遍性をお楽しみあれ。


『理想の女』04・英、伊、米、ルクセンブルク
出演 マイク・バーカー
出演 ヘレン・ハント、スカーレット・ヨハンソン、トム・ウィルキンソン
 
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

『リチャード・ジュエル』

2020-02-08 | 映画レビュー(り)

 御年89歳、クリント・イーストウッド監督のよどみない名人芸で作られた『リチャード・ジュエル』は近作同様、アメリカの名もない白人が主人公の実録ドラマだ。1996年、オリンピックに沸くアトランタで警備員を務めていたリチャード・ジュエルはイベント会場で爆発物を発見、いち早く観客を避難誘導させ被害を最小限に留める事に成功する。一躍、時の人としてもてはやされるリチャードであったが、加熱するメディアはあたかもリチャードが容疑者であるかのように報道し、彼はメディアリンチに晒されていく。

 視聴率至上主義のメディアが特定個人に対して社会的制裁を加える現象は本邦でも度々目にする虫唾の走る光景だが、リチャードの場合はこれに公権力であるFBIの冤罪も加わる。リチャードは母親と2人暮らしの中年男性、銃の愛護者、度々の逮捕歴という遍歴がプロファイリングに合致してしまったのだ。彼はかつてバイト先で知り合った弁護士ワトソン・ブライアントに助けを求める。

 近年では『アメリカン・スナイパー』でも描かれていたようにこれまで同様、本作は善良(そして愚鈍でもある)な主人公が蹂躙される物語であり、イーストウッドの権力に対する強い不信がある。特に誤報記事を打ち出す新聞記者キャシー・スラッグスを演じるオリヴィア・ワイルドの獰猛さはまるで『ネットワーク』のフェイ・ダナウェイのように嫌悪感を誘う演出が施されている。
 本作最大の問題として物議を醸しているのが既に故人であるスラッグスがセックスを使ってFBIの捜査情報を聞き出し、誤報を打ち出したと描写されている点だ。当人が反証できないこの映画に対して同僚たちはボイコットを訴えており、これが影響したのか本作はイーストウッド映画史上ワーストの興収記録をマークした。女性にも悪人はいるという御大流の#Me tooに対するカウンターなのか。これまでも度々、垣間見せてきた女性嫌悪にこの特異な映画作家の奇妙な捻じれを見て興味深いが、晩節を汚したと言っても過言ではないだろう。2019年は監督作『ブックスマート』が絶賛された明晰なオリヴィア・ワイルドもなぜこの役を引き受けたのか。脚本も社会派の名手ビリー・レイである。

 しかしながら、イーストウッドの演出に俳優陣も最高のアンサンブルで応えており、見所たっぷりだ。『アイ、トーニャ』『ブラック・クランズマン』から続いてホワイトトラッシュが十八番となった主演ポール・ウォルター・ハウザーや、何時も彼らしい大らかさを持って演じるワトソン役サム・ロックウェルの名演はいつまでも見ていたい程である。受けの芝居で気丈な母を演じたキャシー・ベイツはアカデミー助演女優賞にノミネート。終幕で観客の涙を誘う。

 さてイーストウッドはこのまま老いて終わるのか、それとも今再び時代を捉え直すのか。まだ撮る体力はありそうだが、さて。


『リチャード・ジュエル』19・米
監督 クリント・イーストウッド
出演 ポール・ウォルター・ハウザー、サム・ロックウェル、キャシー・ベイツ、オリヴィア・ワイルド、ジョン・ハム
 
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

『Re:Life リライフ』

2017-12-05 | 映画レビュー(り)

マーク・ローレンス監督とヒュー・グラントはコンビ5作目となる本作で「かつて一世を風靡したが、今は落ち目役のヒュー・グラント」というジャンルを完全に確立したようだ。ヒューほど欲のない、自虐ギャグの好きなスターは他にいないだろう。本作では「かつてオスカーを受賞した一発屋の脚本家」役だ。仕事にあぶれ、ついには電気を止められるまで困窮した彼は地方大学のシナリオ講座講師の職を得て移住する。もちろん、真面目に働く気なんかさらさらない。受講希望者をFacebook検索して美女だけに絞り込み、さっそくベラ・ヒースコート扮する女子大生をナンパ。授業はそっちのけで初日から1か月の休講だ。
お調子者のちょい悪オヤジはヒューの十八番…だが、ロマンチックコメディの帝王も50代。いつものドン臭さは既に老人臭漂う腰回りによってさらに鈍重に映るのがご愛敬だ。

脚本も務めたローレンス監督のディレクションは時に停滞もするが、良心的で温かな気持ちにさせられる。舞台となるビンガムトンのロケーションがやけに丁寧だと思えば、監督の故郷と言うではないか。人生の再スタートを切る物語は演技巧者たちの好演もあって心地よい。

 面白いのは50を過ぎて大学へ通い始めるシングルマザーを演じたマリサ・トメイとヒューの初共演だ。2人とも90年代にブレイクしその後、長い低迷を経てトメイは“可愛すぎる熟女優”というニッチを獲得した。50を過ぎて新境地を得た2人の遅すぎる初共演は本作のテーマと気持ち良く合致した。

『Re:Life リライフ』14・米
監督 マーク・ローレンス
出演 ヒュー・グラント、マリサ・トメイ、ベラ・ヒースコート、J・K・シモンズ、アリソン・ジャニー
 
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする