長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『ハクソー・リッジ』

2017-07-28 | 映画レビュー(は)

舌禍スキャンダルでハリウッドを追われていたメル・ギブソンが、再び脚光を浴びる事となったアカデミー賞6部門候補作。
第二次大戦時、激戦の沖縄前田高地(ハクソー・リッジ)で武器を持たず、70名以上の兵士を救った衛生兵デズモンド・ドスを描く実録戦争映画だ。

敬虔なキリスト教の家庭に育ち、幼い頃の体験から暴力を恐れたドスは多くの若者が従軍していく中、自身も衛生兵を目指して軍に入隊する。だが、衛生兵といえど銃の訓練は必至。それをドスは宗教的信条から断固拒否し続けていく。戦時中の国家ではにわかに信じがたい行為に周囲は反発、ドスは仲間達から激しい苛め、暴力を受ける事になる…。

 アンドリュー・ガーフィールドはドスを狂気的とも見える純真さで演じ、それはまるで聖なる白痴ようですらある(それにしても『沈黙』といい、日本で信仰に殉じた男を同時期に演じる不思議)。仲間達からの激しいリンチに遭い、軍法会議にかけられ、ハクソー・リッジでこの世の地獄を見ながらもなお自分の信条を貫き通すドスの行動を、メル・ギブソンは聖人のように描いていく。戦場での助けを求める声が神の啓示に聞こえる演出からもわかるように、本作は信仰心を描いたいわゆる宗教映画なのだ。それでいて『パッション』でキリストを3時間にも渡ってリンチしたメルらしく、奇跡へ通じる苦行(暴力)に彼独特のマゾヒズムも表出する。

ハクソー・リッジで繰り広げられる激しい戦闘シーンは圧巻だ。四肢が飛び散るこの戦場の悲惨さはオスカーにも輝いた音響効果も手伝って身をすくめる程の臨場感である。スローモーションとスコアを駆使し、時にエモーショナルとすら錯覚させるこの剛腕こそ、監督メル・ギブソンの異能だろう。

 優れた俳優でもあるメルによって、俳優陣のアンサンブルにも活気がある。前述のガーフィールドはオスカー候補に挙がった。サム・ワーシントンや、『トゥルー・ディテクティブ』直後でまだ凄味が残っているヴィンス・ボーンもいい。ドスの妻役テレサ・パーマーに至っては「昔の人はどうしてこんな綺麗な嫁さんを残して戦争なんかに行ったんだ」と思うこと必至だ。戦争のトラウマに苦しめられるドスの父役、ヒューゴー・ウィービングはキャリアベストの名演だろう。

戦場を駆け抜けるガーフィールドに、そう言えばメル・ギブソンもかつて『誓い』で戦場を走り抜けたなと思い出した。特異な映画作家として随分、遠くまで来たもんである。

『ハクソーリッジ』16・米、豪
監督 メル・ギブソン
出演 アンドリュー・ガーフィールド、サム・ワーシントン、テレサ・パーマー、ヒューゴー・ウィービング、ヴィンス・ボーン
 

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