TVドラマ史に燦然と輝く傑作『ブレイキング・バッド』。そのスピンオフとなる『ベター・コール・ソウル』が未だ完結を見ない中、突如としてリリースされたこの映画版は“THE MOVIE”と謳われているが、巷にあふれる只々スケールアップした劇場版とはまるで違う。本家よりもさらに円熟した『ベター・コール・ソウル』の語り口を見ていれば名手ヴィンス・ギリガンがそんな安易な手段に出ない事は明らかであり、驚くべき事に2時間というフォーマットの中でさらに小さく、さらにゆっくりと語ってみせるのである。
『エルカミーノ』は各場面が長く、その遅さはジェシー・ピンクマンの贖罪の重さそのものでもある。リリース前、主演アーロン・ポールは本作の必須予習エピソードとしてシーズン3の第7話を挙げていた。それは伏線ではなく『エルカミーノ』が描こうとするテーマが凝縮されているからだ。そこでは彼演じるジェシーが「オレは全てを失った」と吐露する。ウォルター・ホワイトによって覚せい剤密造に引きずり込まれ、愛するジェーンやアンドレアを失い、自身も殺人に手を染め、ついには監禁拷問によって心身ともに癒し難い傷を負ってしまった。しかしTVシリーズで彼の脱出は描かれても救済がもたらされる事はなかった。
『エルカミーノ』では何度もトッドによる拷問がフラッシュバックする。今や性格俳優として磨きのかかるジェシー・プレモンスが演じるトッドのサイコパスぶりは本家よりも強調され、ジェシーとの関係はまるで『ゲーム・オブ・スローンズ』におけるシオン・グレイジョイとラムジー・ボルトンのようだ。傍若無人だったシオンがラムジーの拷問によって破壊され、そこから再生したようにジェシーもトッドの悪夢と戦いながらアルバカーキ脱出のために奔走する。
そのカギを握るのが本家にも登場した逃がし屋だ。本作配信日にこの世を去った名優ロバート・フォスターはオスカー候補にも挙がった『ジャッキー・ブラウン』でのスーパー保釈人を彷彿とさせ、TVシリーズから合わせて計3回の登場ながら屈指の名キャラクターとなった。彼は頑なに高跳びを断り、まるでジェシーの罪の裁定人の如く金を工面せよと試練を課す。2人の対話シーンもとても長い。だが『エルカミーノ』においてその長さとは常に必然なのだ。
逃がし屋は言う。「誰もがやり直せるわけじゃない」。
『ブレイキング・バッド』『ベター・コール・ソウル』が中年の危機と悪への転落をテーマとするなら、『エルカミーノ』は若者に向けられた“やり直し”である。ヒリヒリするような逃走劇とバイオレンス、そして“最後の未開の地”アラスカを目指す抒情にかつてアウトローの楽園メキシコを目指したサム・ペキンパーの傑作『ゲッタウェイ』が頭によぎり、ジム・ホワイトとエイミー・マンによる主題歌“Static on the Radio”が極上のウィスキーの如くいつまでも口元に余韻を残した。そして“アルバカーキ・サーガ”はいよいよ『ベター・コール・ソウル』でその幕を閉じるのである。
『エルカミーノ:ブレイキング・バッド THE MOVIE』19・米
監督 ヴィンス・ギリガン
出演 アーロン・ポール、ジェシー・プレモンス、ロバート・フォスター、クリステン・リッター、チャールズ・ベイカー、マット・ジョーンズ、ブライアン・クランストン、ジョナサン・バンクス