goo blog サービス終了のお知らせ 

長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『エレン・ターナン ディケンズに愛された女』

2020-05-14 | 映画レビュー(え)

 文豪とミューズの恋物語のような邦題だが、原題は“The Invisible Woman”。18歳でディケンズに見初められ、愛人として日陰の人生を送ったエレン・ターナンの物語だ。

 クレア・トマリンの原作を基にした本作は当時40歳を過ぎていたディケンズが妻を捨ててターナンに走った様を美化しようとはしない。これは文豪故の業でもなければ、ターナンによって『大いなる遺産』が生まれたワケでもなく、もはや公然の秘密でありながら生涯に渡ってターナンとの関係を認めなかった文豪による“搾取”と看破しているのだ。監督とディケンズ役を兼任するレイフ・ファインズは文豪を魔性の人たらしとして演じる事で男性に根強い無自覚な女性差別を浮き彫りにしている。監督第1作『英雄の証明』からグッと腕を上げており、俳優の演技テンションに注目した演出でフェリシティ・ジョーンズからベストアクトを引き出す名優ならではの手並みだ。

 ジョーンズは時折、ファインズも見せ場を譲るほどのブレイクスルーであり、『今日、君に会えたら』で頭角を現した後、本作での繊細な演技が高く評価され翌年、初のオスカー候補作『博士と彼女のセオリー』に結実する。ファンならば必見の1本だろう。

 文豪を断罪した本作は“Me too”にも先駆けており、ファインズのフェミニストとしての側面も伺い知る事ができる。


『エレン・ターナン ディケンズに愛された女』13・英
監督 レイフ・ファインズ
出演 フェリシティ・ジョーンズ、レイフ・ファインズ、クリスティン・スコット・トーマス

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

『永遠の門 ゴッホの見た未来』

2019-12-05 | 映画レビュー(え)

 自身も画家であるジュリアン・シュナーベル監督がデビュー作『バスキア』に続いて画家の映画を撮った。それもゴッホだ。これまでも多くの映画作家がその創作に迫り、一昨年前にも全編をゴッホの油絵のタッチで描いた傑作アニメ『ゴッホ 最期の手紙』が公開されたばかりである。これ以上、語るべき物語があるのか?

 これまでの諸作同様、本作もゴッホの最晩年が描かれる。ゴーギャンとの出会いからアルル地方へ移住したゴッホは多くの傑作を描き上げるが、精神疾患に苦しみ、村人とのトラブルは絶えず、やがて孤立を深めていく。シュナーベルはそんな特殊な精神状態にある人物の視点から世界を映し、ゴッホがアルル地方から得たインスピレーションを観客へ追体験させていく。心地よい空気の冷涼さ、陽光のぬくもり、肌を撫でる風…ウィレム・デフォーはゴッホの感動や苦しみを大仰に演じる事なく、痩身と顔に刻まれた深い皺でそれを体現し、このアメリカ映画を代表する性格俳優がいよいよ円熟の極みに達している事がわかる。

 デフォーという最良の“被写体”を得ながらも、シュナーベルのゴッホ評伝は説明的過ぎるきらいがある。耳鳴りのように自身の声がオーバーラップし、視野狭窄的に画面下がボヤけ、ゴッホをセリフで評する場面が続く。前述『ゴッホ 最期の手紙』のような、彼の創作宇宙を浮かび上がらせるような大胆なアプローチがもっと見たかった。


『永遠の門 ゴッホの見た未来』18・仏、米
監督 ジュリアン・シュナーベル
出演 ウィレム・デフォー、オスカー・アイザック、マッツ・ミケルセン、マチュー・アマルリック、ルパート・フレンド、エマニュエル・セニエ、ニエル・アレストリュプ
 
 
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

『エヴァの告白』

2019-11-19 | 映画レビュー(え)

 1920年代のNY、ポーランド移民女性の苦難を描くジェームズ・グレイ監督作。黙して憂うマリオン・コティヤールの薄幸さがハマったメロドラマは古典的過ぎるが、グレイのその頑なまでのオールドスタイルが映画に得難い渋味と輝きをもたらしている。純真なヒロインをラース・フォン・トリアー映画のような愚鈍さに貶めないコティヤールの知性が映画を支え、彼女に入れ込むポン引き役でグレイの盟友ホアキン・フェニックスが熱演。俗物かと思いきや、映画の最後で愚鈍な男の悲恋を浮かび上がらせる。その不器用さ、頑なこそ我が道を貫くジェームズ・グレイそのものではないか。


『エヴァの告白』13・米、仏
監督 ジェームズ・グレイ
出演 マリオン・コティヤール、ホアキン・フェニックス、ジェレミー・レナー
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

『英雄の証明』

2019-11-16 | 映画レビュー(え)
 
今や英国映画界の重鎮とも言えるレイフ・ファインズの監督デビュー作は英国俳優らしくシェイクスピア劇の映画化だ。沙翁後期の悲劇『コリオレイナス』をセリフはそのままに現代へと置き換えた本作は諸作と同様、難なく現代にフィットし、多くの物を映し出している。貧困に喘ぐローマ民衆のデモは公開当時のギリシア危機や、昨今さらに深刻化する格差問題を想起させる。さすが英国俳優、勝手知ったるシェイクピア劇をそう易々と読み違えたりはしない。

『コリオレイナス』は沙翁の諸作と異なる人物配置が特徴の作品だ。現代で言うタカ派軍人のコリオレイナスが2つの派閥の間で立ち回る事ができず翻弄され、自滅していく。彼はハムレットやマクベスという際立った個性の主役とは異なり、民意によって善政にも悪政にも成り得る民主主義のメタファーに見えるのだ。

原作ではそんなコリオレイナスの運命を左右する民衆達にページが割かれているが、ファインズはこれらをバッサリ削ぎ落している。自ら主演を務める彼の演技的欲求がそうさせたのか。悲運を辿るコリオレイナスのヒロイズムが優先された映画化である。


『英雄の証明』11・英
監督 レイフ・ファインズ
出演 レイフ・ファインズ、ジェラルド・バトラー、ブライアン・コックス、ジェシカ・チャステイン、ヴァネッサ・レッドグレーヴ
 
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

『エルカミーノ:ブレイキング・バッド THE MOVIE』

2019-10-21 | 映画レビュー(え)

TVドラマ史に燦然と輝く傑作『ブレイキング・バッド』。そのスピンオフとなる『ベター・コール・ソウル』が未だ完結を見ない中、突如としてリリースされたこの映画版は“THE MOVIE”と謳われているが、巷にあふれる只々スケールアップした劇場版とはまるで違う。本家よりもさらに円熟した『ベター・コール・ソウル』の語り口を見ていれば名手ヴィンス・ギリガンがそんな安易な手段に出ない事は明らかであり、驚くべき事に2時間というフォーマットの中でさらに小さく、さらにゆっくりと語ってみせるのである。

『エルカミーノ』は各場面が長く、その遅さはジェシー・ピンクマンの贖罪の重さそのものでもある。リリース前、主演アーロン・ポールは本作の必須予習エピソードとしてシーズン3の第7話を挙げていた。それは伏線ではなく『エルカミーノ』が描こうとするテーマが凝縮されているからだ。そこでは彼演じるジェシーが「オレは全てを失った」と吐露する。ウォルター・ホワイトによって覚せい剤密造に引きずり込まれ、愛するジェーンやアンドレアを失い、自身も殺人に手を染め、ついには監禁拷問によって心身ともに癒し難い傷を負ってしまった。しかしTVシリーズで彼の脱出は描かれても救済がもたらされる事はなかった。

『エルカミーノ』では何度もトッドによる拷問がフラッシュバックする。今や性格俳優として磨きのかかるジェシー・プレモンスが演じるトッドのサイコパスぶりは本家よりも強調され、ジェシーとの関係はまるで『ゲーム・オブ・スローンズ』におけるシオン・グレイジョイとラムジー・ボルトンのようだ。傍若無人だったシオンがラムジーの拷問によって破壊され、そこから再生したようにジェシーもトッドの悪夢と戦いながらアルバカーキ脱出のために奔走する。

そのカギを握るのが本家にも登場した逃がし屋だ。本作配信日にこの世を去った名優ロバート・フォスターはオスカー候補にも挙がった『ジャッキー・ブラウン』でのスーパー保釈人を彷彿とさせ、TVシリーズから合わせて計3回の登場ながら屈指の名キャラクターとなった。彼は頑なに高跳びを断り、まるでジェシーの罪の裁定人の如く金を工面せよと試練を課す。2人の対話シーンもとても長い。だが『エルカミーノ』においてその長さとは常に必然なのだ。

逃がし屋は言う。「誰もがやり直せるわけじゃない」。
『ブレイキング・バッド』『ベター・コール・ソウル』が中年の危機と悪への転落をテーマとするなら、『エルカミーノ』は若者に向けられた“やり直し”である。ヒリヒリするような逃走劇とバイオレンス、そして“最後の未開の地”アラスカを目指す抒情にかつてアウトローの楽園メキシコを目指したサム・ペキンパーの傑作『ゲッタウェイ』が頭によぎり、ジム・ホワイトとエイミー・マンによる主題歌“Static on the Radio”が極上のウィスキーの如くいつまでも口元に余韻を残した。そして“アルバカーキ・サーガ”はいよいよ『ベター・コール・ソウル』でその幕を閉じるのである。


『エルカミーノ:ブレイキング・バッド THE MOVIE』19・米
監督 ヴィンス・ギリガン
出演 アーロン・ポール、ジェシー・プレモンス、ロバート・フォスター、クリステン・リッター、チャールズ・ベイカー、マット・ジョーンズ、ブライアン・クランストン、ジョナサン・バンクス
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする