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長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『スティーブ・ジョブズ』

2016-10-28 | 映画レビュー(す)

 フェイスブック創設者マーク・ザッカーバーグの伝記映画でありながら“時代の変わる音”を聞きつけた傑作『ソーシャル・ネットワーク』の脚本家アーロン・ソーキンが、偉人伝をやるには早過ぎる感もあるスティーブ・ジョブズを描いた実録モノ。84年のマッキントッシュ、88年のネクストキューブ、98年のimacという彼の代表的な3製品の発表会直前からその生涯を描き出そうとする野心的な構成だ。楽屋裏で毎度、親権を巡るドラマが起こっていたとは考えにくいが、この大胆な翻案は膨大なセリフの応酬によってさながら舞台劇のような熱量がある。

ところがそこからはやはりこれまでの伝記映画と同じく、ジョブズという人間像は見えてこない。演技合戦に明らかに不似合いなダニー・ボイルの忙しない演出にも一因はあるだろう。いや、傲慢なエゴイストという“天才奇行伝説”である事はわかる。しかし、現代にこれほどのテクノロジー改革をもたらした男を描きながら世界が変わった瞬間、これから変わろうとしている「音」が聞こえてこないのだ。

全くジョブズに似てない事を物ともしないマイケル・ファスベンダーは声音以外は物まねをしない大胆不敵なパフォーマンスだが、彼のこれまでのフィルモグラフィを思えばオスカーにノミネートされる程の事ではない。セス・ローゲン、ジェフ・ダニエルズ、ケイト・ウィンスレットらとの三番勝負を乗り切った事への敢闘賞ノミネートだろうか。

根っからのアップル信奉者には物足りない?これでも有難がるのはジョブズ信奉者か。


『スティーブ・ジョブズ』15・米
監督 ダニー・ボイル
出演 マイケル・ファスベンダー、ケイト・ウィンスレット、セス・ローゲン、ジェフ・ダニエルズ
 
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『スーサイド・スクワッド』

2016-10-14 | 映画レビュー(す)

 ハイハイ、今どき予告編詐欺に引っかかるような僕が悪かったんですよ!でも期待しちゃったじゃないか。ようやくザック・スナイダーの専任体制を解いたDCがデヴィッド・エアーを抜擢するなんて仰天人事、ひょっとしてと思ったのは僕だけじゃなかったハズだ。ところが公開が近付くにつれ明らかになった数々の悪評に期待値はダダ下がり、そして本編は下がった期待を少しも裏切らない壊滅的仕上がりだった。

聞けばエアーのディレクターズ・カットと大好評を博した予告編製作会社の編集による2バージョンがスクリーニングにかけられ、より“ポップで楽しい”後者が公開されたのだと言う。当のエアーは「どっちも自分の作品」と大人の対応だが、見終えた今となってはエアー版も救い難い出来だった事は想像がつく。

まず8人もいる自殺部隊“スーサイド・スクワッド”に均等に見せ場を与える事はおろか、キャラクターを立てる事が出来ていない。
メインは既にスターとして認知されているハーレークイン役マーゴット・ロビーとデッドショット役ウィル・スミスの2人だ。ウィル公にアンサンブルなんかできるハズがない。なんせ「主役じゃないから」とタランティーノの『ジャンゴ』でジェイミー・フォックスの役を蹴った男だ。スゴ腕のスナイパーだが子煩悩という湿っぽい展開はウィルの見せ場作りのために必要以上に盛り込まれている。

方やマーゴット・ロビーがキャリアの転換点とも言える程にドハマリしたハーレークインは彼女の豪快な色気が見るも楽しく、ほとんど丸出しのお尻と共に目が釘付けになってしまった。

それはいい。
問題はジャレッド・レトを招聘してまで復活させたジョーカーが恋に生きるオラオラ系男子だなんてキャラ付け、いったい誰得なんだよ!?恋に生きるジョーカーなんて見たいか!?

アクションシークエンスも目眩がするほどダサい。
ヴィランが8人も揃っていながら彼らの基本攻撃が撃つ、殴るしかないのは絵的にあまりに貧相だ。やられ役として随伴する特殊部隊と何ら差別化されていないじゃないか!バットとか鉄製ブーメランとか素手でチマチマ倒しているような奴らを恩赦まで与えて雇うなよ!メキシコ系ギャングにして非業のパイロキネシス使いディアブロのみエアー映画的な刻印を感じるのだが…。

完全にお色気要員扱いされているカーラ・デルヴィーニュとの最終決戦の頃には観客席はもうどうでもいい気分で自殺者続出だ。
 ギャグも増量、ノリノリの音楽も多用してかなりのテコ入れが施してあるが、我慢強く企画開発し、マーケットを開拓してきたマーベルには何人のヒーローがアッセンブルしようが太刀打ちできないだろう。もうDCには金を落とさん!


「スーサイド・スクワッド」16・米
監督 デヴィッド・エアー
出演 ウィル・スミス、マーゴット・ロビー、カーラ・デルヴィーニュ、ジョエル・キナマン、ヴィオラ・デイビス、ジャレッド・レト、ベン・アフレック
 
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『ストレイト・アウタ・コンプトン』

2016-09-28 | 映画レビュー(す)

 2015年のアカデミー賞が白人への偏重ノミネートにより“ホワイト・オスカー”と揶揄され、物議を醸したのも本作の主要部門シャットアウトが引き金になったと言われている。
1986年からおよそ10年間、音楽シーンを席巻した伝説的ヒップホップグループN.W.Aの栄枯盛衰を描く本作はサマーシーズンの終わりに公開されるや爆発的な大ヒットを記録。彼らが頭角を現したロス暴動さながらの人種間緊張が高まっていることもあってか、再びN.W.Aが社会現象を引き起こしたような格好だ。さながらプロデューサーでもあるドクター・ドレーとアイス・キューブが“仕掛けた”のだ。

監督のF・ゲイリー・グレイの職人気質も手伝って同時代を海の向こうで過ごした82年生まれには時代風俗モノとしての面白さもある。今や好々爺然としたアイス・キューブしか知らない僕にとってはそのカリスマ性に圧倒された(キューブを演じる実息オシェイ・ジャクソンJr.が素晴らしいブレイクスルー)。

彼らはコンプトンという全米でも屈指の犯罪地域から怒りを持って出てきたギャングスタであり、映画はその俗っぽさ故に体制と闘えた事を描きながらも、同時にその悪辣さが自らの破滅を呼び込んだ事を描き切ろうとしていないのが惜しい。後半の泥沼の解散劇は当時を知るファンはさぞかし落胆しただろうが、映画ではフロントマンであるイージーEの死を経た美談としてまとめられてしまっている。やはり当事者が作っている事の限界か。グレイ監督も時代変革の音を叩きながら時代を変えられなかった彼らに対する批評的な視座を持ち合わせてはいない(だから職人としては素晴らしいのだが)。

 僕個人としては本作がオスカー主要部門候補に挙がらなかった事には何ら異論はないし、今年のホワイト・オスカーはやけに過剰なムーブメントだったなと思っている。


「ストレイト・アウタ・コンプトン」15・米
監督 F・ゲイリー・グレイ
出演 コーリー・ホーキンス、オシェイ・ジャクソンJr.、ジェイソン・ミッチェル、ポール・ジアマッティ
 
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『ズートピア』

2016-09-06 | 映画レビュー(す)

 “ディズニー映画を見たな”というよりも“アメリカ映画を見たな”という読後感に近い。正義感の強い田舎娘が警官になる事を夢見て上京するが「女に何ができるんだ」とセクハラを受け、しがない駐車違反のキップ切りに留まる。彼女の前に現れたのはケチな詐欺師の男。彼女は昔ながらの信用詐欺にコロッと騙されてしまう…というノスタルジックな映画的デジャブ。

はたまた事件が起こる。
件の警官と詐欺師がコンビを組んで48時間以内に真犯人を見つけようとするこのデジャブ。もちろん、あからさまなオマージュ、ギャグも盛り沢山だ。ネズミ一家はコルレオーネファミリーのような栄華を誇り、ヤクの密売人コンビはウォルターとジェシーと呼ばれる。

一番グッときたのは夢破れたヒロインがカントリーロードで昔なじみと再会するシーンだ。70年代ニューシネマがデジャブするが、これは2016年のディズニーアニメだ。ヒロインはウサギで詐欺師はキツネ、舞台となるのは動物たちのNYこと“ズートピア”だ。

しかし、一見カラフルなこの街にも目を凝らすと差別と偏見が満ち溢れている事がわかる。
前述のヒロインはウサギだからとセクハラを受け、キツネは“嘘つきばかりだ”と蔑まされる。黒幕は根拠なき不安と恐怖を煽って特定の種族を陥れようとする。世界はありのままでは生きていけない醜さを持っている事をしっかり描くディズニー。ヨーロッパでの難民問題、日本のヘイトスピーチとレイシズムは今やアメリカのみならず世界を覆い尽くす事象であり、それを7人がかりで盛り込んだ脚本家軍団の果敢さはピクサー合流後のディズニーの到達点と言っていいだろう。そしてこの人種の多様さを描く事こそアメリカ映画だけが持ち得てきたテーマではないか。

全米での大ヒット(おそらくアカデミー賞も射程圏内)を受けて続編製作もスタートした。今度はどんなアメリカの風景を見せてくれるのか楽しみだ。


「ズートピア」16・米
監督 バイロン・ハワード、ジャレッド・ブッシュ
 出演 ジェニファー・グッドウィン、ジェイソン・ベイトマン、イドリス・エルバ
 
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