完全無欠のロックンロール装って奪えその赤い唇
魚飼いはふふんと鼻で笑った。
私が能垂れたからか、安易に能垂れて魚飼いのおそらく知らないことだろうと検討つけての能垂れて沸くし立てたことをへとも思わずに鼻で笑って涙を流した。
涙を流したのは意外だったが、ほんの一瞬、あくまでも一瞬でまたすぐに鼻で笑った。
やいやい言いながら、それから魚飼いはさびしそうに笑った。
さびしそうなのは気のせいかもしれない、私は思った。
そういう旅だったつまり。
私が能垂れたからか、安易に能垂れて魚飼いのおそらく知らないことだろうと検討つけての能垂れて沸くし立てたことをへとも思わずに鼻で笑って涙を流した。
涙を流したのは意外だったが、ほんの一瞬、あくまでも一瞬でまたすぐに鼻で笑った。
やいやい言いながら、それから魚飼いはさびしそうに笑った。
さびしそうなのは気のせいかもしれない、私は思った。
そういう旅だったつまり。
「鹿は電車に乗れない3」
鐘は私たちが公園に着くまで鳴り続け、そのたびにニーチェがまだおこっとる、まだおこっとる、これは楽しみにしてたプリン食べられたからや、とか他愛のないことを言い続けた。思わず笑ってしまう自分が嫌いでない。
人通りがほんの少し増して、公園らしき場所にたどり着いて、鹿が群がっている。
「鹿の人や!」と林は叫んだ。
「いや、あれ鹿でしょ?」
「いや、鹿の人や」
「鹿とどうちがうの?」
「近くで見て、話してみれば分かる」
「たぶん言葉通じないと思いますけど」
「鹿にはね」
ふふん、とニーチェは馬鹿にして笑った。
池のそばにある木陰の元のベンチに私たちは腰掛け、遠くにいる鹿の人を眺めた。鹿の人は観光客が与えるしか煎餅を貪欲に食らい、どこまでも貪欲に食らい、していた。
その様はたしかにあんな貪欲なのは鹿でない、鹿の人や、と思ってしまった。でも鯉だって麩をやり続けるとあほほど貪欲になるし、そういうもんか。
ほら、鹿の人を見てごらん、とニーチェは幼児に諭すように言った。
なーに先生、と私は見る。
「鹿の人はせんべいをもらったあと、お辞儀するだろう、あれは鹿にはできない芸だ」
鹿は煎餅をもらった後にお辞儀して、それがお礼をしたように見える。しかし、それは鹿が長年かかかって人間の喜ぶような仕草を身につけただけで、だからって鹿の人と言うわけではなかろうに。
鹿の人はこの暑い日に偉いなあ、ニーチェはしみじみと言う。
そうね、それは確かにそう思うわ。
鳩が鹿の食いカスを狙って這う。ちょこちょこと実に猪口才なやつである。
立ち上がり、鹿の人のほうに向かってニーチェが歩き出す。ちょ、待てよ、と私は追いかける。
彼は露店のおばあさんが売っているしかせんべいを購入し、鹿の人にせんべいを見せる。鹿の人はやはり貪欲にせんべいに向かって迫ってくる。それも一人ではない、3、4人固まって一斉にやってくる。ニーチェはひるむ様子なく鹿の人に向かってせんべいを掲げ、こっちですよ、どうぞこっちにおいでください、と敬意を示している。鹿せんべいを売ったおばあちゃんはどうしていいものかと戸惑っている。きっと鹿に敬語を使いながらせんべいをやる人はあまりいなかったのだろう。見てはいけないものを見るようにまったくこちらをみない。
私もニーチェからせんべいをもらい掲げる鹿は体当たりをするように私に向かって、林に向かって、そして私は、ニーチェはそれを奪われてなるものかと、鹿が接近しようがせんべいを与えることなく耐えている。観光客グループが、変な目で見ている。子どもがケチ、とつぶやいた。ケチも糞もあるかガキがっ、と私はにらんでやった。
鹿に周りを囲まれて、鹿の親玉らしき奴が遠くから、こいつらかけちな客は、と言った感じで見てきたので、そろそろやるか、とニーチェはせんべいを差し出し、
「ご苦労様です、どうですか美味いですか?」と聞いた。
せんべいを食べ終えた鹿の人は、うんうん、と2度頭を下げた。
鐘が鳴る。
鐘は私たちが公園に着くまで鳴り続け、そのたびにニーチェがまだおこっとる、まだおこっとる、これは楽しみにしてたプリン食べられたからや、とか他愛のないことを言い続けた。思わず笑ってしまう自分が嫌いでない。
人通りがほんの少し増して、公園らしき場所にたどり着いて、鹿が群がっている。
「鹿の人や!」と林は叫んだ。
「いや、あれ鹿でしょ?」
「いや、鹿の人や」
「鹿とどうちがうの?」
「近くで見て、話してみれば分かる」
「たぶん言葉通じないと思いますけど」
「鹿にはね」
ふふん、とニーチェは馬鹿にして笑った。
池のそばにある木陰の元のベンチに私たちは腰掛け、遠くにいる鹿の人を眺めた。鹿の人は観光客が与えるしか煎餅を貪欲に食らい、どこまでも貪欲に食らい、していた。
その様はたしかにあんな貪欲なのは鹿でない、鹿の人や、と思ってしまった。でも鯉だって麩をやり続けるとあほほど貪欲になるし、そういうもんか。
ほら、鹿の人を見てごらん、とニーチェは幼児に諭すように言った。
なーに先生、と私は見る。
「鹿の人はせんべいをもらったあと、お辞儀するだろう、あれは鹿にはできない芸だ」
鹿は煎餅をもらった後にお辞儀して、それがお礼をしたように見える。しかし、それは鹿が長年かかかって人間の喜ぶような仕草を身につけただけで、だからって鹿の人と言うわけではなかろうに。
鹿の人はこの暑い日に偉いなあ、ニーチェはしみじみと言う。
そうね、それは確かにそう思うわ。
鳩が鹿の食いカスを狙って這う。ちょこちょこと実に猪口才なやつである。
立ち上がり、鹿の人のほうに向かってニーチェが歩き出す。ちょ、待てよ、と私は追いかける。
彼は露店のおばあさんが売っているしかせんべいを購入し、鹿の人にせんべいを見せる。鹿の人はやはり貪欲にせんべいに向かって迫ってくる。それも一人ではない、3、4人固まって一斉にやってくる。ニーチェはひるむ様子なく鹿の人に向かってせんべいを掲げ、こっちですよ、どうぞこっちにおいでください、と敬意を示している。鹿せんべいを売ったおばあちゃんはどうしていいものかと戸惑っている。きっと鹿に敬語を使いながらせんべいをやる人はあまりいなかったのだろう。見てはいけないものを見るようにまったくこちらをみない。
私もニーチェからせんべいをもらい掲げる鹿は体当たりをするように私に向かって、林に向かって、そして私は、ニーチェはそれを奪われてなるものかと、鹿が接近しようがせんべいを与えることなく耐えている。観光客グループが、変な目で見ている。子どもがケチ、とつぶやいた。ケチも糞もあるかガキがっ、と私はにらんでやった。
鹿に周りを囲まれて、鹿の親玉らしき奴が遠くから、こいつらかけちな客は、と言った感じで見てきたので、そろそろやるか、とニーチェはせんべいを差し出し、
「ご苦労様です、どうですか美味いですか?」と聞いた。
せんべいを食べ終えた鹿の人は、うんうん、と2度頭を下げた。
鐘が鳴る。
(向田邦子作/花の名前/一行目は)
―残り布でつくった小布団を電話機の下に敷いたとき、
「なんだ、これは」
と言ったのは、夫の松男である。―
その瞬間、ブーブークッション大作戦は未遂に終わった。
―残り布でつくった小布団を電話機の下に敷いたとき、
「なんだ、これは」
と言ったのは、夫の松男である。―
その瞬間、ブーブークッション大作戦は未遂に終わった。