リッスン・トゥ・ハー

春子の日記はこちら

ひぐまの嫁入り

2007-02-24 | 掌編~短編
回覧板が回されてきたので、ばあちゃんは焦りだす。
それは、町内会長が誰に決まったとか、○月○日にドブ掃除をしますとか、そういう誰も興味ないお知らせのあとに添えてあったやけにパンクな注意文だ。

『出てきやがれ熊野郎!見たと言う人が続出しています。熊は人を襲いやがるから気をつけろ。柿の実を、たわわに実っている柿の実をひとつ残らずもいで、熊が村に下りてこないようにしましょう。まあ何はともあれ世界ファッキュー!では、気をつけましょう。』

まあ実際はもっとまともだったし、たまたま町田康とか聞いてたから記憶混ざってね。
ばあちゃんは熊を見たかのようにその恐ろしさを語りだす。
「もう怖いからあんたも自転車で夜帰ってきたらあかんで」「大丈夫やって」「熊ども、急に出て来るさかい、あかんて」「そんなアスファルトの道に急にはでてこんやろ」「あんたは知らんのや」「ほんなばあちゃんは、しっとるんかいな」「しっとる」あ、知ってるそうです。
そう言ってまた数独を解きはじめる。テレビで脳に良いと聞いて以来、暇さえあれば解いている。ミーハ―なのだ。

私は毎日実家から自転車で30分かけて市の中心部へバイトに行く。
当然、帰りも自転車であり、めっきり暗くなって、街灯すら点々としかないような田舎の道をひとり戻ってくる。
まあ冷静に考えてみれば熊が急に出てくる可能性はある。

今年、日本全国で、熊が山から降りてきて人を襲う、というニュースが流れ、実際出くわしていない人であろうが、本当に襲われた人であろうが、関係なく熊というものを恐れていた。私の町でもやはり、やれあの地域で熊を見た、やれあの地域の熊は人を襲った、あの地域の熊は干し柿(?)をもいでいた、などとあることないこと、熊は悪者にされていた。その流れに乗って、わが村でも回覧板で熊出没注意のお知らせが回ってくるに至ったのだ。
私は、熊と言えばくまのプーさんぐらいしか知らないし、動物園などで実際の熊を見た事も思い出してみるのだけれど、どうやらなさそうなので、あるかもしれないけれどきっと実際は地味だし憶えてないということはないということだから、プーさんならいいじゃないか、むしろ会いたいぐらいだよあたしゃ、とのん気に考えてたりした。

自転車をこぐほどに風が冷たい。じきに身体は温かくなるけれど。
少し遅くなった帰り、わたしはやはり自転車をこいで、「熊は間もなく冬眠するために食いだめしなきゃいけないし、だから里に食べ物を探しに下りてくるんだろうな。山には美味しいものが少ないのかな。イメージでは多そうなんだけどなあ。お母さん熊は子どもうまなあかんもんね。食べ物もいるわなあ。そりゃ。当然でしょう」とかひとり言を吐きながら家路を急いでいた。
ちょうど、暗がりが続いて少しだけ怖いところ、その電柱の影に何かいる。
それは人に見えた。ただし普通の人のそれより少しだけ太くて、だけど特に気にせず、あら誰かしら今ごろどこ行くのでしょう、と思いながら近づくと、熊だった。ええ、熊そのものでした。
わたしは怖いというより面食らった。なんでいんの?いたらあかんやん。
熊は直立不動で立っていた。

わたしはブレーキをかけて、少し離れて止まった。ようやく出会えたし、逆に見たいような気分になっていたのだ。恐怖は全くなかった。今話題のあの人に出会って(人じゃないけど)ちょっとハイになってしまったんだ。ミーハーは遺伝するのだ。
たぶん熊としては線の細いほうだ。どこか病弱で、なんとなく辛そうにしていた。でも直立不動なものだから、人だと思ったんだ。

「白いね」
とふいに熊はしゃべった。まさか。
熊しゃべれんの?けど、近くには誰もいないし、やはり、熊がしゃべっている。まあ、熊と人間の歴史は長いし(長いのか?)、言葉の一つや二つ覚えることだって出来るかもしれないな考えてみれば。
「白いね」
もう一度言った。
熊の声は少しハスキーで、見た目からは想像できないぐらい高くて、それはわたしの好みの声だった。それで、何か話たくなって「ええと、何が白いと?」とひとこと答えた。
「あなたの皮膚、白すぎる」
「あ、ああ、まあそれほど白くはないと思うんですが、まあ、ありがとうございます。ところでええと、くま、ですよね?」
「そうだけど」
やっぱ熊やそうです。

「何をしてはるのでしょうか」
「え、そんなこと聞く?初対面なのに」
「ああ、すいません、怒らせたらすいません、ちょっと気になって」
「まあ、あんまり見かけないだろうしね」
「ええ、ええ、あたしはじめてっす」
「僕は何度かあるけど」
「そうなの?」
と向こうがタメ口なので、この不意打ち風にタメ口使ってみたけど、熊は全く気にしないようなので、そのままの調子で話すことにした。
「話したことはないけど」
そうでしょうね、聞いたことないし。
ナイロンのジャンバーがこすれてがさがさと鳴る。

「最近、熊がよく町に出るけど、やっぱり食料がないから、山から降りてきてるの?」
「いや、いや、それが全部じゃないよ」
熊はちょっとばつの悪そうな口調で話す。表情は分厚い毛で正直よく分からない。
「そりゃ、ちょっといただくこともあるわけだけれどね」
「ふうん。そうなんや、でも、じゃ、何で降りてくんの?」
「ダメかなあ?」
「いや、ダメじゃないけど、あんまり歓迎されてないかもね」
「でしょうねえ、うすうす気づいてる」
「でしょうねえ、こんなフレンドリーだと分かれば、そうでもないと思うけどね」
「僕は、というか、若いやつはみんな、お嫁さんが欲しいんだ」
「へ?」
「お嫁さんが欲しいんだ」
「うん」
「お嫁さんが欲しいんだ」
「ん?」
熊の目は真剣だった。真剣そのものだった。それで私は少し慌てて目を逸らす。
「それはつまりあたしのことを欲しいと?」
「へ?」
と言う熊の素っ頓狂な声に拍子抜けして「アレ、違った、てっきり求愛されてるんだと思ったんだけど」
うふふふふふ、と熊は娘さんのように可愛らしく笑った。「いやいや、僕から見たら君は全然魅力を感じない、白いし、第一細すぎる」
「あらありがと」全然細くはないし、白くないけど、どちらかと言えばふくよかなほうだし。まあ、そんなことあえて言う必要もないけどね。熊がそういうのだから細すぎるんだ。うん。
「理想のお嫁さんを探してるんだ、僕は妥協したくない、だから山を降りる。大きな可能性を信じてるんだ。みんなそうだ。」
「理想が高いんや」
「理想は高くなくちゃいけない」
「そうどすな」
そうか熊だって色々大変なんだ。その辺は人間と同じなんだ。

それから、弱くなった読売ジャイアンツのことで、かなり盛り上がった後、まあ今日は帰るよ、と言い山のほうに歩き出した。わたしはちょっと、もう行っちゃうの、と小さく言ったけど、聞こえなかったのか振り返らずにのしのしと歩いていった。
のしのしと山に帰る熊の後姿を見て、私は遠くの恋人のことを想いながら、少し遅くなった理由をばあちゃんにどう説明しようかと考えていた。
まさか、熊と話してたともいえないし。
空で星が寒そうにきらめく。

誰がために・・鳴らぬ反鐘 39個盗難

2007-02-24 | リッスン・トゥ・ハー
北京五輪を控える中国での需要の高まりで銅の相場が高騰しているなんてまったくの嘘っぱちで、実際にはあれほど盗まれる理由があったんだ。私はその理由を知っている。それはむやみに言ってはならない、とある人に、言われているから、そんなぬけぬけといったりしないけれど、知っている。と話しても、誰も信じないし、頭のおかしい赤眼鏡女だと思われるだけですから。だんまりを決めこんで、やれやれとカフェオレを啜る。ずずずずずずずずううずうずうずううううずずううずうう・・・・・・・・ああ、言いてえ。言ってもええねんで、でも、言わない。言ってやらない。私はひねくれものだからうふふふふ。というか、思いつきませんでしたホントにすいません。