俗物哲学者の独白

学校に一生引きこもることを避けるためにサラリーマンになった自称俗物哲学者の随筆。

治療薬

2014-01-23 10:07:01 | Weblog
 生理痛治療薬の「ヤーズ配合錠」の副作用と見られる血栓症でこの1年間に3人の女性が亡くなったそうだ。生理痛がどのようなものか私は知らないが、少なくとも命懸けで緩和すべき痛みではなかろう。
 そもそもこの薬は本当に「治療薬」なのだろうか。病気には原因がありその原因を治すなら治療薬だが対症療法に過ぎないのなら治療薬ではない。感染症の病原体に直接効くなら治療効果があると言えようが、解熱剤や下痢止めなどによる対症療法は不快感の緩和に過ぎず治療効果が無いだけでなく病気を悪化させることさえ少なくない。不快感を誤魔化すだけの薬を治療薬と呼ぶことは誇大広告であり偽装表示だ。
 これはテロやデモを軍隊や警察の力で鎮圧するようなものだ。治安が回復したように見えても原因が放置されているのでいずれは再発する。原因に対処せねば治療にはならない。
 中東での内紛はなぜ収まらないのだろうか。宗派の対立だけではなくもっと根本的な問題があるように思える。それは多数決という仕組みが抱える問題点ではないだろうか。神の前での平等というキリスト教的理念が無ければ一人1票という仕組みは不合理だ。そもそもイスラム教徒(ムスリム)は多数者が正しいなどと信じてはいない。アラーの神に忠実であることこそ正しいのであり、たとえ100万対1であろうとも正しいのは忠実な僕(しもべ)のほうだ。邪教徒は幾ら多数者であろうとも邪教徒に過ぎない。
 多数決はしばしば矛盾する。名護市と沖縄県と日本全体とでは違ったことが多数決によって決められる。多分、辺野古地区だけであればまた違ったことが多数決で決められるだろう。誰を対象にするかによって全く違ったことが正義とされる危険で不合理な仕組みだ。
 多数決に賛同するのは多数者側の人だけではないだろうか。多数決が正しいと決めてしまえば邪魔な少数者を排除できるからだ。多数決は治療薬ではなく副作用の多い対症療法だろう。一時的には有効であっても長期的には有害だ。

本能

2014-01-23 09:35:52 | Weblog
 カッコウやホトトギスなどの托卵は不思議だ。なぜこんなことが可能なのか分からない。母鳥は托卵先に産み付ける時、巣にあった卵を1・2個捨てる。その後、他の卵より一足早く孵化したカッコウの雛は巣にあった卵を背中に乗せて総て外へ捨てる。この雛の背中には卵を乗せるのに最適の形状の窪みがある。こうしてカッコウの雛は里親の運ぶ餌を独り占めして育つ。
 私が最も不思議に思うのはこの一連の行動が本能によって準備されていることだ。母鳥が托卵先として自分が産む卵とよく似た卵のある巣を選ぶこと、巣にあった卵を1・2個捨てること、生まれたばかりの雛が他の卵を放り出すこと、これらは総て本能に基づいている。なぜなら托卵された彼らには親から学習するチャンスが全く無いからだ。但し托卵先の選択は経験に基づく可能性が高い。育ての親と同種に托卵することが本能として備わっているのかも知れない。
 逆に托卵される側のウグイスは本能が弱いらしく学習しなければ正しく鳴くことさえできない。鯨や海豚は親から教わらないと呼吸することさえできず溺れ死ぬそうだ。
 最も本能が壊れた動物である人類でさえ本能を持ち合わせている。1つは隣人愛へとも繋がる群居本能だ。群居本能があるから仲間と仲良くしようとする。群居本能を持たない動物にとっては配偶相手と血縁者以外は総て敵だ。
 喜怒哀楽という感情も本能的に備わっているようで、乳幼児のうちから喜怒哀楽の感情が現れる。
 人類のメスは性欲を本能としては失っているようだ。だからこそロマンチックな物語によって色付けしようとするのだろう。その一方でオスの性欲は極めて奇妙な性質が本能として備わっている。視覚によって発情するということだ。人類のオスは写真や映像によっても発情する。これは実に奇妙なことだ。実体が無くても発情する動物は人類のオスだけではないだろうか。これは発情したメスの赤く腫れた尻を見て発情する霊長類のオスの本能がかなり歪んだ形で継承されたからだろう。