俗物哲学者の独白

学校に一生引きこもることを避けるためにサラリーマンになった自称俗物哲学者の随筆。

和食

2011-10-18 15:26:05 | Weblog
 国際的な和食の筆頭は寿司だろう。日本を代表するに相応しい料理だし、世界の食文化の常識を覆すだけのインパクトのある料理だ。
 第二の国際食はラーメンだろう。カップラーメンが先行して地均し役をしたので本格的なラーメンを受け入れられる土壌が世界中に整えられている。今後国際食として定着することは間違いない。
 ラーメンは中華料理ではない。中国の地方料理に似たものがあるがもはや全く別の代物だ。札幌の味噌ラーメンや博多のとんこつラーメンなどの形で独自の進化を遂げた料理だ。
 第三の国際食は意外なことにカレーライスになりそうだ。よく知られていることだがカレーライスはインド料理ではなく西洋料理として日本に伝わった。出汁文化とは全く異質なスパイス料理であるにも関わらず、あるいは全く異質だからこそ、国民に圧倒的に支持された。ルーツであるインドのカリーの研究と並行して出汁やコーヒーを使うなどのカイゼンも加えられた。こんな日本式のカレーライスがインド・タイ・台湾・中国などで「和食」として広まっているそうだ。
 異文化の受け入れ方として、そのまま受け入れる方法と独自のアレンジをする方法がある。本物志向の人にとってはアレンジは邪道だろうが、ことラーメンとカレーライスに関してはアレンジすることで成功している。料理においても日本独自の「守破離」の精神が生かされている。

TPP

2011-10-18 15:09:03 | Weblog
 アメリカと韓国がFTA(自由貿易協定)を結んだことをきっかけにしてTPP(環太平洋パートナーシップ協定)を急ぐべきだという声が高まっているが拙速に推進すべきではない。既に9箇国以上で協議が進んでいる中に割り込むことはバトルロワイヤルに乱入するようなものであり袋叩きに会いかねない。
 TPPにより起死回生を図るよりもFTAを地道に積み重ねるべきだろう。FTAの遅れをTPPで一気に取り戻そうとすることは大博打のようなものだ。これまでの怠慢のツケを大博打で解消しようという発想は余りにも安易で危険だ。
 マスコミは余り報じないがTPPは単なる関税の撤廃ではない。非関税障壁も廃止しようとするものだ。通貨統合こそ無いもののEUに近い経済共同体を目論んでいる。
 増してや我儘大国のアメリカが絡んでいる。グローバルスタンダードと称してアメリカンスタンダードを押し付けられることは確実だ。1858年の日米修好通商条約以来アメリカには騙され続けていることを忘れているのではないだろうか。
 TPPには雇用の自由化も含まれている。極端な話、低賃金のベトナム人労働者を輸入して肉体労働を押し付けることも可能だ。その場合、日本人の雇用機会が失われるだけではなく賃金の低下も起こるだろう。
 工場の海外移転だけではなく、規制の多い農業や養殖業などの移転も起こり得る。これでは日本は空洞化する。
 

ケセラセラ

2011-10-18 14:51:47 | Weblog
`Que sera sera'(スペイン語。英語では`Whatever will be,will be')は「なるようになる」と訳されることが多いが、「あるものはある」とも翻訳できる。
 「あるものはある」の対偶は「無いものは無い」であり、生成は不可能であることを意味する。哲学的思弁とさえ思えるこの命題を証明したのは皮肉なことに科学だった。それまでは湧くと考えられていた蠅が、卵を植え付けられることによって初めて生まれることを科学が証明した。あるいは燃やされた物質がガスと灰になっても原子のレベルでは全く増減していないことをも証明した。生成も消滅も不可能であり、変成だけが可能であることを科学が証明した。勿論、エネルギーも消滅しないし発生もしない。エネルギーは形を変えて残るということを説明するのがエネルギー保存の法則だ。
 ここで当然のことだが疑問が生じる。生命は生まれるし消滅するのではないか、と。
 この謎を解くモデルは霊魂不滅説にありそうだ。霊魂は単体であり分割不可能だから消滅しないと説かれていた。今では元々存在していないと考えられている。
 生命も元々存在せずに、ただ単に自己増殖できる状態と考えれば「あるものはある」と矛盾しない。ということは生命維持機能さえ損なわれていなければ、切断した指が繋がるように、死んだ人間を生き返らせることも可能だということだろう。