「ハンコのIT化」と篆刻

2020-09-26 22:41:22 | 篆刻



現在、政府で「ハンコ」の電子化が検討されています。

多くの方々は「ハンコ」の威力を痛感したご経験をお持ちのことと
思います。
身近なところでは宅急便の受け取りに使ったりしています。
間違えると大変なのは連帯保証人のハンコです。
内容を十分確認せずにハンコを押したらその時点で責任を
負わされます。

「ハンコ」は個人の信憑性の象徴ですから主に商取引に使用されて
います。
市町村役場で印鑑証明登録した印は銀行取引、不動産取引などで
使用されています。
実印、銀行印、認印(例・シャチハタスタンプ)など最低3ケのハンコが
使用されています。
日本銀行券、いわゆるお札にも表裏に1ケづつ印が押されています。

「篆刻」の印は書画などの落款印、更に住所印、封緘印、蔵書印、
成語印(古典などから引用した熟語などを使用して日展出品作品などで
見かける印)雅号印、など非常に幅広く使用されています。
絵手紙でも小さな印でバランスがとれています。
書道などの展覧会で落款印が押していなければ何となくサマになりません。

篆刻の印は上記のように商取引とは関係ありません。
趣味の世界の如くです。

ただ共通点があって「ハンコ」も「篆刻作品」も主に「篆書体」を
使用しています。
日本銀行券の印も同様です。

今、話題の「ハンコ」の行方はどうなるんでしょうか。
随分前からハンコの議論はされてきましたが、電子認証のリスクは
小生では分かりません。
善意の取引ばかりであれば心配ないんですが。

「篆刻」は非常に地味な存在で一般的には(ヨク ワカラナイ)
篆刻愛好家も年々減少傾向です。

篆刻の主な大きな団体は「全日本篆刻連盟」「日本篆刻家協会」
の2団体ですが、前者は指導者の推薦が必須条件、ある程度のベテランで
ないと入会できません。
後者は自由入会のようです。

全日本篆刻連盟の会員数の推移は
1996年 224名
2010年 255名
2015年 177名
2019年 144名
となっています。
減少理由は定かではありませんが、高齢化の影響もあるようです。
因みに書道人口も同様に減少気味と聞いています。
公民館活動などの書道、篆刻教室は別として現代は公募展抜きには
語れない時代です。

篆刻の現状を記載した報文は少なく、ご参考までに篆刻で文化勲章を
受章された故・小林斗盦先生が1999年発行の全日本篆刻連盟展
図録掲載の言葉を引用させていただきここにご紹介します。

「20世紀の篆刻
 篆刻という芸術は明(中国の14世紀から17世紀)の中葉に
定着して、藝苑に独自の地歩を占め、清朝にいたって書画を兼ね
善くする偉材が続出して、まばゆいばかりの存在を誇った
ものである。

我が国もその餘香を追って、3百年の歴史を経て幾多の名手が
輩出し、戦後は彼我とみに厖大な作家を擁して盛況を呈している。

ただ、昨今私が痛感するところは、彼我ともに数ばかりで質の低下は
まぬかれず「中国の篆刻は呉昌碩をもって断となす」と常々公言して
きたものだ。
中国では呉昌碩翁没後70年(*1990年時点)日本では河井荃蘆先生
没後50年(*前記同様)、以来この両先生を凌駕する作家がひとりも
現れない。
(中略)
書も印も、戦後の日本の影響であろうか、幼稚無定見な自我を主張することが
現代であるとか個性であるとか思い込む、単細胞的な思考が横行して、
彼我とみに今日の衰退を招いたのではないか。
(中略)
この頽勢を挽回するには、一にも二にも断えざる技術の錬磨と鑑賞眼の鍛錬に
よらねばならぬ。
そのうち、不断の精勤から引き出された作家の自信のようなものが生まれ、
やがて思想となり真の個性に連なるのである」
(以下略)

なかなか厳しい言葉のようですが、近代篆刻家で後世に伝わる篆刻家は
河井荃蘆先生がそのおひとりと小生も思います。

写真は東京国立博物館H.P.から。
印影は小林先生刻の永井荷風愛用印のようです。
氏は昭和天皇、川端康成、安岡章太郎、司馬遼太郎、小林秀雄、
中曽根康弘、安倍晋太郎、海部俊樹各氏などの印を制作されています。