坂野直子の美術批評ダイアリー

美術ジャーナリスト坂野直子(ばんのなおこ)が展覧会、個展を実際に見て批評していきます。

ボストンから浮世絵名品展

2010年05月25日 | 展覧会
ボストン美術館の日本の中世美術のコレクションは広く知られていますが、印象派などに影響を与えた江戸期の錦絵黄金期の浮世絵の名品が、一世紀あまりの時を超えて日本に里帰りします。
今年の8月から1年間、神戸市立博物館、名古屋ボストン美術館、山種美術館、千葉市美術館、仙台市博物館の全国5会場を巡回。明治期にアメリカに渡った鳥居清長、喜多川歌麿、東洲斎写楽の三大絵師を中心に、役者絵などが揃います。浮世絵ファン必見の展覧会となりそうです。

エコール・ド・パリの画家を名古屋で

2010年05月24日 | 展覧会
全国的に今日は雨模様で、薄く煙るような色合いは、にじんだ淡い色調のパスキンとよくお似合いです。名古屋市美術館の常設展で鑑賞できるエコール・ド・パリの画家、ジュール・パスキンの作品です。当美術館では、同時期パリで活躍した郷土作家荻須高徳との関連で、モディリアーニ、シャガール、ユトリロ、キスリング、ローランサン、フジタらの作品のコレクションに力を注いできました。第一次世界大戦から暗雲漂う次の大戦の短い期間に、パリのモンパルナスにヨーロッパの各地から集った気鋭の画家たちがそれぞれの芸術を競い合いました。パスキンはブルガリア生まれで、女性像に独特の感性を発揮した画家ですが、どこか郷愁を誘う抒情的な雰囲気を醸し出しています。この夏は「あいちトリエンナーレ」が開催されますが、いろんな折に美術館の常設展でお気に入りの1作を見つけてみてはいかがでしょうか。

野村仁ー宇宙の時間

2010年05月23日 | アーティスト
今日は関東地方は雨模様で空を見上げても、太陽も月も見ることができませんので、それでは壮大な宇宙の時間を撮影した野村仁氏の「アナレンマ」シリーズの作品を。もう20年前の写真作品で、作家の原点となった作品です。空に現れた八の字は、合成写真ではなく、1年間にわたって同じ場所で定期的に太陽を撮影して得られた実写なのです。太陽と地球の交信、われわれが経験しえない断面で時間を切り取ることで、美しくシンプルな視覚化へと結びついたのです。

山梨県立美術館のミレー

2010年05月23日 | アート全般
ゴッホは農民画家フランソワ・ミレーを敬愛していました。パリの華やかな市民生活とは裏腹にバルビゾンの画家たちの農民生活に向けられたまなざし、ゴッホは油絵の技法的には印象派の影響を受け、明るい色面に移行しますが、テーマの上ではミレーらに共感していたのです。「鶏に餌をやる女」(山梨県立美術館)は、農家の日常の一場面が穏やかな光の中に映されています。印象派のタッチに慣れている目にとって、少し暗く感じるかもしれません。この作品は19世紀半ばの制作ですから、印象派の技法の革命はもうそこまできていますが、古典的な陰影法で、この時期写実的な描法への回帰の時代でもあったのです。この農婦のモデルは妻のカトリーヌ。名画「晩鐘」へと続く作品です。

本のカテゴリー

2010年05月22日 | アート全般
直木賞作家の京極夏彦さんと講談社は、「iPad(アイパッド)」向けに、新作ミステリーの電子版を発売するとは発表しました。紙の書籍も同時期に発売されますが、当然ながら電子書籍の方が割安になっています。キャスターの鳥越俊太郎さんは、行き過ぎると活字文化に影響を与えるという危惧を抱いていらっしゃいましたが、出版界に身を置くものにとってこの動向は気になるところです。これから電子書籍はある程度の領域を作っていくと思いますので、現代人の活字離れを少しでもくいとめる役目をしてほしいと思います。本と言えば先頃の「アーティスト・ファイル」(国立新美術館)に出品されていた福田尚代さんの本のカテゴリーをさまざまに操ったインスタレーションを思い起こします。(ちょっと無理やりですが)詩的な回文も独特の手法ですし、物語が綴られた本のページに刺繍をしていくとだんだんと文字は読めなくなりますが、その言の葉のひとつひとつが心に残っていくような印象深い内容でした。

ゴッホ展ーこうして私はゴッホになった

2010年05月22日 | 展覧会
この秋の美術展の最大の目玉と言えば、ゴッホ展でしょう。国立新美術館・六本木(10月1日~12月20日)を皮切りに、他2会場で開催されます。生誕120年の記念イベントということで、オランダのファン・ゴッホ美術館とクレラー=ミュラー美術館の協力で約120点の作品が集まります。副題に、〈こうして私はゴッホになった〉とあるように、この展覧会では初期の作品群を丁寧に同時代の作家との影響を見ながらたどり、ゴッホスタイルの確立の軌跡を追っています。広報用のメイン画像となっている「灰色のフェルト帽の自画像」は、1887年制作でゴッホの短い絶頂期であるアルルに赴く前年で、都会での精神的疲れを感じていたころですが、その眼の核心を貫いたような鋭さと大きく並列的なタッチで青を基調に描かれた作品は、ゴッホ自画像の中でも代表作にあげられます。ゴッホは魂の画家として日本でも常に人気が高く、印象派展などでもおなじみで、身近な画家として当り前のように見てしまいますが、あの原色の対比による平板な構成による強烈な個性は、それまでにはないまったく新しい絵画世界をつくりだしています。私もこの機会に新鮮な目でとらえ作品をみつめ直すことを心掛けたいと思います。
・福岡展(九州国立博物館、11年1月1日~2月13日)・名古屋展(名古屋市美術館、2月22日~4月10日)

林茂樹ーセラミックアートの可能性

2010年05月21日 | アーティスト
一目見て気になる作品でした。材質感と独特の色合いとハイブリットな異種混合の感覚がある人体表現。SF的な世界とアニメチック。林茂樹さんはセラミックアートの素材と表現の可能性を広げようと、鋳込み表現という緻密な鋳造技術とパーツの組み合わせによるシリーズを展開しています。パーツ的な組み合わせが、現代のフィギュアに通じるものも感じさせ、今日的な視野が見出せます。4月に開催されたアートフェア東京に出品。伝統的な技法のもつ深く温かみのある肌理のもつ可能性が楽しみです。

名画に音楽を聴くー東山魁夷「絵のなかのリズム」

2010年05月21日 | 展覧会
クレーの作品から色彩の音階を聴く、そして音楽の形式はカンディンスキーら、純粋抽象画へと導いていくわけですが、日本画の世界に目を向けると音楽的リズムを構成的秩序へと発展させた大家がいます。その中で、東山魁夷はシューベルトに傾倒し、創作においてバロックからロマン派まで音楽的な作調、心理的な内面を感じさせる音楽的志向がありました。魁夷は内省的な自己の心をみつめる画家でした。幼い時から青年期まで病気がちで挫折と苦悩の日々の中で〈自然の変化の中に身を置き、私は生かされている。野の草と同じである。路傍の小石とも同じである。〉という死生観の中で描くことを生の証としていきます。対象を描くにあたって細かいスケッチを重ねて、本画では余分なものを排除した省略化、簡潔化によって詩情豊かな世界へと誘います。長野県信濃美術館 東山魁夷館において「絵のなかのリズム」をテーマに、竹林の「夏に入る」など魁夷作品80展が並びます。(6月3日~7月13日)




風景画のコローではなく魅惑の女性像

2010年05月20日 | アート全般
肖像画は長い歴史がありますが、その中でも1点といわれると、イタリア・ルネサンス期のダ・ヴィンチの「モナ・リザ」と応える方が多いでしょう。あの神秘の微笑みは時代を超えて魅惑の魔力があるようです。解剖学的に表情の動きとフスマートと呼ばれるダ・ヴィンチ特有の空気遠近法の技法の完璧さは比類なきものでしょう。近代へと目をやると、印象派にも影響を与えた風景画家コローがいます。田園風景の光の感覚、筆の筆触、即興性をもって自然の風光をとらえた画家ですが、女性像も多く残しています。「真珠の女」(1867~70/ルーヴル美術館)は、モナ・リザ風のポーズをとっていますが、貴族的ではなくぐっと親近感がわきます。若い女性が木の葉の冠を頭につけ、そのひと葉が額に影を落としています。それを人々は真珠だと思ったのです。それがタイトルになっているわけですが、コローの影は真珠に値するというほど、この作品の深い精神性を讃えているのです。

東京都美術館の大改修が始まる

2010年05月20日 | アート全般
長年の懸案であった東京都美術館(上野公園)がこの4月から2年がかりの大改修工事に入りました。開館から35年、設備面での老朽化による改修問題は10年以上前から浮上していましたが、全国の公募展団体の歴史を刻んできた美術館であり、毎年開催される公募展の移転先が各公募団体展の頭の痛いところでした。国立新美術館(六本木)の開館とともに日展、二科、二紀、院展なども新しい会場へ移転。観客の方々のにぎわいもそのまま移動したような雰囲気になっています。新しい東京都美術館の構想は、赤れんが風の外観の前川國男設計の佇まいを残し(上野公園のシンボルでもありますから)、外観の設計は壊さずに企画展示室を含む内部の構造をリニューアルする方針ということで建築の保存上も理にかなっているように思います。もう少しこの話題が一般の方々にも普及していくといいのですが。
・東京都リニューアル準備室 TEL 03-5806-3726