坂野直子の美術批評ダイアリー

美術ジャーナリスト坂野直子(ばんのなおこ)が展覧会、個展を実際に見て批評していきます。

アンリ・ル・シダネル展 穏やかな時をみつめて

2011年09月30日 | 展覧会
アンリ・ル・シダネル(1862-1939)は、20世紀初頭に活躍したフランスの画家です。印象派、新印象派、象徴主義の新しい潮流を目撃しながら、自らは特定の流派に属さず、身近なテーマを繰り返し描いた画家でした。モネ一家とも交友関係にありました。
私は、箱根のポーラ美術館でテーブルのある中庭を描いた作品に出合い、印象派的なこまやかなタッチだけれども、外光派的な明るさではなく、薄日の自然の色合いと静かな空間の構成が気になった画家でした。
彼は、30代にパリから北へ80㎞のジェルブロワの歴史的な町に落ち着き、ガーデンテーブルのある中庭、ツタ薔薇や夜の森、月夜や、夕暮れに家々の窓から漏れる光を情感豊かに描きました。
パリの国立美術学校に入学後は、もっぱらルーヴル美術館での模写と植物園でのスケッチに時間を費やしました。風景画家として取材を求めて国内だけでなく、隣国ベルギーのブリュージュなどにも赴き、初期には象徴派的なタッチの人物像も描きました。
冬にはブルターニュ地方の寒さを避けて、一家でヴェルサイユにもう一つのアトリエを構えました。王宮の散歩道を子どもたちと歩きながらモチーフを練りましたが、ル・シダネルが描いたのは、華やかな宮殿ではなく、石畳の小路の何気ない町の一角でした。
・掲載作品は、ル・シダネルの食卓のシリーズの晩年の作品「テーブルと家」1935年
家の壁をつたう薔薇が光を受けて輝き、テーブルに木漏れ日が揺れています。人は描かれていませんが、そこで家族が憩う和やかな光景が想像できます。
本展は、「小さな幸せ」をサブタイトルに、油彩、ドローイングなど約70点を展覧する日本で初めての本格的な回顧展となります。

◆アンリ・ル・シダネル展/開催中~11月6日・メルシャン軽井沢美術館 
 11月12日~12年2月5日・埼玉県立近代美術館 3月1日~4月1日・美術館「えき」KYOTO
4月14日~7月1日・損保ジャパン東郷青児美術館 7月7日~9月2日・ひろしま美術館

モダン・アート、アメリカン 自然との対峙

2011年09月28日 | 展覧会
今日から国立新美術館で〈モダン・アート、アメリカン〉展が始まりました。ポロックら戦後の抽象表現主義に注目が集まるアメリカ美術ですが、本展では、その全段階である19世紀中頃からヨーロッパに起こったロマン主義とリアリズムの流れから印象主義、キュビスム、アメリカン・モダニズムの時代を経て、抽象表現主義への道のりを、フィリップス・コレクションから110点でたどる内容となっています。
ワシントン近郊に設立されたアメリカ初の近代美術館であるフィリップス・コレクションは、ヨーロッパ近代美術の大コレクションを誇る一方、創設者のダンカン・フィリップス(1886-1966)は、まだ無名であった同時代のアメリカ人作家の作品を積極的に購入し、若手作家を支援しました。ジョン・マリンやエドワード・ホッパー、ジョージア・オキーフ(6点)、幾何学抽象のスチュアート・デイヴィス、ダイナミックなアーサー・G・ダヴの作品も見ごたえがありました。

印象主義のコーナーでは海辺などを主題とした外光派のアメリカ印象主義の明るい作品が並びましたが、印象派の並列的なタッチを応用しながら、アメリカの土壌、風土的なモチーフに独自の展開を見せていました。

手前の作品は、抽象表現主義のコーナーのアドルフ・ゴットリーブ「見者」1950年です。黒の大胆な筆触が、画面を有機的な律動感をつくりだしています。
マーク・ロスコやサム・フランシスなど日本でもなじみのある作品も並びましたが、全体を通して感じたことは、アメリカの絶対的な自然の力です。寂寥感を伴う壮大な自然へのヴィジョン。それと対する人工的な都市の力。拮抗するのではなく、アメリカの土壌として両極的な魅力をアメリカ美術の流れの土台として築いていました。

◆モダン・アート、アメリカン/開催中~12月12日/国立新美術館(六本木)

知覚を呼びさます気鋭の3作家展

2011年09月26日 | 展覧会
これまで数々の新世代のアーティストの発表の場として活動してきた横浜市民ギャラリーでは、今年から新たに「ニューアート展NEXT」の企画展を通して、横浜と関わりのある現在第一線で活躍中の作家を取り上げていきます。
「Sparkling Days」では、日常生活に眼差しを向け、五感を研ぎ澄まして新たな世界観をかたちづくる気鋭の若手作家、曽谷朝絵さん、荒神明香さん、ミヤケマイさんによる新作50点の展覧となります。
バスタブや水滴など水と光がうつろうイリュージョン的な触感的な色彩表現から、近年では室内全体を色彩のスパーリングに満たすインスタレーションを展開している曽谷朝絵さん、現代的な映像感覚をはらみながら新たな知覚の扉をあける荒神明香さん、(掲載作品は、荒神さんのR.G.B.D 2010年)空間感覚や表現形式に、伝統的な日本画のエッセンスを盛り込みながら、独自の手法で繊細なディテールを織り込んだ現代的ファンタジーの物語へと誘うミヤケマイさん。
それぞれの広がりのある表現性を楽しめる展覧です。

◆ニューアート展NEXT2011 Sparkling Days/9月30日~10月19日/横浜市民ギャラリー(横浜市中区)

世界遺産 ヴェネツィア展開幕

2011年09月23日 | 展覧会
ヴェネツィア共和国は、697年の共和国成立から1797年のナポレオン侵攻までの約1000年の間に、強大な軍事力と交易による富を背景として、〈アドリア海の女王〉とたたえられる美しい都を築きました。
現在でも歴史的な街並みが数多く存在し、その栄光はサン・マルコ広場やドゥカーレ宮殿などに受け継がれています。
本展は、ヴェネツィアを代表する13の館からなる組織であるヴェネツィア市立美術館群から、黄金期に宮殿や人々の生活を彩った宝飾品や衣服などの品々や、16世紀ヴェネツィア派の巨匠のベッリーニの「聖母子」、異才を放つヴィットーレ・カルパッチョの板絵「二人の貴婦人」などは、色彩の美しさに目を見張りました。ティントレットの壮大な「天国」など次代の画家に影響を与えた大胆な筆触でスケール感がありました。
絵画では、ピエトロ・ロンギの18世紀中頃の「香水売り」など、ロンギの数点の秀作があり、貴族の館で繰り広げられる情景が妖しく秘密めいた作風でヴェネツィア絵画の魅力を伝えていました。
・展示空間も上品な華やかさが演出されていて、照明も工夫されていました。
 手前に、9世紀末に制作された大理石の井戸の井筒があります。小アーチの中の十字架やばらの花、様式化された動物などこの時代の装飾文様を伝えています。
このように絵画だけでなく、古地図や地球儀や帆船の模型なども設置され文化人類学的な視点の展示に特徴がありました。

ヴェネツィアングラスも華やかさと上品さを併せ持つ草花模様が美しかったです。

本展は、東京会場を皮きりに以下の5か所を巡回します。

◆ヴェネツィア展/開催中~12月11日/江戸東京博物館(墨田区)・12月22日~12年3月4日/名古屋市立博物館
 ・3月17日~5月13日/宮城県美術館 ・5月26日~7月16日/愛媛県美術館
 ・7月28日~9月23日/京都文化博物館・10月6日~11月25日/広島県立美術館
 http://www.go-venezia.com

★東京都美術館リニューアル・オープン記念展
 「メトロポリタン美術館展 大地、海、空ー4000年の美への旅」の開催が決定!
 自然をテーマにレンブラント、ターナー、モネ、ゴッホらの傑作を中心に、同館所蔵の絵画や工芸、
写真など約130点が出展され、古代から現代までの西洋美術の粋を一堂に集める。
開催期間は、12年10月から翌年1月まで。




金沢健一展 出発点としての鉄 多様な展開

2011年09月21日 | 展覧会
金沢健一さん(1956年~)は、1887年から制作を始めた鉄板を溶断した「音のかけら」シリーズで、昨年も数か所の地域でワークショップを展開。素材と形、音を結びつけたパフォーマンス性豊かな表現で近年ますます注目を集めています。
80年代の初め、鉄柱を組み合わせた幾何学的な構成のインスタレーションで、現代日本美術展(毎日新聞社主催)などにも出品。鉄のグリッドやL字型など、鉄板という素材に本質的な美しさを見出し、加工を最小限に留めたミニマル的な方向性に特徴がありました。それは鉄板を重ねた層としての作品においても今回の展覧会で感じられたことでした。
現在では、「音ー振動ークラニド図形をつくる」のワークショップも展開。鉄の多様な側面の魅力を引き出しています。
・掲載作品は、「音のかけら5」1997年。マレットがさまざまな形に溶断された鉄板の上に置かれています。思わず誰でも叩きたくなる気持ちに誘導されます。複数の人が叩き始めると、澄んだ音の響きが思いがけない不思議なハーモニーをつくりだしていきます。この作品は、第1回岡本太郎記念現代美術大賞準大賞(大賞は該当者なし)を受賞しました。
初期の作品から現在まで、集大成としての作品の流れが一望できます。

◆金沢健一展/開催中~9月25日まで)/川越市立美術館

脇田 和展ー心のなかの暖かな部屋ー

2011年09月19日 | 展覧会
たゆたうような色彩の中に浮かんでは消えるような窓から身近なものたちがそっと顔をだします。
脇田和(1908-2005)の絵画世界は、誰をも理屈なく包み込んでくれる温かさがあります。
1936年、反アカデミックの芸術精神を掲げ、小磯良平、猪熊弦一郎らと新制作派協会(現、新制作協会)を結成。自由な表現とモダン感覚に優れた画風で個性を大いに発揮していきます。
・掲載作品は「四色の季節」1997年。脇田は長い画歴の中で、絵画でしか表現できない色彩の音階を奏でていきます。この作品においても年齢を超えたフレッシュな創作意欲が伺えます。
本展は、軽井沢の脇田美術館所蔵作品を中心に、初期のドイツ時代の習作から晩年の円熟した画域にいたる脇田芸術の作品が展覧されます。
音楽から啓示を受けたカンディンスキーですが、脇田作品からは、ポリフォニックな色彩の和音が聴こえてくるようです。

◆脇田和展/開催中~11月10日/高崎市美術館(群馬県高崎市)

榎忠 展 美術館を野生化する

2011年09月18日 | 展覧会
戦後の前衛グループ〈具体〉は、路上でのパフォーマンスやハプニングにより、既成の美術の枠組みに疑問符を投げかけました。関西から発したパワーの爆発力がありました。
関西は前衛的土壌のある土地でそれは現在でも発信地として多くのアーティストが活躍しています。
榎忠さん(1944年~)は、神戸に拠点を置いて創作活動を行ってきました。1960年代半ばから創作の世界に入り、70年代では集団での活動を経た後、型破りなパフォーマンスを繰り広げました。サイケデリックな髪型や女装など周囲をあっと言わせたかと思うと、その一方で、銃や大砲など現代社会に刺激的な題材を扱ったり、今日大量に生み出される金属の廃材に新しい生命を吹き込んだりと創作の場を広げてきました。
近年は、大阪キリンプラザでの個展(2006年)や豊田市美術展での二人展(2007年)などで注目されました。
・掲載作品は、「RPM-1200」シリーズ。2006年 
工作機械の部品を加工して積み重ね、別の次元へと展開させています。榎さんの鉄との関わりは、パーツを工場や廃棄物などから選ぶことから始まります。超巨大なマシンや機関車、戦車なども登場する本展は、回顧展も兼ねた榎作品の全体像を示す内容となっています。

◆榎忠展 美術館を野生化する/10月12日~11月27日/兵庫県立美術館(神戸市中央区)


作家主導による展覧会 所沢ビエンナーレ美術展2100「引込線」

2011年09月16日 | 展覧会
2008年から埼玉県所沢市で始まった同展覧会は、美術家が自ら企画・運営する方式をとり、統一テーマを設けないという点に特質があります。〈もの派〉〈ポストもの派〉世代の所沢近郊に住む美術家たち、遠藤利克(敬称略以下同)、戸谷成雄、中山正樹らが立ち上げ実行委員会を組織しました。
〈もの派〉は60年代から70年代にかけて、物質を素材として加工するのではなく、物質そのものの組成や成り立ちに立脚した志向に特質があり、日本の前衛の第一線に現在まで深く関わっています。60代となった美術家たちをリーダーとして、同実行委員が選んだ20~60代の計30作家が、旧小学校と旧学校給食センターの2か所で、その場を踏まえた作品を発表。
プール脇や更衣室に展示された作品などが建築的な構造と面白い対比を生んでいました。
・小学校の入り口付近で公開制作を行っている彫刻家の山本麻璃絵さんです。楠の合板を使って破格な大きさの拳玉を制作中です。武蔵野美術大学の大学院生で、木彫で自動販売機や赤いポスト、扇風機など、日常的なポップな楽しさのある作品をコツコツと制作してきました。木彫の素朴さと温かさが感じられました。

◆所沢ビエンナーレ美術展「引込線」/開催中~9月18日/所沢市生涯学習推進センター、旧所沢市立第2学校給食センター
 (西武新宿線航空公園)

薔薇と光のフランス人画家 アンリ・ル・シダネル展

2011年09月15日 | 展覧会
印象派、新印象派、象徴派など19世紀後半から20世紀初頭へと美術思潮の流れのなかで、その影響を受けながらも大々的な革新派ではなく、小さな身近な幸せの空間を描いた画家がいました。
アンリ・ル・シダネル(1862~1939)も温かい親密的な空間を描いたフランス画家です。ジェルブロワの庭、薔薇のアーチのガーデンテーブル、夜の森、月夜の夕暮れなど、日々の生活の安らぎの一場面が描かれています。
シダネル展は、存命中は展覧会など国内外で開催されていましたが、大がかりな回顧展は本展が初めてとなります。
油彩、ドローイングなど約70点の展覧となります。
・掲載作品「月明かりの庭」年代不詳 ボーヴェ、オワーズ県立美術館


◆アンリ・ル・シダネル展/開催中~11月6日/メルシャン軽井沢美術館
 11月12日~12年2月5日/埼玉県立近代美術館・3月1日~4月1日/美術館「えき」KYOTO
4月14日~7月1日/損保ジャパン東郷青児美術館・7月7日~9月2日/ひろしま美術館 

舟越桂展

2011年09月14日 | 展覧会
彫刻家、舟越桂さん(1951年~)の人物像のトルソは、両性具有とも思える神秘性と固有のデフォルメによる新しい造形感覚で彫刻界に風を起こしてきました。
藝大の学生時代にトラピスト修道院から聖母子像を頼まれた折、先生から楠を使うように勧められたことがその後に繋がったといわれています。楠は古来から神聖なる樹木として崇められた経緯があり、舟越さんの木彫人物像の世界が形作られました。
80年代から楠に彩色し、大理石の目を嵌めこんだ着衣半身像から始まり、どちらかといえば静的な雰囲気から、より自由な発想へと拡張していったのが2000年頃からの裸体像です。
・掲載画像は、スフィンクスシリーズの参考作品ですが、肖像的なシリーズから半人半獣を思わせる不気味さ、不安定さを投げかける作品へと展開してきました。現代社会がイレギュラーに変奏していくように、作品もどこか痛々しさを伴うものへと変化していくようです。
右肩の上にのった手や胴部に添えられた手。手はロマネスクの神の手を思わせる予言の試みでしょうか。
舟越さんは、頭の中でのロジックな組み立てを創造の手掛かりにするのではなく、実際にデッサン、ドローイングを重ねながら全体の調和を考えていくようです。
本展は、最新作を含め、ドローイング作品30点が展覧されます。高知の北東に位置する香美市の自然豊かな景勝のなかで、舟越作品が新たな魅力を投げかけるのが楽しみです。

◆舟越桂展/10月1日~12月18日/香美市立美術館(高知県香美市)
 *舟越保武×舟越桂展/開催中~10月16日/旭川市彫刻美術館
  明治期に建造された荘重な雰囲気の同館で、親子展が実現しました。