坂野直子の美術批評ダイアリー

美術ジャーナリスト坂野直子(ばんのなおこ)が展覧会、個展を実際に見て批評していきます。

セザンヌ「赤いチョッキの少年」

2011年02月27日 | 展覧会
ワシントン・ナショナル・ギャラリー展に出品されるポール・セザンヌの「赤いチョッキの少年」は、1888年から1890年の間に描いた連作のうち最も大きい作品です。このタイトルから、テーブルに肘をついた少年像を思い浮かべる人が多いと思いますが、この作品では、右手を腰にあてた立像になっています。この時期は、印象派に影響を受けた明るい色調のタッチとセザンヌ特有の画面構築への抽象化が段階的に進んでいきます。線から面への大胆な大きなタッチで、奥行きの浅い平坦な色面への実験的な姿勢が表れています。20年前に描かれたセザンヌが父親を描いた肖像画も出品されますので、画法の違いが一目でわかると思います。

ワシントン・ナショナル・ギャラリー展の見どころ①

2011年02月26日 | 展覧会
今年の印象派展では、最大規模になる本展は、印象派への架け橋となったコロー、マネから始まり、モネ、ルノワール、ピサロ、ドガ、カサットら印象派にいたり、セザンヌ、ゴッホ、ゴーギャン、スーラなど印象派から影響を受けながらもそれぞれの表現によって乗り越えていったポスト印象派の作品群、日本初公開作品(油彩、版画、素描を含む)約50点を含む全83点が展覧されます。〈これを見ずに印象派は語れない〉という本展のキャッチフレーズのように、明暗表現に革新を起こした1870年代からの名作の数々が登場します。
・掲載作品 ルノワール「ポン・ヌフ、パリ」1872年 ルノワールの最も印象派に接近し技法的にも影響を受けた作品です。セーヌ川にかかるもっとも古い橋の近くにあるカフェの上階の部屋を借りて、制作した作品で、地平線を画面のほぼ2分の1にとり空を広くとった俯瞰した構図ですがすがしい陽光あふれる作品です。印象派は光と影を追求しましたが、画中行きかう人々の影は青みを帯びて、全体の明るい青を基調としたハーモニーを奏でています。

◆ワシントン・ナショナル・ギャラリー展/6月8日~9月5日/国立新美術館
 京都展/9月13日~11月27日/京都市美術館

松岡コレクション 西洋絵画の中の人びと

2011年02月25日 | 展覧会
東京・白金台は、ちょっと大人センスのファッション通りにおしゃれなカフェなども多く、山本現代など現代アートのギャラリーも増えてきました。アールヌーヴォー建築の東京都庭園美術館はゆったり鑑賞できる美術館ですが、松岡美術館もまた歴史を感じさせる建築空間に質の高い個人コレクションが楽しめる美術館です。
本展は、コレクションの中から西洋絵画の重要なテーマであり続ける肖像画や人々をとらえた作品にスポットをあて、近代美術の豊かな鉱脈を掘り下げます。
・掲載作品は、ジョン・エヴァレット・ミレイ「聖テレジアの少女時代」1893年 イギリスの画家でラファエロ前派に属し、神話や聖書の物語を復活させ、装飾的な精緻な描法で人気が高く「オフィーリア」が代表作です。晩年は肖像画家としても活躍。この作品においても神話的な古代色を織り交ぜながらナイーヴな人物像になっています。
ルノワールからシャガール、ピカソ、モディリアーニ、キスリングなどエコール・ド・パリの画家、素朴派のアンドレ・ボーシャンなど幅広く楽しめる内容となっています。
銀座、六本木に行かれたら、目黒方面の白金にもアート散策をされるのはいかがでしょうか。

◆松岡コレクション 西洋絵画の中の人びと/4月24日~9月25日/松岡美術館(港区・白金台)

レオナール・フジタ 私のパリ、私のアトリエ展

2011年02月24日 | 展覧会
エコール・ド・パリで活躍したフジタは裸婦像や猫を抱く少女像など陶器のような絵肌と細い面相筆による線の東洋的美学が一体となってピカソなどにも賞賛されたことで有名ですが、現在も多様な魅力を投げかけます。
ポーラ美術館(箱根)は、君代夫人の愛蔵品であった「朝の買物」裸婦「春」の2点の油彩を含むタイル画41点、十字架1点の計44点の作品を新たなコレクションに加え、本展で初公開されます。タイル画は〈小さな職人たち〉シリーズで可愛い童話的な世界が広がります。十字架の作品は、両面に油彩でキリストの姿が描きこまれ、フジタは亡くなるまで日々この十字架に祈りを捧げていたといわれています。

◆レオナール・フジタ 私のパリ、私のアトリエ/3月19日~9月4日/ポーラ美術館 TEL 0460-84-2111


クワイエット・アテンションズ 彼女からの出発

2011年02月23日 | 展覧会
水戸芸術館の現代美術ギャラリーは、水戸市との連携で現代アートの発信力を持ち続けています。地方自治体の活性力として現代アートの活用は、金沢21世紀美術館が近年では話題になっていますが、その先駆けと言えるのではないでしょうか。
本展は、また独自の企画力を感じさせる内容となっています。女性アーティストの近年の活躍は目覚ましいものがありますが、その精神の内奥に迫る、国を超えた同時代性を打ち出すものとなっています。韓国、ブラジル、インドなどから9カ国、14作家の作品の多様な素材の展覧です。従来は女性性、ジェンダーの問題がアートの上でも先行する場合がありますが、これらの作品ではよりしなやかに、それぞれの国の民族的固有性を自在に生かしながら作品へと昇華していきます。
・掲載画像は、インド人アーティストのランジャン・シェター「太陽〈しゃみ人、光の泡を吹く〉です。
自然の植物の実などの染料や蜜ろうなどを使ってインドに伝わる手工芸を生かしながら、空間に光の輪のインスタレーションをつくりだしています。

◆クワイエット・アテンションズ 彼女からの出発/開催中~5月8日/水戸芸術館 TEL 029-227-8120

ネットワーク型アートイベントの広がり

2011年02月22日 | 展覧会
北風はまだ冷たいですが、今週の後半辺りから春の陽気になるとか。アート散策も楽しみになってきました。
〈東京アートウィーク〉がこの春、美術館やアートギャラリー、アートセンターなどが自主的に連携して首都圏のアートシーンを盛り上げようとする試みが始まります。展覧会と連動してシンポジウムやトークなど各所で開かれます。
丸の内、銀座エリアでは〈アートフェア東京2011〉(東京国際フォーラム)(4月1日~3日)が最大のイベントですが、私が注目したのは、白金、品川、浜松町エリアのTABLOID GALLERYのオープンで開催される高橋コレクション「リクエストトップ30-過去10年間の歩み」です。すでにオープンしていて、前期と後期に分けて開催されるようですが、舟越桂、会田誠、奈良美智、村上隆、山口晃など第一線のアーティストの作品が並んでいます。総花的ですが、ダイナミズムのエッセンスを吸収できる内容ではないでしょうか。

◆東京アートウイーク/3月26日~4月3日/www.tokyoartweek.com


Gtokyo2011のもう一つの見どころ

2011年02月21日 | 展覧会
新しいアートフェアを発信する〈G tokyo 2011〉は、コレクターのための場であると同時に、現在のアートの動向を押し出す展覧会でもあります。その姿勢が顕著に出ていたのは、15ギャラリーのうち、アラタニウラノもその一つです。
掲載画像にあるように、区切られたブースの空間を加藤泉さんの立体作品が大きく占めていました。その存在感は圧巻。スタイリッシュな空間に土俗的でキッチュなフィギュアが重なるサンドウィッチ型は、これまでの加藤泉さんのシリーズでありながら、新たな側面も生み出していました。現代の浮遊感をユーモラスに切り取った独自性がありました。

東京のトップギャラリー集結 Gtokyo2011

2011年02月19日 | 展覧会
冬景色の中にも、ひっそりと、でも力強く植物は芽吹き始めています。「下萌え」というのがこの季節の季語だそうで、「萌え」というのは、「ある人やものに対して激しく心をときめかすこと」と辞典にも載っているように今は感動したときにもよく使われていますね。
アートも動き始めています。あなたの「萌え」はアートとの出合いで広がっていますでしょうか。
昨年から始まった新しいアートフェアの形である〈G tokyo 2011〉はトップギャラリー15が六本木に集結し、多様なアートの動向を伝え、作品の熱い思いを訴えます。アートフェアはコレクター向けの展覧会であり、その場で作品の売買の直接交渉ができます。
今年は2ギャラリーが増えて、傾向としては70年代、80年代のポストもの派と呼ばれるアーティスト、戸谷成雄(作家名は継承略)や菅木志雄などの物質感を打ち出した作品、アートマーケットでも人気の高い、新しい日本画を開拓する天明屋尚、ニュー具象と呼ばれる現代の一つの大きな流れになっているペインティング作品、写真やヴィデオ・インスタレーションなど現代の一断面を切り取っていました。
会場では、外国人のゲストも熱心に鑑賞するなど、ギャラリストも作家のアピールに熱が入っていました。

◆G tokyo 2011/開催中~2月27日/森アーツギャラリー(森タワー52F)

フェルメールが愛される理由

2011年02月17日 | 展覧会
「フェルメールからのラブレター展」の続編。本展は、17世紀のオランダ社会のさまざまなコミュニケーションの在り方を絵画を通して紹介することがキーワードとなっています。家族や恋人、仕事における知人の間で直接的なコミュニケーション、もしくは手紙や伝言のような間接的なコミュニケーションが存在していました。当時の画家たちはこうしたコミュニケーションによって引き起こされたあらゆる感情を自らの作品に描き出していきました。
風俗画といわれる日常の出来事を描いた作品では、人々の身振り、表情の描写など直接的な表現に加え、離れた友人や恋人との手紙のやり取りにおいて、男性たち、女性たちがどのように反応していたのかという描写も盛んに行われたようです。
画家たちは、絵画のなかにそのような物語を潜ませ、それを解き明かす鍵を描き残しています。
掲載画像は、美術史家でプリンセンホフ博物館(オランダ・デルフト)館長であるダニエル・ローキン女史が、出品作の代表的作品のひとつであるヤン・ステーンの教育をテーマとした作品について短く解説している場面です。教室の一隅、宿題を忘れた子どもが紙をくしゃくしゃにして床に落としているのを、教師が木のスプーンを使っていさめている場面ですが、そのやり取りを見守る他の子供たちの表情も(余裕のある顔と次は我が身?)見逃せない作品となっています。
記者会見の最後の質疑応答で、「フェルメールの作品は他の画家とどの点が一番違っているのですか」という質問に、本展監修者で美術史家で成城大学教授の千足伸行氏は「名作と思えばそのように見えるんですよ」と会場で笑いを誘いながら、「これは本当に微妙な難しい質問ですが、やはりじっくり他の作品と比べてみることです。そうするとその違いは徐々に解ってきます」と応答。「フェルメールがなぜこのように日本人に愛されると思いますか」という問いに、ローキン女史は「日本の方は伝統的な絵画や工芸品を見てもディテールが完璧でその美意識の高さが伺えます。デザインの部門でも、身近で言えばラッピングの一つ一つにもとても丁寧です。そのような日本人の感性がフェルメール作品に共感される理由の一つになっていると思います」と応答。
オランダの同時代のレンブラントが美術史上、早くから画聖と尊敬されたのに対して、フェルメールは美術史上近年になってますますその深い詩情が広く受け入れられた画家です。
・公式サイト http://vermeer-message.com


フェルメールからのラブレター展 17世紀のコミュニケーションの在り方

2011年02月16日 | 展覧会
6月から大型のフェルメール展が京都と東京で開催されるにあたり、東京で記者会見が恵比寿ガーデンホールで開催されました。テレビ朝日を始めとして、主催者側の代表と本展の監修にあたった美術史家のダニエル・ローキン女史、日本側の監修者である美術史家の千足伸行氏が出席し、展覧会の概要の説明がありました。
〈フェルメールからのラブレター展」とあるように、本展のトピックスは、修復後、初来日となる「手紙を読む青衣の女」を含む手紙を書く女性の作品が3点来日するということです。
近年とくに日本で人気が高いということもあり、マスコミ関係者、報道陣、同業者の美術ライターも多く出席。熱気を感じさせました。千足氏は「フェルメールの完成度の高さは言わずもがなですが、同時代のオランダのデルフトのピーテル・デ・ホーホらオランダ黄金期の作品も多く展示されるので、こちらもじっくり鑑賞してください」と質の高さをアピール。ローキン女史は代表的作品の説明のあと、フェルメールがとくに日本人に好まれる理由など簡潔に話されましたので、その内容は明日のブログに載せたいと思います。

◆「フェルメールからのラブレター展」/6月25日~10月16日/京都市美術館
  12月23日~12年3月14日/Bunkamuraザ・ミュージアム