坂野直子の美術批評ダイアリー

美術ジャーナリスト坂野直子(ばんのなおこ)が展覧会、個展を実際に見て批評していきます。

巨匠たちの英国水彩画展 ターナー作品30点

2012年09月28日 | 展覧会
全国4か所を巡回する本展は、3千点にものぼる英国水彩画のコレクションで知られる英国マンチェスター大学ウィットワース美術館から、西洋美術史的な側面からも重要な作品群150点が集結しています。
水彩画というとイギリスが発祥かと思っていましたが、16世紀頃ドイツやオランダの画家により油絵の習作や素描の色付けとして描かれていたのですが、17世紀頃にイギリスにもたらされ、産業革命の進展もあり18世紀半ばから19世紀にかけて「国民的美術」として大いに発展しました。
その背景には、水で溶いてすぐ描ける手法から、教会や遺跡をありのままに写す地誌的風景画の需要が高まったことやイタリアへのグランドツアー(大陸巡遊旅行)の土産用としても多く描かれたといいます。
本展では、英国水彩画の父と呼ばれるポール・サンドビー、幻想的な風景画を描いたアレグザンダー・カズンズ、詩人画家ウィリアム・ブレイク、歴史、地誌。建築、神話など幅広い分野の水彩画を制作したターナー、さらにラファエル前派の画家であるロセッティ、ミレイ、バーン=ジョーンズら日本でもよく知られる人気の19世紀後半の時代の画家にも焦点をあてます。
印象派にも影響を与えたターナーの作品、30点が展覧され、初期の穏やかな作品群にも光があてられます。

◆巨匠たちの英国水彩画展/10月20日~12月9日/Bunkamuraザ・ミュージアム
 12月18日~13年3月10日・新潟県立万代島美術館

ジョルジュ・ルオー アイ・ラブ・サーカス

2012年09月26日 | 展覧会
パナソニック汐留ミュージアムは、ルオーのコレクションで知られていますが、この秋は秀作が数々集結します。
作品の3分の1はサーカスを題材に描いたルオー。掲載作品は「貴族的なピエロ」1941-42年頃。色彩がとても美しい作品です。
本展では、ジョルジュ・ルオー(1871-1958)の作品の中で、サーカスをテーマに描かれた初期から晩年までの版画、油彩が一堂に展覧されます。
日本初公開を含む90点を紹介する大規模な内容となっています。
素朴で温かさもにじませるルオー作品にゆっくりと触れてみるのもいいと思います。

◆ジョルジュ・ルオー アイ・ラブ・サーカス/10月6日~12月16日
 パナソニック汐留ミュージアム(東新橋)

☆来年春、「ラファエロ」展開催
 来年3月2日から国立西洋美術館でルネサンスの三大巨匠の一人ラファエロの企画展が開催されます。どのような内容になるか楽しみですが、詳細が分かり次第、またお知らせします。

エル・グレコ展 国内史上最大の回顧展

2012年09月24日 | 展覧会
16世紀から17世紀にかけてのスペイン美術の黄金時代に活躍し、ベラスケス、ゴヤとともにスペイン三大画家の一人に数えられるエル・グレコ(1541-1641)。
クレタ島に生まれ、ヴェネツィア、ローマでの修業を経てスペイン・トレドに辿りつき宮廷画家として臨みましたが、その願望は受け入れられなかったのですが、揺らめく炎のように引き伸ばされた人物像が印象的な宗教画やモデルの人となりを描きだす独自の肖像画で、当時の宗教関係者や知識人から圧倒的な支持を得ました。
晩年のその引き伸ばされ歪曲した人物像は、マニエリズムの画家としても注視されます。本展にはプラド美術館、ボストン美術館など、世界十数か所の名だたる美術館やトレドの教会群から油彩画50点以上が集結。
高さ3mを超える祭壇画の最高傑作のひとつ「無原罪のお宿り」(作品の一部を掲載)も初来日し、国内最大のエル・グレコ展となります。

◆エル・グレコ展/13年1月19日~4月7日/東京都美術館

モネの「エトルタの断崖」

2012年09月21日 | 展覧会
9月の下旬になり、来年前期の大型展覧会の内容も気になる頃となりました。
今年は、夏からフェルメール旋風が再来し、10月からバロック美術の黄金期を展覧する「リヒテンシュタイン 華麗なる侯爵家の秘宝」(国立新美術館)、メトロポリタン美術館展(東京都美術館)などが開催されます。
こまかに見ていくと本当に日本美術から現代アートまでこの秋も充実感がいっぱいなので、またその時々に紹介していきたいと思います。
今年の後半期に比べると、その余波でしょうか、来年の前半の大型展が見えてこない状況です。展覧会記事を担当することもあり、これから主要な美術館にあたってみますので、またお知らせします。
ということで、やはり来年の2月から開催される大型の印象派展の「奇跡のクラーク・コレクション」にまた注意を向けてみましょう。
1880年代の印象派からの影響の濃い時代のルノワール作品を主軸に、19世紀フランス美術の幅広い魅力を伝えています。
その中で、クロード・モネの作品は「エトルタの断崖」「小川のガチョウ」が出展されます。掲載の作品は、ノルマンディーのエトルタシリーズの有名な作品ですが、出品される作品は、巨大な岩のアーチとあの茅ケ崎の烏帽子岩のようなオベリスク(方尖塔)の岩山が海中から突出している構図となっています。
1883年にジヴェルニーに引っ越してからも、海外への旅を続け、秋と冬にここを訪れて、あらゆる天候のもとに崖と海岸を配置し、荒波や静かな波間の光のきらめきを描きました。まさにその瞬間の印象をとらえています。

◆奇跡のクラーク・コレクション/13年2月9日~5月26日/三菱一号館美術館

土屋仁応「聞耳の森」

2012年09月18日 | 展覧会
土屋仁応さん(1977年~、つちや・よしまさ)は、現在活躍している注目のアーティストの一人です。
11月中旬から銀座のメグミオギタギャラリーで第3回目の個展が開催されます。
ギリシャ神話のケンタウロスは猛獣的勇ましさをイメージとしてもっていますが、土屋さんの軽やかで神秘的なベールに包まれた生き物たちは、フェアリーな「現代の神話」を投げかけます。
今回の「聞耳の森」と題した個展では、〈いきものたちは聞耳をたてる。なにか瑞々しい兆しを察知している。その姿を刻むことで、私たちが聞き取ることのできない希望の気配を、目に見える形にしたい〉と語っています。
これまで静かに夢をみる獏や人魚から、麒麟へ、そして今回は鹿、ヒョウなどが登場します。
伝統的な仏像彫刻の技法を用いて職人的なまでの仕上がりと質にこだわる一方、独自の彩色を施し新たな質感を獲得しています。
現代彫刻の多様な魅力を感じさせます。

◆土屋仁応/11月15日~12月8日/メグミオギタギャラリー(銀座2丁目)

東博・東洋館リニューアルオープン

2012年09月14日 | 展覧会
東京国立博物館 東洋館は、2009年6月より耐震補強工事のため休館していましたが、2013年1月2日にリニューアルオープンすることになり、今日プレオープンツアー・報道発表会に行ってきました。展示作品は報道用に数件でしたが、内部の展示状況の様子や新しい展示のデザイン性が分かり、すっきりとしたものでした。
新春を飾るリニューアルオープン展では、これまで限定公開しかできなかった「クメールの彫刻」や「インドの細密画」、「清時代の工芸」にも専用の展示コーナーを設け、約800平米の展示用壁面が増加されました。
1968年に谷口吉郎設計により開館し地上5階、地下1階の当館は、現在の基準に合う耐震工事を行いましたが当初の建築構造を生かす方法で約20億の経費がかけられました。



1階の中国の仏像のコーナー。各展示ケースには低反射ガラスを用い、蛍光灯に代わって導入したLED照明で、より美しく、見やすい展示になっています。



6から7世紀、中国・スバシあるいはクムトラ石窟の「舎利容器」で、蓋には翼のある天使が、身の周囲には楽器を演奏し、仮面をつけて踊る人々が描かれ、彩色も美しかったです。



国宝「紅白芙蓉図」12世紀、南宋時代の李迪(りてき)筆によるもので、時間の経過とともに色を変化させる芙蓉を描き、東洋画の写実主義の頂点に位置する作品で、品格を感じさせました。



5世紀の朝鮮の三国時代の金製冠。金の糸で本体に結び付けられた小さな金板が、王にだけ許された輝きを放っています。

◆東京国立博物館 東洋館リニューアルオープン展/13年1月2日~
 東京国立博物館(上野公園)展示替えあり。






美術新人賞「デビュー」!『月刊美術』

2012年09月12日 | 展覧会
富士初冠雪が平年より10日以上も早い美しい映像をみて、季節は着実に移っていると感じますが、まだまだ下界は暑いですね。
☆『月刊美術』から美術新人「デビュー」の熱い企画のお知らせです。

〈来たれ!どうしてもプロになりたい新人〉をキャッチフレーズに、プロの画家を目指す創り手のためにスタートするあらたなコンクールです。
40歳以下を対象に、日本画、洋画、現代アートなどの平面作品を募集します。
・応募期間は、9月1日~11月25日
 応募要項などは、以下にお知らせしますHPをご覧ください。

入選作品は銀座の老舗画廊で展覧会が開催されます。(13年3月11日~16日)
また、受賞作品および入選作品全点が『月刊美術』3月号(2月20日発売)で紹介されます。グランプリ1名と準グランプリ2名は銀座の画廊で個展を開催。
まさに、プロの登竜門の鮮やかなデビューとなります。

閲覧して頂いている皆様のお知り合いにプロの画家志望の方がいらっしゃいましたら、ぜひ、この企画をご紹介くださいませ。

◆『月刊美術』→http://www.gekkanbijutsu.co.jp/debut2013/
事務局TEL 03-3563-5636

奇跡のクラーク・コレクション

2012年09月10日 | 展覧会
暑さぶり返してきましたね。画廊巡りはきついので、来年開催される大型展覧会の情報をお知らせします。
ニューヨーク・ボストンから車で約3時間、マサチューセッツ州の広大の森の中に建つクラーク美術館。ルネサンス時代から19世紀末までの欧米の傑作を幅広く蒐集するこの美術館では、これまで日本ではほとんど知られていませんでした。
2010年からの増改築工事に伴い、とりわけ質の高い印象派を中心とした絵画の世界巡回展が初めて開催され、2013年2月日本にも巡回される運びとなったものです。
ルノワール22点を筆頭に、コロー、ミレー、マネ、ピサロ、モネなど全73作品中61作品が初来日ということで、タイトルに奇跡!となっているようです。
掲載作品は、ピエール=オーギュスト・ルノワール「劇場の桟敷席(音楽会にて)」1880年。有名な「桟敷席」がありますが、この作品もルノワールの本領が大いに発揮されています。
印象派に食傷気味の方も、この展覧会では、フレッシュな魅力を発見されることでしょう。
ちなみに同館の増改築の設計を担当した建築家は、安藤忠雄さんです。

◆奇跡のクラーク・コレクションールノワールとフランス絵画の傑作/13年2月9日~5月26日
 /三菱一号館美術館(丸の内)

シャルダン展開幕

2012年09月07日 | 展覧会
今日は、丸の内の三菱一号館美術館のシャルダン展に行ってきました。風が少し秋らしくなって日中でも汗ばむほどではなくなりました。
赤レンガ造りのシンボル的存在の東京駅舎復原も進み(写真)、ステーションギャラリーがオープンすると、さらに丸の内界隈はアートのスポットとして賑わうことでしょう。



静寂の巨匠という副題の通り、ジャン=シメオン・シャルダン(1699-1779)は、18世紀に活躍した画家でロココ的な時代風潮のなか、その画面は質実な題材で時が止まったかのような穏やかな光をたたえています。
本展は、本格的なシャルダン展ということもあり、シャルダン研究の第一人者であり、ルーヴル美術館名誉館長のピエール・ローザンベールさんも来日。生涯200数十点しか残さなかったシャルダンは寡作画家と言えます。それだけに大規模な展覧会に結び付けることは難しいのですが、今回38点が展覧できることは喜ばしいと話されました。
シャルダンは18世紀、神話画や宗教画が大勢を占めていたのに対して、生活と密着した身近な静物画や風俗画を描きました。
絵画の格付けも静物画や風俗画は一段低くみなされていました。そのなかで、「奇跡がおきたのです」(ローザンベールさん)。
1728年青年画家として野外展覧会に「赤えい」と「食卓」が〈動物と果実に卓越した画家〉として王立アカデミーに受け入れられます。それまでの歴史画が最も優位に立っていた中で、静物画も同等とみなされた画期的な出来事でありました。



シャルダンの風俗画の中でも最も有名な作品のひとつです。思ったより小さい作品でしたが、褐色系のトーンの中に淡いブルーグレーや繊細な色遣いが目を引きました。
この作品を含めて子どもを主役とした主題に取り組んだのもシャルダンの新しさと言えます。この4年後に同主題でほとんど同じポーズの作品が制作されています。
「食前の祈り」という子どもの愛らしさと温かな空気を感じる作品で、注文主の依頼もあるのでしょうが、シャルダンは同主題を繰り返し描き研究した画家でもありました。




「買い物帰りの女中」何気ない日常の一こまですが、ひとつひとつモチーフを同等に描き込むことで、同時の人々の暮らし、生活の匂いを感じさせます。バルビゾン派のミレーが敬愛したことがよく伺われます。

 

「木いちごの籠」静物画家としての本領が大いに発揮された作品です。ピラミッド型にきれいに盛られた苺と白のカーネーションの対比が美しく響いています。構図の完璧性を求めた画家の魂が感じられ、セザンヌも傾倒しています。



この「カーネーションの花瓶」は、花束を描いた唯一の作品で、デルフト焼きの花瓶に楚々とした花がすがすがしい印象です。2時間ほどで描ききった作品だといわれるように、すばやい筆さばきのタッチが次世紀の印象派の先駆けを思わせます。

本展では「羽を持つ少女」という、これまで世界的にも紹介されていない作品も見どころとなっています。
18世紀のフェルメールと言われるように、シャルダンの穏やかで奥の深い威力を味わえる展覧会となっています。

◆シャルダン展ー静寂の巨匠/9月8日~13年1月6日/三菱一号館美術館(丸の内)



写実の可能性と大いなる挑戦ー新規収蔵展

2012年09月05日 | 展覧会
千葉市の昭和の森に隣接した緑豊かな環境のなかに建つホキ美術館。
写実専門の美術館としてオープンして今年の秋、2年を迎えます。現代の写実画派の超絶技巧の醍醐味を味わおうと、首都圏はもとより地方の遠方からの観客も多く来場。
民間の美術館ならではの描き下ろしの大作をお披露目するなど特色が生かされています。掲載作品は、現在開催中の名品展(11月11日まで)から、生島浩さんの「Card」2005年。
生島さんは、ウィーン他に5年滞在し、フェルメール作品などを模写し続け古典技法を取得し、自らの表現に生かしています。
11月下旬から開催される新規収蔵展では、生島さんを含め、女性美の大家、森本草介さん、人間存在の深淵を描く野田弘志さん、優麗なヨーロッパの古城などの風景で知られる羽田裕さん他、未発表の新作約20点と、新規収蔵品約20点、計40点を中心に、60点の作品が展覧されます。
17世紀のフランドル・オランダ写実画や近代のスペイン写実派、またはアメリカのスーパーリアリズム表現など、現代のリアリズム画家は幅広く写実派の技法を研究しつつ、日本の感性を織り込みながらリアリズム絵画を探究しています。
女性美が一つの大きなテーマとなっていますが、フォルムの曲線の美しさなど、日本画の裸婦に通じるような清潔感を感じさせます。

◆写実の可能性と大いなる挑戦ー新規収蔵展/11月21日~13年5月19日
 ホキ美術館(千葉市緑区)
☆現在開催中の〈現代の写実。ホキ美術館名品展〉は下記に巡回します。
 ・12月12日~12月31日/大阪・阪急うめだ本店「阪急うめだギャラリー」