坂野直子の美術批評ダイアリー

美術ジャーナリスト坂野直子(ばんのなおこ)が展覧会、個展を実際に見て批評していきます。

クールな中に手触り感

2010年08月29日 | 展覧会
一見ドライでメカニックな技法で描いているように見える作品の中に、フリーハンドで描くことでしか得られないオリジナルな表現法を開拓している作家たち。現代の電子メディアの便利さ、機能性は誰もが認めることですが、そうした空気を反映しながら彼らは、〈現在の絵画の在り方〉を模索していきます。
60年代以降に生まれた4人の画家の競作展は、新しい絵画を追求するリーダー的存在で独自の手法と方法論を確立しています。小林孝亘さんはタイのバンコクの滞在が長く、フラットな色面で描かれる人の顔のオーバーラップや眠る人、犬や森など、日常の断面をとらえた作品ですが異国的な情緒性ではなく、客観的な視点で余分なものを排除した空間構成は繊細なバランスと色調の調和で成り立っています。
額田宣彦さんは、単色の色面に幾何学的な線画を展開していて、掲載画像は作品の参考例です。一見CG的に見える作品もグリッド(格子模様)をフリーハンドの手法で描くことで明快さの中にかすかな揺らぎがあり、それがイメージを広げています。
配島伸彦さんは、板をくりぬいたステンシルの技法を用いた連作で知られています。動物のシルエットをモチーフとした連作など、描く対象にもう一つの媒介を加えることによって面白い展開がなされています。
丸山直文さんは、初期には茫洋とした人の顔の連作で注目されましたが、現在は抽象的な新たな展開をしています。そこに一貫しているのは、絵具を素地のキャンバスにしみこませる方法であるステイニングという手法を用いています。アメリカの抽象表現主義のモーリス・ルイスも用いています。この4アーティストが8メートルの壁面で表現する本展はとても興味深いです。

●「第3の絵画ーThird Painting」/ジェイアール名古屋高島屋美術画廊
  9月1日~7日



彫刻とデッサンの関係

2010年08月27日 | 展覧会
デッサンというと彫刻家や画家にとって、下図やスケッチという意味合いが大きいのですが、20世紀を代表するイギリスの彫刻家のヘンリー・ムアの場合、熟練期に入っていくと、デッサンは一つの作品として密度が高まっていきます。これはちょっと余談ですが、独特の女性像として有名なモディリアニは最初彫刻家として出発し、原始美術に影響されたデフォルメにより細部をそぎ落としたような絵画の女性像と彫刻は造形上とてもつながりがあるように思います。
現在、ブリヂストン美術館で開催中の「ヘンリー・ムア」展では、「横たわる人物」や「母と子」のモニュメンタルな野外彫刻で知られる代表作とともに、「ストーンヘンジ」の版画作品を含むパステルや水彩、リトグラフなども数多く出品されています。
自然の石や骨から創作のインスピレーションを得た彫刻家の作品として求心的力へと集約していく源が版画や水彩などから伝わってくるようです。

●「ヘンリー・ムアー生命のかたち」/開催中~10月17日/ブリヂストン美術館(東京・京橋)

◆2007年1月に開館した国立新美術館(東京・六本木)が早くも入場者1千万人間近のニュースが入ってきました。「陰影礼讃」展が開催されますが、初日あたりにセレモニーが行われるようです。

アメリカ生まれのポップアートの現在形

2010年08月24日 | 展覧会
アンディ・ウォーホルのコカコーラやモンローの作品は60年代を代表するアートシーンであるポップ・アートの代表作です。日常見慣れた広告や映画スター、コミックなどサブカルチャーを題材に作品化することで、それまでの美術の概念を覆し、アメリカの消費社会から生まれたアート。キース・へリングも日本ではグッズなどでもなじみ深く、バスキアなどともに80年代の落書きアートのスターとなりました。アメリカ社会の明暗を背景に商業主義に押されながらもポップカルチャーは健在です。
掲載画像のマリーナ・カポス「052・ロニー2002」2002年。カポスはその流れをくむ現在のポップアーティストです。この展覧会は、戦後アメリカ美術の優れた企業コレクションとして知られるミスミ・アートコレクションより、約100点を展示。現在はネオポップの時代といわれていますが、日本のポップカルチャーに影響を与えた作品群の展覧です。

●ポップ・アート1960-2000/9月11日~10月17日/横須賀美術館(横須賀市)





岩埼勝平の婦人像

2010年08月23日 | アーティスト
今日は処暑で暦の上では暑さも一段落なのですが、この夏は残暑の厳しい日々が続きそうです。川越市立美術館で開催されていた「音のかけら」展の金沢健一さんのパフォーマンスを見に行ってきまして、いろんな形に溶断された鉄板を叩くことにより音の広がりのある世界を楽しみました。
その会場で当美術館の会報の表紙になっている作品に目が留まりました。洋画家の岩崎勝平(いわさき・かつひら)(1905~1964)の「夏」というタイトルの作品で、夕映えの中浴衣を着た二人の少女が楽しそうに草むらを駆けていくシーンで、斜めの構図で大きくとらえた動勢に躍動感に満ちています。当美術館所蔵の作品で川越出身の画家です。人物像を得意とした画家ですが、他にどのような作品があるかと気になりました。
思いがけない作品との出会いも楽しいものです。
掲載画像は、「薬水を汲む」(1941年)。同じ婦人像でもまったく印象が異なりこちらは静かな時間の流れを感じさせます。縦長の画面に6人の女性をS字の構図に配し、自然に視線が水を汲む女性の手元に注がれるように配置されています。白い民族的な衣裳が清楚な美しさを誘います。
岩崎勝平は、初期には文展(旧日展)に出品し、将来を嘱望され活躍しましたが、のちに画壇を離れ、貧困のうちに画業を終えました。その素描力は川端康成も賛辞を贈ったとか。皆様の地域の美術館にも所蔵されているゆかりの画家の逸品を発見できるかも知れません。

「三菱が夢見た美術館」展

2010年08月21日 | 展覧会
今年4月本格的に開館した三菱一号美術館(丸の内)。現在改修中の東京駅ステーションギャラリーなどを含む丸の内文化拠点として期待されています。
「竜馬伝」でも活躍の三菱創業者、岩崎彌太郎は、明治維新後に三菱を興し、二代目が丸の内の土地を取得、英国人建築家ジョサイア・コンドルにレンガ造りの事務所を設計させ、1894年、三菱一号館が完成します。
開巻記念展第2弾の本展は、明治20年代に最初期の「丸の内美術館」計画を紹介するほか、岩崎家ゆかりの文化施設所蔵の名品、さらに三菱系企業やゆかりの所蔵家のルノワール、モネ、山本芳翠、黒田清輝作品など120展余りを展覧します。
掲載画像・郡司福秀「三菱ヶ原」1902年

●「三菱が夢見た美術館」/8月24日~11月3日/三菱一号館美術館(丸の内)


日本画の新しい風

2010年08月20日 | 展覧会
東京・南青山の新生堂が主催する新人の発掘を目指す「新生展」が、今年で14回展を迎え、大賞に、現在筑波大人間総合科学研究科博士課程に在籍する白田誉主也(はくたよしゅや)さんの日本画作品「夏の気配」(掲載画像)に決まりました。
ナイーヴで明るい色調で、フレンチブルの顔を中心に大きくとらえた作品です。40号のスクエアの大きさで1メートル四方あり、迫力がありますが、優しい温かさが感じられます。同作家のもう1点は、片目の猫を描いた作品「伝えたいコト」で、この作家の内面的なメッセージが伝わってきます。新しい日本画の空気を感じる作品群をこれからも注目していきたいです。
●新生展(青山・新生堂)/8月25日~9月4日/Tel03-3498-8383

★「月刊美術」9月号が発売されました。特集は「銀座、絵のある名店ー美味と美術のゆかりをたずねて」。寿司の名店、久兵衛と北大路魯山人との関わりなど、意外なスポットも紹介されていますので、要チェックです。

「印象派イヤー」の中盤の見どころ

2010年08月18日 | 展覧会
この美術ブログをチェックして頂いている方は、今年は「印象派イヤー」印象派のあたり年であることをもうご存じでしょう。春先のルノワール展から始まって、オルセー美術館展も大入りだったようで、印象派展というと日本ではとくに人気が高いと言われています。
今年の後半もドガ展、ゴッホ展他大型展が続いています。今年はとくにそれぞれの展覧会の質の高さ、充実度が挙げられます。
1874年第1回の「印象派展」がパリでモネ、ピサロ、ルノワール、シスレーなど前衛画家が集い、サロン派に対抗して開かれ、回を重ねるごとに市民権を得ていきます。この中にはドガもいますが、一口に印象派と言ってもそれぞれ個性の違いがあり、それはルノワールが徐々に人物画へと主軸を移していくようになり、技法的に特徴であった筆触分割(小さいタッチを並置することにより光の陰影をとらえる)においても、統一的な法則はありませんでした。外光派と言われるように風景作品が多く戸外の光の移ろいを、光の色の変化を画面に定着しようとしました。
掲載作品のアンリ・マルタンはシニャックら新印象派の仲間で、細かいタッチの並列で淡い光に包まれる山合いの牧歌的な光景をとらえました。緑の中に民家を俯瞰した構図でどこの風景というのではなく、どこかで見たような懐かしさを誘う風景です。市民社会を描いた印象派の作品は誰もが共感する幸福の調べを紡ぎだしています。

●モネ・ルノワールと印象派・新印象派展/開催中~9月26日まで
 /東京・港区松岡美術館/Tel03-5449-0251

リチャード・ゴーマン展 色と形のダイナミズム

2010年08月14日 | 展覧会
アイルランドの代表的な抽象画家として知られるリチャード・ゴーマン(1946~)。ジャクソン・ポロックから始まる抽象表現主義の流れをくみ、フランク・ステラのシャイプド・キャンバスによる絵画の可能性への試みを咀嚼し、自己の絵画の構成に応用、純粋抽象の枠を広げています。90年代から日本でも紹介されるようになり、色彩による分割による抽象作品は色彩のダイナミズムを感じさせます。幾何学的抽象のシャープさと明るい色面が多用されました。
この掲載の作品では柔和な中間色を基調として、日本的な間の空間を感じることもできます。近年では、福井県の今立の和紙を使った作品も発表しています。日本の絵画も触発されることも多いのではないでしょうか。
絵画のこれまでの規定であった矩形でなくても成り立ち、背景と主体(像)との関係も見ていくと、幾何学抽象の面白さも膨らんできます。規定されたイメージではなくそこから自由に想像し楽しんでみるのもいいでしょう。

●三鷹市美術ギャラリー(東京)/9月11日~10月24日/Tel0422-79-0033
 巡回展 足利市立美術館/10月30日~11月28日

田中一村 新たなる全貌

2010年08月12日 | 展覧会
奄美大島の亜熱帯植物や鳥などを題材にした日本画を描きながら、それらの作品は公開することなく世を去った田中一村。1980年代に放映されたNHKの「日曜美術館」で“異端の画家”として取り上げられた一躍知られるようになりました。(1908~77)
50歳で奄美に移住し、染色工として働きながら画業を続け、南国の花鳥として、斬新な遠近法の構図と精緻な描写でその独自性が魅力となっています。近年発見された資料含む約250点で画業を回顧する展覧会が30歳で東京から移り住んだゆかりの千葉で開催されます。

●「田中一村 新たなる全貌」/8月21日~9月26日/千葉市美術館
 画像作品「アダンの海辺」1969年

「ポーランド至宝」展にレンブラントの“モナリザ”

2010年08月10日 | 展覧会
歴史的にヨーロッパの大国とした栄えたポーランド。ワルシャワ王宮に伝わるコレクションより、掲載画像レンブラントの代表作「額縁の中の少女」(1641年)と「机の前の学者」は日本初公開となります。
光と影のドラマを描いたレンブラントは、肖像画家としても数々の名作を残していますが、ほの暗い背景から浮かび上がる少女の気品のある顔立ちと陰影のこまやかな描写に引き込まれます。レンブラント作品のモナリザと呼ばれているそうです。
本展では、19世紀ポーランド絵画を含めて、ポーランドの三大偉人であるコペルニクス、ショパン、キュリーの関連展示品も併せて約150点が公開されます。

●「ポーランドの至宝」レンブラントの珠玉の王室コレクション
  東京富士美術館/8月29日~9月26日
  ・サントリーミュージアム[天保山](10月6日~10月31日)他巡回