坂野直子の美術批評ダイアリー

美術ジャーナリスト坂野直子(ばんのなおこ)が展覧会、個展を実際に見て批評していきます。

藤田嗣治 油絵新発見37点

2011年08月31日 | アート全般
新聞他でご存じの方も多いかと思いますが、30日、神奈川県箱根町のポーラ美術館が、〈エコール・ド・パリ〉の画家として活躍した藤田嗣治(1886~1968)の晩年の油絵の小作品が見つかったことを発表しました。
いずれも一辺が10~30㎝ほどの厚紙に子どもたちが描かれたもので、晩年の連作「小さな職人たち」の前段階の作品といわれています。
現在、当美術館で開催中の「レオナール・フジタ」展(来年1月15日まで)に9月6日から追加出品されます。
・掲載作品は、公開される新発見の作品の1点「パイプとタバコ」1957年 ©ADAGP,Paris&SPDA,Tokyo,2011
シンメトリックな構成で、愛らしい少女の手の表情が面白い上半身の作品です。
「素晴らしき乳白色」と呼ばれ、その下地に面相筆の墨で輪郭線を描く表現方向で、自画像が裸婦、室内画など60年に及ぶ画業の中で大作を数々制作しましたが、職人に扮した子どもをユーモラスに描いた晩年のタイル画の連作は、もう一つのフジタの魅力であり、パリのアトリエの壁面に飾られフジタの生活空間を彩っていました。
「小さな職人たち」のモチーフとなっているのは、左官や指物師、椅子職人のような職人たちばかりではなく、古くからパリのパリの路上で見られた馬車の御者やガラス売りなどさまざまな職種です。
新発見の作品群はこのシリーズの前段階を示す作品で、同じようなモチーフもあり自由な感覚とフジタの空想的イマジネーションの豊かさが見られます。

◆レオナール・フジタ展/開催中~12年1月15日/ポーラ美術館’神奈川県・箱根町)

岸田劉生展

2011年08月29日 | 展覧会
大正から昭和にかけて活躍し、日本洋画の確立期に重要な役割を果たした岸田劉生(1891~1929)。「麗子微笑」(1921年)重要文化財〈東京国立博物館蔵〉や掲載の「童女図(麗子立像)」(1923年)〈神奈川県立近代美術館蔵〉や「道路と土手と塀(切通之写生)」重要文化財など、代表作として有名ですが、本展では、生誕120周年記念として多くの人物画に加えて、初公開作品を含む風景画や静物画も数多く紹介する大回顧展となります。
この「童女図」は「麗子微笑」の立像でほぼ同じポースのアングルからとらえられています。暗闇の中から少し笑みを浮かべて立つ少女ですが、堂々とした骨格と表情など徹底した写実表現の独自の美意識を結実させています。一目見たら忘れられない風格や存在感があります。
初期には、黒田清輝率いる白馬会の影響で印象派的な作風を研究、確立期には、ポスト印象派のセザンヌやゴッホなどの影響が色濃く出ています。そうした新しい視覚のビジョンを研究しながら、劉生は、確固とした写実技をもとに日本における油彩画のマチエールや色彩性、人物の内面的な神秘感に目を向けていきます。

◆特別展 生誕120周年記念 岸田劉生展/9月17日~11月23日/大阪市立美術館


国宝 源氏物語絵巻の現状模写完成ー東京藝術大学

2011年08月27日 | 展覧会
中世文学の至宝『源氏物語』は今なお、読み継がれて宮廷文学の枠をこえて、もののあはれの情緒あふれる人生観が織り込まれて普遍性を獲得しています。
紫式部の『源氏物語』が完成して150年後、12世紀に全54帖の各帖より1から3場面が描かれた「源氏物語絵巻」が日本最古の絵巻として描かれました。四季折々の宮廷の雅な場面は、本文を各図の前に添え、「詞書」と「絵」を繰り返す形式で描かれ、十巻のうち現存するのは四巻分と貴重な文化遺産となっています。
時間の流れの経緯を絵巻の形式で表わした空間構成など、日本独特の間の余白の感覚ともに後世に与えた影響は絶大なものがあります。
東京藝術大学美術学部日本画研究室では、7年前から手塚雄二教授の研究室の修了制作の一環として「国宝 源氏物語絵巻」現状模写事業を開始してきました。徳川美術館所蔵の詞書28面と絵15面、五島美術館所蔵の詞書9面と絵4面、計56面の現状模写を7年かけて、両美術館寄贈用と藝大収蔵用として各場面2点ずつを完成させました。その制作者は卒業生も含め56名にのぼります。
精緻な作業の積み重ねの成果が展覧されます。

◆国宝 源氏物語絵巻に挑むー東京藝術大学 現状模写/9月9日~9月25日
 /東京藝術大学大学美術館(上野公園)

ホッパーが描いた都会の憂愁

2011年08月26日 | 展覧会
国立新美術館では、「ワシントン・ナショナル・ギャラリー展」(9月5日まで)が開催中ですが、この印象派展につづいて、同じワシントンD.C.の閑静な住宅街に建つフィリップス・コレクションの1896館 から多彩なアメリカ美術のコレクション展が始まります。
シュルレアリスムの影響を受けたジャクソン・ポロックの初期の作品から戦後の抽象美術の流れを、マーク・ロスコ、サム・フランシス、ヘレン・フランケンサーラーなどの主要な作品群で辿る興味深い内容となっています。
蒐集家のダンカン・フィリップス(1886~1966)は、鉄鋼業で財を成した裕福な一族に生まれ、34歳のときに邸宅をギャラリーに改装し、自らのコレクションを一般公開しました。
本展のもうひとつの注目点は、そのアメリカン・モダニズムの歴史のなかで戦前に活躍したエドワード・ホッパーやジョージア・オキーフの代表作が並ぶことです。
・掲載作品は、エドワード・ホッパー「日曜日」1926年。この閑散とした通りの一角は、ニュージャージー州の町、ホーボーケンの大通りを描いたものです。ニューヨークやニューイングランド郊外の街の一角やオフィス、レストラン、モーテルなどありふれた風景を光と影のコントラストで描き、都会に潜む人間の孤独と憂愁を描きました。
その他に戦前の主要な画家であまり日本で紹介されていないアーサー・G/タヴ、スチュアート・デイヴィス他もアメリカン・モダニズムの息吹を伝えます。
現在3000点におよぶその収蔵品から、本展では、19世紀後半から戦後まで78作家110点が展覧されます。

◆モダン・アート、アメリカン/9月28日~12月12日/国立新美術館(六本木)


八ヶ岳の自然の中の中村キース・へリング美術館

2011年08月25日 | アート全般
60年代、ウォーホルによってキャンベルスープやマリリンの肖像で、アートを高尚なものではなく生活の中の雑誌の切り抜きや広告媒体を応用した、シルクスクリーンによってスリリングにアートの価値観を変えて行きました。
80年代アメリカのアートシーンに躍り出たのが、キース・へリング(1958~90年)でした。1981年、ニューヨークの地下鉄の広告版の黒い紙に、白いチョークで描かれたシンプルの人型やイヌ、ピラミッドなどが出現しました。駅員や警官の目を盗んでその絵は次々と書き換えられました。その記号的なアイテムは人々をくぎ付けにしました。
へリングは、「地下鉄は人種、階級、性別、職業に関係なく、もっとも多くの人が往来する場。ここに描けばみんながみてくれる」と言います。ウォーホルのアートの大衆化は、へリングのストリートアートへと引き継がれたのです。
4コママンガのようなユーモアのあるタッチは、ヒップホップのダンスに呼応するようにはじけています。当時アメリカ社会における経済の混乱や治安が悪化し、犯罪の多発がクローズアップされていました。へリングは大都市の光と影を見抜き、社会風刺的な要素を盛り込んでいきます。
・八ヶ岳の小淵沢の自然豊かな地にある美術館は、白に赤をビビッドに利かせた緑の中に映えています。
フリーハンドで一気に描かれた大作を軸に、へリングはマティスなどの原色と鮮やかな色彩と黒の対比などモダニズムの研究の成果も見て取れます。
大衆の賛辞から一気に商業主義的マーケットの渦に巻き込まれたへリングですが、タイムズスクエアのビルボードのアニメーション制作や舞台デザイン、ポップショップをオープンするなど、それまでのアートの枠をこえて創作を多岐に広がっていきました。
HIV感染の診断後は、作品や活動を通してエイズ防止のメッセージを送り続け、2年後の31歳で亡くなるまで、リズミカルなグラフィティを燃焼させました。

◆中村キース・へリング美術館(山梨県北杜市)
*当美術館の所蔵作品を中心に国内から集められた150点が展示されるキース・へリング展が開催されます。
 ・LOVE POP! キース・へリング展/12年1月21日~2月26日/伊丹市立美術館

日本初回顧展! ジャクソン・ポロック展

2011年08月22日 | 展覧会
戦後アートの舞台は、パリからニューヨークへへと中心が移って行きますが、その先駆者となったのが、ジャクソン・ポロック(1912~1956)です。それまでモダニズムの流れは、ピカソからモンドリアン、カンディンスキーへと絵画は、対象を再現するのではなく、色彩と形態による自律した絵画へとビジョンが確立していきました。
その革新的な定義においてもキャンバスの大きさや二次元的解釈の枠組みのなかでの志向だったのです。
ポロックは、掲載画像のように、床にキャンバスを広げ、塗料を即興的に垂らし、流し込む「ドリッピング」により、それまでの絵画の定義を根底から覆す問題定義を投げかけたのです。
〈これは絵画ですか、それとも物質でしょうか〉という絵画の概念に問いかけたのです。それを起点としてロスコやニューマンへと抽象表現主義の流れが形成されていきます。
本展は、生誕100年を記念して、日本各地にあるポロック全作品、ニューヨーク、ドイツ他世界各地から70点の大作が集結します。2006年には、165億円で作品が落札され話題を呼んだポロック、波乱に満ちた44歳の人生は伝説的なスーパースターへと押し上げていきました。

◆生誕100年 ジャクソン・ポロック展/11月11日~12年1月22日・愛知県美術館
 12年2月10日~5月6日・東京国立近代美術館

若手作家と教官の展示ー藍画廊  /銀座の隠れ家にお伺いして

2011年08月21日 | 展覧会
銀座1丁目の藍画廊で、〈Switchers 3×3〉という美大の教官と推薦された専攻学生の作品展が開かれました。(20日まで)
女子美術大学の中村一美(敬称略、以下同)×清水夏帆、武蔵野美術大学の袴田京太朗×松尾勘太、東京造形大学の近藤昌美×衣信一郎という組み合わせで、学生の方が新作の2点、発表ということで、若手作家を押し出す企画として注目しました。
震災後の社会状況の変化に意識を向けた作品内容で、若い作家の率直な姿勢が現れていました。
・掲載作品は清水夏帆さんの「彼方を掬う」というシリーズで、抽象表現の可能性を問う色彩と形態の揺らぎ、奥行きへの研究が見られました。

☆銀座隠れ家拝見
〈アートソムリエ〉としてアートをより身近に楽しむための幅広いご活動をされている山本冬彦さんの銀座の隠れ家にお伺いし、お話をお伺いしました。
画廊ビルとして有名な手動式のエレベーターのレトロな趣のあるというと、お分かりの方も多いかもしれませんが、その一室にコレクションの一部が展示され、執筆活動もされていますので、書斎のような雰囲気で、落ち着けるいい空間でした。
29歳のときに部屋に飾る絵を一点購入して以来30年以上にわたり週末の画廊巡りを趣味として、その時々の若手作家の作品を蒐集され、現在では1300点を超えるコレクションとなりました。昨年の1月から2月に佐藤美術館(新宿区)で、「山本冬彦コレクション展:サラリーマンコレクター30年の軌跡」が開催され話題を呼びました。
公演活動やギャラリーツアーなどを精力的に行うなかで、私がとくに関心を抱いたのは、ビジネスパーソンに向けてのアート普及です。〈一方向的ではないいろんなタイプの作品に触れて楽しめるようなギャラリーツアー企画をしています。評価が既に定まった作家だけでなく自分の同世代の作家に目を向けて心に触れた作品を応援してほしい〉と熱く話されました。
山本さん、ありがとうございました。

☆ギャラリー枝香庵(えこうあん)
もう一つの収穫は銀座3丁目の狭い路地を入ったビルの最上階にあるテラス付きのギャラリーに案内していただいたことです。
あの伝説的な洲之内徹さんの現代画廊に通い詰めた後藤洋明さんというコレクターの方の展示がされていました。常設もされていますので、思いがけない有名作家の作品に出合える機会もありそうです。オーナーの荒井よし枝さんもすてきな方でした。
http://echo-ann.jp



悲しみと笑いを通して永続する魂への問いかけ

2011年08月19日 | アーティスト
山内隆さん(1968年~)のこの掲載作品では、マントを着けていませんが、「山頂にて」の最近のシリーズでは、大きく背後にマントを広げています。静止的な左右対称的なポーズで、何頭身?と思わせるぽっちゃり型の木彫です。
どこかおおらかでゆったりとした空気感が漂っています。でも目からは涙があふれています。
〈僕は笑って過ごすことが好きです。でも作品は泣いている。笑いの影には涙があります。
悲しみと笑いとを通して永続する魂が何であるのかを問うているのです〉と作家の言葉があります。
木彫には彩色され、アニメチックな雰囲気もまとっています。
山内隆さんは、東京芸大の油画専攻で、この作品シリーズのスケッチ風な絵画バージョンも発表しています。絵画的な面白さも盛り込んだ彫刻と言えるでしょう。


あじび レジデンスの成果展

2011年08月18日 | 展覧会
福岡アジア美術館の企画の一つの柱であるアジアの美術作家招へい事業における〈アーティスト・イン・レジデンス〉(作家が一定の期間滞在して、その地で制作するプログラム)の第11回成果展が開催されます。
今回、招へいされた作家は、ネパール人のアーティスト、ジュピター・プラダンさん(1977年~)で、平面、立体、映像など多様なメディアで表現をしています。
6月から福岡に滞在し、ネパールと福岡の文化をテーマにネパールの仮面や民族的なミティラー画を描くワークショップを通じて市民と交流。美術交流を通してあらためて固有の文化を再確認し、歴史を感じ取るいい機会となりました。
・両国の文化が融合したような特色のある仮面を手にもつプラダンさんです。
およそ2カ月の滞在期間に制作した作品群は、新たな可能性と展開をもたらしたようです。

◆第11回アーティスト・イン・レジデンスの成果展/8月25日~9月13日/福岡アジア美術館

Inner Voices 内なる声

2011年08月17日 | 展覧会
文化多元主義を反映して欧米中心の価値観からより広い視野に焦点をあてた国際展が開催されていますが、本展は、9人の女性アーティストにより自身の出自や文化や社会環境の過去と現在をみつめ、絵画や写真、映像など独自の方法論で自己の立ち位置をとらえています。
グローバル化が加速する中、画一的なスタンダードのなかで、それぞれのアイデンティティの模索は国や文化を超えて共通した認識のように思えます。
人間の生の困難さと可能性をみつめる内なる声は、性、ジェンダーの問題を声高に表現するのではなく、よりしなやかに普遍的で重要な問題であることを伝えていきます。
・掲載作品は、ベルリン在住の塩田千春さん(1972年~)wall 写真 2010年。身体の内と外をテーマとした同じシリーズのビデオ作品のスティール版です。塩田さんは、過去の事象や生活空間における人の存在を、これまで膨大な数の窓枠や靴などで表現し、存在と不在の意味を問いかけてきました。この作品では、赤い紐が血管のように身体にまとわりついています。
クアラルンプール在住のイー・イラン、ブリスベン、ロサンゼルス在住のジェマイマ・ワイマン、ソウル在住のキム・ソラら40歳前の作家たちのこれまで日本ではあまり紹介されていなかった先鋭的な作品群です。

◆Inner Voices/開催中~11月6日/金沢21世紀美術館