坂野直子の美術批評ダイアリー

美術ジャーナリスト坂野直子(ばんのなおこ)が展覧会、個展を実際に見て批評していきます。

新しい日本画の潮流 川又聡

2011年05月31日 | アーティスト
二曲屏風の大作の前の作者ですが、野生の狼の群れや象が墨彩の大きな筆のストロークの筆力で圧倒的な迫力と生命の尊厳の姿を表わしています。また現代的な映像的感覚も感じさせます。川又聡さん(1978年~)は、東京芸術大学大学院修士課程を修了後、無所属で活躍する若手の日本画家です。
好きな画家は橋本雅邦、竹内栖鳳ということで古典をしっかりと踏まえた画格の大きさを感じさせます。
2010年の11月の池袋東武の初個展では、屏風を含む35点を完売したということで、大器を伺わせます。夢は野生のサバンナで取材するということで、イマジネーションの力と現場取材のスピード感も加わる今後の展開を期待させます。

◆川又聡展/12月22日~28日/池袋東武 TEL03-3981-2211

パウル・クレー展ーおわらないアトリエ 東京展

2011年05月30日 | 展覧会
パウル・クレーというと色彩の魔術師といわれ、ファンタジックなイメージをつなぎます。日本でも人気の高いクレーの魅力はどこからくるのでしょう。軽やかな自由さと客観的な思考が織りなす振幅のある表現ともいえます。画家自身もヴァイオリン奏者で、夫人がピアニストの音楽家の家庭でもあったクレーの絵からは、ポリフォニックな音楽的な旋律が聞こえてくるようです。実際に彼が活躍した20世紀初頭は、音楽や文学、演劇や美術がその分野の垣根を超えてインスパイヤーされ、想像の奥行きを広げていきました。
写真は東京展の開催に向けての記者会見の様子ですが、暗く画質が悪くて申し訳ありません。
京都国立近代美術館から東京国立近代美術館へとバトンが渡された本展は、会場のギャラリー空間も建築家が加わり展示の工夫もなされ、セクションごとにぐるっと回っては、またもう一度なんていうこともできます。この展示も本展が、クレーがアトリエでどのような制作方法を用いていたかに焦点をあてた小さな作品群が色彩や線の多様なリズムを生んでいるからでしょう。
パウル・クレー(1879-1940)は、1911年から終生、制作した作品リストを作り続けました。ワイマールでバウハウスの教授をしていたクレーは、実験的な姿勢を崩さず、油彩転写や完成した作品を切って貼り合わせたり、厚紙の裏表に描いたり、完結した作品ではなく進行していく過程を作品化していきました。そして自身の作品群を8つのカテゴリーに分け、特別クラスの作品は非売とされ画家の手元に置かれました。
本展でも目を引く「襲われた場所」(1922年)もその一つで色彩のグラデーションと小さな形のかけらの構成が画面に動きを与えます。従来のモダニズムの絵画の形式を逸脱し、コラージュ的に文字を配したり、遊び心も楽しめる展覧会です。

◆パウル・クレー展ーおわらないアトリエ/5月31日~7月31日/東京国立近代美術館(竹橋)

ホキ美術館 写実の妙に神秘をみる②

2011年05月29日 | 展覧会
東京から車で1時間半、ちょうど田植えが終わった時期の緑の田園風景を抜けて住宅街にシャープな幾何学的形態の建物が見えてきます。ホキ美術館は、写実絵画専門の美術館として昨秋開館以来、約10万人の来館者を数え、地元の方というより、全国各地からの来館者が多いということでした。
それだけ写実絵画に魅力を感じていらっしゃる鑑賞者が増えているということで、絵画の市場においても写実ブームというか、固定的な購買層がいらっしゃいます。フェルメールやフランドル絵画のファン・エイクらも日本で人気が高くなっています。近代以後の筆のタッチを生かして並列的に描く手法とは異なり、古典技法にそくした油彩画特有の透明感を生かした明暗法と質感の表現は時代を超えてひきつけるものがあります。
近代以後、個性重視の主観的表現が花開いてきましたが、対象とじっくり向き合い、客観的な志向でとらえた写実絵画は現代の錯綜の時代にあって静謐な時間を取り戻してくれるもののように思います。
回廊的なゆったりとした空間に充実した作品群が並びます。今回、自然の樹幹の一部を切り取った風景の新作を発表した五味文彦さん(1953年~)は、グラスや果物の卓上の静物画で有名で、一寸の狂いのない精緻な描写は気の遠くなるほどの時間が積み重ねられています。長野県生まれの画家は、小学時代に近くで掘り出された縄文土器のかけらを集めては、その土の感触を味わっていたようです。「生い茂った草むらは安らぎの匂いに満ちていた、作品からその手触り感、触覚、匂いを感じてほしい」と話されていますが、リアリズムを追求する画家の共通した意識のように思います。

◆時を超えてー静物と風景画展/開催中~11月13日/ホキ美術館(JR外房線土気駅)TEL 043-205-1500

ホキ美術館 静物と風景画展①

2011年05月27日 | 展覧会
昨秋、日本初の写実専門美術館として、千葉市緑区にオープンしたホキ美術館。館長の保木将夫さんが、森本草介さんの女性像にほれ込み写実絵画に開眼されてコレクションの発端となっていき、中山忠彦さん、野田弘志さんら日本を代表する写実画家の常設展示へと発展しました。「トキを超えてー静物と風景画展」は、開館記念の第2弾で、静物画と風景画にテーマを絞り、新作を含め26作家の写実絵画60点が展覧されています。テーマは、花、果物、グラスや壺、生物、動物、日本の温和な風景や、イギリス、フランスの田園風景など、一口で写実主義といっても、オランダ17世紀の静物画を思わせる重厚な作品から、アメリカのハイパーリアリズムを思わせる精緻なものまで表現の奥行きは幅広く、画家それぞれの視点が生き生きと明確に伝わってきます。
写真は、自身の作品の前でトークを行う島村信之さん(1965年~)です。作品は、「ロブスター(戦闘形態)」(2010年)です。
島村さんは日常の時間を切り取った室内の女性像などで有名ですが、お子さんが興味をもつ虫やザリガニなどにもテーマが広がったようです。なんとも迫力ある構図と形態感で、写実は古典技法が基盤となっていますが、現代的なメカニック的なとらえ方にも魅力を感じました。自身もガンダム世代ということで、童心にかえってミリタリーのプラモデルを組み立てている気分で制作されたそうです。

◆トキを超えてー静物と風景画展/5月28日~11月13日/ホキ美術館 千葉市緑区(昭和の森隣接)
  TEL 043-205-1500

保井智貴 古典と現代が交錯する人間像

2011年05月25日 | 展覧会
保井智貴さん(1974年~)は、興福寺の阿修羅像などに代表される乾漆という技法を用いて、数か月に及ぶ工程を経て独特の質感をつくりだしています。ベルギーで生まれイスラエルでも展覧会が開催されるなど他民族との接触が小さいときからあり、その固有の文化や人々の行動に関心を抱いてきました。
その一方で、日本の仏像には強い関心があり、奈良にはよく行ったそうです。そして大学に入る前からファッション雑誌や布ぎれなどに興味を抱いていたそうで、これまでもファッションデザイナーや建築家とコラボレーションしてきました。
「Tranquil Reflection」の本展では、半貴石、螺鈿、色漆、蒔絵、日本画の材料である岩絵具などで装飾された無国籍の衣服をまとった3体の人物をギャラリーに展示します。
伝統的な技法を現代に、異種混合的な人物像は、気高くまっすぐにその瞳を向けています。フィギュア的な今日性の面白さと伝統技法の確かさが放つひそやかなオーラが楽しみです。

◆保井智貴「Tranquil Reflection」/6月14日~7月2日/MEGUMI OGITA GALLERY

甲田洋二学長にお話をうかがって

2011年05月23日 | アート全般
日本和紙ちぎり絵協会の機関紙の編集をしていまして、その1面に登場していただくために、武蔵野美術大学学長の甲田洋二氏(洋画家)にお話を伺いに、武蔵野美術大学に行ってきました。
東京都の小平の玉川上水の緑道を通って行く道のりは、武蔵野の面影を残す気持ちの良い散歩道です。雨模様でしたので、少し残念でしたが。
甲田先生は「美の力の時代」の到来に向けてという、学長メッセージを提言されていて、ものづくりを持続していくことで他者への思いやり、尊敬の念が養われていく、この美の力こそが今の社会参加に大切な存在であるといわれています。
画一的なエリート主義だけでは今の時代の変化はつくれない。だけど今の美大生も統一的ないい作品をつくろうとして、失敗を怖がる若い人が多い。そのために、破格の大きさの作品の課題を出したりと、自己を解放することから始めるんです。というお話はとても貴重な内容でした。
作品は、「Y氏の場合ーHigh Way Dream A」2005年です。青梅市にお住まいで、中央に描かれているのが高速道路で、前景の雑木林の自然と遠景の団地の光景が現代を象徴しているようです。地面や空の色も鮮やかです。女性像や人間像も多く描かれていましたが、この風景シリーズでは、刻々と変化する環境へのまなざしが見て取れます。日記のように家の近くの風景をスケッチしていくと、思わない発見もあったりして、あらためて対象を見て描くことの大切さも感じました。と話され、構成的な作風の中でテーマも広がっています。

生誕120年記念 長谷川潔展 銅版画の世界

2011年05月21日 | 展覧会
大正期、27歳でフランスに銅版画を学ぶために渡って以来、日本に帰国することなく、パリ14区の芸術の香り高いスーラ通りの自宅兼アトリエで1980年に生涯を終えた長谷川潔。横浜生まれの長谷川の作品を多数コレクションする横浜美術館では、初期の木版画から古典技法のマニエール・ノワール(メゾチント)を復活して、神秘の黒の諧調を追求した作品群、約200点が展覧されています。
掲載作品は、「花束」1926年 ドライポイントです。何気ない野の花の枯れ草を小さな花瓶やグラスに入れた連作を試みました。その中に小さな命の凛とした生命感が宿っています。「この地球上に存在するものにはすべて、存在するだけの価値があるんです。道を歩いていても、一本の木、小さな草花、石ころが、僕に何かを話しかけてくるような気がするんですよ」
「勉学のためにフランスに来たんだけども、フランスの画家の技法や様式に惹かれるよりも、自然からたくさんのことを学びました。小さな草花や種を注意深く観察すると、自然の摂理というものにたいへん驚かされる。宇宙の神秘を感じずにはおれない」
ジャーナリズムとも距離を置き、あまりインタビューには応じなかった長谷川の貴重な言葉です。
黒い闇に浮かぶ小鳥や種子草、砂時計、ガラス玉など身近な素材をモチーフにそれらと対話しながら細かく線刻して精緻な表現につつましやかな命を感じさせます。
銅版画家としてフランスでも高い評価を受けた長谷川ですが、孤高として創作の道を貫きました。

◆生誕120年記念 長谷川潔展/開催中~6月26日/横浜美術館

レンブラント展 入場者数15万人突破

2011年05月20日 | 展覧会
5月18日は博物館の日でしたが、本展は、47日目で15万人を突破というニュースが入ってきました。印象派展やフェルメール展では50万人という大台にのることはあるのですが、17世紀の光と影の探究者であるレンブラントも多くの方が鑑賞されているということは、美術史的探訪上級者が増えているということでしょう。
レンブラント光線と言われるほど、ドラマチックな光を舞台照明のように絵画に応用した光と影の作用。自身の年代ごとに自画像を描き、飾りのない近代的な視野をもって自身のありのままをとらえた最初の画家だと言えます。闇の中に生と死の本質をとらえていきます。本展は版画と絵画の両面でいかにレンブラントが陰影の効果を探究していったか、研究の成果を問うものです。
6月12日まで無休で開館されます。

◆レンブラント 光の探究/闇の誘惑 /6月12日まで/国立西洋美術館(上野公園)

ヴェネツィア展 千年の都を旅する

2011年05月19日 | 展覧会
ヴェネツィアは、水の都として日本でも名高い観光地ですが、イタリアの中でも特殊な地域性をもって、芸術、文化を育んできました。その特殊性こそ神秘的であり、多くの映画や文学作品の舞台にもなってきました。
本展は、この秋からドゥカーレ宮殿、コッレール美術館などヴェネツィアを代表する7つの館から、絵画、工芸、服飾、模型、地図、地球儀、井戸まで約140点の作品群が、約1年と1カ月にわたり日本各地に巡回し、ヴェネツィア共和国1000年の歴史と都市の成り立ちを紹介していきます。
開催に先立ち、記者発表会がイタリア大使館大使公邸で行われ、ヴェネツィア市立美術館群館長のジャドメニコ・ロマネッリ氏より、展覧会出品の代表作を紹介しながら開催趣旨の説明がありました。3.11以後美術界はやはり湿りがち、大型展覧会の中止なども相次ぎました。この日は報道関係者の出席も多く、文化的な交流が深いイタリアの美術展ということで一時華やいだ雰囲気を味わいました。
ロマネッリ氏が強調されたのは、1500年代末、交易の中心であった都市文化全盛の輝きをあらゆる角度から見ていただきたい。水の都と言っても、川はなく海水に浮かぶ街で、水の確保は広場の中央に据えられた井戸が重要な役割を果たしました。絵画の面では16世紀のティツィアーノ、ティントレットら色彩きらめくヴェネツィア派を生み出しましたが、その師匠となるジョヴァンニ・ベッリーニの「聖母子」、ティントレット「天国」、また日本初公開となるヴィットーレ・カルパッチョの「二人の貴婦人」など見どころも盛りだくさんとなっています。
掲載した画像ではよく見られないのですが、カルパッチョ作の「サン・マルコのライオン」で、ライオンはヴェネツィア共和国の重要なシンボルであったようです。貴族社会の豪奢な生活の一端を風俗画や装飾品で紹介する文化人類学的な展覧会ともいえる内容で、地域的にイスラム文化が混在している点も見逃せません。

◆世界遺産 ヴェネツィア展 魅惑の芸術ー千年の都/9月23日~12月11日・江戸東京博物館(墨田区)他、名古屋市博物館、宮城県美術館、京都文化博物館、広島県立美術館へと巡回されます。

名画につつまれる贅沢 バロックから近代へ

2011年05月16日 | 展覧会
昨日のNHKの「日曜美術館」で紹介されて内容の充実した企画だと感じました。滋賀県立近代美術館は緑豊かな森の中に建つゆったりと観賞できる美術館です。かなり前になりますが、取材に行ったことがあり、美術教育、普及にも熱心に取り組まれています。
この展覧会では。17世紀、イタリア、スペイン、フランドルのバロック絵画から宗教画や風俗画、19世紀の肖像画や風景など油彩58点が展覧されています。それが長野県在住のコレクターの方のコレクション展ということですので驚きです。バロックとは、「ゆがんだ真珠」という意味で、15,6世紀のルネサンスの美の均衡を歪曲化した構図や力動感あふれる人物構成などを特徴として17世紀美術の潮流を生み出しました。ベラスケスやルーベンスなどが有名です。
本展は、美術史的な側面を持ちながら、これまで紹介されていなかった貴族趣味的な大上段に構えた作品ではなく、聖家族や野外のほのぼのとした子供たちの素顔を描いたピクニック光景やみずみずしい水辺の風景など親しみのある名画ということで、コレクターの方の志向が反映されています。地方にも巡回してほしい内容と思いました。

◆名画につつまれる贅沢 珠玉のヨーロッパ絵画展 バロックから近代へ/開催中~6月12日/滋賀県立近代美術館