坂野直子の美術批評ダイアリー

美術ジャーナリスト坂野直子(ばんのなおこ)が展覧会、個展を実際に見て批評していきます。

自画像★2012

2012年08月29日 | 展覧会
自画像というとレンブラント、ゴッホをはじめとして時代をこえて古今東西の画家が取り組んだテーマです。
自己を客体化し概念化していく過程で見えてくる表現の世界は、そのアーティストの世界を掘り下げ広げてくれるものでもあります。前衛アーティストとして活躍してきた9人による新作自画像と小品の展覧会です。
1960年に結成された「ネオ・ダダイズム・オルガナイザーズ」のメンバーである赤瀬川原平(敬称略、以下同)、篠原有司男、田中新太郎他、池田龍雄、今回新たに石内都、中西夏之らが加わります。
自画像というテーマをどのように自己のものにしていくか興味深い展観です。

◆自画像★2012/10月1日~10月20日(日曜休廊)/ギャラリー58(銀座4丁目)

トエハタエ 現代の世相の一断面

2012年08月28日 | 展覧会
画家の道を走り始めた研究生の発表の場を支援している佐藤美術館では、多摩美術大学日本画と版画の大学2年生の合同展が開催されます。
今年で、5回目で今回のテーマは「トエハタエ」(十重二十重)。
パンフレットの中で、教官の本江邦夫さんが、今回のテーマは、絵の具の重なりと作家自身のいわば存在論的な重なりの二重の意味が込められているが、層をなす媒体の集積の深遠な垂直性にかかわる作品が少なかったという批評が印象的でした。
ですが、今回出品した20人の作品に触れたあと、それぞれの媒体への、豊かな内実の備わった自己没入が適切になされていると締めくくられている点に、学生の真摯な制作姿勢がうかがえます。
現在は、なかなかこういう真面目な批評性とリンクした作品展が少なくなっているので、この世代にしかできない濃密な自己と社会への眼を期待するばかりです。

◆トエハタエ/8月31日~9月9日/佐藤美術館(新宿区)

☆森 務個展
今日は、原稿を掲載させて頂いているArt Journalでおなじみの森務氏の個展に行ってきました。
半世紀余りの絵画人生の集大成となる個展で、創展に出品されている100号の大作のヨーロッパの風景、人物、シャガール的な半具象の幻想世界など力のこもった充実した作品が並びました。
中でも東欧の泥人形を題材とした大作は、暗い色調ながら民族的、歴史性など知的なテーマの掘り起こしに注目しました。アマチュア画家として一作一作魂のこもった自然体の運動感のある線と色彩が魅力でした。

 ・開催中~9月1日/東京交通会館2階ギャラリー(有楽町)

バーン=ジョーンズ 英国19世紀末に咲いた華

2012年08月24日 | 展覧会
厳しい残暑が続いています。美術展やギャラリー巡りも辿りつくまでにひと汗かくという感じですが、その空間に入っていくと一時暑さを忘れる別次元の世界へと浸されていきます。
19世紀後半のイギリスで活躍した世紀末絵画の代表的な画家、バーン=ジョーンズは、師ロセッティらが結成したラファエロ前派に属し、絵画のもつ物語性で引き込んでいきます。
三菱一号館美術館で開催され好評のうちに終了した本展は、兵庫県立美術館へと巡回されます。盛期ルネサンス以前の自然に忠実な絵画精神を目指して結成されたラファエロ前派は、後期になると次第に象徴性、装飾性を強め、ヨーロッパの象徴主義の画家たちに大きな影響をあたえました。中世文学や古代神話をイメージの源泉として、甘美で幻想に富む色彩豊かな独自の絵画を展開しました。
掲載作品は、「闘い・龍を退治する聖ゲオルギウス」1866年。
この作品は15世紀ヴェネツィア派カルパッチョの「聖ゲオルギウスと龍」から影響を受けて制作した連作の一作です。
「ピグマリオン」連作、「眠り姫」、「運命の車輪」などの油彩画の大作からタペストリや挿絵本にいたる約80点の作品で全貌に迫る日本で初めての本格的な個展となります。

◆バーン=ジョーンズ展/9月1日~10月14日/兵庫県立美術館(神戸市)

フランシス・ベーコン展

2012年08月22日 | 展覧会
学生時代に好きな画家の一人がフランシス・ベーコン(1909-1992)でした。人間を極端にデフォルメし肉の塊のように押し出した作品は絵を描くことはさらけ出すこと、非常なまでの醜さと向き合うことなど、奥深さを感じさせました。
ベーコンが制作活動を始めたのが、ちょうど第二次世界大戦の真っ只中で、現実の人間が苦痛にさらされている状態を見据えるというリアリズムの視点に立ちます。
美術史の古典などから参照した作品や、映画「戦艦ポチョムキン」の中で、銃で額を打たれて叫ぶ老女の姿から参照した作品も描きました。
ベーコンが絵画で一番重視したのは、絵が〈神経組織を攻撃する〉機能を果たすということだと言います。楽しいとか哀しいという感情に分化する前の、いわゆる情動が出る根本を刺激したいと考えました。
本展は、ベーコン没後の初の本格的な回顧展となります。
掲載画像は、出品作品とは異なる参考作品です。
来年3月から開催される展覧会では、30点を超える作品が集結します。現代社会におけるベーコン作品の意義を考える大切な機会となりそうです。

◆フランシス・ベーコン展/2013年3月8日~5月26日/東京国立近代美術館(竹橋)

棚田康司ーたちのぼる。

2012年08月20日 | 展覧会
同じ人間像でも独特のデフォルメの効いたフォルムが特徴的な彫刻家の棚田康司さんの大規模な回顧展が開催されます。
スリムでか細い「少年少女」を彫り続ける作風はどこかぬらりとして一回みたらかなり記憶に残る作品群です。
たちのぼる。というタイトルは新作からとられたものですが、煙をイメージしたものだそうです。大人とも少年ともつかぬ年代の不安や危うさ、あらゆる試練を乗り越えて天空へと昇っていく、人間として上昇してほしいという希望が託されています。
本展は、一連の作品の他に、新作、および制作過程のスケッチなども網羅的に紹介されます。

◆棚田康司 たちのぼる。/9月16日~11月25日/練馬区立美術館

舟越桂 永遠をみる人

2012年08月17日 | 展覧会
彫刻家の舟越桂さん(1951年~)の大規模な個展が過日、高知県立美術館で好評開催されましたが、この9月から愛知県小牧市のメナード美術館で開館25周年を記念して特別展が開催されます。
舟越さんは、80年代から「妻の肖像」シリーズで楠の半身像で大理石の眼をもった中性的な雰囲気のある彫刻で新たな肖像の分野を切り開きました。
美術的には、大がかりなインスタレーション作品が多く制作された背景があり、その中にあって静謐なプリミティヴな詩情を感じさせる作品は、平穏な時の流れを封じ込めているような趣がありました。
2004年から「スフィンクス」シリーズが始まります。ギリシャ神話のスフィンクスをテーマに両性具有を思わせる人物像へと進展していきます。静的なイメージからどこかイレギュラーな不思議さをまとう彫像は、刻々と変化していく現代社会に対する戦闘モードのようでもあります。
掲載作品は、「森に浮くスフィンクス」2006年。
本展は、初期から最新作まで22点の彫刻作品を中心に、水彩やデッサンなどの絵画作品なども併せて展覧されます。

◆舟越桂展/9月15日~11月25日/メナード美術館(小牧市)

船田玉樹展 豪放にして緻密

2012年08月11日 | 展覧会
日本画家、船田玉樹(1912-91)の初の本格的な回顧展に行ってきました。広報局からリリースが届いて、作品の何点かを画像で見て、これはすごい、正統的でありながら、固有の表現力を感じたからでした。
掲載画像は、初期の作品群のコーナーの入り口ですが、最初油彩画を描いた時期の作品群が並んでいます。油彩画においても新たな潮流を感じさせる力強さがありました。
その自在な表現力は、日本画においても引き継がれていきます。屏風絵の「老松」や「梅」図や「枝垂れ桜」など色彩の発色がみずみずしく、水墨は雄渾な線が画面を躍動しています。型にはまらない様式化されないスケール感に引き込まれました。

船田玉樹展/開催中~9月9日・練馬区立美術館(中村橋)
13年1月21日~2月20日・広島県立美術館

与えられた形象ー辰野登恵子/柴田敏雄

2012年08月08日 | 展覧会
今日から、国立新美術館で開催される本展は、表現メディアの異なる二人展で、面白い対比を見せていました。東京藝術大学油画科の同級生で、辰野登恵子さん(1950年~)は、80年代日本のニューペインティングのリーダーとして、色彩と奥行き、物質感の新たな抽象絵画の探究を行いました。今回の展覧会では初期からの大型の作品群も多く展示され、画面にあるような壁のタイルなどの装飾パターンを採り入れた鮮やかな発色の色彩模様の作品が並びました。作品の方向性などを話す辰野さんの力のこもった話に引き込まれました。



柴田敏雄さん(1949年~)は、近年東京都写真美術館でも大規模な回顧展を開催し、注目されました。美術表現としての写真は、現在では重要なメディアとなっていますが、柴田さんが、写真を始めた頃は表現としての確立がスタートした時期でありました。
70年代半ばからベルギーで制作を開始し、山野に見出される大規模な土木事業を重厚なモノクローム写真に定着した「日本典型」連作などにより国際的に高い評価を受けました。それらの作品は自然と人為とのスケール感のある対極に求心力があります。



辰野さんの作品は、積み重ねられた箱など、日常の中で偶発的に見出された形象がモチーフとして選ばれ、300号もある大画面に単純化された形態と力強い線の拮抗と重厚な厚塗りの絵肌(マチエール)によって、画面の二次元性と視覚的構成による奥行きのイリュージョンを面白く組み合わせています。



柴田さんは、一時日本での発発表の場を失った時、写真をもうやめようかとも考えたこともありますが、そんな折アメリカでの評価が高まりシカゴ現代美術館で発表の機会を得ます。構造的な力強さを秘めた作品群です。



辰野さんの力強い色彩の発色とストロークはおおらかさもあり、フォーマリズム(形式主義)の志向のなかで大いに自由に羽ばたいている感じが気持ちよかったです。

◆与えられた形象ー辰野登恵子/柴田敏雄  /開催中~10月22日/国立新美術館

巨匠たちの英国水彩画展

2012年08月06日 | 展覧会
ロンドンオリンピックも後半戦となり、日本のメダルラッシュに元気をもらっています。
イギリスと言えば近代において優秀な水彩画家を多く輩出しました。印象派の先駆けとなったターナーはその代表と言えるでしょう。
掲載作品は、J.M.W.ターナー「ルツェルン湖の月明かり、彼方にリギ山を望む」1841年。
本展は、英国水彩画の世界屈指のコレクションを持つことで知られるマンチェスター大学ウイットワース美術館から約150点の作品が展覧されます。
水彩画を芸術表現の高い領域まで押し上げたウィリアム・ターナー、詩人画家のウィリアム・ブレイクとその影響から古代への美を追求したサミュエル・パーマー。その後結成されるラファエロ前派のエヴァレット・ミレイやバーン=ジョーンズまで、日本でも人気の高い画家の作品が一堂に並びます。

◆巨匠たちの英国水彩画展/開催中~9月24日・島根県立石見美術館
 10月20日~12月9日・Bunkamuraザ・ミュージアム


スタートラインに立つ画家と批評家

2012年08月03日 | 展覧会
明日まで、東京・銀座、京橋の12画廊(ギャラリーなつか、コバヤシ画廊、ギャラリー現他)が共同で開催する〈新世代への視点〉は、同時期にそれぞれの画廊が推薦する40歳以下のアーティストの個展を企画するもので、同時代の若い作家の活動の支援とそこに内在する現代のメッセージを読み解こうとする観る者の批評もそれらの作品を膨らませます。
その後に開催される〈UNKNOWNS〉は、画家としてのスタートラインに立ったばかりの4人と批評家の卵、そしてプロデューサーの画廊がセッションして展覧会が開催されます。
企画をされた東京造形大学絵画専攻教授の近藤昌美さんは、「同時代の制作する者と美学美術史を学ぶ者が相互に刺激しながら、対峙した作品と批評とを同じ空間になげだすとき、なにがしかの化学反応が起きることを期待したい」と話します。
批評家の語る側を企画されたのは、慶応義塾大学美学美術史学専攻教授の近藤幸夫さん。会場となる画廊は、銀座1丁目の藍画廊とギャラリー現です。
銀座の画廊はこのように作家と批評家が一体となって育っていった土壌がありますので、今後も進めていただきたい好企画だとおもいます。

◆UNKNOWNS/8月20日~25日/藍画廊 ギャラリー現(銀座1丁目)