坂野直子の美術批評ダイアリー

美術ジャーナリスト坂野直子(ばんのなおこ)が展覧会、個展を実際に見て批評していきます。

大エルミタージュ美術館展 厚みのある89作品

2012年04月30日 | 展覧会
300万点という世界でも有数の所蔵品を誇り、これまでエルミタージュ美術館展はいろんな角度で開催されてきましたが、本展は、盛期ルネサンスの16世紀から20世紀にいたる大きな流れの中で89点の名画を展開するというすべて歴史を重みを感じさせる見ごたえのある作品が並んでいます。
このGWにご覧になった方もいらっしゃると思いますが、同館で開催されている「セザンヌ展」が画家個人の研究成果をパリと故郷のプロヴァンスで辿る試みの面白さとダイナミックな対比を見せているので、展覧会の梯子もいいかもしれません。
西欧絵画の400年というと、ルネサンス→マニエリスム→バロック→ロココ→新古典派→ロマン派→リアリズム→印象派→フォーヴと図式的には続くのですが、様式的変遷を追いながらも、巨匠の作品群だけでなく18世紀のライト・オブ・ダービーの夜景の鍛冶屋の光景を描いた作品、古代建築をロマン派的に描いたやはり18世紀のユベール・ロベールの古代ローマの公衆浴場跡などの作品なども社会や歴史を考える上で意義深いものでした。
掲載作品は、ペーテル・パウル・ルーベンス「虹のある風景」1632-1635年。17世紀フランドルの巨匠ルーベンスは、あらゆるジャンルの作品を描きましたが、この作品は風景画の後期の作品で、ローマの古代詩の黄金時代を象徴する調和のある牧歌的な風景となっています。

◆大エルミタージュ美術館展/開催中~7月25日/国立新美術館  
 7月28日~9月30日/名古屋市美術館 10月10日~12月6日/京都市美術館

マックス・エルンスト 幻視の森

2012年04月23日 | 展覧会
シュルレアリスムの画家の中でも、多様なイメージの領域を生み出したマックス・エルンスト(1891-1976)。日本ではコラージュ小説『百頭女』や版画集「博物誌」、油彩では「森」の連作が知られていますが、色彩的には少し暗いイメージがあるように思います。現在開催中の本展では、新たなエルンストのイメージを開いています。
たとえば、所蔵先のポンピドゥーセンターでも人気の大作(2m×3m)では、黄、白、青の色相の中に魚や鳥や人や動物のフィギュアが乱舞する画面なども見どころの1点です。
掲載の作品は、「ユークリッド」1945年。エルンストの画風は、本当に緻密で技法的な実験が細部に散りばめらています。
国内外から集めた作品150余点の展示となっています。

◆マックス・エルンストーフィギュア×スケープ/開催中~6月24日/横浜美術館(西区みなとみらい)

生物の痕跡への眼 向山 裕 展

2012年04月20日 | 展覧会
写実を基本と置きながらも徹底した観察眼でユニークな表現の回路を開いている向山裕さん(1984年~、むこやま・ゆたか)。大阪生まれで、現在は名古屋にアトリエをもつ画家さんです。
これまで海の生物、うなぎ、タコ、海ほたるなどを主題として描いてきて、生物の生命体としての客観的な見方とアイロニカルが交差する作品で引きつけてきました。
掲載作品は、「うみほたる」でこの微生物の確固とした生命とどこか可愛げな感じが出ています。
向山さんは、生物の硬いところが好きで、貝殻や骨、たまごの殻を集めているそうです。浜に落ちているイカの甲に生命の痕跡をみていとおしいと語っています。
新作では、動物をモチーフとしながらもシチュエーションが面白い新たな展開が見られそうです。

◆向山裕展/6月27日~7月16日/日本橋高島屋美術画廊X 大阪・名古屋巡回予定

栗林隆 展

2012年04月18日 | 展覧会
形なき融通無碍なる水の生態。古来から水の流れは美術のテーマとして根幹をなすものでしたが、現代のアーティスト、栗林隆さん(1968年~)の今回の展覧会では、水をテーマに自然と人間の新しい関係を模索していきます。
十和田市現代美術館はさまざまな恒久展示によって、企画展と連動した新たな美術館活動を押し出しています。
栗林さんの作品も恒久展示されていて、今回初の大がかりな企画展が実現しました。
気体としての水、個体としての水、液体としての水、エネルギーとしての水。
これまで、「境界」をテーマに従来の認識をくつがえす大型のインスタレーションや参加型の作品を展開してきましたが、東日本大震災以後、確実に自然への取り組みが変化した現代の様相をどのように反映させていくか興味深い内容となりそうです。

◆栗林隆 WATER〉|〈 WASSER/4月21日~9月2日/十和田市現代美術館

巨匠たちの英国水彩画展 重厚なる歴史

2012年04月16日 | 展覧会
近代水彩画の歴史の発展はイギリスを主な舞台として多くのすぐれた画家を輩出しました。水彩画の歴史は古く、旧石器時代の洞窟壁画までさかのぼると言われていますが、現在においても透明、不透明の水彩ならではの表現が開拓されています。
本展では、3000点もの水彩画の収蔵で知られているマンチェスター大学ウイットワース美術館所蔵作品から160点の作品が会場を飾っています。
印象派に影響を与え、水彩画の筆触の芸術性を高めたJMWターナー、詩人画家ウイリアム・ブレイク、古代への美とロマン派的光の陰影が美しい風景画のサミュエル・パーマー、そこからラファエル・前派のロセッティ、エヴァレット・ミレイ、バーン・ジョーンズら日本でも人気の高い巨匠群の幅のあるテーマと重厚感のあるタッチなど見ごたえのある内容となっています。

◆巨匠たちの水彩画展 ターナーからブレイク、ミレイまで/開催中~6月24日/岡崎市美術博物館

蕭白ショック!!

2012年04月12日 | 展覧会
江戸中期、京都で活躍した曾我蕭白は、伊藤若冲と並んで奇想の画家として人気が高く、本展においても極彩色に彩られた仙人たち、エネルギッシュでどこかユーモアを湛えた人物描写がよく知られていますが、もう一つの特色として、穏やかな山水画も残していることが見どころとなっています。
1998年以来の首都圏での本格的な回顧展となる本展は、蕭白というエキセントリックな画家が突然出現したのではなく、室町、桃山も含めて前時代の復古的な風潮が加味されているということです。美人画では同時代の浮世絵の影響もみられるということが指摘されています。
特に見どころとなる作品は、三重県立美術館が所蔵している四十四面の永島家伝来の障壁画です。伊勢に訪れたときの、35歳前後の作品で、山水あり、鷹図、桃山絵画の影響が感じられる巨木、西晋時代に俗世を離れ竹林に会した七人の賢人をモチーフにしたテーマはオリジナリティにあふれています。若くして両親を亡くし、画業で食べていくために注文の作品を描いたり、墨一色の作品が多いのも墨の使い分けの研究とともに、きれいな顔料をふんだんに使えるほど裕福ではなかったことがわかります。
後年になって生活が落ち着くと、穏やかな山水画も手掛けるようになりました。

◆蕭白ショック!!/開催中~5月20日/千葉市美術館  6月2日~7月8日/三重県立美術館

神話的世界の今日性

2012年04月09日 | 展覧会
アジア地域の作品をさまざまな切り口で紹介している福岡アジア美術館では、春の企画展として南アジアの神話的世界を紹介します。ヒンズー、イスラーム、仏教、キリスト教と南アジアにおける宗教と信仰の多様性は、日本では考えられないほど複雑です。
日々の生活の営みの中に根付いた信仰は、絵画世界においても輝きを湛えています。
20世紀以降の宗教的、神話的題材に焦点をあて、掲載の20世紀中頃の釈迦の誕生をテーマにした作品などが紹介されます。
西洋のモダニズムの流れとは一線を画す細密的な描写と色彩の繊細な美しさに触れることができます。

◆南アジアの信仰と神話的世界/開催中~7月3日/福岡アジア美術館

花鳥風月 自然を愛でるこころ

2012年04月07日 | 展覧会
桜が満開となり、春らんまんの装いになってきました。今日は、ちょっと花冷えで、夜桜見物には厚着してという方もいらっしゃるでしょう。自然の摂理は偉大で、季節の訪れを木々や花々、空の色合いに感じ取れます。四季の変化に富んだ日本風土は、花鳥画、やまと絵という自然への畏敬や、一木一草に心を寄せた絵画の世界を確立させました。
この心は現代にも受け継がれています。「花と緑」をテーマとする近現代日本画のコレクションで知られる佐藤美術館の所蔵品の中から東山魁夷や小倉遊亀、加山又造ら65人の画家たちの66点の日本画による「花鳥風月」の世界が紹介されます。
掲載作品は、堀文子氏の「流れゆく山の季節」1990年。自然豊かな軽井沢に住んでいた画家がみつめた、花、鳥、木々がうたう色とりどりの明るい色調が心を晴れやかにします。

・津波で流失した六角堂は4月中旬に再建され、オープンする予定です。

◆花鳥風月/4月14日~5月27日/茨城県天心記念五浦美術館(北茨城市)

一方、佐藤美術館では、現代の日本画に目を移し、風景画の今日的世界を多様な表現で探ります。
伴戸玲伊子(敬称略、以下同)、奥村美佳、坂本藍子ら15作家の作品が楽しめます

◆風景画~現代日本画家の描く写実と心象/5月10日~6月24日/佐藤美術館(新宿区)



生のリアリズム ホキ美術館

2012年04月06日 | 展覧会
イラスト的なポップアート調など具象表現は、現代において重要な位置を占めていますが、徹底的な細密描写による対象を再現する重厚な写実主義も人気を得ています。
現代写実派は、言うまでもなく超絶技巧の持ち主で、長い時間の積み重ねにより説得力のある表現へと結びつけていきます。
大きな流れでいうと、アメリカのスーパーリアリズム風の写真的な肉迫、スペインの写実主義の傾倒を踏むヴァニタス画の死を暗示する深い洞察、そして日本的なリアリズムと考えると、人物画ではフェルメールの世界を思わせるような女性の何気ない仕草にポイントを置いた作風に、日本的な間の表現が加味されているように思います。
安らぎや静寂が漂う永遠の時間⋯⋯。写実絵画専門の美術館であるホキ美術館では、開館から1年半を経て、これまでに人気の高かった作品、話題になった作品を集め、野田弘志(敬称略以下同)、礒江毅、森本草介、生島浩ら23作家60点で「現代の写実、ホキ美術館名品展」が開催されます。
気に入った一作がきっと見つかるでしょう。

◆現代の写実。ホキ美術館名品展/5月26日~11月11日/ホキ美術館(千葉市緑区)

酒井抱一と江戸琳派の全貌

2012年04月05日 | 展覧会
西行の歌に、〈願わくは 花のもとにて春死なむ その如月の望月の頃〉と詠んだ有名な春の歌があります。桜の花と日本人の美意識が結晶した諷詠の心が表わされています。
その桜の季節を待たずして、父が他界しました。桜はまだでしたが、梅の香りに包まれて。天寿を全うした人生でした。

江戸後期に画人として活躍した酒井抱一は、花鳥図をはじめとして日本の自然美のエッセンスを清雅な色彩美で表わしました。生誕250年を記念して、抱一の大回顧展が開催されます。
光琳、宗達に影響を受け、江戸琳派の流れをくむ世界観は、たおやかな線のリズムと余白の生かし方にセンスを感じさせます。
抱一の弟子であった鈴木其一らの作品を含む約130点の展覧となります。

◆酒井抱一と江戸琳派の全貌/4月10日~5月13日/細見美術館(京都市左京区)