Kブログ

恒星探索、非物質、変性意識、タロット、生命の樹、西洋占星術、高次存在、ヘリオセントリック音楽 etc

労働観の定義と転換

2022-03-14 18:46:08 | 非物質的な知覚

メモ。

自分の「労働観」を書き換えないといけないことに気づいた。

「仕事観」は何度もやってるけど、ちょっと言葉を変えて「労働」としたときに、まったくもってネガティブな印象のままだった。

たぶん自分のなかで「仕事」というのは「労働」の枠にはいっている。だから、「仕事」を良いイメージにしたとしても「労働」という言葉がネガティブなままなら、上書きされてしまうのだ。

これまで、労働とか働くという言葉は、自分の中で「自分の身体や感情を消耗し、疲弊させること。そしてそれに時間をかけた総量を対価としてお金を得る、賃金をもらう」という定義だった。

今後はそれをやめる。時間の多寡や、体力や感情の消耗量などに全く関係なく、相手にとって新しい情報や価値、エネルギー、知識の提供をすることお金をもらう。

物質的なことだけではなく、半非物質や非物質的な価値の提供。今までは気恥ずかしいから何となくお小遣い稼ぎの範囲内にしていたけど、今後はこれを主流の仕事にする。いまやっている仕事は世間をわたるための表の顔でこれ以上むやみに増やすつもりはない。メインは違うかんじ。

 

ちょうど松村潔のスタピコラムを読んでいて、根拠ある霊感商法という言葉を見ていた。

物質的に成功した人でも、スピリチュアルとか霊感的なものを信用し使っている人は多い。というか、そういう人ほどこっそり使っていたりする。そういうものが世間でどう捉えられるか知っているから、表にはださない。占い、風水、神社のお札やお守りに祈祷、酉の市など。

今後は、相談者の意図や人生の目標にあわせて、必要な情報やエネルギーやノウハウや、石やお札やアイテムをアドバイスすることでお金を稼いでも良い。非物質的なカウンセリングやコンサルティングをしながら、完全にその人の人生に特化したオーダーメイド型になるから大変効率的。

https://starpeople.jp/seijingoroku/matsumurakiyoshi/20190329/4586/

 

自分の人生に本気でない人とか変化を拒む人、あと恋愛とかツインソウルが…みたいな相談は鬱陶しいのでいらない。


手、肉体やエーテル体の健康、脳の中の小人

2022-03-14 13:16:17 | 引用など

『ところで、手は、身体の中で、外に接触するインターフェイスというような意味があるし、呼吸する肺や手は双子座の象意。風、柔軟サインで、この柔軟サインは任意性があるので、つまり呼吸も手の動きも、規則的でなく自由に動かすことができる。もちろん呼吸は、身体に外界の空気を取り入れるという意味で、外との接触がある。
で、手の指は5本あるので、これはそのまま5つの元素とか、あるいはキロのように惑星に結び付けてもいい。それと類似性があるので。

脱カルマというか、身体の代謝毒が指から出る様子を見ている限りでは、小指は腰だし、薬指は内臓とか胃だし、中指は 胸、人差し指は喉に、そして親指は頭に関わっているように見えます。そのまんま、小指の順番から見て、身体の下から上です。
悪い食べ物を食べた後、その代謝毒を排出する時には、薬指がしびれて、そこからヤニ色のものが飛び出すのです。
となると、小指はムラダーラ、薬指はスワディスタナ、マニプラ。中指はアナハタ。人差し指はヴィシュダ。親指はサハスララ、アジナに関連づけてもいいと思う。指を5元素に結びつける時には、腰から喉までの5つのチャクラに対応させたほうがいいですけど。

肉体の手の周囲に、エーテル体の手があります。これを取り入れ口として活用するのは、わかりやすいです。へんな話ですが、肉体の手の外に広がる手の手相を見るというのも、ありですよ。エーテル体は生命体であり、だからエーテル体の指のコンディションは、その人の生命活動の特性をうまくあらわしています。そもそもチャクラは肉体というよりは、エーテル体の中にあるので、手の先にある手に、チャクラを関連づけたほうがいいかもしれない。
エアー指圧の場合には、もちろんこのエーテル体の指を使う。体から頭と手が5つ出ている形態を、そのまま小さく反映したものが手の指でもあり、人体構造がそのまま手のひらと指に反映されています。身体にあるものは手に反映され、手で何かすると、身体に反映される。』

引用:http://201311km.blogspot.com/2015/09/20150909.html

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むかしEFT、感情解放テクニックというのを習ったことがある。これはうまく誘導できれば結構強力かも。

その際に、手をさわるやり方が効率いいというのを習った。手、手首へのソフトタッチ。

でも、手をいきなり触られるのって勇気がいるよね。エロ親父の行為のステレオタイプが、女性の手をいきなり取る行為。脳の中の小人、ペンフィールドのホムンクルスをみるに、人の手をつかむというのは、その人の脳とか感覚を鷲掴みにするというか自分のものにするというもので、侵略ですらある。だからちゃんと相手の同意が必要。


カードでガイドのメッセージをもらう:カードを入り口にガイドと繋がってみる

2022-03-13 16:21:45 | ガイドについて

カードをひいて、その意味を説明書や手引き書で読んで意味を理解するのも良いが、リーディングに熟練してくると、自分がそのカードを入り口・窓口にして「自分だけのメッセージを引き出す」こともできる。

例えば、先日ふとカードリーディングをしてみた。1枚だけひく。使ったのは「日本の神託カード」で、有名なものだ。

このカードを使い始めたばかりであれば、カードを浄化し(もしくは自分で浄化したイメージをもつ)、自分が安心安全な状態で、いまの自分に一番必要なメッセージをこのカードを経由して「ガイドから」もらう、と念じる(意識する、意識設定する、アファメーションする)。

で、私がひいたのは「アラハバキ神」のカード。説明書をみるとグラウディングがテーマ。

それではとリーディングして、自分用のメッセージをもらってみると、宇宙から地球を見下ろす自分がイメージできる。そして「グラウディングというけど、その時の状況や好き嫌いによって、地上や地表との距離感を変えて良い」というメッセージ。地上の上にいるときも、ぴったりと足を着地させなくても良く、ドラえもんみたいに僅かにういていていい。嫌なときは、地球から抜け出て良い。そうやってケースバイケースで地上との距離を変えることが「今の私には」重要なのだ、という内容が一瞬で頭に入る。

つまり、この「アラハバキ神」というカードを出させたのも、それを経由してのメッセージも、私のガイドが「今の私」に一番伝えたかった内容なのだな、ということがわかる。

まあ、リーディングの際に、こんなにわかりやすいストーリーじゃないことも多い。色とか、何かの雰囲気だけとか。それでも、そういうふうに「感じてみよう」とすること自体が訓練になる。問いかけを変えるだけで、でてくるカードも変わってくる。1枚だけじゃなく3枚などで引いても良いし、複雑な展開方法に挑戦してみてもいい。

相棒のように信頼できるカードが一つできるだけでも、色々と心強いし、自分の感情の歯止めになる。


カードでガイドのメッセージをもらう:ヘミシンクの代替手法としてのカード

2022-03-13 16:03:40 | ガイドについて

自分のガイドを見つけるということを書いたが、私自身はもともとそういう存在が見えるタイプではない。子供の頃から妖精とか妖怪じみたもの、霊みたいなものがわかる、「不思議」といわれるタイプの人間はいる。私はそういった類ではない。もともとアンチスピリチュアルでさえあったので、見えないし理解する意欲さえなかった。

 

で、ヘミシンクでガイドを見つけるというのは可能だが、そうはいっても数ヶ月、一年、数年単位かかることもある。そういう場合、焦ると余計ガイドを見つけにくい。

物質ではない肉体をもたない存在を知覚するには、自分自身にそれを知覚するための回路やアンテナが開発されることが重要だ。視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚。そういった肉体感覚を礎に、見えない存在を知覚する。それには訓練が必要で、ヘミシンクはその訓練ツールだ。ただ別にヘミシンクでなくていい。手法はたくさんある。ただ、個人的に非常に効率的なツールだし、本やCDも書いやすいので入手しやすい。価格も安めに抑えられる。家のなかでできるから、このご時世にもちょうどいい。仕事の合間や移動中でもやりようによっては可能だ。

ただ、そうはいってもヘミシンクで自分のわかりやすい体験を得るのに時間はかかる。では、その最中にガイドからメッセージが欲しい、指針が欲しいという場合はカードを使えば良い。オラクルカードやタロットカードなど。説明書、手引き書も一緒についているから、自分が知識をもたなくても入りやすい。

カードも、1枚ひくだけでいい。例えば「今日の私が気を付けることは何か教えて欲しい」と意識をしてからひくなど。その際に、カードを使う際には「信用してみる」ことが重要だ。で、結果を信じられなくても良い。何度かやっていくと、結果がでてくるし、ドンピシャな内容がでてくる。

カードについては、抽象的な内容が多かったり、甘口な内容のものがあったりする。個人的には、辛口な内容のこともある程度はいっているカードのほうが使いやすい。なぜかというと、自分が何かよろしくない状況にいて、よろしくない感情や思考にはまっている場合には、辛口カードのほうがわかりやすい結果を提示してくれるからだ。

ただ、いまの自分の生活がつらいので、ただただ元気がでるようなメッセージが欲しいという目的でカードを買うのも良い。また、使わないけど家に置いておきたいということもある。この場合は、カードが宿したりリンクしたりするエネルギーを身近で感じておきたいからだろう。

より深く勉強したいなら、タロットに手をだすのもありだ。タロットの勉強をするだけで、自分の内面が確実にかわってくる。個人的には中国の易のカード、イーチンカードも良いと思う。ただしタロットもイーチンもその思想が広大で深淵すぎるので、初心者にはちょっとハードル高く感じられるのかもしれない。

カードを持つということを考えながら、今の自分の人生や生活の目的や幸福とは何かというのを、考えてみるのもいいのでは。


良い演技とは何か? (3):存在感と「月」の重要性

2022-03-13 14:20:22 | 占星術・ホロスコープ

役者が演技をするのに、それに適した身体操作方法を取得する必要性はある。

身体操作方法とは、滑舌、歌唱、ダンス、アクションなど。

それに、感情のコントロールも必要だ。なんでも役者には、泣こうと思ったらすぐに泣ける技術は必須らしい。これは「悲しい」という感情に没入するなり、まとわせるなり、もしくは過去のそういう記憶をたぐりよせて涙を流すことなのだろう。身体操作のひとつでもあるが、感情の在り方や使用法をどうするかということでもある。

そして、もうひとつ重要なのが「存在感」だ。
これはオーラがある、という言葉にも結びつく話で、エーテル体の育成も関係してくるはず。

占星術のホロスコープでは、エーテル体は「月」を指す。
これをタロットパスワークで考えると、マルクトからイエソドの「世界」の関与は重要だろう。イエソドは「真の月」で、足りない無自覚な月(無意識の側面)を統合したもの。自分の「月」を自覚している人間はなかなかいない。皆、無意識に食われている。その食われた部分をとりもどすのが「月」をとりもどすということ。

「月」は、感情・水・自分の基盤・母や妻との関わりなどを示す。ここに問題がある人生ほど、月の無自覚さをとりもどす行為は必須になる。なぜなら、偏った月は自分の人生を無自覚に奈落に落としかねないほど厄介だからだ。

「月」には感情が関与する。月が無自覚で食われていると、感情が低かったり重かったりする。そうなると人は、自分の人生を切り拓きにくくなる。重い感情につかまって捕われた人間は、広い見識を持てないから自分で人生のチャンスをつぶす。自分や自分の周囲を正しく見えていないからだ。

タロットパスワークでいえば少なくともイエソド、ホド、ネツァク、マルクトをつなぐパスのワークは必要だろう。本当はティファレトも必須だけど、極論をいうとまずはイエソドと徹底的に向き合えば、他のパスは勝手に精通されるかもしれない。

さいきん芸能人の裏話を暴露するYoutuberが話題らしい。個人的にはそういうことで視聴者を集めるのは好みではないが、そもそも暴露話の原因となる芸能人の行為というものは、「無自覚に食われている偏った月」が引き起こすのではないかと思う。

いままでの人生で、なにかしら傷なりトラウマがあった。それから自分を守るため、ある行動をとるようになり、それが習慣化されてしまった。古いシステムに残った自動制御プログラムで、もう機能しなくていいのに勝手に動いて自分の人生を狂わせてしまう。その自動制御プログラムの場所というのが「月」である。なので、月と向き合うということは、もう自分に不要なプログラムを削除して、新しいものを配置する・上書きする作業だ。これは心理療法だとNLPあたりが近いのかもしれない。ミルトン・エリクソンの本にはそういったことが書かれている。

役者にかぎったことではないが、「月」にはさまざまな要因が隠されている。そこを開発し、修正していくことで、存在感やオーラという「どう訓練すれば良いのか?」というものを開発できるし、他人に後ろ指をさされるようなリスクある行動を穏やかに修正することも可能だ。


誘惑

2022-03-13 13:53:01 | 引用など

引用:https://note.com/lockwood/n/n90f09565f6f2

『7つのコスモスとは、宇宙の原因的要素から、次々と創造行為が展開されて作り出された具体的な結果領域までのステップであるが、より原因的なところに近い部分の内容を書くためには、たとえば、過去の経典とか、資料とか、書物などをあまり頼りにしすぎてはいけない。というのも、これらの資料は、たとえそれがどんなに優れたものでも、すでに形になった、因果の果の側に収められているものであり、結果から原因を考えることは難しい。たいていどんな資料でも考え方が偏っているのは当たり前だが、それだけでなく、書かれた結果とは限定されたものであり、宇宙の原因領域とはまだ限定されていないものをさす。限られたものが、自分よりもはるかに広大で果てしないものを考えることは難しい。つまり、何か資料を参考にするのは、自分から足枷をつけたに等しい。
 以前から、何か説を唱えるときに、それはどこから引いてきたものですかということを問題にする人は多い。信憑性があるかないかをここで考えてしまうのだ。これは自分で考えるのが不安なので、何かに寄りかかりたいという心理を反映したものだが、このどこかのデータを参考にする姿勢は、7つのコスモスを考える時には、一番適していないのではないかと思う。エニアグラムについて考える時にも、どこかにエニアグラムについて詳しく書いてあるのはないかと探すことは、エニアグラムを考える時に、もっとも邪魔なもので、資料とは、道の途上であらわれる悪魔の誘惑とも言える。』

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ちょうどこういったことを考えていたときに、これ。

エビデンスを頼りにするということは、思考の純粋性を汚す行為でもあるよね。


蠍座と人を集める場の形成

2022-03-12 16:28:54 | 占星術・ホロスコープ

引用:http://201311km.blogspot.com/2015/09/20150910.html

『蠍座は生命感覚で、生命感覚を強めるには、一番早いやり方は、たくさんの人を集めて、その人垣の頂点に立つことです。すると、複数の人の生命力が圧縮集合して、頂点にはその力が集まり、これが人を、地に落ちた蠍から、鷲に戻すのです。そして鷲は、この第三等級宇宙の前の第二等級宇宙の力に接触させます。この集まった力は、もちろん参加者全員にも共有されます。ブルースモーエンは、集団探索を重視していますが、集団探索によって得られるパワーは、ひとりで頑張っても獲得することはできません。
蠍座は権力に関係しますが、権力は集団の人間の中で作られるもので、元素としては土・水が持つものです。風・火は、その場から拡散して逃れようとしますから、火・風の元素の人には、権力は得られません。』

『李白は、わたしと同じ年齢の62歳で病死したけど、伝説では、船の上で、水に映る月を捕まえようとして溺れて死んだということになっています。月はエーテル体。そこに手を伸ばして、結果的に、肉体を失った。肉体をまるごと失うくらい、そこに意志を向かわせたのです。つまり彼は、肉体を捨て、エーテル体を肉体とする、すなわちひとつ次元が上の存在状態にシフトした。それ以後は、人と接触するときには、応身で接触することになり、それは集団に働きかけるということです。李白はさまざまな伝説で語られ、小説ではたくさん脚色された。これこそ、肉体を台座にして存在したのではなく、応身を土台にして生きたという意味です。彼は生理学的奴隷でなく、生命だったのです。伝説ばかりあって、実際のところがまったくわからない、というのが人の正しい生き方です。つまり物質的に、ひとつの塊に拘束されていないということです。』

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自分はさそり座あるけど、天王星だしバーテックスだし6ハウスだしで、他人にやるのではなく自分自身にやっちゃうんだろうな。

で、もし他人にやるとしたら、自分を変えたいとちゃんと決意できる人だけ集めてやるし、そうなったらドS気味な感じでやりそう。人間的には普通だけど、非物質的ドS。天王星だからね。


ヘミシンクとガイドの見つけ方とその欲求

2022-03-12 15:39:15 | ヘミシンク

自分がスピリチュアルといわれる世界に足をつっこんで初期の方で求めたのは、目に見えない「ガイド」と言われる存在を知覚できるようになること。

ガイド、守護天使、守護霊、ハイアーセルフなどなど、言い方は色々ある。

自分のガイドを見つけたり知覚するには、ヘミシンクが一番楽なように思える。私の場合はゲートウェイシリーズではなく、内なるガイドに目覚めるや、情報にアクセスする、エネルギーにアクセスするなどの単発CDをぽつぽつ買い足して聞いていた。それも気が向いたときだけ。

ヘミシンクに入る前は、ワイス博士の前世療法の本やCDを使っていた。それで、半信半疑状態でいながら、自分の過去生情報をいくつか把握していたから、ヘミシンクもまあ「できれば良いな」みたいな軽い気持ちで足を踏み入れた。

なぜガイドを欲しかったのかというと、仲間が欲しいというか師になる存在が欲しかったから。ヨギの本(あるヨギの自叙伝とかヒマラヤ聖者の生活探求)を読むと「師」のことがかかれていて、師がいなければ向上しない、覚醒しないことがかかれている。

それはその通りで、確かに「師」がいないと人は上がれない。だが、「師」は別にヨギでなくてもいいし、他人でなくてもいい。今生きてなくてもいい。

だけど当時はそういうことがわからず、インドやヒマラヤの聖者が来日したとなれば行ってみたりもした。あちらにいくことも考えたが、色々現実的ではなく諦めた。

それで、スピリチュアル界隈やヘミシンクでは「ガイドが見える、龍が見える、守護天使が見える、神や神の使いが見える」という言説であふれていたので、自分もそういう存在を認識できて、いろいろ導いたりしてくれると良いなと思ってやりはじめた。

他人の経験談を読んでいると、ガイドはお説教をしたり厳しめだったりするけど、私の前にでてくるガイドは押し並べて私に親切で優しかった。だからずっと警戒していた。優しさで惑わせる悪魔か何かかもしれないと。でもそれは杞憂だったけど。

今は、ガイドとかサポーターとか言われる存在が色々いる。かなり濃厚な気配をもった元人間の応身的な存在から、恒星探索で見つけたというか取り戻した存在まで。地上から低い、高い、いろいろ。そしてこの2月に、彼らのことをもっと信じるようになった。というか、もう流石に信じることを押し切られたというか。蛹の中身がドロドロになって再編成するように、再構築されたというかさせられたというか。こういう存在のことを、何の疑いもなく1ミリの壁すらなく受け入れるということは、地上の生活においてはひどく馬鹿げて狂っているように見えるし、恐怖だ。自分が今までもっていた常識や信念を上書きされる、塗り替えられる恐怖。生物的な根源的な恐怖。自分が消える、死と同じような恐怖。

 

自分はなんなのか?狂っている?狂っているの?

でも、もう知ってしまっている。

自問自答するふりをして、もう本当は「こっちが私の軸足だ」ということを。

 

この選択を迫られるということは、ちゃんと「人間」と「こっち」との二足の草鞋をはけるようになったからというのも知っている。

 

おかげでだいぶ寂しくなくなった。

 

 


良い演技とは何か? (2):スターであるということ、そのなり方

2022-03-11 15:06:37 | 占星術・ホロスコープ

ホロスコープの4つのサインである火・土・風・水から、役者の能力向上をはかるということは、肉体、感情、思考の三つ組すべてに関わってくる。なお、肉体というのは、物質や五感、感覚も含む。

この三つ組のレベルをあげるということは、肉体のパフォーマンスはもちろん、感情の統制や思考やインスピレーション、アイデアなどの能力開発に関わってくる。

では具体的にどうするのか。大まかな方向性として、松村潔によるグルジェフの水素論から大雑把に説明すると、自分の平均知性をあげることが重要だ。

 

理想的な人間の構成は、H6・H24・H96であるとされている。高位自我としての知性はH6で、これは恒星だ。

恒星というのは<スター>だ。自分が光を生み出し発散させる。太陽は惑星があるので厳密にいうとH6ではないのだが、少なくとも太陽以上の存在がH6であると簡単に考えてもいいのでは。

役者で<スター>といえば、伝説とかレジェンドとか永遠の…と冠がつくような存在をさす。プライベートなどはともかく、彼らは銀幕上では光を放つ存在だ。で、光を放つということは、自分の意図や意識をなんのためらいもなく放射するということ。そこに至るまでの覚悟や決意をおこない、その境地に至ったものを指す。

H6というのは、自分自身が「神」なのだということを知っている。自分が神であるというのは、高慢や自慢の材料に使うものではない。そもそも、自分は神であるということを自慢するものは知性が低い。自分について知らず、思考停止しているから他人に媚びて「自慢」することで短い心の平和を得ているだけだ。

神、という言葉を、東洋思想でいう天とか道と置き換えたほうがよりわかりやすいかもしれない。個人人格をもった神ではなく、漠然として茫洋とした存在。人間の知性や認識、二元論を超えたもの。全性、実相、原理、太一などなど。人間はマトリョーシカのように「宇宙」という存在を小さくし、肉体の器におさまった存在で、思い出せばその気になれば、再び「神」と共振し、神を取り戻せる。

で、これは役者に限らないが、自分が「神、スター」であることをとりもどせば、人気なり需要なりはでてくるはず。自分のなかの神性、スターというものは、人に永遠性を感じさせる。永遠性というものは人に感動を生み出す。

ただ、どういう方向性のどういう役者になりたいのかは自分が決めることだけど。

 


スピリチュアル沼

2022-03-09 16:55:05 | 占星術・ホロスコープ

自分のホロスコープのMCについて考えていたら、もう少しスピリチュアルな世界に足を踏み込んでほしい、みたいなことを言われる。イメージとして、右足を沼に5ミリから1センチくらい沈み込ませるかんじ。自分としては、あまりスピリチュアルなこと言いたくないという意識がまだ根強いんだけど。というか、そういう意識をもっておかないと人間としてバランスとれない。でもこれを機に、もうすこし怪しいというかオカルトというか、多少誤解をされてでもそっちに踏み込むことも重要らしい。怪しい護符でも売るか。

私のMCはうお座9度なので、まあそうだよな、となる。

 


良い演技とは何か? (1):演技と役者の能力向上と、占星術ホロスコープ

2022-03-09 14:52:20 | 占星術・ホロスコープ

Netfrixの「浅草キッド」を観てから、良い役者とか演技とはなんだろうと考えることが多くなった。

そもそも演技の良さ、というのはなんだろう。これは私にとってはよくわからない。私の場合、役者や演技の「うまさ」とは、米飯のうまさと一緒で、良いとか普通がわからない。ただ、「まずい」ものを食べたりみたときだけわかる。そんなかんじのもの。

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そもそも、世の中の役者とか演技を十把一絡げに論ずるのも難しい話だ。

まず、テレビなどのドラマや映画と、演劇舞台で行われるものとは役者に必要な能力が違ってくる。

舞台というのは、たとえば宝塚や劇団四季などのように劇場で行われるものだ。劇団の演劇もこちらに入るだろう。これらには専門的な身体操作が求められる。歌、ダンスや踊り、発声方法、身振り手振りなど。日常生活そのままの発声や動作ではだめだろう。なので演劇や舞台向けの役者になるのであれば、必要な肉体操作方法を学ばないとやっていけない。

それとは代わって、ネットやテレビや映画などのドラマなどでは、舞台演劇よりは特殊な肉体操作が少なかったりする。アクション俳優や格闘をメインにしたものは別かもしれないが、それも役者の代役がかわりにやってくれることもあるので、メインではないことも多い。

こういう特殊な身体操作が比較的少ないものに出演する場合、役者に求められる要素の多くは「肉体的魅力」である。特に主役や、そこに準ずる役を得るのであれば、肉体操作法の上手下手よりも、顔の良さ、身長の高さなど、その肉体「世間に受け入れられた美」かどうかは大きな指標だろう。いわゆるイケメンとか美女とかそういう括りだ。

で、肉体美や肉体的な魅力というのは、努力や工夫でどうにかなる部分もあるが、どうにもならない部分も多い。それは身長であったり、顔のパーツの配置や大小であったり。整形をするという手もあるが、それはそれで課題もある。

そもそも肉体美というのは、あくまで「いまの世間で言われているもの」である。あくまで相対的なものだ。そういう意味では、相対であるから「自分は美しい」という意図で生きれば世間の常識すら塗りつぶし上書きし、世間を振り向かせることも可能ではある。が、それは生まれついて「美しい」とされる人よりはハードルが高い行為ではある。なぜかというと精神的な修養などが必要になるから。

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色々書いてくるととっちらかってくるが、まず役者に必要な能力というのは案外多方面で、自分が行きたい方向性の技術を身につける必要がある。

で、肉体的な美しさに恵まれていないものは、各種の身体操作法を極めるというのもあるが、それもなかなか難しい部分も多い。

では、どうやって役者として能力向上させるのか?と考えた時に、占星術はその参考になる可能性が高い。

簡単にいうと、サインを使う。火、風、水、土。それぞれの惑星がもつサインを読み取り、自分の適性を知り、そこからとっかかりを作る。

たとえば水のサインが豊富であれば、技術云々ではなく「人の感情を惹きつける」特性がある。演技力とかそういうのを無視した魅力なので、技術的には大根であってもファンや世間の支持が得られる。そのため、テレビや映画などでは有利かもしれない。

逆に火のサインであれば、舞台のほうが向いているかもしれない。その精神性を受肉させる器として、少なくともテレビドラマは心もとない。映画通の人間が賞賛するような映画や、舞台演劇のほうがその特性が活かされるだろう。

土や風のサインは、水と火それぞれを補佐するサインと見ることもできるだろう。土は堅実な努力や枠組み、風はコミュニケーションや知識。その人がまだ役者として安定していない場合、どうやって土台となる生活を安定させるのかにも気を配らないといけない。土と風は、その足がかりの一助となる。

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結局、ホロスコープは人によって指紋のように違うので、ここで「誰にも共通」ということは書けない。書くとそれに囚われるし。ただ、才能や能力に一見恵まれた「子役」が、そのまま大成しない事例が多いように、若いうちに一見恵まれた能力をホロスコープ上もっていたとしても、それを有効に使っていかないと、結局は生き残れない。

逆に、人生の後半以降で役者として名をあげることも可能だ。ただし、本人がその決意を持たなければ別だが。

ホロスコープは全て持っている。占星術家は星があるところばかりを見がちだが、星が何もないところも人は全てを持っている。星がないから諦めるのか、星がなくてもそこを工夫して探索し、自分がその能力を引き出すのかはその人次第。

 


7つ

2022-03-09 14:22:23 | 占星術・ホロスコープ

松村潔のコラムで、7つの恒星があげられている。

https://starpeople.jp/seijingoroku/matsumurakiyoshi/20220228/21165/

自分はどの7つがいいかな?と思ったら、以前探索した冬のダイヤモンドにかかわる星座や星を使うといいらしい。

カペラ
アルデバラン
ベテルギウス
プロキオン
ポルックス
デネブ
ウェズン

最後の一つがおおいぬ座なのだが、それがシリウスだとしっくりこない。今だとウェズンというかんじ。これはもしかしたら時期によって切り替わるのかも?シリウスだと、ちょっと押しが強すぎるので、バランスが保てなさそう。ウェズンくらいが今はちょうどいい感じ。ウェズンは、ひっそりと社会から一歩引いて暗い寺院のなかから外を見ている感じ。外は光が眩しすぎて酩酊しそう。暗い屋内からのほうが、よく見えるよ。


意識の方向性 in 日々の生活

2022-03-09 13:50:48 | 非物質的な知覚

意識を思考+感情としたとき、

意識の質もそうだが方向にも気をつけていかないといけない。

不要な感情、思考パターンを捨て、思考や感情の質を高めても

日々の生活のなかで、その振り向け方、振り先を間違えると結局不幸だ。

で、意識の振り先というのも、結局それ自体がパターンだったりクセだったりする。

身近な家族、人間関係、よく接している情報などが、「今」の自分にとってどういう態度で接していこうか?という検討は常に行わないといけないのかもしれない。

で、不要な情報には触れない。見ざる言わざる聞かざる。特に「言う」は注意が必要で、物事を確定させがちだからだ。自分で囚われを作る。せっかく囚われを一つ捨てたのに。

私たちは日々の生活に「in」している。聖別されていない、特別でもない、雑多で煩雑な世界に。そのなかに没入していながら、常にその自分を自覚しているというのは至難だが、そういう意識や客観性をもてばもつほど既存の常識やルールから自由になれる。