マダム・クニコの映画解体新書

コピーライターが、現代思想とフェミニズムの視点で分析する、ひと味違う映画評。ネタバレ注意!

はじまりのみち/非戦メッセージ

2013-06-24 | 映画分析
2013年 日本 原恵一監督
 伝記映画を一代記としてではなく、ある期間に集約して表現するという本作の手法は、スピルバーグ監督の近作『リンカーン』を想起させる。戦時中、失意のうちに帰郷した木下恵介監督の数日間のエピソードを丹念に描くことで、その人柄や思想、家庭、時代背景などを浮き彫りにする仕掛けである。

 しかし、シンプルさゆえに端正すぎる仕上がりとなり、物足りなさが残る。上映時間の2割以上を木下監督作品の引用が占めているのも、その一因である。

 木下監督は戦時中の自作『陸軍』のラストシークエンスで、「息子を喜んで戦地に送る母親などいない」という思いから、出征する息子を追いかける母親(田中絹代)の姿を延々と撮った。そこから伝わって来るのは母親の切々たる愛情である。
 これが当局から睨まれるとろとなり、次回作は中止となる。
憤懣やるかたない木下監督(加瀬亮)が、松竹に辞表を出し、故郷へ戻るところからドラマが始まる。

 戦況の悪化が進み、脳溢血で寝たきりの母たま(田中裕子)を50㎞以上離れた疎開先へ運ぶことになった。「バスよりもリヤカーの方が体への負担が少ない。1人でもやってみせる」と主張する恵介。それでは大変だろうと、兄と便利屋の3人で山道を歩むことにした。
 彼の母への愛情の強さを表現するシーンであるが、他の人を巻き添えにする危険性を孕む無謀な冒険である。手放しで称えることはできない。

 いくらバスよりも振動が少ないとはいえ、山道のことだ。病人にとってかなりきつい状況であることが想像できる。
 しかし、6月の日差しの強さや蒸し暑さ、急勾配の峠道などは、それほど苛酷に描かれてはいない。母は我慢強いのだろう、声一つ挙げず、一行は淡々と山中を歩んでいく。

圧巻は突然の大雨だ。便利屋はゴム合羽で完全武装しているのに、母子はその用意もない。母は兼用日傘をしっかりと握っているので、上半身は何とかしのげるが、布団はござを掛けただけなのでずぶ濡れである。
 山道は天気が変わりやすいので、雨具は必須のはずだ。

 17時間後、ようやく宿に着いた。長旅の振動と冷え、不自由な姿勢などにより、母はかなり弱っているのでは?と心配したが、その必要はなかった。木下監督は、泥で汚れた母の顔を丁寧に拭き取り、そのまま母を背負って2階の客室へ入っていく。
濡れた衣服も、長道中の間に乾いてしまったのだろうか?乱れた様子もない。延々と道中のシーンを撮った割には、疲労困憊した様子が感じられず、拍子抜けしてしまった。

 3日後、疎開先で母は突然起き上がり、不自由な手で「あなたの映画をまた観たい」と映画界に戻ることを勧める手紙を書く。さらに、声を振り絞って思いを伝える。
 そのことが監督業を続ける決め手の一つとなるのだが、それを強調するあまり、それまでの彼女とは全く異なるアクションを起し、饒舌になるのは不自然である。

 また、狂言回し役の便利屋を、『陸軍』の母親に感動したことを告げるために登場させるのはいいが、そこにたどり着くまでの台詞や行動が、いかにも笑いをとることを狙っているようで臭い。もっと自然体のほうがリアリティがあるのでは?

 『陸軍』の母とリヤカーの母を対比させ、延々と母と息子の愛情物語シーンを観せる。双方ともに別れがある。死を賭す戦場へ息子を送り出す母と、映画という暗闇の世界へ息子を送り出す母。
 トロッコが一行を疎開先へ運んでくれたトンネルに向かって、木下監督は1人で歩いて行くが、「トンネル」は、先が見えない映画界の現状&映画館のメタファーである。

 ラスト、トンネルを脱出した木下監督の戦後の作品群のラッシュが、音楽に載せて10分ほど繰り広げられる。いずれも本作と関連がある作品なので、映画通には堪らないと思うが、回顧上映会の感がある。

 彼があまりにもあっさりと業界に戻ってしまうので違和感があるうえに、ここまで省略&PRされると、不満が倍増する。
 とにかく綺麗すぎるのだ。まるで絵空事のようで、木下監督の努力や苦悩がなかなか伝わってこない。
 彼の作品のベースには、もっと多くの体験があるはずだ。監督復帰の「はじまりのみち」はあの山道だったとしても、 戦後どうだったのか、を多少とも入れて欲しかった。

 作品集の最後に出てくる「新・喜びも悲しみも幾年月」のラストだけ、実物のサウンドトラックを用いている。海上保安庁の船に乗った息子に手を振る母(大原麗子)が言う。「よかった、戦争に行くのじゃなくて・・・」。これが本作のメッセージだろう。
 このラッシュが観られたのは、数少ない収穫の1つである。
★★★(★5つで満点) 

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