歌舞伎というアートは、世界に誇る日本文化の一つ。
しかし、オペラは観に行くが、歌舞伎はどうも、という人が多いようだ。
それではバランスが悪い。
で、年に数回は、歌舞伎を観るようにしていた。
だが、ここ2年ほど、切符が手に入りにくいことが多く、ご無沙汰気味だった。
昨今、次々と公開されている「シネマ歌舞伎」なら、気軽に観賞できるのでは、と早速劇場へ出向いてみた。
「シネマ歌舞 . . . 本文を読む
あいち国際女性映画祭
作品紹介
①「三池終わらない炭鉱の物語」」★★★★(★5つで満点)
女性たちの働く姿、団結の様子をもっと観たかった。
「向坂塾」に行かなければ良かった、と、団結が崩されていく惨めさを、学習のせいにする女性がいたが、その一方で、事故後の女性たちによる家族会の結成に支えられた、とする発言があった。
この2つの要素は、根底で結びついているはずだ。
塾で団 . . . 本文を読む
今年4月に亡くなった黒木和雄監督の戦争レクイエム4作目。多くの人に観ていただきたいすばらしい作品である
紙屋悦子の青春
家族や友人の多くが戦争で死んでいったなか、生き残った者たちの痛恨の思いを綴った秀作。
最近、これほど笑って泣いた作品はない。
現代に生きる老夫婦の回想による、戦時下の恋物語。
特攻隊を志願した少尉が、好きだった女性を親友に託す。
老夫婦は、その女性と親友 . . . 本文を読む
アイルランド出身、ニール・ジョーダン監督の最新作。
プルートとは冥王星のことで、最近、太陽系から外された小さなナゾの星。
手の届かない幻想的な理想郷のメタファーである。
プルートで朝食を
「ダブリン上等」「マイケル・コリンズ」といったアイルランドを舞台にした作品で知られるニール・ジョーダン。
今回も1960年代にアイルランドからロンドンへ、自分を捨てた「女優ミッツイ・ゲイナーに似ている幻 . . . 本文を読む
夫と姑と娘の4人暮らしの紅光は、食肉工場の検査員として働いているが、娘はそんな母親の仕事を嫌っている。
一方、夫は会社を解雇されてしまうが、それをなかなか家族に言い出せない。紅光の作った弁当を持って、当てもなく自転車で街へ出かける。
紅光は夫の様子を疑い、娘とも溝ができてしまう。そんな中、娘と姑に恋人ができて…。
冒頭、余りにも残酷な豚の殺戮のシーンがこれでもかという程続くが、その後の . . . 本文を読む
ボスニアとセルビアの紛争というよりは、国連防備軍の不甲斐なさを告発した作品、という印象を受けた。
“公に認められた殺人”という戦争の本質を、室内劇のような作風で丁寧に描いていて秀逸。「ブラックホークダウン」のような派手さはなくとも、十分に戦争の非情さ、虚しさが伝わってくる。
地雷が仕掛けられているので身動きが出来ない状況は、ある意味でユーモラスな設定だが、だからこそ、ことの重大さを我が身に . . . 本文を読む
信者と彼らの追放を願う市民との人情あふれるふれあいが面白い。彼らには行き場所がないから、オウム真理教の中だけでしか暮らしていけないし、尊師は今も大きな存在なのだ。
「宗教だから、修行ということなら信ずるままに何でもやる」と言い切る彼ら。
そうした妄信はオウムに限らず多くの宗教にみられるが、恐ろしいことだ。
オウムのような殺人ではなくても、さまざまな方面に進出して社会悪を噴出させたりして・ . . . 本文を読む
テーマは”言葉”であるが、作品が訴えているのは、人間にとって重要なのは”言葉ではなく、心で感じとること”。
初めの方のシーンで、コミュニストであるチリの世界的な詩人パブロ・ネルーダが、主人公の郵便配達夫マリオに「詩を説明するのは馬鹿げている」と言う。言葉を限界まで省略した詩は、それを読む時、”行間にあふれている詩人の思いをどのように感じとるか”ということが大切だ、と言っているのだ。
マリ . . . 本文を読む
これは、壮大な「自分探し」の物語である。
人間は生来、さまざまな段階を踏まないと独り立ちできない宿命を背負っている。即ち、乳幼時期には「母」を鏡(モデル)として自己像を形成し、思春期には「母」との闘争~乗り超えを経て「自我」を確立するのだ。
主人公の双子の姉妹は、生後間もなく母に去られ、8才の時に、育ての親である祖母を亡くして施設へ送られる。2人はお互いを母親代わりにしながら成長せざるを得 . . . 本文を読む
夫婦とは、家族とは・・・といった、現代人が抱えている問題を提起し、シリアスでかつおかしくて、ユニークな内容。
しかし、ブラックコメデイとはいえ 、主人公の大塚寧々以外の女性たちのオーバーな演技が鼻につく。妊娠を人間関係や金銭問題の武器にしているのも許せない。
同じ日に、〔イタリア映画を観る会〕で、ロッセリーニの「ストロンボリ」を観たが、前作の「アモーレ」と同様、“妊娠は(大いなる存在=神 . . . 本文を読む
圧倒的なロックのボリュームと監督でもある主人公の存在感に魅了された。
男~女(両性具有)~男へと、幻想である愛の片割れを求めてさすらう悲しい人生。
だが、絶望の果てに自らが神となって人を許し、救済されることで、観客自身も救われる。
ありのままの自分をさらけ出すラストの明るさ。
ここでは、境界は二つのものを非並行的進化に巻き込み、どちらが相手を追っているのか、そして、どのような言葉が待っ . . . 本文を読む
不自然な不在を抱えた二つの家族の再生へのプロセスを、省略の効いた幻想的な影像と驚愕のラスト・シーンで丁寧に描いている。
長い不在を、陰の中に埋没してひっそりと息を潜めながら生きている彼ら。それぞれに思う人の絵を描いたり、野菜作りに子育てを重ねたり、新しい祭りを企画したり、身代わり猿を作ったり、形見の下駄を履いたりして寂しさに耐えている。
ある日、一方の家族は不在が確定し、もう一方は不在 . . . 本文を読む
北京の交差点。我がもの顔に猛スピードで走る自動車の洪水の中を、命がけで横断する人々・・・。本作は、タクシー運転手の若者の生き方を通して、“自動車の目線”から現代中国の問題点を鋭く追究している。
“豊かになりたいから人類は進化する”と、皮肉に満ちたテロップが流れる。豊かさの象徴・自動車のキーワードはスピード・密室・消費・拝金・外国etc.。中国の社会の急激な変貌そのものだ。
恋愛や結婚、家 . . . 本文を読む
幼い娘の写真とオルゴールを前にした老人。「人生の最も不幸なことは離婚である」とのメッセージ・・・。脚本を書いたベルイマンとウルマン監督の私的な体験が想起される
。
娘は若き日の老人の不倫相手の子供だが、不幸な運命を背負わされ、性格まで歪められてしまった犠牲者だ。彼は親友一家を、とりわけその娘を、不幸のどん底に落とした罪に苛まれている。恋人の贈り物のオルゴールとその娘の写真に、“喜びと悲しみ”と . . . 本文を読む
夫であるイランの巨匠モフセン・マフマルバフ監督譲りの、社会への痛烈な問題提起と詩情あふれる映像美を彷彿させる秀作。
導入部と最後のシーンに見られる、スカーフを用いた手づくりの帆船は、世代の異なる3人のイラン女性の“時間はかかるが、自分の力で大海に漕ぎ出し、目的地をめざしたい”という強い意思を暗示している。
第一話 9歳にして男女差別の世界へ投げ込まれる少女。子供としての最後の抵抗を、限られ . . . 本文を読む