ぼくは行かない どこへも
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気仙沼在住の千田基嗣の詩とエッセイ、読書の記録を随時掲載します。

ポエトリー・カフェみやぎ  宮城の現代詩2022を読む気ままな哲学カフェ風に 2月18日(土)実施!

2023-02-20 23:54:01 | 気ままな哲学カフェ
 2月18日(土)、宮城県詩人会主催事業「ポエトリー・カフェみやぎ」を、コロナ禍以降、初めて開催しました。3年ぶり、でしょうか?
 今回のテーマは、「宮城の現代詩2022を読む気ままな哲学カフェ風に」ということで、私が進行役を務めました。
 参加者は22人。会員が11人、非会員も11人参加いただきました。

【哲学カフェ】
 気ままな哲学カフェというのは、日本では鷲田清一氏らが提唱する哲学カフェの方法にのっとりながら、私が気ままに進める、参加者にも気ままに場を楽しんでもらうという意味合いで名づけたものです。初回は、2016年に、当時館長だった本吉図書館の行事として、また、ほぼ同時期に個人的に市内会場で開催したのがはじめでした。
 哲学カフェは、難しい哲学の術語を使って議論するというのではなく、他の人の意見をよく聴くこと(つまり、傾聴)と、そして他の人の発言を否定しないこと、このふたつを心がけて対話する試みです。このふたつを守っていれば、その場に不思議な安心感が生まれてきます。無理に発言する必要はなく、黙って聞いているだけでも良いのですが、その場にいて、他の人の発言に耳を傾けている内に、大方の人は、何らかの言葉が胸の内に湧き上がってきます。
 今回は、詩を読む、それについて語り合うということですが、「合評会」ではなく、「批評」をする必要はありません。けなすことはなし、そして、何か気の利いたセリフを吐く必要もない。心の内に湧き上がった言葉を語って、ただ、詩の一編ごとに、きらりと光る言葉をひとつ、見つけましょうと、これも決まり事として。

【詩の朗読と、きらりと光る言葉】
 さて、会員による掲載詩の朗読は、ファシリテーターの私の左側に着席した石川かおりさんから順に、時計回りに進め、朗読のあとそれぞれについて自由に語り合い、ひとつづつきらりと光る言葉を選びました。石川さんの「絵の向こう側」では《一本の線》、汐海治美さんの「胸」には《おっぱい》、中嶋眞佐子さん「アイエ・ノイエふたたび」では、《アイエ・ノイエ》(これは、造語とのこと)、及川良子さん「願い」は、《なくなればいい》、小野寺正典さん「孤独を旅し続ける」には、《でもだから何なのだ》、原田勇男さん「一輪の草花をつまんで」は《セビリアンブルー》。
 それぞれの語り合いの中身は、再現できませんが、いかがでしょう?それぞれの選ばれた言葉を読むと、なにかしら心のうちに湧き上がってくるものはないでしょうか。
 残念ながら、ここで予定の時間となり、色川幸子さん、渡辺仁子さん、田宮ケンジロウさん、会長の佐々木洋一さん、それから私千田基嗣の詩は、積み残しとなってしまいました。これは、また、何回か後のポエトリー・カフェの際に続きを行ないたいところです。

【参加の皆さんのひと言】
 最後に、発言のなかった方、発言された方も含め、全員にひとことずつ発言いただきました。「詩を読めると思っていなかったが、こうして語り合うことによって読めたような気がする。このアンソロジーの詩をすべて読んでみたくなった」とか、「書かれた言葉の意味が深く分かったような気がする」とか、「詩を書いた人それぞれの思いが見えてきた」とか、「安心して詩を楽しむことができた」とか、なにかしら充実した時を過ごしていただいたようです。
会員以外の、アンソロジーをお持ちでない方には、その場の資料用にお貸ししたところ、終了時には皆さんに買っていただいたとのことでした。有り難いことです。
 田宮ケンジロウさんからは、私たち、朗読ユニット千田基嗣+千田真紀の朗読、数年前、仙台文学館でのイベントの際に聞いており、今回、久しぶりに聴けると楽しみにしていた、などと言っていただいています。ぜひ、近いうちに、仙台でも朗読の機会を持ちたいものです。ポエトリー・カフェの際はもちろんですが。
 ポエトリー・カフェは、それぞれの企画で、来月以降も続けて開催し、色川さんと渡辺さんの担当の会も、4月、5月頃に予定されています。お楽しみに!




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