福井良之助- 孔版画の世界

2011-12-25 13:17:51 | Weblog

順に、
『横顔』1962年
『荷車』1955~65年頃
『海』 制作年不詳

携帯カメラで図録を撮影した為、作品の色合いや質感を著しく損ねています<(_ _)>

福井良之助(1923~1986)。東京の生まれです。
疎開先の一関市で教員をしていた頃に、謄写版(当時の教師の必要スキル)に出会ったようです。
退職後上京、謄写版印刷業を営んでいた義兄の導きもあり、生計のために謄写版印刷業を営む傍ら、オリジナルの作品を制作。
芸大時代の同級生が経営する画廊での版画展がきっかけとなり、孔版画の作品は海外にも知られるようになります。
ただ、1965年を境に孔版画の制作はほとんど行わず、油彩画にのみ取り組んでいたとのこと。

今回は孔版画のみの展示ですし、福井良之助の名も初めて知ったため、版画と油彩画の関係や岩手の自然風土の影響、油彩画での傾向などについては全くわかりません。

謄写版…いわゆるガリ版は、昭和50年代迄に学校生活を送った者には近しい存在ではないかと思います。
それを、どこをどうすれば版画になるのか…理屈ではわからなくはありませんが、目の前にある作品と謄写版とがまるで結び付きませんでした。
謄写版という響きの懐かしさとこれでかくも多様で繊細な表現ができる不思議さ、作品そのものが纏う空気などの諸々が、観るものを別の空間へ誘うような気がします。
決して派手でも饒舌でもありませんが、いつまでも対話を続けたくなるような作品ばかりでした。


以下は、1964年に美術出版社より刊行された『版画の技法』からの抜粋だそうです。

作家による技法解説
■謄写版(mimeograph:ミメオグラフ)
孔版のなかでは、もっとも道具のいる版種であるが、それだけにさまざまな効果のだせる版種でもある。謄写版は、われわれ日本人の生活にはなじみの深いもので、学校生活で、社会生活で、今もさかんに使われている、それである。学校の先生が原紙に書いてある字あるいは図は、穴である。一つ一つの小さな穴のかたまりが線をかたちづくっているのであって、その穴を通してインクを摺り込むというのが謄写版の版式である。
謄写版はアメリカの発明王エジソンの考えだした原理であるといわれるが、現在ではほとんど日本の独占のような存在になっている。それは材料として使用する原紙、他の紙類など、和紙がもっとも適していること、また家内工業的な操作が日本という国の社会的な実情に適していることなどであると思われる。
謄写版は、合羽やシルクよりも立体感といった感じが容易にだせるということ。細いエッチングの線とはまた別な感じの線がだせるということ、さらに複雑な調子がだせるなど、さまざまな利点があるが、それだけにぶっきらぼうな強さに欠けるとか、仕上がりが平版で薄手であるなど欠点もある。しかし研究によってはいろいろな可能性をもっており、興味のある版種である。
なんとかうまく生かして、格調の高い強い画面をつくるよう工夫したいものである。
※補記:合羽(版)、シルク(スクリーン)は謄写版同様、版に空いた「孔」にインクを透過させ、下の紙に印刷する版画方法(=孔版画)に属するものである。

■孔版のための材料・用具
原紙ー合羽の場合の型紙の役目をする紙で、雁皮紙にパラフィンを加工したもので、無地を使う
典具帳紙(てぐちょうし)ー原紙をやすり製版でなく、刀で合羽のように切って穴をあけたとき、原紙と張り合わせて繊維孔とするごくうすい丈夫な和紙が、この外やすり製版した原紙に張り合わせて印刷すると輪郭の柔らかい、むらむらした感じを出すことができる あるいは修整液を使ってさまざまの面白い効果を出すなど原紙とともに大切な紙である ※補記:典具帳紙は、正確には典具帖紙(てんぐちょうし)。
毛筆原紙ー典具帳紙にゼラチン性のものを塗った紙で、これに希塩酸液を筆につけて描くと、その部分だけ腐蝕して繊維孔があく 一筆描きのさらっとした感じを出すには便利
やすりー原紙製版に使う 面積のある部分を製版するときは絵画やすり(A、B版)、細い線、点など製版するときは斜面(C版)を使う
鉄筆ー原紙製版に使う 面積のある部分をつぶすときは、つぶし用鉄筆という幾分へら状になったものを使う 線描きには先のとがった鉄筆を使う
印刷台ー製版された原紙を印刷するとき使用する 大、中、小とあるができれば大きい方が便利 買うときは、複式といって買わないと字だけの印刷台とまちがえるから注意する また、スクリーンの張ってある上ぶたと、下の台とをとめている金具がしっかりしているものを選ぶこと
ルーラーー絵具を刷り込むときに使用する 合羽の筆の、あるいはへらの役目をするものでゴム性、使い終わったら石油でよく洗う ※補記:ルーラーは現在のローラーの事である
へらー絵具をインク台に取るときに使うパレットナイフ様のものと、絵具をこねあわせる幅のひろいへらと二本ぐらい
電気ごてー原紙を製作するときとか、製版された原紙をスクリーンに貼るとか、位置合わせをするとか、謄写版には絶対必要なもので、謄写材料店にある
修整液ー失敗した原紙を修整、あるいは還元製版といって一度平らにつぶした原紙の上とか典具帳紙の上に筆で描くと、その部分だけ白抜きになる速乾ニスである
定規ー線を引くとき、位置合わせのときなど使用が多いので製図用の幅のひろいものがよい、細いものだと原紙に線を引くとき動く
ワイヤーブラシー製版したときの蝋のためにやすりの目がつぶれるので、常にこのブラシできれいにする
オイル・ストーンー鉄筆の先を使いよいように調整する石
インクー平版用の上質を使う
油絵具ー単独で使用したり、インクにあわせたり、ビクトリヤにあわせたりしてインクでは得られない色の補強に使う
ビクトリヤー透明なあめ状油脂性のもので、インク、油絵具などを少しまぜると透明な色ができる 黒い線を先に印刷して後からこのビクトリヤに少し色をまぜたものを印刷しても、先の黒はそのまま生かされ全体は透明だが、使いすぎると、ぎらぎら光る
テレビン、リンシードー共に絵具を適当にうすめるために使う
石油ー色をちがえる度にスクリーンを洗ったり、インク台、へら、ルーラーなどの部品を洗うためにたえず必要である
古新聞ースクリーンを洗うときスクリーンの下にしいたり、材料洗いに石油とともに必ず必要である

■版をつくる
1.つぶし製版(合羽の場合型紙を小刀で切る操作が、ここではやすりを用いて鉄筆で原紙の蝋をはがして繊維孔をつくる操作となる。)
画用紙に描いた原画に原紙をあて、穴をつくる部分の輪郭を太めの鉄筆でかるくなすると、原紙に白い筋ができる。それを絵画やすり、B(やや目が細かい)かA(目が荒い)の上に電気ごてで四方を軽くぴんととめ、つぶし用の鉄筆の腹を平らにあてながら、最初は静かに穴の部分を全面に白くし、次にだんだん強く速く動かしながら、表面が下のやすりにくい込んで一様にてらてらと光るまでつぶす。
2.線描製版(とくに細かい仕事をするための)
つぶし製版と同じ操作で斜面のやすりの上に原紙を張り、線描用の先のとがった鉄筆でしっかりと描く。あまり力が弱いと切れてない場合が多い。鉄筆を速く使いすぎると原紙を破くおそれがあるから注意する。
横線、縦線の場合はらくに引けるが、曲線とか円になるとカーブするときに鉄筆がやすりの斜線にはいり込んでうまい線が引けない箇所があるから、そのときは無理をしないで、原紙を一度動かして、その箇所が横線、縦線を引くときお同じ状態の場所にもってきて引く。なれると細いするどい線もらくに引けるようになる。
3.立体製版(一つの版で濃く出る所とうすく出る所をつくる)
つぶしの方法で、一応きれいに穴をつぶしたら、やすりからはがさずすぐその上に新しい原紙をのせて、穴のなかでもっとも濃く出したい部分を鉄筆でまた擦る。中途半ぱなつぶし方ではききめがないから下の原紙にぴたっとくいついて光るまでつぶす。するとその場所だけほかよりも一段トーンが暗くなり、立体感や画面のトーン変化が一枚の版でできる。
原紙をやすりからはざすときはとくに注意しないと、二重につぶした箇所がすぐ破ける。
4.典具帳製版(原紙を合羽のように小刀で切り、その上に典具帳紙という紙をあてて版としたもの)
原紙に下絵をうつし取ったら合羽のときと同じ要領で小刀で原紙を切る(電気ごてで張るのであるが、同じ箇所を二回以上かけるとはがれる)
典具帳+原紙が一つの版となる形式で、穴のあいた所にはもちろん典具帳がかかっているわけであるが、これが繊維孔の役目をもち、インクが典具帳を通して下の紙に刷りだされる(ひろい場面をべたりと刷るときなどはつぶしより操作がずっと簡単で、時間もかからない)
※補記:典具帳製版は、正確には典具帖製版(てんぐちょうせいはん)
5.還元製版
一度やすりでつぶした原紙をセルロイドかガラスの下じきにのせて、静かに鉄筆で擦るか、または修整液で書くとその部分だけ細孔をふさいで絵具を通さなくなる。
一つの画面の中に白いかたまりとか、白い線など出したいとき、いちいち白くのこしていては時間ももかかるし、ほかの部分がきれいにつぶされにくいので一応全部つぶしてから、先程の操作をするわけである。これを応用して、つぶした原紙をざらざらのボール紙のようなものにのせ、クレヨンでつぶした上からなするとザラッとしたマチエールが生まれたり、あるいは先程の典具帳製版にこの修整液をふりかけたり、流したり、描いたりして何回も印刷すると、むらむらした複雑なトーンを生むことができる。
その他毛筆原紙を使って、希塩酸を筆につけて描いて繊維孔をつくる製版、ピンホール製版といって針の先でたんねんにつついてゆく方法などがある。

■刷る
複式印刷台の上ぶたについている絹わくをはずすと、うす茶色の紙が張ってある外わくがある。このうす茶の紙に原紙(版)を張るわけであるが、その前に印刷台の上に原画を置いて位置を正確にきめる。そしてセルロイドか厚目の紙を使って右側の下の角とやや上の方に厚紙を使って電気ごてでとめる。画用紙をこれに合わせて差し込むと、たえず安定した位置が得られる。原画の位置がきまったら上ぶたをおろし、原紙を原画と合わせながら正確にピンと張る。そのときはもちろん電気ごてを使う(ただし線描版の場合は上と下だけ張って、横は張らない)。それができたら絹わくを版の上にぱちんとおさめる。これで完全に印刷される状態になったわけである。
次にインク台で溶いた絵具をルーラーにつけ、絹の上から何回かルーラーを廻しながら全面に絵具をなじませ、五、六回試し刷りをして、よいとなったら本番にうつるわけである。ルーラーは親指を柄の上にのせて、あとは自然とにぎった感じにもち、版に対してなるべく直角に廻してゆくようにし、最後まで力の平均を保つ。インクはどちらかというと硬めにといて使った方が仕上がりがきれいである。
二色以上の印刷の場合は、最初、下絵を原紙にうつすときに、五枚なり六枚なり色数だけ原紙を重ねて下絵をうつし、絵の外の余白となる部分の上下の角に小さく刷り位置を合わせるための十字型の合印(トンボ)をうっておき、それも原紙にうつし取ると、何回刷ってもそのトンボに原紙を合わせれば正確な位置がきめられる。
以上がだいたいの製版印刷の要領である。

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7 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
わお (大納言)
2011-12-25 13:42:48
こりゃ難しい。写真でもないとなかなかのみ込めませんね。子どものころ謄写版が欲しくてたまらなかったんですが、あとで自分で買ったB4用ははずれでした。ガタがあって文字が二重になるんです。これでB5をダルマ刷りするには問題なかったんですがね。あくまで文字を刷る話で。
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ガリ版が絵画になるとは (メタボの白クマ)
2011-12-25 18:33:50
下手な字でしたが、ガリ切と印刷(スッティング・スットと言ってましたが)は嫌になるほどしました。自分の字が本当に嫌になりました。いくらやってもうまくならないんです。
これを絵画にしてしまうなんてすごいですね。多色刷りなぞ思いもよりませんでした。
詳しい報告ありがとうございます。
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私も… (大納言様)
2011-12-25 18:53:23
書き写していて「???…」でした(苦笑)。
図録には写真付き工程解説もありますし、6年前の展覧会ではワークショップもあったようです。
作業を目の当たりにして、初めて納得できるかもしれません。
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白クマ様 (管理人)
2011-12-25 18:55:31
おそらく、白クマ様のお気に召すと思います。
都内の画廊で企画があれば、嬉しいですね。
機会がありましたら、是非に御覧ください。
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to メタボの白クマ様 (大納言)
2011-12-25 20:42:34
自分で言うのもなんですが、私はガリ切りの字は上手い方でしたね。ペンで書くと下手なんですが……ます目があるからかな? 最近また謄写版が見直されているようです。ワープロでは出せない温かい文字が再評価されているのかも。もう文書作りには使われないでしょうけれど。豆本などにどうかな。
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いちいち (大納言)
2011-12-25 20:44:16
図録の文章を打ち直したんですか?
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酔狂と申しますか(苦笑) (管理人)
2011-12-25 23:17:55
アナクロかつアナログな人間ですので…。
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