日刊イオ

月刊イオがおくる日刊編集後記

4年ぶりに訪れたウトロ地区

2016-07-29 10:00:00 | (相)のブログ


 京都府宇治市伊勢田町51番地。ウトロと呼ばれる在日朝鮮人集住地域は自衛隊の大久保駐屯地に隣接して展開している。
 太平洋戦争中、京都飛行場建設に動員された朝鮮人労働者らが敷地の一角で生活してからウトロの歴史は始まった。もとの地名は「宇土口」(うとぐち)だったが、地域の人々が呼んだという「ウトロ」が次第に定着していった。今も地区内には130人ほどが暮らす。



 長い間の懸案だった土地問題が決着し、宇治市、京都府、国がここに公的住宅2棟を建てることが決まり、地区の一部で先月下旬から建物の取り壊し工事が始まっている。2020年度までに市営住宅2棟61戸を完成させて住民が移り住む。年内に1棟目の住宅建設着手を目指すという。

 先日、取材のため4年ぶりにウトロを訪れた。







 夕暮れ時、工事現場でショベルカーがうなりをあげる。やがて夜の帳が下り、辺り一帯は漆黒の闇に包まれた。
 労働者たちの集団宿舎として1980年代まで使われていた「飯場」、誰も住まなくなり朽ち果てた住宅。新たな町づくりにともなって、紆余曲折を経た住民たちの暮らしの痕跡が歴史の中に消えようとしている。(相)


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リオ五輪

2016-07-28 10:00:00 | (K)のブログ
 リオ五輪が8月5日に開幕する。
 朝鮮民主主義人民共和国も参加し、いつものように朝鮮新報でもピョンヤンを出発する選手団の様子が報道されている。http://chosonsinbo.com/2016/07/kcna_160726/
 朝鮮の選手たちには頑張ってもらいたい。しかし、個人的にリオ五輪について、まったく興味がない。オリンピックは大会を重ねるごとに興味が失われていく。年をとっているせいだろうか?
 今回のリオ五輪、競技のことよりも、治安の問題や選手村の不備、伝染病の危険、ロシアのドーピング問題などがマスコミでは話題となっていると感じる。
 東京五輪の様々なトラブルをみてもそうだが、国威発揚に利用されているだけで、わざわざオリンピックなんかやらなくてもよいと思ってしまう。
 東京五輪が近づくにつれ、日本がどのように右に向かっていくのか、非常に怖さを感じている。

 今回はオリンピックのことを書いたけれど、2日前に相模原市で起こった殺傷事件のことが、ずっと心の中で重たく固まっている。19人もの人たちが死亡し26人が重軽傷を負ったという。犠牲者の数も驚きだが、犠牲になったのが障害をもった人たちだったということがより心を重くする。
 人を殺すという行為にいたる、その一線を簡単に越えてしまっていることに、驚きと恐ろしさを感じる。(k)
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話題のポケモンGO

2016-07-27 10:00:00 | (麗)のブログ
巷ではスマホゲーム「ポケモンGO」が大ブームとなっている。
街を歩くと、ポケモンをゲットするために同じ場所をウロウロしたり、立ち止まってスマホ画面を眺めている人が何人もいる。

そんな私も、いわば「ポケモン世代」なので、リリース直後にダウンロードしてみた。
その日は、同年代の社員たちとお昼に食事に行ったのだが、やはりその話題で持ちきりに。
さすが世代…、自分も含めみんなのテンションがすごい事になっている。

アニメで見ていたモンスターたちがスマホ越しではあるが、自分の目の前に現れる。
これはみんなテンションが上がるわけだ~と、モンスターボールを投げてみると全くと言っていいほど当たらない。
あー、やっぱりゲーム向いてないわ…とこの瞬間にもうやる気がなくなりそうになったが、何とか後輩の手助けでゲットすることが出来た。


アニメ「ポケットモンスター」が放送された1997年―、当時私は10歳。
ランドセルを背負っていた小学生の子どもたちは心をがっちりとつかんだ。
特に、ポケモンのキャラクターが歌詞に登場する「ポケモン言えるのかな?」は、みんな一所懸命覚えていたなーとぼんやり考えていた。
必死に覚えた結果、今でもある程度は空で歌えるほど。

ゲームの方はさっぱりで、アニメの知識(しかも初期)しかない上、ストーリーもそこまで詳しく覚えていないが、
当時、強烈に残っているのが、「ポケモンショック(ポリゴンショック、ポケモンパニックとも呼ばれている)」。
コンピュータの世界を表現するため、ワクチンソフトによる攻撃シーン、破損したデータを修復したシーンに、ストロボやフラッシングなどの激しい点滅が多用され、視聴者の一部が体調不良を訴え入院するという事件。
当時のメディアもこの事件を大々的に扱った。

当時、事件のことが書かれた新聞の1面をクラスメイトが学校に持ってきて、みんなで囲んで一緒に読んだ記憶がある。
あの事件からアニメが始める前には「テレビを見る時は部屋を明るくして離れてみてね」というテロップが出たんだっけ…とこれまたぼんやりと考えていた。

このブームはいつまで続くのか…。実は早くも飽き始めている自分がいる。(麗)
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ウリクルが浮かぶ空間

2016-07-26 10:00:00 | (理)のブログ


 「ハングル書芸作品展」に初めて足を運んだ。これまで行ってみたいと思いつつも、時間が合わなかったり気がついたら終わっていたり…。後日、朝鮮新報で紹介されているのを見て惜しい思いをしていた。先週の土曜日にタイミングが合い、ようやく行くことができた。

 今年20周年を迎えた同作品展の主催は、「在日本朝鮮文学芸術家同盟(文芸同)」東京の書芸部。ウリマル・ウリクルで書芸をするという原点に立ち返り、今年の作品展タイトルは「정음 正音」(朝鮮の世宗王によって制定された訓民正音から)にしたという。

 

 会場に入ると、さっそく目を引く作品がずらり! さまざまな書体や表現方法があり、独創性にあふれた素敵なものばかりだ。

 

 出展者の年齢層は20代から60代以上と幅広い。正統派な作品のほか、斬新なアイデアで書を楽しむ作品も。作品群を見ながら、「ハングル書芸」というコンテンツに大きな魅力と可能性を感じた。

 作品展では毎年テーマを決めて、出展者たちによる合作も発表している。今年は「民族教育」をテーマに作品づくりに取り組んだそう。関東にある朝鮮学校の校歌から校名が入った一節を引用し、一人ひとり書にしたためた。

 

 この日、在廊されていた康貞奈さんに色々とお話を伺ったのも楽しかった。康さんは作品展が始まった当初から出展を続けている。
 「母国語があるというのは、祖国があるというのと同じこと。ウリマルだからこそ伝わる感情や情緒があるので、そういうものをここでふんだんに出せたらいいなと思っています」という言葉が印象的だった。

 

 広大だったり、おごそかだったり、上品だったり、伸びやかだったり、可愛らしかったり。作品ごとに形を変えたウリクルたちからは、確かに特別な情緒というか空気感が伝わってきた。たくさんのウリクルが浮かぶ空間を大切に作り続けてきた、出展者たちの静かな情熱も感じ取れた。(理)
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映像制作を通して

2016-07-25 09:00:00 | (愛)のブログ
先日、イオのブログでもお伝えしたとおり、7月15日にイオ20周年記念パーテイーが行われました。
今回、パーティーをするにあたって、イオ編集部員と、朝鮮新報の記者2人とチームを組み、1本の映像を制作しました。
イオがどういった経緯でできたのか、イオを読者に届ける方たちがどんな風に感じているのか、読者の生の声など、
インタビューを中心にしたものです。

映像のコンセプトからイオ編集部員全体で何度か協議し、記者たちが実際に取材に赴きました。
私は映像の責任者を任されましたが、実際にはプロデューサー的な役割をしながら、一部の取材にも同行することができました。
以前ブログでお伝えした、創刊号の頃の話しを聞くことができたというのも、映像制作の一環でです。

実際に生の声を聞くのはとても新鮮で、今後のビジョンを描くにあたって糧となるものばかりでした。
イオという雑誌は本当に様々な人の協力で成り立っているのだと実感することができました。

映像を作り始めた頃は、果たして無事作り終えられるのかと心配でしたが、
最終的な編集は朝鮮新報社の若手のカメラマン記者が卓越したセンスでまとめてくれたこともあり、
無事完成してお披露目することができました。
映像自体は8分程と短いものになりましたが、カットせざるを得なかったいい話も山ほどありました。

残念ながら、映像作品はこちらでお見せすることはできません。
ただ、イオとしては初挑戦だった映像制作を通して、様々な事を学べました。
歳を取ると自分の行動も手が届く範囲しかできなくなりますが、何事もトライすることはとても貴重な経験になると思いました。(愛)

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広島無償化裁判第12回口頭弁論/結審の日程が先送りに

2016-07-22 10:00:00 | (S)のブログ

 広島無償化裁判の第12回口頭弁論が7月13日、広島地裁で行われた。

 広島では前回の第11回口頭弁論で、9月14日に結審を行うことが決められた。しかし同じ法廷で、当事者である原告の証人尋問がすべて却下されたことから、裁判官の結審に対する懸念の声が上がっていた。
 今回の法廷に先立ち、原告(朝鮮学園)側の弁護士は裁判官に面談を申し入れ、▼法律研究者による意見書2つの提出と、▼新たな原告の証人尋問を申請していた。裁判当日は、これらに対する裁判所側の対応が注目された。そのため会場にはいつも以上に多くの傍聴者が集まった。

 裁判所はこの日、原告側が準備している研究者の意見書を10月末までに提出することを認めた。結果、9月14日には口頭弁論は行われるものの、予定していた結審は先送りとなった。
 また法廷では、広島朝鮮初中高級学校を紹介するDVDが上映された。前回の口頭弁論で、学校を直接訪れ事実を確認してほしいとの検証を裁判官に申請していたが却下されたため、代わりに提出されたものだ。DVDでは学校設立当時の歴史、現在の授業のようすと教科書の紹介、児童・生徒たちのさまざまな日常が映し出され、同校が高等学校の類する課程であることを示すものとなった。
 しかし一方で、原告の証人尋問は前回と同じように却下された。

 今回、原告から第12準備書面、被告(国)からは第9準備書面が提出された。
 原告は準備書面で、▼文部科学大臣が行った朝鮮学校に対する不指定処分が、審査会の最終意見を踏まえることなく独自で行われたものであり、手続き上違法であること、▼今年3月29日に文部科学大臣が地方自治体に出した、朝鮮学校への補助金見直しに関する通知が、高校無償化制度からの除外と同様、政治的目的で行われた不当な行為であることを主張した。
 被告の準備書面では、▼文科大臣の朝鮮学校に対する不指定処分が正しかった、▼学校の適正な運営を原告側が立証しなくてはいけないなど、これまでの主張が繰り返された。

 裁判では、同校オモニ会が中心となり集められた陳述書134件も提出された。当事者一人ひとりが自身の言葉で心境を綴ったものだ。




 裁判終了後の報告会で、弁護団が裁判に対する現時点での見解や今後の予定について報告した。原告が準備している意見書を裁判所が受け入れたこと、法廷でDVDを上映できたことに一定の評価をした一方で、原告の証人尋問が再び却下されたことに対する懸念を示した。
 裁判官の対応を巡って、引き続き懸念が広がっていることに対して足立修一弁護団長は、弁護団で今後の対応を検討したいとした上で、「どの裁判官でも原告を勝たせるしかないと判断するような立証を積み重ねていくこと」が重要だとのべた。
 
 この日、2010年の徳島県教組在特会襲撃事件の被害に合い、今年4月に裁判で全面勝訴を勝ち取った原告の女性が、裁判を傍聴しに徳島県から訪れた。報告会では、6年間に及ぶ裁判の紆余曲折の日々を語り、「裁判で闘い続けることはとても苦しいが、声を挙げ続けない限り道は開かれないと思う。今後も共に勇気を出して頑張りましょう」と集まった人々を鼓舞した。会場から大きな拍手が送られた。

 また、報告会のはじめには広島初中高の生徒たちが合唱を披露し開場を勇気付けた。

 次回の第13回口頭弁論は9月14日(13:30~)、第14回口頭弁論は11月16日(10:00~)に広島地裁で開かれる。
 第14回口頭弁論で原告は法律専門の研究者による意見書を提出する予定。結審はその後行われるが、日程はまだ決まっていない。(S)


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求む! 同窓会情報!

2016-07-21 09:00:00 | (瑛)のブログ


同窓会と言えば、高校を卒業して20年経った年に行われた同窓会を思い出します。

当時、高校の同級生は400人。半数弱が集まりました。

結婚して遠方に行った同級生たちと久しぶりに会うと、心は高校生、もう理屈抜きに楽しかったです。そこから数ヵ月は部活の同窓会やクラスごとの同窓会と続いていきました…。

今年は、70周年を迎える朝鮮学校が日本各地で20数校もある節目の年。朝鮮大学校も創立60周年の年です。

各学校では、記念行事が続々と行われていますが、卒業生たちにもたくさん来てもらおうと、連合同窓会が結成されたり、期ごとの同窓会が企画されている学校もあるようで、盛り上がっています。

そこで、9月号のイオの特集は、「同窓会で会いましょう」

同胞たちのつながりを保つため、大きな役割を果たしている「同窓会」。

9月号には、朝鮮初中・高級学校や学生会、朝鮮大学校など、来年春まで予定されている同窓会情報も一気に掲載し、同窓会の成功にイオ編集部も一役買いたいと思っています。

同窓会情報の送り先は、io@io-web.netまで、件名に「同窓会情報」とお書きください。(瑛)
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ふるさとへの思い

2016-07-20 10:00:00 | (相)のブログ
 

 イオ8月号が先日、刷り上った。数日前のエントリにもあったが、今月号の特集は「もうひとつの私のふるさと」だ。
 在日1世の場合、고향(コヒャン、ふるさと)とは生まれ育った朝鮮半島の郷里を指す。2世以降の人々も、一般的には自分のルーツがある土地(1世の祖父母たちが生まれ育った場所)のことを故郷と呼ぶ。ただ、さまざまな理由によって、本来の意味での「ふるさと」に加えてまた別の場所を「ふるさと」と思う人々も多い。自分の故郷について考えることは自分自身のアイデンティティについて思索を深めることにつながる。さまざまな人々に「心のふるさと」「もう一つのふるさと」について語ってもらおう、という趣旨から企画した特集だった。
 本特集では、2013年と14年の2回、「北朝鮮地域に残された日本人遺骨の収容と墓参を求める遺族の連絡会」(北遺族連絡会)による墓参訪朝に参加した熊本県在住の男性にも、生まれ故郷・朝鮮の思い出について寄稿してもらった。日本の植民地支配下にあった朝鮮半島の北半部で暮らし、第2次世界大戦での敗戦を前後した時期に亡くなった日本人は約3万3000人にのぼる。現在も2万柱を超える遺骨が現地に眠っているが、朝・日間に国交がないため遺骨収集は進んでいない。
 当該ページの編集は私が担当した。80を過ぎた高齢の筆者から郵便で送られてきた手書きの原稿は、所定の文字数の3倍ちかくあった。筆者のさまざまな思いが込められた文章を、当人とやり取りしながら数日間かけて削って、短くして、まとめた。
 完成した掲載誌を送ると、大変喜んでくれた。筆者のあふれるふるさとへの思いを少しでもくみとってあげられたのなら編集者として望外の喜びだ。(相)
 
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月刊イオ創刊20周年パーティー

2016-07-19 10:00:00 | (K)のブログ
 先週の15日の金曜日。日暮里で月刊イオ創刊20周年を祝賀するパーティーが開かれました。イオができてもう20年。感慨深いものがあります。
 イオは月刊誌ですが、この20年、1度も休むことなく発行してきました。発行し続けてこられたのは、原稿を執筆していただいた方々、レイアウトや写真、イラストなど様々な部分で協力していただいた方々、誌面に登場していただいた方々、イオを普及していただいている方々など、日本全国の同胞や日本の方々のおかげです。パーティーには関東一円を中心に、イオのために尽力してこられた皆さんに参加していただきました。20年間の間に、イオで編集に携わった人たちにも多く集まってもらい、楽しいひと時を過ごすことができました。

 前にも書きましたが、月刊イオが発行されてからの20年は、在日朝鮮人にとっては、非常に厳しい歳月だったと言えます。日本政府による在日朝鮮人に対する不当な強制捜査や、高校無償化からの朝鮮学校排除などなど、弾圧がますます露骨になっていく期間でした。このような状況はまだ続くでしょう。そのような中で、月刊イオがどのように、より存在意義を発揮するのか。大きな課題だと思っています。
 「イオ」という言葉には、「継承する」という意味と「つなげる」という意味があります。創刊から20年。在日同胞社会の代はさらに交代し、3世が中心となって様々な課題を継承しています。今後は、より広範な同胞たち同士をつなげる、同胞と祖国をつなげる、同胞と日本人をつなげる、「つなげる」という役割をさらに担っていかなければいけないと考えています。

 ほんのちょっと前に、創刊10周年のパーティーをやったと思ったのに、あっという間に10年が経ちました。10年後、創刊30周年の時、同胞社会や日本社会はどのようになっているのでしょうか? 朝鮮半島情勢は? 私自身、どのように創刊30周年を迎えるのでしょうか? 楽しみにしたいと思っています。(k)
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イオ8月号完成!

2016-07-15 10:00:00 | (麗)のブログ
本日、月刊イオ8月号が完成しました!

8月号の表紙は、雰囲気もガラッと違い、華やかでとても可愛らしい仕上がりになりました!
表紙に登場してくれた、パティシエの金美暎さんも誌面で紹介されています。

今月の特集は「もうひとつの私のふるさと」。
在日朝鮮人同士が初めて会うと、「고향은 어데요?(故郷はどこだ?)」という会話がよく交わされます。
慶尚道や済州島など、特に1世の場合、生まれ育った朝鮮のコヒャン(故郷)への思いは強い。
しかし、様々な理由により、生まれ育った場所や生活の過程で、本来のコヒャンとはまた別の場所を「コヒャン」と思う人たちも多い。
「自分のコヒャン」はどこなのか? 様々な人々に「心のコヒャン」「もう一つのコヒャン」を語ってもらい、自分自身のアイデンティティを探ってもらいました。

そして、今月の表紙にもなっている特別企画「煌めくスイーツ! 同胞パティシエ」。
子どもの「なりたい職業」で上位に入るほど人気が高いパティシエ。
一見、華やかな洋菓子業界で働く同胞パティシエたちを取材して、仕事について聞いてみました。
また、自宅で簡単に作れるスイーツレシピも紹介します。
同胞パティシエが手掛けた、華やかで煌めくスイーツたちが誌面を豪華に飾ります!
思わず、お財布片手にケーキ屋さんに駆け込みたくなる…かも知れません…!!

ほか単独記事は、7月1日に行われた「モンダンヨンピルコンサートin 茨城」、
「差別反対」訴え続けた4年間/200回目の「火曜日行動」、
第2回在日コリアン女性実態調査―生きにくさについてのアンケート、
韓国の絵本作家、クォン・ユンドクさん(55)の作品展とトークイベントなどをなど、
今月もたくさんの内容を掲載しております!

8月号も是非、ご愛読ください!(麗)
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いいことを聞いた

2016-07-14 10:00:00 | (理)のブログ
 以前、京都の美大で学ぶ同胞を取材した時に興味深い話を聞くことができた。かのじょはある授業で先生から、「君は何かに『出会う』力が少ない」と指摘されたという。
 「セレンディピティを鍛えなさい」と。

 「セレンディピティってなんですか?」という私の質問に、うーん…と言葉を探していたかのじょは、「なんか、偶然的に出会う幸運っていうことらしいです。本来の目的とは違うけど、面白いと思えるものに出会うこと」と教えてくれた。
 「っへー! 面白いね!!」と感心していたら、「それ、今のこれも、記者さんにとってのセレンディピティです」―とどめの一言をもらった。

 大学の先生がこのようなアドバイスをするのもすごいな、と思う。技術や作品への具体的な意見ではなく、一見すると抽象的に聞こえる。しかし、かのじょが表現の幅を広げるためにいま一番必要なことを教えたのだろう。かのじょはさっそく、半径5m以内で疑問に思うことを探したり、色々なものごとに関心を持つようにしたそうだ。

 最近、私が経験したセレンディピティって何かな?と少し考えてみた。
 そういえば、以前ブログで書いた似顔絵作家さんを知ったのもセレンディピティだ。たまたまなんとなく立ち寄った個展会場で、意図せずアボジへの素敵な贈り物が閃いたのだから。(http://blog.goo.ne.jp/gekkan-io/e/bc5bd5f2cafe8cc860bfd817e4a6c5ad

 試しにセレンディピティという言葉で検索してみると、それを起こりやすくするための方法などが結構出てくる。まとめると、「行動・気づき・受容」が大切とのこと。また、図書館や書店などはセレンディピティが生まれやすいスポットらしい。ふむ。週末はセレンディピティを見つける散歩に出かけてみよう。(理)
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姪っ子の絵を見ながら

2016-07-13 10:00:00 | (愛)のブログ
以前実家に帰った、とある日のこと。
実家で、朝大学生時代に買ったジブリ映画のアートブックを久しぶりに見つけた。
せっかくだからと思い、模写をしていると9歳になる姪っ子が近づいてきて、自分も描きたい!と言ってきた。

「いいよ~」と本を譲ると、自分が好きな頁を見つけて描きはじめた。
9歳になる姪っ子は幼い頃から気がつけば、紙と鉛筆を持って何かなくとも絵を描いている子。

絵を描くの好き?と聞くと、
「うん!想像力が広がるから好き!」と。

姪っ子の絵を描く姿を久しぶりに見たのだが、ものすごい集中力で絵を見比べながらほぼ一筆で、描いていた。
(千と千尋の神隠しのハクを描いた)
出来映えも本当に動いているよう。
ただ鉛筆で描くだけじゃなく、色鉛筆も探して持ってきて、色を重ねて自分の色を作っていた。

線をひく、ではなく、線を「描く」ということを、
姪っ子の絵を見ながら改めて実感した。
好きこそ物の上手なれ、と言うが「好き」というのは強いな、と純粋に絵を描くのを楽しんでいる姪っ子をみて思った。
かのじょの将来が楽しみとともに、私も楽しみながら絵を描いていきたいと思った。(愛)
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子どもの力はふしぎ

2016-07-12 10:00:00 | (S)のブログ
 私は、子どもと遊んだりすることにあまり慣れていない。親戚に幼い子はいても会う機会が少なかったからだろうか。なぜか、子どもに人見知りをしてしまう。
 しかし、見ているだけでも癒されてしまうのが子どもというもの。「どうしてこんなにかわいいんだろう」と思いつつ、ニコニコしながら眺めているしか出来ない自分がもどかしい…(笑)。

 取材先で子どもと対面することもあるが、その時は「人見知り」という概念を頭から消して、少しだけ声のトーンをあげて話しかける。もちろん子どもにも人見知りの子はいるし、そもそも誰か分からない人を警戒するのは当たり前。基本的に反応はいまいちだ。
 でも必ず子どもが喰い付いてくれるものがある。取材先で私が持っているカメラだ。特に初級部低学年くらいまでは、カメラを向けるととにかく嬉しそうにはしゃぎ出す。

 先週、金剛保険群馬支社を取材しに行った。メインとなる写真を、職員の方と群馬初中の子どもたちで撮ることになり急きょ学校へ。通りかかった児童に「みんなで写真撮るよ~!」というと、次から次へと子どもたちが駆けつけて、数分も経たないうちに10人以上の子どもたちが集結。
 子どもたちはかわいい、かつ本当に不思議だなと思う。これといって何も起こっていない状況で、最高の笑顔を作れるのだ。静止画なのに大声で笑いながら、何枚とってもひたすら笑い続けられるからすごい。写真に抵抗感がないのもそうだが、「面白い」という感情を全身で表せる力があるのだろう。おかげで撮影は無事終了。私の心もほんのり温まった。

 子どもたちにとって何ともないことが、大きな力を発揮する。ニコニコ眺めているだけでも元気をもらえるのだから。自分も含め、この世のすべての人がそんな子どもだったというのも、考えると不思議だ。
 「かわいい」の一言で表現しがちだが、子どもながらに悩んだりぶち当たったりもするのだろう。それでもやはり、大人が持ちえない不思議な力にはいつも驚かされる。(S)
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参議院選挙が終わって

2016-07-11 10:00:00 | (瑛)のブログ
…与党を大勝させたのは、危機意識を持たず繁栄が続いていくと妄想できる他地域の人々だ。だとすれば、いずれ岩手、宮城、福島、沖縄以外の地域でも、これまでの経済成長願望路線では持たないような貧困、人口減などの状況が生まれてくるわけで、そのときには現与党のような政治ではいけないと覚醒してくれるはずだ。

 夜明けの前が一番暗い。もうすぐ、岩手、宮城、福島、沖縄だけでなく日本全体の意識が変化してくるに違いない。その日を待って、社会を変えることを諦めずにいよう。

 新しい夜明けは近い…。

 上記のコメントは、外国人学校の受験資格問題が国会で議論された2003年、尽力してくれたある日本人のコメント。心から同感する。大学受験資格を外国人学校にも付与するとしながら、アジア系だけを排除しようという動きがあった時のことだ。

 この問題は、朝鮮高校だけが大学側の個別判断にゆだねられるという「決着」を見たが、これは現在の無償化差別に連なる。ただ、2003年の大学受験資格問題は、日本の世論に外国人学校の存在を知らしめ、どうにかその教育を保障せねばという問いを投げかけた。国会でも、外国人学校が置かれた窮状に心を痛めた議員たちが議員連盟を発足させるという、今までにない動きが出てきたことが思い出される。しかし、中心的な役割を果たした議員は引退。議連は宙に浮いたままだ。

 国会で、無償化差別などマイノリティの教育への差別が「人権問題」として議論にならない原因は、故・清水澄子参議院議員のように、問題解決のために必死に奔走する人が少ないことが一因だと感じている。だからといって落胆はしていられないわけで、ヘイトスピーチ規制に尽力したM党の議員が苦戦の末、当選したニュースは嬉しかった。

 参議院選挙の結果は、今朝判明。改憲勢力は3分の2を超えた(毎日新聞)。

 選挙前日の9日は、神奈川県では「3分の2の意味を知らない」と答えた市民が7割との報道。

 昨日のテレビ報道では、「投票したい人がいないから投票に行かない」と話す子連れの主婦。

 権利を行使しなければ、権力側に使われるだけだろう。安倍首相は参議院選挙の勝利を受け、嬉々として改憲を口にしている。(瑛)
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本家本元の味

2016-07-08 10:00:00 | (相)のブログ
 
 写真のケーキの名前を知っているだろうか。
 そう、ザッハトルテ。
 スイーツ大好きな人間はもちろん、ある程度食べたことがある人はたぶん知っているだろう。まったく興味のない人は知らないかもしれないが。
 1832年にオーストリアの首都ウィーンの菓子職人フランツ・ザッハーが考案した、世界で最も有名なチョコレートケーキ(と言われている)。フランツの次男がホテル・ザッハーを開業すると、ザッハトルテはそこのレストランとカフェで提供され、広く知られるようになった。
 チョコレート味のスポンジケーキにアプリコットのジャムを塗って、全体をチョコレートでコーティングした、これみよがしに甘そうで重厚なたたずまい。砂糖を入れずに泡立てた生クリームを添えて食べるのがウィーン風らしい。

 
 ホテル・ザッハーはウィーン国立歌劇場の隣にある5つ星ホテル。今ではこのホテル自体が一つの観光地と化している。ザッハトルテとメランジェ(ウィーンの典型的なミルク入りコーヒー)で12ユーロほど。普通のカフェより少々高めだが、ザッハーのような歴史のある高級店でもこの程度の値段で食べることができるので、安心ではある。
 これまで日本で何度か食べたことはあるが、春にウィーンを訪れた際に本場のものを食べてみた。やはり違う。今では「チョコレートケーキの王様」と呼ばれ、世界中のさまざまなお店で提供されているが、オリジナルのザッハトルテはここのものだけ。要するに本家本元なのだ。
 このザッハーがウィーンの名門店デーメルと本家争いをしたというのは有名な話。「ザッハトルテ戦争」と呼ばれる事件のあらましを説明するとこうなる。
 1930年代、ホテル・ザッハーが経営難に陥った時、当時のオーナーであるエドワルド・ザッハーがオーストリア王室御用達の有名ケーキ店・デメルに助力を頼んだ。ザッハーはその援助の見返りとして、デメルでもザッハトルテを作って売ることを許可した。 しかしエドワルドの死後、ザッハー側からデメルを相手取って商標使用と販売の差し止めを求めて裁判が起こされた。7年におよぶ裁判の結果、「どちらもザッハトルテを生産販売をしてもいいが、オリジナルの標示は、どちらか一方だけにする」という判決が62年に出され、決着。 その結果、ホテル・ザッハーのものをオリジナルザッハトルテとして販売することになった。

 なぜ唐突にケーキの話題なのか―。本誌8月号で同胞パティシエを取り上げる企画を組んだので、その宣伝も兼ねて、私もケーキネタを投稿してみたというわけだ(私自身は今回の企画に直接携わってはいない)。パティシエ企画なので、当然、各パティシエさんたちが作った自慢のスイーツが誌面を飾っている。
 歴史が刻まれてこそ、「食」ははじめて文化になる。それが誕生する瞬間に立ち会うことは容易ではないが、そんな文化にもっと多く触れたい、そう願っている。(相)
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