日刊イオ

月刊イオがおくる日刊編集後記

久しぶりの出張

2016-09-30 10:00:00 | (瑛)のブログ


 久しぶりに東海地方に出張に出かけた。一件目の取材は、同胞介護の現場。イオの10月号で80、90代の一世同胞が一人暮らしをしながら介護サービスを受けている現状を取材したが、その続きになるものだ。

一言で同胞介護の現場の課題は山積していると感じた。まず、日本政府の年金差別により、無年金に置かれている人たちが年をさらに年を重ねている現実。介護保険料をどこから、どのようにねん出するかーまずそこから考えなくてはならない。さらに介護に費やされる国の財政がますます減っているという現実。それらを踏まえ、次号は介護する側からの視点で、よりよい介護のためには何が必要かを探る。

 50代からNPO「コリアンネットあいち」が運営する「いこいのマダン」でヘルパーを始め、今はケアマネージャーの仕事をしている60代女性に話を聞いた。いやはや、これからの若い人たちは、自分の生活を切り盛りするのも大変なのに、親の介護をみるのは本当に大変だとろうとの話だった。これからは認知症を患う人が増えるので、家族の変化に気づいたら、まずは、地域の包括支援センターに相談するように、と勧められた。
 
 午後は、特集の取材で、ユニークな子育て雑誌編集長に2時間ほど話を聞いた。

 40年間、小学校の教員をしながら、雑誌の編集長を務め、地元で子育て相談や講演、執筆活動と精力的に活動されている方だ。とにかく話がおもしろく、取材以外にも自身の子育て相談にも乗ってもらった。

 定年を迎えた今も午前中は授業を持ち、午後は地域でフリースクールの運営に携わっているという。

 最後は「読者へ会いに」の取材で春日井へ。春日井駅を過ぎると、車窓から9月25日に70周年行事を大盛況に終えた東春朝鮮初級学校が見え、思わず立ち上がってしまった。「学校に行きたかった」と思いながら隣駅の神領へ。いつも商工会からイオを届けてもらっているという61歳のCさんが素敵な喫茶店に連れていってくれ、イオについてざっくばらんに感想を聞かせてくれた。

 …金すんらさんのエッセイでは、本名について悩んだことが書かれていたね。今も朝鮮の名前で仕事を探すのは難しいし、今回、再就職先を探す時も、朝鮮学校の学歴は書かなかった、書けなかった…とCさんは話していた。

 結婚を機に東京から春日井に来て約40年。Cさんの話からは、地元の朝鮮学校に3人の子どもを通わせ、姑の介護と一生懸命に生きて来た年月が目に浮かぶようだった。

「イオには海外で頑張っている若い子たちがたくさん紹介されているね。私たちの時代は朝鮮大学校に進学するか、朝銀に就職するしか道がなかったけど、本当に選択肢が広がっていい時代になった」と話す。

 「読者へ会いに」の取材は、若い記者がおもに担当してきたが、これからも機を見て読者に会いにいきたいと思った。やっぱり読者と話すとトンポたちの暮らしが見えるし、今、どんなことに興味があるのかを、はっきりと刻むことができる。

 Cさんは老後が心配だと話していた。「これは思いもよらなかったことだけど、現実に直面してみて、働く場が限られること、いつまで健康でいられるかという不安が押しよせる」と…。子どもたちには迷惑をかけたくないという。

 話の流れのなかで、老後の生活を考えるうえで、3月号の年金の特別企画がためになったと話してくれた。

 「友だちにも、これ読んでみれば、と勧められるページがあればいいんだけど」。この一言も印象深かった。読者あってのイオ。一人ひとりの心にズンと来る企画を打ち出したいと思った。

 久々に緊張と興奮が入り混じった取材の時間だった。

 読者と現場を支える人たちに感謝。(瑛)
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母校の創立70周年イベント

2016-09-29 10:00:00 | (相)のブログ
 

 25日の日曜日、母校である千葉朝鮮初中級学校の創立70周年記念行事に足を運んだ。
 前日までの雨もやみ、この日は午前中から晴天。創立記念式典と「ナ・ノ・ハナフェスタ」と題されたイベントには全体で1300人が集まり、盛況を博した。
 この行事の名称にある「ナ・ノ・ハナ」とは、朝鮮語の「나, 너, 하나(「私、あなた、一つ」の意)」の音読表記であり、千葉県の県花である「菜の花(なのはな)」にかけているのだ。一連の事業は、学校創立70年記念事業準備委員会が昨年8月から準備を進め、今年1月には実行委員会が発足し、活動に拍車がかかった。
 この日、舞台上では在校生による歌や踊り、歴代の校長やオモニ(母親)会長ら功労者の紹介、抽選会、etc, 運動場には各種売店が設置されるなどおなじみのイベントの光景が広がっていた。
 創立70周年記念事業の一環として校舎の補修工事(外壁塗装、トイレ改修)が行われたこともあって、久々に訪れた母校は見違えるように雰囲気が明るくなっていた。同校卒業生を中心に地域の若い世代から学校に通学バスが寄贈された。
 創立70周年をきっかけに卒業生間のつながりを強めて、来年1月に連合同窓会を結成することも決まった。この日は各期卒業生の代表が舞台に上がり、学校のためにがんばっていこうという呼びかけがなされた。私も代表者の一人として舞台に上がった。
 私が通っていた1980年代半ばから90年代前半と比べて母校の児童・生徒数は5分の1程度にまで減っている。環境的な要因もあるが、80周年、90周年、100周年を迎えられるかどうかはひとえに私たち一人ひとりの努力にかかっているのだということをあらためて痛感した。(相)
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増え続ける「少女像」

2016-09-28 09:42:45 | (K)のブログ


 ソウルの日本大使館前にある「少女像」。正式名称を「平和の碑」という。
 2011年12月14日、日本軍「慰安婦」被害者たちの人権と名誉を回復するために行われているソウルの日本大使館前での水曜デモが1000回目を迎えたときに、それを記念して日本大使館前に建てられたものだ。作者は韓国の彫刻家、キム・ソギョンさんとキム・ウンソンさん夫妻。
 最近、この「少女像」に関する「〈平和の少女像〉はなぜ座り続けるのか」(世織書房、1000円+税)という本を読んだ(写真下)。読んでいて、自分が「少女像」について、非常に認識不足だったことに気づかされた。



 この「少女像」、現在、いくつ存在するか、ご存知だろうか?
 今年8月6日現在で、キムさん夫妻が作った「少女像」だけでも、韓国に29、アメリカに2、カナダに1、オーストラリアに1が存在する。形もいろんなものがある。
 昨年末の日本軍「慰安婦」に関する日韓合意の後、日本政府は「少女像」を撤去しようとやっきになっているが、韓国の大学生たちは、「少女像」を守るために、24時間体制で日本大使館前で座り込みをしている。韓国の女子高校生たちは、100の高校に「少女像」を建てるプロジェクトを進めている。個人が小さな「少女像」を所有するプロジェクトも進められている(私もぜひ購入したい)。

 「少女像」が増え続けるのは、「少女像」自体がもつ「力」によるところが大きい。日本の国家犯罪を告発し続ける。歴史を修正しようとする日本に国家犯罪に向き合うことを求め続ける。
 日本が「少女像」を撤去しようとすればするほど、「少女像」は増え続けていく。

 日本にも、どうにかして、「少女像」を建てられないものか、本を読んでそう思った(k)
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美容院と私

2016-09-27 10:00:00 | (麗)のブログ
このブログで何度か美容院に行くのがとても苦手だという記事を書いてきた。
しかし、そうは言っても髪は伸びるので、プロに切ってもらわなければボサボサになるし見栄えもよくない。

そこで先週、久しぶりに美容院へ行った。
いまは、前の記事で書いた美容院とは異なる所で(いまだに店を転々としている)髪を切ってもらっている。担当は女性美容師。

予約の電話1本でさえ何時間も躊躇ってしまうほど、美容院に行くのが億劫な性分。
最近は美容専門アプリでネット予約をすることを覚えた。
近場の美容院に絞り、いま通っている美容院に初めて来店したとき、あるアンケートを渡された。

内容は、「髪質」や「どこで当店を知ってか」、「美容師に求めるものは」などなど。
スラスラと答えていると、ある質問でペンが止まった。

『会話を楽しみたい』『なるべく話したくない』
「美容院での会話」に関する質問だった。

究極の二択。
どちらかというと美容院に行くこと自体が苦痛なので、もうこの時点ですでにアウトだったのだが、求められているからには応えないといけない。
軽く5分くらい悩んだ結果、「なるべく話したくない」を選択した。

担当美容師は、私のアンケートの回答通り、口にしたのは必要最低限の会話のみでいてくれた。
無言でせっせと私の髪を切る担当、隣で大盛りあがりする別の客と美容師。
なんだか悪いことをしてしまったな…とひとり勝手に居心地が悪くなってしまった。


現在も、この店で髪を切ってもらっているが、やはり必要最低限の会話を心掛けてくれている。

「あの…、もう回答通りにやってもらわなくてもいいです…」
無言が続く店内で、何回この言葉が脳裏をよぎったことか…。(麗)
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写真をじっと見つめると

2016-09-26 10:00:00 | (理)のブログ


 日本各地にある朝鮮学校の歴史を、当時を体験した同胞たちの証言や資料から掘り起こす連載「朝鮮学校百物語」。今年の8月号からは“中等教育のはじまり”をテーマに、東京、近畿、九州を取材してきた。11月号では、愛知でのはじまりを紹介する。

 今回は、愛知朝高の第1期、3期卒業生のインタビューとあわせて愛知中高創立60周年を記念して作られた冊子(写真上)をもとに記事を執筆する。書き始めるにあたって冊子の表紙をなんとはなしに眺めていると、不意に写っている人の姿がものすごくリアリティを持って伝わってきた。

 勝気な表情の子、伏し目がちの子、優しそうな子、利発そうな子、厳格そうな先生、豪快そうな先生…。実際に会ったことはないのに、どんな風に話して、どんな風に笑って、どういう学校生活を送ったのかが目の前に浮かんでくるような気がした。

 例えば前列左端の先生、この人はきっと理数系だろう。几帳面だけど照れ屋という感じがする。対して、前列の左から4番目の先生は文系っぽい。しかも、ある一人の作家に強く傾倒していそうな、そんな雰囲気も漂っている。あとこの時代にも、女子生徒が男子生徒に向かって「시끄럽다! 너 어지간히 하라!(うるさい! アンタいい加減にしなさいよ!)」と言うような場面があったかもしれない。

 しかし、冊子の左下には小さく“写真は第1回卒業生(1950年)”と書かれている。「学校閉鎖令」の翌年だ。証言によるとこの頃、教員や同胞たちが次々と逮捕されていく中、子どもたちも警察署や県庁に出向いて抗議をしたり、釈放を求めるビラ配りをしたという。写真に写る人たちも、ただ楽しいだけの毎日ではなかっただろう。気弱そうなこの子も、芯のありそうなこの子も、見つめると目を合わせてくる一人ひとりがどのように怒り、声を上げ、走っていったのかまで見えてきそうだった。

 このように表紙に大きく写真が使われて、一人ひとりの顔が鮮明に見えるからだろう。これまではこのような写真があっても単なる集合写真としてしか見ていなかったことに気づいた。歴史もそれと似ていて、長い時間が経つと単なる過去の出来事としてしか見えず、自分とは遠いことのように感じてしまうことがある。特に私は歴史に苦手意識があるのでなおさらだと思う。だがこの写真のように少しズームアップして眺めてみると、歴史は無数の人生の集合で成り立っている物語なのだとわかる。そう考えると途端に面白味が増してくる。

 誰の人生のどの部分を参照するかによっても、歴史の見方は少しずつ変わってくるのだろう。同じ時代の話を聞いても、その時に教員だった人と商工人だった人と女性と子どもとでは、語られることは大きく違ってくるはずだ。

 歴史に完成はない。ただただ奥が深い。できる限りたくさんの物語を集めることが、その歴史により多くの意義を与えられるのかな、という風にも感じた。(理)
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11月号の特集テーマは「子育て」

2016-09-23 10:00:00 | (愛)のブログ
秋風を感じるこの頃、イオ編集部は年間企画会議も始まり、11月号工程も同時に進めています。
11月号の特集は「子育てはアンテナ~人気子育て雑誌編集長に聞く(仮)」です。

久々の子育て特集です。
この特集の企画趣旨は 
「子育て受難の時代」と言われるが、アンテナを張って、仲間を作れば乗り切れる。子育てが「孤育て」と言われるのは、核家族化、世代交代の中で、地域のつながりが減っているからだろう。
そこで、その繋がりを生むためのユニークな雑誌作りや活動をしている人たちに、子育てを楽しく、賢く乗り切るための「ヒント」「知恵」「情報集め」について伝授してもらう。

というもの。

自分も子育て真っ最中ですが、本当にひとりの人間を育てるということは難しいな、と思います。
その歳ごとの悩みがあって、本当に悩みが尽きない。
それらを乗り切るためには、ひとりで悶々としては決して打破できないな、とも感じます。
沢山の人たちの話しを聞いて、話して、相談して、向き合って、道は開けるものなのだな、と思っています。

先日、某人気子育て雑誌の編集長へのインタビューに同行しました。
写真を撮りながらもしっかり聞いていると、目からうろこの話しばかり。
詳細は11月の特集のお楽しみとしますが、自身の子育てのどこが足りないか、にも気づくことができました。
ブログを読んでくださっている方に、今回教えてもらったことをひとつだけ紹介します。
それは、「時間にゆとりを持ち、待つ育児をする」こと。
次の朝、早速実践すると、いつもの修羅場のような朝のゴタゴタとは打って変わって、穏やかに登園、通勤できました!


きっと様々な子育てのヒントが詰まった特集になると思います!
11月号は10月18日発売予定です。(愛)






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広島無償化裁判第13回口頭弁論

2016-09-21 10:00:00 | (S)のブログ

 広島無償化裁判第13回口頭弁論が9月14日、広島地裁で行われた。
 
 広島では、11回、12回口頭弁論で証人尋問が却下されたことで、今後への不安が広がっていた。そんな中、原告(朝鮮学園)は、公正な判決を裁判官に求める内容のハガキを1000枚以上を集め、裁判提訴3周年となる8月1日に裁判所へ送り、今回の法廷に臨んだ。
 
 法廷では、広島朝鮮初中高級学校の卒業生の1人(現在大学生)が、証人尋問を却下し続ける裁判官に対し意見陳述を提起したが、裁判官はこれを認めなかった。傍聴席からは不満の声があがり、法廷は一時騒然とした。

 今回、被告(国)から第10準備書面が、原告から第13準備書面が提出された。

 原告が、ハ号の削除など、すべての議論の過程で作られた文書の提出を求めていたが、今回被告が提出した書面は、これまでのことを繰り返すだけの内容も分量も乏しいものだった。

 原告は準備書面で、2010年2月から始まった高校無償化法の制定課程の詳細を説明し、朝鮮高校が「高等学校の課程に類する課程を置く」といえるかどうかの判断基準において、財政面における学校運営の適正や、その確認体制の有無などは当初の段階で含まれていないことについて指摘した。そして、無償化判断材料が同じ国である被告の主張と真逆であることを明らかにした。
 
 法廷後の報告会では、今回意見陳述する予定だった原告の卒業生が思いを込めて陳述書を読み上げた。
 この日は、毎回口頭弁論を傍聴しているハルモニと、原告であり今年から母校である広島初中高で教鞭を取り始めた教師の2人が意見発表を行った。

 次回の第14回口頭弁論は11月16日(10:00~)、第15回口頭弁論は12月14日(16:00~)に広島地裁で開かれる。(S)
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東京オリンピックと外国人

2016-09-20 10:00:00 | (瑛)のブログ


 昨19日、ブラジルのリオデジャネイロでパラリンピック閉会式が行われ、2020年へのバトンが東京に渡された。旗を渡された小池百合子知事は、私が暮らす街の首長だけに、しっかりとその姿を見せてもらった。

 事故で足を失ったダンサーや、目が不自由な人たちが舞台でパフォーマンスを繰り広げ、クールトーキョーが演出される。それはそれで心動かされるものだった。どれどけの資金を費やしたのだろう…クールとはスタイリッシュ? 東京は好きな街だが、近年は外国人に冷たい都市としか思えない。4年後の開催を素直に喜べないまま、テレビのスイッチを切った。

 オリンピック憲章の定める権利および自由は、人種、肌の色、性別、性的志向、言語、宗教、政治的またはその他の意見、
 国あるいは社会のルーツ、財産、出自やその他の身分などの理由による、いかなる種類の差別も受けることなく、確実に享受されなければならない
(オリンピック憲章より)

 このオリンピック憲章の精神とはあまりにかけ離れた東京…。

 東京都は、石原知事(当時)時代の10年度から、都内10校の朝鮮学校への「私立外国人学校教育運営費補助金」を止めている。

 児童生徒一人あたり年額1万5000円が支給されるこの補助金制度は、1995年から設けられた。都内にある多くの外国人学校を支援するためのもので、日本籍者と同様、都民である外国人の教育を支援しようと続けられている。

 石原元知事は10年8月、都議会で予算承認されていた朝鮮学校への補助金を見直す意向を突如示し、その意向に沿う形で朝鮮学校だけをはずすよう要綱を改悪した。

 さらに猪瀬都知事時の13年11月には、「朝鮮学校調査報告書」なるものを作成、学校と民族団体との関係が問題があるかのように決めつけ、都のHPにアップした。「報告書」で指摘された財産の管理・運営面での課題について、学園側が改善策を講じた後も、その事実については触れないまま2年3ヵ月間、ネット上に古いままの内容を掲載し、朝鮮学校への偏見を煽り続けた。

 都が「ホームページをリニューアルするから」と「調査報告書」をHPから取り下げたのは今年2月。取り下げの理由も釈然としないが、9月2日にそれを再掲載した。

 なぜ?となるだろう。

 東京朝鮮学園の金順彦会長らは8日、「報告書」の取り下げと、不当に停止されている補助金の再交付を求める要請を行った。

 金理事長は、「都は、民族教育を行う朝鮮学校の自主性や建学の趣旨を理解し尊重すべきだ。各種学校独自の教育内容、ましてや民族団体との関係を理由に補助制度から除外しようとするのはおかしい。他の外国人学校と同様に扱わないのは差別ではないか」と述べた。

 同席した理事も、「外国人排斥やヘイトスピーチが止まない異様な状況の中で、行政が誤った情報を再掲示、発信するのは問題だ。朝鮮学校の子どもたちが悪影響を受ける。都はどう責任を取るのか」と訴えていた。補助金再開の訴えは7年近く続いている。日本人支援者たちも声を挙げているが、都議会や都民の反応は正直、鈍い。

 応対した吉原宏幸・東京都生活文化局私学部私学行政課課長は、「小池都知事から住民への情報公開という意味でもしっかり載せるべきとの指示があった」と返答。「報告書は平成25年11月時点の情報だ」という一点張りで、最後まで報告書を取り下げる姿勢は見せなかった。

 一方、吉原課長は、「政治的なことがあると思う」と、日本と朝鮮民主主義人民共和国の関係の悪化が一因であるのではと話していた。

 まことしやかに朝鮮学校への「制裁」の理由として言われることだが、子どもには何の関係もない。各種学校である朝鮮学校を指導するのは都の仕事だが、教育内容や民族団体との関係について、指導する権限は持たないし、法を逸脱している。補助金停止は、朝鮮学校だけを狙い撃ちにした、行政によるれっきとした、いじめ、差別なのだ。

 小池都知事が掲げるスマートシティ、ダイバーシティ、都民ファーストの掛け声の中に外国人のフレーズは出てこない。

 私たちの存在は、目に見えているのだろうか。東京都に暮らす外国人の数は40万6000人、都民の3%に達する。(瑛)

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「イオ」10月号完成しました

2016-09-16 10:00:00 | (相)のブログ
 

 イオ10月号が完成しました。
 今月号の特集は、「学ぶっておもしろい!」。老若男女の同胞たちに取材し、学ぶことの面白さ、豊かさについて語ってもらいました。また、母国語を学ぶ場として、神奈川県川崎市の「ふれあい館」での識字学級、各地の民族団体が運営するウリマル教室や、朝鮮学校の児童・生徒たちが正規教育以外の場で学ぶ「課外授業」の取り組みなども紹介しています。
 そして特別企画は、「あなたの笑顔、素敵です」。北海道から九州まで、日本全国の同胞たちの笑顔を一挙掲載しています。今年、創刊20周年を迎えた「イオ」が原点回帰したようなさわやかで明るい誌面になっています。
 ほかにも、学術会議出席のためドイツ・ベルリンを訪れた朝鮮大学校教員の康明逸さんによる現地ルポ、8月14日に行われた日本軍「慰安婦」メモリアル・デーイベント、朝鮮学校のアボジ(父親)会の代表らが集まった「関東アボジサミット2016」など盛りだくさんの内容となっています。
 10月号もぜひご愛読を!


 続けて、イベントの告知を。

 

 さる9月13日、私の母校である千葉朝鮮初中級学校(千葉県千葉市)が創立70周年を迎えました。きたる25日には、同校で創立70周年記念行事が開催されます。
 児童・生徒数の減少、「高校無償化」制度からの排除、地方自治体による助成金の減額、支給停止など、朝鮮学校を取り巻く環境はかつてないほど厳しい。わが母校も例外ではありません。そんな中でも、関係者たちは学校に対する処遇改善のために昼夜を問わず駆けずり回ったり、「子どもたちによりよい教育環境を」と学校の補修・改修作業に汗を流しています。
 創立70周年記念行事「ナ・ノ・ハナフェスタ」は9月25日10時30分から千葉朝鮮初中級学校で。詳細は、
 同校ウェブサイト http://chiba.hakkyo.net/
 facebookページ https://www.facebook.com/tibaurihakkyo/
 特設ブログ http://ameblo.jp/chibahakkyo70/
 などまで。
 国籍、所属、年齢、性別問わず、一人でも多くの人々が関心を持っていただければ幸いです。(相)
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日本とパレスチナの共同制作、舞台「ミラー」

2016-09-14 09:40:50 | (K)のブログ
 先日、武蔵関のブレヒトの芝居小屋に「ミラー」というお芝居を観にいった。ブレヒトの芝居小屋を根拠地としている東京演劇アンサンブルと、パレスチナで演劇公演などをやっているNPOのイエスシアターが共同制作した演劇だ。
 今回、パレスチナから二人の演劇人が日本に来て、東京演劇アンサンブルのメンバーと一緒に舞台を作り上げた。
 決まった台詞があるのかないのか、出演者たちは即興のような形で、個々が持つ内面の問題を語る。自分たちはなぜ役者をやっているのか等々。在日朝鮮人の役者・洪は、自らの実体験を語りながら在日朝鮮人の歴史や置かれている状況を吐露する。

 イスラエルは1948年に「建国」され、民族浄化という名のもとにパレスチナ人は故郷を追われた。パレスチナの一部はイスラエルにより50年も占領され続け、パレスチナ人は迫害され続けている。パレスチナの問題は海の向こうの遠い問題なのか? 日本とは無関係の問題なのか? 日本はパレスチナよりも平和で自由な社会なのか?
 舞台は、イスラエルによる占領が続くパレスチナの現状と、それ以上に、東京や福島、沖縄と日本の現状が浮き彫りにされる。パレスチナと日本が、互いが鏡となって社会のあり方を問うているように思った。すごく刺激的な舞台だった。
 「ミラー」は9月19日まで上演されている。詳細は東京演劇アンサンブルのホームページまで。(k)
http://www.tee.co.jp/stage-shoukai-image/mirror/mirror.html
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愛知の無償化裁判、続く!

2016-09-13 10:02:26 | (理)のブログ


 昨日、愛知で無償化裁判の第19回口頭弁論がありました。ぽつぽつと雨もくる中、名古屋地裁前には約140人が傍聴券を求めて並びました。

 法廷では原告側弁護団が準備書面22を提出。前回の口頭弁論(ブログ記事はこちら→http://blog.goo.ne.jp/gekkan-io/e/2809bf65b617a58ed633e56c7f52c0df)の際に提出された成嶋隆会長(日本教育法学会)の意見書をもとに、弁護団の主張を改めてまとめた内容になっています。
 裵明玉弁護士が要旨を陳述。第1章では、在日朝鮮人の民族教育の権利が法律上保障されているということについて、第2章では、国側が主張し続けている「不当な支配」という言葉がいかに不確かなものなのかということについて、第3章では朝鮮学校に就学支援金を支給するための根拠になる「規定ハ」を削除した国の違法性について書かれていました。



 続いて、場所を移して報告集会が開かれ、裵弁護士が準備書面22について解説しました。弁護団は書面を作成するにあたって、国側がこれまでに「不当な支配」の根拠だといって提出した証拠を一覧化したそうです。国は、産経新聞の記事、公安や警察庁が朝鮮学校について発言した内容、「北朝鮮に拉致された日本人を救出するための全国協議会」などが政府に提出した「朝鮮学校を無償化に適用するな」という要請文までも証拠として提出しています。すべてにおいて主観的だったり、正確でなかったり、自分たちの都合のいいように記事の一部を利用していたりと、証拠としての信憑性が一切ないということが改めて話されました。



 解説が終わると、今回から弁護団に新しく加わった白村大勲(金大勲)弁護士があいさつをしました。白村弁護士は愛知朝鮮中高級学校を卒業しています。これから一緒に頑張っていきたいとの決意に、会場から拍手が上がりました。



 また、この日は龍谷大学の金尚均教授が傍聴のため京都から足を運びました。金教授は自身の経験も話しながら、「無償化裁判は『人間の尊厳の否定』を回復するための闘い。粘りに粘って、必ず一人ひとりの人間としての尊厳を守り抜きましょう!」と生徒や保護者、支援者たちを力強く鼓舞しました。



 岐阜からは、一昨年、昨年とオモニ会の会長を務めた金玲華さんが駆けつけました。「私の子どもが今、愛知中高の高3。高級部に入学した時に、いよいよこういう裁判に直面したという実感がわいた。岐阜朝鮮初中級学校には、初級部と中級部にまだ自分の子が通っているので、希望を捨てずに闘い続けていきたい」としっかりした口調でのべました。



 他にもさまざまな人がアピールし、変わらず活気のある場となりました。
 今回の口頭弁論で、原告側弁護団の主張は一通り終わりました。次回からは被告の反論が続きます。来年には証人尋問も行われる予定。愛知での裁判はまだまだ続きそうですが、着実に国を追いつめている、という印象を受けました。弁護団長の内河惠一さんは、「これから裁判が面白くなっていくと思います」と話していました。今後の進行も注目です。

 次回の裁判期日は11月7日(月)の14:00から。次々回は1月16日(月)の14:00から、ともに名古屋地裁で行われます。これからもっと傍聴者、支援者が増えるといいですね。
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「有意義な1年」にするには…

2016-09-12 10:00:00 | (麗)のブログ
先週、イオ10月号の制作を終えた。
諸事情により今月は締切が早まっていつも以上にバタバタしたが、何とかやり遂げた。

9月に入り、今年もあと3ヵ月…! 
そう考えると1年は長いようで本当に短い。
誕生日を迎え、「有意義な1年にしたい」と抱負をのべた。
述べたからには有言実行したいなとは思うが、「有意義な1年」にするためにはまず、手っ取り早く「出掛けること」だと思った。
となると、出不精を直していかないとと思った。

6年間バスケをやっていたが、もともとそんなに運動が好きというわけでもない。
どちらかというと、家でダラダラ好きな事をやっていたいタイプ。
それで「今日も廃人みたいな一日を過ごしてしまった」をつぶやく。
運動をやめてから体力が低下したので、遠くに出かけてしんどくなったらまず口数が減っていく。
なるべく体力を消耗しないために「省エネモード」になる。
性格もあまりアクティブな方でもない。

まずはここから殻を破れていけたらと思う。
色々やりたいことはある。スキューバダイビングとか、スカイダイビングとか…。
体験したとて「人生観が変わる」なんて安易なことは思わないだろうが、一度くらいはやってみたいなと思う。

「有意義な1年」―。
なかなか難しそうだが、1年は長いようで短い。「何もしなかったな~」という感想だけは避けたい。(麗)

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東京無償化裁判、12月13日に証人尋問

2016-09-09 10:00:00 | (瑛)のブログ


 東京朝鮮高級学校生が無償化への適用を求めた東京無償化裁判第11回口頭弁論が8月31日、東京地裁で行われ、12月の証人尋問が決まった。

 東京地裁には、219人が大法廷の傍聴券を求めて列をなしていた。仕事を休み裁判所に足を運ぶ保護者や元朝高生、同胞たちのなかには、残暑厳しいなか群馬や栃木から訪れた人もおり、高校生たちを全力で支援しようという熱気に包まれていた。

 数日前に2学期が始まったなか、東京朝高の各学年から10人、合計30人が参加し、裁判を傍聴した。この日の弁論では、原告側が求めていた証人尋問の請求が認められ、次回期日が12月13日に決まり、来年初めにも結審を迎える流れが見えてきた。原告弁護団の李春熙弁護士は、裁判所によって証人尋問が認められ、期日も決まったことを報告、「かなり進展がありました」と喜びを語っていた。

 今回、原告弁護団は準備書面5、6を提出。この準備書面は、裁判を通じて開示された国の内部文書を元に、弁護団が国の違法性を証明するため、「最後の主張」として出したものだ。

 前回の第10回口頭弁論で原告側は、安達和志・神奈川大学法務大学院教授の意見書を提出するとともに、再度、国の内部文書の開示を求めていた。



 おさらいをすると、被告・日本国は、審査会の途中で審査を打ち切り、朝鮮高校を外すために「規定ハ削除」の省令改悪を断行した(13年2月)。閉廷後の報告集会で李弁護士は、12年12月26~28日、13年1月11日~2月20日までの首相の動静や文部科学大臣の動き、省令改悪に向けた政府、文科省内部の動きに言及しながら、安倍政権が12年12月末の総選挙に勝った後、直ちに朝鮮学校排除に着手し、法律の手順を無視して規定ハを削り、朝高を就学支援金の対象からはずしたことは事実であると準備書面5の要旨を説明した。

 この裁判で国側は、朝鮮高校の申請を受け、きちんと審査してきたと主張しているが、前述の通り、審査会の途中で審査を打ち切り、結論ありきで朝鮮高校をはずした。これは法律を無視した明らかな差別だが、それを言うと違法性が明らかになるので、①規定ハを削除したことと、②東京中高が規程13条に認めるに至らなかったことを、朝高不指定の理由にしている。

 李弁護士は「国の内部資料や動きを具体的に見ていけば、明らかにその主張が事実を隠しており、おかしいことがわかる」と国側の詭弁についてのべた。

 その詭弁を証明する内部書類が、第9回口頭弁論で国側から任意開示された、①省令改正に関する決済原義と②各地の朝鮮高校の不指定に関する決済原義だろう。

 文科省が作成した①には、「規定ハ」を削除する理由が記され、2012年12月28日の閣僚懇談会の資料が添付されている。この懇談会とは、総理大臣、拉致問題担当大臣、文部科学大臣の3人が朝鮮高校を排除する方向性を確認したもので、法律を遵守すべき首相や文科大臣が差別を意図的にリードしたことをうかがえるものだ。



 次回の証人尋問で、原告側は元朝高生、保護者とともに、規定ハの削除に関わった文科省職員、計5人の尋問を求めている。

 弁護団は、裁判所が証人尋問を認めたことが「実態を見ようという姿勢ではないか」と評価する。

続けて東京朝高生3人が裁判にかける思いを語った。

 金龍秀さん(高1)は、「兄と姉が高校に通っていたが、当事者となって初めて『同じ高校生なのになぜ国が差別するのか』と思い、自分のすべてが否定されるているように思えてきた。今の自分に根深い差別と闘う力はまだない。同じ志でみんなと闘えば差別がなくなる世界は来る」と語った。

また、夏休み中に文部科学省前で朝鮮大学校生の意志を引き継ぎ、金曜行動を続けた佐野通夫・こども教育宝仙大学教授、無償化連絡会の長谷川和夫さんらが発言した後、東京中高の慎吉雄校長がクライマックスを迎える裁判の勝訴に向け、進んでいく決意をのべた。8月23日に同校オモニ会と弁護団による焼肉交流が行われたことも報告され、勝訴を勝ち取り、また焼肉を食べましょうという話が出ると、会場には笑いがあふれた。裁判を闘うとは当事者や保護者が本当に大変な思いをしていることが、取材現場で感じ取れる。弁護団や関係者が一堂に介したときのこの一体感が、前に進む原動力になっている。





 今後の裁判日程は下記の通り。皆さん、朝鮮高校生たちに熱いエールを!(瑛)

※無償化、補助金裁判の日程

●愛知無償化裁判第19回口頭弁論
9月12日(月)14:00~ 名古屋地裁

●広島無償化裁判第13回口頭弁論
9月14日(水)13:30~ 広島地裁

●九州無償化裁判第10回口頭弁論
9月29日(木)14:00~ 福岡地裁小倉支部

●大阪無償化裁判第15回口頭弁論
10月14日(金)10:30~ 大阪地裁

●愛知無償化裁判第20回口頭弁論
11月7日(月)14:00~ 名古屋地裁

●広島無償化裁判第14回口頭弁論
11月16日(水)10:00~ 広島地裁

●東京無償化裁判第12回口頭弁論
12月13日(火)13:30~ 東京地裁

●大阪補助金裁判 判決言い渡し
2017年1月26日(木)13:30~ 大阪地裁

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時間の使い方

2016-09-08 10:00:00 | (愛)のブログ
先日、お昼休憩中に編集部員と話していて、ふと思い立ったことがある。
独身時代と比べて、子どもを産んで育て働いていると、時間の概念が変わったよ、ということ。

独身時代は自分の中の時間というものはあってないようなものだった。
24時間どう使おうと自分の自由だったからかも知れない。
仕事も一度制作したものを一旦おいて、翌日朝に見て直したりと、ゆとりをもって使っている感じだった。

子どもを産んですぐに悟ったことがある。
産んですぐは三時間置きの授乳。子どもがようやく寝ているときにメールやSNSをみていると
すぐにフギャーと起きて、またお世話。
あれ?自分が寝る時間がないぞ?!と悟ったのだ。
何も考えずに過ごしていると全てが悪循環になる。
それからは、いかに時間を効率的に使うかを常に考えるようになった。

仕事に対しても時間の使い方が変わった。
〆切前の忙しい時期は1分1秒、すべてが貴重で、瞬発力が勝負!
もちろんそのためには自分の中のひきだしがないとだめなので、あらかじめの準備が必須。
イメージトレーニングもよくするようになった。
原稿が届いてから、この時間内で組み終えるぞというリミットも作るようになった。

忙しい日の、園のお迎えに間に合うかどうかの微妙なラインの時は1分1秒が大事で、
PCの時計表示をまるで時限爆弾をみているかのようにみつめる。。。
(1分でもお迎え過ぎると延長料金取られるため)
カチカチとせまるリミットに向けて、慎重かつ猛スピードで仕上げるため、
ものすごく頭を使うようになった。

まだまだ自分は時間の使い方が下手で、泣きそうになることもある。

特段、いまが良いとか、そういうことを言いたいわけではないが、
日々の時間を貴重に使おうと思うようにはなった。
もっと歳を重ねると、また時間の概念は変わり、時間の使い方も変わるのだろうか。。。

今度、親や祖母にも聞いてみたいと思う。(愛)
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大阪の「オープンカフェ」を取材して

2016-09-07 10:00:00 | (S)のブログ

 先月、大阪府東大阪市にある「オープンカフェ」を取材した。今年5月、社会福祉士の資格を持つ同胞がオープンした、児童発達支援・放課後等デイサービスだ。地域に住む未就学児や、小学校から高校までの障がいを持つ子どもたちが、コミュニケーション力や自己表現、就労支援などの「生きる力」をそれぞれのペースに合わせて学ぶことができる場所だ。

 同施設には障がい者に限らず、地域の子どもたちも訪れる。過去に行われた「ふくろうカフェ」や「バルーンハウス」といったイベントには、朝鮮学校と日本の学校に通う子どもたちが参加。その他にもセミナー、朝鮮学校保護者の子育てサークルなどの場として利用され、大人たちも足を運ぶ。障がい者と健常者、在日と日本人、あらゆる人が集うことで、地域の壁をなくしてみんなが触れ合い学べる場を目指しているという。中には、コーヒーを飲みに立ち寄る人もいるそうだ。

 運営をしている同胞は、大学時代から障がい者に関わる活動や仕事をしてきた。それまでは障がい者は「見えない存在」だったが、自分の視点が変わることで、社会の見え方が大きく変わったという。オープンカフェ開設の裏には、身近にいる障がい者の存在を地域住民や在日同胞たちに知ってもらいたいという思いがある。

 「日本では今、社会に役に立つ人材になれるかどうかという観点から教育が行われていて、一人ひとりに合わせた教育にはなっていない。障がい者に対する理解も以前より広がってはいるけれど、それは日本の経済的発展の中で可能だったことで、余裕がなくなると弱者への支援は当然のように削られてしまう」

 私が朝鮮学校に通っていた時、障がいを持ったクラスメイトがいた。明るくて活発で、羨ましいくらい周囲と打ち解けるのが得意。私にとって、それまで接する機会がほとんどなかった障がい者を身近に感じた期間だった。ただ、今回の取材の後に改めて振り返ってみると、朝鮮学校に通っていない障がいを持った同胞たちのことを、あまり想像できていなかった。色々な取材を重ねながらも感じることだが、私が認識している枠は想像以上に狭い。視野を広げたり、違う角度から物事を見るためには、もっと積極的に自分から知ろうとしないといけないなとも反省した。(S)
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