日刊イオ

月刊イオがおくる日刊編集後記

ヘイトスピーチ、その後

2016-08-26 09:00:00 | (瑛)のブログ


5月24日に成立したヘイトスピーチ解消法から、昨日で3ヵ月。

8月22日、「ヘイトスピーチを許さない!」かわさき市民ネットワークが主催する勉強会で話を聞いてきた。「京都府(市)の人種差別撤廃条例を求める活動に学ぶ」と題し、金尚均・龍谷大学教授が講演。金教授は、2009年12月に在特会から罵詈雑言を浴びせられた京都朝鮮第1初級学校の保護者であり、その後、在特会を相手取り、裁判を起こし、最高裁で勝訴を勝ち取った行動力の持ち主だ。刑法の専門家でもあるが、この裁判を通して、人種差別を野放しにする日本の法制度をよりよいものにしようと、発信を続けている。

今まで金教授の話は何度か聞いてきたが、この日も強烈な印象に残った言葉がいくつかあった。

「ゴキブリ朝鮮人」という言葉の裏には、強烈なメッセージがあるということ。

 金教授は、この言葉に、「ヘイトスピーチはなぜやってはいけないのか。なぜそれが危険なのか、という正体がある」として、「朝鮮人は、自分たちと違う。人間ではない」という考えのもと、「同じ人間であるにも、その人たちを見下して蔑む。朝鮮人を敵にすり替えて攻撃する」、ひいては500~600万人のユダヤ人を一般市民が虐殺した、かつてのナチスドイツのような社会に向かっていく深刻な問題がはらんでいると話された。

 在特会は「殺せ、殺せ、〇〇人」と叫ぶ。自分が「殺すぞ」、とは言わない。

 公衆に向かって扇動することが、社会に与える影響についても考えさせられた。

 在特会のメンバーには、金教授や私のような40代が多いという。丁度、日本の学校現場で人権教育や被差別部落への啓もうが始まった時期に育った世代が、なぜこのような行動に出ているか、という問題提起も宿題として、メモ。

 ヘイト法の成立で、日本政府は人種差別に対して一歩を踏み出したものの、街ではヘイトデモが繰り返されている。東京都知事選では、在特会会長が立候補し、朝鮮学校についてヘイト感情をまき散らした。10万票を取った現実がその影響力を物語っている。

 背景には、未だ残る外国人への制度的差別がある。金教授は日本では「差別が差別として認識されない」と指摘したうえで、まずは、被害実態を明らかにし、自治体が人種差別に対して、きちんと対応するよう訴えていく必要性を訴えた。その一つの形が京都府、市に対して有効なヘイトスピーチ対策の推進を求める条例制定の動きだ。差別の実態調査については、弁護士や研究者の皆さんが研究を重ねており、今年6月号の本誌でも発表したが、問題を可視化させる「発信」がもっともっと必要だと痛感した。

 それにしても、問題は山積みであることを実感させられた夜だった。ヘイトスピーチの標的になった(今もなっている)、川崎では、市民立法で川崎市人種別解消条例の制定をめざしている。かれらの罵詈雑言に、差別に心を引き裂かれ、生活を脅かされている人たちが、それでもあきらめず声をあげている。その声の底にある不安と恐怖が消えないのは、この社会がヘイト感情の蔓延を許しているからだ。

 一方で地域の暮らす人たちの出会いを紡ぐイベントも目白押しだ。ここに川崎の底力を見る。



 明日、27日(土)には川崎朝鮮初級学校で同校創立70周年記念のお祭りが開かれる。
 15時からは、子どもワークショップ、体操教室、親子教室、親子ロコモ教室が、17時からはお祭りがスタート!

おいしい焼肉や、自転車、焼肉食事券が当たる抽選会もあるそうだ。ぜひお楽しみください!(瑛)

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大阪補助金裁判結審と千葉県弁護士会会長声明

2016-08-25 10:00:00 | (相)のブログ
 大阪府と大阪市を相手取って、府、市内の朝鮮学校に対する補助金を不支給とした処分の取り消しと交付の義務づけを求めた裁判(2012年9月提訴、以下、大阪補助金裁判)が8月9日、大阪地方裁判所で行われた第20回口頭弁論でついに結審した。
 提訴から4年、長期の裁判を締めくくる最終弁論で原告の大阪朝鮮学園側はこれまでの主張を128ページにおよぶ最終準備書面にまとめて提出。法廷で弁護団が①本件不交付の違法性と②本件の本質について要旨陳述を行った。
 「イオ」編集部はこれまで無償化裁判も含めた現在係争中の朝鮮学校関連の裁判の傍聴に何度も足を運び、誌面や本ブログなどを通じて経過を伝えてきた。当然、今回の最終弁論の場にも駆けつけるべきだったが、雑誌編集作業のもっとも忙しい工程と重なってしまい、断念せざるを得なかった。この日の最終弁論の内容は「無償化連絡会大阪」のウェブサイトに詳しい。
 http://www.renrakukai-o.net/pg939.html
 判決の言い渡しは来年2017年の1月26日、13時30分からだ。

 朝鮮学校に対する補助金不支給の問題に関しては、各界から反対の声が上がっている。法曹界からも日本弁護士連合会や各地方の弁護士会が会長声明を発表している。直近では千葉県弁護士会が今月23日付で声明を発表した。
 http://www.chiba-ben.or.jp/%e6%9c%9d%e9%ae%ae%e5%ad%a6%e6%a0%a1%e3%81%ab%e5%af%be%e3%81%99%e3%82%8b%e8%a3%9c%e5%8a%a9%e9%87%91%e5%81%9c%e6%ad%a2%e3%81%ab%e5%8f%8d%e5%af%be%e3%81%99%e3%82%8b%e4%bc%9a%e9%95%b7%e5%a3%b0%e6%98%8e
 上記リンク先からも閲覧できるが、本ブログでも以下に全文を貼り付ける。

 朝鮮学校に対する補助金停止に反対する会長声明

 声明の趣旨
 当会は、
 1 文部科学大臣に対し、2016年3月29日付「朝鮮学校にかかる補助金交付に関する留意点について(通知)」の撤回を求める。
 2 朝鮮学校に対する補助金の交付を現在停止している地方公共団体に対し、憲法や条約上の子どもの権利に配慮し,補助金を交付することを求める。
 3 朝鮮学校に対する補助金の交付を現在行っている地方公共団体に対し、補助金交付の継続及び憲法上や条約上の権利に合致した運用の改善を図ることを求める。

 声明の理由
 1 文部科学大臣は、2016年3月29日、「朝鮮学校に係る補助金交付に関する留意点について(通知)」(以下「本通知」という)を都道府県知事宛に発出した。本通知では、「朝鮮学校に関しては、我が国政府としては、北朝鮮と密接な関係を有する団体である朝鮮総聯が、その教育を重視し、教育内容、人事及び財政に影響を及ぼしているものと認識しております」とし、「朝鮮学校に係る補助金の公益性、教育振興上の効果等に関する十分な御検討とともに、補助金の趣旨・目的にかなった適切かつ透明性のある執行の確保及び補助金の趣旨・目的に関する住民への情報提供の適切な実施」を求めている。
 本通知に先立つ2015年6月25日、自由民主党北朝鮮による拉致問題対策本部は、「対北朝鮮措置に関する要請」の中で「朝鮮学校へ補助金を支出している地方公共団体に対し、公益性の有無を厳しく指摘し、全面停止を強く指導・助言すること」を提言し,続いて、2016年2月7日、自由民主党は「北朝鮮による弾道ミサイル発射に緊急党声明」(以下「緊急党声明」という)を発出し、上記提言を速やかに実施するよう求めている。
 その緊急党声明から2か月足らずで文部科学大臣は本通知を発出したのである。
 本通知を受けて、新年度から補助金の交付の一部もしくは全額の停止することを表明している地方公共団体があり、各地の朝鮮学校に多大な影響が生じている。
 かかる経緯に鑑みれば、文部科学大臣の本通知は、本来各地方公共団体の判断と責任において行われるべき補助金の交付について、外交的な理由により各地方公共団体による朝鮮学校への補助金交付の停止を促すものと言わざるを得ない。
 2 すべての子どもには、自己の人格を完成、実現するために必要な学習をする権利が認められ(憲法26条第1項)、各種学校への補助金の交付もかかる学習権を実質的に保障するものである。そして、経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約(社会権規約)13条はすべての者の学習権を認め、無償教育を求めている。
 朝鮮学校においては、児童・生徒の国籍は朝鮮籍、韓国籍さらには日本国籍と多様であり、また、朝鮮語により教育を行い、朝鮮民族の文化、歴史を教えるという特徴はあるものの、学習指導要領に準じた教育が行われている。
 それにもかかわらず、朝鮮学校に通う児童・生徒には関係のない外交問題を理由として朝鮮学校への補助金交付を停止することは、かかる児童・生徒たちの学習権を侵害することはもとより、憲法14条、世界人権宣言、市民的及び政治的権利に関する国際規約(自由権規約)、子どもの権利に関する条約、あらゆる形態の人種差別の撤廃に関する国際条約(人種差別撤廃条約)が禁止する不当な差別に該当する。2014年8月に採択された人種差別撤廃条約の最終見解においても朝鮮学校に対する補助金交付の停止等について「在日朝鮮人の子どもの教育を受ける権利を妨げる法規定及び政府の行動について懸念する」との指摘がなされている。
 3 特に朝鮮学校については、朝鮮半島が日本国により植民地支配されたときに朝鮮半島から日本国の産業のために移住させられた人々が、戦後、朝鮮民族の言葉、文化、歴史を子孫に残すために作られたという経緯に思いをいたすことが重要である。
 もとより民族教育は子どもの権利に関する条約30条においても保障されているところであり、朝鮮学校についても「民族教育を軸に据えた学校教育を実施する場として既に社会的評価が形成されている」学校であるとされている(大阪高判平成26年7月8日)ところであるが、朝鮮学校における民族教育についてはこのような歴史的視座を切り離して考えることはできない。
 4 何より忘れてならないのは、朝鮮学校に対する処遇の問題は、北朝鮮の問題ではなく、日本国内の人権問題であるということである。とりわけ朝鮮籍、韓国籍を有する方に対するヘイトスピーチが拡がっている現状において、政府が本通知を行うことは、朝鮮学校に通う児童・生徒たちに日本社会からの疎外感を与えるとともに、かかる人権侵害行為を助長する可能性があり、到底容認できるものではない。このような展開は、先般成立したいわゆるヘイトスピーチ解消法の趣旨にも反しているといえる。
 5 以上の点を踏まえ、当会は、文部科学大臣に対し、本通知の撤回を求める。そして、千葉県ほか既に朝鮮学校に対する補助金交付を停止している地方公共団体に対し、上記憲法上の権利及び条約の趣旨に配慮して補助金を交付することを求めるとともに、現在補助金を交付している地方公共団体に対し、国家間の外交問題と朝鮮学校に対する補助金交付を安易に結びつけることなく、補助金の交付を継続すること、憲法上の権利及び条約の趣旨に合致した運用の改善を図ることを求めるものである。

 2016年8月23日
 千葉県弁護士会
 会長 山村清治

 (引用ここまで)
 (相)


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同窓会に参加したい

2016-08-24 09:56:13 | (K)のブログ
 今出ている月刊イオ9月号の特集は、「同窓会で会いましょう」。「同窓会」をテーマにしている。ずいぶんと前に出ていた企画だったが、ようやく形になった。
 「同胞社会」と言っても多様化していろんな側面を持っているが、「朝鮮人として生きていこう」と思っている人々が形成する「同胞社会」の中心部分には「朝鮮学校(ウリハッキョ)」がある。異国の地で代がいくつも変わっても、「朝鮮人として生きていこう」と思う人たちが存在するのは、まぎれもなく民族教育があったからだ。
 在日朝鮮人の歴史、朝鮮学校の誕生から今日までの歩み。日本政府の弾圧の中で存在し続けてきた朝鮮学校。昔も今も、朝鮮学校に通っていた人たちの母校や先生、同級生たちらに対する思いは、日本学校のそれとはずいぶんと違うのだろうと、常々思ってきた。
 朝鮮学校卒業生たちが集い結集する場の一つとして「同窓会」がある。そんな同窓会の重要性を発信したかったが、どうだっただろうか。

 私自身は同窓会に参加したことは一度もない。同窓会そのものが開かれていない(もしかしたら開かれているけれどこちらに案内が届いていないだけかもしれないが)。小・中・高の同級生とはまったくと言っていいほど付き合いがない。昨日の(麗)さんのブログのように、卒業した後も友情を育んでいる姿を見ると、うらやましくなる。
 テレビで、芸能人の昔の同級生を探す番組をやっているが、会いたいと思う同級生がいないわけではないし、同級生ともそれなりに付き合っていればよかったと思わなくもない。数年前に、高校時代にやっていた部活のOB・OG会が開かれた。地元に帰れる機会とタイミングが合ったので参加したが、それなりに楽しかった。だから同窓会があれば、参加したいけれど、まあ、いまさら開かれないだろう。
 参加したいと思う反面、高校時代までの自分と、その後の自分とを比べて、「別世界に生きている」と思っている。また、同級生たちに今の自分のことを「説明するのも面倒くさい」とも思っているし、「どこまで理解して受け入れてもらえるのか」という心配もある。
 いろいろと、日本に住んでいると面倒なことが多い。(k)
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オンマは偉大

2016-08-23 10:00:00 | (麗)のブログ
盆休みに大阪に帰郷し、友達と会ってきた。

結婚した友達ふたりと、今年の10月に式をあげる友達ひとり。
そして、イオ8月号の特別企画で誌面に登場してくれた地元の友達に会いに、みんなでその子が働いているお店へ向かった。
その子とは、高校卒業以来に会うという子もいた。
先に私と友達のふたりで入店し、あとでもう1人、子どもを二人連れて来てくれる友達と合流する予定だった。
思えば、社会人になって、地元の同級生が働いている姿を見るのはこれが初めてかもしれない。

友達の働きっぷりを眺めながら、まったりと過ごした。
この日の大阪は猛暑で、日傘なしでは歩けないくらいのカンカン照り。

窓際でのんびりアイスコーヒーを飲みながら外を眺めていると、遠くから、子ども二人を乗せて自転車を漕いでいる友達の姿が見えた。
おんぶ紐で赤ちゃんを抱っこし、空いた手で2歳児と手を繋いで店にやってきた。

この真夏に、しかも子どもを二人も連れるのは相当大変だろう。
子育て真っ最中なのに、こうやって会いに来てくれるだけでもとてもありがたかった。

店には1時間半くらいはいただろうか。
最初は人見知りでオンマにベッタリだった2歳児もようやく心を開いてくれたようで、私に「サンダルを履かせて」と言ってきた。
よし来た。まかせろ。やっと心を開いてくれた今こそ、期待に応えたい…!
サンダルを慎重に履かせると、「違う、そこちゃう~」と言われたので、見ると、指を通すところを間違えていたようだ。早速、ご指摘が入った。
「ごめんよ…いま直すわな」
ちゃんとサンダルを履けてご満悦な様子。

そろそろ店を出て移動しようとしたところ、キャッキャとはしゃぎ回る2歳児に手を焼いた友達から「(麗)、お願いがあるんやけど。抱っこひもつけて赤ちゃん自転車に乗せて欲しい」と頼まれた。
オンマの手におえないほど暴れまわる娘を自転車に乗せるのも一苦労だ。しかもこの猛暑。

まだ子どもを産んだ経験もないのに、人生初の抱っこひもとなった。
自転車を漕ぎながら私の胸の中でいつのまにか埋もれて寝ている赤ちゃんを見て、「これ息してるのか」という少しの不安と、母性があふれてきた。

自分はこの日だけ、笑ったり叫んだり泣いたりする子どもたちと触れ合ったが、友達はこれが毎日だ。
オンマは偉大だな…と深く思った一日だった。(麗)
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今年は絵を描こう

2016-08-22 10:00:00 | (理)のブログ


 お盆休みは地元でゆっくり過ごした。ソンセンニムや同級生、先輩たちに会いたくてハッキョに寄ると、教員たちも休暇に入ったということで、当直をしていた先輩1人だけが教員室にいた。

 その先輩とは朝高時代に一緒に吹奏楽部で活動した仲で、学生時代の思い出や今のハッキョのこと、近年結婚ラッシュで焦る、誰それも結婚するらしい、友人は料理教室に通い始めた…などというようなことを色々と話した。
 久しぶりに会う人と話すのは面白い。学生時代にはできなかった話、正確に言えば考えもしなかった事柄を話せるようになるからだ。学生の頃には気づかなかった相手の一面や価値観を知ることができる。

 会話の中で、趣味の話題になった。その先輩は3姉弟みな絵が上手で、学生の頃から在日朝鮮学生美術展で賞をもらったりしていた。しかし教員をする傍ら絵を描くことはなかなかできない、と少し残念そうにしていた。
 私も3姉弟の絵を見たことがある。みな持ち味が違って、どこかの画廊に置かれていてもおかしくない素敵な絵ばかりだった。絵を描くことについてしばらく話しているうちに、私はふと昔のことを思い出した。


 家族で旅行に行った時、道の途中に小さな絵画屋さんがあった。お店の前にいくつか絵が立てかけられていて、まずアボジがそれに食いついた。すると弟とオモニも思ったより関心を示して、「これも綺麗だね」「こういうのもいいな~欲しいな~」などと目を輝かせていたのだ。
 アボジにそういう趣味があるのは知っていたが、まさか弟やオモニまでもそんなに強い食いつきを見せると思わなかったので少し驚いた。結局、アボジと弟が絵を買い、オモニが気になっていたものは数万円するとのことでそれは諦めた。
 一様に満足そうな笑顔を浮かべる家族を見て、(へぇ…みんな結構絵が好きなのね)と妙に感心した。そして、顔も名前も知らない、どこにいるかもわからない人が描いた絵がこんなに人を喜ばせるんだ、となんとなく不思議に感じた。それなら娘である私が絵を贈ったらどんな反応をするだろう。自分もなにか描いてみようかな…と思ったのだった。


 先輩と話しながら、よし、今年は絵を趣味にして年内中に一枚完成させてみようと決意した。
 なんとなく水彩画をやりたいなと考えて試しにネットで検索すると、さまざまな作品や描き方が出てくる。どれも味があって見ているだけでワクワクしてきた。自宅のどこかに、以前マトリョーシカの色づけをする時に使った絵の具があったはず。そろそろ芸術の秋だし、タイミングもぴったりじゃないだろうか。

 冒頭の画像は、スマホに入っている写真を水彩画のように加工してくれるアプリで編集したもの。まずはこれくらい小さくてもいいから、味のある絵が描けるように頑張ろう。(理)
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ミッパンチャンとお刺身の食べ方。

2016-08-19 10:00:00 | (愛)のブログ
夏期休暇は、長野の実家に帰省してゆっくり過ごした。
15日朝には祭祀にも参加し、その後お墓参りもして、先祖へ感謝しながら手を合わせた。

今年は夏期休暇に親族が大勢集まるということで、韓国からの親戚も応援に駆け付けてくれた。

私は○○アジメと呼んでいるのだが、アジメが来ると食卓には美味しそうな밑반찬(常備菜)がずらりと並ぶ。
깨잎(ケンニプ=エゴマの葉)、
오징어채 볶음(オジンオチェポックム=さきイカのコチュジャン炒め)、
멸치조림(ミョルチチョリム=カタクチイワシの炒め物)、
무우김치(ムウキムチ=大根のキムチ)、
오징어 무침(生イカのキムチ)等々。

そのどれもおいしくて、夏に食べると食欲が増すものばかり!
夏バテぎみで食が進まない私も밑반찬があると白米をおかわりばかりしていた。

ある日の晩、食卓に刺身が大量に出され、なかなか箸も進まなかった時、
アジメがある食べ方を提案してくれた(韓国ではお刺身はこうやって食べることもあるということで)。
それはエゴマの葉に刺身をのせて、スライスしたニンニクを少しのせたうえで、チョジャンをつけて
包んで食べる、というもの。

私もひとつためしに食べてみると、とっても美味しい!!!
びっくりして食べた瞬間に唸ってしまったほど。
刺身の生臭さが消えて、チョジャンとエゴマの葉の芳しい香りとともに刺身と絶妙なハーモニーを作り出していた。
刺身嫌いな母もおいしいと食べていた。

あまりの美味しさに皆箸が進み、あっという間に完食。

夏バテして食が進まないときほど辛いものを食べて、汗をかき、新陳代謝をよくする。
夏にウリの食べ方は理がかなっているなと思った。

お刺身の食べ方、ぜひ試してみてください。
おすすめです!(愛)





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9月号が完成しました!

2016-08-18 10:00:00 | (S)のブログ

イオ9月号が完成しました。

今月の特集は「同窓会で会いましょう」。
さまざまな思い出が詰まった学生時代。異国日本で歴史を重ねてきた朝鮮学校、その卒業生たちは、なおさら学生時代に対する思いが強いのかもしれません。
特集では、実際に行われた朝鮮学校卒業生の同窓会のようすや、学生会で知り合った仲間たちで開いた同窓会などを紹介しています。また、各地の同窓会情報も掲載しています。
平壌に住む同級生たちとも同窓会を開きつながりを広げてきた金日宇さんのエッセイも必見です。
各地方に散らばって生活している同胞たちをつなぐ重要な場ともなっている同窓会。この機会に是非、同窓会に足を運んでみたり、同窓会を開いてみてはいかがでしょうか。

特別企画は「メディアは社会を変える?」。
右傾化や軍国主義化が進む日本社会。そんな中、日本のマスメディアは政治権力に屈し、市民たちの声を封じ込めることでそのような社会の変容に加担してきました。一方で、独自の切り口と主張でその流れに対抗する志あるメディアも存在します。
本企画では、受け手一人ひとりの思考力を鍛え世の中の風潮を再び変えようと尽力するメディアを、ネット媒体を中心に紹介します。

その他に、本格的に公的住宅の建設が始まり、苦難の歴史が刻まれた風景が消えようとしている在日朝鮮人集住地区・ウトロ(京都)について、南武朝鮮初級学校で行われたラグビー体験教室や、開館15周年を迎えた高麗博物館について取り上げました。
問題となっている大学生の“奨学金”についても掲載されています。

今月号も盛りだくさんの内容となっています。是非ご愛読ください!(S)
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夏の別れ

2016-08-10 09:00:00 | (瑛)のブログ


 この夏は、身近な人の訃報がたくさん届いた。

 ガンを患い40代の若さで一生を終えた人、闘病を明かさず静かに旅立った人…。社会に出た頃から厳しく叱ってくれた大先輩との別れも突然だった。数々の言葉を思い起こしながら、もう二度と会うことができない、話をすることもできないと、今でも喪失感が押しよせる。

 数日前、父親が保育園に預けるのを忘れ、2歳の男の子が車中で亡くなったとの報道があった。父親は何か大きな悩みを抱えていたのか? 保育園は子どもを預け忘れた親に電話を入れなかったのか? 残された家族はどうなるんだろう…。後悔は尽きない。周りのちょっとした気づきで大切な、小さい命が守られたというのに…。

 明日から編集部は1週間の休みに入る。私も忙しい日常の中で訪れるこの休みに、子どもや家族たちとゆっくり過ごそうと思う。忙しいとは「心を亡くす」と書くが、忙しさのあまり、知らず知らず失っているものがあると悲しい事件で考えさせられた。

 読者の皆様も、夏の事故にはくれぐれも気をつけてください。

 日刊イオは、明日から1週間お休みをいただき、18日から再開となります。(瑛)
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リオ五輪を傍目で見ながら

2016-08-09 10:00:00 | (相)のブログ
 リオデジャネイロ五輪が現地時間の5日夜、開幕した。
 朝鮮民主主義人民共和国は今大会に重量挙げ、柔道、卓球、レスリング、アーチェリーなど9種目に31人の選手が出場している。重量挙げ男子56kg級でオム・ユンチョル選手が銀メダルを獲得した。前回のロンドン大会に続いて2大会連続の金メダル獲得が期待されていたが、中国の選手に惜しくも敗れた。それでも2大会連続のメダルは立派な成績だ。

 スポーツ観戦は嫌いではない。これまではサッカー・ワールドカップや五輪、世界陸上など大きな国際大会の期間中はまめにテレビ観戦するほうだったが、最近はそうでもない。リオ五輪に関しては、雑誌編集の締切と重なったため、テレビはおろか新聞やネットなどの活字報道にもほとんど接していない。

 振り返ってみると、4年前のロンドン五輪開催時は平壌に出張していた。それからもう4年が経ったのかと思うと、時の流れのはやさを実感する次第だ。4年前、五輪開催期間中の平壌の雰囲気について現地からエントリを書いた。タイトルはズバリそのまま「平壌はロンドン五輪で盛り上がってる?」
http://blog.goo.ne.jp/gekkan-io/e/cfd3414c5f0810fd4ab94d3ffc3fd8e1
 当時の平壌の雰囲気を知りたくて、4年ぶりに読み返してみた。はたして4年前と比べて盛り上がり方は変わっているのだろうか。むしょうに平壌に行きたくなった。(相)
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1周年

2016-08-08 09:56:15 | (K)のブログ
 このブログでも報告したが、昨年8月7日にくも膜下出血で倒れた。それから1年が経過した。
 「もう1年が経ったのか」という思いが強い。1年のうちの2ヶ月は意識がなかったし、7ヶ月は入院生活を送っていたからか。退院してから5ヶ月以上が過ぎたが、そんなに月日が経ったという感じはしていない。
 体調を言えば、まだまだ倒れる前の本来の身体に戻っていない。また倒れるのではないかという恐怖心も強い。暑い日が続くが、炎天下のなか、フラフラしながら歩いている。
 何度も同じようなことを書いているが、意識が戻った後の社会状況は、目を覆うほど悪い。選挙があるたびに、沖縄の状況を見るたびに、悲惨な事件が世界や日本で起こるたびに、世の中はこれからどうなって行くのだろうかとフラフラ考えてしまう。

 学生時代や就職し始めた最初の数年は、なんだかんだ言っても世の中は良い方向に向かって進んでいる、と思っていた。しかし、ある時期から、本当にそうなのかと疑うようになってきた。インタビューなどでいろんな人に会って、「この世の中は良い方向に向かっていると思いますか?」と質問しても、「そうは思わない」と答える人が多くなったように思う。
 だからといって、絶望しているのではなく、世の中を何とか良くしようと懸命に活動している人がたくさんいるし、私もそうありたいと願っている。社会が良くなる過程での、紆余曲折の時期とも言えるが、不幸なことが本当に起こらないように、と思わざるをえない。
 こんなことを考えたり書いたりするのも、倒れたからかもしれない。

 昨日、「倒れて1年」を記念して、家族で食事にいった。最初、聞いていた、「祝賀宴」という言葉に、倒れたことは「祝うことではないのに」と違和感をもっていたが、また家族で一緒に食事をできることの幸せを感じる場となった。人それぞれ、そんなささやかな「幸せ」を持っているのであろう。誰であれ、「幸せ」を奪われることがあってはならない。
 これから毎年、記念日を祝いたい。(k)
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「お好み焼き」と「ご飯」

2016-08-05 10:00:00 | (麗)のブログ
「先輩、大阪府が『お好み焼きとご飯の食べ重ねは控えるように』って注意喚起を出したそうですよ」
ある日、昼休みに弁当を食べていると、後輩から言われたひとこと。
メンバーの中で大阪出身は自分だけだったので、話題をふられた模様。

私は10年以上、大阪から離れて東京で暮らしている。
よく冗談で「大阪を捨てた」と言われるが、決してそんなことはない。どちらかと言うと、地元愛が強い方だと自負している。
お好み焼きやたこ焼き、いわゆる「粉もん」も勿論大好きで、香ばしいソースの匂いがどこからかふわ~んと香ってきた時は、勝てる自信がない。
「粉もん」は大阪人のソウルフード。
こうしてブログを書いている時にでも食べたい!と思ってしまうほど、体に染みついている。


…が、このニュースを見て、大阪民だけど、お好み焼きとご飯を一緒に食べたことってないな…と思った。
東京の店でも食べたり、地元に帰れば家族でお好み焼きを食べに行くが、一度も一緒に食べたことがなく、いまいち馴染みがない。
「見た目は子ども、頭脳は大人」で有名な某アニメのキャラが「大阪人はお好み焼きとご飯を一緒に食べるのは当たり前やで、常識や」的なことを言っていた記憶があるが、それを見ていた当時の私は、「またそうやって大阪の間違ったイメージを植え付けて…!やめろ…!」と思っていたほど。
(というと、お好み焼き+白飯をセットで食べる人たちに怒られそうな気もする)

でも、ふと、「でも、うどんとご飯は一緒に食べるな…」と思ったところで、これと一緒の感覚なのかな…とひとり納得した。
炭水化物×炭水化物は肥満の原因と言われるが、そうとわかっていても、「美味いもんは美味い」のだ。

「食わず嫌い」とかではなく、ただ単に一緒に食べるという発想がなかっただけなので、今度は地元に帰ってお好み焼きを食べる機会があったら、この食べ合わせにチャレンジしようと思っている。(麗)
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視点を変える面白さ

2016-08-04 10:00:00 | (理)のブログ
 以前、ネットサーフィンをしていてたまたま面白い文章を見つけた。ざっくり言うと、「人間は誰しも無意識に物事をジャンル分けしてしまう」ということについて書いたものだ。

https://note.mu/horacio/n/nbfb7de2d357c

 記事の冒頭では、某エステのキャッチコピーについて触れている。ちょうど私も、それまでに何度か電車内で同じ広告を見たことがあり、色んな意味で「気持ち悪いなあ」と感じていたのでつい読み込んでしまった。そして、文章中の「彼女」の意見に、なるほどな!と感心した。

 同じものでも、受け手によって様々な見え方がある。こうして書くと当たり前のことだが、普段の生活でそれを意識することはなかなか難しい。
 私はたまに、別の人の立場になって自分の文章を読んでみる、ということをしている。家族、ソンセンニム、ウリハッキョの同級生、地元の日本人の友達、教育実習の時に受け持った生徒、先輩、初めてイオを読む人…。

 そうすると、「ここはもう少し説明が必要かな」とか「これは書く必要ないかな」というものが見えてくる時がある。また、ちょっとした発見があったり、新たなニーズに気づける時もある。
 これをし始めたきっかけは、私の文章表現や言葉について批判的な意見をもらうことが過去にあったからだ。失敗の原因は、受け手のことを広く考えられていなかったからだろう、と反省した。

 視点を変えるのは、より多角的に物事を見ることだと思う。自分の立場がブレてしまっては本末転倒だが、世の中には本当に色々な価値観が溢れているんだという意識は大切にしながら物事を考えていきたい。(理)
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映画「バケモノの子」を鑑賞して

2016-08-03 10:00:00 | (愛)のブログ
先日、テレビで「バケモノの子」というアニメ映画がやっていた。
去年の夏に母が孫とその映画を見に行って、「なかなか良かったよ」と絶賛してたので、録画したものを子どもと一緒にみた。

結論から言うと、とてもいい映画だった。
細田守監督の映画の中では一番感動した映画だった。
まだ幼い子どもは途中で訳がわからなそうだったが、その横で自分は大泣きして鑑賞した。
奥の深い、とても愛にあふれた映画だった。

(この先は映画の内容のネタバレがありますので、ご注意ください。)


映画の中に出てくる、言葉。
「人間は闇に取り込まれやすい。」という。

闇に取り込まれるか否かは、誰かとの絆が強いかどうか、
胸の中に強い剣があるかどうか。
自分の大切な存在のために、自ら胸の中の剣となった「バケモノ」。

この映画をみて、自分の大切な人たちが思い浮かんだ。
闇に取り込まれそうになった時、きっと留まれるのは自分のためじゃなく、
他の、自分を想ってくれる大切な人たちがいるから、という
シンプルだけど気づきにくいことに改めて気づかせてくれた映画だった。

最近、理解しがたい事件が起こっているが、
罪を犯す人たち=闇に取り込まれるか否かは、頭がいい、悪いとかではなく、
大切な人との絆がしっかりしているか、太いか、その違いなんじゃないかとさえ思った映画だった。

心の中に強い剣を持ち、自分の道を突き進む主人公。
その姿は、リアルな生活を送っている映画を見ている人たちにまっすぐ届く、そんな素晴らしい映画だった。(愛)
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「和解・癒やし」財団にNO!!  ~外務省前で反対アクション

2016-08-02 10:00:00 | (S)のブログ

 韓日両政府が被害者の声を無視し強引に行った、昨年12月28日の「最終的かつ不可逆的」な「合意」。中身が抜け落ちたこの不当な「合意」では、「韓国政府が被害者支援のための財団を設立し、日本政府がそれに10億円を拠出する」ことが発表された。
 先週の7月28日、韓国政府がこの財団の設立を強行した。その名も「和解・癒やし」財団。設立式は、主人公であるはずの被害当事者たちは誰1人出席せず、政府関係者らだけで行われ、この財団の性格を物語っていた。
 韓国では設立当日、記者会見会場を大学生たちが占拠し、「韓日合意 破棄しろ!」と叫び続けた。“和解は、加害者が強行できるものではない! 被害者が望まない合意を実行しておきながら、10億円をもらい財団を作ることは、被害者に対する新たな暴力だ!”
 一方、日本国内では、韓日「合意」の問題点に対する認識は希薄だ。それどころか「10億円の拠出が『賠償金』と受け止められかねない」とわざわざこんな懸念すら聞こえる。

 

 「和解・癒やし」財団が設立される前日、日本の外務省前では、「韓日『合意』反対アクション~『和解・癒やし』財団設立にNO!!」と題し、抗議活動が行われた。在日同胞、日本人らが集まり、「日本政府は被害者支援事業を被害国に押しつけるな!」「日本政府は国連勧告に従って法的責任を認めろ!」と声を挙げた。
 参加者たちは、朝鮮語と日本語で「和解」「癒やし」と書かれたマスクを付けて街頭に立った。韓日「合意」と財団設立の本質が、「和解」「癒やし」というまやかしの言葉で被害女性たちの声を封じ込めようとするものだということを示すためだ。 

 参加者たちは、日本軍性奴隷制の被害女性たちの鎮魂をテーマにした映画「鬼郷」の主題歌である「カシリ」という曲を流しながら、被害者への鎮魂の思いを込めた。
 
 「韓国政府も問題だが、自らの国家犯罪に対する法的責任を認定せず、国際法の責務に沿った被害回復措置を全く取っていない日本政府に根本的な問題がある。この「合意」を一斉に歓迎する日本の主要メディア、いわゆる「リベラル」な知識人、それに流されてしまう日本社会の世論は非常に問題である」。主催者は外務省前で反対アクションを行うに至った理由をこう説明した。

 「昼食をもてなすからという名目で被害女性たちが財団設立の場に直接来るよう政府が電話をかけ、しかも直接来ればお金をあげるという内容も話された」と、挺対協によって報告されたこの間の出来事にも触れ、「被害女性たちを『合意』の支持者として利用しようという意図が透けて見える」と、韓国政府に対しても強く非難した。
 
 これまで、国際人権条約機関による日本政府への勧告が度々出されてきた。反対アクションでは、なかでも近年出された勧告(2016年/女性差別撤廃委員会対日勧告、2014年/人種差別撤廃委員会、2013年/社会権規約委員会勧告、2014年/自由権規約委員会勧告、2013年/拷問禁止委員会勧告)が読み上げられた。外務省はこのような国連勧告に従い法的責任を認知し、公式謝罪と法的賠償、真相究明や歴史教育、加害者処罰を行うべきだと訴えた。



 フリースピーチでマイクをとった、日本人のOさん。「日本政府は二度と同じ過ちを犯さないために、自ら歴史的加害責任を問い、その記憶を継承していかなくてはいけません。それは、苦痛を伴うことかもしれません。しかし、二度と同じ過ちを起こさないための必要な苦痛であると言えるし、未来の希望につながるものだと思っています。韓国でも教科書の国定化が問題になりましたが、その時、韓国の高校生はこうスピーチしていました。『事実は事実として教えてほしい。私たちの判断力を信じてほしい―』。日本でもそのように思う若者は多いのではないかと信じています。日本政府は『合意』の前に真相究明、謝罪、補償、責任者処罰、歴史的教育、歴史の継承をすべきです。ところが日韓『合意』には、真相究明への措置も、再発防止への措置も全く触れられていません。事実認定も曖昧、責任の所在も曖昧、性奴隷制であることも否定。そんな日本政府が、平和を願う少女像について『移転』だの『撤去』だの、言語道断です。被害者を置き去りにして『和解』とうたうこと自体が、『和解』という名の暴力です」。

 財団反対アクションをすると聞き外務省前に駆けつけたUさんは、「財団が設立されるという今の状況に絶望的な気持ちになった。日本政府は、最低限守るべき道義と倫理を果たしていない。それはまさにまた同じ過ちを繰り返し兼ねないことに繋がる。言うまでもないが、上っ面の未来志向ではなく被害者の言葉にちゃんと耳を傾けるところから、やり直していかなければならない」。
 
 同じく外務省前で声をあげたIさんはこう話す。「昨年12月の『合意』に失望した。当事者のハルモニたちを無視し政治的な解決を図ろうとしたことに怒りをもった。政治家たちの思惑で被害者たちの思いを踏みにじろうとしていることに怒りが込みあげる。声をあげることを絶やしてはならないと思うし、自分たちのこととして向き合っていきたい」。

 多くの人が通り過ぎていく街頭で抗議行動をしながらマイノリティとしての「疎外感」のようなものも感じたという在日朝鮮人のCさん。「日本では、『慰安婦』問題の本質がほとんど理解されず、この問題を自分とは無関係のものとして捉えているように感じる。これも日本社会の1つの暴力構造だと思う。『伝える』ということは簡単なことではないが、地道に声をあげたい」。

 現在韓国では、韓日「合意」に基づく財団に反対し、日本政府の拠出金ではなく市民の力による「正義と記憶」財団が立ち上げられ、募金運動が行われている。外務省前での反対アクションでは、同財団へのカンパも呼びかけられた。(S)

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東京都知事選と日弁連会長声明

2016-08-01 10:00:00 | (瑛)のブログ


 7月31日、地元では毎年恒例のハッキョチャリティー夜会が行われた。雨予報も出ていたので、ヤキモキしたものの、午後の早い時間にザーッと雨が降り、開始時間は、風も出て、ほどよい涼しさに。真夏に食べ物を売る側としては、理想的な環境となった。

 この日のチャリティー金の目標は100万円。2010年に石原都知事が東京都内のウリハッキョへの補助金を止めたことから、本校は約100万円の教育資金がストップし、同胞社会の自助努力でこの穴を埋めている。

 一日の作業を終えて、家に着くと、東京都知事選の結果が耳に飛び込んできた。都知事選の結果は、予想こそしていたものの、逃れられない現実を突きつけられた思いだった。候補に立ったレイシストが上位に入り、10万以上の票を巣くった現実も含め…。

しかし、この都政のなかでも、子どもたちに「学ぶ権利」はあると、保護者や教員たちは、東京都や区、市への訴えを6年間、続けてきた。これからも続くだろう。都知事選の結果も世論の現れだが、一方の世論もある。

 7月29日には日本弁護士連合会から補助金停止に反対する会長声明が出た。力強い追い風! 声明の一部を紹介したい。

…朝鮮学校に通学する子どもたちも、一個の人間として、また、一市民として、成長、発達し、自己の人格を完成、実現するために必要な学習をする固有の権利である学習権(憲法26条第1項、同13条)を保障されている。

 そして、朝鮮学校は、六・三・三・四を採用し、学習指導要領に準じた教育を行っている。そもそも、朝鮮学校は、歴史的経緯から日本に定住し、日本社会の一員として生活する、朝鮮半島にルーツをもつ在日朝鮮人の子どもたちが通う学校であり、民族教育を軸に据えた学校教育を実施する場として既に一定の社会的評価が形成されてきた(大阪高裁平成26年7月8日)。

 当連合会は、全ての子どもたちが教育を受ける権利を平等に享受することができるよう、政府に対して、朝鮮学校に対する補助金交付の停止を、事実上、地方公共団体に要請している同通知の撤回を求め、また、地方公共団体に対しては、朝鮮学校に対する補助金の支出について上記憲法上の権利に配慮した運用を行うよう求めるものである。(日本弁護士連合会HPからhttp://www.nichibenren.or.jp/activity/document/statement/year/2016/160729.html)
           
 今年の夜会には、卒業して朝鮮高校や日本の高校に進学した卒業生たちも、たくさん手伝いに来てくれた。厳しい現実はあるが、地域のみんなが「美味しいね、楽しいね」と集まれる、ハッキョというこの場を、この空気を、子どもたちが肌で感じながら、育ってほしい。皆さん、本当におつかれさまでした。(瑛)
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