日刊イオ

月刊イオがおくる日刊編集後記

銃を向けられた在日朝鮮人

2018-02-24 09:57:25 | (理)のブログ

 昨日2月23日の午前3時50分頃、在日本朝鮮人総聯合会(総聯)の中央本部が所在する朝鮮会館が銃撃されるという事件が発生。私は同日の出勤中にネットニュースを見て知ったのですが、(あ、恐ろしいな)と感じ、とっさにスマホから顔を上げて周囲を見渡してしまいました。とりあえず続報を待つことに。
 その後、ネットを通して分かったのは、実行犯の一人(現行犯で二人が逮捕された)桂田智司という人物が、過去に何度も排外デモなどを行っている筋金入りの排外主義者だったということ。

 夕方に総聯中央が記者会見を開くとのことで取材に行ってきました。



 記者会見では、総聨中央常任委員会の南昇祐副議長が談話を発表。全文は朝鮮新報ネット版に掲載されています。→http://chosonsinbo.com/jp/2018/02/il-1348/

 談話文が読まれたあと質疑応答の時間が設けられ、朝日新聞、読売新聞、フジテレビ、時事通信、聯合ニュースほか、日本と韓国のメディアから質問がありました。そのうちのいくつかを紹介します。

Q.談話を読む前に(副議長が)、「事件後、心配の電話が各地から寄せられている」と話していたが、どのような声が届いているのか?
A.日本各地の同胞たちと日本の方々から電話などを頂いている。同胞たちは「これは全く許すことのできないテロ行為だ」といったような激憤に堪えかねるという声、そして日本の方々は、まずは「人的被害がなかったか」、そして「これは一部の右翼が起こしたことではあるが、今の社会や政治状況がそうさせているもので、大変忌々しき問題。大変だが頑張ってほしい」と激励の声が届いている。

Q.事件の前に脅迫の電話や犯行声明のようなものがあったか?
A.直接、事件に関連することにおいてはない。しかし、毎週のように相当数の右翼宣伝車が近くまできて妨害活動をしたり、数人から20人程が朝鮮会館の前で騒ぎ立てるなどということは日常茶飯事だった。そういったものとの関連性がどこにあるか分からない。

Q.二人とも拳銃を所持していたのか?
A.警察の報告によると、暴力団出身とされる川村能教という男が銃撃犯だったと思われる。暴力団がピストルで加害を加えるという行為とは質が違う。個人の判断ではないはず。誰が何のために雇ったのか、警察はかなり厳しく背後関係を追及すべきだと思っている。

Q.総聯の地方組織も含めて、これまでこのようなテロ被害に遭った前例はあるか?
A.1983年11月18日に、同じように銃で襲撃された事件があった。この建物ではなく、総聯中央の旧会館があった時だ。突然、銃弾によって1階の窓ガラスが撃ち抜かれた。この時の犯人は検挙されておらず、事件解決されなかった。 

Q.その時から35年以来となる今回の事件。やはり衝撃が大きいと思うが?
A.それもそうだが、35年が経ったいま現在でも同じような事件が起きていることに、大変な驚きを禁じえない。在日同胞の権利を擁護するための団体が敵視され、政治の的になっている。こういう事実を冷静にきちんと見つめていく各方面の努力が必要だと思う。今回の事件も、社会的にどう扱われていくか―。そこに総聯への、日本社会の見方が表れると思う。

 南昇祐副議長は引き続き、事件を受けての思いを述べました。
 「日本は長らく朝鮮民主主義人民共和国を敵視し、経済制裁をはじめとする政治的圧力を加えてきた。その一直線上で私たち在日朝鮮人を扱っている。“政治的”という言葉はプロパガンダの意味で言っているわけではない。例えば私を含め、総聯中央の幹部は日本政府の制裁によって本国へ渡航することができない。ある幹部は、朝鮮にいる兄が亡くなったにも関わらず会いに行くことすらできなかった。出国すると二度と日本に入ってこられない。このような非人道的なことが、具体的な政治的処置としてあるのです」
 「総聯の活動は基本的に、在日同胞の生活と権利を守り、日本市民との交流を進め、民族の文化を教え、朝鮮半島の平和のために寄与すること。これだけなのに、不法団体・犯罪団体のように扱われている。こういった姿を映し出そうとしているのは日本の支配層。そんな中で、右翼による信じがたい犯罪行為も“許されている”現状がある」

 私は話を聞きながら、「もしかすると差別している側も、自分が一体なにに向かって差別しているのか、きちんと理解していないのではないだろうか」と思いました。先日、横浜で行われた朝鮮学校ツアーの際に佐野通夫先生が仰っていた「日本社会に蔓延している在日朝鮮人への差別意識は観念的なもの」という言葉が頭に浮かびました。
 日本社会で盛んに聞かれる「北朝鮮」という言葉も、それを憎悪の感情で使う人たちは、しかし全く具体的なイメージを持っていないのだと思います。権力に迎合するメディアに煽られるだけ煽られて、知った気になって色々と混同して、「朝鮮」と名のつく身近な対象にその矛先を向けてしまう。朝鮮総聯しかり、朝鮮学校しかり、在日朝鮮人しかり。

 だから怖いのです。今日、総聯に向けられた銃は、明日は朝鮮学校に向けられるかもしれない。在日朝鮮人に向けられるかもしれない。改めて、今回の事件が重大なヘイトクライムだったことに気づかされました。

 実はちょうど、記者会見の取材に出る前に知り合いの雑誌記者さんから一通のメールが届いていました。
 『今朝の朝鮮総連へのヘイトクライムに心を痛めています。朝鮮ルーツの方々がどれだけの恐怖と絶望を感じているか、考えただけでも胸が苦しいです。一部の右翼や実行犯が問題なのではなく、日本社会全体の差別の問題として考えないといけないのですが、そういう意見は完全に少数になってしまっているし、日本のメディアに関わる者として責任を感じます。ヘイトクライムを絶対に許さないことを表明し、実行犯を生み出した差別的な社会を変えるために一層努力します。』

 まだ情報も少ない中、事件の重大さと差別性を敏感にキャッチしてこのようなメッセージを送って下さっていたのです。記者会見が終わったあと、実感を持ってもう一度このメールを読んだとき、遅ればせながらとても励まされました。
 私も、もっと深い目を持って、日本社会に訴えていける言葉を獲得していきたいと思います。 

 来週28日の夕方からは、今回の総聯への犯罪行為に対する怒りを込めて緊急集会も開かれる予定です。(理)

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高裁での逆転勝利へ!/東京無償化裁判再決起集会

2018-02-23 10:00:00 | (瑛)のブログ

 東京無償化裁判での「逆転勝訴」を目指す再決起集会(主催=東京朝鮮高校生の裁判を支援する会)が2月18日、東京都内で行われ、朝鮮高校や日本人支援者ら380人が集まった。2017年9月13日に敗訴判決が下された東京では、3月20日から控訴審が始まる。

 集会では、東京地裁判決の不当性と控訴審の展望について3人の弁護士が発言した。原告弁護団によると、171218に提出した控訴理由書では、「一審判決の間違い」に絞った主張を行ったという。



 李春熙弁護士は、「国がしていることは法律違反だ。国が朝鮮高校を排除した真の理由は、ハの削除で、これは明らかに政治的外交的な理由だ。しかし、東京地裁判決は国が規程ハを削除したことを無視した。一審では『規定ハ削除の違法性』をまったく議論していないので、控訴審で本格的に議論したい。裁判所が社会的な雰囲気に負けず、判断するようしっかり準備していく」と意気込みを語った。



 続いて発言した金舜植弁護士は、「裁きを受けるべきは文科省。最高裁まで見据えて、控訴審では緻密な理論を積み重ねていくことが大切だ。また、朝鮮学校が法令(私立学校法)に基づき、学校運営をしていることを補充していく」と語った。

 師岡康子弁護士は、「朝鮮学校における教育内容や生活を知らせていく。これらの最低限の事実を知ったうえで、裁判所には法律に基づいて判断してほしい。事実を見てもらったうえで、子どもたちを見てなお教育の機会を奪うのか、差別をしていいのかを問いたい」と訴えた。

  冒頭、韓国のドキュ創作所が制作した動画「海を越え、ウリハッキョを紹介します」が流されたが、とても好感を持てる内容で、読者の方々にもぜひ見ていただきたい。日本語、朝鮮語、英語版がそれぞれある。
  https://www.youtube.com/watch?v=Vfvf_AMwBPE

  前回の判決から約5ヵ月。この間も無償化差別を解消すべく、国際社会や日本社会への訴えが続けられてきた。



  国連に働きかけてきた在日本朝鮮人人権協会の朴金優綺さんは、第3回UPR日本審査で各国から差別是正を求める勧告が出されたことで、「日本政府による朝鮮学校の『高校無償化』制度除外が、国際人権基準に照らして是正されるべき人権侵害行為であることが改めて示された」とその意義を強調した。今年8月の人種差別撤廃委員会による第4回日本審査、9~10月の「子どもの権利委員会による第4回日本審査」の場でも国際世論を喚起していくという。



 長谷川和男・「東京朝鮮高校生の裁判を支援する会」共同代表からは、「朝鮮学校の子どもたちに笑顔を! 全国行脚」の報告があり、各地の子どもや保護者たちと出会う中で感じた思いを伝えていた。


 
 無償化を求める闘いは4月で9年目に突入する。

 東京朝鮮高級学校からは高2の2人が発言した。男子生徒は、「敗訴判決を聞き、怒りと悲しみが一気にこみ上げた。しかし、悲しんでばかりはいられない。どんなに踏みにじられても、パワーに変えた闘いの歴史がある。絶対に勝つという信念をもって、共に泣き、抱き合うその日までがんばり続けましょう」と訴えた。

 
  同日、「東京朝鮮高校生の裁判を支援する会」の2018総会が行われ、スンリ基金100万円が東京朝鮮中高級学校の愼吉雄校長に手渡された。

 最後、司会を担当した柏崎正憲さんが、「文科省は、不当な差別に子どもたちを巻き込んでいる。歴史を振り返らず、居直り、生徒たちを貶め続けているなかで、いくら平和や繁栄をうたっても、その平和に価値はない。いろんな場で訴えていこう」と呼びかけ、来場者のみんなで「声よ集まれ 歌となれ」を合唱した。 

 4年にわたる裁判を支えてきた「支援する会」は、「逆転勝利を目指して、これまで以上の取り組みを準備する」として、運動のウィングを大胆に広げることを課題に定めている。

  朝鮮学校や裁判への関心を喚起するため、今後も通信発行、学習会の開催、他の集会でのアピールなどを進めていく。無償化差別を知らせるパンフレットも新しく作られた。



 今日は金曜行動の日。東京朝高生も多数集まるという。現役の高校生を差別し続ける文科省は高校生の訴えに何を思うのだろうか。何かが響くと信じ、私も久しぶりに足を運びたい。(瑛)

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日本軍性奴隷問題のイベント

2018-02-22 10:00:00 | (K)のブログ

 今日はイベントの紹介をしたいと思います。

 在日本朝鮮人人権協会 性差別撤廃部会が主催する「20184.23アクション いま、日本軍性奴隷問題と向き合う~被害者の声×アート~」です。
 性差別撤廃部会では、毎年423日に合わせて、いろいろな取り組みを行ってきました。今年のイベントの案内文を紹介します。

 「423日は、沖縄で日本軍の「慰安婦」=性奴隷を強いられ、朝鮮の解放/日本の敗戦後、朝鮮女性として初めて自らの被害を明かされた裵奉奇さん(1991年、沖縄にて逝去)の証言が『朝鮮新報』に掲載された日です(1977)
 私たち性差別撤廃部会は、昭和天皇の謝罪と朝鮮半島の統一を願った裵奉奇さんの存在を記憶していくために、423日を記念して、日本軍性奴隷問題について考えるためのアクションを毎年行ってきました。
 日本軍性奴隷問題が「解決される」として2015年に安倍・朴両政権下で発表された「合意」は、被害者を無視してなされた、国際人権基準に背く談合であったことが明らかになっています。被害者たちは今も、日本政府による事実の認定、真相の究明、公式の謝罪、法的な賠償、責任者の処罰、歴史の教育・記憶などを強く求めています。
 私たちはこのたび、真実と正義を実現しようとする被害者たちの声を伝え、今こそ日本軍性奴隷問題と向き合うために、この問題をテーマとした様々な催し物を行います。」

  今年は422日から23日にかけて、多彩な催しが行われます。

  まずはパネル展示「今こそ知ろう!日本軍性奴隷制」展。「日本軍『慰安婦』制度とは?」「慰安所は、誰が、どのような目的で作ったのですか?」など、日本軍性奴隷問題のキホンのキからわかるパネルを展示します。
 次にアート展示「日本軍性奴隷問題とわたし」展。朝鮮高校美術部の生徒や、日本の美術界で活躍する在日朝鮮人アーティストたちが作成した、日本軍性奴隷問題をテーマとしたアート作品を展示します。
 トークは 「日本軍性奴隷問題の現在~宋神道さん支援運動の中で見えてきたもの~」。日本軍性奴隷問題解決のために長年奔走されてきた梁澄子さんの話です。22() 15:0016:30
 歌とピアノの小公演も行われます(歌:Gisaeng(己生)、ピアノ:金成樹)。23() 19:0019:15

 私が最も期待している催しが2人芝居「キャラメル」。
 月刊イオ2月号の演劇特集に登場していただいたきむきがんさん(劇団トル)と洪美玉さん(東京演劇アンサンブル)による日本軍性奴隷問題を扱った二人芝居です。脚本はきむきがんさん(日時:①22() 17:0018:30、②23() 19:3021:00)。
 「在日バイタルチェック」でおなじみのきがんさんが、この問題をどのような脚本に仕上げるのか、二人がどのような舞台を見せるのか、興味はつきません。満席になるのは必至で、早く予約しようと思っています。


4.23アクションの詳細は性差別撤廃部会のフェイスブックページをご覧ください。https://www.facebook.com/HURAK.SCCP/
 行われる場所は西武武蔵関駅徒歩6分のところにあるブレヒトの芝居小屋(東京演劇アンサンブルの本拠地)です。ぜひご参加を。(k)

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漫画全巻「大人買い」

2018-02-21 10:00:00 | (麗)のブログ

最近、久しぶりに漫画を「大人買い」した。
以前も20巻以上もある漫画をネットで注文し、夜中まで読みふけた。
以前買ったのは「GIANT KILLING(ジャイアントキリング)」というサッカー漫画。
サッカーが特段好きとか、漫画で知識を得たいとかそういう理由で買ったわけではなく、ただのミーハー心で買ったら見事にハマった。
(読んだとてサッカーが詳しくなるとかそういう事にはならなかったが)
かなり面白いのでご興味ある方は是非…!

今回買いたかった漫画は既刊が12巻ということもあり、この巻数だとすぐ読めるなという理由で全巻セットの購入ボタンをポチッと押した。
ちなみに、買ったのはいま話題の漫画「ゴールデンカムイ」。

毎日ゲラゲラ笑いながら読み進めている。4月にはアニメ放送も開始する(また私のオタク心が火を噴く…!)。

最近は漫画を買うこともゆっくり読む時間もなかったので、とても楽しい。
すべての音を消して漫画だけに集中する時間は自分にとって至福そのもの。

以前にも、このブログで何度か漫画の紹介をしたことがあるで、また再開したいな~とぼんやり考えている。(麗)

 

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平昌オリンピック開会式をテレビ越しで見て

2018-02-20 10:00:00 | (愛)のブログ
平昌オリンピックが9日より開幕しました!
9日の開会式は珍しく夜に行われるということで、
リアルタイムで見られる絶好の機会ということで、
録画をしながらもテレビの前で早々に待機していました。
 
夜と言うことと屋根がない利点を活かした演出は本当に見事で、テレビの前で感動しっぱなし。
そして、
選手団の最後の行進で統一旗をはばたかせて、
北南選手合同入場行進を見たときの込み上げてくるあの熱い気持ちは、
何とも形容し難い位、感動的でした。
 
先日、NHKのあさイチという番組で平昌オリンピック前の韓国を二人のリポーターが訪ねるという企画をしていました。
録画をしておいて後でじっくり観たのですが、
朝鮮民主主義人民共和国が参加するという報道を受けどう思うのか、街行く人にインタビューする場面がありました。
その際、韓国の若者たちから「統一」という言葉がでてきたのが、
意外で、うれしく、同時に胸が熱くなりました。
 
この感動の根元は、
祖国分断という悲しさを、
身内から肌で感じてきた在日だからなのかも知れません。
 
日本の報道は相変わらず、上っ面だけのものが多くひどいものですが、
歴史的な流れの中での
この平昌オリンピックの平和と融和をテーマした全ては、
本当に貴重で感動的なものだと思いました。
 
イオの誌面でも詳しく4月号にて紹介する予定です!(愛)
※写真は開会式に参加した方からのお土産でもらったもの。
 
 
 
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3月号、スタイリッシュな表紙に注目! 

2018-02-19 10:00:00 | (理)のブログ

 
 イオ3月号が完成しました! パッと目を引く表紙です。今月号のモデルは作編曲家の孫東勲さん。先月末に行われた「埼玉やきとり物語」では、音楽総合プロデュースと本番での指揮を担当しました。

 今年の表紙は、人物の印象的なポートレイトとその人を象徴するキャッチコピーという、これまでになかった表現方法を使ってデザインしています。毎号、どうやったらその人ごとの魅力を引き出せるか、編集部で意見を交わして撮影に臨みます。
 孫さんの場合は、「端正な顔立ちをしているからスタイリッシュなイメージに挑戦してみてもいいよね」という案が出たので、(麗)さんがそれに沿っていくつか構成を考えてくれました。

 撮影当日は、写真日和(http://shashinbiyori.com/)という、イオ編集部が常々お世話になっているスタジオにも協力してもらって色々なパターンにチャレンジ。
 最終候補にはスタジオで撮ったものと屋外(代々木公園近くの歩道橋の上)で撮ったもの、これまた全く印象の違う2枚が残りましたが、これまでにないドラマチックな構図がいい、とのことで冒頭の写真に決まりました。色味などのニュアンスは許相浩さんが綺麗に加工して下さいました。

 せっかくなので、もう一枚の写真も紹介します。


 

 さて、表紙以外にも3月号は見どころがいっぱい!

 特集は「みんなの子育て」。初めての子育ては、きっと手探りで不安いっぱいの日々だと思います。ほかの家庭がどのような子育てをしているか知ることで、共感や安心感、新たなヒントがあるかもしれません。今回は0~6歳の乳幼児とその親を対象に、産後に気をつけないといけないことや様々な悩みの対処法を紹介しています。特集の最後には、クスッと笑える育児マンガも載せました。

 特別企画は、「動き出した朝鮮半島」。平昌オリンピックを通じて、再び統一への一歩を踏み出そうとしている北南朝鮮。今回の対話で何が話され、なにが生まれようとしているのか―。また、これまでに北南朝鮮が歩んできた分断と対話の道のりはどのようなものだったか。朝鮮新報社の政治部記者が、厚みのある記事を執筆してくれました。

 他にも、▼阪神淡路大震災から23年目を迎えた今年、神戸市が主催する追悼行事で在日コリアンとして初めて遺族代表のあいさつを務めた崔敏夫さんの記事、▼日本全国67ヵ所にある朝鮮学校を行脚し、児童・生徒、保護者や同胞たちに大きな力を与えた長谷川和男さんの手記、▼250回分の「火曜日行動」(朝鮮学校への高校無償化適用と補助金支給を求めて大阪府庁前で毎週火曜日に行われているアクション)の図表を作った許玉汝さんのエッセイ、▼同胞歌劇「埼玉やきとり物語」の本番の日を追ったルポ、▼神奈川県の川崎・桜本にある小学校で、同校と川崎朝鮮初級学校の児童、ハルモニたちがキムチ作りを通じて交流した内容も掲載しています。

 連載も読みごたえがあります。今月号のイオもお楽しみください!(理)

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結審先送り/大阪無償化裁判控訴審 第2回口頭弁論

2018-02-15 10:00:00 | (S)のブログ

 高校無償化裁判の一審で勝訴判決を勝ち取った大阪で、昨日、控訴審の第2回口頭弁論が行われた。

 同胞や日本市民、大阪朝鮮高校生徒など135人が傍聴席を求め列をなし、81の傍聴席が埋まった。

 

 前回の期日後、控訴人(国側)からは第1準備書面が提出された。内容は、高校無償化法などの具体的な法律よりも、主に“我々日本国民は~”ではじまる教育基本法の抽象的な理念を持ち出したもので、これに朝鮮学校は沿っていないため審査基準には適合しないと結論付けるようなものだった。

 

 弁護団はこれに対し、一部誤解されてはいけない主張などについてまとめた8ページほどの準備書面を提出し、引き続き結審を求めた。

 書面では、国側が、教育基本法が外国人学校にも全面的に適用されることを前提に主張を展開していることについて、「我々日本国民は」「国家をさらに発展させるため」「わが国の未来を切り開く教育の基本を確立するため」といったことが書かれた前文からすでに分かるように、教育基本法が「日本国民の日本国家を発展させるための法律」であり、そもそも外国人児童や生徒が通う外国人学校に全面的に適用されることを想定したものではないとした。

 また、教育基本法では「学問の自由の尊重」が強調されており、学校現場で教師の教育活動を縛ることができると解釈することはできないとした。

 教育基本法を持ち出し抽象的な論理を立てる国のおかしな主張に反論し、中には明らかに間違いに基づいた主張もあったためそれも指摘をした。

 さらにもう一点、雑誌『法学セミナー』に掲載された、2人の研究者による論文についても言及した。

 高校無償化制度からの朝鮮高校除外問題について、各地裁判決などを分析した論文で、2つとも大阪の一審判決が最も説得力があり妥当であること、高裁でもしっかりとした判断をすべきだという方向で書かれた論文だ。広島や東京での一審判決が妥当だという論文はどこにもないことにも触れながら、学園側は大阪での一審判決が控訴審で維持されるべきだと主張した。

 この日の法廷では、提出書面などの確認が行われ、特に陳述などは行われなかったが、裁判官から学園側と国側の双方に、一審でも議論してきた文科大臣の判断の「裁量権」についてそれぞれ補充して主張する点があるかと質問する場面があった。国側はこれに関する書面の提出を希望、学園側は議論はし尽くしたとして審議の終結を希望した。

 合議を行うため裁判官らが一時退室。7~8分後に戻り、国側の意向に配慮し次回もう一度期日を取ることが伝えられた。

 

 閉廷後の報告会でははじめに、金英哲弁護士がこの間の書面のやりとりについて説明した。期日が延びたことについては、「裁判官に判決を書くための準備がまだできてないのではないか。期日がまだ行われるため、こちらもその間に一審で主張した中心的な内容をもう一度主張していく」と話した。

 

 続いて丹羽弁護団長が発言し、文部科学大臣に「裁量はない」と言った全うな一審判決を、高裁がどう書くかが注目されていると説明した。

 「裁量権が無いと書くか、あっても限定的だとするか、もしくは広島や東京の判決のように広範な裁量権を認めてしまうか、今攻防戦をしています。一審での主張を整理し、一審判決も踏まえ、高裁で裁判官がこの判決に従うよう主張していく。仮に『裁量はない』とまで言わなくても、広範な裁量というのはありえない」。

 論理的な主張はもちろん、教育への介入である「広範な裁量」を容認することがいかに危険なことなのかということをアピールしていきたいとした。

 

 バレンタインデーの日に行われたこの日の裁判。報告会では大阪朝高オモニ会から弁護団へチョコレートがプレゼントされ、突然のサプライズに会場の雰囲気が和んだ。

 弁護団や学園理事長から次回後の裁判への決意が語られ、報告会が終了した。

 

 次回、控訴審の第3回口頭弁論は4月27日(金)15時から。おそらくこれが結審となる見通しだ。(S)

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韓国社会と朝鮮学校~モンダンヨンピル通信

2018-02-14 09:57:01 | (瑛)のブログ



 平昌オリンピックが盛りあがるなか、ソウルから素敵な雑誌が届きました。

「몽당연필로 쓴 하나~조선학교와 함께하는 사람들(モンダンヨンピルで書いたハナ~朝鮮学校とともにする人たち )」の2号。

 朝鮮学校を支援するために生まれた韓国の市民団体「モンダンヨンピル」が結成されたのは2011年。北海道の朝鮮学校に密着した映画「ウリハッキョ」の金明俊監督や、俳優の権海孝さんらが中心となり、東日本大震災で被災した朝鮮学校の支援を始めました。現在もコンサートや学習会、グッズ販売に取り組みながら理解を広げています。







 2号目の特集は「抵抗」と銘打たれていました。「朝鮮学校高校無償化裁判」の現場ルポ、4月24日に70周年を迎える「4・24教育闘争」、大阪の民族学級の現状などで構成されています。4・24の目撃者・ペヨンエさんのインタビューや、大阪の民族学級が直面する課題がドシンと胸に響きます。



 朝鮮学校を知るための入門編の位置づけでしょうか。「在日同胞を深く知る」と題して、韓国で研究生活を送る学者のインタビューや、「ウリハッキョ学生たちの恋愛」、「食べ物で知る在日同胞の言葉」などのコラムもおもしろかったです。

 16年間、朝鮮学校で育った自分としては、「空気」のように感じていたことが、何も知らない人にはこう伝えるんだという新しい発見がありました。

 今、平昌には長らく入国を拒否されていた朝鮮籍の同胞たちが多数、応援にかけつけていますが、なぜ故郷に自由に入れないのか―。この疑問を解くべく「朝鮮籍同胞の入国拒否問題」もやさしく解説しています。京都の高麗美術館、金松伊さん作の絵本「なっちゃんがいく」や映画「60万回のトライ」など、文化情報も独自の視点が光っていました。

 今日、14日の15時から、大阪では無償化裁判の控訴審が行われます。

 「私たちを取り巻く環境はまだまだ厳しい。不安定な情勢と年々厳しくなるウリハッキョ…。しかしモンダンヨンピルの始まりのように、ウリハッキョの子どもたちのように、笑いながら明日を準備します」―権海孝さんは巻頭の発刊辞でこう綴っています。

 雑誌を読み終えたあと、「子どもたちに民族教育を―」という私たちの素朴な願いが海を越えて広がっていることに小さな希望を感じました。

 この雑誌が韓国の市民社会で読まれていくと思うと、イオの仕事が色んな人に届いていくようで、嬉しいです。(瑛)
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横浜で朝鮮学校ツアー開催!

2018-02-13 10:00:00 | (理)のブログ

 2月10日(土)、神奈川朝鮮中高級学校と横浜朝鮮初級学校(ともに横浜市神奈川区)を一般開放して「かながわの朝鮮学校ツアー マンナミョ ペウミョ トブロ in YOKOHAMA」が行われ、近隣住民や一般市民など約230人が参加しました。



 同ツアーは、マンナミョ ペウミョ トブロ(만나며 배우며 더불어)=「出会う、学ぶ、ともに」を合言葉に、去年初めて開催されたイベントです。第1回目の会場は南武朝鮮初級学校(川崎市高津区)でした。

 当日10時。神奈川中高を訪れると、すでにたくさんの人が受付を済ませて授業参観をしていました。国語、日本語、算数、理科、音楽、社会、英語…。参加者は自由に校内を行き来しながら、児童・生徒たちが学ぶようすを楽しそうに眺めていました。



 中級部1年生の日本語の授業にお邪魔すると、生徒たちがなにやら発表していました。6つのグループに分かれて、神奈川中高の学校案内パンフレット作りをしたそうです。それぞれ、「学校の歴史」「学校生活」「授業の内容」「クラブ活動」「学校行事」「差別問題と日本市民との交流」をテーマに調査とまとめをし、特色あるパンフレットを作っていました。

 

 

 

 発表の準備を通して、自分たちが通う学校をよりよく知り、大切に思う気持ちを持つことができたという中1の生徒たち。同時に、初めて同校を訪れたツアー参加者にとっても素敵なアピールになりました。

 授業が終わって、参加者たちは体育館へ。ツアーのメインプログラムが始まりました。
 まず共同代表の関田寛雄さんと神奈川中高の金燦旭校長があいさつし、続いて佐野通夫さんが講演を行いました。



 講演に先立って佐野さんが取り出したのは、「兄弟国 朝鮮」という手づくりの紙芝居。朝鮮と日本の関係を、戦前・戦後の歴史を解説しながら分かりやすく伝える作品でした。これは岐阜県の小坂小学校で教員をしていた二村さんという方が1975年に作ったものだそう。
 佐野さんが紙芝居を入手したきっかけは、旺文社が主催する全国学芸コンクールで賞をもらった一編の詩でした。




 素朴な言葉だけで紡がれた詩。作者の純粋な気持ちが伝わってきます。佐野さんはこの詩に感動して、「よろこびの声」に名前が出ていた二村先生宛てに手紙を書いたそうです。するとお返事の手紙と一緒に送られてきたのが先ほどの紙芝居。とても素敵な先生だったのだなと察します。
 紙芝居の紹介のあと、佐野さんは植民地の歴史から始まり、今に連なる在日朝鮮人の歴史を易しく説明されていました。

 講演が終わると、高校生によるリレートーク「私たちが私らしく生きるために」が始まりました。朝鮮学校の高級部生と日本の高校生が2人ずつ登壇し、司会の質問に答えながら自身の経験を交えながら意見をのべていました。

 「小さい頃から朝鮮学校のことを知っていたので悪いイメージはなかったが、友達と話していて、多くの人は悪い印象を持っていることに驚いた。なんで日本で生まれ育っているのに朝鮮人というだけで差別を受けるのか。文化の違い、他者との違いを理解しようとする姿勢が重要だと思った」(日本の高校1年生)

 「生活の中で自分が直接他人から差別を受けたことはあまりなくて、悪い意味で差別慣れしていた。和光高校と1年間の交流をしてみて、『最初は、朝鮮学校と聞いただけで嫌な気持ちになった』という人もいて、初めて悲しい気持ちになった。日本社会の中で自分の学校名を明かすことが言いづらくなったこともあったが、理解を広めるためにも今後はアピールしていきたい」(神奈川中高2年生)

 「私の高校には制服がなく、服装も髪の色も自由だが、見た目だけで批判的なことを言われたりすることがある。差別というのは相手を知らないから起きるものだと思う。勝手なイメージや、身の回りの他の物とは違うという意識から生まれるものではないか。そこに日本人の集団意識も絡んでいる。相手を知ろうとすること、そして自分のことを知ってもらおうとする行動が大切だと思う」(日本の高校3年生)

 「高校無償化からの排除や補助金の停止といった国からの差別を受けて、実践的に外に出て活動することが増えた。署名運動や『金曜行動』(高校無償化適用のため、毎週金曜日に文科省前で行われているアピール)に参加している。自分たちが自分らしく生きていくためには、まず自分が一生懸命動くことが大切だと思う」(神奈川中高2年生)

 気持ちが明るくなるような、希望を感じられる内容でした。「他者を知る、相手を知る、知らなかったことを知っていく、一歩でもいいから行動することの大切さを学んだような気がします。ここにいる子どもたちや在日朝鮮人だけではなく、私たちみなが問われていることだと思います」という司会の呼びかけに、会場からは拍手が送られました。
 また、佐野通夫さんは「先ほど朴勇大さんが『まず自分(在日朝鮮人)が行動しないと』と言ったが、日本人がもっと真っ当になればやらなくてもいいことを在日の人たちがやっているということをもっと考えるべき。現代の朝鮮人に対する差別は非常に観念的。マスコミが植えつけていることを聞くだけで知ったような気になって、実際に会ってもいないのに嫌悪感を持つ。すごく怖いこと。もっとたくさんの人が朝鮮学校とそこで学ぶ子どもたちに出会ってほしい」と、さらに力強く語りました。
 「今の日本社会に蔓延している在日朝鮮人への差別意識は観念的なもの」という言葉にはハッとさせられ、同時に深く頷きました。



 昼食の時間は、学校のオモニ会がスープを作って参加者にふるまいました。他にも教科書の展示や朝鮮の民族打楽器体験など、朝鮮学校や朝鮮民族の文化を紹介するブースも設けられ、参加者は興味津々なようすでした。



 

 児童・生徒による歓迎公演もあり、客席からは「わぁ」「きれいだねえ」と、感動の声が漏れていました。

 



 最後に、参加者らがグループごとに輪になり、この日のツアーを通して感じたことを共有する懇談会が開かれました。

 

 

 朝鮮学校の教員や学校をよく知る支援者、朝鮮学校の生徒、日本の高校生、そして一般市民たちもごちゃ混ぜになり、自然とさまざまなテーマで話し合いが広がっていきました。差別のこと、在日朝鮮人のこと、朝鮮学校のこと、ヘイトスピーチのこと、日本社会のこと、韓国に留学したことのある日本人が自身の経験を話したり、初めて朝鮮学校に来た人が率直な感想を話したり…。

 「今まで『朝鮮』という言葉になぜか分からないけれど抵抗感があった。韓国という言葉にはそんなことないのに。なんでだろう、その理由を知りたくて、勉強しようと思ってここに来た。実際に来てみて、朝鮮高校生たちが修学旅行で行った平壌の写真なども見ることができて、『平壌に入れるの!?』っていう質問もしたり、とても面白かった。今では朝鮮への抵抗も全然なくなった。今までは遠かったのかな、でも今は近づいたのかな、もっと知りたいと思った」

 「この前、朝鮮学校の美術部展に行くことがあったんですが、生徒たちが常に作品の横にいてプレゼンしてくれるのがすごく良かった。作品を通して真実を語っていて、どうしてこうも自分をしっかりと表現できるのかな?と感動した。子どもがあんなに自主的になれるなんて。どういう教育をしたらこんな子たちが育つんだろうと感じました」

 「人と出会って、そこで自分が感じたもの以上に疑いようのないものはない。来年、ここに自分だけじゃなく他の人も連れてきて、出会いを広げていくことが大事だ」

 「自分が高校生の頃にこういう交流があればいいのに、と羨ましくなった」

 ―老若男女問わずみなが目線を合わせてお互いのことを話す、とても柔らかい空間でした。

 神奈川中高の金燦旭校長は、このツアーを実施する目的について「朝鮮学校について知ってもらうというのはもちろん、なによりも楽しんでほしいという気持ちがあった。朝鮮学校の楽しい日常を味わって帰ってほしい。そうすればもっと知りたいと思うだろうし、実際に人と出会うことで、テレビで朝鮮に対する一面的なニュースをやっていても、ちょっと違った視点で見ることができるはず。なにかの行動につながるかもしれない」と話していました。

 市民たちが出会う場、それもゆっくりと言葉を交わせる場というのは今まであまり無かったのではないでしょうか。いろいろな可能性が芽生えそうな、素敵な試みだと思いました。ツアーは今年で2回目を迎えましたが、来年以降も続けて、県内の全ての朝鮮学校をまわる予定とのこと。きっと、もっと多くの人が参加してくれることでしょう。

 今回のツアーの内容はイオ4月号でも紹介します。(理)
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メルバンさんを助けたい

2018-02-10 09:00:00 | (理)のブログ

 本来、土曜日は日刊イオを更新する日ではありませんが、きのう見聞きしたことをどこかで発信したかったので、とりあえずはここで書いてみることにしました。

 昨日、東京入国管理局(品川)へ行きました。下の記事をネットで見つけてショックを受けたからです。

●新婚女性を拘束、吐血・痙攣しても薬を与えず、口封じの脅迫―東京入管の難民虐待が酷すぎる
https://news.yahoo.co.jp/byline/shivarei/20180207-00081337/

 この記事を読んでもらうのが一番早いと思うので、できれば多くの人に直接読んで知ってもらいたいのですが、念のために内容を書くと、幼い頃に渡日して以降、ずっと日本で育ったクルド人のメルバンさんという女性が、なんの理由もなしに突然、東京入管に収容されてしまったという事件です。収容されたのは去年の11月27日。現在22歳のかのじょは新婚で、結婚から半年も経たないうちに夫と引き離されてしまいました。
 あまりにも信じられないような記事の内容にいても立ってもいられなくなり、また、この記事を知るきっかけとなったツイート文の「入管はメディアからのプレッシャーに弱いのです」という言葉に引っ張られ(https://twitter.com/reishiva/status/961409454464892928)、メディアに関わる人間として、なにかしないといけない、なにかできるのではと思い立ちました。
 まずは記事を書いた志葉玲さんという方に連絡をしてみました。聞くと、だれでも面会が可能だといいます。

 急でしたが編集長に行きたい旨を伝えると、「在留管理制度は在日朝鮮人とも関係の深い内容だからね。自分も2011年に難民問題を取材して、4回にわたって連載したよ」とのこと。さっそく探して読んでみて、日本国内でこんなに深刻な人権蹂躙が横行しているのに、私はなにも知らなかった、いや知ろうともしなかったな…と打ちのめされました。
 編集長は、志葉さんの記事でツイートを引用されていた支援者の織田朝日さんという方とも取材を通して面識があり、連絡先を教えてくれました。7年前の番号だから通じるかな…と思いつつ、駅に向かいながら電話をしてみると出たのはご本人。なにかアドバイスをもらいたく、「志葉さんの記事を読んでとても気になったからメルバンさんと面会したい」と伝えると、まさにいま自分も入管へ向かっているとお返事が! 一緒に面会できることになりました。物事が一気に進み、ありがたく感じました。
 前置きが長くなりました。

 面会の申請を済ませて順番を待っている間に、織田さんが色々なことをかいつまんで教えてくれました。
 まず収容所に入れられている外国人について。現在、東京入管には約600人の外国人が収容されているそうです。いわゆる難民が大勢収容されているわけですが、日本は1981年に難民を受け入れる国際条約に加入しています。
 「収容されるのかどうか、仮放免になるのかどうか、特別在留許可がおりるのかどうか…など、すべてにおいて基準がなく、入管側の恣意的な判断で決まる。そして理由を明かさない。そのことも難民たちを非常に不安にさせている」(イオ2011年4月号「ルポ・抑圧され排除される難民たち②」より)とあるように、難民たちは常に不安を抱きながら生活しています。
 そもそもの問題として、「難民」とは、さまざまな理由で迫害を受け(それも政治や宗教という自分たちには原因のないことがほとんど)、それまで暮らしていた国から逃げてきた人たち。ただでさえ苛酷な状況に置かれた社会的弱者を、なぜ「収容」するのでしょうか。
※難民については、こちらに詳しく書いてあります→「難民にまつわる8つのよくある質問」(https://www.refugee.or.jp/jar/report/2016/04/15-0000.shtml

 また、収容所内での処遇にもやはり大変な問題があると聞きました。メルバンさんは女性なので直接的な暴力はないらしいですが(しかし上の記事にもあるように、パニック障害を緩和させるためにいつも服用している薬ですら与えられず、身体が痙攣しても血を吐いても放置されている)、男性の場合はちょっとしたことで普通に職員から暴行されるといいます。
 実際に織田さんも、収容されている知人男性と面会した時に、顔にひどい痣があるのを目撃したと話していました。「その人は顔から床に叩きつけられて、数人がかりで腕をねじり上げられ、『息ができない』と言ってもしばらくやめてもらえなかったみたいです。職員が制圧しにくる時って、手袋をきゅっとはめ始めるみたいで、それを見ると『来る』と思うんだそうです」―。言葉が出ませんでした。「ちょっとしたこと」というのも、朝の点呼を拒否するという程度の、本当にちょっとしたことなのだそうです。
 「朝の点呼というのは、地べたに座らせられるみたいなんですね。それで全員の点呼が終わるまでじっとしていないといけない。感情を無にして、なにも考えないようにすればどうってことないんでしょうが、悪いことをしていないのに刑務所のような処遇を受けて、屈辱的に感じる人ももちろんいますよね。『納得いかない、こんなのおかしい』と思い始めると気持ちが狂っちゃう。それでちょっと逆らったくらいのものですよ」。拷問と一緒だな、と思いました。
 「刑務所に5年入っていた日系の外国人が入管に来て自殺した。刑務所よりもひどい。『ここは日本だよ。日本のやり方でやる。国に帰らせる』といつも職員が脅迫する。気の弱い人には大きなストレスになる。そして自殺する」(イオ2011年3月号「ルポ・抑圧され排除される難民たち①」より)ともあります。

 他にも理不尽な話をたくさん聞きました。ある男性が、収容されている妻に生花を差し入れてあげたくても許可されず、仕方なく折り紙を差し入れたことがありました。妻はその折り紙で立体的な花を作って夫に渡そうとしたのですが、これも職員によって却下されました。理由を聞いても答えない、ただただ「ダメ」だと言うのです。そのような小さいことはいくらでもあると織田さんは教えてくれました。
 「なんでそんないじめのようなことをするんですか?」と織田さんに聞くと、「どうしてだろうと私も思うけど、昔からそうだったから。中には楽しんでやっている人もいますよ。外から見えないから、いくらでも好きなことができるし」と悲しくなる言葉が返ってきました。
 入管で働いている人たちがなにを考えているのか知りたくて、織田さんはよく職員個人に話しかけるそうです。「色々話してみて思うのは、考えることをしない人が多い感じはします。『これはおかしいんじゃないか』と疑問に思わない。『仕事なので、ルールなので、法律なので』の一点張り。ルールってなんのルールですか?と聞き返すとなにも答えられないんですよね」。そんな人たちが、しかし人間を管理する立場にいる。聞けば聞くほど、もどかしく思います。

 織田さんが難民の支援に携わるようになったきっかけを聞いていると、面会の順番が回ってきました。私たちの前にメルバンさんと話していたのは、面会ボランティアの佐藤さん。「面会ボランティア」という存在も初めて知りました。
 佐藤さんにあいさつし面会室へ向かうと、ガラスの向こうにメルバンさんが現れました。目の下には深いクマがあり、かのじょが安眠できていないことを物語っていました。メルバンさんは織田さんに収容所内での近況を報告したあと、私にも色々と話をしてくれました。
 「私も前は友達の面会で、今あなたが座っている方に来ていました。その時も友達が心配だったけど、自分が収容されてみて、この辛さは中に入ってみないと分からないと感じました。本当に、中に入れば分かる。特に夜中が本当に辛い。家族は大丈夫かな、私はどうなるんだろうといつも心配になる。弟も大きくなってきていて、20歳になったら私のように収容されるのかもと不安でたまらない。弟は日本で生まれ育って、ずっと日本の学校に通って、悪いこともしていないのに、ビザがないからどうなるか分からない」
 20歳になる前は収容されない、日本で生まれ育ってもビザがもらえない、私はあまりにも知識不足で、メルバンさんの話をどうにか追うのに必死でした。
 「それでも今、ISSJ()の人が私を出してくれようとしている。私が勉強して通訳の仕事ができるようになったらビザもおりると言ってくれた。だから私は今、それを実現させようと決心している。トルコ語とクルド語と日本語を使って通訳の仕事がしたい。ビザもほしいけど、困っている人たちを助けたいから。日本にいるクルド人は、トルコ語も日本語も分からない人が多い。クルド語の通訳ができたら、助けられる人がたくさんいると思う。もし私がここを出られたら、次に入管に来る時は困っている人たちを助けにきます。日本で生まれたけどビザのない子どもたちのために、なんの罪もないんです、そんな子たちを助けるために頑張りたい」

 面会時間の30分はあっという間に過ぎました。私は言いたいことがたくさんありましたが、「また来ます、私の周りで伝えられる人に、できるだけたくさん伝えます」と約束して部屋を出ました(織田さんは子どものお迎えがあるため先に退室していました)。そうして今、この記事を書いています。

 織田さんは、難民支援を始めた2004年当初から、「なにも変わらないんだろうな」という絶望感を抱いていたといいます。「実際どうですか? 変わらないどころか、その時よりもっと悪くなってる」。
 イオの該当記事にも、「イラン人のジャマルさん(42)は、『私は91年に日本に来たが、その間、日本の入管行政はまったく改善されていない。収容所で人が死んでも、仮放免者が生活できなくて苦しんでいても、まったく責任を取ろうとせず、そんな状態を放置したままだ。闘わなければ何も変わらず、自分自身を守ることはできない』と訴える」とあります。そして、これが掲載されたのは2011年のこと。現状の変わらなさに気が遠くなります。
 しかし、織田さんは「でもそろそろなにかしないとね」と気を引き締めるように言っていました。なにをしても効果がないのではないかという絶望感を味わいながらも、14年間、支援をやめずに続けていることは本当にすごいことだと思います。

 「いろんな家族がこの中(収容所)にいて、いろんな問題があるので、問題がありすぎて混乱しちゃうので、志葉さんも今、メルバンさんに絞って発信しているのだと思います。メルバンさんよりひどい処遇を受けている人もたくさんいます」と、織田さんは話していました。
 そう、可視化されていない問題、声を上げられない人が、まだまだ大勢いるのだと思うと眩暈がします。ただひたすらにこの問題を拡散して、世論を喚起しないといけないのだと感じました。
 「入管に変化をもたらしたのは、間違いなく当事者である外国人とその支援者たちの闘いの結果である」(イオ2011年6月号「ルポ・抑圧され排除される難民たち④」より)と、わずかではありますが処遇が改善された例もあります。
 織田さんが所属しているSYI(収容者友人有志一同)という団体は、メルバンさんを早急に解放するよう、FAXや電話で入管に訴える運動を地道に行っています。私も以下に番号を載せますが、一人でも多くの行動につながれば幸いです。

東京入管:FAX(03-5796-7125)、電話(03-5796-7111)

 ただ一つ問題は、この文章がとんでもなく長くなってしまったこと。伝えたいことはたくさんありますが、内容が長すぎて逆に面倒くさく感じられてしまったら…と心配にもなります。
 問題意識を持てるか持てないかの違いは、どこまで自分と引き寄せて考えられるかというところにあるんじゃないかなと思います。私は去年、愛知県にあるフィリピン人学校を取材したことが大きかったです。屈託のない笑顔を向けてくれた子どもたちの中にも、日本での立場が不安定な子がいます。今回の事件は、あの子どもたちの身にも起こりうることなのかなと考えると、とても恐ろしくて我慢できませんでした。
 個人的にこのフィリピン人学校の取材も、学ぶこと、考えさせられることが本当に多くて、取材後、人生が変わるような出会いをしたなと思ったものです(その学校のことも日刊イオで書きました→http://blog.goo.ne.jp/gekkan-io/e/c80ffca2df6d563c2c673f25276fbd7b)。
 「人生が変わるような」というのは自分でもちょっと大げさな表現かなと思い直したりもしたのですが、この取材をしていなかったら、もしかしたら今回のこの難民のニュースにも関心が向かなかったかもしれないと思うと、やっぱりとても大切な経験だったなと。
 これを機に、難民について少しずつ勉強して、行動・発信を続けられる人になりたいと思いました。(理)
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平昌五輪、いよいよ今日!

2018-02-09 10:00:00 | (麗)のブログ
昨日、イオ3月号の締切を無事終えました。
そして、(K)さんも昨日書かれていた通り、いよいよ今日の夜に平昌五輪の開幕式が行われます。

いま何かとテレビで話題となっていますが、朝鮮選手団もその内のひとつ。
日々盛り上がりを見せている様子を目にし、私の中の期待値は静かに上がっています。

北と南の選手たちが統一旗を掲げ入場する今回の開幕式。これほど喜ばしいことはないです。

2000年シドニー夏季五輪の合同入場も、ニュースや誌面で見たことはありますが、
当時リアルタイムで見ていたのかは正直、記憶は曖昧です。

その歴史的瞬間を見られると思うと、とても感慨深いです。
締切も終わり、清々しい気持ちでしっかり見届けたいです!(麗)
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平昌五輪と釜山アジア大会の思い出

2018-02-08 09:44:04 | (K)のブログ


 平昌五輪の開会式が明日の夜に行われます。昨年まではほとんど関心のなかった五輪でしたが、がぜん注目しています。個人的には特に、統一チームが実現した女子アイスホッケーの活躍に期待しています。
 競技だけでなく、北からの芸術団、応援団などの活動と南の人たちとの交流、総聯応援団の動向など、見所が多すぎです。特に、これまでで最もレベルの高い人物、最高人民会議常任委員会の金永南委員長が朝鮮の高位級代表団の団長として南を訪問します(文大統領との会談があるのか)。

 北の芸術団は6日、万景峰92号に乗って韓国の江原道東海市墨湖港に入りました。大会期間中、船がホテル代わりとなります。万景峰92号が韓国に入るのは、2002年9月の釜山アジア大会以来のこととなります。南のハンギョレ新聞は、「5611日ぶりに入港」と伝えています。もう16年も経ったのですね。

 釜山アジア大会は、当時、現地で取材しました。万景峰92号が釜山に入港・出航した時もその場にいました。その時は「美女応援団」として有名になった北の応援団が船で来て生活したのでした。
 釜山市民をはじめとする南の人たちの歓迎ぶりはすさまじく、帰るときには北の応援団も涙を見せていました。取材するこちらも胸が熱くなったものです。当時の写真を何枚か紹介したいと思います。
 まずは入港時。





 次に出航時の写真です。






 2000年の6.15共同宣言から2年、北南の交流がどんどん進んでいる夢のような時代でした。

 今回の平昌五輪での北南の和解と交流が、これからどんどんと進んで行き、当時のような時代がまた来ることを願っています。五輪での選手たちの活躍や応援団、芸術団などの活動については、月刊イオ4月号でお伝えします。(k)
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子育て特集編集中

2018-02-07 10:00:00 | (愛)のブログ
イオは明日の〆切日に向けて、邁進中です。

今回の特集タイトルは「みんなの子育て」。
4家族の子育ての様子を紹介したり、悩みに答えたり、いま特集も完成に向けて編集中です。

今回は(理)さんが新しい筆者を開拓し、子育て漫画も掲載予定です。
先日、筆者の方が原稿を編集部に届けてくださったのですが、
アナログ原稿で上手にきれいに描かれた原稿用紙をみて、
とても感動しました。

最近は編集部でもデータでやりとりすることが多く、
マンガもすべてデータで届くので、
生原稿の活き活きした感じがとても新鮮でした。
早く読者の皆様にもお見せしたいです。

子育て系の漫画は私もついつい見てしまいますが、
子育てのなかで感じる新鮮さや発見を漫画で起こしているのをみると、
共感したり、クスリと笑えたり、
本当に癒されます。

私は漫画は読む専門ですが、
いつか、時間に余裕ができたら、
忘れないうちに漫画でも何でも、子の成長記録を残せたらな~と思っています。

(それにはまず、漫画の描き方練習からしなければ。。。)

いつになるかわかりませんが、そんなことを妄想しながら、特集完成に向けて頑張っています。(愛)

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広く深いコーヒーの世界

2018-02-06 10:00:00 | (理)のブログ

 今年から新たに始まった連載「コーヒーと伝菓の美味しい関係」。
 “朝鮮半島の伝統菓子とコーヒー”という新しいペアリング(食べ合わせ)を考案した野原由美さんに、毎月ひとつずつ季節に沿ったお菓子と、それに合うコーヒーを提案してもらう企画です。朝鮮半島の伝統菓子のことを北では正菓(정과=チョングヮ)、南では韓菓(한과=ハングヮ)といいますが、元をたどればルーツは同じ…ということで、イオでは伝菓(전과=チョングヮ)という造語をつくりました。

 連載のコーディネートをして下さる野原さんは、もとは有名コーヒー店で活躍していたプロの現場バリスタ。朝鮮半島のお餅や伝統菓子と出会い、(これは絶対にコーヒーと合う!)と確信して、このオリジナルのペアリングについて探求を始めたそうです。
 私は2年前にたまたま野原さんのペアリング講座を知り、興味があって参加しました。豊富な知識と新しい切り口がとても面白く、これをイオで紹介したいと思ったのが企画のきっかけです。

 毎回、その号で紹介する伝菓の概要と簡単な作り方(伝菓も野原さんの手作り!)、コーヒーの種類、どうしてこの組み合わせがおすすめなのか…など説明を受けながら写真撮影をしているのですが(上の写真は1月号に掲載)、本当に知識の幅が広くて、いつも新たに知ることばかりです。
 一粒のコーヒー豆の説明から始まっても、数珠つなぎ式に自然と話が広がり少しずつ深い知識につなげていく野原さんの話術。どんどん広がる世界に、私はいつも「…ふおえぇ~」「あっ、へぇ~!」「なるほど…」「わー! そうなんですね!」と感動しっぱなしです。

 昨日は4、5月号分の撮影をしました。また知らなかった話をたくさん聞くことができたので、イオの誌面を通して読者の皆さんにもお届けしたいと思います。

 また、野原さんはブログも運営していて、イオの企画と連動した記事もアップして下さっています。誌面では伝菓の細かいレシピまでは紹介していないため、詳細が気になる方はこちらのブログを参考にして下さい。
→ https://ameblo.jp/punson-k-coffee/entry-12345164796.html

 今後、2月号以降も公開される予定です。乞うご期待!(理)
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なつかしいソンセンニムとの話

2018-02-05 10:00:00 | (S)のブログ
昨日、とあるご夫婦の自宅を訪ねた。
私が初級部2年の時、3~4年の時にそれぞれ担任をしてくれた先生だ。
今は結婚し、かわいいふたごの子どもがいる。次号の「子育て」特集と関連しふたごの子どもを育てる家庭を探してたところ、今回快く取材を引き受けてくれたのだ。
卒業後にゆっくり話す機会はあまりなかったので、子育ての話に限らずたくさんの話をした。

初級部低学年の頃は、「ソンセンニム(先生)」たちはみんな学校に住んでいるのだと思い込んでいた。
スクールバスを下りると必ず玄関先で迎えてくれて、帰るときも見送ってくれる―。
出勤し帰宅し…という学校以外での先生たちを想像する頭を、まだ持っていなかったのだろう(笑)。
そんなふうにのんきに過ごしていた低学年の頃だが、鮮明に覚えていることも意外に多く、当時の思い出話に盛り上がった。

6年間一番人数が多く、「事件」も多かった私のクラス。予想通り先生たちもかなり手を焼いていたそう。
高学年は思春期ならではの悩みも多かった私だが、担任の先生をはじめ周りにかなり心配されていたと聞き驚いた。
そんな知らなかった話もたくさんあった。

きっとなんの悩みもなく子どもたちと接している先生はいないのだろう…。
そんなことを考えながら学生時代を一つひとつ振り返ると、懐かしい中にも色々な発見があって感慨深い。

担任をしていた頃、多くの「事件」に頭を抱えながらも、毎日楽しいことだらけだったという。
当時一緒に学び、朝鮮学校の教員となった私の同級生たちは今どんな教員生活を送っているのだろう想像もしてみた。

編集部にいると、さまざまな取材を通して学生時代にお世話になった先生たちに会える。
取材先ではいつも新しい出会いが待っているが、懐かしい先生たちとの再会も楽しみのひとつだ。(S)
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