乾龍の『漂流日本の羅針盤』・【最新ニュースから見え隠れする闇】:

 在野の政治研究家乾龍が『漂流日本の闇』を斬る! 日々の政治・経済等の時事ニュースの深層を探る。

【HUNTER】:安倍晋三 “不敬”の証明(下) -沖縄と今上陛下-

2017-01-17 15:00:50 | 【天皇家・皇室・女性宮家問題】

【HUNTER】:安倍晋三 “不敬”の証明(下) -沖縄と今上陛下-

 乾龍の『漂流日本の羅針盤』・【最新ニュースから見え隠れする闇】:【HUNTER】:安倍晋三 “不敬”の証明(下) -沖縄と今上陛下-

 戦没者の慰霊に心を砕かれてきた今上陛下は、これまで硫黄島、フィリピン、サイパン パラオ・ペリリュー島などを訪れてこられた。とりわけ、国内で唯一の地上戦が行われた沖縄に対する思いは特別だったとみられ、皇室では戦後初となる皇太子時代の訪問以来、計10回沖縄の土を踏まれている。節目ごとに発せられた“お言葉”も、陛下の沖縄に対する思いが伝わってくるものばかりだ。

83歳の誕生日を迎えられた天皇陛下=皇居・東御苑(宮内庁提供)

  83歳の誕生日を迎えられた天皇陛下=皇居・東御苑(宮内庁提供)


 一方、安倍晋三首相は沖縄の民意を無視し、普天間飛行場の辺野古移設や高江のヘリパッド建設を強行。陛下のご努力や思いを踏みにじってきた。これほど分かりやすい不敬はあるまい。改めて、今上陛下の沖縄に関するご発言を振り返ってみたい。

 ■今上陛下の沖縄への思い
 陛下が初めて沖縄を訪問されたのは、皇太子時代の昭和50年(1975年)。戦後初となる皇室の沖縄訪問だった。美智子皇后(当時は妃殿下)とともに沖縄海洋博の開会式に出席された陛下は、糸満市にあるひめゆりの塔を訪れ献花されている。この時、左翼の過激派に火炎瓶を投げつけられるという事件が起きたが、陛下の沖縄訪問はその後も続いた。平成5年には、全国植樹祭式典出席のため天皇として初の訪問。直近では平成26年、10回目となる沖縄で那覇市の対馬丸記念館を訪れ、疎開する学童783人を含む1,484人の命が奪われた対馬丸事件の生存者や遺族と懇談されている。昭和天皇が慰霊を果たせなかったせいか、今上陛下の沖縄への思いは特別なのだろう。即位などの周年記念日やお誕生日といった節目ごとに、繰り返し沖縄の苦しみを代弁されている。そのいくつかを紹介してみたい。

【天皇として初の沖縄訪問を果たした平成5年 還暦を迎えたお誕生日に際し】
 沖縄の返還も印象深いものでした。返還から3年後、沖縄を訪問、海洋博覧会名誉総裁として沖縄を訪問し、多くの人命が失われた戦跡を訪れ、また、沖縄の歴史や風土に触れたことは深く心に残っています。沖縄県が多くの困難を抱えながらも、県民の努力により、状況が改善されてきていることを、今年の春の沖縄訪問で見聞し、嬉しく思っています。
【日米が米軍普天間基地の返還に合意した平成8年 お誕生日に際し】
 沖縄の問題は、日米両国政府の間で十分に話し合われ、沖縄県民の幸せに配慮した解決の道が開かれていくことを願っております。沖縄は、先の大戦で地上戦が行われ、大きな被害を受けました。沖縄本島の島民の3分の1の人々が亡くなったと聞いています。さらに、日本と連合国との平和条約が発効し、日本の占領期間が終わった後も、20年間にわたって米国の施政権下にありました。このような沖縄の歴史を深く認識することが、復帰に努力した沖縄の人々に対する本土の人々の務めであると思っています。戦後50年を経、戦争を遠い過去のものとしてとらえている人々が多くなった今日、沖縄を訪れる少しでも多くの人々が、さんご礁に囲まれた島と美しい海で大勢の人々の血が流された沖縄の歴史に思いを致すことを願っています
【平成11年 天皇陛下ご即位十年に際し】
 私の幼い日の記憶は、3歳の時、昭和12年に始まります。この年に廬溝橋事件が起こり、戦争は昭和20年の8月まで続きました。したがって私は戦争の無い時を知らないで育ちました。この戦争により、それぞれの祖国のために戦った軍人、戦争の及んだ地域に住んでいた数知れない人々の命が失われました。哀悼の気持ち切なるものがあります。今日の日本が享受している平和と繁栄は、このような多くの犠牲の上に築かれたものであることを心しないといけないと思います。

 沖縄県では、沖縄島や伊江島で軍人以外の多数の県民を巻き込んだ誠に悲惨な戦闘が繰り広げられました。沖縄島の戦闘が厳しい状態になり、軍人と県民が共に島の南部に退き、そこで無数の命が失われました。島の南端摩文仁に建てられた平和の礎には、敵、味方、戦闘員、非戦闘員の別なく、この戦いで亡くなった人の名が記されています。そこには多くの子供を含む一家の名が書き連ねられており、痛ましい気持ちで一杯になります。さらに、沖縄はその後米国の施政下にあり、27年を経てようやく日本に返還されました。このような苦難の道を歩み、日本への復帰を願った沖縄県民の気持ちを日本人全体が決して忘れてはならないと思います。私が沖縄の歴史と文化に関心を寄せているのも、復帰に当たって沖縄の歴史と文化を理解し、県民と共有することが県民を迎える私どもの務めだと思ったからです。後に沖縄の音楽を聞くことが非常に楽しくなりました。

【沖縄本土復帰30周年の平成14年 お誕生日に際し】
 今年は、沖縄が日本に復帰して30周年に当たります。30年前の5月15日、深夜、米国旗が降ろされ、日の丸の旗が揚がっていく光景は、私の心に深く残っております。先の大戦で大きな犠牲を払い、長い時を経て、念願してきた復帰を実現した沖縄の歴史を、人々に記憶され続けていくことを願っています。そして沖縄の人々が幸せになっていくことを念じています
【8回目の沖縄訪問を1か月後に控えた平成15年12月 お誕生日に際し】
 今度の沖縄県の訪問は、国立劇場おきなわの開場記念公演を観ることと、それからまだ行ったことのない宮古島と石垣島を訪問するということが目的です。しかし、沖縄県と言いますと、私どものまず念頭にあるのは沖縄島そして伊江島で地上戦が行われ非常に多くの、特に県民が、犠牲になったということです。この度もそういうことでまず国立沖縄戦没者墓苑に参拝することにしています。この沖縄は、本当に飛行機で島に向かっていくと美しい珊瑚礁に巡らされ、いろいろな緑の美しい海がそれを囲んでいます。しかし、ここで58年前に非常に多くの血が流されたということを常に考えずにはいられません。沖縄が復帰したのは31年前になりますが、これも日本との平和条約が発効してから20年後のことです。その間、沖縄の人々は日本復帰ということを非常に願って様々な運動をしてきました。このような沖縄の人々を迎えるに当たって日本人全体で沖縄の歴史や文化を学び、沖縄の人々への理解を深めていかなければならないと思っていたわけです。私自身もそのような気持ちで沖縄への理解を深めようと努めてきました。私にとっては沖縄の歴史をひもとくということは島津氏の血を受けている者として心の痛むことでした。しかし、それであればこそ沖縄への理解を深め、沖縄の人々の気持ちが理解できるようにならなければならないと努めてきたつもりです。沖縄県の人々にそのような気持ちから少しでも力になればという思いを抱いてきました。そのような気持ちから沖縄国際海洋博覧会の名誉総裁を務めていた機会に、その跡地に「おもろそうし」という沖縄の16世紀から17世紀にかけて編集された歌謡集がありますが、そこに表れる植物を万葉植物園のように見せる植物園ができればというつもりで提案したことがあります。海洋博の跡地は潮風も強く、植物の栽培が非常に難しいと言っていましたが、おもろ植物園ができ、一昨年には秋篠宮妃が子供たちと訪れています。また、同様の気持ちから文化財が戦争でほとんど無くなった沖縄県に組踊ができるような劇場ができればと思って、そのようなことを何人かの人に話したことがあります。この劇場が、この度開場記念公演を迎えるということで本当に感慨深いものを感じています。沖縄は離島であり、島民の生活にも、殊に現在の経済状況は厳しいものがあると聞いていますが、これから先、復帰を願ったことが、沖縄の人々にとって良かったと思えるような県になっていくよう、日本人全体が心を尽くすことを、切に願っています
【11月に沖縄を訪問した平成24年 お誕生日に際し】
 8年ぶりに沖縄県を訪問したわけですけれども、今度行きました所は、今までに行ったことのない所が含まれています。沖縄科学技術大学院大学ですね、恩納村には行きましたけれどもそこは行きませんでしたし、万座毛も初めてでした。それから久米島がやはり初めての所です。戦没者墓苑は、これは毎回お参りすることにしています。そのようなわけで、毎回お参りしている所と新しい所があって、沖縄に対する理解が更に深まったように思っています。万座毛という所は、歴史的にも琉歌で歌われたりしていまして、そこを訪問できたことは印象に残ることでした。殊に恩納岳もよく見えましたね。久米島の深層水研究所も久米島としては水産上、重要な所ではないかと思っています。多くの沖縄の人々に迎えられたことも心に残ることでした。沖縄は、いろいろな問題で苦労が多いことと察しています。その苦労があるだけに日本全体の人が、皆で沖縄の人々の苦労をしている面を考えていくということが大事ではないかと思っています。地上戦であれだけ大勢の人々が亡くなったことはほかの地域ではないわけです。そのことなども、段々時がたつと忘れられていくということが心配されます。やはり、これまでの戦争で沖縄の人々の被った災難というものは、日本人全体で分かち合うということが大切ではないかと思っています

 陛下のお言葉を、解説する必要はないだろう。戦中における沖縄での惨劇、その後の苦しみを一人でも多くの国民に伝えようとされる陛下の思いが、ひしひしと伝わってくる発言ばかりだ。いずれも、本土と沖縄の“温度差”を理解されたうえでのご発言でもある。

 ・「沖縄を訪れる少しでも多くの人々が、さんご礁に囲まれた島と美しい海で大勢の人々の血が流された沖縄の歴史に思いを致すことを願っています」(平成8年)
 ・「沖縄県民の気持ちを日本人全体が決して忘れてはならない」(平成11年)
 ・「先の大戦で大きな犠牲を払い、長い時を経て、念願してきた復帰を実現した沖縄の歴史を、人々に記憶され続けていくことを願っています」(平成14年)
 ・「復帰を願ったことが、沖縄の人々にとって良かったと思えるような県になっていくよう、日本人全体が心を尽くすことを、切に願っています」(平成15年)
 ・「日本全体の人が、皆で沖縄の人々の苦労をしている面を考えていくということが大事」「戦争で沖縄の人々の被った災難というものは、日本人全体で分かち合うということが大切」(平成24年)
 
 度々の沖縄訪問と節目ごとの“お言葉は”、国を代表した沖縄への贖罪であると同時に、陛下の国民に対する呼びかけだ。だが、こうした陛下のお気持ちを、安倍首相は一顧だにしない。県知事選をはじめ幾度もの選挙結果で示された沖縄県民の民意を無視し、辺野古移設や高江のヘリパッド建設を強行する政権の姿勢は、陛下の思いとは全く逆。ご努力を無に帰する行為と言っても過言ではあるまい。安倍の「不敬」は、歴然である。

 元稿:HUNTER 主要ニュース 政治・社会 【社会ニュース】  2017年01月17日  09:20:00  これは参考資料です。 転載等は各自で判断下さい。

 

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【HUNTER】:安倍晋三 “不敬”の証明(上) -憲法と今上陛下-

2017-01-17 15:00:40 | 【天皇家・皇室・女性宮家問題】

【HUNTER】:安倍晋三 “不敬”の証明(上) -憲法と今上陛下-

 乾龍の『漂流日本の羅針盤』・【最新ニュースから見え隠れする闇】:【HUNTER】:安倍晋三 “不敬”の証明(上) -憲法と今上陛下-

20150623_h01-01t--2.jpg 右寄りと思われてきた安倍晋三だが、後にも先にも、この人ほど天皇陛下を軽んじる保守政治家はいない。
 皇室に対して敬意を欠いた言動をとることを「不敬」というが、歴代の中で、安倍は唯一「不敬」を体現している首相と言えるだろう。
 今上天皇が節目ごとに発せられたお言葉を振り返ってみると、陛下のご真意とは全く逆の方向に走る、安倍政権の実相が浮き彫りとなる。

 ■天皇陛下の憲法への思い
 陛下は、即位やご結婚などの周年記念日、お誕生日といった節目となる日に、談話や会見などの形でお気持ちを示さるのが通例だ。平成元年の即位から昨年のお誕生日までに発せられたお言葉からは、憲法と沖縄に対する陛下の“特別な思い”が伝わってくる。まず、憲法について、陛下のお言葉を確認してみたい。

 平成元年1月9日、陛下は即位後に行われた朝見の儀で、「皆さんとともに日本国憲法を守り、これに従って責務を果たすことを誓い、国運の一層の進展と世界の平和、人類福祉の増進を切に希望してやみません」と述べられ、憲法遵守の意思をお示しになられた。同年8月の記者会見で、改めて憲法への思いについて聞かれた陛下は、次のように答えられている。

 憲法は、国の最高法規ですので、国民と共に憲法を守ることに努めていきたいと思っています。終戦の翌年に、学習院初等科を卒業した私にとって、その年に憲法が公布されましたことから、私にとって憲法として意識されているものは日本国憲法ということになります。しかし、天皇は憲法に従って務めを果たすという立場にあるので、憲法に関する論議については言を謹みたいと思っております。

 “憲法遵守”を繰り返される陛下が、それ以上に踏み込んだ発言をされることはなかった。憲法公布から50年目にあたった平成8年のお誕生日でのご発言でも、その姿勢に変わりはなかったことが分かる。

 日本国憲法が公布された時は、私が学習院の中等科1年の時でした。その当時のことで新聞や人の話として記憶していることは、後に日本国憲法を審議することになった大日本帝国憲法下最後の衆議院の総選挙が行われ、初めて婦人代議士が選ばれたこと、選挙後、自由党の吉田内閣が成立したこと、11月3日,公布の日に昭和天皇、皇后を迎えて皇居前広場で式典が行われたことなどが挙げられます。新憲法が口語文で書かれたことが印象に残っていますが、憲法の内容については、その後に折々理解を深めてきましたので、当時、どの程度憲法を理解していたかは記憶に定かでありません。
 天皇は日本国憲法によって、日本国の象徴であり、日本国民統合の象徴と規定されています。この憲法に定められた天皇の在り方を念頭に置きながら、私は務めを果たしていきたいと思っております

 ■大日本帝国憲法を否定された今上陛下
 「象徴天皇」であることに徹し、頑なに憲法に関する発言を控えられていた陛下が、踏み込んだご発言をされたのが平成21年。天皇皇后両陛下御結婚満50年に際しての会見でのご発言だ。50年を振り返って、皇室の在りようや伝統を次代にどう引き継ぐか聞かれ、こう語られていた。

 時代にふさわしい新たな皇室のありようについての質問ですが、私は即位以来、昭和天皇を始め、過去の天皇の歩んできた道に度々に思いを致し、また、日本国憲法にある「天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴」であるという規定に心を致しつつ、国民の期待にこたえられるよう願ってきました。象徴とはどうあるべきかということはいつも私の念頭を離れず、その望ましい在り方を求めて今日に至っています。なお大日本帝国憲法下の天皇の在り方と日本国憲法下の天皇の在り方を比べれば、日本国憲法下の天皇の在り方の方が天皇の長い歴史で見た場合、伝統的な天皇の在り方に沿うものと思います

 守ってきた皇室の伝統についての質問ですが、私は昭和天皇から伝わってきたものはほとんど受け継ぎ、これを守ってきました。この中には新嘗祭のように古くから伝えられてきた伝統的祭祀もありますが、田植えのように昭和天皇から始められた行事もあります。新嘗祭のように古い伝統のあるものはそのままの形を残していくことが大切と考えますが、田植えのように新しく始められた行事は、形よりはそれを行う意義を重視していくことが望ましいと考えます。したがって現在私は田植え、稲刈りに加え、前年に収穫した種籾を播くことから始めています。学士院賞や芸術院賞受賞者などを招いての茶会なども皇后と共に関係者と話し合い、招かれた全員と話ができるように形式を変えました。短時間ではありますが、受賞者、新会員皆と話をする機会が持て、私どもにとっても楽しいものになりました。

 皇室の伝統をどう引き継いでいくかという質問ですが、先ほど天皇の在り方としてその望ましい在り方を常に求めていくという話をしましたが、次世代にとってもその心持ちを持つことが大切であり、個々の行事をどうするかということは次世代の考えに譲りたいと考えます。

 注目すべきは、この時陛下が述べられた「大日本帝国憲法下の天皇の在り方と日本国憲法下の天皇の在り方を比べれば、日本国憲法下の天皇の在り方の方が天皇の長い歴史で見た場合、伝統的な天皇の在り方に沿うものと思います」のくだり。陛下は、「天皇制=日本の歴史」に沿うのは現行憲法だと明言されていたのである。大日本帝国憲法の否定であり、戦前回帰へとひた走る安倍政権とは、まったく逆の考え方を示されていたことになる。

 大日本帝国憲法と現行憲法を比較してみる。大日本帝国憲法の第1章は第1条から第17条まで。要約すれば、神聖にして侵すことのできない万世一系の天皇が国を統治し、軍の統帥を含むすべての権限を集中させるというものだ。統治権=主権と考えるなら、明らかに天皇主権。第2章以降の条文によって、国民は「臣下」と定められる。

 一方、現行憲法で天皇について規定した第1章は、第1条から第8条まで。天皇は「日本国の象徴であり日本国民統合の象徴」であり、「内閣の助言と承認」により、国民のために、一部の国事に関する行為など限られた役割しかない。もちろん、主権は国民にある。今上陛下は、大権を有する大日本帝国憲法下の天皇ではなく、現行憲法下の天皇こそ、本来の天皇の姿だと考えておられるのだ。

 天皇陛下に大日本帝国憲法を否定されて困るのは、安倍首相と自民党だ。陛下のお考えを尊重するなら、必然的に、自民党の憲法改正草案に規定する天皇像が否定されることになるからだ。大日本帝国憲法、日本国憲法、自民党憲法改正草案の、それぞれの条文を並べてみれば分かる。

20170116_h01-01.jpg 自民党の改憲案では、第1条に大日本帝国憲法第4条にあった「元首」の二文字が復活。これだけで、うさん臭さが漂う状況だ。安倍政権が目指す自民党の改憲草案が、陛下にとっては受け入れがたいものであることが分かる。

 自民党の改正案は、「個人」より「国家」を優先する考え方に基づくもの。そのため、「緊急事態条項」などという戦前の国家総動員法をなぞった極めて危ない仕掛けも含まれている。しかも、権限の多くを握るのは天皇に代わって内閣総理大臣。自民党が示す国家像は、平和の希求という崇高な理念を破棄した「戦争ができる国」で、大日本帝国憲法下の日本と極めて似た国家と言わざるを得ない。陛下が大日本帝国憲法を事実上否定していたことを、安倍首相が知らないはずがない。安倍はつまり、現行憲法擁護という陛下の思いを、無視して事を進めているのである。

 ■両陛下の警句を無視した安倍
 現行憲法擁護の姿勢を鮮明にされた陛下は平成25年12月、集団的自衛権の行使容認や改憲に前のめりとなる安倍政権の動きを受けた形で、天皇誕生日に際する記者会見において次のように述べられている。

 80年の道のりを振り返って、特に印象に残っている出来事という質問ですが、やはり最も印象に残っているのは先の戦争のことです。私が学齢に達した時には中国との戦争が始まっており、その翌年の12月8日から、中国のほかに新たに米国、英国、オランダとの戦争が始まりました。終戦を迎えたのは小学校の最後の年でした。この戦争による日本人の犠牲者は約310万人と言われています。前途に様々な夢を持って生きていた多くの人々が、若くして命を失ったことを思うと、本当に痛ましい限りです。

 戦後、連合国軍の占領下にあった日本は、平和と民主主義を、守るべき大切なものとして、日本国憲法を作り、様々な改革を行って、今日の日本を築きました。戦争で荒廃した国土を立て直し、かつ、改善していくために当時の我が国の人々の払った努力に対し、深い感謝の気持ちを抱いています。また、当時の知日派の米国人の協力も忘れてはならないことと思います。戦後60年を超す歳月を経、今日、日本には東日本大震災のような大きな災害に対しても、人と人との絆を大切にし、冷静に事に対処し、復興に向かって尽力する人々が育っていることを、本当に心強く思っています。

 陛下にとっての憲法とは、「平和と民主主義を、守るべき大切なものとしての日本国憲法」。これほど端的な憲法擁護の言葉はあるまい。この年には、お誕生日に際しての文書のなかで皇后陛下も憲法について言及。翌年2月には皇太子殿下が「今日の日本は、戦後、日本国憲法を基礎として築き上げられ、現在、我が国は、平和と繁栄を享受しております。今後とも、憲法を遵守する立場に立って、必要な助言を得ながら、事に当たっていくことが大切だと考えております」と現行憲法遵守を明言されていた。両陛下、さらには皇太子殿下までが、そろって憲法に言及されるというのは極めて異例。憲法改正への動きを加速させる安倍政権への警句であったとも言えよう。しかし安倍は翌27年、皇室の御心痛をよそに、安保法を強行採決。日本が戦後70年かけて築いた「平和国家」の根幹を、あっさり崩している。安倍政権は、天皇や国民を欺き続けた戦前の軍部と同じなのだ。

 現行憲法が第99条に定めた「天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ」という規定を遵守されてきた天皇皇后両陛下――。天皇陛下の思いを無視し、99条はもちろん、現行憲法をGHQの押し付け憲法だとして真っ向から否定する安倍晋三――。これほどの不敬を犯す政治家が、保守政治家であるはずがない。

 元稿:HUNTER 主要ニュース 政治・社会 【社会ニュース】  2017年01月16日  09:00:00  これは参考資料です。 転載等は各自で判断下さい。

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【韓国】:日本から見放され…共産主義体制という究極の「HELL KOREA」 

2017-01-17 11:50:30 | 【外交・韓国・従軍慰安婦、竹島問題】

【韓国】:日本から見放され…共産主義体制という究極の「HELL KOREA」へ舵を切った韓国 朝鮮近現代史研究所所長・松木國俊氏

 乾龍の『漂流日本の羅針盤』・【最新ニュースから見え隠れする闇】:【韓国】:日本から見放され…共産主義体制という究極の「HELL KOREA」へ舵を切った韓国 朝鮮近現代史研究所所長・松木國俊氏 

 朴槿恵(パク・クネ)氏が「親の七光」で大統領になったのが、韓国の不幸の始まりだった。海千山千の政治家や官僚に太刀打ちできるはずもない。たちまち引きこもり「深窓の大統領」と化した。(夕刊フジ)

青瓦台前で開かれた朴大統領の退陣を求める集会=ソウル市(共同)

  青瓦台前で開かれた朴大統領の退陣を求める集会=ソウル市(共同)

 めぼしい「実績」と言えば、中国の習近平国家主席との「蜜月関係」構築ぐらいだろう。それも今年1月の北朝鮮の核実験で吹き飛んだ。中国は助けてくれなかった。

 誰も信じられなくなった朴氏は、最後は「神頼み」となり友人でシャーマンの崔順実(チェ・スンシル)被告にのめり込んでいく。彼女のためにあらゆる便宜を図り、ついに自分の行為が非合法であることさえ分からないほど、判断力がマヒしてしまった。

 非力な朴政権のもとで、財閥オーナーは一族の利益ばかりを追求し、社会格差が絶望的なレベルまで拡大した。庶民の大部分は、大学を出ても正社員に採用されず、ワーキングプアとして薄給に甘んじている。

 「恋愛」「結婚」「出産」「親からの独立」「人付き合い」、さらに「夢と希望」まで捨てた「七放棄」という言葉が飛び交う。多くの若者が自暴自棄になって、「HELL KOREA!」(韓国は地獄だ!)を叫び始めた。

 その一方で、韓国経済そのものが失速した。

 鉄鋼業や造船業、石油化学工業は中国製品の安売り攻勢にあって瀕死(ひんし)状態である。頼みのサムスン電子も、スマートフォン「ギャラクシーノート7」の連続爆発で致命的打撃を被り、成長エンジンを失った韓国経済は、今や墜落寸前である。

 これまでは、韓国が危機に陥るたびに日本が救ってきた。しかし、慰安婦問題での日韓合意であえて10億円を払っても、慰安婦像を撤去しないばかりか、韓国は慰安婦を世界遺産に登録すべく狂奔している。

 「反日韓国には何をやっても無意味だ」

 そのことにようやく気が付いた日本人は、これ以上韓国の面倒を見るつもりはない。

 絶体絶命となった韓国では、ここぞとばかり左翼が国民を扇動し、国中に「朴槿恵よ退陣せよ」の怒声が渦巻き、朴政権は事実上崩壊した。政界も経済界も大混乱を極めるなか、来年夏には新しい大統領が決まるだろう。有力候補はほとんどが「親北・反日」だ。国全体をガラガラポンしたい民衆の支持を集めて、急進左翼勢力が政権を握る可能性が極めて高い。

 そうなれば、米軍は朝鮮半島から撤退し、韓国は北朝鮮にのみこまれる恐れがある。

 2017年は、日本から見放された韓国が、共産主義体制という究極の「HELL KOREA」へ舵を切った年として、歴史に刻まれるかもしれない。

青瓦台前で開かれた朴大統領の退陣を求める集会=ソウル市(共同)

 ■松木國俊(まつき・くにとし) 

 朝鮮近現代史研究所所長。1950年、熊本県生まれ。73年、慶応大学を卒業し、豊田通商に入社。直後から韓国担当を務め、80~84年、ソウル事務所に駐在する。秘書室次長、機械部次長を経て、2000年に退社。松木商事を設立する。韓国問題を長く研究しており、「慰安婦の真実国民運動」前幹事長。著書に『こうして捏造された韓国「千年の恨み」』『韓国よ、「敵」を誤るな!』(ワック)など。

 元稿:産経新聞社 主要ニュース 国際  【アジア・朝鮮半島・韓国】  2017年01月17日  11:50:00  これは参考資料です。 転載等は各自で判断下さい。

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【東京株】:午前終値は113円安 英首相演説控え急落、下げ一時250円に

2017-01-17 11:40:30 | 金融・財政ニュース

【東京株】:午前終値は113円安 英首相演説控え急落、下げ一時250円に迫る

 乾龍の『漂流日本の羅針盤』・【最新ニュースから見え隠れする闇】:【東京株】:午前終値は113円安 英首相演説控え急落、下げ一時250円に迫る

 17日午前の東京株式市場は、日経平均株価が続落し、昨年12月30日以来約半月ぶりに一時1万9000円を割り込んだ。メイ英首相の欧州連合(EU)離脱交渉に関する演説を日本時間今夜に控え、英国がEUからの「強硬離脱」に傾くとの警戒感から、投資家のリスク回避姿勢が強まった。日経平均株価の午前終値は、前日比113円67銭安の1万8981円57銭。

 前日の米国株式市場は祝日のため休場だったが、欧州株式市場では英国のEU強硬離脱で欧州単一市場から撤退すれば欧州経済への悪影響は不可避との見方から、主要市場の株価が軒並み下落した。

 東京株式市場でもこの流れを引き継ぎ、朝方から売りが先行。円相場が一時1ドル=113円台後半まで円高ドル安に振れたことも重荷となり、日経平均株価の午前の安値は246円安の1万8849円まで下げた。これは昨年12月9日以来約1カ月半ぶりの安値水準。

 ただ、円高ドル安の勢いが鈍り円相場が再び1ドル=114円台に戻すと、平均株価は急速に下げ幅を縮小。1万9000円台を回復し、この日の高値をつける場面もあるなど、目まぐるしい値動きとなった。

 東証株価指数(TOPIX)の午前終値は、前日比10.82ポイント安の1519.82。東証1部銘柄の8割近くが値下がりしている。

  元稿:産経新聞社 主要ニュース 経済 【金融・財政】  2017年01月17日  11:40:00  これは参考資料です。 転載等は各自で判断下さい。

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【僭越ながら論】:天皇陛下のお心と安倍晋三の不敬

2017-01-17 11:15:30 | 【天皇家・皇室・女性宮家問題】

【HUNTER・僭越ながら論】:天皇陛下のお心と安倍晋三の不敬

 乾龍の『漂流日本の羅針盤』・【最新ニュースから見え隠れする闇】:【HUNTER・僭越ながら論】:天皇陛下のお心と安倍晋三の不敬

 集団的自衛権の行使容認と、それに伴う解釈改憲を閣議決定した安倍晋三首相。悲願の憲法改正に一歩近づいたと言いたいところだろうが、国民への説明 は不十分で、反発は強まるばかり。先月行われた滋賀県知事選挙では、民主党の衆議院議員だった候補者が、自民・公明推薦の官僚出身候補を破って初当選を果 たし、政権の先行きに影を落とす結果となった。内閣支持率の下落も顕著だ。
 それでも首相の強気は変わらない。新型輸送機オスプレイを佐賀空港に配備することを決めたのに続き、今度は民間船舶の軍事転用を行うのだという。主権者 である国民には何の断りもなく、戦争への歩みを早める安倍。正気の沙汰とは思えないが、こうした事態をもっとも憂慮されているのは、この国の象徴である天 皇陛下ではないだろうか。

 ■民間船舶の徴用 重なる「対馬丸」の悲劇
 尖閣諸島を擁する南西諸島での有事を睨み、安倍政権が進めようとしているのが民間船舶の「徴用」。自衛隊員や軍用車両を運ぶために、民間のフェリーを借 り上げ、船員を予備自衛官として利用しようという計画だ。世界の警察を自認してきた米国の艦船を援護しようという自衛隊が、民間船舶を徴用しなければ有事 に対応できないという滑稽な話だが、国はすでに国内の企業とフェリー2隻を借りる契約を結んでいるのだという。本気で民間人を戦争に巻き込むつもりなの だ。

 先の大戦では、軍に徴用された船舶の多くが撃沈され、あまたの民間人船員が犠牲になった。戦争を知る世代なら、「徴用」と聞いただけで危険な兆候 を察知するのだが、歴史に学ぶことのできない首相には、そのあたりの思慮が欠けているのだろう。「徴用」が船舶以外に及ぶのは時間の問題で、じわじわと戦 争の足音が近づいている状況だ。

 民間船舶の犠牲といえば、思い起こされるのが「対馬丸」の悲劇。「対馬丸」は、日本郵船所有の貨物船だったが、戦争末期の昭和19年(1944 年)、疎開する沖縄の児童らを乗せて九州へ向かう途中、アメリカの潜水艦に撃沈され、780人の児童を含む1,500人近くの犠牲者を出すという悲劇に見 舞われた。

 今年6月、天皇皇后両陛下は、沖縄県那覇市を訪問。その「対馬丸」乗船者の慰霊碑に献花され、追悼の意を表された。戦争当時、犠牲になった児童た ちと同じように疎開中だった両陛下は、長年対馬丸のことを気にかけておられたという。同船の撃沈から70年になる今年、陛下ご自身が強く希望されての沖縄 訪問だった。

 国内で唯一の地上戦を経験し、4分の1ともいわれる県民が犠牲になった沖縄、対馬丸の子どもたち――望んだわけでもないのに、無理やり戦争に引き ずり込まれた「民間人」の哀しみが、そこに在る。そして、両陛下の沖縄訪問は、国が招いた戦争の惨禍を、二度と繰り返してはいけないという思いを、体現さ れたものと見るべきだろう。

 ■両陛下、皇太子殿下の憲法への思い
 昨年12月18日、天皇誕生日に際する記者会見において、陛下は次のように述べられている。
≪戦後、連合国軍の占領下にあった日本は、平和と民主主義を、守るべき大切なものとして、日本国憲法を作り、様々な改革を行って、今日の日本を築きまし た。戦争で荒廃した国土を立て直し、かつ、改善していくために当時の我が国の人々の払った努力に対し、深い感謝の気持ちを抱いています。≫

 皇后陛下も、昨年のお誕生日に際して出された文書の中で、憲法について触れられた。
≪5月の憲法記念日をはさみ、今年は憲法をめぐり、例年に増して盛んな論議が取り交わされていたように感じます。主に新聞紙上でこうした論議に触れなが ら、 かつて、あきる野市の五日市を訪れた時、郷土館で見せて頂いた「五日市憲法草案」のことをしきりに思い出しておりました。
 近代日本の黎明期に生きた人々の、政治参加への強い意欲や、自国の未来にかけた熱い願いに触れ、深い感銘を覚えたことでした。≫

 いずれも平和と、それを支えてきた「憲法」の重要性を示された内容。両陛下が、揃って憲法に言及されるのは異例のことだったが、皇太子殿下も今年2月21日のお誕生日に際し、会見で次のように述べられ、憲法擁護の姿勢を示されている。
≪今日の日本は、戦後、日本国憲法を基礎として築き上げられ、現在、我が国は、平和と繁栄を享受しております。今後とも、憲法を遵守する立場に立って、必要な助言を得ながら、事に当たっていくことが大切だと考えております≫

 ■保守を逸脱した安倍
 天皇象徴制を定めた日本国憲法を誰よりも尊重してきた天皇陛下が、政治向きに関するご発言をなさることはない。その陛下や皇后陛下、さらには皇太子殿下 までが、あえて憲法について語られ、両陛下が沖縄や対馬丸関連施設を訪ねられた意図を、首相は慮るべきだろう。だが現実は、まったく違う方向に向かってい る。特定秘密保護法、武器輸出解禁、集団的自衛権の行使容認と解釈改憲……。安倍政権が進めてきたのは、平和を希求されてきた天皇陛下のお心に背く愚行ば かりなのだ。

 この国の保守政治家が一番大切にしてきたのは皇室だ。自民党の新憲法草案では、天皇を「元首」と定めている。安倍が天皇陛下のご意思を尊重するの は当然のはずだが、期待するだけ無駄というものだろう。戦後の歴史の中で、これほど天皇陛下のお心を無視する宰相の存在を、筆者は知らない。

 元稿:HUNTER 主要ニュース 【僭越ながら論】  2014年08月07日  10:35:00  これは参考資料です。 転載等は各自で判断下さい。

 

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【僭越ながら論】:安倍晋三に投げかけられた天皇皇后両陛下のお言葉

2017-01-17 11:15:20 | 【天皇家・皇室・女性宮家問題】

【HUNTER・僭越ながら論】:安倍晋三に投げかけられた天皇皇后両陛下と皇太子殿下のお言葉

 ●乾龍の『漂流日本の羅針盤』・【最新ニュースから見え隠れする闇】:【HUNTER・僭越ながら論】:安倍晋三に投げかけられた天皇皇后両陛下と皇太子殿下のお言葉

 集団的自衛権の行使容認をめぐる議論が、活発になってきた。安倍晋三首相は、4月にも行使容認のための憲法解釈変更を閣議決定する方針だったが、連立相手の公明党が慎重な姿勢を崩さず調整が難航。党内からも異論が噴き出す状況となっている。
 集団的自衛権の行使については、戦争放棄を定めた憲法9条との兼ね合いで「行使は許されない」とする解釈が、歴代内閣において確立されてきた。集団的自衛権の行使が「国を守るための必要最小限の範囲を超える」と解されるためだ。しかし、「戦後レジームからの脱却」が持論の安部首相は、この積み重ねられた歴史を塗り変えたいらしく、なんとしても閣議決定に持ち込む構えだ。
 そうした中、天皇皇后両陛下が、昨年のそれぞれのお誕生日に憲法についてのお言葉を述べられ、先月21日には皇太子殿下も「憲法遵守」を明言された。
 安部首相はこの国の象徴である天皇陛下や殿下のご意志を、どう受け止めるのか――。
 ■重い両陛下のお言葉
 昨年12月18日、天皇誕生日に際する記者会見において、陛下は次のように述べられた。
 『80年の道のりを振り返って、特に印象に残っている出来事という質問ですが、やはり最も印象に残っているのは先の戦争のことです。私が学齢に達した 時には中国との戦争が始まっており、その翌年の12月8日から、中国のほかに新たに米国、英国、オランダとの戦争が始まりました。終戦を迎えたのは小学校 の最後の年でした。この戦争による日本人の犠牲者は約310万人と言われています。前途に様々な夢を持って生きていた多くの人々が、若くして命を失ったこ とを思うと、本当に痛ましい限りです。
 戦後、連合国軍の占領下にあった日本は、平和と民主主義を、守るべき大切なものとして、日本国憲法を作り、様々な改革を行って、今日の日本を築きました。戦争で荒廃した国土を立て直し、かつ、改善していくために当時の我が国の人々の払った努力に対し、深い感謝の気持ちを抱いています。また、当時の知日派の米国人の協力も忘れてはならないことと思います。戦後60年を超す歳月を経、今日、日本には東日本大震災のような大きな災害に対しても、人と人との絆を大切にし、冷静に事に対処し、復興に向かって尽力する人々が育っていることを、本当に心強く思っています』
 また皇后陛下は、昨年のお誕生日に際し、憲法について文書の中でこう述べられている。
 《5月の憲法記念日をはさみ、今年は憲法をめぐり、例年に増して盛んな論議が取り交わされていたように感じます。主に新聞紙上でこうした論議に触れながら、 かつて、あきる野市の五日市を訪れた時、郷土館で見せて頂いた「五日市憲法草案」のことをしきりに思い出しておりました。明治憲法の公布(明治22年)に 先立ち、地域の小学校の教員、地主や農民が、寄り合い、討議を重ねて書き上げた民間の憲法草案で、基本的人権の尊重や教育の自由の保障及び教育を受ける義務、法の下の平等、更に言論の自由、信教の自由など、204条が書かれており、地方自治権等についても記されています。当時これに類する民間の憲法草案が、日本各地の少なくとも40数か所で作られていたと聞きましたが、近代日本の黎明期に生きた人々の、政治参加への強い意欲や、自国の未来にかけた熱い願いに触れ、深い感銘を覚えたことでした。長い鎖国を経た19世紀末の日本で、市井の人々の間に既に育っていた民権意識を記録するものとして、世界でも珍しい文化遺産ではないかと思います》
 ■皇太子殿下は「憲法遵守」を明言
 さらに、皇太子殿下が、今年2月21日のお誕生日に際し、会見で次のように述べられた。
 『日本国憲法には「天皇は、この憲法の定める国事に関する行為のみを行ひ、国政に関する権能を有しない」と規定されております。今日の日本は、戦後、日本国憲法を基礎として築き上げられ、現在、我が国は、平和と繁栄を享受しております。今後とも、憲法を遵守する立場に立って、必要な助言を得ながら、事に当たっていくことが大切だと考えております』
 両陛下、さらには皇太子殿下までが、そろって憲法に言及されるというのは極めて異例。改憲に向けて前のめりになる安部政権に対し、憂慮された末のご発言だったと見るのが自然だろう。とくに、天皇陛下の『平和と民主主義を、守るべき大切なものとして、日本国憲法を作り」というお言葉は、現行憲法の意味を示された重要な部分だといえよう。
 皇后陛下のお言葉も同様で、憲法に対する国民の熱い思いをご紹介されることで、現行憲法の不可侵性をお示し下さったものだろう。
 皇太子殿下は、さらに踏み込んだ形で『今日の日本は、戦後、日本国憲法を基礎として築き上げられ、現在、我が国は、平和と繁栄を享受しております。今後とも、憲法を遵守する立場に立って』と述べられている。いずれも“憲法を守る”という確固たるご意志に基づく発言であり、そこに議論の余地はない。
 ■解釈改憲に突き進む安部
 翻って、安倍首相はどうか。集団的自衛権の行使容認に向けて、着々と歩みを続けてきたが、これは、歴代内閣の方針を真っ向から否定し、憲法の解釈を変えることを意味している。いわゆる解釈改憲だ。
 どう言いつくろっても、安倍政権がやろうとしているのは、事実上の改憲。これが許されれば、本当の憲法改正など必要なくなる。時の総理が9条の解釈を変えるといえば、戦争さえも始められるわけだ。これは、明らかに、現行憲法の大切さを説かれている天皇皇后両陛下や、皇太子殿下の御心に背く行為だろう。
 安倍首相は、憲法改正を声高に叫び、諸外国の思いを無視して靖国神社に参拝した。右寄りからは拍手喝采だろう。その右寄りの人々は、ことのほか皇室を重んじる。しかし、解釈改憲が両陛下や殿下の意に反するものであることに気付いていない。滑稽と言っても過言ではあるまい。
 自民党は、平成24年4月、平成17年の同党改正案に修正を加える形で「日本国憲法改正草案」を公表した。安部政権が目指す最終目標だ。その草案では、現行憲法の第一条「天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く」を「天皇は、日本国の元首であり、日本国及び日本国民統合の象徴であって、その地位は、主権の存する日本国民の総意に基づく」と変えている。天皇陛下を重んじる姿勢を改めて示したものだろうが、安倍晋三首相は、元首と仰ぐ天皇陛下や皇后陛下、さらには皇太子殿下の思いをも踏みにじろうとしているのである。安倍氏が好む戦前なら、「不敬罪」にあたるのではないか。
 ついでにもう一つ。天皇陛下は、靖国神社を親拝されていない。昭和天皇は1975年を最後に、今上天皇は即位以来だ。1978年のA級戦犯合祀が原因であることは言うまでもあるまい。安倍首相は、靖国参拝を「あたりまえのこと」だという。同じことを、陛下に対して言えるのだろうか……?

 元稿:HUNTER 主要ニュース 【僭越ながら論】  2014年03月20日  09:00:00  これは参考資料です。 転載等は各自で判断下さい。

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【阪神大震災22年】:追悼行事で愛する人鎮魂 遺族「歴史ですますことで…

2017-01-17 11:09:30 | 災害・地震・津波・台風・竜巻・地滑り

【阪神大震災22年】:追悼行事で愛する人鎮魂 遺族「歴史ですますことできない」…次世代への記憶・教訓継承誓う

 乾龍の『漂流日本の羅針盤』・【最新ニュースから見え隠れする闇】:【阪神大震災22年】:追悼行事で愛する人鎮魂 遺族「歴史ですますことできない」…次世代への記憶・教訓継承誓う

 6434人が亡くなった阪神大震災は17日、発生から22年を迎えた。神戸市などの被災各地では発生時刻の午前5時46分、一斉に黙とうがささげられた。震災当日と同じく冷え込みが厳しい朝、市民らは亡くなった愛する人への鎮魂とともに、次の世代への震災の記憶と教訓の継承を誓った。

震災22年を迎えた神戸に「1995 光 1・17」の文字が浮かんだ=17日午前6時17分、神戸市中央区の東遊園地(土井繁孝撮影)

  震災22年を迎えた神戸に「1995 光 1・17」の文字が浮かんだ=17日午前6時17分、神戸市中央区の東遊園地(土井繁孝撮影)

 この日の追悼行事には、平成23年3月の東日本大震災や昨年4月の熊本地震の被災者も参加し、ともに犠牲者の冥福を祈った。

 神戸市中央区の東遊園地で行われた市などによる追悼行事「1・17のつどい」では、竹灯籠約7千本が並べられ、「1995 光 1・17」の文字が浮かび上がった。温かい灯(あか)りに包まれながら、人々は亡き人に思いをはせた。

 妻を亡くした大阪府和泉市の会社員、大鳥居慎司さん(58)が遺族代表として「22年たつと歴史の世界になってしまうが、私にとっては歴史ですますことはできない」と追悼の言葉を述べた。神戸市の久元喜造市長は「震災の経験と教訓を風化させることなく、次の世代に引き継ぐ取り組みを進める」と訴えた。

 市によると、午前5~7時に「1・17のつどい」に訪れた人は約4700人で、統計を始めた20年以来2番目に少なかった。

 一方、兵庫県などが主催する「ひょうご安全の日のつどい」の追悼式典で、井戸敏三知事は「『安全安心で元気なふるさと兵庫』の実現に全力で取り組む」とあいさつ。その後、「1・17ひょうご安全の日宣言」が朗読される。

 元稿:産経新聞社 産経ニュース WEST関西 【できごと】  2017年01月17日  11:09:00  これは参考資料です。 転載等は各自で判断下さい。

 

 

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【阪神大震災22年】:「妻は天国から見守り時には怒ってくれる」遺族代表

2017-01-17 10:27:30 | 災害・地震・津波・台風・竜巻・地滑り

【阪神大震災22年】:「妻は天国から見守り時には怒ってくれる」遺族代表の大鳥居さん

 乾龍の『漂流日本の羅針盤』・【最新ニュースから見え隠れする闇】:【阪神大震災22年】:「妻は天国から見守り時には怒ってくれる」遺族代表の大鳥居さん

 「夢の中でも、たとえ幽霊であっても、妻に会いたい」

 神戸市中央区の東遊園地で行われた市の式典で、妻の裕美子さん=当時(32)=への思いを述べた大鳥居慎司さん(58)。追悼の言葉を、ゆっくりと読み上げた。

阪神大震災22年 東遊園地で行われた「神戸市震災22年追悼の集い」で追悼のことばを述べる遺族の大鳥居慎司さん=17日午前5時56分、神戸市中央区 (安元雄太撮影)

  阪神大震災22年 東遊園地で行われた「神戸市震災22年追悼の集い」で追悼のことばを述べる遺族の大鳥居慎司さん=17日午前5時56分、神戸市中央区 (安元雄太撮影)

 22年前の17日、大鳥居さんは神戸市東灘区で被災。木造の自宅は全壊し、一家4人が家の下敷きになった。4時間後に助け出された裕美子さんの身体は温かかったが、すでに脈はなかった。

 震災後、男手一つで長男(26)と長女(24)を育てあげた。子育てという目標があったから、悲しみを乗り越えられたのかもしれない。「私が死んで、妻が残った方が子供たちは幸せだったのに」という思いは、今も拭いきれない。

 あの日と同じ寒い朝を迎え、「22年前の思いが一気に蘇ってきた」と話した。「慰霊と復興のモニュメント」で、裕美子さんの名が刻まれた銘板を前に「子供たちはしっかりしてきたよ」と伝えた。

 愛する人を亡くした寂しさは、22年たった今も変わらない。大鳥居さんの言葉はこう締めくくられた。「妻は天国から私たちを見守って、時には怒ってくれる家族の一員です」。

 元稿:産経新聞社 産経ニュース WEST関西 【できごと】  2017年01月17日  10:27:00  これは参考資料です。 転載等は各自で判断下さい。

 

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【阪神大震災22年】:「夢でも会って話をきいてもらいたい」遺族代表

2017-01-17 09:41:30 | 災害・地震・津波・台風・竜巻・地滑り

【阪神大震災22年】:「夢でも会って話をきいてもらいたい」遺族代表の言葉要旨

 乾龍の『漂流日本の羅針盤』・【最新ニュースから見え隠れする闇】:【阪神大震災22年】:「夢でも会って話をきいてもらいたい」遺族代表の言葉要旨

 神戸市などが主催する追悼の集い「1・17のつどい」で遺族代表の大鳥居慎司さん(58)が述べた言葉の要旨は次の通り。

「阪神淡路大震災1.17のつどい」で竹灯籠で浮かび上がった文字を囲み、発生時刻に合わせて黙とうする大勢の人たち=17日午前5時46分、神戸市中央区の東遊園地 (土井繁孝撮影)

  「阪神淡路大震災1.17のつどい」で竹灯籠で浮かび上がった文字を囲み、発生時刻に合わせて黙とうする大勢の人たち=17日午前5時46分、神戸市中央区の東遊園地 (土井繁孝撮影)

東遊園地の「追悼の集い」=17日早朝、神戸市中央区の東遊園地(奥清博撮影)

  東遊園地の「追悼の集い」=17日早朝、神戸市中央区の東遊園地(奥清博撮影)

                                  ◇

 阪神大震災から22年、これだけたつと歴史の世界になってしまいます。でも私にとっては22年前の出来事は、歴史で済ますことはできません。

 激しい揺れで目を覚まし、立ち上がろうとした途端、家がつぶれてきました。みんなに声を掛けると「大丈夫」と妻裕美子の声。「火が出なければ助けが来るよ。長期戦でいこう」と声を掛けると「そんな!」と言ったきり、うめき声だけ。次第に聞こえなくなっていきました。

阪神大震災22年 東遊園地で行われた「神戸市震災22年追悼の集い」で追悼のことばを述べる遺族の大鳥居慎司さん=17日午前5時56分、神戸市中央区 (安元雄太撮影)

  阪神大震災22年 東遊園地で行われた「神戸市震災22年追悼の集い」で追悼のことばを述べる遺族の大鳥居慎司さん=17日午前5時56分、神戸市中央区 (安元雄太撮影)

 焦った私は大声でがれきの底から助けを呼び、私と2人の子どもは助け出されましたが、4時間後に妻が掘り出された時にはまだ体は温かかったけど、脈がありませんでした。

 一緒に助けてくれた方に「もう一度脈を見てくれ」と頼んで診てもらいましたが、首を振るだけ。近所の人の車に乗せて病院に連れて行きました。路上で胸をはだけ、聴診器をあてた医師は「駄目です」と一言。最後の望みも絶たれました。

 避難先の小学校で長男が「ママはどうしたの?」と聞きました。私は「天国へ行ったんだよ」と言いました。「天国からいつ帰ってくるの?」と聞きます。私は答えられず泣きだしました。

 「私が死んで妻が残った方が子どもたちは幸せなのに。でも私には2人の子どもがいる」と考えました。妻の死を悲しんでばかりいるより、子どもを育てようという目標が明確になりました。

 目標達成戦略には困りました。父子家庭は少なく、どうやって子育てや生活をしていけばいいかイメージが湧かなかったのです。

 他のお母さんと話をすると悩みが同じでした。子どもを育てる苦労は男も女も同じだと分かりました。振り返ると、子どもを育てなければならない目標があったからこそ、悲しみを乗り越えられた気がします。子どもたちにも感謝しています。

 震災からしばらく、妻のいない日常が夢で、本当は妻が生きていたのだという夢を何度か見ました。10年ほど前からは見なくなりました。現実を受け入れたということでしょうか。

 でも寂しいです。夢の中でも、たとえ幽霊であっても、会って話を聞いてもらいたいし相談もしたいです。仕事も子育てもこれからという時に、命を奪われさぞかし無念だったでしょう。

 妻の話も聞いてあげたいし、私へ託す思いも聞きたいです。妻は天国から私たちを見守って、時には怒ってくれる家族の一員です。

 元稿:産経新聞社 産経ニュース WEST関西 【できごと】  2017年01月17日  09:41:00  これは参考資料です。 転載等は各自で判断下さい。

 

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今さらパンツ大臣の前科認めた 福井県連・山本会長の思惑

2017-01-17 09:16:00 | 事件・犯罪・疑惑

今さらパンツ大臣の前科認めた 福井県連・山本会長の思惑

 乾龍の『漂流日本の羅針盤』・【最新ニュースから見え隠れする闇】:今さらパンツ大臣の前科認めた 福井県連・山本会長の思惑

 なぜ、このタイミングで?――「高木毅前復興相が30年前、女性の自宅に住居侵入して逮捕されていた」と、自民党の福井県連会長を務める山本拓議員が13日、福井県庁で明らかにした。

 県連が独自調査を行った結果だとして、「女性と示談になったので問題にならなかった」と詳細に語った。高木氏は福井2区選出、山本氏は北陸信越比例ブロック選出と、2人とも福井を地盤とする衆院議員である。

 しかし、高木氏が女性宅に侵入し“下着ドロボー”をした前科が報じられたのは、今から1年以上前、復興相に就任した直後の2015年11月のことだ。今では、日本中が“パンツ大臣”だと認識している。

選挙に強い高木前復興相(C)日刊ゲンダイ

      選挙に強い高木前復興相(C)日刊ゲンダイ

 なぜ、今さら県連独自に調査し、同僚議員をおとしめるような発表をしたのか。「もともと高木さんと山本さんは“犬猿の仲”です」と地元関係者がこう言う。

 「2人の仲が決定的に悪くなったのは、福井県の衆院選挙区が前回、3つから2つに減り、旧2区選出だった山本さんが比例区にはじき出されたことです。しかも、当選回数7回の山本さんは、まだ大臣になっていないのに、1期下の高木さんが先に大臣になった。山本さんは“あのパンツ野郎が”という気持ちだと思う。『30年前、逮捕されていた』と発表したのは、高木さんの公認取り消しと、自分自身の2区からの出馬を狙ったのでしょう。山本さんは、いずれ息子に後を継がせるつもりですが、そのためにも選挙区が欲しい。あのタイミングで発表したのは、万が一“1月解散”があることも考えて、1月20日の国会召集前にしたのだと思います」

 しかし、問題は狙い通りに“パンツ大臣”の公認が取り消されるかどうかだ。

 「意外にも、自民党の中でパンツ大臣の高木さんを悪く言う人は少ない。しかも、関西電力とベッタリで地元の“原発票”を固めているため選挙も強い。世論調査をしたら、山本さんより支持が高いと思う。今さらパンツ泥棒の過去を証明しても、公認は取り消されない可能性が高いですよ」(政界関係者)

 妻の高市早苗氏にも出世争いで差をつけられている山本拓氏。パンツ追い落としはうまくいくのか。

 元稿:日刊ゲンダイ 主要ニュース 政治・経済 【政治ニュース】  2017年01月17日  09:15:00  これは参考資料です。 転載等は各自で判断下さい。

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製造、小売、建設が続々と…2016年“過去最悪”の隠れ倒産

2017-01-17 09:15:50 | 産業・経済・企業・ビジネスニュース

製造、小売、建設が続々と…2016年“過去最悪”の隠れ倒産

 乾龍の『漂流日本の羅針盤』・【最新ニュースから見え隠れする闇】:製造、小売、建設が続々と…2016年“過去最悪”の隠れ倒産

 企業の廃業件数が過去最悪を更新した。東京商工リサーチによると、2016年(年間)の廃業件数は2万9500~2万9600件に達する見込みだという。これまでは13年の2万9351件が最高だった。

 16年の倒産件数は前年比4%減の8446件と8年連続で減少。1990年以来の低水準で、リーマン・ショックに見舞われた08年の約半数まで減った。だが、その一方で“隠れ倒産”ともいうべき廃業は増加しているのだ。

銀行が“廃業のススメ”/(C)日刊ゲンダイ

       銀行が“廃業のススメ”/(C)日刊ゲンダイ

「後継者不足も深刻ですが、最大の原因は業績悪化です。製造業の下請けや孫請け、小売業、建設業の廃業が目立っています。ただ、廃業の本格化は今年以降になる危険性が高いといえるでしょう」(東京商工リサーチ情報本部長の友田信男氏)

 廃業はまだまだ増え続けるというのだ。昨年までは経営者自身が廃業を決める「自主廃業」が中心だったが、今年以降は激変する恐れがあるという。

 「政府と金融庁は今年4月以降、金融機関に対し融資先の“事業性評価”を実施するよう求めています。これは企業の将来性を評価するものですが、裏返せば将来の見えない会社に廃業を促すということです。平たく言えば、金融機関が中小零細企業に廃業を勧めるのです」(金融関係者)

 こうなると、担保はあっても、銀行が将来性ゼロと判断したら、融資はストップ。あるいは全額返済を余儀なくされ、何とか踏ん張ってきた零細企業の経営者は廃業を選択するしかなくなる。

 「今年の廃業件数は、1割ほど増加するとみています。3万件を軽く超える恐れがあります」(友田信男氏)

 実は、リーマン・ショック以降、「倒産(法的整理)」に、「廃業」や「解散」「休業」といった“隠れ倒産”を加えると、約4万件で横ばいが続いている。

 「この数年、消滅している企業数は変わっていないのです。今後は、廃業の急増により“消滅企業数”が一気に増える危険があります。失業者も当然、増加します」(市場関係者)

 政府が声高に主張する「倒産減少」にだまされてはいけない。

 元稿:日刊ゲンダイ 主要ニュース ビジネス 【企業・産業ニュース】  2017年01月17日  09:15:00  これは参考資料です。 転載等は各自で判断下さい。

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ハゲタカが日本株を買い漁り 個人投資家も便乗すべきか?

2017-01-17 09:15:40 | 金融・財政ニュース

ハゲタカが日本株を買い漁り 個人投資家も便乗すべきか?

 乾龍の『漂流日本の羅針盤』・【最新ニュースから見え隠れする闇】:ハゲタカが日本株を買い漁り 個人投資家も便乗すべきか?

 トランプ相場は失速した――。先週11日、トランプ次期大統領が記者会見で経済政策について言及しなかったため、株式市場は勢いを失った。

 「個人投資家の腰は引けましたが、反対に海外投資家の買い意欲は高まっています。ハゲタカ勢は今まさに日本株を買いまくっているのです」(市場関係者)

相場はトランプ次第(C)AP

            相場はトランプ次第(C)AP

 東証によると、海外勢は1月第1週に2326億円を買い越した。昨年10月以降の累計買越額は2兆7304億円に達する。

 「外国勢は、日本株はもっと上昇すると睨んでいるということです」(株式アナリストの黒岩泰氏)


 世界最大級の機関投資家として知られる米ブラックロック(グループ運用残高は約518兆円=16年9月末)は、昨年12月に日本株の投資判断を「オーバーウエート」(強気)に引き上げた。株式を5%以上保有した際に提出義務が生じる大量保有報告書を見ると、ブラックロックの本気度が分かる。

 昨秋以降、神戸製鋼所や大和証券グループ本社、オリンパス、資生堂、大成建設、三菱マテリアル、鹿島、大林組、三菱ケミカルHDなどを買い増した。今年に入ってからも、三井化学や京都銀行の大量保有報告書を提出している。

 「日本株を買い漁るハゲタカはいっぱいいます。任天堂の大株主(約13%保有)であるキャピタル・リサーチはコマツや、ミニショベルで世界有数の竹内製作所を大量買いしています」(株式評論家の倉多慎之助氏)

 今年に入って提出された大量保有報告書を見ると、JPモルガンは測量関連のトプコンや創薬ベンチャーのそーせいグループ、インベスコは半導体製造装置関連のフェローテック、テンプルトンは文化シヤッターなどに投資した。

 「17日に米ダボス会議で中国の習近平国家主席が初めて演説します。そこでトランプ新政権に対する注文を口にしたら、株価は暴落する恐れがあります。そこが絶好の買い場でしょう。トランプ氏が20日の就任式で具体的な経済政策を示せば、株価は再び上昇します。トランプ相場“第2ステージ”の幕開けです」(倉多慎之助氏)

 下落局面で、海外勢が大量保有する銘柄を買う投資術は有効かもしれない。

 元稿:日刊ゲンダイ 主要ニュース ビジネス 【金融・財政ニュース】  2017年01月17日  09:15:00  これは参考資料です。 転載等は各自で判断下さい。

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【解除できるのか 豊洲“時限爆弾”】:〈第43回〉豊洲から猛毒シアン検出…

2017-01-17 09:15:10 | 地方行政、自治・住民自治・議会

【解除できるのか 豊洲“時限爆弾”】:〈第43回〉豊洲から猛毒シアン検出…小池都知事が目論む舛添氏聴取

 乾龍の『漂流日本の羅針盤』・【最新ニュースから見え隠れする闇】:【解除できるのか 豊洲“時限爆弾”】:〈第43回〉豊洲から猛毒シアン検出…小池都知事が目論む舛添氏聴取

  もはや、築地市場の豊洲への移転は不可能だ。豊洲市場の地下水モニタリング調査で、衝撃の数値が出た。ベンゼンは環境基準の79倍、ヒ素は3.8倍、さらに、口に含めば死に至る恐れがある猛毒のシアンまで検出された。何より衝撃だったのは、これまでのモニタリングに比べ、数値が異常に跳ね上がったことだ。専門家も「今までに経験がない」と絶句した。なぜ今回、数値が突然、悪化したのか。あまりにも不自然な結果に、市場関係者からは「これまでのデータが改竄されていたのではないか」との声も上がる。小池都知事は、当時の“責任者”である舛添要一前都知事の聴取も考えているという。

当時の“責任者”舛添前都知事(右)は格好のターゲット/(C)日刊ゲンダイ

  当時の“責任者”舛添前都知事(右)は格好のターゲット/(C)日刊ゲンダイ

 14日に発表されたモニタリング結果は仰天だった。全201カ所の観測地点のうち、72カ所から環境基準を超える有害物質が検出された。過去7回の調査では、環境基準を超える有害物質は一度も検出されなかった。昨年9月に公表された前回8回目の調査でも、環境基準を超えたのはたった3カ所だった。

  どうして今回、数値が突然、急上昇したのか。昨年10月に地下水管理システムが本格稼働し、土壌に影響を与えた可能性が指摘されているが、ここまで激変するとは考えづらい。豊洲の土壌汚染を調査する「専門家会議」の平田健正座長も14日、“地下水管理システム犯人説”には疑問を呈していた。

 今回、調査した会社が替わったことが急上昇の原因ではないか、との指摘もある。しかし、「会社によって調査方法は違うが、地下水モニタリング自体、そんなに難しい技術は必要ない」(建築業界関係者)というから、ここまで大きな差が表れるのは不自然だ。

 関係者が今、疑っているのは、過去7回の調査で、有害物質の値を低く抑えるために、データが“改竄”されていたのではないかということだ。実際、「都は改竄の可能性も視野に入れている」(都政記者)という。

 「全9回のモニタリングのうち、1~3回目は都が委託した調査会社が行い、4~8回目は豊洲の建設工事を担当したJVの下請け2社が行った。今回の9回目は、それまでとは別の会社が行いました。不自然なのは、前任者の舛添時代、環境基準を超える有害物質が一度も検出されていないこと。小池さんの知事就任後急に数値が悪化するのは不可解です」(市場関係者)

 改竄が事実ならトンデモナイ話だが、次から次へと問題が続出する豊洲は、いよいよ「白紙撤回」しかない。

 改竄の事実を調査するために、小池サイド当時の責任者である舛添氏から話を聞くつもりらしい。

 「1~7回目のモニタリングが行われた時期は、舛添さんが都知事を務めていた。改竄あったのか否か、小池知事は、舛添さんへの“聴取”を検討しているといいます」(都政記者=前出)

 舛添氏をワル者にすれば、“小池劇場”が盛り上がるとの狙いもあるようだ。「小池VS舛添」は実現するのか。

 「小池さんは、市場関係者から『移転時期をハッキリ示せ』と批判を浴びています。批判の声をそらすため、新たな“敵”として舛添さんに目を付けてもおかしくはありません。改竄があったのか否かなど、聴取すべきことは多い。舛添さんとしても、聴取を断れば余計に疑惑を持たれることになりかねません。舛添さんが引っ張り出されれば、メディアも連日、大騒ぎになる。計算高い小池さんのことですから、そこまで見据えているでしょう」(政治評論家・山口朝雄氏)

 またワイドショーが連日、大ハシャギすることになりそうだ。

 元稿:日刊ゲンダイ 主要ニュース 政治・経済 【政治ニュース】  2017年01月17日  09:15:00  これは参考資料です。 転載等は各自で判断下さい。

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【解除できるのか 豊洲“時限爆弾”】:〈第42回〉移転反対派締め出し

2017-01-17 09:15:00 | 地方行政、自治・住民自治・議会

【解除できるのか 豊洲“時限爆弾”】:〈第42回〉移転反対派締め出し 小池知事「築地視察」はまるでヤラセ 

 乾龍の『漂流日本の羅針盤』・【最新ニュースから見え隠れする闇】:【解除できるのか 豊洲“時限爆弾”】:〈第42回〉移転反対派締め出し 小池知事「築地視察」はまるでヤラセ

 伏魔殿の「隠蔽体質」はなかなか変わらない。小池百合子都知事が12日、豊洲市場への延期決定後、初めて築地市場を視察した。小池知事は拍手喝采で出迎えられたのだが、“異様”だったのは、集まった市場関係者が、伊藤裕康築地市場協会会長などの「移転推進派」ばかりだったことだ。

全面公開でなかった(C)日刊ゲンダイ

          全面公開でなかった(C)日刊ゲンダイ

 薄暗く、吐く息がうっすらと白く見えた午前5時過ぎ。ビリビリとした寒さの中で小池知事の視察は始まった。たっぷり2時間かけて、マグロの卸売場、仲卸売場、青果売場……と回ったのだが、なぜか、報道陣に公開されたのは、推進派が多数を占める「卸売場」と「青果売場」のみで、反対派の多い「仲卸売場」は非公開だった。

 オカシイことはまだあった。マグロ卸売場では、都知事選の最中に移転延期を求める要望書を出していた反対派の水産仲卸業者「株式会社関富」の関戸富夫代表が小池を待ち構え、白いユリの花束を手渡す予定だった。ところがだ。関戸代表が花束を渡そうとしたところ、都職員は突然、「はーい、終わりです」とマスコミを締め出したのだ。反対派の存在を封殺せんばかりの対応で、花束を渡す場面を撮影しようとカメラを向けていた報道陣からは「ふざけんなよ」と怒りの声も飛んだ。都の“妨害”にあった関戸代表はこう言う。

 「今回の視察で、私たち(反対派)の存在をしっかりと認識してもらうために花束を用意したのですが、都職員から小池知事本人ではなく、SPに渡すよう指示されたため、従いました。推進派の人たちが主導した視察だったせいか、私たちの声は“かき消されて”しまった感があります」

 ■今も変わらぬ隠蔽体質

 これじゃあ、小池知事の言う「都政の透明化」とはホド遠い。そもそも、都にとって、都合のいい情報だけを流し、悪い情報を隠してきたから「豊洲問題」は起きたのではないか。隠蔽体質はまるっきり変わっていない。都に聞くと、中央卸売市場の広報担当者はこう言った。

 「仲卸売場は手狭で、多くの報道陣を受け入れるのは困難と判断し、非公開にしました。時間が限られていたこともあります」

 確かに仲卸売場は小さな店舗が密集しているとはいえ、これじゃあ“ヤラセ視察”と言われても仕方がない。

 「反対派の仲卸をマスコミの目から遠ざけたかったのでしょうが、都は可能な範囲で多くの現場を公開すべきだったと思います。とはいえ、開場延期を決めた小池知事が大声援で迎えられた状況を見る限り、市場関係者のホンネは『築地』を望んでいるのでしょう。都もそれが分かっているからこそ、余計に仲卸を公開したくなかったのだと思います」(東京中央市場労組の中澤誠執行委員長)

 都の体質が変わらない限り、豊洲問題の解決はない。

 元稿:日刊ゲンダイ 主要ニュース 政治・経済 【政治ニュース】  2017年01月13日  15:00:00  これは参考資料です。 転載等は各自で判断下さい。

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【解除できるのか 豊洲“時限爆弾”】:〈第41回〉 “のり”はがれ大嘘発覚

2017-01-17 09:14:50 | 地方行政、自治・住民自治・議会

【解除できるのか 豊洲“時限爆弾”】:〈第41回〉 “のり”はがれ大嘘発覚 石原慎太郎氏の都議会招致に現実味

 乾龍の『漂流日本の羅針盤』・【最新ニュースから見え隠れする闇】:【解除できるのか 豊洲“時限爆弾”】:〈第41回〉 “のり”はがれ大嘘発覚 石原慎太郎氏の都議会招致に現実味

 豊洲市場の土壌汚染問題の、のり弁の“のり”をはがせば、もっと黒い魂胆が出てきた。決定当時のトップだった石原慎太郎元都知事は、「なぜそうなったか分からない」とすっとぼけていたが、やっぱりウソだった。はたして、現在開かれている都議会は慎太郎氏を引きずり出し、徹底追及できるのか。

動かぬ証拠(C)日刊ゲンダイ

            動かぬ証拠(C)日刊ゲンダイ

 豊洲の土壌汚染対策費は現段階で858億円にも達しているが、汚染の原因をつくった東ガスの負担はたったの78億円。その理由について、慎太郎氏は〈今思えばアンフェアーだと思いますが、何故そうなったのかは私の判断を求められることがなかった〉と、10月14日付の小池知事への回答書ではシラを切ったが、やっぱりウソ八百だった。

 その証拠は、小池知事の判断で「黒塗り」がはがれた、都と東ガスの「交渉記録」(98~05年、11年)。共産党都議団の請求に都が開示に応じた。資料を精査すると、ベールに包まれてきた密室交渉の実態が浮かんでくる。

 その不透明さの一端が東ガスの実費負担が大幅に削られてしまったこと。もともと、都は東ガスに222億円の費用負担を求めていたが、11年3月25日に最終的には78億円にまで値切られていた。

 慎太郎氏のウソがハッキリ分かるのは、交渉過程を記した同年3月7日付の記録だ。都側は〈79億円でお願いしたい〉と伝え、〈Gへの説明(80)【中略】等を考慮した額である〉と発言。「G」とは「ガバナー」の頭文字で、知事の略称である。つまり、慎太郎氏は部下から説明を受け、「求められなかった」と言い張る「私の判断」も求められていたわけだ。

 開示資料は慎太郎氏のウソを雄弁に物語る。今こそ都議会は慎太郎氏のウソを徹底追及し、豊洲の闇を暴くべきだ。その舞台になり得るのは「経済・港湾委員会」と「豊洲問題特別委員会」。港湾委は全14人中7人が“移転推進”の自民党。特別委は全23人中11人だ。

 参考人招致の可否は、「委員会を構成する委員らの話し合いで判断され、多数派の意向が強くなりがち」(都政関係者)というが、さすがに自民もこの問題では“少数派”の声をガン無視できないはず。

 ■都議選に向け“悪者”に仕立て上げた方が得策

 共産、かがやけTokyo、生活者ネットの3会派は「招致すべし」と鼻息が荒い。都議会民進党も「事実関係を精査する必要があるが、当然、招致は視野に入っている」と前向きだ。旧維新系の民進党都議団は「招致の必要性は否定しません」と担当者は答えた。

 公明党も「(慎太郎氏の回答が虚偽だった)事実は受け止める」と態度を留保したが、招致そのものを否定はしなかった。後は自民党さえ動けば舞台は整う。可能性はあるのか。

 「知事時代の石原氏と都議会自民党は“固い絆”で結ばれていたわけではありません。自民党は人気が高い石原氏を利用し、石原氏も長男・伸晃氏の面倒を自民党に見てもらっていた。ウインウインのビジネスライクな仲でした。関係が途切れた今、自民党は気を使うことはないでしょう。しかし、石原氏を招致すると、都合の悪い話まで暴露されるリスクがあるので、難しい判断です。うかつに、『石原氏を呼ぶ必要はない』と決めれば、世論の反発を招きかねない。どっちに転んでも苦しいなら、いっそ来年の都議選を見越し、石原氏を招致して“悪者”に仕立て上げた方が得策、と判断する可能性もあります」(都政に詳しいジャーナリストの鈴木哲夫氏)

 慎太郎氏は小池知事への回答書で〈いわゆる『のり弁』的な細工をすることなくすべて公開して頂きたい〉と粋がっていたが、どうケツをまくるつもりなのか。

 元稿:日刊ゲンダイ 主要ニュース 政治・経済 【政治ニュース】  2016年12月07日  07:15:00  これは参考資料です。 転載等は各自で判断下さい。

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