乾龍の『漂流日本の羅針盤』・【最新ニュースから見え隠れする闇】:

 在野の政治研究家乾龍が『漂流日本の闇』を斬る! 日々の政治・経済等の時事ニュースの深層を探る。

【HUNTER】:安倍晋三 “不敬”の証明(下) -沖縄と今上陛下-

2017-03-24 09:05:50 | 【天皇家・皇室・女性宮家問題】

【HUNTER】:安倍晋三 “不敬”の証明(下) -沖縄と今上陛下-

 乾龍の『漂流日本の羅針盤』・【最新ニュースから見え隠れする闇】:【HUNTER】:安倍晋三 “不敬”の証明(下) -沖縄と今上陛下-

 戦没者の慰霊に心を砕かれてきた今上陛下は、これまで硫黄島、フィリピン、サイパン パラオ・ペリリュー島などを訪れてこられた。とりわけ、国内で唯一の地上戦が行われた沖縄に対する思いは特別だったとみられ、皇室では戦後初となる皇太子時代の訪問以来、計10回沖縄の土を踏まれている。節目ごとに発せられた“お言葉”も、陛下の沖縄に対する思いが伝わってくるものばかりだ。

83歳の誕生日を迎えられた天皇陛下=皇居・東御苑(宮内庁提供)

  83歳の誕生日を迎えられた天皇陛下=皇居・東御苑(宮内庁提供)


 一方、安倍晋三首相は沖縄の民意を無視し、普天間飛行場の辺野古移設や高江のヘリパッド建設を強行。陛下のご努力や思いを踏みにじってきた。これほど分かりやすい不敬はあるまい。改めて、今上陛下の沖縄に関するご発言を振り返ってみたい。

 ■今上陛下の沖縄への思い
 陛下が初めて沖縄を訪問されたのは、皇太子時代の昭和50年(1975年)。戦後初となる皇室の沖縄訪問だった。美智子皇后(当時は妃殿下)とともに沖縄海洋博の開会式に出席された陛下は、糸満市にあるひめゆりの塔を訪れ献花されている。この時、左翼の過激派に火炎瓶を投げつけられるという事件が起きたが、陛下の沖縄訪問はその後も続いた。平成5年には、全国植樹祭式典出席のため天皇として初の訪問。直近では平成26年、10回目となる沖縄で那覇市の対馬丸記念館を訪れ、疎開する学童783人を含む1,484人の命が奪われた対馬丸事件の生存者や遺族と懇談されている。昭和天皇が慰霊を果たせなかったせいか、今上陛下の沖縄への思いは特別なのだろう。即位などの周年記念日やお誕生日といった節目ごとに、繰り返し沖縄の苦しみを代弁されている。そのいくつかを紹介してみたい。

【天皇として初の沖縄訪問を果たした平成5年 還暦を迎えたお誕生日に際し】
 沖縄の返還も印象深いものでした。返還から3年後、沖縄を訪問、海洋博覧会名誉総裁として沖縄を訪問し、多くの人命が失われた戦跡を訪れ、また、沖縄の歴史や風土に触れたことは深く心に残っています。沖縄県が多くの困難を抱えながらも、県民の努力により、状況が改善されてきていることを、今年の春の沖縄訪問で見聞し、嬉しく思っています。
【日米が米軍普天間基地の返還に合意した平成8年 お誕生日に際し】
 沖縄の問題は、日米両国政府の間で十分に話し合われ、沖縄県民の幸せに配慮した解決の道が開かれていくことを願っております。沖縄は、先の大戦で地上戦が行われ、大きな被害を受けました。沖縄本島の島民の3分の1の人々が亡くなったと聞いています。さらに、日本と連合国との平和条約が発効し、日本の占領期間が終わった後も、20年間にわたって米国の施政権下にありました。このような沖縄の歴史を深く認識することが、復帰に努力した沖縄の人々に対する本土の人々の務めであると思っています。戦後50年を経、戦争を遠い過去のものとしてとらえている人々が多くなった今日、沖縄を訪れる少しでも多くの人々が、さんご礁に囲まれた島と美しい海で大勢の人々の血が流された沖縄の歴史に思いを致すことを願っています
【平成11年 天皇陛下ご即位十年に際し】
 私の幼い日の記憶は、3歳の時、昭和12年に始まります。この年に廬溝橋事件が起こり、戦争は昭和20年の8月まで続きました。したがって私は戦争の無い時を知らないで育ちました。この戦争により、それぞれの祖国のために戦った軍人、戦争の及んだ地域に住んでいた数知れない人々の命が失われました。哀悼の気持ち切なるものがあります。今日の日本が享受している平和と繁栄は、このような多くの犠牲の上に築かれたものであることを心しないといけないと思います。

 沖縄県では、沖縄島や伊江島で軍人以外の多数の県民を巻き込んだ誠に悲惨な戦闘が繰り広げられました。沖縄島の戦闘が厳しい状態になり、軍人と県民が共に島の南部に退き、そこで無数の命が失われました。島の南端摩文仁に建てられた平和の礎には、敵、味方、戦闘員、非戦闘員の別なく、この戦いで亡くなった人の名が記されています。そこには多くの子供を含む一家の名が書き連ねられており、痛ましい気持ちで一杯になります。さらに、沖縄はその後米国の施政下にあり、27年を経てようやく日本に返還されました。このような苦難の道を歩み、日本への復帰を願った沖縄県民の気持ちを日本人全体が決して忘れてはならないと思います。私が沖縄の歴史と文化に関心を寄せているのも、復帰に当たって沖縄の歴史と文化を理解し、県民と共有することが県民を迎える私どもの務めだと思ったからです。後に沖縄の音楽を聞くことが非常に楽しくなりました。

【沖縄本土復帰30周年の平成14年 お誕生日に際し】
 今年は、沖縄が日本に復帰して30周年に当たります。30年前の5月15日、深夜、米国旗が降ろされ、日の丸の旗が揚がっていく光景は、私の心に深く残っております。先の大戦で大きな犠牲を払い、長い時を経て、念願してきた復帰を実現した沖縄の歴史を、人々に記憶され続けていくことを願っています。そして沖縄の人々が幸せになっていくことを念じています
【8回目の沖縄訪問を1か月後に控えた平成15年12月 お誕生日に際し】
 今度の沖縄県の訪問は、国立劇場おきなわの開場記念公演を観ることと、それからまだ行ったことのない宮古島と石垣島を訪問するということが目的です。しかし、沖縄県と言いますと、私どものまず念頭にあるのは沖縄島そして伊江島で地上戦が行われ非常に多くの、特に県民が、犠牲になったということです。この度もそういうことでまず国立沖縄戦没者墓苑に参拝することにしています。この沖縄は、本当に飛行機で島に向かっていくと美しい珊瑚礁に巡らされ、いろいろな緑の美しい海がそれを囲んでいます。しかし、ここで58年前に非常に多くの血が流されたということを常に考えずにはいられません。沖縄が復帰したのは31年前になりますが、これも日本との平和条約が発効してから20年後のことです。その間、沖縄の人々は日本復帰ということを非常に願って様々な運動をしてきました。このような沖縄の人々を迎えるに当たって日本人全体で沖縄の歴史や文化を学び、沖縄の人々への理解を深めていかなければならないと思っていたわけです。私自身もそのような気持ちで沖縄への理解を深めようと努めてきました。私にとっては沖縄の歴史をひもとくということは島津氏の血を受けている者として心の痛むことでした。しかし、それであればこそ沖縄への理解を深め、沖縄の人々の気持ちが理解できるようにならなければならないと努めてきたつもりです。沖縄県の人々にそのような気持ちから少しでも力になればという思いを抱いてきました。そのような気持ちから沖縄国際海洋博覧会の名誉総裁を務めていた機会に、その跡地に「おもろそうし」という沖縄の16世紀から17世紀にかけて編集された歌謡集がありますが、そこに表れる植物を万葉植物園のように見せる植物園ができればというつもりで提案したことがあります。海洋博の跡地は潮風も強く、植物の栽培が非常に難しいと言っていましたが、おもろ植物園ができ、一昨年には秋篠宮妃が子供たちと訪れています。また、同様の気持ちから文化財が戦争でほとんど無くなった沖縄県に組踊ができるような劇場ができればと思って、そのようなことを何人かの人に話したことがあります。この劇場が、この度開場記念公演を迎えるということで本当に感慨深いものを感じています。沖縄は離島であり、島民の生活にも、殊に現在の経済状況は厳しいものがあると聞いていますが、これから先、復帰を願ったことが、沖縄の人々にとって良かったと思えるような県になっていくよう、日本人全体が心を尽くすことを、切に願っています
【11月に沖縄を訪問した平成24年 お誕生日に際し】
 8年ぶりに沖縄県を訪問したわけですけれども、今度行きました所は、今までに行ったことのない所が含まれています。沖縄科学技術大学院大学ですね、恩納村には行きましたけれどもそこは行きませんでしたし、万座毛も初めてでした。それから久米島がやはり初めての所です。戦没者墓苑は、これは毎回お参りすることにしています。そのようなわけで、毎回お参りしている所と新しい所があって、沖縄に対する理解が更に深まったように思っています。万座毛という所は、歴史的にも琉歌で歌われたりしていまして、そこを訪問できたことは印象に残ることでした。殊に恩納岳もよく見えましたね。久米島の深層水研究所も久米島としては水産上、重要な所ではないかと思っています。多くの沖縄の人々に迎えられたことも心に残ることでした。沖縄は、いろいろな問題で苦労が多いことと察しています。その苦労があるだけに日本全体の人が、皆で沖縄の人々の苦労をしている面を考えていくということが大事ではないかと思っています。地上戦であれだけ大勢の人々が亡くなったことはほかの地域ではないわけです。そのことなども、段々時がたつと忘れられていくということが心配されます。やはり、これまでの戦争で沖縄の人々の被った災難というものは、日本人全体で分かち合うということが大切ではないかと思っています

 陛下のお言葉を、解説する必要はないだろう。戦中における沖縄での惨劇、その後の苦しみを一人でも多くの国民に伝えようとされる陛下の思いが、ひしひしと伝わってくる発言ばかりだ。いずれも、本土と沖縄の“温度差”を理解されたうえでのご発言でもある。

 ・「沖縄を訪れる少しでも多くの人々が、さんご礁に囲まれた島と美しい海で大勢の人々の血が流された沖縄の歴史に思いを致すことを願っています」(平成8年)
 ・「沖縄県民の気持ちを日本人全体が決して忘れてはならない」(平成11年)
 ・「先の大戦で大きな犠牲を払い、長い時を経て、念願してきた復帰を実現した沖縄の歴史を、人々に記憶され続けていくことを願っています」(平成14年)
 ・「復帰を願ったことが、沖縄の人々にとって良かったと思えるような県になっていくよう、日本人全体が心を尽くすことを、切に願っています」(平成15年)
 ・「日本全体の人が、皆で沖縄の人々の苦労をしている面を考えていくということが大事」「戦争で沖縄の人々の被った災難というものは、日本人全体で分かち合うということが大切」(平成24年)
 
 度々の沖縄訪問と節目ごとの“お言葉は”、国を代表した沖縄への贖罪であると同時に、陛下の国民に対する呼びかけだ。だが、こうした陛下のお気持ちを、安倍首相は一顧だにしない。県知事選をはじめ幾度もの選挙結果で示された沖縄県民の民意を無視し、辺野古移設や高江のヘリパッド建設を強行する政権の姿勢は、陛下の思いとは全く逆。ご努力を無に帰する行為と言っても過言ではあるまい。安倍の「不敬」は、歴然である。

 元稿:HUNTER 主要ニュース 政治・社会 【社会ニュース】  2017年01月17日  09:20:00  これは参考資料です。 転載等は各自で判断下さい。

 

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【HUNTER】:安倍晋三 “不敬”の証明(上) -憲法と今上陛下-

2017-03-24 09:05:40 | 【天皇家・皇室・女性宮家問題】

【HUNTER】:安倍晋三 “不敬”の証明(上) -憲法と今上陛下-

 乾龍の『漂流日本の羅針盤』・【最新ニュースから見え隠れする闇】:【HUNTER】:安倍晋三 “不敬”の証明(上) -憲法と今上陛下-

20150623_h01-01t--2.jpg 右寄りと思われてきた安倍晋三だが、後にも先にも、この人ほど天皇陛下を軽んじる保守政治家はいない。
 皇室に対して敬意を欠いた言動をとることを「不敬」というが、歴代の中で、安倍は唯一「不敬」を体現している首相と言えるだろう。
 今上天皇が節目ごとに発せられたお言葉を振り返ってみると、陛下のご真意とは全く逆の方向に走る、安倍政権の実相が浮き彫りとなる。

 ■天皇陛下の憲法への思い
 陛下は、即位やご結婚などの周年記念日、お誕生日といった節目となる日に、談話や会見などの形でお気持ちを示さるのが通例だ。平成元年の即位から昨年のお誕生日までに発せられたお言葉からは、憲法と沖縄に対する陛下の“特別な思い”が伝わってくる。まず、憲法について、陛下のお言葉を確認してみたい。

 平成元年1月9日、陛下は即位後に行われた朝見の儀で、「皆さんとともに日本国憲法を守り、これに従って責務を果たすことを誓い、国運の一層の進展と世界の平和、人類福祉の増進を切に希望してやみません」と述べられ、憲法遵守の意思をお示しになられた。同年8月の記者会見で、改めて憲法への思いについて聞かれた陛下は、次のように答えられている。

 憲法は、国の最高法規ですので、国民と共に憲法を守ることに努めていきたいと思っています。終戦の翌年に、学習院初等科を卒業した私にとって、その年に憲法が公布されましたことから、私にとって憲法として意識されているものは日本国憲法ということになります。しかし、天皇は憲法に従って務めを果たすという立場にあるので、憲法に関する論議については言を謹みたいと思っております。

 “憲法遵守”を繰り返される陛下が、それ以上に踏み込んだ発言をされることはなかった。憲法公布から50年目にあたった平成8年のお誕生日でのご発言でも、その姿勢に変わりはなかったことが分かる。

 日本国憲法が公布された時は、私が学習院の中等科1年の時でした。その当時のことで新聞や人の話として記憶していることは、後に日本国憲法を審議することになった大日本帝国憲法下最後の衆議院の総選挙が行われ、初めて婦人代議士が選ばれたこと、選挙後、自由党の吉田内閣が成立したこと、11月3日,公布の日に昭和天皇、皇后を迎えて皇居前広場で式典が行われたことなどが挙げられます。新憲法が口語文で書かれたことが印象に残っていますが、憲法の内容については、その後に折々理解を深めてきましたので、当時、どの程度憲法を理解していたかは記憶に定かでありません。
 天皇は日本国憲法によって、日本国の象徴であり、日本国民統合の象徴と規定されています。この憲法に定められた天皇の在り方を念頭に置きながら、私は務めを果たしていきたいと思っております

 ■大日本帝国憲法を否定された今上陛下
 「象徴天皇」であることに徹し、頑なに憲法に関する発言を控えられていた陛下が、踏み込んだご発言をされたのが平成21年。天皇皇后両陛下御結婚満50年に際しての会見でのご発言だ。50年を振り返って、皇室の在りようや伝統を次代にどう引き継ぐか聞かれ、こう語られていた。

 時代にふさわしい新たな皇室のありようについての質問ですが、私は即位以来、昭和天皇を始め、過去の天皇の歩んできた道に度々に思いを致し、また、日本国憲法にある「天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴」であるという規定に心を致しつつ、国民の期待にこたえられるよう願ってきました。象徴とはどうあるべきかということはいつも私の念頭を離れず、その望ましい在り方を求めて今日に至っています。なお大日本帝国憲法下の天皇の在り方と日本国憲法下の天皇の在り方を比べれば、日本国憲法下の天皇の在り方の方が天皇の長い歴史で見た場合、伝統的な天皇の在り方に沿うものと思います

 守ってきた皇室の伝統についての質問ですが、私は昭和天皇から伝わってきたものはほとんど受け継ぎ、これを守ってきました。この中には新嘗祭のように古くから伝えられてきた伝統的祭祀もありますが、田植えのように昭和天皇から始められた行事もあります。新嘗祭のように古い伝統のあるものはそのままの形を残していくことが大切と考えますが、田植えのように新しく始められた行事は、形よりはそれを行う意義を重視していくことが望ましいと考えます。したがって現在私は田植え、稲刈りに加え、前年に収穫した種籾を播くことから始めています。学士院賞や芸術院賞受賞者などを招いての茶会なども皇后と共に関係者と話し合い、招かれた全員と話ができるように形式を変えました。短時間ではありますが、受賞者、新会員皆と話をする機会が持て、私どもにとっても楽しいものになりました。

 皇室の伝統をどう引き継いでいくかという質問ですが、先ほど天皇の在り方としてその望ましい在り方を常に求めていくという話をしましたが、次世代にとってもその心持ちを持つことが大切であり、個々の行事をどうするかということは次世代の考えに譲りたいと考えます。

 注目すべきは、この時陛下が述べられた「大日本帝国憲法下の天皇の在り方と日本国憲法下の天皇の在り方を比べれば、日本国憲法下の天皇の在り方の方が天皇の長い歴史で見た場合、伝統的な天皇の在り方に沿うものと思います」のくだり。陛下は、「天皇制=日本の歴史」に沿うのは現行憲法だと明言されていたのである。大日本帝国憲法の否定であり、戦前回帰へとひた走る安倍政権とは、まったく逆の考え方を示されていたことになる。

 大日本帝国憲法と現行憲法を比較してみる。大日本帝国憲法の第1章は第1条から第17条まで。要約すれば、神聖にして侵すことのできない万世一系の天皇が国を統治し、軍の統帥を含むすべての権限を集中させるというものだ。統治権=主権と考えるなら、明らかに天皇主権。第2章以降の条文によって、国民は「臣下」と定められる。

 一方、現行憲法で天皇について規定した第1章は、第1条から第8条まで。天皇は「日本国の象徴であり日本国民統合の象徴」であり、「内閣の助言と承認」により、国民のために、一部の国事に関する行為など限られた役割しかない。もちろん、主権は国民にある。今上陛下は、大権を有する大日本帝国憲法下の天皇ではなく、現行憲法下の天皇こそ、本来の天皇の姿だと考えておられるのだ。

 天皇陛下に大日本帝国憲法を否定されて困るのは、安倍首相と自民党だ。陛下のお考えを尊重するなら、必然的に、自民党の憲法改正草案に規定する天皇像が否定されることになるからだ。大日本帝国憲法、日本国憲法、自民党憲法改正草案の、それぞれの条文を並べてみれば分かる。

20170116_h01-01.jpg 自民党の改憲案では、第1条に大日本帝国憲法第4条にあった「元首」の二文字が復活。これだけで、うさん臭さが漂う状況だ。安倍政権が目指す自民党の改憲草案が、陛下にとっては受け入れがたいものであることが分かる。

 自民党の改正案は、「個人」より「国家」を優先する考え方に基づくもの。そのため、「緊急事態条項」などという戦前の国家総動員法をなぞった極めて危ない仕掛けも含まれている。しかも、権限の多くを握るのは天皇に代わって内閣総理大臣。自民党が示す国家像は、平和の希求という崇高な理念を破棄した「戦争ができる国」で、大日本帝国憲法下の日本と極めて似た国家と言わざるを得ない。陛下が大日本帝国憲法を事実上否定していたことを、安倍首相が知らないはずがない。安倍はつまり、現行憲法擁護という陛下の思いを、無視して事を進めているのである。

 ■両陛下の警句を無視した安倍
 現行憲法擁護の姿勢を鮮明にされた陛下は平成25年12月、集団的自衛権の行使容認や改憲に前のめりとなる安倍政権の動きを受けた形で、天皇誕生日に際する記者会見において次のように述べられている。

 80年の道のりを振り返って、特に印象に残っている出来事という質問ですが、やはり最も印象に残っているのは先の戦争のことです。私が学齢に達した時には中国との戦争が始まっており、その翌年の12月8日から、中国のほかに新たに米国、英国、オランダとの戦争が始まりました。終戦を迎えたのは小学校の最後の年でした。この戦争による日本人の犠牲者は約310万人と言われています。前途に様々な夢を持って生きていた多くの人々が、若くして命を失ったことを思うと、本当に痛ましい限りです。

 戦後、連合国軍の占領下にあった日本は、平和と民主主義を、守るべき大切なものとして、日本国憲法を作り、様々な改革を行って、今日の日本を築きました。戦争で荒廃した国土を立て直し、かつ、改善していくために当時の我が国の人々の払った努力に対し、深い感謝の気持ちを抱いています。また、当時の知日派の米国人の協力も忘れてはならないことと思います。戦後60年を超す歳月を経、今日、日本には東日本大震災のような大きな災害に対しても、人と人との絆を大切にし、冷静に事に対処し、復興に向かって尽力する人々が育っていることを、本当に心強く思っています。

 陛下にとっての憲法とは、「平和と民主主義を、守るべき大切なものとしての日本国憲法」。これほど端的な憲法擁護の言葉はあるまい。この年には、お誕生日に際しての文書のなかで皇后陛下も憲法について言及。翌年2月には皇太子殿下が「今日の日本は、戦後、日本国憲法を基礎として築き上げられ、現在、我が国は、平和と繁栄を享受しております。今後とも、憲法を遵守する立場に立って、必要な助言を得ながら、事に当たっていくことが大切だと考えております」と現行憲法遵守を明言されていた。両陛下、さらには皇太子殿下までが、そろって憲法に言及されるというのは極めて異例。憲法改正への動きを加速させる安倍政権への警句であったとも言えよう。しかし安倍は翌27年、皇室の御心痛をよそに、安保法を強行採決。日本が戦後70年かけて築いた「平和国家」の根幹を、あっさり崩している。安倍政権は、天皇や国民を欺き続けた戦前の軍部と同じなのだ。

 現行憲法が第99条に定めた「天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ」という規定を遵守されてきた天皇皇后両陛下――。天皇陛下の思いを無視し、99条はもちろん、現行憲法をGHQの押し付け憲法だとして真っ向から否定する安倍晋三――。これほどの不敬を犯す政治家が、保守政治家であるはずがない。

 元稿:HUNTER 主要ニュース 政治・社会 【社会ニュース】  2017年01月16日  09:00:00  これは参考資料です。 転載等は各自で判断下さい。

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【皇室】:天皇と安倍総理が「決定的に対立する日」 「生前退位」めぐり・・・

2017-03-24 09:05:30 | 【天皇家・皇室・女性宮家問題】

【皇室】:天皇と安倍総理が「決定的に対立する日」 「生前退位」めぐりご学友に圧力?

 乾龍の『漂流日本の羅針盤』・【最新ニュースから見え隠れする闇】:【皇室】:天皇と安倍総理が「決定的に対立する日」 「生前退位」めぐりご学友に圧力? 

 ◆発言は控えていただきたい

 「現在、政府の行っていることは、陛下のご意向とはまったくズレています。昭和の初めに生まれたいち日本人として心配に思い、陛下の思いを伝えようと考えました」

 こう語るのは、学習院の幼稚園からこれまで天皇と親しくしてきた、ご学友・明石元紹氏である。

 '16年8月に「おことば」が発表されて以来、注目を集める天皇の生前退位問題。安倍官邸の退位への「消極性」は際立ち、天皇と官邸の意向はまったく嚙み合わない。


 そんな官邸を揺るがす「事件」が起きたのは12月1日のこと。新聞各紙が、明石氏が今年の夏に天皇から退位について相談を受けたことを報じたのだ。明石氏が言う。

 「7月21日、陛下から電話がありました。『自分が生きているうちに退位したとしても驚くようなことではない』『摂政は感心しない』『自分だけでなく、以降も生前退位をできるようにしたい』と本心を吐露されました」

 明石氏が4ヵ月以上も経ってこのことを明かしたのは、政府があまりに天皇を軽んじているように見えるからだという。

 「8月、陛下の思いを伝えようと官邸にうかがいました。杉田和博官房副長官が応対してくれましたが、彼は事前に話すことを決めていたようで、『制度化は難しい』と。『結論ありき』に思えました。その後の議論を見ても、陛下のこれまでの行動の意味を真摯に汲み取ろうとしているとはとても思えません」(明石氏)

 退位に消極的な官邸にとって、天皇の「真意」が漏れ出る報道はきわめて都合が悪い。

 「麻生太郎副総理は、学習院人脈を通じて明石氏に『法案は有識者会議の答申を待って国会に提出する。これ以上の発言はお控えいただきたい』と伝えた。いわば『圧力』です。政府と陛下の考えに齟齬があることが明らかになってはいけないから、担当の杉田さんを筆頭に情報管理に必死なのです」(官邸スタッフ)

                                                Photo by GettyImages

 そんななか、12月14日には、退位についての有識者会議で、生前退位を「恒久法化」するのは難しいとされた。前出の官邸スタッフが明かす。

 「官邸の意向が影響しています。総理は以前から、麻生副総理や菅義偉官房長官に『陛下には、有識者会議の答申を踏まえた特措法を受け入れていただきたい』と話し、意思統一を図っている」 

 天皇の思いには反するものだが、なぜ政権は恒久法化を避けるのか。皇室ジャーナリストの久能靖氏が解説する。

 「安倍総理は皇室典範の改正に話題が及ぶのが怖いのです。現政権は保守的な層が支持基盤ということもあり、女性・女系天皇誕生につながる典範改正の議論は避けたい。有識者会議を引き延ばし、やり過ごそうとしている」

 こうして天皇の真意に気付かないふりを続ける官邸が戦々恐々とするのが、12月23日の天皇誕生日を前にした会見だった。

 「陛下が何をお話しになるのか、杉田さんは会見を前にすっかり緊張状態。誕生日会見での発言の大半は陛下ご自身が書いており、宮内庁長官すら直前まで見ることができない。官邸は、宮内庁次長として送り込んだ西村泰彦元警視総監などを駆使し、必死で情報収集中しました」(前出・官邸スタッフ)

 もうひとつ官邸が恐れるのが、2月23日の皇太子誕生日だ。宮内庁クラブの記者が言う。

 「天皇陛下は『おことば』発表の3~4年前から、退位について皇太子、秋篠宮さまと3人でよく話し合われてきたそうです。お二人は陛下のお気持ちをよく理解している。

 実際、秋篠宮さまは11月の自身の誕生日で、『おことば』について〈私もそのお考えに、非常に同じような気持ちを持っております〉と陛下を援護する発言をされた。皇太子殿下の誕生日でも、発言があるかもしれない」

 天皇と安倍総理の「決裂」の表面化は近い。

「週刊現代」2016年12月31日・1月7日合併号より

 元稿:現代ビジネス 主要ニュース 政治・政策 【皇室:担当 週刊現代】  2017年01月10日  09:15:00  これは参考資料です。 転載等は各自で判断下さい。

 

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【僭越ながら論】:天皇陛下のお心と安倍晋三の不敬

2017-03-24 09:05:20 | 【天皇家・皇室・女性宮家問題】

【HUNTER・僭越ながら論】:天皇陛下のお心と安倍晋三の不敬

 乾龍の『漂流日本の羅針盤』・【最新ニュースから見え隠れする闇】:【HUNTER・僭越ながら論】:天皇陛下のお心と安倍晋三の不敬

 集団的自衛権の行使容認と、それに伴う解釈改憲を閣議決定した安倍晋三首相。悲願の憲法改正に一歩近づいたと言いたいところだろうが、国民への説明 は不十分で、反発は強まるばかり。先月行われた滋賀県知事選挙では、民主党の衆議院議員だった候補者が、自民・公明推薦の官僚出身候補を破って初当選を果 たし、政権の先行きに影を落とす結果となった。内閣支持率の下落も顕著だ。
 それでも首相の強気は変わらない。新型輸送機オスプレイを佐賀空港に配備することを決めたのに続き、今度は民間船舶の軍事転用を行うのだという。主権者 である国民には何の断りもなく、戦争への歩みを早める安倍。正気の沙汰とは思えないが、こうした事態をもっとも憂慮されているのは、この国の象徴である天 皇陛下ではないだろうか。

 ■民間船舶の徴用 重なる「対馬丸」の悲劇
 尖閣諸島を擁する南西諸島での有事を睨み、安倍政権が進めようとしているのが民間船舶の「徴用」。自衛隊員や軍用車両を運ぶために、民間のフェリーを借 り上げ、船員を予備自衛官として利用しようという計画だ。世界の警察を自認してきた米国の艦船を援護しようという自衛隊が、民間船舶を徴用しなければ有事 に対応できないという滑稽な話だが、国はすでに国内の企業とフェリー2隻を借りる契約を結んでいるのだという。本気で民間人を戦争に巻き込むつもりなの だ。

 先の大戦では、軍に徴用された船舶の多くが撃沈され、あまたの民間人船員が犠牲になった。戦争を知る世代なら、「徴用」と聞いただけで危険な兆候 を察知するのだが、歴史に学ぶことのできない首相には、そのあたりの思慮が欠けているのだろう。「徴用」が船舶以外に及ぶのは時間の問題で、じわじわと戦 争の足音が近づいている状況だ。

 民間船舶の犠牲といえば、思い起こされるのが「対馬丸」の悲劇。「対馬丸」は、日本郵船所有の貨物船だったが、戦争末期の昭和19年(1944 年)、疎開する沖縄の児童らを乗せて九州へ向かう途中、アメリカの潜水艦に撃沈され、780人の児童を含む1,500人近くの犠牲者を出すという悲劇に見 舞われた。

 今年6月、天皇皇后両陛下は、沖縄県那覇市を訪問。その「対馬丸」乗船者の慰霊碑に献花され、追悼の意を表された。戦争当時、犠牲になった児童た ちと同じように疎開中だった両陛下は、長年対馬丸のことを気にかけておられたという。同船の撃沈から70年になる今年、陛下ご自身が強く希望されての沖縄 訪問だった。

 国内で唯一の地上戦を経験し、4分の1ともいわれる県民が犠牲になった沖縄、対馬丸の子どもたち――望んだわけでもないのに、無理やり戦争に引き ずり込まれた「民間人」の哀しみが、そこに在る。そして、両陛下の沖縄訪問は、国が招いた戦争の惨禍を、二度と繰り返してはいけないという思いを、体現さ れたものと見るべきだろう。

 ■両陛下、皇太子殿下の憲法への思い
 昨年12月18日、天皇誕生日に際する記者会見において、陛下は次のように述べられている。
≪戦後、連合国軍の占領下にあった日本は、平和と民主主義を、守るべき大切なものとして、日本国憲法を作り、様々な改革を行って、今日の日本を築きまし た。戦争で荒廃した国土を立て直し、かつ、改善していくために当時の我が国の人々の払った努力に対し、深い感謝の気持ちを抱いています。≫

 皇后陛下も、昨年のお誕生日に際して出された文書の中で、憲法について触れられた。
≪5月の憲法記念日をはさみ、今年は憲法をめぐり、例年に増して盛んな論議が取り交わされていたように感じます。主に新聞紙上でこうした論議に触れなが ら、 かつて、あきる野市の五日市を訪れた時、郷土館で見せて頂いた「五日市憲法草案」のことをしきりに思い出しておりました。
 近代日本の黎明期に生きた人々の、政治参加への強い意欲や、自国の未来にかけた熱い願いに触れ、深い感銘を覚えたことでした。≫

 いずれも平和と、それを支えてきた「憲法」の重要性を示された内容。両陛下が、揃って憲法に言及されるのは異例のことだったが、皇太子殿下も今年2月21日のお誕生日に際し、会見で次のように述べられ、憲法擁護の姿勢を示されている。
≪今日の日本は、戦後、日本国憲法を基礎として築き上げられ、現在、我が国は、平和と繁栄を享受しております。今後とも、憲法を遵守する立場に立って、必要な助言を得ながら、事に当たっていくことが大切だと考えております≫

 ■保守を逸脱した安倍
 天皇象徴制を定めた日本国憲法を誰よりも尊重してきた天皇陛下が、政治向きに関するご発言をなさることはない。その陛下や皇后陛下、さらには皇太子殿下 までが、あえて憲法について語られ、両陛下が沖縄や対馬丸関連施設を訪ねられた意図を、首相は慮るべきだろう。だが現実は、まったく違う方向に向かってい る。特定秘密保護法、武器輸出解禁、集団的自衛権の行使容認と解釈改憲……。安倍政権が進めてきたのは、平和を希求されてきた天皇陛下のお心に背く愚行ば かりなのだ。

 この国の保守政治家が一番大切にしてきたのは皇室だ。自民党の新憲法草案では、天皇を「元首」と定めている。安倍が天皇陛下のご意思を尊重するの は当然のはずだが、期待するだけ無駄というものだろう。戦後の歴史の中で、これほど天皇陛下のお心を無視する宰相の存在を、筆者は知らない。

 元稿:HUNTER 主要ニュース 【僭越ながら論】  2014年08月07日  10:35:00  これは参考資料です。 転載等は各自で判断下さい。

 

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【僭越ながら論】:安倍晋三に投げかけられた天皇皇后両陛下のお言葉

2017-03-24 09:05:10 | 【天皇家・皇室・女性宮家問題】

【HUNTER・僭越ながら論】:安倍晋三に投げかけられた天皇皇后両陛下と皇太子殿下のお言葉

 ●乾龍の『漂流日本の羅針盤』・【最新ニュースから見え隠れする闇】:【HUNTER・僭越ながら論】:安倍晋三に投げかけられた天皇皇后両陛下と皇太子殿下のお言葉

 集団的自衛権の行使容認をめぐる議論が、活発になってきた。安倍晋三首相は、4月にも行使容認のための憲法解釈変更を閣議決定する方針だったが、連立相手の公明党が慎重な姿勢を崩さず調整が難航。党内からも異論が噴き出す状況となっている。
 集団的自衛権の行使については、戦争放棄を定めた憲法9条との兼ね合いで「行使は許されない」とする解釈が、歴代内閣において確立されてきた。集団的自衛権の行使が「国を守るための必要最小限の範囲を超える」と解されるためだ。しかし、「戦後レジームからの脱却」が持論の安部首相は、この積み重ねられた歴史を塗り変えたいらしく、なんとしても閣議決定に持ち込む構えだ。
 そうした中、天皇皇后両陛下が、昨年のそれぞれのお誕生日に憲法についてのお言葉を述べられ、先月21日には皇太子殿下も「憲法遵守」を明言された。
 安部首相はこの国の象徴である天皇陛下や殿下のご意志を、どう受け止めるのか――。
 ■重い両陛下のお言葉
 昨年12月18日、天皇誕生日に際する記者会見において、陛下は次のように述べられた。
 『80年の道のりを振り返って、特に印象に残っている出来事という質問ですが、やはり最も印象に残っているのは先の戦争のことです。私が学齢に達した 時には中国との戦争が始まっており、その翌年の12月8日から、中国のほかに新たに米国、英国、オランダとの戦争が始まりました。終戦を迎えたのは小学校 の最後の年でした。この戦争による日本人の犠牲者は約310万人と言われています。前途に様々な夢を持って生きていた多くの人々が、若くして命を失ったこ とを思うと、本当に痛ましい限りです。
 戦後、連合国軍の占領下にあった日本は、平和と民主主義を、守るべき大切なものとして、日本国憲法を作り、様々な改革を行って、今日の日本を築きました。戦争で荒廃した国土を立て直し、かつ、改善していくために当時の我が国の人々の払った努力に対し、深い感謝の気持ちを抱いています。また、当時の知日派の米国人の協力も忘れてはならないことと思います。戦後60年を超す歳月を経、今日、日本には東日本大震災のような大きな災害に対しても、人と人との絆を大切にし、冷静に事に対処し、復興に向かって尽力する人々が育っていることを、本当に心強く思っています』
 また皇后陛下は、昨年のお誕生日に際し、憲法について文書の中でこう述べられている。
 《5月の憲法記念日をはさみ、今年は憲法をめぐり、例年に増して盛んな論議が取り交わされていたように感じます。主に新聞紙上でこうした論議に触れながら、 かつて、あきる野市の五日市を訪れた時、郷土館で見せて頂いた「五日市憲法草案」のことをしきりに思い出しておりました。明治憲法の公布(明治22年)に 先立ち、地域の小学校の教員、地主や農民が、寄り合い、討議を重ねて書き上げた民間の憲法草案で、基本的人権の尊重や教育の自由の保障及び教育を受ける義務、法の下の平等、更に言論の自由、信教の自由など、204条が書かれており、地方自治権等についても記されています。当時これに類する民間の憲法草案が、日本各地の少なくとも40数か所で作られていたと聞きましたが、近代日本の黎明期に生きた人々の、政治参加への強い意欲や、自国の未来にかけた熱い願いに触れ、深い感銘を覚えたことでした。長い鎖国を経た19世紀末の日本で、市井の人々の間に既に育っていた民権意識を記録するものとして、世界でも珍しい文化遺産ではないかと思います》
 ■皇太子殿下は「憲法遵守」を明言
 さらに、皇太子殿下が、今年2月21日のお誕生日に際し、会見で次のように述べられた。
 『日本国憲法には「天皇は、この憲法の定める国事に関する行為のみを行ひ、国政に関する権能を有しない」と規定されております。今日の日本は、戦後、日本国憲法を基礎として築き上げられ、現在、我が国は、平和と繁栄を享受しております。今後とも、憲法を遵守する立場に立って、必要な助言を得ながら、事に当たっていくことが大切だと考えております』
 両陛下、さらには皇太子殿下までが、そろって憲法に言及されるというのは極めて異例。改憲に向けて前のめりになる安部政権に対し、憂慮された末のご発言だったと見るのが自然だろう。とくに、天皇陛下の『平和と民主主義を、守るべき大切なものとして、日本国憲法を作り」というお言葉は、現行憲法の意味を示された重要な部分だといえよう。
 皇后陛下のお言葉も同様で、憲法に対する国民の熱い思いをご紹介されることで、現行憲法の不可侵性をお示し下さったものだろう。
 皇太子殿下は、さらに踏み込んだ形で『今日の日本は、戦後、日本国憲法を基礎として築き上げられ、現在、我が国は、平和と繁栄を享受しております。今後とも、憲法を遵守する立場に立って』と述べられている。いずれも“憲法を守る”という確固たるご意志に基づく発言であり、そこに議論の余地はない。
 ■解釈改憲に突き進む安部
 翻って、安倍首相はどうか。集団的自衛権の行使容認に向けて、着々と歩みを続けてきたが、これは、歴代内閣の方針を真っ向から否定し、憲法の解釈を変えることを意味している。いわゆる解釈改憲だ。
 どう言いつくろっても、安倍政権がやろうとしているのは、事実上の改憲。これが許されれば、本当の憲法改正など必要なくなる。時の総理が9条の解釈を変えるといえば、戦争さえも始められるわけだ。これは、明らかに、現行憲法の大切さを説かれている天皇皇后両陛下や、皇太子殿下の御心に背く行為だろう。
 安倍首相は、憲法改正を声高に叫び、諸外国の思いを無視して靖国神社に参拝した。右寄りからは拍手喝采だろう。その右寄りの人々は、ことのほか皇室を重んじる。しかし、解釈改憲が両陛下や殿下の意に反するものであることに気付いていない。滑稽と言っても過言ではあるまい。
 自民党は、平成24年4月、平成17年の同党改正案に修正を加える形で「日本国憲法改正草案」を公表した。安部政権が目指す最終目標だ。その草案では、現行憲法の第一条「天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く」を「天皇は、日本国の元首であり、日本国及び日本国民統合の象徴であって、その地位は、主権の存する日本国民の総意に基づく」と変えている。天皇陛下を重んじる姿勢を改めて示したものだろうが、安倍晋三首相は、元首と仰ぐ天皇陛下や皇后陛下、さらには皇太子殿下の思いをも踏みにじろうとしているのである。安倍氏が好む戦前なら、「不敬罪」にあたるのではないか。
 ついでにもう一つ。天皇陛下は、靖国神社を親拝されていない。昭和天皇は1975年を最後に、今上天皇は即位以来だ。1978年のA級戦犯合祀が原因であることは言うまでもあるまい。安倍首相は、靖国参拝を「あたりまえのこと」だという。同じことを、陛下に対して言えるのだろうか……?

 元稿:HUNTER 主要ニュース 【僭越ながら論】  2014年03月20日  09:00:00  これは参考資料です。 転載等は各自で判断下さい。

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【安倍首相】:漢字読めない? 答弁で「云々(うんぬん)」を「でんでん」

2017-03-24 09:05:00 | 【国会、衆議院・参議院・予算委員会】:

【安倍首相】:漢字読めない? 答弁で「云々(うんぬん)」を「でんでん

 乾龍の『漂流日本の羅針盤』・【最新ニュースから見え隠れする闇】:【安倍首相】:漢字読めない? 答弁で「云々(うんぬん)」を「でんでん

 おバカ丸出し?――安倍首相が24日の参院本会議での答弁で、漢字を読み間違えていたことが分かった。

 国会でにわかに与野党の論戦になっている「プラカード」を巡る問題。安倍首相が前日の施政方針演説で「国会でプラカードを掲げても何も生まれない」と発言したことに対し、民進党の蓮舫代表が代表質問で抗議。自民党も野党時代にプラカードを掲げていたことを指摘した。これに怒った安倍首相はこう答弁。

漢字が読めない安倍首相(C)日刊ゲンダイ

      漢字が読めない安倍首相(C)日刊ゲンダイ

 「あくまでも一般論。民進党とは言っていない。思い当たる節がなければ、ただ聞いていればいい。(ひときわ声を張り上げて)『訂正でんでん』というご指摘は全くあたりません」

 訂正でんでん? どうやら安倍首相は、答弁書にあった「云々(うんぬん)」という漢字を「でんでん」と読んでしまったようなのだ。

 早速ネット上では、〈安倍総理 誤読〉〈安倍首相、国会答弁で「云々(うんぬん)」を「でんでん」〉〈あまりにも堂々と言っているから野党側も気が付いていない感じでした〉などと動画付きで情報が拡散されている。

 読み間違えだとしても、「訂正でんでん」なんて日本語、意味不明。どう考えてもおかしい。安倍首相はそう思わなかったのだろうか?

 麻生財務相の「みぞうゆう」よりビックリだ。

 元稿:日刊ゲンダイ 主要ニュース 政治・経済 【政治ニュース】  2017年01月25日  15:00:00  これは参考資料です。 転載等は各自で判断下さい。

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【矢部宏治】:日本を支配する“憲法より上の法”の正体とは?

2017-03-24 00:59:50 | 在日米軍基地・再編問題・防衛・武器

【矢部宏治】:日本を支配する“憲法より上の法”の正体とは?

 乾龍の『漂流日本の羅針盤』・【最新ニュースから見え隠れする闇】:【矢部宏治】:日本を支配する“憲法より上の法”の正体とは?

 ◆日本を支配する“憲法より上の法”の正体とは? “著者本人突撃インタビュー”

 ※(写真):矢部氏が今回発売した単行本には「憲法の成り立ちの問題点」「昭和天皇の果たした役割」など、戦後のディープな話が満載

 日本はなぜ「基地」と「原発」を止められないのか? 本書のタイトルはまさに、誰もが一度は抱いたことがある「素朴な疑問」だろう。

 それを出発点に著者の矢部宏治氏がたどった日本戦後史の「旅」は、想像をはるかに超える広がりを見せながら「憲法」の上にある「もうひとつの法体系」の存在と、それによって支配された「日本社会のB面=本当の姿」をクッキリ浮かび上がらせる。

 太平洋戦争で焼け野原と化した国土を世界有数の経済大国へと復興し、間もなく戦後70年を迎えようとしている日本が、今も対米従属のくびきから逃れられない本当の理由……。

 そして、この国がいまだに「独立国」ですらないという衝撃の事実を、日米間の条約や公文書などの「事実」を足がかりに明らかにする本書は、多くの「普通の日本人」にとって、文字どおり「目からウロコ」の体験をもたらしてくれる一冊だ。矢部氏に聞いた。

 ■戦後の日本を本当に支配していたものとは?

 ―まず驚いたのは矢部さんがほんの数年前まで、沖縄の基地問題とも政治とも無縁な、いわゆる「普通の人」だったということです。そんな「普通の人」が日本の戦後史をめぐる「旅」に出たきっかけはなんだったのですか?

 矢部宏治(以下、矢部) 直接のきっかけは、やはり民主党による政権交代とその崩壊ですね。それまでは日本は経済的には豊かだけど、「なんか変な国だなぁ」とは思っていて、鳩山政権ができたときにやっぱり期待したんですよね。この政権交代で何かが変わるんじゃないかと。

 ところが圧倒的な民意を得て誕生した鳩山政権があっという間に崩壊して、沖縄の基地問題も潰(つぶ)されて、菅政権になったら完全に自民党時代と同じようなことをやっている。これは一体どういうことなんだと怒りに任せて、沖縄に取材に行ったのが始まりです。鳩山政権を潰したのは本当は誰だったのか、その答えをどうしても知りたくなった。

―ちなみに、矢部さんは沖縄の基地問題について以前から関心があったのですか?

 矢部 いいえ、沖縄といえばそれまで2回、旅行で行っただけで、基地のことや辺野古のことも何も知りませんでした。ところが実際沖縄に行って、自分の知らなかったさまざまな現実を目にして、その根っこを探っていくと、いろいろワケのわからない仕組みに出会う。

 そこで沖縄本島にある28の米軍基地をすべて許可なしで撮影した『本土の人間は知らないが、沖縄の人はみんな知っていること』という本を作りました。

 沖縄では住民が米軍基地を日常的に撮影している現実があるのですが、当局の判断次第ではそれが違法行為だとして逮捕される可能性もある。

 そうしてカメラマンとふたりで危険に身をさらしながら基地の取材を続けていくうちに、いろんなことが見えてきた。基地のフェンスってまさに「境界」なんですね。日本とアメリカの境界、戦争と平和の境界、民主主義のある世界とない世界の境界。

 そういう「境界」をずっとたどっていくと、日本の戦後や日本国憲法の成り立ち、日米関係の裏側が少しずつ見えてくる。さらにたどっていくと、最後は国連憲章にまでたどり着いたというのが今回のこの本で、結局、第2次世界大戦後の世界は、軍事力よりもむしろ条約や協定といった「法的な枠組み」によって支配されていることがわかってきた。

 ■日本国憲法より上の「法の支配」とは

 矢部 具体的な例を挙げましょう、例えば米軍の飛行機は日本の上空をどんな高さで飛んでもいいことになっています。なので沖縄に行くと米軍機が住宅地の上を信じられないような低空でブンブンと飛んでいる。

 もちろん、日本には航空機の運航について定めた「航空法」が存在します。ところが、日米地位協定の実施に伴う「航空特例法」というのがあり、そこには「米軍機と国連軍機およびその航空機に乗り組んでその運航に従事する者については、航空法第六章の規定は政令で定めるものを除き、適用しない」と明記してあるのです。

 つまり、「最低高度」や「制限速度」「飛行禁止区域」などを定めた航空法第六章の43もの条文が米軍機には適用されない! 「米軍機は高度も安全も何も守らずに日本全国の空を飛んでいいことが法律で決まっている」という驚愕(きょうがく)の事実です。要するに日本の空は今でも100%、米軍の占領下にあるのです。

 ただし、沖縄の米軍機は日本の住宅地の上を超低空で飛ぶことはあっても、米軍住宅の上を低空で飛ぶことはありません。なぜならそれは危険であるとして、アメリカの法律で禁じられているからです。

 ―日本の航空法は無視してもいいけれど、アメリカの航空法はきちんと守っていると。

 矢部 空だけではありません。実は地上も潜在的には100%占領されています。例えば、2004年に起きた沖縄国際大への米軍ヘリ墜落事件。訓練中の米軍ヘリが沖縄国際大学に墜落し爆発炎上した際、米軍は一方的に事故現場を封鎖してしまいましたが、実はこれも「合法」なのです。

 なぜなら日米間には1953年に合意した「日本国の当局は(略)所在地のいかんを問わず、合衆国の財産について捜索、差し押さえ、または検証を行なう権利を行使しない」という取り決めがあり、それが現在でも有効だからです。

 つまり、アメリカ政府の財産がある場所はどこでも一瞬にして治外法権エリアになり得る。

 墜落したヘリの残骸や破片が「アメリカの財産」だと見なされれば、それがある場所で米軍はなんでもできるし、日本の警察や消防は何もできないのです。

 ―日本の憲法や法律が及ばない場所が突如、現れる?

 矢部 そこが最大の問題です。いくら条約は守らなければならないと言っても、国民の人権がそのように侵害されていいはずがない。条約は一般の法律よりも強いが、憲法よりは弱い。これが本来の「法治国家」の姿です。

 ところが1959年に在日米軍の存在が憲法違反かどうかをめぐって争われた砂川裁判で、最高裁(田中耕太郎・最高裁長官)が「日米安保条約のような高度な政治的問題については、最高裁は憲法判断しない」という、とんでもない判決を出してしまいます。

 しかも、この裁判の全プロセスが、実はアメリカ政府の指示と誘導に基づいて進められたことが近年、アメリカの公文書によって明らかになっています。

 結局、この「砂川判決」によって、日米安保条約とそれに関する日米間の取り決めが「憲法」にすら優先するという構図が法的に確定してしまった。

 敗戦後、日本政府がアメリカ政府に従わされたように、この判決以降、「憲法を含む日本の国内法」が「アメリカとの軍事条約」の下に固定化されてしまった。つまり、日本の上空どころか、憲法を含んだ日本の「法体系」そのものがいまだに米軍の支配下にあると言っても過言ではないのです。

 ■戦後日本を陰で操る日米合同委員会

 矢部 ちなみに、安保条約の条文は全部で10ヵ条しかありませんが、その下には在日米軍の法的な特権について定めた日米地位協定がある。さらにその日米地位協定に基づき、在日米軍をどのように運用するかに関して、日本の官僚と米軍が60年以上にわたって、毎月会議(現在は月2回)を行なっています。

 これが「日米合同委員会」という名の組織で、いわば日本の「闇の心臓部(ハート・オブ・ダークネス)」。ここで彼らが第2次世界大戦後も維持された米軍の特殊権益について、さまざまな取り決めを結んできたのです。

 しかも、この日米合同委員会での合意事項は原則的に非公開で、その一部は議事録にも残らない、いわゆる「密約」です。

 また、この日米合同委員会のメンバーを経験した法務官僚の多くが、その後、法務省事務次官を経て検事総長に就任してい ます。つまり、この日米合同委員会が事実上、検事総長のポストを握っていて、その検事総長は米軍の意向に反抗する人間を攻撃し潰していくという構造がある。

 ―民主党政権時に小沢一郎氏が検察のターゲットになったり、鳩山由紀夫氏の政治資金問題が浮上したりしたのも、もしかしたら彼らや民主党政権が都合の悪い存在だったのかもしれませんね……。

 検事総長という重要ポストをこの組織のメンバーが押さえ続けることで、先ほどの話にあった「軍事力ではなく法で支配する」構造が維持されているというわけですね。

 矢部 ただし、この仕組みは「アメリカがつくり上げた」というより、「米軍」と「日本の官僚組織」のコラボによって生まれたと言ったほうが正しいと思います。

 アメリカといっても決して一枚岩じゃなく、国務省と国防省・米軍の間には常に大きな対立が存在します。

 実は国務省(日本でいう外務省)の良識派は、こうした米軍の違法な「占領の継続」にはずっと反対してるんです。当然です。誰が見てもおかしなことをやっているんですから。しかし60年も続いているから、複雑すぎて手が出せなくなっている。まともなアメリカの外交官なら、みんな思っていますよ。「日本人はなぜ、これほど一方的な従属関係を受け入れ続けているのだろう?」と。

 考えてみてください。世界でも有数といわれる美しい海岸(辺野古)に、自分たちの税金で外国軍の基地を造ろうとしている。本当にメチャクチャな話ですよ。でも利権を持つ軍部から「イイんだよ。あいつらがそれでイイって言ってるんだから」と言われたら、国務省側は黙るしかない。

 ―基地問題だけでなく、原発の問題も基本的に同じ構図だと考えればいいのでしょうか?

 矢部 こちらも基本的には軍事マターだと考えればいいと思います。日米間に「日米原子力協定」というものがあって、原子力政策については「アメリカ側の了承がないと、日本の意向だけでは絶対にやめられない」ようになっているんです。

 しかも、この協定、第十六条三項には、「この協定が停止、終了した後も(ほとんどの条文は)引き続き効力を有する」ということが書いてある。これなんか、もう「不思議の国の協定」というしかない……。

 ―協定の停止または終了後もその内容が引き続き効力を有するって、スゴイですね。

 矢部 で、最悪なのは、震災から1年3ヵ月後に改正された原子力基本法で「原子力利用の安全の確保については、我が国の安全保障に資することを目的として」と、するりと「安全保障」という項目をすべり込ませてきたことです。

 なぜ「安全保障」が出てくるかといえば、さっきの「砂川裁判」と同じで「安全保障」が入るだけで、もう最高裁は憲法判断できなくなる。

 ■日本がアメリカから独立するためになすべきことは?

 ―しかも、「安全保障」に関わるとして原発関連の情報が特定秘密保護法の対象になれば、もう誰も原発問題には手が出せなくなると。

 矢部 そういうことです! 

 ―日本が本当の意味で「独立」する道はないのでしょうか?

 矢部 第2次世界大戦の敗戦国である日本とドイツは、国連憲章のいわゆる「敵国条項」で国際法上、最下層の地位にあるわけです。しかし、戦後、ドイツは周辺諸国との融和を図り信頼を得ることで、事実上、敵国的な地位を脱したと見なされるようになりました。

 それがあったから、ドイツは冷戦終結後、90年に第2次世界大戦の戦勝4ヵ国(英米仏ロ)との間で講和条約(「2プラス4条約」)を結んで、東西ドイツの再統一を実現することができたのです。そしてその条約に基づき、94年までに国内にいた駐留軍としての英米仏ロの軍隊を撤退させることができた。現在ドイツ内にいる米軍はNATO軍として駐留しているもので、その行動については全面的にドイツの国内法が適用されています。

 なので、僕はドイツが戦後、真の意味で独立したのは1994年だと思っています。つまり、ドイツも独立するまでに49年もかかった。日本もまだ事実上の占領状態にあるとしたら、今からでも同じことをやればいい。

 また長い間、アメリカの“軍事占領下”にあったフィリピンも、上院で憲法改正を議論して、1991年に米軍基地の完全撤退を実現しています。

 日本はドイツとフィリピンというふたつのモデルがあるわけですから、そこから学んで、やるべきことを淡々とやっていけばいい。現状では「憲法改正による外国軍撤退」という、やや過激に見えるが実はオーソドックスなフィリピンモデルをカードに持ちながら「周辺諸国との和解を実現した上での、新条約締結による外国軍撤退」というドイツモデルを目指せばいいと思います。

 後者については、国務省の良識派は絶対に喜ぶはずです。ところが現在の安倍政権は周辺諸国との緊張感をいたずらに高め、書店の店頭には「嫌韓・嫌中本」が氾濫(はんらん)している。まるで真逆の出来事が急激に起こり始めているのです。それこそが「日本の主権回復」を阻む最悪の道だということをどうしても言いたくて、この本を書きました。 (取材・文/川喜田 研 撮影/池之平昌信)

 ●矢部宏治(やべ・こうじ)
1960年生まれ、兵庫県出身。書籍情報社代表。著書に『本土の人間は知らないが、沖縄の人はみんな知っていること―沖縄・米軍基地観光ガイド』、共著に『本当は憲法より大切な「日米地位協定入門」』など

 ■『日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか』
集英社 1200円+税

 ◆概要

 日本の戦後史に隠された「最大の秘密」とは何か?
その謎を解き、進むべき未来を提示する。


●なぜ、日本の首相は絶対に公約を守れないのか?
●なぜ、人類史上最悪の原発事故を起こした日本が、
 いままた再稼働に踏みきろうとしているのか?
●なぜイラクから戦後8年で撤退した米軍が、2014年の今、
 沖縄で新たな基地を建設し始めているのか?

 不思議なことばかり起こる現在の日本。しかし、あきらめてはいけません。
過去の歴史、なかでも敗戦から独立までの6年半の占領期を見直せば、そうした矛盾を生みだす原因が、あっけないほど簡単に理解できるのです。
秘密を解くカギは、「昭和天皇」「日本国憲法」「国連憲章」の3つ。
さあ、あなたもこの本と一緒に「戦後70年の謎」を解くための旅に出て、日本人の手に輝ける未来をとりもどしましょう。

 大ヒットシリーズ「〈戦後再発見〉双書」の企画&編集総責任者が放つ、「戦後日本」の真実の歴史。公文書によって次々と明らかになる、驚くべき日本の歪んだ現状。精緻な構造分析によって、その原因を探り、解決策を明らかにする!

 
目次
PART1 沖縄の謎――基地と憲法
PART2 福島の謎――日本はなぜ、原発を止められないのか
PART3 安保村の謎①――昭和天皇と日本国憲法
PART4 安保村の謎②――国連憲章と第2次大戦後の世界
PART5 最後の謎――自発的隷従とその歴史的起源

 ■『日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか』
矢部宏治・孫崎享 対談 http://www.youtube.com/watch?feature=player_embedded&v=cBFE2dWTVQg

 元稿:週プレNEWS 主要ニュース 政治・社会 【政治ニュース】  2014年11月14日  06:00:00  これは参考資料です。 転載等は各自で判断下さい。

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[文書名]:日米地位協定 ①

2017-03-24 00:59:40 | 在日米軍基地・再編問題・防衛・武器

[文書名]:日米地位協定 ①

 乾龍の『漂流日本の羅針盤』・【最新ニュースから見え隠れする闇】:[文書名]:日米地位協定 

 データベース『世界と日本』・日本政治・国際関係データベース 

 [文書名] 日米地位協定(日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第六条に基づく施設及び区域並び        に日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定)

 [場所] ワシントンDC

 [年月日] 1960年1月19日

 [出典] わが外交の近況(外交青書)第4号,245‐262頁.

 [備考] 

 [全文]
 

 日本国及びアメリカ合衆国は、千九百六十年一月十九日にワシントンで署名された日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第六条の規定に従い、次に掲げる条項によりこの協定を締結した。

第一条

 この協定において、

(a)「合衆国軍隊の構成員」とは、日本国の領域にある間におけるアメリカ合衆国の陸軍、海軍又は空軍に属する人員で現に服役中のものをいう。

(b)「軍属」とは、合衆国の国籍を有する文民で日本国にある合衆国軍隊に雇用され、これに勤務し、又はこれに随伴するもの(通常日本国に居住する者及び 第十四条1に掲げる者を除く。)をいう。この協定のみの適用上、合衆国及び日本国の二重国籍者で合衆国が日本国に入れたものは、合衆国国民とみなす。

(c)「家族」とは、次のものをいう。

(1)配偶者及び二十一才未満の子

(2)父、母及び二十一才以上の子で、その生計費の半額以上を合衆国軍隊の構成員又は軍属に依存するもの

第二条

1(a)合衆国は、相互協力及び安全保障条約第六条の規定に基づき、日本国内の施設及び区域の使用を許される。個個の施設及び区域に関する協定は、第二十 五条に定める合同委員会を通じて両政府が締結しなければならない。「施設及び区域」には、当該施設及び区域の運営に必要な現存の設備、備品及び定着物を含 む。

(b)合衆国が日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約第三条に基く行政協定の終了の時に使用している施設及び区域は、両政府が(a)の規定に従つて合意した施設及び区域とみなす。

2 日本国政府は、いずれか一方の要請があるときは、前記の取極を再検討しなければならず、また、前記の施設及び区域を日本国に返還すべきこと又は新たに施設及び区域を提供することを合意することができる。

3 合衆国軍隊が使用する施設及び区域は、この協定の目的のため必要でなくなつたときは、いつでも、日本国に返還しなければならない。合衆国は、施設及び区域の必要性を前記の返還を目的としてたえず検討することに同意する。

4(a) 合衆国軍隊が施設及び区域を一時的に使用していないときは、日本国政府は、臨時にそのような施設及び区域をみずから使用し、又は日本国民に使用 させることができる。ただし、この使用が、合衆国軍隊による当該施設及び区域の正規の使用の目的にとつて有害でないことが合同委員会を通じて両政府間に合 意された場合に限る。

(b) 合衆国軍隊が一定の期間を限つて使用すべき施設及び区域に関しては、合同委員会は、当該施設及び区域に関する協定中に、適用があるこの協定の規定の範囲を明記しなければならない。

第三条

1 合衆国は、施設及び区域において、それらの設定、運営、警護及び管理のため必要なすべての措置を執ることができる。日本国政府は、施設及び区域の支 持、警護及び管理のための合衆国軍隊の施設及び区域への出入の便を図るため、合衆国軍隊の要請があつたときは、合同委員会を通ずる両政府間の協議の上で、 それらの施設及び区域に隣接し又はそれらの近傍の土地、領水及び空間において、関係法令の範囲内で必要な措置を執るものとする。合衆国も、また、合同委員 会を通ずる両政府間の協議の上で前記の目的のため必要な措置を執ることができる。

2 合衆国は、1に定める措置を、日本国の領域への、領域から又は領域内の航海、航空、通信又は陸上交通を不必要に妨げるような方法によつては執らないこ とに同意する。合衆国が使用する電波放射の措置が用いる周波数、電力及びこれらに類する事項に関するすべての問題は、両政府の当局間の取極により解決しな ければならない。日本国政府は、合衆国軍隊が必要とする電気通信用電子装置に対する妨害を防止し又は除去するためのすべての合理的な措置を関係法令の範囲 内で執るものとする。

3 合衆国軍隊が使用している施設及び区域における作業は、公共の安全に妥当な考慮を払つて行なわなければならない。

第四条

1 合衆国は、この協定の終了の際又はその前に日本国に施設及び区域を返還するに当たつて、当該施設及び区域をそれらが合衆国軍隊に提供された時の状態に回復し、又はその回復の代りに日本国に補償する義務を負わない。

2 日本国は、この協定の終了の際又はその前における施設及び区域の返還の際、当該施設及び区域に加えられている改良又はそこに残される建物若しくはその他の工作物について、合衆国にいかなる補償をする義務も負わない。

3 前記の規定は、合衆国政府が日本国政府との特別取極に基づいて行なう建設には適用しない。

第五条

1 合衆国及び合衆国以外の国の船舶及び航空機で、合衆国によつて、合衆国のために又は合衆国の管理の下に公の目的で運航されるものは、入港料又は着陸料 を課されないで日本国の港又は飛行場に出入することができる。この協定による免除を与えられない貨物又は旅客がそれらの船舶又は航空機で運送されるとき は、日本国の当局にその旨の通告を与えなければならず、その貨物又は旅客の日本国への入国及び同国からの出国は、日本国の法令による。

2 1に掲げる船舶及び航空機、合衆国政府所有の車両(機甲車両を含む。)並びに合衆国軍隊の構成員及び軍属並びにそれらの家族は、合衆国軍隊が使用して いる施設及び区域に出入し、これらのものの間を移動し、及びこれらのものと日本国の港又は飛行場との間を移動することができる。合衆国の軍用車両の施設及 び区域への出入並びにこれらのものの間の移動には、道路使用料その他の課徴金を課さない。

3 1に掲げる船舶が日本国の港に入る場合には、通常の状態においては、日本国の当局に適当な通告をしなければならない。その船舶は、強制水先を免除される。もつとも、水先人を使用したときは、応当する料率で水先料を払わなければならない。

第六条

1 すべての非軍用及び軍用の航空交通管理及び通信の体系は、緊密に協調して発達を図るものとし、かつ、集団安全保障の利益を達成するため必要な程度に整 合するものとする。この協調及び整合を図るため必要な手続及びそれに対するその後の変更は、両政府の当局間の取極によつて定める。

2 合衆国軍隊が使用している施設及び区域並びにそれらに隣接し又はそれらの近傍の領水に置かれ、又は設置される燈火その他の航行補助施設及び航空保安施 設は、日本国で使用されている様式に合致しなければならない。これらの施設を設置した日本国及び合衆国の当局は、その位置及び特徴を相互に通告しなければ ならず、かつ、それらの施設を変更し、又は新たに設置する前に予告をしなければならない。

第七条

 合衆国軍隊は、日本国政府の各省その他の機関に当該時に適用されている条件よりも不利でない条件で、日本国政府が有し、管理し、又は規制するすべての公益事業及び公共の役務を利用することができ、並びにその利用における優先権を享有するものとする。

第八条

 日本国政府は、両政府の当局間の取極に従い、次の気象業務を合衆国軍隊に提供することを約束する。

(a)地上及び海上からの気象観測(気象観測船からの観測を含む。)

(b)気象資料(気象庁の定期的概報及び過去の資料を含む。) 

(c)航空機の安全かつ正確な運航のため必要な気象情報を報ずる電気通信業務

(d)地震観測の資料(地震から生ずる津波の予想される程度及びその津波の影響を受ける区域の予報を含む。)

第九条

1 この条の規定に従うことを条件として、合衆国は、合衆国軍隊の構成員及び軍属並びにそれらの家族である者を日本国に入れることができる。

2 合衆国軍隊の構成員は、旅券及び査証に関する日本国の法令の適用から除外される。合衆国軍隊の構成員及び軍属並びにそれらの家族は、外国人の登録及び 管理に関する日本国の法令の適用から除外される。ただし、日本国の領域における永久的な居所又は住所を要求する権利を取得するものとみなされない。

3 合衆国軍隊の構成員は、日本国への入国又は日本国からの出国に当たつて、次の文書を携帯しなければならない。

(a)氏名、生年月日、階級及び番号、軍の区分並びに写真を掲げる身分証明書

(b)その個人又は集団が合衆国軍隊の構成員として有する地位及び命令された旅行の証明となる個別的又は集団的旅行の命令書

 合衆国軍隊の構成員は、日本国にある間の身分証明のため、前記の身分証明書を携帯していなければならない。身分証明書は、要請があるときは日本国の当局に提示しなければならない。

4 軍属、その家族及び合衆国軍隊の構成員の家族は、合衆国の当局が発給した適当な文書を携帯し、日本国への入国若しくは日本国からの出国に当たつて又は日本国にある間のその身分を日本国の当局が確認することができるようにしなければならない。

5 1の規定に基づいて日本国に入国した者の身分に変更があつてその者がそのような入国の資格を有しなくなつた場合には、合衆国の当局は、日本国の当局に その旨を通告するものとし、また、その者が日本国から退去することを日本国の当局によつて要求されたときは、日本国政府の負担によらないで相当の期間内に 日本国から輸送することを確保しなければならない。

6 日本国政府が合衆国軍隊の構成員若しくは軍属の日本国の領域からの送出を要請し、又は合衆国軍隊の旧構成員若しくは旧軍属に対し若しくは合衆国軍隊の 構成員、軍属、旧構成員若しくは旧軍属の家族に対し退去命令を出したときは、合衆国の当局は、それらの者を自国の領域内に受け入れ、その他日本国外に送出 することにつき責任を負う。この項の規定は、日本国民でない者で合衆国軍隊の構成員若しくは軍属として又は合衆国軍隊の構成員若しくは軍属となるために日 本国に入国したもの及びそれらの者の家族に対してのみ適用する。

第十条

1 日本国は、合衆国が合衆国軍隊の構成員及び軍属並びにそれらの家族に対して発給した運転許可証若しくは運転免許証又は軍の運転許可証を、運転者試験又は手数料を課さないで、有効なものとして承認する。

2 合衆国軍隊及び軍属用の公用車両は、それを容易に識別させる明確な番号標又は個別の記号を付けていなければならない。

3 合衆国軍隊の構成員及び軍属並びにそれらの家族の私有車両は、日本国民に適用される条件と同一の条件で取得する日本国の登録番号標を付けていなければならない。

第十一条

1 合衆国軍隊の構成員及び軍属並びにそれらの家族は、この協定中に規定がある場合を除くほか、日本国の税関当局が執行する法令に服さなければならない。

2 合衆国軍隊、合衆国軍隊の公認調達機関又は第十五条に定める諸機関が合衆国軍隊の公用のため又は合衆国軍隊の構成員及び軍属並びにそれらの家族の使用 のため輸入するすべての資材、需品及び備品並びに合衆国軍隊が専用すべき資材、需品及び備品又は合衆国軍隊が使用する物品若しくは施設に最終的には合体さ れるべき資材、需品及び備品は、日本国に入れることを許される。この輸入には、関税その他の課徴金を課さない。前記の資材、需品及び備品は、合衆国軍隊、 合衆国軍隊の公認調達機関又は第十五条に定める諸機関が輸入するものである旨の適当な証明書(合衆国軍隊が専用すべき資材、需品及び備品又は合衆国軍隊が 使用する物品若しくは施設に最終的には合体されるべき資材、需品及び備品にあつては、合衆国軍隊が前記の目的のために受領すべき旨の適当な証明書)を必要 とする。

3 合衆国軍隊の構成員及び軍属並びにそれらの家族に仕向けられ、かつ、これらの者の私用に供される財産には、関税その他の課徴金を課する。ただし、次のものについては、関税その他の課徴金を課さない。

(a)合衆国軍隊の構成員若しくは軍属が日本国で勤務するため最初に到着した時に輸入し、又はそれらの家族が当該合衆国軍隊の構成員若しくは軍属と同居す るため最初に到着した時に輸入するこれらの者の私用のための家庭用品並びにこれらの者が入国の際持ち込む私用のための身回品

(b)合衆国軍隊の構成員又は軍属が自己又はその家族の私用のため輸入する車両及び部品

(c)合衆国軍隊の構成員及び軍属並びにそれらの家族の私用のため合衆国において通常日常用として購入される種類の合理的な数量の衣類及び家庭用品で、合衆国軍事郵便局を通じて日本国に輸送されるもの

4 2及び3で与える免除は、物の輸入の場合のみに適用するものとし、関税及び内国消費税がすでに徴収された物を購入する場合に、当該物の輸入の際関税当局が徴収したその関税及び内国消費税を払いもどすものと解してはならない。

5 税関検査は、次のものの場合には行なわないものとする。

(a)命令により日本国に入国し、又は日本国から出国する合衆国軍隊の部隊

(b)公用の封印がある公文書及び合衆国軍事郵便路線上にある公用郵便物

(c)合衆国政府の船荷証券により船積みされる軍事貨物

6 関税の免除を受けて日本国に輸入された物は、日本国及び合衆国の当局が相互間で合意する条件に従つて処分を認める場合を除くほか、関税の免除を受けて当該物を輸入する権利を有しない者に対して日本国内で処分してはならない。

7 2及び3の規定に基づき関税その他の課徴金の免除を受けて日本国に輸入された物は、関税その他の課徴金の免除を受けて再輸出することができる。

8 合衆国軍隊は、日本国の当局と協力して、この条の規定に従つて合衆国軍隊、合衆国軍隊の構成員及び軍属並びにそれらの家族に与えられる特権の濫用を防止するため必要な措置を執らなければならない。

9(a)日本国の当局及び合衆国軍隊は、日本国政府の税関当局が執行する法令に違反する行為を防止するため、調査の実施及び証拠の収集について相互に援助しなければならない。

(b)合衆国軍隊は、日本国政府の税関当局によつて又はこれに代わつて行なわれる差押えを受けるべき物件がその税関当局に引き渡されることを確保するため、可能なすべての援助を与えなければならない。

(c)合衆国軍隊は、合衆国軍隊の構成員若しくは軍属又はそれらの家族が納付すべき関税、租税及び罰金の納付を確保するため、可能なすべての援助を与えなければならない。

(d)合衆国軍隊に属する車両及び物件で、日本国政府の関税又は財務に関する法令に違反する行為に関連して日本国政府の税関当局が差し押えたものは、関係部隊の当局に引き渡さなければならない。

第十二条

1 合衆国は、この協定の目的のため又はこの協定で認められることにより日本国で供給されるべき需品又は行なわれるべき工事のため、供給者又は工事を行な う者の選択に関して制限を受けないで契約することができる。そのような需品又は工事は、また、両政府の当局間で合意されるときは、日本国政府を通じて調達 することができる。

2 現地で供給される合衆国軍隊の維持のため必要な資材、需品、備品、及び役務でその調達が日本国の経済に不利な影響を及ぼすおそれがあるものは、日本国 の権限のある当局との調整の下に、また、望ましいときは日本国の権限のある当局を通じて又はその援助を得て、調達しなければならない。

3 合衆国軍隊又は合衆国軍隊の公認調達機関が適当な証明書を附して日本国で公用のため調達する資材、需品、備品及び役務は、日本の次の租税を免除される。

(a)物品税

(b)通行税

(c)揮発油税

(d)電気ガス税

 最終的には合衆国軍隊が使用するため調達される資材、需品、備品及び役務は、合衆国軍隊の適当な証明書があれば、物品税及び揮発油税を免除される。両政 府は、この条に明示していない日本の現在の又は将来の租税で、合衆国軍隊によつて調達され、又は最終的には合衆国軍隊が使用するため調達される資材、需 品、備品及び役務の購入価格の重要なかつ容易に判別することができる部分をなすと認められるものに関しては、この条の目的に合致する免税又は税の軽減を認 めるための手続について合意するものとする。

4 現地の労務に対する合衆国軍隊及び第十五条に定める諸機関の需要は、日本国の当局の援助を得て充足される。

5 所得税、地方住民税及び社会保障のための納付金を源泉徴収して納付するための義務並びに、相互間で別段の合意をする場合を除くほか、賃金及び諸手当に 関する条件その他の雇用及び労働の条件、労働者の保護のための条件並びに労働関係に関する労働者の権利は、日本国の法令で定めるところによらなければなら ない。

6 合衆国軍隊又は、適当な場合には、第十五条に定める機関により労働者が解職され、かつ、雇用契約が終了していない旨の日本国の裁判所又は労働委員会の決定が最終的のものとなつた場合には、次の手続が適用される。

(a)日本国政府は、合衆国軍隊又は前記の機関に対し、裁判所又は労働委員会の決定を通報する。

(b)合衆国軍隊又は前記の機関が当該労働者を就労させることを希望しないときは合衆国軍隊又は前記の機関は、日本国政府から裁判所又は労働委員会の決定 について通報を受けた後七日以内に、その旨を日本国政府に通告しなければならず、暫定的にその労働者を就労させないことができる。

(c)前記の通告が行なわれたときは、日本国政府及び合衆国軍隊又は前記の機関は、事件の実際的な解決方法を見出すため遅滞なく協議しなければならない。

(d)(c)の規定に基づく協議の開始の日から三十日の期間内にそのような解決に到達しなかつたときは、当該労働者は、就労することができない。このよう な場合には合衆国政府は、日本国政府に対し、両政府間で合意される期間の当該労働者の雇用の費用に等しい額を支払わなければならない。

7 軍属は、雇用の条件に関して日本国の法令に服さない。

8 合衆国軍隊の構成員及び軍属並びにそれらの家族は、日本国における物品及び役務の個人的購入について日本国の法令に基づいて課される租税又は類似の公課の免除をこの条の規定を理由として享有することはない。

9 3に掲げる租税の免除を受けて日本国で購入した物は、日本国及び合衆国の当局が相互間で合意する条件に従つて処分を認める場合を除くほか、当該租税の免除を受けて当該物を購入する権利を有しない者に対して日本国内で処分してはならない。

第十三条

1 合衆国軍隊は、合衆国軍隊が日本国において保有し、使用し、又は移転する財産について租税又は類似の公課を課されない。

2 合衆国軍隊の構成員及び軍属並びにそれらの家族は、これらの者が合衆国軍隊に勤務し、又は合衆国軍隊若しくは第十五条に定める諸機関に雇用された結果 受ける所得について、日本国政府又は日本国にあるその他の課税権者に日本の租税を納付する義務を負わない。この条の規定は、これらの者に対し、日本国の源 泉から生ずる所得について日本の租税の納付を免除するものではなく、また、合衆国の所得税のために日本国に居所を有することを申し立てる合衆国市民に対 し、所得についての日本の租税の納付を免除するものではない。これらの者が合衆国軍隊の構成員若しくは軍属又はそれらの家族であるという理由のみによつて 日本国にある期間は、日本の租税の賦課上、日本国に居所又は住所を有する期間とは認めない。

3 合衆国軍隊の構成員及び軍属並びにそれらの家族は、これらの者が一時的に日本国にあることのみに基づいて日本国に所在する有体又は無体の動産の保有、 使用、これらの者相互間の移転又は死亡による移転についての日本国における租税を免除される。ただし、この免除は、投資若しくは事業を行なうため日本国に おいて保有される財産又は日本国において登録された無体財産権には適用しない。この条の規定は、私有車両による道路の使用について納付すべき租税の免除を 与える義務を定めるものではない。

第十四条

1 通常合衆国に居住する人(合衆国の法律に基づいて組織された法人を含む。)及びその被用者で、合衆国軍隊のための合衆国との契約の履行のみを目的とし て日本国にあり、かつ、合衆国政府が2の規定に従い指定するものは、この条に規定がある場合を除くほか、日本国の法令に服さなければならない。

2 1にいう指定は、日本国政府との協議の上で行なわれるものとし、かつ、安全上の考慮、関係業者の技術上の適格要件、合衆国の標準に合致する資材若しくは役務の欠如又は合衆国の法令上の制限のため競争入札を実施することができない場合に限り行なわれるものとする。

 前記の指定は、次のいずれかの場合には、合衆国政府が取り消すものとする。

(a)合衆国軍隊のための合衆国との契約の履行が終わつたとき。

(b)それらの者が日本国において合衆国軍隊関係の事業活動以外の事業活動に従事していることが立証されたとき。

(c)それらの者が日本国で違法とされる活動を行なつているとき。

3 前記の人及びその被用者は、その身分に関する合衆国の当局の証明があるときは、この協定による次の利益を与えられる。

(a)第五条2に定める出入及び移動の権利

(b)第九条の規定による日本国への入国

(c)合衆国軍隊の構成員及び軍属並びにそれらの家族について第十一条3に定める関税その他の課徴金の免除

(d)合衆国政府により認められたときは、第十五条に定める諸機関の役務を利用する権利

(e)合衆国軍隊の構成員及び軍属並びにそれらの家族について第十九条2に定めるもの

(f)合衆国政府により認められたときは、第二十条に定めるところにより軍票を使用する権利

(g)第二十一条に定める郵便施設の利用

(h)雇用の条件に関する日本国の法令の適用からの除外

4 前記の人及びその被用者は、その身分の者であることが旅券に記載されていなければならず、その到着、出発及び日本国にある間の居所は、合衆国軍隊が日本国の当局に随時に通告しなければならない。

5 前記の人及びその被用者が1に掲げる契約の履行のためにのみ保有し、使用し、又は移転する減価償却資産(家屋を除く。)については、合衆国軍隊の権限のある官憲の証明があるときは、日本の租税又は類似の公課を課されない。

6 前記の人及びその被用者は、合衆国軍隊の権限のある官憲の証明があるときは、これらの者が一時的に日本国にあることのみに基づいて日本国に所在する有 体又は無体の動産の保有、使用、死亡による移転又はこの協定に基づいて租税の免除を受ける権利を有する人若しくは機関への移転についての日本国における租 税を免除される。ただし、この免除は、投資のため若しくは他の事業を行なうため日本国において保有される財産又は日本国において登録された無体財産権には 適用しない。この条の規定は、私有車両による道路の使用について納付すべき租税の免除を与える義務を定めるものではない。

7 1に掲げる人及びその被用者は、この協定に定めるいずれかの施設又は区域の建設、維持又は運営に関して合衆国政府と合衆国において結んだ契約に基づい て発生する所得について、日本国政府又は日本国にあるその他の課税権者に所得税又は法人税を納付する義務を負わない。この項の規定は、これらの者に対し、 日本国の源泉から生ずる所得についての所得税又は法人税の納付を免除するものではく、また、合衆国の所得税のために日本国に居所を有することを申し立てる 前記の人及びその被用者に対し、所得についての日本の租税の納付を免除するものではない。これらの者が合衆国政府との契約の履行に関してのみ日本国にある 期間は、前記の租税の賦課上、日本国に居所又は住所を有する期間とは認めない。

8 日本国の当局は、1に掲げる人及びその被用者に対し、日本国において犯す罪で日本国の法令によつて罰することができるものについて裁判権を行使する第 一次の権利を有する。日本国の当局が前記の裁判権を行使しないことに決定した場合には、日本国の当局は、できる限りすみやかに合衆国の軍当局にその旨を通 告しなければならない。この通告があつたときは、合衆国の軍当局は、これらの者に対し、合衆国の法令により与えられた裁判権を行使する権利を有する。

 以上の証拠として、下名の全権委員は、この協定に署名した。

 千九百六十年一月十九日にワシントンで、ひとしく正文である日本語及び英語により本書二通を作成した。

 日本国のために

  岸信介

  藤山愛一郎

  石井光次郎

  足立正

  朝海浩一郎

 アメリカ合衆国のために

  クリスチャン・A・ハーター

  ダグラス・マックアーサー二世

  J・グレイアム・パースンズ

 元稿:東京大学東洋文化研究所 田中明彦研究室 【日米地位協定】  1960年01月19日  09:00:00  これは参考資料です。 転載等は各自で判断下さい。
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[文書名]:日米地位協定 ②

2017-03-24 00:59:30 | 在日米軍基地・再編問題・防衛・武器

[文書名]:日米地位協定 ②

 乾龍の『漂流日本の羅針盤』・【最新ニュースから見え隠れする闇】:[文書名]:日米地位協定 

 データベース『世界と日本』・日本政治・国際関係データベース 

 [文書名] 日米地位協定(日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第六条に基づく施設及び区域並び        に日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定)

 [場所] ワシントンDC

 [年月日] 1960年1月19日

 [出典] わが外交の近況(外交青書)第4号,245‐262頁.

 [備考] 

 [全文]
 

 日本国及びアメリカ合衆国は、千九百六十年一月十九日にワシントンで署名された日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第六条の規定に従い、次に掲げる条項によりこの協定を締結した。

 日米地位協定①より続く

第十五条

1(a)合衆国の軍当局が公認し、かつ、規制する海軍販売所、ピー・エックス、食堂、社交クラブ、劇場、新聞その他の歳出外 資金による諸機関は、合衆国軍 隊の構成員及び軍属並びにそれらの家族の利用に供するため、合衆国軍隊が使用している施設及び区域内に設置することができる。これらの諸機関は、この協定 に別段の定めがある場合を除くほか、日本の規制、免許、手数料、租税又は類似の管理に服さない。

(b)合衆国の軍当局が公認し、かつ、規制する新聞が一般の公衆に販売されるときは、当該新聞は、その頒布に関する限り、日本の規制、免許、手数料、租税又は類似の管理に服する。

2 これらの諸機関による商品及び役務の販売には、1(b)に定める場合を除くほか、日本の租税を課さず、これらの諸機関による商品及び需品の日本国内における購入には、日本の租税を課する。

3 これらの諸機関が販売する物品は、日本国及び合衆国の当局が相互間で合意する条件に従つて処分を認める場合を除くほか、これらの諸機関から購入することを認められない者に対して日本国内で処分してはならない。

4 この条に掲げる諸機関は、日本国の当局に対し、日本国の税法が要求するところにより資料を提供するものとする。

第十六条

 日本国において、日本国の法令を尊重し、及びこの協定の精神に反する活動、特に政治的活動を慎むことは、合衆国軍隊の構成員及び軍属並びにそれらの家族の業務である。

第十七条

1 この条の規定に従うことを条件として、

(a)合衆国の軍当局は、合衆国の軍法に服するすべての者に対し、合衆国の法令により与えられたすべての刑事及び懲戒の裁判権を日本国において行使する権利を有する。

(b)日本国の当局は、合衆国軍隊の構成員及び軍属並びにそれらの家族に対し、日本国の領域内で犯す罪で日本国の法令によつて罰することができるものについて、裁判権を有する。

2(a)合衆国の軍当局は、合衆国の軍法に服する者に対し、合衆国の法令によつて罰することができる罪で日本国の法令によつては罰することができないもの(合衆国の安全に関する罪を含む。)について、専属的裁判権を行使する権利を有する。

(b)日本国の当局は、合衆国軍隊の構成員及び軍属並びにそれらの家族に対し、日本国の法令によつて罰することができる罪で合衆国の法令によつては罰することができないもの(日本国の安全に関する罪を含む。)について、専属的裁判権を行使する権利を有する。

(c)2及び3の規定の適用上、国の安全に関する罪は、次のものを含む。

(i)当該国に対する反逆

(ii)妨害行為(サボタージュ)謀報行為又は当該国の公務上若しくは国防上の秘密に関する法令の違反

3 裁判権を行使する権利が競合する場合には、次の規定が適用される。

(a)合衆国の軍当局は、次の罪については、合衆国軍隊の構成員又は軍属に対して裁判権を行使する第一次の権利を有する。

(i)もつぱら合衆国の財産若しくは安全のみに対する罪又はもつぱら合衆国軍隊の他の構成員若しく{原文に「は」なし}軍属若しくは合衆国軍隊の構成員若しくは軍属の家族の身体若しくは財産のみに対する罪

(ii)公務執行中の作為又は不作為から生ずる罪

(b)その他の罪について、日本国の当局が、裁判権を行使する第一次の権利を有する。

(c) 第一次の権利を有する国は、裁判権を行使しないことに決定したときは、できる限りすみやかに他方の国の当局にその旨を通告しなければならない。第一 次の権利を有する国の当局は、他方の国がその権利の放棄を特に重要であると認めた場合において、その他方の国の当局から要請があつたときは、その要請に好 意的考慮を払わなければならない。

4 前諸項の規定は、合衆国の軍当局が日本国民又は日本国に通常居住する者に対し裁判権を行使する権利を有することを意味するものではない。ただし、それらの者が合衆国軍隊の構成員であるときは、この限りでない。

5(a)日本国の当局及び合衆国の軍当局は、日本国の領域内における合衆国軍隊の構成員若しくは軍属又はそれらの家族の逮捕及び前諸項の規定に従つて裁判権を行使すべき当局へのそれらの者の引渡しについて、相互に援助しなければならない。

(b)日本国の当局は、合衆国の軍当局に対し、合衆国軍隊の構成員若しくは軍属又はそれらの家族の逮捕についてすみやかに通告しなければならない。

(c)日本国が裁判権を行使すべき合衆国軍隊の構成員又は軍属たる被疑者の拘禁は、その者の身柄が合衆国の手中にあるときは、日本国により公訴が提起されるまでの間、合衆国が引き続き行なうものとする。

6(a) 日本国の当局及び合衆国の軍当局は、犯罪についてのすべての必要な捜査の実施並びに証拠の収集及び提出(犯罪に関連する物件の押収及び相当な場合 にはその引渡しを含む。)について、相互に援助しなければならない。ただし、それらの物件の引渡しは、引渡しを行なう当局が定める期間内に還付されること を条件として行なうことができる。

(b)日本国の当局及び合衆国の軍当局は、裁判権を行使する権利が競合するすべての事件の処理について、相互に通告しなければならない。

7(a)死刑の判決は、日本国の法制が同様の場合に死刑を規定していない場合には、合衆国の軍当局が日本国内で執行してはならない。

(b)日本国の当局は、合衆国の軍当局がこの条の規定に基づいて日本国の領域内で言い渡した自由刑の執行について合衆国の軍当局から援助の要請があつたときは、その要請に好意的考慮を払わなければならない。

8  被告人がこの条の規定に従つて日本国の当局又は合衆国の軍当局のいずれかにより裁判を受けた場合において、無罪の判決を受けたとき、又は有罪の判決を 受けて服役しているとき、服役したとき、若しくは赦免されたときは、他方の国の当局は、日本国の領域内において同一の犯罪について重ねてその者を裁判して はならない。ただし、この項の規定は、合衆国の軍当局が合衆国軍隊の構成員を、その者が日本国の当局により裁判を受けた犯罪を構成した作為又は不作為から 生ずる軍紀違反について、裁判することを妨げるものではない。

9 合衆国軍隊の構成員若しくは軍属又はそれらの家族は、日本国の裁判権に基づいて公訴を提起された場合には、いつでも、次の権利を有する

(a)遅滞なく迅速な裁判を受ける権利

(b)公判前に自己に対する具体的な訴因の通知を受ける権利

(c)自己に不利な証人と対決する権利

(d)証人が日本国の管轄内にあるときは、自己のために強制的手続により証人を求める権利

(e)自己の弁護のため自己の選択する弁護人をもつ権利又は日本国でその当時通常行なわれている条件に基づき費用を要しないで若しくは費用の補助を受けて弁護人をもつ権利

(f)必要と認めたときは、有能な通訳を用いる権利

(g)合衆国の政府の代表者と連絡する権利及び自己の裁判にその代表者を立ち会わせる権利

10(a)合衆国軍隊の正規に編成された部隊又は編成隊は、第二条の規定に基づき使用する施設及び区域において警察権を行なう権利を有する。合衆国軍隊の軍事警察は、それらの施設及び区域において、秩序及び安全の維持を確保するためすべての適当な措置を執ることができる。

(b)前記の施設及び区域の外部においては、前記の軍事警察は、必ず日本国の当局との取極に従うことを条件とし、かつ、日本国の当局と連絡して使用されるものとし、その使用は、合衆国軍隊の構成員の間の規律及び秩序の維持のため必要な範囲内に限るものとする。

11  相互協力及び安全保障条約第五条の規定が適用される敵対行為が生じた場合には、日本国政府及び合衆国政府のいずれの一方も、他方の政府に対し六十日 前に予告を与えることによつて、この条のいずれの規定の適用も停止させる権利を有する。この権利が行使されたときは、日本国政府は、適用を停止される規定 に代わるべき適当な規定を合意する目的をもつて直ちに協議しなければならない。

12 この条の規定は、この協定の効力発生前に犯したいかなる罪にも適用しない。それらの事件に対しては、日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約第三条に基く行政協定第十七条の当該時に存在した規定を適用する。

第十八条

1 各当事国は、自国が所有し、かつ、自国の陸上、海上又は航空の防衛隊が使用する財産に対する損害については、次の場合には、他方の当事国に対するすべての請求権を放棄する。

(a)損害が他方の当事国の防衛隊の構成員又は被用者によりその者の公務の執行中に生じた場合

(b)損害が他方の当事国が所有する車両、船舶又は航空機でその防空機でその防衛隊が使用するものの使用から生じた場合。ただし、損害を与えた車両、船舶若しくは航空機が公用のため使用されていたとき、又は損害が公用のためされている財産に生じたときに限る。

 海難救助についての一方の当事国の他方の当事国に対する請求権は、放棄する。ただし、救助された船舶又は積荷が、一方の当事国が所有し、かつ、その防術隊{術はママ}が公用のため使用しているものであつた場合に限る。

2(a) いずれか一方の当事国が所有するその他の財産で日本国内にあるものに対して1に掲げるようにして損害が生じた場合には、両政府が別段の合意をしな い限り、(b)の規定に従つて選定される一人の仲裁人が、他方の当事国の責任の問題を決定し、及び損害の額を査定する。仲裁人は、また、同一の事件から生 ずる反対の請求を裁定する。

(b)(a)に掲げる仲裁人は、両政府間の合意によつて、司法関係の上級の地位を現に有し、又は有したことがある日本国民の中から選定する。

(c)仲裁人が行なつた裁定は、両当事国に対して拘束力を有する最終的のものとする。

(d)仲裁人が裁定した賠償の額は、5(e)(i)、(ii)及び(iii)の規定に従つて分担される。

(e)仲裁人の報酬は、両政府間の合意によつて定め、両政府が、仲裁人の任務の遂行に伴う必要な費用とともに、均等の割合で支払う。

(f)もつとも、各当事国は、いかなる場合においても千四百合衆国ドル又は五十万四千円までの額については、その請求権を放棄する。これらの通貨の間の為替相場に著しい変動があつた場合には、両政府は、前記の額の適当な調整について合意するものとする。

3 1及び2の規定の適用上、船舶について「当事国が所有する」というときは、その当事国が裸用船した船舶、裸の条件で徴発した船舶又は拿捕した船舶を含む。ただし、損失の危険又は責任が当該当事国以外の者によつて負担される範囲については、この限りでない。

4 各当事国は、自国の防衛隊の構成員がその公務の執行に従事している間に放つた負傷又は死亡については、他方の当事国に対するすべての請求権を放棄する。

5  公務執行中の合衆国軍隊の構成員若しくは被用者の作為若しくは不作為又は合衆国軍隊が法律上責任を有するその他の作為、不作為若しくは事故で、日本国 において日本国政府以外の第三者に損害を与えたものから生ずる請求権(契約による請求権及び6又は7の規定の適用を受ける請求権を除く。)は、日本国が次 の規定に従つて処理する。

(a)請求は、日本国の自衛隊の行動から生ずる請求権に関する日本国の法令に従つて、提起し、審査し、かつ、解決し、又は裁判する。

(b)日本国は、前記のいかなる請求をも解決することができるものとし、合意され、又は裁判により決定された額の支払を日本円で行なう。

(c)前記の支払(合意による解決に従つてされたものであると日本国の権限のある裁判所による裁判に従つてされたものであるとを問わない。)又は支払を認めない旨の日本国の権限のある裁判所による確定した裁判は、両当事国に対し拘束力を有する最終的のものとする。

(d)日本国が支払をした各請求は、その明細並びに(e)(i)及び(ii)の規定による分担案とともに、合衆国の当局に通知しなければならない。二箇月以内に回答がなかつたときは、その分担案は、受諾されたものとみなす。

(e)(a)から(d)まで及び2の規定に従い請求を満たすために要した費用は、両当事国が次のとおり分担する。

(i)合衆国のみが責任を有する場合には、裁定され、合意され、又は裁判により決定された額は、その二十五パーセントを日本国がその七十五パーセントを合衆国が分担する。

(ii) 日本国及び合衆国が損害について責任を有する場合には、裁定され、合意され、又は裁判により決定された額は、両当事国が均等に分担する。損害が日 本国又は合衆国の防衛隊によつて生じ、かつ、その損害をこれらの防衛隊のいずれか一方又は双方の責任として特定することができない場合には、裁定され、合 意され、又は裁判により決定された額は、日本国及び合衆国が均等に分担する。

(iii)比率に基づく分担案が受諾された各事件について日本国が六箇月の期間内に支払つた額の明細書は、支払要請書とともに、六箇月ごとに合衆国の当局に送付する。その支払は、できる限りすみやかに日本円で行なわなければならない。

(f)合衆国軍隊の構成員又は被用者(日本の国籍のみを有する被用者を除く。)は、その公務の執行から生ずる事項については、日本国においてその者に対して与えられた判決の執行手続に服さない。

(g) この頃の規定は、(e)の規定が2に定める請求権に適用される範囲を除くほか、船舶の航行若しくは運用又は貨物の船積み、運送若しくは陸揚げから生 じ、又はそれらに関連して生ずる請求権には適用しない。ただし、4の規定の適用を受けない死亡又は負傷に対する請求権については、この限りでない。

6 日本国内における不法の作為又は不作為で公務執行中に行なわれたものでないものから生ずる合衆国軍隊の構成員又は被用者(日本国民である被用者又は通常日本国に居住する被用者を除く。)に対する請求権は、次の方法で処理する。

(a)日本国の当局は、当該事件に関するすべての事情(損害を受けた者の行動を含む。)を考慮して、公平かつ公正に請求を審査し、及び請求人に対する補償金を査定し、並びにその事件に関する報告書を作成する。

(b)その報告書は、合衆国の当局に交付するものとし、合衆国の当局は、遅滞なく、慰謝料の支払を申し出るかどうかを決定し、かつ、申し出る場合には、その額を決定する。

(c)慰謝料の支払の申出があつた場合において、請求人がその請求を完全に満たすものとしてこれを受諾したときは、合衆国の当局は、みずから支払をしなければならず、かつ、その決定及び支払つた額を日本国の当局に通知する。

(d)この項の規定は、支払が請求を完全に満たすものとして行なわれたものでない限り、合衆国軍隊の構成員又は被用者に対する訴えを受理する日本国の裁判所の裁判権に影響を及ぼすものではない。

7 合衆国軍隊の車両の許容されていない使用から生ずる請求権は、合衆国軍隊が法律上責任を有する場合を除くほか、6の規定に従つて処理する。

8  合衆国軍隊の構成員又は被用者の不法の作為又は不作為が公務執行中にされたものであるかどうか、また、合衆国軍隊の車両の使用が許容されていたもので あるかどうかについて紛争が生じたときは、その問題は、2(b)の規定に従つて選任された仲裁人に付託するものとし、この点に関する仲裁人の裁定は、最終 的のものとする。

9(a)合衆国は、日本国の裁判所の民事裁判権に関しては、5(f)に定める範囲を除くほか、合衆国軍隊の構成員又は被用者に対する日本国の裁判所の裁判権からの免除を請求してはならない。

(b)合衆国軍隊が使用している施設及び区域内に日本国の法律に基づき強制執行を行なうべき私有の動産(合衆国軍隊が使用している動産を除く。)があるときは、合衆国の当局は、日本国の裁判所の要請に基づき、その財産を差し押えて日本国の当局に引き渡さなければならない。

(c)日本国及び合衆国の当局は、この条の規定に基づく請求の公平な審理及び処理のための証拠の入手について協力するものとする。

10  合衆国軍隊による又は合衆国軍隊のための資材、需品、備品、役務及び労務の調達に関する契約から生ずる紛争でその契約の当事者によつて解決されない ものは、調停のため合同委員会に付託することができる。ただし、この項の規定は、契約の当事者が有することのある民事の訴えを提起する権利を害するもので はない。

11 この条にいう「防衛隊」とは、日本国についてはその自衛隊をいい、合衆国についてはその軍隊をいうものと了解される。

12 2及び5の規定は、非戦闘行為に伴つて生じた請求権についてのみ適用する。

13 この条の規定は、この協定の効力発生前に生じた請求権には適用しない。それらの請求権は、日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約第三条に基く行政協定第十八条の規定によつて処理する。

第十九条

1 合衆国軍隊の構成員及び軍属並びにそれらの家族は、日本国政府の外国為替管理に服さなければならない。

2  1の規定は、合衆国ドル若しくはドル証券で、合衆国の公金であるもの、合衆国軍隊の構成員及び軍属がこの協定に関連して勤務し、若しくは雇用された結 果取得したもの又はこれらの者及びそれらの家族が日本国外の源泉から取得したものの日本国内又は日本国外への移転を妨げるものと解してはならない。

3 合衆国の当局は、2に定める特権の濫用又は日本国の外国為替管理の回避を防止するため適当な措置を執らなければならない。

第二十条

1(a) ドルをもつて表示される合衆国軍票は、合衆国によつて認可された者が、合衆国軍隊の使用している施設及び区域内における相互間の取引のため使用す ることができる。合衆国政府は、合衆国の規則が許す場合を除くほか、認可された者が軍票を用いる取引に従事することを禁止するよう適当な措置を執るものと する。日本国政府は、認可されない者が軍票を用いる取引に従事することを禁止するため必要な措置を執るものとし、また、合衆国の当局の援助を得て、軍票の 偽造又は偽造軍票の使用に関与する者で日本国の当局の裁判権に服すべきものを逮捕し、及び処罰するものとする。

(b)合衆国の当局が、認 可されない者に対し軍票を行使する合衆国軍隊の構成員及び軍属並びにそれらの家族を逮捕し、及び処罰すること並びに、日本国にお ける軍票の許されない使用の結果として、合衆国又はその機関が、その認可されない者又は日本国政府若しくはその機関に対していかなる義務をも負うことはな いことが合意される。

2 軍票の管理を行なうため、合衆国は、その監督の下に、合衆国が軍票の使用を認可した者の用に供する施設を維推 {前1文字ママ}し、及び運営する一定の アメリカの金融機関を指定することができる。軍用銀行施設を維持することを認められた金融機関は、その施設を当該機関の日本国における商業金融業務から場 所的に分離して設置し、及び維持するものとし、これに、この施設を維持し、かつ、運営することを唯一の任務とする職員を置く。この施設は、合衆国通貨によ る銀行勘定を維持し、かつ、この勘定に関するすべての金融取引(第十九条2に定める範囲内における資金の受領及び送付を含む。)を行なうことを許される。

第二十一条

  合衆国は、合衆国軍隊の構成員及び軍属並びにそれらの家族が利用する合衆国軍事郵便局を、日本国にある合衆国軍事郵便局間及びこれらの軍事郵便局と他の 合衆国郵便局との間における郵便物の送達のため、合衆国軍隊が使用している施設及び区域内に設置し、及び運営することができる。

第二十二条

 合衆国は、日本国に在留する適格の合衆国市民で合衆国軍隊の予備役団体への編入の申請を行なうものを同団体に編入し、及び訓練することができる。

第二十三条

  日本国及び合衆国は、合衆国軍隊、合衆国軍隊の構成員及び軍属並びにそれらの家族並びにこれらのものの財産の安全を確保するため随時に必要となるべき措 置を執ることについて協力するものとする。日本国政府は、その領域において合衆国の設備、備品、財産、記録及び公務上の情報の十分な安全及び保護を確保す るため、並びに適用されるべき日本国の法令に基づいて犯人を罰するため、必要な立法を求め、及び必要なその他の措置を執ることに同意する。

第二十四条

1 日本国に合衆国軍隊を維持することに伴うすべての経費は、2に規定するところにより日本国が負担すべきものを除くほか、この協定の存続期間中日本国に負担をかけないで合衆国が負担することが合意される。

2  日本国は、第二条及び第三条に定めるすべての施設及び区域並びに路線権(飛行場及び港における施設及び区域のように共同に使用される施設及び区域を含 む。)をこの協定の存続期間中合衆国に負担をかけないで提供し、かつ、相当の場合には、施設及び区域並びに路線権の所有者及び提供者に補償を行なうことが 合意される。

3 この協定に基づいて生ずる資金上の取引に適用すべき経理のため、日本国政府と合衆国政府との間に取極を行なうことが合意される。

第二十五条

1  この協定の実施に関して相互間の協議を必要とするすべての事項に関する日本国政府と合衆国政府との間の協議機関として、合同委員会を設置する。合同委 員会は、特に、合衆国が相互協力及び安全保障条約の目的の遂行に当つて使用するため必要とされる日本国内の施設及び区域を決定する協議機関として、任務を 行なう。

2 合同委員会は、日本国政府の代表者一人及び合衆国政府の代表者一人で組織し、各代表者は、一人又は二人以上の代理及び職員団 を有するものとする。合同 委員会は、その手続規則を定め、並びに必要な補助機関及び事務機関を設ける。合同委員会は、日本国政府又は合衆国政府のいずれか一方の代表者の要請がある ときはいつでも直ちに会合することができるように組織する。

3 合同委員会は、問題を解決することができないときは、適当な経路を通じて、その問題をそれぞれの政府にさらに考慮されるように移すものとする。

第二十六条

1 この協定は、日本国及び合衆国によりそれぞれの国内法上の手続に従つて承認されなければならず、その承認を通知する公文が交換されるものとする。

2 この協定は、1に定める手続が完了した後、相互協力及び安全保障条約の効力発生の日に効力を生じ、千九百五十二年二月二十八日に東京で署名された日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約第三条に基く行政協定(改正を含む。)は、その時に終了する。

3 この協定の各当事国の政府は、この協定の規定中その実施のため予算上及び立法上の措置を必要とするものについて、必要なその措置を立法機関に求めることを約束する。

第二十七条

 いずれの政府も、この協定のいずれの条についてもその改正をいつでも要請することができる。その場合には、両政府は、適当な経路を通じて交渉するものとする。

第二十八条

 この協定及びその合意された改正は、相互協力及び安全保障条約が有効である間、有効とする。ただし、それ以前に両政府間の合意によつて終了させたときは、この限りでない。

 以上の証拠として、下名の全権委員は、この協定に署名した。

 千九百六十年一月十九日にワシントンで、ひとしく正文である日本語及び英語により本書二通を作成した。

 日本国のために

  岸信介

  藤山愛一郎

  石井光次郎

  足立正

  朝海浩一郎

 アメリカ合衆国のために

  クリスチャン・A・ハーター

  ダグラス・マックアーサー二世

  J・グレイアム・パースンズ

 元稿:東京大学東洋文化研究所 田中明彦研究室 【日米地位協定】  1960年01月19日  09:00:00  これは参考資料です。 転載等は各自で判断下さい。
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米軍幹部と日本の官僚が進路決める「日米合同委員会」の存在

2017-03-24 00:59:20 | 在日米軍基地・再編問題・防衛・武器

米軍幹部と日本の官僚が進路決める「日米合同委員会」の存在

 乾龍の『漂流日本の羅針盤』・【最新ニュースから見え隠れする闇】:米軍幹部と日本の官僚が進路決める「日米合同委員会」の存在

 東京都港区南麻布。都内屈指の閑静な高級住宅地も、そこだけは異空間が広がる。入り口には屈強なガードマンが立ち、脇には「100%、IDチェック」と書かれた案内書きがある。米軍施設の「ニューサンノーホテル」である。

 在日米軍関係者は、「ここは赤坂の米国大使館以上に、米国にとって重要な施設。表向きは来日した米軍関係者の宿泊施設ですが、米海軍情報部やCIAの拠点が置かれていて、日米のインテリジェンスの集積地です」と説明する。
 
 ※日米合同委員会

 日本のメディアどころか、政治家も立ち入れない。そんな場所で、日本の高級官僚と在日米軍関係者は、定期的に会合を重ねていた。それが日米合同委員会後述するが1960年に締結された日米地位協定(※注1)をどう運用するかを協議する実務者会議だ。

※注1/1952年に旧安保条約と同時に発効した「日米行政協定」が前身。1960年に日米安全保障条約を締結した際に改めて交わされた。

 そこでは、日本の安全保障の根幹に直接かかわる問題から、米軍基地と周辺住民の諍いまで協議される。

 前者は在日米軍基地の移転・縮小、米海兵隊の新型輸送機オスプレイの配備といった問題、後者は基地内のゴミ処理、航空機の騒音問題などだ。かつては、米兵の犯罪並びにその処遇も、開かれた法廷ではなく、密室の話し合いによって、解決がなされたこともあった。

 日米合同委の組織は、米国側は在日米軍司令部副司令官、在日米大使館公使など、日本側は外務省北米局長を代表として法務省大臣官房長、防衛省地方協力局長といった面子だ。

 日本側の代表者及び代表代理は、将来的に事務次官を狙えるポストにある。そんな高級官僚が、在日米軍や米大使館の有力者と密議を交わすことから、日米合同委は「影の政府」との異名もつく。

 ただし、彼らが一堂に会するわけではない。同委員会は、基地問題、刑事、環境など35の分科会や部会に分かれ、担当ごとに参加者が決まる。実際に出席したことのある官僚が明かしてくれた。

 「日米の責任者(担当者)が最低一人、書記および通訳などの職員が最低二人は出席する。対話は基本的には日本語で行なわれますが、日本側も英語の話せる通訳を連れているため、微妙なニュアンスで日米の解釈が異なるという事態は生じない」

 関係者らの話をまとめると、毎月2回ほど開かれ、開催場所は米国と日本で持ち回りとなる。米国ならニューサンノーホテル、日本の場合は外務省を中心に、分科会や部会ごとに代表者の所属する官庁内で開催されているという。

 だが、会合の中身は一切明かされない。合意の一部は外務省、防衛省のホームページに公表されているが、それも簡潔に記されているだけだ。

 同委員会を所管する外務省北米局に日米合同委の詳細を問い合わせても、「回答できるのは、既に公表しているものだけ」の一点ばりで、防衛省広報課に問い合わせても、「外務省が所管なので、外務省に聞いてください」という堂々巡りだった。

 元琉球新報論説委員で、在日米軍基地問題に詳しい沖縄国際大学大学院教授・前泊博盛氏は語る。

 「日米合同委に合意内容を公表する義務はない。日米双方の合意がない限り公表しない取り決め(※注2)になっているからです。

 ※注2/1996年2月に、日米両政府は日米地位協定の9項目についての運用改善で合意。「日米合同委員会の公表」もそこに含まれた。しかし、結果的に「合意内容」の公表こそ一部改善はされたものの、会合内容が公表されることはなかった。

 基本的に軍事関係の取り決めなので米軍側は、情報を出したくない。また、米軍に有利に推移した合意内容を表に出して、日本人の神経を逆なでしたくないという思いもある。日本側としても、米国との交渉に負けた、との誹りを避けるために、できるだけ隠密に事を収めたい」

 必然的に日米合同委は「密約の温床」になってしまう。

 ※SAPIO2015年4月号

 元稿:NEWSポストセブン 主要ニュース 政治・社会 【政治ニュース】  2014年03月16日  16:00:00  これは参考資料です。 転載等は各自で判断下さい。

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【沖縄の「核」生々しく】:米軍嘉手納基地 60年代の写真

2017-03-24 00:59:10 | 在日米軍基地・再編問題・防衛・武器

【沖縄の「核」生々しく】:米軍嘉手納基地 60年代の写真

 乾龍の『漂流日本の羅針盤』・【最新ニュースから見え隠れする闇】:【沖縄の「核」生々しく】:米軍嘉手納基地 60年代の写真

 本土復帰前の沖縄の米軍基地に配備されていた核兵器の写真と関連資料を共同通信が入手した。米公文書の発掘・収集を進めるワシントンの民間研究機関「国家安全保障公文書館」から提供を受けた。米国立公文書館(メリーランド州)などに所蔵されていた。

 ※出典復帰前沖縄の核兵器写真見つかる 実戦配備、生々しく | 沖縄タイムス+プラス

 
 

 複数の日本人専門家は、一九七二年までの米占領期間中に沖縄に配備されていた核兵器の写真は極めて珍しいと指摘している。米軍技師らが核弾頭を慎重に取り扱う様子が写っており、アジア最大の「核兵器庫」だった沖縄における核実戦配備の実態を生々しく伝えている。

 写真は三枚で、核兵器は日本に投下された原爆の数十倍の破壊力を持つ水爆「マーク28」、複数のミサイルに搭載可能な核弾頭「マーク7」、極東ソ連と中国を射程に収めた核巡航ミサイル「メースB」の三種。

 写真のキャプションによると、撮影者は米空軍当局者。マーク28とマーク7は、米ソが核戦争の手前まで行った六二年十月のキューバ危機のまっただ中に、米空軍嘉手納(かでな)基地で撮影された。六二年四月に撮られたメースBについては「沖縄」とだけ記されており、撮影地の詳細は不明。

 メースBは六〇年代初頭に沖縄に導入され、読谷村など計四つの発射基地に配備された。メースBをめぐっては、嘉手納基地に駐留した当時の米軍ミサイル技師が、キューバ危機の最終局面で「間違って発射命令が出されたが、寸前で回避された」とも証言している。

 元稿:東京新聞社 夕刊 主要ニュース 社会 【話題・在沖米軍基地・核兵器】  2016年02月20日  15:15:00  これは参考資料です。 転載等は各自で判断下さい。

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【沖縄核密約「今も有効」】:米政府元高官・ハルペリン氏、本紙に証言

2017-03-24 00:59:00 | 在日米軍基地・再編問題・防衛・武器

【沖縄核密約「今も有効」】:米政府元高官・ハルペリン氏、本紙に証言

 乾龍の『漂流日本の羅針盤』・【最新ニュースから見え隠れする闇】:【沖縄核密約「今も有効」】:米政府元高官・ハルペリン氏、本紙に証言

 1966年から69年にかけて沖縄返還交渉の米側担当官を務めたモートン・ハルペリン氏が都内で本紙の取材に応じ、「有事」の際に沖縄への核兵器の持ち込みを認めた日米密約について、「確かに存在しており、今も有効だ」と語りました。密約を否定する日本政府の説明が虚偽であることを裏付けると同時に、今なお米軍が沖縄で占領時代の特権を保持していることが浮き彫りになりました。「
写真

(写真)モートン・ハルペリン氏

 沖縄核密約(日米共同声明に関する合意議事録)は、69年11月21日に当時の佐藤栄作首相とニクソン米大統領が交わしたもの。メースBなど、沖縄に配備されていた核兵器を本土返還までにすべて撤去する一方、「重大な緊急事態」の際には再び核を持ち込む権利を米側に認めました。

 日本政府は当時、沖縄返還は「核抜き・本土並み」だと説明していました。しかし、佐藤氏の密使だった若泉敬氏(故人)が94年に刊行した著書で「合意議事録」の存在を告白。同書によれば、若泉、ハルペリン両氏が密約作成を主導していました。2009年には佐藤氏の自宅からも合意議事録の原文が発見されています。

 ところが外務省は民主党政権下で実施した一連の密約調査で、合意議事録は「発見されなかった」と存在を否定。同省が10年に公表した有識者委員会の報告書も、「必ずしも密約とは言えない」と結論づけ、その長期的効力について「否定的に考えざるをえない」としていました。

 これに対し、ハルペリン氏は密約の存在と効力について「イエスだ。議事録は(両首脳によって)署名されたものでもある」と述べ、外務省の説明を明確に否定。「公益が優る場合は、国民に開示されるべきものだ」とも語りました。


 ■政府は再調査し破棄を

 民主党政権下で行われた日米密約に関する調査は、日本への核持ち込み密約(1960年1月の討論記録)への評価に見られるように、日米の合意文書そのものの存在は認めつつ「密約ではない」として本質をゆがめ、国民をだましてきた国家的犯罪を見逃しました。

 沖縄核密約(合意議事録)に関して政府は、調査期間中に張本人である佐藤栄作元首相の自宅から原文が発見されたにもかかわらず、存在そのものを否定するという異様な姿勢です。しかし、沖縄返還交渉の米側担当官であるハルペリン氏がその存在と有効性を証言したことは重大です。政府は再調査を行い、密約を破棄すべきです。

 ハルペリン氏は、72年の沖縄返還後、「すべての核兵器は撤去されたことを保証する」とも述べています。しかし、密約が「有効」である以上、米軍はいつでも核兵器を持ち込む権利を有しているのも事実です。沖縄返還後の74年7月、米空軍嘉手納基地(沖縄県嘉手納町など)所属のF4ファントム戦闘機が同県の伊江島射爆場で核模擬爆弾の投下訓練を行った事実も、日本共産党の調査で明らかになっています。

 「非核三原則」を掲げる日本に核兵器が持ち込めるのであれば、それ以外の通常兵器は何でも自由に持ち込み、使用できるということにつながります。

 深夜・早朝を問わぬ飛行訓練や、イラク・アフガニスタンなどへの自由出撃をふくめ、植民地的な米軍の特権が今なお沖縄で維持されているのです。 (竹下岳)

 元稿:しんぶん赤旗 朝刊 主要ニュース 政治 【政策・米国・沖縄返還故障・沖縄核密約(日米共同声明に関する合意議事録)】 2014年09月22日  04:15:00  これは参考資料です。 転載等は各自で判断下さい。

 

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【著書紹介】:日本はなぜ「基地」と「原発」を止められないのか Part1-①

2017-03-24 00:51:00 | 在日米軍基地・再編問題・防衛・武器

【著書紹介】:日本はなぜ「基地」と「原発」を止められないのか Part1沖縄の謎 基地と憲法 全文

 乾龍の『漂流日本の羅針盤』・【最新ニュースから見え隠れする闇】:【著書紹介】:日本はなぜ「基地」と「原発」を止められないのか Part1沖縄の謎 基地と憲法 全文 

 みなさん、はじめまして。矢部宏治(やべこうじ)と申します。

 私は一昨年、 「 〈戦後再発見〉双書(創元社刊)」という歴史シリーズを立ち刊行をつづけています。第一巻目の『戦後史の正体』(孫崎享うける著)は、おかげさまで二二万部という大ヒットになりましたので、ご存じの方もいらっしゃるかもしれません。

 このシリーズがスタートして少したったころ、読者からメールでこんなメッセージをいただきました。
 三 ・ 一一以降、日本人は「大きな謎」を解くための旅をしている。

 本当にそうだと思います。二〇一一年三月、福島原発事故が起きてから、私たち日本人は日々、信じられない光景を眼にしつづけているからです。

 なぜ、これほど巨大な事故が日本で起こってしまったのか。
 なぜ、事故の責任者はだれも罪に問われず、被害者は正当な補償を受けられないのか。
2
 なぜ、東大教授や大手マスコミは、これまで「原発は絶対安全だ」と言いつづけてきたのか。
 なぜ、事故の結果、ドイツやイタリアでは原発廃止が決まったのに、当事国である日本では再稼働が始まろうとしているのか。
 そしてなぜ、福島の子どもたちを中心にあきらかな健康被害が起きているのに、政府や医療関係者たちはそれを無視しつづけているのか。

 だれもがおかしいと思いながら、大きな流れをどうしても止められない。解決へ向かう道にどう踏み出していいかわからない。そんな状況がいまもつづいています。

 本書はそうしたさまざまな謎を解くカギを、敗戦直後までさかのぼる日本の戦後史のなかに求めようとする試みです。

 このあと説明する米軍基地の問題を見てもわかるように、私たちが住むこの日本という国は、とても正常な国家とは言えないのではないか。そのためこれから私たちは、原発や放射能汚染をめぐって大変な事態に直面するのではないか。しかもそうした被害は、二〇一三年二月に成立した特定秘密保護法によって、すべて国民の眼から隠されてしまうのではない
か。さらにはそうして情報が隠いん蔽ぺいされるなか、今後、日本は政府の勝手な解釈改憲によって、海外で侵略的な戦争をするような国になってしまうのではないか。

 そう考え、暗く、重い気もちになることもあります。

 しかしその一方、明るく、勇気づけられるような出来事に、日々遭遇することも多いのです。

 それは日本のいろいろな場所で、いろいろな人たちが、この「大きな謎」を解くための旅をスタートさせているからです。

 私は二〇一〇年から沖縄の米軍基地問題を調べ始め、その後、東京で東日本大震災に遭遇し、福島の原発災害問題にも直面することになりました。本文中にあるように、沖縄の米軍基地問題の取材はまさに驚きの連続、つい最近まで誇りに思っていた日本という国の根幹が、すっかりおかしくなっていることを痛感させられる結果となりました。

その一方で、うれしい発見もあったのです。そうした問題を調べ、自分で本を書くようになってからわずか数年のあいだに、本当に数多くの尊敬すべき人たちと出会うことができたからです。

 いろいろな市民グループ、お母さんたち、官僚、政治家、弁護士、ジャーナリスト、学者、医師、ミュージシャン、俳優、経営者、会社員......、立場はさまざまですが、みな、それぞれのやり方で、この「大きな謎」を解くための旅をつづけている人たちです。そういう人たちは、日本全国に、いろいろな分野にいます。点在していますから目立ちませんが、決
して数は少なくありません。

いま、私たち日本人が直面している問題は、あまりにも巨大で、その背後にひそむ闇もかぎりなく深い。

 しかし、だからこそ逆に、自分の損得勘定を超えて問題に取り組む人たちの姿が、強い輝きをもって私たちの心に訴えかけてくるのです。

うまく目的地にたどりつけるかどうかは、正直わからない。ただ自分たちは、それぞれの持ち場で最善をつくす義務がある。そして崩壊し始めた「戦後日本」という巨大な社会を、少しでも争いや流血なく、次の時代に移行させていく義務がある。おそらくそれが、 「大きな謎」を解くための旅をしている人たちの、共通した認識だと思います。

 私もまた、そういう思いでこの本を書きました。

 本書がみなさんにとって、そうした旅に出るきっかけとなってくれることを、心から願っています。

目次
はじめに 
PART 1 沖縄の謎―基地と憲法 
PART 2 福島の謎―日本はなぜ、原発を止められないのか 
PART 3 安保村の謎1―昭和天皇と日本国憲法 
PART 4 安保村の謎2―国連憲章と第2次大戦後の世界 
PART 5 最後の謎―自発的隷属状態とその歴史的起源 
あとがき 

凡例
 *引用中の 〔〕 内は著者が補った言葉です。 傍点、 太字、 註も著者によるものです。 引用中の漢字、 カタカナは一部、 ひらがなに替えるなど、 現代語訳で表記している箇所があります。
 *図版のキャプションは編集部によるものです。
 *PART2の記述については、 一部、 『本当は憲法より大切な 「日米地位協定入門」 』 (前泊博盛編著/創元社) のなかで本書の著者が執筆した内容と、 重複する箇所があります。

PART 1 沖縄の謎 基地と憲法


建物をかすめるようにして、普天間基地へ降りていく米軍機 須田慎太郎

沖縄で見た、日本という国の真実

きっかけは沖縄への、たった二週間の撮影旅行でした。
いまから四年前、写真家と二人で沖縄本島へ渡り、島のすみずみまで歩いて二八ある巨大な米軍基地をすべて撮影する。そして本にするという企画だったのです。
そのとき眼にしたいくつかの風景は、やや大げさに言えば、私の人生を少し変えることになりました。自分が見て、聞いて、そして知った現実を、ひとりでも多くの人に伝えたいと強く思うようになったのです。
たとえば、下の写真をご覧ください。これはその最初の撮影旅行のときに泊まったホテルの屋上から見た風景です。沖縄本島の中部の高台にある、コスタビスタ というホテルの屋上(現在、閉鎖中)から南側を見おろしたところで、遠く左上に見えているのが有名な普ふ天てん間ま基地です。


丘の上から見た米軍住宅地区と普天間基地?c須田慎太郎
米軍住宅
1945年4月に米軍が上陸した海岸
普天間基地

 この屋上にのぼると、普天間基地から飛びたった米軍機が、島の上をブンブン飛びまわっている様子がよく見えます。沖縄というのはご存じのとおり、も ともと南北に長く、東西が狭い形をしているのですが、とくにこのあたりは地形がくびれているので(東西の幅がわずか四キロしかありません)、東側と西側の 海が両方よく見えるのです。その美しい景色のなかを、もう陸上・海上関係なく、米軍機がブンブン飛びまわっているのが見える。
 あとでくわしく説明しますが、米軍の飛行機は日本の上空をどんな高さで飛んでもいいことになっています。もちろん沖縄以外の土地ではそれほどあからさまに住宅地を低空飛行したりはしませんが、やろうと思えばどんな飛び方もできる。そういう法的権利をもっているのです。
 でもそんな米軍機が、そこだけは絶対に飛ばない場所がある。
 どこだかわかりますか?
 この写真のなかに写っています。そう、写真の中央にゴルフ場のような芝生にかこまれた住宅地があるのですが、これは基地のなかにある米軍関係者の住宅エリアです。こうしたアメリカ人が住んでいる住宅の上では絶対に低空飛行訓練をしない。
 なぜでしょう?
 もちろん、墜落したときに危ないからです。
 冗談じゃなく、本当の話です。この事実を知ったとき、私は自分が生まれ育った日本という国について、これまで何も知らなかったのだということがわかりました。いまからわずか四年前の話です。

 ■米軍機はどこを飛んでいるのか

 下の図の米軍機の訓練ルート(二〇一一年八月の航跡図)を見てください。中央に太い線でかこまれているのが普天間基地、その両脇の斜めの線が海岸線です。普天間から飛び立った米軍機が、まさに陸上・海上関係なく飛びまわっていることがわかる。


  でも基地の上、図版の中央上部に、ぽっかりと白く残された部分がありますね。これがいまお話しした、米軍住宅のあるエリアです。ここだけは、まったく飛んでいない。
  一方、普天間基地の右下に見える楕円形の部分は、真ま栄え原はらという沖縄でも屈指の繁華街がある場所です。そうしたビルが立ち並ぶ町の上を非常に低空で 軍用機が飛んでいる。さらに許せないのは、この枠のなかには、二〇〇四年、米軍ヘリが墜落して大騒ぎになった沖縄国際大学があることです。

 ★普天間飛行場所属のヘリが2011年8月におこなった旋回訓練の航跡図|沖縄防衛局調査。

 つまり米軍機は、沖縄という同じ島のなかで、アメリカ人の家の上は危ないから飛ばないけれども、日本人の家の上は平気で低空飛行する。以前、事故 を起こした大学の上でも、相変わらずめちゃくちゃな低空飛行訓練をおこなっている。簡単に言うと彼らは、アメリカ人の生命や安全についてはちゃんと考えて いるが、日本人の生命や安全についてはいっさい気にかけていないということです。
  これはもうだれが考えたって、右とか左とか、親米とか反米とか言ってる場合ではない。もっとずっと、はるか以前の問題です。いったいなぜ、こんなバカげたことが許されているのでしょうか。
  初めてこの事実を知ったとき、当然のことながら米軍に対して強い怒りがこみあげてきました。こいつらは日本人を人間あつかいしていないじゃないかと。
  しかし少し事情がわかってくると、それほど単純な話ではない。むしろ日本側に大きな問題があることがわかってきます。ここでもうひとつ地図を見てください。
  次ページの下の地図は、アメリカ西海岸のサンディエゴにある、ミラマー基地という海兵隊の航空基地とその飛行訓練ルートです。これは伊い波は洋よう一いちさん(元宜ぎ野の湾わん市長)の講演を聞いて知ったことですが、この基地は山岳地帯にあって、しかも普天間基地のなんと二〇倍の広さがあるので、基本的に基地の敷地内だけで 飛行訓練ができるようになっているのです。グレーの部分が基地の敷地、斜線の部分が飛行訓練ルートです。これくらいの広さがなければ、アメリカではそもそ も基地として成立しないわけです。(「米軍基地の京都への設置を問う学習集会」での講演/二〇一三年一一月二九日)
  さらに基地の左端から海岸に向かって、飛行ルートが延びていますね。滑走路の延長線上ではなく、滑走路から四五度の角度に延びている。なぜそうなっている かというと、滑走路の延長線上に住宅や学校があるからで、その上は飛べないため、斜めに谷たに間あいのルートを飛んでいるのです。
  つまりアメリカでは法律によって、米軍機がアメリカ人の住む家の上を低空飛行することは厳重に規制されているわけです。それを海外においても自国民には同 じ基準で適用しているだけですから、アメリカ側から見れば沖縄で米軍住宅の上空を避けて飛ぶことはきわめて当然、あたりまえの話なのです。
  だから問題は、その「アメリカ人並みの基準」を日本国民に適用することを求めず、自国民への人権侵害をそのまま放置している日本政府にあるということになります。
  もう一度、七ページの写真を見てください。米軍にとって他国のはずの日本で、いったいなぜ、このような信じられない飛行訓練が放置されているのでしょうか。

海兵隊ミラマー航空基地の滑走路と飛行訓練ルート
海兵隊ミラマー航空基地の滑走路と飛行訓練ルート(mcas safety zone map San Diego county airport land use commission compatibility policy map )
滑走路 飛行訓練ルート (斜線部)

 「日本の政治家や官僚には、インテグリティがない」

 こうした沖縄の状況は、もちろんアメリカ政府の要望にこたえる形で実現したものです。ですからアメリカ側の交渉担当者は、日本側がどんどん言うこ とを聞いてくれたら、もちろん文句は言いません。しかしそういうふうに、強い国の言うことはなんでも聞く。相手が自国では絶対にできないようなことでも、 原理原則なく受け入れる。その一方、自分たちが本来保護すべき国民の人権は守らない。そういう人間の態度を一番嫌うのが、実はアメリカ人という人たちなの です。だから、心のなかではそうした日本の態度を非常に軽蔑している。
  私の友人に同い年のアメリカ人がいて、新聞社につとめているのですが、こうした日本の政治家や官僚の態度について、彼は「インテグリティがない」と表現し ていました。「インテグリティ(integrity)」というのは、アメリカ人が人間を評価する場合の非常に重要な概念で、「インテグレート」とは統合す るという意味ですから、直訳すると「人格上の統合性、首尾一貫性」ということになると思います。つまりあっちとこっちで言うことを変えない。倫理的な原理 原則がしっかりしていて、強いものから言われたからといって自分の立場を変えない。また自分の利益になるからといって、いいかげんなうそをつかない。ポジ ショントークをしない。
  そうした人間のことを「インテグリティがある人」と言って、人格的に最高の評価をあたえる。「高潔で清廉な人」といったイメージです。一方、「インテグリ ティがない人」と言われると、それは人格の完全否定になるそうです。ですからこうした状態をただ放置している日本の政治家や官僚たちは、実はアメリカ人の 交渉担当者たちから、心の底から軽蔑されている。そういった証言がいくつもあります。

 沖縄の米軍基地をすべて許可なしで撮影し、本にした

 こうしたとても信じられない現実を知った驚きが、沖縄から帰って私が米軍基地の本を書いたり、「はじめに」でふれた「〈戦後再発見〉双書」という歴史シリーズを立ちあげる原動力になりました。
  米軍基地の本というのは、先にふれた撮影旅行でつくった沖縄・米軍基地の観光ガイドブックです。(右下写真)
  沖縄にある二八の米軍基地をすべて許可なしで撮影し、解説を加えています。「〈戦後再発見〉双書」は、私がこの本を書いたことがきっかけで、スタートすることになりました。
  いま、米軍基地をすべて許可なしで撮影し、本にしたと言いましたが、本当はそんなことをしてはいけないのです。だいたい軍事基地というのは、海外では近くでカメラを出しただけで没収され、連行されてしまいます。 

 『本土の人間は知らないが、沖縄の人はみんな知っていること――沖縄・米軍基地観光ガイド』(2011年/書籍情報社)

 ロシアの専門家である孫崎享うけるさん(『戦後史の正体』著者・元外交官)に最初にお会いしたとき、「よくこんな本をつくりましたね。ロシアだったら、あなたとカメラマンはまちがいなく射殺されてますよ」
  と言われました。沖縄で車の運転を頼んだ年配のドライバーも、「戦前の日本軍だったら死刑さぁ」と言っていました。
  もちろんいまの日本では、そんなことはありませんが、最悪逮捕されることはありえると思っていました。というのは、撮影を始めてからわかったことですが、 米軍を日本に駐留させるにあたってつくられた「刑事特別法」という特別な法律があって、そうした撮影が軍事情報の漏洩と判断されたら、一〇年以下の懲役に なってしまうからです。これは安倍政権が二〇一三年に成立させた特定秘密保護法の原型ともいうべき法律で、非常に重い罪が設定されているのです。

 ◆二〇一〇年六月、鳩山・民主党政権の崩壊

 それなのに私のような気の小さい人間が、なぜそんなことをしたかと言いますと、それはいまからちょうど四年前、非常に怒っていたからです。なにに対してかというと、鳩山民主党政権の無残な崩壊に対してでした。
  鳩山由紀夫さんの歴史的評価は、さまざまだと思います。 政治は結果責任だという考えからすれば、非常に低い評価しかあたえられない。事実、鳩山政権の登場した前とあとで、日本の政治は信じられないほど悪くなっ ています。その責任はきわめて重い。多くの人が、もう民主党のことは思い出したくもないと思っている。実は私もそうなのです。
  しかし二〇〇九年の八月、多くの日本人が、さすがに自分たちはもう変わらなければいけないと思った。そのことは事実です。戦後ずっと、日本はかなりうまく やってきた。アメリカの弟分(ジュニア・パートナー)としてふるまうことで、敗戦国から世界第二位の経済大国にまでのぼりつめた。しかしそのやり方が、さ すがに限界にきてしまった。多くの人がそう思ったのではないでしょうか。
  だから戦後初の本格的な政権交代が起こった。国民の支持も非常に高かった。なにかやってくれるんじゃないか。日本が変わるべきときに、変わるべき方向を示 してくれるんじゃないか。いまはすっかり評価を落としてしまいましたが、当時はそういう大きな期待を集めた政権でした。

 ◆本当の権力の所在はどこなのか?

 けれども二〇〇九年九月に成立した鳩山政権は、わずか九カ月しか続きませんでした。とくに問題だったのは、その倒れるまでのプロセスです。
  最近のことですので、みなさんよくご記憶だと思いますが、まず鳩山政権が誕生する半年前の三月三日、当時民主党代表だった小沢一郎氏の公設秘書が、政治資 金規正法違反の容疑で逮捕されました。いわゆる「小沢事件*」の始まりです。鳩山さんはそのときはまだ、同党のナンバー2である幹事長でした。
  遅くとも半年後には総選挙が予定されており、そこで首相になることが確実視されていた野党第一党の党首を、まったくの冤罪(その後、裁判であきらかになりました)で狙い撃ちしたのですから、これは完全な国策捜査でした。
  しかし本書では、この三月の時点での検察の攻撃を問題にするつもりはありません。もちろんあってはならないことですが、実は歴史のなかでこれは非常によく あるケースだからです。検察というのは、独立性は高いが行政組織ですから、政権の座にいる権力者(この場合は自民党)が政敵を失脚させるために検察を使 う。これは日本でも海外でもよくある話です。
  ところがこの二〇〇九年のケースが異様だったのは、九月に民主党が政権をとったあとも、検察からの攻撃がやまなかったことでした。鳩山首相と小沢幹事長、 つまり国民の圧倒的な支持を得て誕生した新政権のNO1とNO2を、検察がその後もずっと野党時代と変わらず攻撃しつづけた。検察からリークを受けた大手 メディアも、それに足並みをそろえた。
  この時点で日本の本当の権力の所在が、オモテの政権とはまったく関係のない「どこか別の場所」にあることが、かなり露骨な形であきらかになったわけです。

 *?この時点では「西松建設事件」。のちにこの事件は公判を維持できなくなり、政権交代後、「陸山会事件」が訴因に加えられました。この二つをあわ せて、「小沢事件」と呼びます。「西松建設事件」での秘書の逮捕から二カ月後、小沢氏は民主党代表を辞任し、その後おこなわれた党内選挙の結果、鳩山氏が 代表に就任し、三カ月後の総選挙で勝利しました。

官僚たちが忠誠を誓っていた「首相以外のなにか」とは?

 そして最終的に鳩山政権を崩壊させたのは、冒頭で写真をお見せした米軍・普天間基地の、県外または国外への「移設」問題でした。外務省自身が「パンドラの箱」と呼ぶ米軍基地の問題に手をつけ、あっけなく政権が崩壊してしまった。
  たいした覚悟も準備もなく、そんなことをしたのが悪かったと批判する人もいます。その気もちもわかります。でもやはり、それは問題の本質ではないんですね。重要なのは、

 「戦後初めて本格的な政権交代をなしとげた首相が、だれが見ても危険な外国軍基地をたったひとつ、県外または国外へ動かそうとしたら、大騒ぎになって失脚してしまった」

 という事実です。つらい現実ですが、ここをはっきり見ないといけない。しかも鳩山さんの証言にあるように、そのとき外務官僚・防衛官僚たちが真正面から堂々と反旗をひるがえした。
  普天間の「移設」問題が大詰めをむかえた二〇一〇年四月六日、鳩山さんが外務省と防衛省の幹部を首相官邸に呼んで秘密の会合をもち、「徳之島移設案」という最終方針を伝えた。そのあと酒をくみかわしながら、
 「これからこのメンバーで、この案で、最後まで戦っていく。力を合わせて目標にたどりつこう。ついてはこういった話し合いが外にもれることが、一番ダメージが大きい。とにかく情報管理だけはくれぐれも注意してくれ」と言った。
 「この情報だけは絶対、外にもらすなよ」と念を押したわけです。
  しかしその翌日、なんと朝日新聞の夕刊一面に、その秘密会合の内容がそのままリークされた*。つまり、 「われわれは、あなたの言うことは聞きませんよ」
  という意思表示を堂々とやられてしまったわけです。官僚たちは、正当な選挙で選ばれた首相・鳩山ではない「別のなにか」に対して忠誠を誓っていたと、鳩山さんは語っています。(「普天間移設問題の真実」友愛チャンネル/二〇一三年六月三日)
  この鳩山さんの証言は翌年、彼が首相を退陣してからちょうど一年後の二〇一一年五月に「確かな証拠ハードプルーフ」によって裏づけられることになりました。ウィキリークスという機密情報の暴露サイトが、この問題に関するアメリカ政府の公文書を公開したのです。
  その内容は、日本のトップクラスの防衛官僚や外務官僚たちが、アメリカ側の交渉担当者に対して、「〔民主党政権の要求に対し〕早期に柔軟さを見せるべきで はない」(高見澤將林たかみざわのぶしげ・防衛省防衛政策局長/現内閣官房副長官補・安全保障担当)とか、「〔民主党の考え方は〕馬鹿げたもので、〔いず れ〕学ぶことになるだろう」(齋木昭隆さいきあきたか・外務省アジア大洋州局長/現外務事務次官)
  などと批判していたという、まったく信じられないものでした。

 *?「朝日新聞」二〇一〇年四月七日夕刊(一面)「米軍普天間飛行場の移設問題で、鳩山首相が六日夜、首相公邸で内閣官房や外務・防衛両省の実務者 でつくる作業部会の初会合を開いていたことがわかった。(略)/首相は(略)普天間のヘリ部隊の大部分を鹿児島県・徳之島に移す方向で米側、地元自治体と 調整するよう指示し、今後の交渉日程や交渉ルートなどを確認したとみられる。/作業部会では、先に米側に伝えた検討状況について、現時点で米側から返答が ない現状も報告された。(以下略)」 

 ◆昔の自民党は「対米従属路線」以外は、かなりいいところもあった

 私は自民党に関しては昔、本をつくったことがあったので(『巨悪vs言論』立花隆/文藝春秋)、自民党にこうした米軍基地の問題、より正確に言え ば対米従属の問題が、絶対に解決できないことはよく知っていました。二〇〇六年にアメリカ国務省自身が認めているように、自民党は一九五五年の結党当初か ら、CIAによる巨額の資金援助を受けていた。その一方でCIAは、社会党内の右派に対しても資金を出して分裂させ、民社党を結成させて左派勢力の力を弱 めるという工作もおこなっていました。(Foreign Relations of the United States, 1964-1968 ; vol.29, Part 2: Japan, United States Government Printing Office.)
  つまり「冷戦」とよばれる東西対立構造のなか、日本に巨大な米軍を配備しつづけ、「反共の防波堤」とする。そのかわりにさまざまな保護をあたえて経済発展 をさせ、「自由主義陣営のショーケース」とする。そうしたアメリカの世界戦略のパートナーとして日本国内に誕生したのが自民党なわけですから、米軍基地問 題について「アメリカ政府と交渉して解決しろ」などと言っても、そもそも無理な話なのです。
  多くの日本人は、実はそうしたウラ側の事情にうすうす気づいていた。だから政権交代が起こったという側面もあった。というのも、いま振り返ってみれば、 森・小泉政権以前の自民党には、かなりいいところがあったわけです。防衛・外交面では徹底した対米従属路線をとったものの、なにより経済的に非常に豊か で、しかも比較的平等な社会を実現した。その点は多くの日本人から評価されていたのだと思います。
  しかし、その自民党路線がついに完全に行きづまってしまった。それなら結党の経緯からいって、彼らには絶対にできない痛みのともなう改革、つまり極端な対 米従属路線の修正だけは、ほかの党がやるしかないだろう。さすがの保守的な日本人もそう考え、最初はためらいながら、しかし最後は勇気をもって、戦後初の 本格的政権交代という大きな一歩を踏み出したのだと思います。

 ◆日本国民に政策を決める権利はなかった

 ところが日本の権力構造というのは、そんな私たちが学校で習ったようなきれいな民主主義の形にはなっていなかった。鳩山政権が崩壊するまで私たち は、日本人はあくまで民主主義の枠組みのなかで、みずから自民党と自民党的な政策を選んできたのだと思っていました。進む道がAとBがあったら、必ずA、 つまり対米従属路線を選んできたけれど、それは自分たちの判断でそうしてきたのだと。
  しかし、そうではなかった。そもそも最初から選ぶ権利などなかったのだということがわかってしまった。日本の政治家がどんな公約をかかげ、選挙に勝利しよ うと、「どこか別の場所」ですでに決まっている方針から外れるような政策は、いっさいおこなえない。事実、その後成立した菅政権、野田政権、安倍政権を見 てみると、選挙前の公約とは正反対の政策ばかりを推し進めています。
「ああ、やっぱりそうだったのか……」
  この現実を知ったとき、じんわりとした、しかし非常に強い怒りがわいてきました。自分がいままで信じてきた社会のあり方と、現実の社会とが、まったくちがったものだったことがわかったからです。
  その象徴が、冒頭からお話ししてきた米軍基地の問題です。いくら日本人の人権が侵害されるような状況があっても、日本人自身は米軍基地の問題にいっさい関 与できない。たとえ首相であっても、指一本ふれることはできない。自民党時代には隠されていたその真実が、鳩山政権の誕生と崩壊によって初めてあきらかに なったわけです。
  いったい沖縄の米軍基地ってなんなんだ、辺へ野の古こってなんなんだ、鳩山首相を失脚させたのは、本当はだれなんだ……。
  よく考えると、それほど重大な問題について、自分はなにも知らないわけです。それで出版業者と言えるのか。これは絶対に一度、自分で見に行くしかない。写真をとって本にするしかないと思いました。

 ◆原動力は、「走れメロス的怒り」

 その本(『本土の人間は知らないが、沖縄の人はみんな知っていること』)を出したあと、東京の書店さんのトークショーでそんな話をしていたら、読者の方から、「矢部さん、それは『走れメロス的怒り』ですね」  と言われたのです。
「えっ? 『走れメロス』ってそんな話だっけ」
  と思って、帰って太宰治の文庫本を引っぱりだして読んでみると、たしかにそうなんです。
  この小説は、後半の友情物語のところ、 「ぼくは一瞬だけ、君を疑った。だからぼくを殴れ」 という場面が非常に有名ですけれど、物語の始まりは政治を知らない羊飼いが、王様のおかしな政治に怒って抗議しにいく話なのです。そしてつかまってしまう。
  冒頭部分を少し読んでみます。
 「メロスは激怒した。必ず、かの邪じゃ知ち暴ぼう虐ぎゃくな王を除かなければならぬと決意した。メロスには政治がわからぬ。メロスは、村の牧ぼく人じん 〔羊飼い〕である。笛を吹き、羊と遊んで暮してきた。けれども邪悪に対しては、人一倍に敏感であった。きょう未明、メロスは村を出発し、野を越え山越え、 十里はなれたこのシラクスの市にやって来た」
  私が沖縄に撮影旅行に行ったのは、まさにこうした感じでした。政治を知らぬ、羊飼い的怒りからだったのです。
 「それまで笛を吹き、羊と遊んで暮してきた」などというのは、まさに私にぴったりの表現なのです。私は大学を出たあと、大手広告会社に入ったのですが、 たった二年で会社を辞めて、あとは小さな出版社をつくって美術や歴史など、自分の好きなジャンルの本ばかりつくってきた、そういうきわめて個人主義的な人 間です。ほとんど選挙も行ったことがありませんでした。そうした完全なノンポリが、子どものような正義感で写真家と二人、沖縄に出かけていったというわけ です。

 ◆沖縄じゅうにあった「絶好の撮影ポイント」

 そこから写真家の須田慎太郎さんと一緒に、まったくの無許可で、しかもできるだけ米軍基地に接近して写真をとっていきました。実はそうしたスタイ ルで基地を勝手に撮影した写真集というのは初めてだったのです。それはある意味当然で、米軍と日本政府の判断によっては、勝手に基地の写真をとると逮捕さ れる可能性があるからです。
  あとからわかったことですが、問題を整理するとこうなります。
  われわれ日本人には、国内の米軍基地について、もちろん知る権利がある。近隣の住民にとって非常に大きな危険があり、しかも首相を退陣に追いこむような重 大問題について、米軍からの発表資料だけですませていいはずがない。どこにどういう基地がどれくらいあって、日々、どういう訓練をしているか、自分たちで 調べる権利がある。
  しかしその一方、軍事基地なわけですから、すでにのべたとおり刑事特別法という法律がつくられており、そうした撮影が軍事機密の漏洩と判断された場合、一〇年以下の懲役となる可能性がある。そのアウトとセーフの境目はだれにもわかりません。
  でも沖縄というのは面白いところで、いろいろな場所に「さあ、ここから基地をとれ」というような建物があるんですね。 たとえば嘉か手で納な基地という一 番重要な空軍基地の前には、四階建てのドライブイン(「道の駅かでな」)があって、その四階のデッキが基地を撮影するためにわざわざつくったような絶好の スペースになっている。そこに飛行機マニアがいつも大勢たむろして、望遠レンズで米軍機を撮影している。そういう状況があるのです。
  有名な普天間基地にも、すぐ近くの嘉か数かずの高台という場所に公園があって、そこに地球儀の形をした展望台がある。オスプレイがとまっているところが非常によく見えます。
  どの米軍基地にも、近くにそうした基地を監視するポイントが必ずあって、近くまで行って聞くと住民の人たちがその場所までつれていってくれる。そのおかげで「沖縄米軍基地・観光ガイドブック」もできたわけです。
  だから基本的に、撮影中に逮捕されることはないだろうと思っていました。もちろんわれわれが基地を撮影するときは、フェンスぎりぎりまで接近します。そし て米兵に見つからないよう、すばやく撮影します。ですから非常に怖かったのですが、うまく撮影できたあとは、違法かどうか、弁護士にチェックしてもらえば いいと思っていました。もともとあきらかな法律違反があったら商業出版というのは成り立ちませんので、弁護士によるチェックは不可欠だと思っていました。

 ◆「左翼大物弁護士」との会話

 それで掲載する写真がほぼ決まったとき、写真家の須田さんと一緒に、そうした問題にくわしい弁護士さんのところに行って、原稿をチェックしてもらったのです。ふたり並んで机に座って、
「先生どうでしょう、いろいろ軍事施設や訓練なども写ってますけど、この本をこのまま出したらぼくらはつかまるんでしょうか」
  と聞きました。法的にまずい写真があったら、はねてもらおうと思っていたのです。
「まあ、この写真とこの写真は、やめておいたほうがいいでしょうね」
  そういうふうに助言してもらえると思っていた。
  そうしたらその弁護士さんがジーッと長い時間をかけて、一ページ一ページ原稿を丹念にめくって見て、最後にふっと顔をあげて言ったのが、
 「あのね、矢部さん。この本ねぇ………………絶対に売れますよ」と。
  まったく意外な言葉だったのですが、その時点でそんなことを言われたのは初めてだったので、すっかりうれしくなって、
 「いや先生、大変ありがとうございます。そう言っていただけるなんて、本当に光栄です」
  と、まずお礼を言いました。でも考えてみると、今日はそんな話をしにきたわけじゃない。
  そこでもう一度、「でも今日はそういうお話ではなく、この本をこのまま出したら、ぼくと写真家がつかまるかどうか聞きにきたのです」
  と聞いてみた。すると今度は、 「つかまったら、もっと売れますよ」  と言われてしまった。話が全然かみあわないわけです。
  あとで聞いたらその人は、一九六〇年代にかなり有名な学生運動のリーダーだった人で、当時、ひどいときは年に半分くらいは刑務所に入っていた。もう七〇代で、話し方は非常に紳士的なのですが、ぼくらの態度には不満だったようで、「なんでこんないい企画、面白い企画をしておいて、つかまったらどうするとか、そういうくだらない話をするんだ」
  というのが本音だったようです。いやいや、ぜんぜんくだらなくない。商業出版ですから、つかまることはやりたくないし、できない。
  そのあとよく話を聞いてみると、つまりこういうことでした。彼の長年の経験によればこういう「公安関係の問題」(ということになるのだそうです)は、基本 的に「つかまる、つかまらない」は法律とは関係がない(!)。公安がつかまえる必要があると思ったら、なにもしていなくてもつかまえるし、必要がないと 思ったら、つかまえない。
  公安がよくやるのは、近づいていって、なにも接触してないのに自分で勝手に腹を押さえてしゃがみこんで、「公務執行妨害! 逮捕!」とやる。これを「転ころび公こう妨ぼう」というそうです。それは一種の伝統芸のようなもので、その名人といわれる公安までいる。そういうものだと。
  ひとしきりそうした話を教えてくれたあと、その弁護士さんは最後に、「まあ、基本的には、本を書いた人間をつかまえると、逆に本が売れて困ったことになるから、あなたたちがつかまることはないと思いますよ」 と、少しつまらなそうな顔で言ってくれました。

 ◆沖縄の地上は一八パーセント、上空は一〇〇パーセント、米軍に支配されている

沖縄本島と米軍基地  話をもどしますと、最初に沖縄に行ったあと、一度東京にもどってから出直して、今度は普天間基地の近くにアパートを借りて、約半年かけてその本をつくりま した。四年前までなにも知らなかった、まったくの初心者の目から見た米軍基地問題、日本のおかしな現状のレポートということで、逆にわかりやすい面もある かと思います。さらに数枚、写真を見ながら、ご説明します。
  私もそれまで二度ほど、沖縄に遊びに行ったことはあったのです。でも台湾から船で渡ったり、ゴルフなどして遊んでいただけで、米軍機による住宅地の低空飛 行についてはまったく知りませんでした。飛行機というのはアッという間に飛んできて、飛びさってしまいますので、実際に住んでみないとその危険性はよくわ からないのです。
  じゃあその沖縄の米軍基地の全体像はいったいどうなっているのか。右上がその地図です。沖縄本島の一八%が米軍基地になっています。那覇市の右上にあるのが有名な普天間基地、その上が先ほどふれた嘉手納基地、ずっと上の三角にトンがったところが辺野古岬です。
  実はこうした沖縄の米軍基地の取材を始めるにあたって、専門家の力はまったく借りませ上んでした。というのも、そもそも沖縄に知り合いがひとりもいなかっ た。それで沖縄県のホームページを見ていたら、米軍基地についての情報がとてもよくまとめてあったので、とりあえずそれをプリントアウトして、それだけを 片手に米軍基地めぐりを始めてみたのです。
  だから写真家の須田さんと二人で沖縄に渡る前に、前ページ上の地図は見ていた。そして米軍基地が沖縄本島の一八パーセントを占めているという話を読んで、
「面積の二割近くが米軍基地か……。それは沖縄の人たちも大変だな」
  などと話していたのです。
  ところがそれはあまかった。というのは、たしかに基地そのものは地上面積の一八パーセントだけれども、そこから飛び立った米軍機は一〇ページの図にあるように、基地の上空以外も飛ぶわけです。陸地の上だけでなく、海の上も飛んでいる。
  その理由は「嘉手納空域」というのですが、つい最近まで沖縄の上空は前ページ下の図のようにすっぽりと、米軍の管理空域になっていたからです(二〇一〇年 三月にその管理権が米軍側から日本側へ返還されたことになっていますが、形だけの返還で、実態はほとんど変わっていません)。
  だからいま「面積の一八パーセントが米軍基地だ」と言いましたが、上空は一〇〇パーセントなのです。二次元では一八パーセントの支配に見えるけれど、三次 元では一〇〇パーセント支配されている。米軍機はアメリカ人の住宅上空以外、どこでも自由に飛べるし、どれだけ低空を飛んでもいい。なにをしてもいいので す。日本の法律も、アメリカの法律も、まったく適用されない状況にあります。

日本じゅう、どこでも一瞬で治外法権エリアになる

 さらに言えば、これはほとんどの人が知らないことですが、実は地上も潜在的には一〇〇%支配されているのです。
  どういうことかというと、たとえば米軍機の墜落事故が起きたとき、米軍はその事故現場の周囲を封鎖し、日本の警察や関係者の立ち入りを拒否する法的権利をもっている。
  こう言うと、「ちょっと信じられないな」と思われる方もいらっしゃるでしょう。しかしこれは議論の余地のない事実なのです。その理由は一九五三年に日米両政府が正式に合意した次の取り決めが、現在でも効力をもっているからです。(『本当は憲法より大切な「日米地位協定入門」』前泊博盛編著/創元社)

 「日本国の当局は、(略)所在地のいかんを問わず合衆国の財産について、捜索、差し押さえ、または検証を行なう権利を行使しない」(「日米行政協定第十七条を改正する議定書に関する合意された公式議事録」一九五三年九月二九日、東京)

 一見、それほどたいした内容には思えないかもしれません。しかし実は、これはとんでもない取り決めなのです。文中の「所在地のいかんを問わず(= 場所がどこでも)」という部分が、ありえないほどおかしい。それはつまり、米軍基地のなかだけでなく、「アメリカ政府の財産がある場所」は、どこでも一瞬 にして治外法権エリアになるということを意味しているからです。
  そのため、墜落した米軍機の機体や、飛び散った破片などまでが「アメリカ政府の財産」と考えられ、米軍はそれらを保全するためにあらゆる行動をとることができる。一方、日本の警察や消防は、なにもできないという結果になっているのです。

 ◆矢部宏治 やべ ・こうじ
 1960年、 兵庫県西宮市生まれ。 慶応大学文学部卒。 (株)博報堂マーケティング部をへて、1987年より書籍情報社代表。 著書に 『本土の人間は知らないが、 沖縄の人はみんな知っていること―沖縄・米軍基地観光ガイド』(書籍情報社)、 共著書に 『本当は憲法より大切な「日米地位協定入門」』(創元社)。 企画編集シリーズに「〈知の再発見〉 双書(既刊165冊) 」「J.M.ロバーツ世界の歴史・日本版(全10巻) 」 「〈戦後再発見〉 双書(既刊3冊) 」 (いずれも創元社)。集英社インターナショナル1

 集英社インターナショナル 主要出版物 【日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか 矢部宏治・著】 2015年05月10日 09:30:00 これは参考資料です。 転載等は各自で判断下さい。

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【著書紹介】:日本はなぜ「基地」と「原発」を止められないのか Part1-②

2017-03-24 00:50:50 | 在日米軍基地・再編問題・防衛・武器

【著書紹介】:日本はなぜ「基地」と「原発」を止められないのか Part1 沖縄の謎 基地と憲法 全文

 乾龍の『漂流日本の羅針盤』・【最新ニュースから見え隠れする闇】:【著書紹介】:日本はなぜ「基地」と「原発」を止められないのか Part1 沖縄の謎 基地と憲法 全文 

 ◆沖縄国際大学・米軍ヘリ墜落事故

 そのもっとも有名な例が、二〇〇四年に起きた沖縄国際大学・米軍ヘリ墜落事故でした。 二〇〇四年八月一三日午後二時一七分、普天間基地のとなり にある沖縄国際大学に飛行訓練中の米軍ヘリが墜落し、爆発炎上しました。左ページの写真の右下に見える建物が沖縄国際大学です。
  こうして訓練をしていた米軍機が沖縄国際大学に墜落し、ヘリの破片が大学と周辺のビルや民家に猛スピードで飛散しました。破片のひとつはマンションのガラ スを破り、直前まで赤ん坊がスヤスヤと眠っていた寝室のふすまに突き刺さったのです。ケガ人が出なかったのは「奇跡中の奇跡」だったと、だれもが口をそろ えるほどの大事故でした。
  さらに人びとに大きなショックをあたえたのは、事故直後、隣接する普天間基地から数十人の米兵たちが基地のフェンスを乗り越え、事故現場の沖縄国際大学になだれこんで、事故現場を封鎖したことでした。

事故後も沖基地縄と国憲際法大学(右端の建物)のすぐ近くで飛行訓練をする米軍ヘリ
事故後も沖基地縄と国憲際法大学(右端の建物)のすぐ近くで飛行訓練をする米軍ヘリ|c須田慎太郎

 そのとき沖縄のテレビ局(琉球朝日放送)が撮影した映像を、一度、世界中の人に見てもらいたいと思います。自分たちが事故を起こしておきながら、 「アウト! アウト!」と市民をどなりつけて大学前の道路から排除し、取材中の記者からも力ずくでビデオカメラをとりあげようとする米兵たち。一方、その かたわらで米兵の許可を得て大学構内に入っていく日本の警察。まさに植民地そのものといった風景がそこに展開されているのです。
  つまり、米軍機が事故を起こしたら、どんな場所でもすぐに米軍が封鎖し、日本側の立ち入りを拒否することができる。それが法的に決まっているのです。警察も消防も知事も市長も国会議員も、米軍の許可がないとなかに入れません。いきなり治外法権エリアになるわけです。
  ひと言で言うと、憲法がまったく機能しない状態になる。沖縄の人たちも、普段はみんな普通に暮らしているのですが、緊急時にはその現実が露呈する。米軍は日本国憲法を超えた、それより上位の存在だということが、この事故の映像を見るとよくわかります。
  このビデオを見ると、
「沖縄の人は、なんてかわいそうなんだ」
  と、最初は怒りのような感情がこみあげてきます。しかしすぐに、そのかわいそうな姿は、本土で暮らす自分自身の姿でもあることが、わかってくるわけです。

東京も沖縄と、まったく同じ

横田基地と米軍基地  なぜなら左ページの図のように、東京を中心とする首都圏上空にも、嘉手納空域と同じ、横田空域という米軍の管理空域があって、日本の飛行機はそこを飛べな いようになっているからです。だから羽田空港から西へ向かう飛行機は、まず東の千葉県のほうへ飛んで、そこから急上昇・急旋回してこの空域を越えなければ ならない。そのため非常に危険な飛行を強いられています。
  まったく沖縄と同じなのです。法律というのは日本全国同じですから、米軍が沖縄でできることは本土でもできる。ただ沖縄のように露骨にやっていないだけ。先ほどご紹介した一九五三年の合意内容、
「どんな場所にあろうと、アメリカ政府の財産について日本政府は差し押さえたり調べたりすることはできない」
  というのも、アメリカと沖縄ではなく、アメリカと日本全体で結ばれた取り決めです。
  だから東京や神奈川でも、米軍機が墜落したら状況は基本的に同じ。日本側は機体に指一本ふれることはできないし、現場を検証して事故の原因を調べることもできない。米軍が日本国憲法を超えた存在であるというのも、日本全国おなじことなのです。
  くわしくはPART2(六六ページ)で説明しますが、占領が終わり、一九五二年に日本が独立を回復したとき、そして一九六〇年に安保条約が改定されたと き、どちらも在日米軍の権利はほとんど変わらず維持されたという事実が、アメリカ側の公文書でわかっています。つまり米軍の権利については、占領期のまま 現在にいたっているということです。

 ◆「占領軍」が「在日米軍」と看板をかけかえただけ

 もう一度、八ページの写真を見てください。右上に見えているのが一九四五年に米軍が上陸してきた海岸です。この画面の右側にずっと海岸がつづいて いて、その近くはすべて米軍基地になっています。二九ページの地図でいうと、嘉手納基地の左手の海岸です。いまから七〇年前、米軍はこの海岸に多くの軍艦 でやってきて、まず艦砲射撃で地上の建物をすべてふきとばし、そのあと上陸して一帯を占領しました。
  結局、そのときのまま、ずっとそこにいるわけです。沖縄に行って少し高台にのぼって地上をながめると、そのことがひと目でわかります。海岸に近い、非常に 平らで優良な土地を、それから七〇年間、米軍が占拠しつづけている。海沿いの部分だけは一部返還されて商業地区になっているので、車で走っているとわから ないのですが、少し高台にのぼると、
「ああ、米軍はあの海岸から一九四五年に上陸してきて、そのままそこに居すわったんだな」
  ということが非常によくわかります。
  つまり「占領軍」が「在日米軍」と看板をかけかえただけで、一九四五年からずっと同じ形で同じ場所にいるわけです。本土は一九五二年の講和条約、沖縄は一 九七二年の本土復帰によって主権を回復したことになっていますが、実際は軍事的な占領状態が継続したということです。

 本土の米軍基地から、ソ連や中国を核攻撃できるようになっていた!

嘉手納弾薬基庫地かとら憲嘉法手納基地の飛行場(上)をのぞむ嘉手納弾薬基庫地かとら憲嘉法手納基地の飛行場(上)をのぞむ|c須田慎太郎

 次にもう一枚写真を見ていただきます。下の写真は、先ほどご紹介した嘉手納という大きな空軍基地のとなりにある弾薬庫を写したものです。上にうっ すらと見えているのが嘉手納空軍基地の飛行場です。飛行場と弾薬庫のあいだは、一見、片側二車線の広い道路で分断されているように見えるのですが、実は地 下通路で結ばれ、自由に行き来できるようになっています。
  こうした弾薬庫に、もっとも多い時期には沖縄全体で一三〇〇発の核兵器が貯蔵されていました。これはアメリカの公文書による数字です。
  緊急事には、すぐにこうした弾薬庫から核爆弾が地下通路を通って飛行場に運ばれ、飛行機に積みこまれるようになっていた。そしてショックなのは、それが本土の米軍基地に運ばれ、そこからソ連や中国を爆撃できるようになっていたということです。
  つまりこの嘉手納基地から一度、本土にある三沢や横田、岩国といった米軍基地に核兵器を運んで、そこから新たに爆撃機が飛び立って、ソ連や中国を核攻撃で きるようになっていた。青森県にある米軍三沢基地などは、ソ連に近い場所にありますから、ほとんどその訓練しかやっていなかったといいます。
  中国やソ連の核がほとんどアメリカに届かない時代から、アメリカは中国やソ連のわき腹のような場所、つまり南北に長く延びる日本列島全体から、一三〇〇発の核兵器をずっと突きつけていた。
  アメリカは一九六二年のキューバ危機で、ソ連が核ミサイルを数発キューバに配備したと言って大騒ぎしました。あわや第三次世界大戦か、人類滅亡か、というところまで危機的状況が高まった。
  われわれもそのことは、ケネディ兄弟がかっこよく活躍する映画などで知っています。しかしアメリカ自身は、その何百倍もひどいことをずっと日本でやってい たわけです。こうした事実を知ると、いかに私たちがこれまで「アメリカ側に有利な歴史」しか教えられていなかったかがわかります。

 ◆憲法九条二項と、沖縄の軍事基地化はセットだった

 「えーっ、沖縄に一三〇〇発の核兵器があったの?」
 「しかもそれが本土の基地に運ばれて、そこから飛び立って中国やソ連を核攻撃できるよう
になっていただって?」
  とても驚きました。この年になるまで、まったく知らなかったからです。
 「じゃあ、憲法九条ってなに?」
  と当然、疑問をもつわけです。ソ連・中国からしてみたら、自分たちのわき腹に一三〇〇発も核兵器を突きつけておいて、
「憲法九条? 悪い冗談はやめてくれ」という話なのです。
  そこで歴史を調べていくと、憲法九条二項の戦力放棄と、沖縄の軍事基地化は、最初から完全にセットとして生まれたものだということがわかりました。つまり 憲法九条を書いたマッカーサーは、沖縄を軍事要塞化して、嘉手納基地に強力な空軍を置いておけば、そしてそこに核兵器を配備しておけば、日本本土に軍事力 はなくてもいいと考えたわけです。(一九四八年三月三日、ジョージ・ケナン国務省政策企画室長との会談ほか)
  だから日本の平和憲法、とくに九条二項の「戦力放棄」は、世界じゅうが軍備をやめて平和になりましょうというような話ではまったくない。沖縄の軍事要塞 化、核武装化と完全にセット。いわゆる護憲論者の言っている美しい話とは、かなりちがったものだということがわかりました。
  戦後日本では、長らく「反戦・護憲平和主義者」というのが一番気もちのいいポジションでした。私もずっとそうでした。もちろんこの立場から誠実に活動し、日本の右傾化をくいとめてきた方も多数いらっしゃいます。その功績は決して忘れてはなりません。
  しかし深刻な反省とともによく考えてみると、自分もふくめ大多数の日本人にとってこの「反戦・護憲平和主義者」という立場は、基本的になんの義務も負わ ず、しかも心理的には他者より高みにいられる非常に都合のいいポジションなのです。しかし現実の歴史的事実にもとづいていないから、やはり戦後の日本社会 のなかで、きちんとした政治勢力にはなりえなかったということになります。

 ◆驚愕の「砂川裁判」最高裁判決

 沖縄に取材に行って、こうしたさまざまな問題の存在を知りました。しかし最後までわからなかったのは、日本は法治国家のはずです。なぜ、国民の基 本的人権をこれほど堂々と踏みにじることができるのか。なぜ、米兵が事故現場から日本の警察や市長を排除できるのか。なぜ同じ町のなかで、アメリカ人の家 の上は危ないから飛ばないけれど、日本人の家の上はどれだけ低空飛行をしてもいいなどという、めちゃくちゃなことが許されているのか。
  調べていくと、米軍駐留に関するあるひとつの最高裁判決(一九五九年)によって、在日米軍については日本の憲法が機能しない状態、つまり治外法権状態が「法的に認められている」ことがわかりました。
  くわしくは、「〈戦後再発見〉双書」第三巻の『検証・法治国家崩壊――砂川裁判と日米密約交渉』(吉田敏浩・新原昭治・末浪靖司著/創元社)を読んでいた だきたいのですが、これは本当にとんでもない話で、普通の国だったら、問題が解明されるまで内閣がいくつつぶれてもおかしくないような話です。
  なにしろ、占領中の一九五〇年から第二代の最高裁判所長官をつとめた田中耕太郎という人物が、独立から七年後の一九五九年、駐日アメリカ大使から指示と誘 導を受けながら、在日米軍の権利を全面的に肯定する判決を書いた。その判決の影響で、在日米軍の治外法権状態が確定してしまった。またそれだけでなく、わ れわれ日本人はその後、政府から重大な人権侵害を受けたときに、それに抵抗する手段がなくなってしまった。
  そうしたまさに「戦後最大」と言っていいような大事件が、最高裁の法廷で起きたのです。いまから半世紀以上前の一九五九年一二月一六日のことです。
  法律の問題なので少し観念的な話になりますが、どうかお聞きください。

 ◆憲法と条約と法律の関係―低空飛行の正体は航空法の「適用除外」

憲法と条約と法律の関係 まず基本的な問題からご説明します。日本の法体系のなかでは、憲法と、条約、一般の法律の関係は下の図のようになっているそうです。

 もともと日米安保条約などの条約は、日本の航空法など、一般の国内法よりも強い。上位にあるそうです。これだけでも私などは「えーっ!」と驚いたのですが、みなさんはいかがでしょう?
  これは憲法九八条二項にもとづく解釈で、「日本国が締結した条約は、これを誠実に遵守する」ということが憲法で定められているからです。この点に関しては、ほぼすべての法学者の見解が一致しているそうです。
  その結果、どうなるか。条約が結ばれると、必要に応じて日本の法律(憲法以外の国内法)が書きかえられたり、「特別法」や「特例法」がつくられることになります。つまり下位の法律が、新しい上位の法律に合わせて内容を変えるわけですね。ここまではよろしいでしょうか。
  米軍機がなぜ、日本の住宅地上空でめちゃくちゃな低空飛行ができるのかという問題も法的構造は同じで、「日米安全保障条約」と、それにもとづく「日米地位 協定」(在日米軍がもつ特権について定めた協定です)を結んだ結果、日本の国内法として、「航空特例法」という左の法律がつくられているからなのです。太 字の部分だけで結構ですので、読んでみてください。

「日米地位協定と国連軍地位協定の実施にともなう航空法の特例に関する法律 第三項(一九五二年七月一五日施行)
前項の航空機〔米軍機と国連軍機〕およびその航空機に乗りくんでその運航に従事する者については、航空法第六章の規定は、政令で定めるものをのぞき、適用しない」

 初めてこの条文の意味を知ったときは、本当に驚きました。右の特例法で「適用しない」としている「航空法第六章」とは、「航空機の運航」に関する 五七条から九九条までをさします。「最低高度」や「制限速度」「飛行禁止区域」などについて定めたその四三もの条文が、まるまる全部「適用除外」となって いるのです! つまり米軍機はもともと、高度も安全も、なにも守らずに日本全国の空を飛んでよいことが、法的に決まっているということなのです。

アメリカ国務省のシナリオのもとに出された最高裁判決

砂川判決以降の法体系 けれども、いくら条約(日米安保条約や日米地位協定)は守らなければならないといっても、国民の人権が侵害されていいはずはない。そうした場合は憲法が歯止めをかけることになっています。下の右の図の関係です。
  条約は一般の法律よりも強いが、憲法よりも弱い。近代憲法憲法というのは基本的に、権力者の横暴から市民の人権を守るために生まれたものだからです。だか ら、いくら日本政府が日米安保条約を結んで、それが日本の航空法よりも強い(上位にある)といっても、もし住民の暮らしや健康に重大な障害があれば、きち んと憲法が機能してそうした飛行をやめさせる。
  これが本来の法治国家の姿です。
  ところが一九五九年に在日米軍の存在が憲法違反かどうかをめぐって争われた砂川裁判で、田中耕太郎という最高裁長官(前述したとおり、占領中の一九五〇年 から、独立の回復をまたいで、安保改訂のあった一九六〇年まで在職しました)が、とんでもない最高裁判決を出してしまった。簡単に言うと、日米安保条約の ような高度な政治的問題については、最高裁は憲法判断をしないでよいという判決を出したわけです*。
  するとどうなるか。安保に関する問題については、前ページの右下の三角形の図から、一番上の憲法の部分が消え、左下の図のような関係になってしまう。
  つまり安保条約とそれに関する取り決めが、憲法をふくむ日本の国内法全体に優越する構造が、このとき法的に確定したわけです。
  だから在日米軍というのは、日本国内でなにをやってもいい。住宅地での低空飛行や、事故現場の一方的な封鎖など、これまで例に出してきたさまざまな米軍の 「違法行為」は、実はちっとも違法じゃなかった。日本の法体系のもとでは完全に合法だということがわかりました。ひどい話です。その後の米軍基地をめぐる 騒音訴訟なども、すべてこの判決を応用する形で「米軍機の飛行差し止めはできない」という判決が出ているのです。

 そしてさらにひどい話がありました。それはこの砂川裁判の全プロセスが、検察や日本政府の方針、最高裁の判決までふくめて、最初から最後まで、基 地をどうしても日本に置きつづけたいアメリカ政府のシナリオのもとに、その指示と誘導によって進行したということです。この驚愕の事実は、いまから六年前 (二〇〇八年)、アメリカの公文書によって初めてあきらかになりました。
  判決を出した日本の最高裁長官も、市民側とやりあった日本の最高検察庁も、アメリカ国務省からの指示および誘導を受けていたことがわかっています。『検 証・法治国家崩壊』にすべて公文書の写真付きで解説してありますので、興味のある方はぜひお読みください。本当に驚愕の事実です。

*?正確には「日米安保条約のごとき、主権国としてのわが国の存立の基礎に重大な関係をもつ高度な政治性を有するものが、違憲であるか否かの法的判断は(略)裁判所の司法審査権の範囲外にあると解するを相当とする」(「判決要旨六」)という判決でした。

 ◆「統治行為論」という、まやかし

 この判決の根拠を、日本の保守派は「統治行為論」とよんで、法学上の「公理」のようにあつかっています。政治的にきわめて重要な、国家の統治にか かわるような問題については、司法は判断を留保する。それはアメリカやフランスなど、世界の先進国で認められている司法のあり方で、そうした重要な問題 は、最終的には国民が選挙によって選択するしかないのだと。
  一見、説得されてしまいそうになります。私も数年前、まだ有名大学の教授たちを無条件で信用していたときなら疑問に思わなかったでしょう。しかし少しでも批判的な眼で見れば、この理論があきらかにおかしいことがわかります。
  たとえば米軍機をめぐる騒音訴訟を例にとって考えてみましょう。高性能の戦闘機というのは、もう信じられないような爆音がしますから、当然健康被害が出ます。音というより振動です。体全体が衝撃を受ける。
  そこでたまりかねた基地周辺の住民たちが、基本的人権の侵害だとして、飛行の差し止めを求める訴訟を起こしています。でも、止められない。判決で最高裁 は、住民がそうした騒音や振動によって被害を受けているという認定まではするのです。でも、そこから先、飛行の差し止めはしない。そういう不思議な判決を 出すのです。
  最高裁はその理由を「米軍は日本政府が直接指揮することのできない『第三者』だから、日本政府に対してその飛行の差し止めを求めることはできない」とい う、まったく理解不能なロジックによって説明しています。この判決のロジックは、一般に「第三者行為論」とよばれていますが、その根拠となっているのが、 日米安保条約のような高度な政治的問題については最高裁は憲法判断をしないでよいという「統治行為論」であることはあきらかです。
  しかしよく考えてみてください。国民の健康被害という重大な人権侵害に対して、最高裁が「統治行為論」的立場から判断を回避したら、それはすなわち三権分立の否定になる。それくらいは、中学生でもわかる話ではないでしょうか。

 元裁判官で明治大学教授の瀬せ木ぎ比ひ呂ろ志し氏は、この最高裁の判決について、
「そもそも、アメリカと日米安保条約を締結したのは国である。つまり、国が米軍の飛行を許容したのである。(略)アメリカのやることだから国は一切あずか り知らないというのであれば、何のために憲法があるのか?」(『絶望の裁判所』講談社) ときびしく批判しています。もちろん、だれが考えてもこちらが正 論です。

 アメリカやフランスでも、日本のような「統治行為論」は認められていない

 実はアメリカにもフランスにも、日本で使われているような意味での「統治行為論」は存在しません。まずフランスを見てみましょう。日本の「統治行 為」という言葉のもとになったフランスの「アクト・ド・グヴェルヌマン(acte de gouvernement)」ですが、意外にも、
 「〔フランスの学界では〕統治行為論は、その反法治主義的な性格のゆえに、むしろ多数の学説により支持されていない」
「〔フランスの〕判例の中には統治行為の概念規定はおろか、その理論的根拠も示されていないうえに、一般に統治行為の根拠条文とされているものが一度も引用されていない」
  と、この問題の第一人者である慶応大学名誉教授の小林節氏は書いています。(『政治問題の法理』日本評論社)
  そして統治行為論の安易な容認は、「司法による人権保障の可能性を閉ざす障害とも、また行政権力の絶対化をまねく要因ともなりかね」ず、「司法審査権の全 面否定にもつながりかねない」と指摘しています。まさに正論と言えるでしょう。逆に言えば、砂川裁判以降、約半世紀にわたって日本の最高裁は、小林教授が 懸念したとおりのことをやりつづけているのです。
  一方、アメリカには「統治行為論」という言葉は存在せず、「政ポリティカル・クエスチョン治問題」という概念があります。そのもっとも初期の例は、一九世 紀にロード・アイランド州で内乱が起き、正統な政府であることを主張するふたつの州政府が並立した、そのとき連邦国家であるアメリカ合衆国の最高裁は、 「どちらが州の正統政府かという問題については、独自に決定できない」という判断を下したというものです。そのような、判決によっては無政府状態を引き起 こしかねない問題は、裁判所ではなく大統領の判断にゆだねるのが適当としたわけです。
  フランスと違うのは、アメリカでは判例のなかでこの「政治問題」という概念が、かなり幅広く認められているということです。なかでも外交や戦争といった分野では、それを「政治問題」として司法が判断を避けるというケースがたしかにある。
  しかしそれはあくまでも、「対外関係においては戦線(つまり自国の窓口)を統一することが賢明」(C・G・ポウスト)であるという立場から、絶対的な国益 の確保を前提として、一時的に権力を大統領ほかに統合するという考えなのであって、外国軍についての条約や協定を恒常的に自国の憲法より上位に置くという 日本の「統治行為論」とは、まったくちがったものなのです。

 歴史が証明しているのは、日本の最高裁は政府の関与する人権侵害や国策上の問題に対し、絶対に違憲判決を出さないということです。「統治行為論」 はそうした極端に政府に従属的な最高裁のあり方に、免罪符をあたえる役割をはたしている。日本の憲法学者はいろいろと詭弁を弄ろうしてそのことを擁護しよ うとしていますが、日本国憲法第八一条を見てください。そこにはこう書かれているのです。
 「最高裁判所は、一切の法律、命令、規則又は処分が憲法に適合するかしないかを決定する権限を有する終審裁判所である」
  これ以上、明快な条文もないでしょう。この条文を読めば、もっとも重要な問題について絶対に憲法判断をしない現在の最高裁そのものが、日本国憲法に完全に違反した存在であることが、だれの眼にもあきらかだと思います。

 アメリカとの条約が、日本国憲法よりも上位に位置することが確定した

 深刻なのは、田中耕太郎が書いたこの最高裁判決の影響がおよぶのが、軍事の問題だけではないということです。最大のポイントは、この判決によって、
 「アメリカ政府(上位)」  >  「日本政府(下位)」
  という、占領期に生まれ、その後もおそらく違イ リーガル法な形で温存されていた権力構造が、
 「アメリカとの条約群(上位)」  >  「憲法を含む日本の国内法(下位)」という形で法リーガル的に確定してしまったことにあります。
  安保条約の条文は全部で一〇カ条しかありませんが、その下には在日米軍の法的な特権について定めた日米地位協定がある。さらにその日米地位協定にもとづ き、在日米軍を具体的にどう運用するかをめぐって、日本の官僚と米軍は六〇年以上にわたって毎月、会議をしているわけです。
  それが「日米合同委員会」という名の組織なのですが、左ページの図のように、外務省北米局長を代表とする、日本のさまざまな省庁から選ばれたエリート官僚 たちと、在日米軍のトップたちが毎月二回会議をしている。そこでいろいろな合意が生まれ、議事録に書きこまれていく。合意したが議事録には書かない、いわ ゆる「密約」もある。全体でひとつの国の法体系のような膨大な取り決めがあるわけです。しかもそれらは、原則として公表されないことになっている。

 ◆官僚たちが忠誠を誓っていたのは、「安保法体系」だった

 そうした日米安保をめぐる膨大な取り決めの総体は、憲法学者の長谷川正まさ安やす・名古屋大学名誉教授によって、「安保法体系」と名づけられてい ます。その「安保法体系」が、砂川裁判の最高裁判決によって、日本の国内法よりも上位に位置することが確定してしまった。つまり裁判になったら、絶対にそ ちらが勝つ。すると官僚は当然、勝つほうにつくわけです。
  官僚というのは法律が存在基盤ですから、下位の法体系(日本の国内法)より、上位の法体系(安保法体系)を優先して動くのは当然です。裁判で負ける側には絶対に立たないというのが官僚ですから、それは責められない。

日米合同委員会組織図
日米合同委員会組織図

海上演習場部会議長
水産庁漁政部長建設部会
議長 防衛省地方協力局
地方協力企画課長
港湾部会
議長 国土交通省港湾局長
道路橋梁部会
議長 国土交通省道路局長
陸上演習場部会
議長 農林水産省経営局長
施設調整部会
議長 防衛省地方協力局地方調整課長
議長 防衛省地方協力局沖縄調整官
施設整備・移設部会
議長 防衛省地方協力局提供施設課長
沖縄自動車道建設調整
特別作業班
議長 防衛省地方協力局沖縄調整官
SACO実施部会
議長 防衛省地方協力局沖縄調整官
気象分科委員会
代表 気象庁長官
基本労務契約・船員契約紛争処理小委員会
代表 法務省大臣官房審議官             
刑事裁判管轄権分科委員会
代表 法務省刑事局公安課長
契約調停委員会
代表 防衛省地方協力局調達官
財務分科委員会
代表 財務省大臣官房審議官
施設分科委員会
代表 防衛省地方協力局次長   
周波数分科委員会
代表 総務省総合通信基盤局長
出入国分科委員会
代表 法務省大臣官房審議官
調達調整分科委員会
代表 経済産業省貿易経済協力局長
通信分科委員会
代表 総務省総合通信基盤局長
民間航空分科委員会
代表 国土交通省航空局管制保安部長
民事裁判管轄権分科委員会
代表 法務省大臣官房審議官
労務分科委員会
代表 防衛省地方協力局労務管理課長
航空機騒音対策分科委員会
代表 防衛省地方協力局地方協力企画課長
事故分科委員会
代表 防衛省地方協力局補償課長
電波障害問題に関する特別分科委員会
代表 防衛省地方協力局地方協力企画課長
車両通行分科委員会
代表 国土交通省道路局長
環境分科委員会
代表 環境省水・大気環境局総務課長
環境問題に係る協力に関する特別分科委員会
代表 外務省北米局参事官
日米合同委員会合意の見直しに関する特別分科委員会
代表 外務省北米局日米地位協定室長
刑事裁判手続きに関する特別専門家委員会
代表 外務省北米局参事官
訓練移転分科委員会
代表 防衛省地方協力局地方調整課長
事件・事故通報手続に関する特別作業部会
代表 外務省北米局日米地位協定室長
事故現場における協力に関する特別分科委員会
代表 外務省北米局参事官
在日米軍再編統括部会
代表 外務省北米局日米安全保障条約課長
防衛省防衛政策局日米防衛協力課長
検疫部会
議長 外務省北米局日米地位協定室補佐
平成24年2月現在(外務省ホームページより)
日米合同委員会
日本側代表|外務省北米局長
代表代理|法務省大臣官房長
農林水産省経営局長
防衛省地方協力局長
外務省北米局参事官
財務省大臣官房審議官
米側代表|在日米軍司令部副司令官
代表代理|在日米大使館公使
在日米軍司令部第五部長
在日米陸軍司令部参謀長
在日米空軍司令部副司令官
在日米海軍司令部参謀長
在日米海兵隊基地司令部参謀長
*以下「代表」及び「議長」は、
日本側代表・議長を示す。

 しかも、この日米合同委員会のメンバーがその後どうなっているかを調べてみると、このインナー・サークルに所属した官僚は、みなそのあと、めざましく出世している。
  とくに顕著なのが法務省で、省のトップである事務次官のなかに、日米合同委員会の元メンバー(大臣官房長経験者)が占める割合は、過去一七人中一二人。そのうち九人は、さらに次官より格上とされる検事総長になっているのです。
  このように過去六〇年以上にわたって、安保法体系を協議するインナー・サークルに属した人間が、必ず日本の権力機構のトップにすわるという構造ができあ がっている。ひとりの超エリート官僚がいたとして、彼の上司も、そのまた上司も、さらにその上司も、すべてこのサークルのメンバーです。逆らうことなどで きるはずがない。だから鳩山さんの証言にあるように、日本国憲法によって選ばれた首相に対し、エリート官僚たちが徒党を組んで、真正面から反旗をひるがえ すというようなことが起こるわけです。
  この章のはじめで、私が沖縄に行ったきっかけは、「鳩山首相を失脚させたのは、本当はだれなのか」「官僚たちが忠誠を誓っていた『首相以外のなにか』とは、いったいなんだったのか」 という疑問だったと言いましたが、この構造を知って、その疑問に答えが出ました。
  彼らは日本国憲法よりも上位にある、この「安保法体系」に忠誠を誓っていたということだったのです。

 Part2 福島の謎 日本はなぜ、原発を止められないのか に続く 

 ◆矢部宏治 やべ ・こうじ
 1960年、 兵庫県西宮市生まれ。 慶応大学文学部卒。 (株)博報堂マーケティング部をへて、1987年より書籍情報社代表。 著書に 『本土の人間は知らないが、 沖縄の人はみんな知っていること―沖縄・米軍基地観光ガイド』(書籍情報社)、 共著書に 『本当は憲法より大切な「日米地位協定入門」』(創元社)。 企画編集シリーズに「〈知の再発見〉 双書(既刊165冊) 」「J.M.ロバーツ世界の歴史・日本版(全10巻) 」 「〈戦後再発見〉 双書(既刊3冊) 」 (いずれも創元社)。集英社インターナショナル1

 集英社インターナショナル 主要出版物 【日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか 矢部宏治・著】 2015年05月10日 09:30:00 これは参考資料です。 転載等は各自で判断下さい。

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【著書紹介】:日本はなぜ「基地」と「原発」を止められないのか Part2-①

2017-03-24 00:50:40 | 原発事故・放射能 被曝・汚染

【著書紹介】:日本はなぜ「基地」と「原発」を止められないのか Part2 福島の謎 日本はなぜ、原発を止められないのか 全文

 乾龍の『漂流日本の羅針盤』・【最新ニュースから見え隠れする闇】:【著書紹介】:日本はなぜ「基地」と「原発」を止められないのか Part2 福島の謎 日本はなぜ、原発を止められないのか 全文

PART 2 福島の謎 日本はなぜ、原発を止められないのか

 沖縄の取材から東京にもどって『沖縄・米軍基地観光ガイド』を書き始め、だいたい原稿が完成したころに東日本大震災が起こりました(二〇一一年三月一一 日)。そしてつづいて福島の原発事故が起こる。最初はただ混乱するだけでしたが、二週間ほどすると状況が少しずつ見えてきました。
 直前に沖縄を取材して、米軍基地をめぐる裁判について調べたばかりだったので、夏になるころには「沖縄イコール福島」という構造が、はっきりと見えていました。
 つまり四三ページ左下の三角形の図と同じで、原発についてもおそらく憲法は機能しない。これから沖縄国際大学・米軍ヘリ墜落事故を何万倍にも巨大にしたような出来事が、必ず起きる。
 沖縄の米軍ヘリ墜落事故では、加害者(米軍)が現場を封鎖して情報を隠蔽した。被害者(市民)が裁判をしても必ず負けた。そしてしばらくすると、加害者 (米軍)が「安全性が確保された」と言って、平然と危険な訓練を再開した。福島でもその後、実際にそうなりつつあるわけです。

 ◆福島で起きた 「あきらかにおかしなこと」

 原発事故が起きてから、私たち日本人はずっと大きな混乱のなかにいます。情報が錯綜するなか、東北や関東に住む多くの人びとが、「すべてを捨てて安全な場所へ逃げたほうがいいのか」「いまの場所にとどまって、生活の再建を優先したほうがいいのか」
 そうした究極の選択を迫られることになったのです。
 なかでも福島のみなさんは、二〇万人もの方たちが家や田畑を失い、仮設住宅のなかで明日をも知れぬ日々を送ることになりました。いくら室内をふいても、 またもとにもどってしまう放射線の数値。とくに小さなお子さんをもつお母さん方の苦しみは、まさに言葉では言いつくせないものがあったでしょう。
 そんななか、少し事態が落ち着いてくると、被災者たちは信じられない出来事に次々と直面することになったのです。なかでも、もっともおかしかったのは、 これほどの歴史的大事故を起こし、無数の人びとの家や田畑を奪っておきながら、その責任を問われた人物がひとりもいなかったということでした。
 「そんなバカな!」
 考えてみてください。工場が爆発して被害が出たら、必ず警察が捜査に入ります。現場を調べ、事情を聴取して安全対策の不備を洗い出し、責任者を逮捕するはずです。工事現場でクレーンが倒れ、通行人がケガ人をした程度の事件でも同じです。
 それなのになぜ、この大惨事の加害者は罰せられないのか。警察はなぜ、東京電力へ捜査に入らないのか。安全対策に不備があったかどうか、なぜ検証しないのか。家や田畑を失った被害者に、なぜ正当な補償がおこなわれないのか。

 ◆被害者は仮設住宅で年越し、加害者にはボーナス

 そうした被災者たちの憤ふん懣まんは、事故の起きた二〇一一年の年末、もっともグロテスクな形であきらかになりました。多くの被災者たちが仮設住宅で 「どうやって年を越せばいいのか」と頭をかかえているとき、東京電力の社員たちに、なんと年末のボーナスが支給されたのです。
 福島のなかでも、原発のすぐそばにある双ふた葉ば町まちは、もっとも深刻な被害を受けた町です。その町民とともに埼玉県に疎開した井い戸ど川がわ克かつ隆たか町長(当時)は、このニュースを聞いたときほど悔しい思いをしたことはなかったと語っています。
 「被害者である福島県民が見知らぬ仮住まいのなか、放射能におびえ、毎日壁を掃除しながら不安な日々を送っているのに、どうして加害者であるはずの東京電力の社員たちが、ボーナスをもらってヌクヌクと正月の準備をしているのか」
「現在、われわれは強制収容所に入れられているようなものだ。ただ食べ物とねぐらをあたえておけばいいというのでは、家畜と同じではないか」(二〇一一年一二月三日「完全賠償を求める総決起大会」)
 翌二〇一二年一月八日、井戸川町長は福島県庁で面会した野田佳彦首相(当時)に、こう問いかけています。
 「われわれを国民と思っていますか、法のもとの平等が保障されていますか、憲法で守られていますか」
 まさに福島で原発災害にあった人たちの思いが、戦後七〇年にわたり沖縄で基地被害に苦しみつづけてきた人たちの思いと、ぴたりと重なりあった瞬間でした。

 ■なぜ、大訴訟団が結成されないのか

 おそらく普通の国なら半年もたたないうちに大訴訟団が結成され、空前の損害賠償請求が東京電力に対しておこなわれたはずです。
 しかし日本ではそうならなかった。ほとんどの人が国のつくった「原子力損害賠償紛争解決センター」という調停機関を通じて事実上の和解をし、東京電力側 の言い値で賠償を受けるという道を選択したのです。それはいまの日本社会では、いくら訴訟をして「お上かみにたてついて」も、最高裁まで行ったら必ず負け るという現実を、みんなよくわかっているからでしょう。
 事実、原発関連の裁判の行方は、沖縄の基地被害の裁判を見ると予測できるのです。PART1で見たように、住民の健康にあきらかな被害をおよぼす米軍機 の飛行について、最高裁は住民の健康被害を認定したうえで、「飛行の差し止めを求めることはできない」という、とんでもない判決を書いています。福島の裁 判でも、それと同じような事態が起こることが予想されました。

 ■福島集団疎開裁判

 そして残念ながら、その後、やはりそうなっているのです。
 現在、私たち関東や東北に住む人間がもっとも気にしているのが、子どもの被ひ曝ばく問題です。子どもというのは放射能による健康被害を大人よりも受けやすく、その影響は三倍から一〇倍とされ、非常に病気になりやすい。だからとにかく子どもたちを早く逃がすべきだ。
 完全に移住させることが無理なら、定期的に放射線の数値が低い場所に疎開させて、免疫力の低下を防ぐしかない。定期的に一、二週間疎開するだけでもずいぶん被害が減ることは、チェルノブイリの事例でわかっているからです。
 そのため現在、福島集団疎開裁判という裁判が柳原敏夫弁護士などによっておこなわれています。第二次世界大戦のとき、大人は苦しい生活のなか、ちゃんと 子どもを空襲のない土地に疎開させたじゃないか。それと同じだ。だから子どもたちを安全な県外に移住させるために行政措置をとれ、税金を出せという裁判で す。
 この部分をよく見ていただきたいのですが、昨年(二〇一三年)の四月二四日、仙台高等裁判所はその集団疎開裁判の判決のなかで、こうのべています。
 「チェルノブイリ原発事故後に児童に発症したとされる被害状況に鑑かんがみれば、福島第一原発付近で生活居住する人びと、とりわけ児童の生命・身体・健康について、由々しい事態の進行が懸念されるところである」
 そうはっきり判決に書いているのです。これはなにを意味しているかというと、ほぼ確実に数年以内に、甲状腺癌がんになった子どもたちが大量に出現すると いうことです(すでに統計上、あきらかな兆候が出ています)。チェルノブイリで起きたように、先天性障害や心臓病になった子どもたちも数多くあらわれるこ とが予想される。裁判所がそれを認めているのです。
 しかし、それでも子どもを救うための行政措置をとる必要はないという判決が出てしまった。住民側敗訴です。その理由のひとつが、多くの児童を含む市民の 生命・身体・健康について、「中長期的には懸念が残るものの、現在ただちに不可逆的な悪影響をおよぼすおそれがあるとまでは証拠上認めがたい」からだとい うのです。
 いったいこの「高等」裁判所はなにを言っているのでしょう? おなじ判決文の前段と後段に論理的な整合性がない。これは先にふれた沖縄の米軍機・騒音訴訟とまったく同じ構造なのです。

 ◆原発関連の訴訟にも「統治行為論」が使われている

 沖縄で積み重ねられた米軍基地裁判の研究から類推して、こうしたおかしな判決が出る原因は、やはり「統治行為論」しか考えられないと思います。仙台高等 裁判所の判決文を読むと、判事のなかに「真っ当な判決」を書こうと努力した人がいたことがわかります。けれどもその人物が書いた「とりわけ児童の生命・身 体・健康について、由々しい事態の進行が懸念される」という判決文に接つぎ木される形で、「しかし行政措置をとる必要はない」という非論理的な結論が出さ れてしまった。いったいそれはなぜなのか。
 これまで原発に関する訴訟では、たった三件だけ住民側が勝訴しています。
 まず日本で初めての住民側勝訴の判決、しかも現在にいたるまで、高等裁判所で唯一の住民側勝訴(設置許可無効)の判決*1を書いたのが、当時名古屋高裁金沢支部の判事だった川崎和夫裁判長です。
 その川崎氏は、のちに朝日新聞記者の質問に答えて、自分はそういう考えをとらなかったが、「原発訴訟に統治行為論的な考え方を取り入れるべきだという人 がいることは聞いたことがあります」とはっきりのべています。(『原発と裁判官』磯村健太郎+山口栄二著/朝日新聞出版)
 次に地方裁判所(金沢地裁)で最初の住民側勝訴(運転差し止め)の判決*2を書いたのが、現在弁護士として、柳原弁護士とともに集団疎開裁判を手がけている井戸謙一裁判長です。
 そして三番目が、今年(二〇一四年)五月二一日、大おお飯い原発三、四号機の再稼働を差し止める住民側勝訴の判決*3を書いた、福井地裁の樋口英明裁判長です。
 この樋口判決は、人びとに大きな勇気をあたえるものでした。それはこの判決が、安倍政権の進める圧倒的な原発再稼働への流れのなかで、人びとが口に出し にくくなっていた原発への不安や怒りを、チェルノブイリの事例をもとに、論理的に、また格調高い文章で表現してくれたからでした。

 「地震大国日本において基準地震動〔関西電力が設定した最大振動=七〇〇ガル〕を超える地震が大飯原発に到来しないというのは、根拠のない楽観的見通しにしかすぎない」「当裁判所は、〔関西電力側が展開したような〕きわめて多数の人の生存そのものに関わる権利と、電気代の高い低いの問題等とを並べて論じるような議論に加わったり、その議論の当否を判断すること自体、法的には許されないことであると考えている」

 日本の司法は、まだ死んではいなかった。そう思わせてくれるすばらしい判決内容でした。しかし残念ながら、現在の法的構造のなかでは、この判決が政府・ 与党はもちろん、関西電力の方針に影響をあたえる可能性も、ほとんどありません。少なくとも最高裁までいったら、それが必ずくつがえることを、みんなよく わかっているからです。

 *1?二〇〇三年「動燃・もんじゅ訴訟 二審判決」/二年後の最高裁判決で住民側・逆転敗訴。
 *2?二〇〇六年「北陸電力・志し賀か原発二号機訴訟 一審判決」/三年後の控訴審で住民側・逆転敗訴。
 *3?二〇一四年「大飯原発三、四号機差し止め訴訟 一審判決」。 

 ◆沖縄から見た福島

 福島の状況が過酷なのは、私がいま説明したようなウラ側の事情についての知識が、県内でほとんど共有されていないというところです。話しあう人がいない。当然です。いままでなにも問題なく暮らしていたところに、突然、原発が爆発したわけですから。
 その点、沖縄には長い闘いの歴史があって、米軍基地問題についてさまざまな研究の蓄積があり、住民の人たちがウラ側の事情をよくわかっている。また、そ うした闘いを支える社会勢力も存在する。まず「琉球新報」と「沖縄タイムス」という新聞社二社がきちんとした報道をし、正しい情報を提供しています。政治 家にも大田昌秀・元沖縄県知事や、伊波洋一・元宜野湾市長のような素晴らしい知識人がいる。名護市の稲嶺進市長のような、もともと市の職員だった、まさに 民衆のなかから生まれた「闘う首長」もいる。大学教授や弁護士、新聞記者のなかにも、きちんと不条理と闘う人たちが何人もいる。
 しかし福島県にはそうしたまとまった社会勢力は存在しない。もちろん地元メディアや市民団体の人たちはがんばっていますが、それを支える社会勢力がな い。そんななか、原発推進派の政治家たちが、被害者である県民たちを、放射能で汚染された土地に帰還させようとしているのです。
 ですから福島で被災している方々に、そうした沖縄の知恵をなんとか伝えたい。戦後七〇年近く積み重ねられてきた沖縄の米軍基地問題についての研究と、そ こであきらかになった人権侵害を生む法的な構造を、福島のみなさんになんとか知っていただきたいと思って、いまこの本を書いているのです。日本はなぜ、原 発を止められないのか
 福島原発事故という巨大な出来事の全貌があきらかになるには、まだまだ長い時間が必要です。政府はもちろん情報を隠蔽しつづけるはずですし、米軍基地問題のように、関連するアメリカの機密文書が公開されるまでには、三〇年近くかかります。
 もちろん私たちにそれを待つ時間はのこされていません。歴史的経緯がきれいに解明されたとき、すでに日本全土が放射能で汚染されていては意味がないから です。ですから原発を動かそうとしている「主犯はだれか、その動機はなにか」という問題について、本書では棚上げにすることをお許しください。
 主犯は、いったいだれなのか。みずからの間違いを認め、政策転換をする勇気のない日本の官僚組織なのか。原発利権をあきらめきれない自民党の政治家なの か。同じ自民党のなかでも、核武装の夢を見つづけている右派のグループなのか。 それとも電力会社に巨額の融資をしてしまっている銀行なのか。国際原子力 村とよばれるエネルギー産業やその背後にいる国際資本なのか。その意向を受けたアメリカ政府なのか。
 いろんな説がありますが、実態はよくわかりません。とりあえず本書では、犯人は「原発の再稼働によって利益を得る勢力全員」と定義しておきたいと思います。
 より重要な問題は、「動かそうとする勢力」ではなく、「止めるためのシステム」のほうにあります。福島の事故を見て、ドイツやイタリアは脱原発を決めた。台湾でも市民のデモによって、新規の原発(台湾電力・第四原子力発電所)が建設中止に追いこまれた。
 事故の当事国である日本でも、もちろん圧倒的多数の国民が原発廃止を望んでいる*。すべての原発が停止した二〇一四年夏、電力需要のピーク時に電力はじゅうぶんな余裕があり、原発を全廃しても日本経済に影響がないことはすでに証明されている。
 それなのに、日本はなぜ原発を止められないのか。
*?脱原発「賛成」七七%、原発再稼働「反対」五九%(「朝日新聞」世論調査/二〇一四年三月一五、一六日)

 ◆オモテの社会とウラの社会

 この問題を考えるとき、もっとも重要なポイントは、いま私たちが普通の市民として見ているオモテの社会と、その背後に存在するウラの社会とが、かなり異 なった世界だということです。そしてやっかいなのは、私たちの眼には見えにくいそのウラの社会こそが、法的な権利にもとづく「リアルな社会」だということ なのです。
 PART1の最後でご説明したとおり、オモテの最高法規である日本国憲法の上に、安保法体系が存在するというのがその代表的な例のひとつです。
 「そんなバカな。めちゃくちゃじゃないか」
 とあなたはおっしゃるかもしれません。私もそう思います。しかし現実の社会は、そのめちゃくちゃな法体系のもとで判決が出され、権力が行使され、日々経 済活動がおこなわれているのです。ですからその構造を解明し、正しく変える方向に進むことができなければ、オモテの社会についていくら論じたり、文句を 言ったりしても、まったく意味がないということになってしまうのです。
 さらに複雑な問題があります。PART1でご説明した。

 ◆矢部宏治 やべ ・こうじ
 1960年、 兵庫県西宮市生まれ。 慶応大学文学部卒。 (株)博報堂マーケティング部をへて、1987年より書籍情報社代表。 著書に 『本土の人間は知らないが、 沖縄の人はみんな知っていること―沖縄・米軍基地観光ガイド』(書籍情報社)、 共著書に 『本当は憲法より大切な「日米地位協定入門」』(創元社)。 企画編集シリーズに「〈知の再発見〉 双書(既刊165冊) 」「J.M.ロバーツ世界の歴史・日本版(全10巻) 」 「〈戦後再発見〉 双書(既刊3冊) 」 (いずれも創元社)。集英社インターナショナル1

 集英社インターナショナル 主要出版物 【日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか 矢部宏治・著】 2015年05月10日 09:30:00 これは参考資料です。 転載等は各自で判断下さい。

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