mitakeつれづれなる抄

普段いろいろ見聞き感じ考え、そして出かけた先で気になることを書き綴ったブログです。

街道の宿場の中心施設は問屋場

2015年08月12日 | うんちく・小ネタ
 東海テレビの午前の番組に「スイッチ」という番組があります。情報ワイド番組の位置づけで、2年前の入院中に、この番組があるを知りました。
 その中に、不定期ですが東海テレビの高井一アナウンサーによる「はじめまして」のコーナーがあり、2年前に見たときは、物づくりの体験、今は街道を行くというサブタイトルで、旧街道を歩いておられます。
 名古屋と中山道の垂井を結ぶ美濃街道に続き、今は中山道を垂井から東へ向かって歩いています。
 今日の放送で、やっと鵜沼の宿に着きました。加納の宿から鵜沼の宿はざっと17kmあり、かなり離れています。

 そして気になるのは、それぞれの宿場で、本陣や脇本陣を紹介しています。
 本陣。脇本陣が宿場の中心かのように。

 宿場で一番の中心は、問屋場(といやば)です。
 そもそも宿場は、文字で書くと「宿」場で、旅人の宿泊施設が多く集まったところ、という認識の方が多いですが、宿場の宿屋はむしろ付帯設備で、宿場の最重要施設は「問屋場」です。
 問屋場は人馬の継立の業務を行うところで、幕府公用の書状や物品を次の宿場に移送する業務を行うところです。
 また大名行列の人足と馬を取り次ぐ業務もあり、幕府の意志を全国に伝送させる重要な業務を行っていた場所で、人・物品の移動が暫し止まるところなので、宿屋も集まり、宿場の町が出来てきました。
 「宿場」なので、大名が宿泊する華やかな施設で、本陣・脇本陣が中心のイメージなのだろうと思います。

 しかし宿場の業務で最重要施設は問屋場です。

 この江戸時代の宿場、明治維新で王政復古により、宿場の以前の名称であった「駅」を復活させ、「宿」を「駅」と改めました。
 明治初期の地形図で、鉄道も無いのに「何々駅」とあるのは、街道の旧・宿場です。

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