よく顔の無表情を「能面のような顔」とか言いますけど、能面はそれ自体は何の変哲もない人間の顔形したお面を一度能役者がかけると、とても表情豊かなものになります。
先ず基本的なおさらい。能で用いられる面だから能面ですが、登場する人が全て面をかける(能面をつける事を「かける」と言う)わけではありません。能は登場する人物でシテ方とワキ方に分けられます。そのうちのシテ方のうち、現代人(この世の人の意味)の青壮年以外の役の時に能面をかけます。
能は主役であるシテ中心主義で作られており、シテの表情を役者の技量で表現します。喜び、悲しみ、怒り、などなど心のありかを表現し、その中でも顔に関わる表情を能面の傾け方で表現します。喜びは僅かに上向きとする「照り」、悲しみを僅かに下向きとする「曇り」、怒りは面を斜めに急に動かす「切る」、といった形で表現します。
これは舞台上で能面をかけている姿だけでなく、能面だけを傾けてもそう見えるもので、これを名古屋大学大学院の情報科学の研究グループが迫ったのだそうです。
詳しくはこの新聞スキャナを見て戴く事にして(クリックで拡大)、見る角度の違いで表情の違いを表す例えを、レオナルド・ダ・ビンチの絵画「モナリザの微笑」を引き合いに出しているところが学者先生なんですね。モナリザも見る角度の僅かな違いでいろんな表情に見えるそうで。私は実物を見た事がないのでなんとも言えませんが。
新聞記事の挿絵によれば、上向きの「照り」の時、悲しみの要素が2つ、喜びの要素が1つとなるのは、能らしい逆説的な表現ですね。いい文章が思い付きませんけど、普段から能を見ている理由もありますが、分かるような気がします。
逆説的な話では、能面の多くは目の部分を四角く切ってあります。名古屋能楽堂の資料展示室では体験用の能面がありますので、機会があればひっくり返して裏を見ていただければと思います。目のところが四角いはずです。(体験用なので違ってたらすいません)。四角い目の孔が、不思議と丸く見えるんです。
そして能面には盲人用の面があります。弱法師(よろぼし)という曲のみ使われる、同名の能面。役柄は目が見えない人なのですが、能面の弱法師は、目が細く横に長く切ってあり、能面をかけた時は一番よく見えるものなのです。目の見えない役の役者が却って一番よく見えるのは、まさに逆説的ですね。そうした中に能の美が潜んでいるように感じているんです。