2020年12月31日 読売新聞「編集手帳」
東京・丸の内の銀行に勤めていた詩人の石垣りんさんは朝、
会社近くの街路樹の下に空になった盛りソバの器を見かけた。
そこは靴磨きの老いた女性たちが終戦から20年以上座っている場所であった。
「信用」と題して詩を書く。
<重大なのはごく最近
そばやが出前をはじめたことだ
財産といったらほうきと座ぶとん
木箱一杯の商売道具…
「置いといてくれればいいです」と出前持ちに言わせた
老女たちの領域
領域のひそかな繁栄>
丸の内のビル街は今、
幻想的なイルミネーションが夜を照らす。
マスク姿の人が詰めかける景色が年の瀬に見られた。
過日、
その人波に混ざった。
“密”防止を呼びかける記事を書き連ねながら、
いつもの通勤路とはいえ、
そこに身を置く矛盾を思った。
光に魅せられつつ、
靴磨きの女性たちが懸命に働いたという街路樹を探すと戸惑いが増した。
商店が次々に廃業している。
看板の外れた店の跡は、
働く人々がこつこつと築いたひそかな繁栄を陰らせる景色だろう。
街で食事したり買い物したりするのはいいことか悪いことか。
よく分からなくなった悲痛な年が暮れゆく。