松実ブログ

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歪んだ愛情(コンプレックス) G

2006年08月03日 16時31分26秒 | Weblog
奈良県で自宅に放火をして母・弟・妹を焼死させてしまった少年。
逮捕後に、彼の父が少年と面会した時のやりとりをまとめた手記が、今日の新聞に載っている。
昨日の夜のニュースでも大きく取り上げられていたので、見た人は多いでしょう。
少年が父親に「ごめんなさい」と涙を流しながら謝り、父も息子に「暴力振るったパパを許してくれ」と謝った・・・。
父は息子も自分と同じ道を歩かせよう、つまり医者にさせようと、勉強に関してはかなり厳しかったと報道されている。殴ったり髪を引っ張ったりすることが度々あったと。

その重圧に耐え切れず、彼は自宅に火を放ってしまったのだろうか。

「それが動機なら、少年はまず父親を殺すことを最優先に考えるはずではないだろか」とテレビのコメンテーターは言っていた。
果たしてそうだろうか。
放火をする前の少年にとって、この世で「一番自分を認めて欲しい人」は父親であったはずである。「お父さんに認めれたい」その一心であったはず。そう思って一生懸命勉強してもなかなか思うように成績が振るわず、また「父親に認めてもらえない」という恐怖感・孤独感は彼をとても苦しめただろう。
「父親に認められたい気持ち」と「勉強がうまくいかないいらだち・苦しみ」が混ざり合い、父親以外で、父親に最も近く大切な人々を消そうと考えたのではないだろうか。

どんな理由があるにせよ、放火や殺人が認められるはずがない。幼い弟や妹の将来や夢を無残にも、彼は自分の手で奪ってしまった。

「一緒に一生罪を償っていかなければ」と父は息子に言ったそうだが、彼は初めてその時父親に認められた気がしたのではないだろうか・・・。
こんな事件を起こした自分を見捨てずに、そばに寄り添ってくれる「父親」、自分に対して大きな愛情を持ってくれている「父親」がいるのだと、彼は初めて安心したのではないだろうか。

家族の意義が問われる昨今、悲惨な事件や事故によって家族を失ってからじゃないと、その大切さや尊さが分からなくなってしまったのだろうか。いや、ほとんどの人々が、そんな目に遭わなくても、家族を大切にできていると信じたい。皆さんはどうですか。