湖南省城頭山遺跡と稲作の起源
安田教授が参画する日中共同の発掘調査が城頭山遺跡で開始され、炭化米が出土した。その年代は7800±760年前とのC14年代測定の結果であった。稲作の起源は8500年前まで遡る。長江下流の浙江省河姆渡(かもと・かぼと)遺跡の7600―7030年前より、長江中流域の稲作の起源は古かった。
長江中流域において約6300年前に都市型集落が誕生する。それが中国最古の都市型集落の城頭山遺跡である。直径360mの円形の城壁に囲まれた10万㎡の遺跡である。現在地表に露出している円形の城壁は5300年前の屈家嶺文化期のものであるが、その城壁の下部に大渓文化早期(前4300年頃)つまり6300年前まで遡る中国最古の城壁であることが判明した。ここから稲の籾殻とプラントオパールが大量に検出され、大渓文化中期以降、城頭山遺跡周辺では稲の栽培が盛んになった。
城頭山遺跡の東南約1.5kmのところに彭頭山遺跡がある。そこからは8600年前の稲籾が発見されている。
<続く>
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