飾釦

飾釦(かざりぼたん)とは意匠を施されたお洒落な釦。生活に飾釦をと、もがきつつも綴るブログです。

僕は知らない寺山修司NO.166⇒実験演劇室◎万有引力公演「サード」

2010-08-10 | 寺山修司
■日時:2010年8月4日(水)19:00~
■劇場:笹塚ファクトリー
■台本:寺山修司
■演出・音楽:J・A・シィザー
■共同演出・構成台本:高田恵篤
■出演:テツ、小林圭太、森陽子、木下瑞穂、高田恵篤、村田弘美、他

先週のことですが、実験演劇室◎万有引力による「サード」を見てきました。作品のベースは寺山修司が脚本を担当した映画「サード」(昨日、記事をアップ)。映画がベースとなっていますから万有引力らしからぬ?もしくは寺山修司らしからぬ?ストーリーがはっきりとしている舞台でした。ボクは事前に映画を見ていたのでそれのストーリーを追っかけることもなく場面場面をじっくりと楽しむことができたのです。それが効を奏してか?とても面白かったです。座席も前の方で役者の息吹も感じられ熱い舞台の熱気が伝わってきました。映画よりボクはこの万有引力の舞台の方がはるかによかったなあと思いました。

この作品の場合は、いかにサードという人物に感情移入、もしくは同化して見ることができるかという点がひとつのキーになるんだろうなと。「サード」は野球、少年院といったような素材を通した<自分探し>の芝居であるからです。そこでは主人公のサードが吐く台詞に何らかの共鳴を見出だせないとその<自分探し>が暗くいじけたセンチメンタルなものに見えてしまいかねません。サードが少年院へ護送中にみた風景の中に自分の存在を再び確認するための場所として設定した夢見る場所「九月の土地」は 、実は自分の心の中にしか存在しないんだとラストに語るとき、<自分探し>の旅は、それこそ青年の特権ではなく年齢や性別など関係なくいつでもどこでも始まるんだとボクは読み取ったメッセージがあります。そこに心を揺らすにはやはり主人公のサードへ感情を移入することが必要でしょう。ボクは映画より万有引力のバージョンの方にそれができたと感じました。

万有引力による「サード」は寺山修司の脚本の展開の順番を入れ替え時系列に話を構成し直していました。また後年、大人になった短歌なるあだ名を持った少年院に入っていた男を語り部として付加させて、サードなる男のさ迷える魂をひとつの神話的存在へと引き上げているように感じました。大人時代の短歌を演じたのは高田恵篤、寺山修司在命中の天井桟敷にいた役者です。万有引力の看板役者になり、その後しばらく離れていたようですが、また復帰したんですね。ボクが彼をみたのは20年前くらい、その時は野獣のような存在感を感じたのですが、今は髪に白く混ざるものもあり、歳を取ったなと。



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