♦️279の8『自然と人間の歴史・世界篇』カメラの発明(1824~1871)

2021-01-19 20:54:04 | Weblog
279の8『自然と人間の歴史・世界篇』カメラの発明(1824~1871)

 印刷のみならず、新たな記録方法の実用化の目処が立ったのは、1824年のことだった。フランスの化学者ニセフオール・ニエプス(1765~1833)は、テレビン油にアスファルトを溶かし、それを銅板に薄く塗り、次に、それを「ガメラオブスキュラ」と呼ばれる、暗い部屋の壁に小さな穴が開いた装置に取り付けてみた。
 その状態で長時間露出したところ、光があたったところは固くなり、像が記録できるのを発見した。
 しかし当時は鮮明な画像は撮影できず、また露光時間に6~8時間を要したという。
 ニエプスは、その後、画家のフランス人ルイ・ジャック・マンデ・ダゲール(1800~1877)と語らい、ともに研究を重ねていく。そしての1839年には、「銀塩写真法」を発明する。
 これは、銀板にヨウ化銀の薄い膜につくったものを感光材料に用いるものであり、同時に、銀板を食塩水で浸して安定させることで、現像及び定着の基礎も築くのに成功する。
 
 このカメラ技術は、さっそく実用化され、同年にフランスのジルー社から世界初のカメラ「ジルー・ダゲレオ・タイプ・カメラ」として発売された。かかるダゲール型のカメラにいたると、木箱に凸レンズ、反射鏡、すりガラスを使って銀板に風景を定着したと言えよう。
 
 その翌年の1840年には、イギリスのウィリアム・タルボット(1800~1877)が、紙を支持体にした感光紙を用いる方法を発明する、これには、「カロタイプ写真法」(「(紙)ネガ・(紙)ポジ法」)という名前が付く。
 これだと、1枚だけではなく焼き増しができ、また、紙ネガから陽画(陰画を感光紙に焼き付けた、明暗が実物どおりに反映される写真)に焼き付ける方法であることから、露光時間は2~3分と大幅短縮されたという。

 それからも、開発・改良の競争は、続いたようだ。1851年には、イギリス人の科学者フレディック・アーチャーは、ガラス板に「コロジオン」という塗料を塗布しての感光膜を使った「湿板写真法」を発明した。ころやり方によると、露光時間は10秒以下にまで短縮されたという。
 さらに、1871年には、イギリス医師リチャード・マドックス」が、「乾板」に着目し、これに、写真乳剤を塗布して乾燥させたガラス板を使用する方法を発明した。これだと、撮影者は感光膜を作ることなくして、生産された製品で撮影が出来るとの理屈だ。
 
 
 なお、いまでは高度化して、スマートホンにも内蔵されているカメラなのだが、その原型を市民レベルで知ることは大事てあり、例えば、「手作りカメラで写真を撮ろう」という見出しで、身近な材料を使ってカメラを自作するコーナー(有馬朗人・佐藤次郎編著「科学はやっぱりおもしろいー夏休み中学生科学実験教室」丸善、2004)もあることを紹介しておきたい。
 

(続く)


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