まろねふの廊下からの呟き

中年オヂさんの呟き転じて、人生備忘録となる…

島原鉄道キハ26

2006年02月26日 | 廊下から
もう10年も前になりますか、島原鉄道の国鉄型気動車に魅せられて通った事がありました。
島原鉄道の気動車といえば、急行「出島」の先頭に立って国鉄線を走る姿を思い浮かべます。国鉄キハ26の両運転台タイプで冷房車、特急型のような3本ヒゲの入った正面。初めて写真を見たときのインパクトは強烈でした。
そんな思いから、あるきっかけから模型で再現するようになり、出来たその数14両、更にもう5両のキットが深い眠りについています(笑)
そんな島鉄に初めて訪れたのが、普賢岳噴火以降の92年8月で、全線がまだつながっていました。島原外港~深江間が不通となった95年11月と翌年5月にも訪れ、DMH17Cのエンジン音を十二分に堪能しました。セノハチさんの名言も生まれたのもこの時でした(爆)

今回はキハ26を振り返ってみましょう。
キハ26は01~03までが製造され、01・02が旅客車としては珍しかった新三菱重工三原で、03が川崎重工で製造されました。詳しい経緯は省きますが、水無川土石流災害での分断時には深江~加津佐間の南目線で02・03が使用されていました。2回目に訪れた95年11月に念願のキハ2602に乗車する事ができ、準急型気動車を充分に堪能する事が出来ました。南目線の日中は単行運転でしたがラッシュ時には2~3両編成で運転され、私が訪れた時も5503+2014+2602の3両編成に運良く乗車する事ができ、そのサウンドにしばらく酔いしれたものでした。


96年5月11日 竜石~西有家 キハ2603


95年11月2日 深江駅 キハ2602+2014+5503


キハ2602 深江駅


キハ2602 加津佐側運転席


同客室


狭~いトイレ


製造銘板

今度の機会に、キハ20・55や当時見られた廃車体も紹介していこうと思います。

ある日の車庫

2006年02月24日 | ひろでん
昨日より、通常の仕業に戻りました。やはり電車の運転は楽しいですね。私が戻った日から、グリーンムーバーMax第三編成、5103号も営業運転を開始しました。
今や連接車が多数となった千田車庫ですが、私が運転士となった15年前では、宇品線で連接車なんて考えられませんでした。いつまでもボロの単車ばかり運転するのかと思ってもいました。一時見られなくなった全面広告車(しかも連接車)も復活し、華やかになった反面、味わいのあるボロ電車もずいぶんと減りました。今年の春には被爆電車650型も2両が戦線離脱をします。64年間よく頑張りました。


2月23日 朝ラッシュを終えた千田車庫にて


2月24日 通称“洗い場”で休む652号と1156号
写真の652号は当面は残る予定です。

ふと客車が…

2006年02月23日 | 廊下から
昨日、4ヶ月振りに職場に復帰して乗務訓練を行いました。9:00出勤の日勤勤務扱いだったので、1・3・5号線を1往復ずつ車両を選びながら乗務しました。Max2号が一番緊張しました…怖かった(汗)

昨夜、自宅でふと古いアルバムを捲っていると、以前訪れた大井川鉄道の写真が出てきました。懐かしい旧型客車、特に浜田区に在籍していたオハ46-512(現オハ47-512)やオハ46-398(現オハ47-398)を見ると、子供の頃の記憶が思い出されます。

写真は94年夏に訪れた時に「川根路」号の車内からです。先頭の客車から後ろ向きに撮影しましたが、何だか昭和の忘れた記憶が蘇ってくるような気がします。


これまた最近気が付いたシリーズなんですが、写真のオハフ33-469は尾灯を撤去しているのですね。通路には扉のようなものも… これは実車を見に行かないといけないのでしょかね…


今宵の肴…

2006年02月20日 | 泥沼より


以前から気になっていた、Nゲージのミニエンドレスのセットを、行きつけの模型店で買ってきました。たまたまコントローラーが委託品で安く出ていたのでついでに… ナローを走らせようとワールド工芸の静鉄シリーズを乗せて見ました。
曲線が思ったよりキツイので、動力車の向きによっては、客車が連結できません。乗工社の製品はアウトでした… ナローの小型機関車なら走りそうなんで、競作が落ち着いたら作ろうかな~

今宵は駿遠線を肴に、竹原の地酒を一杯… あぁ~旨い!!

<お知らせ>
私が所属する「広島鉄道模型友の会」の公式ページを立ち上げました。毎月の例会の様子、会員の珠玉の一品を紹介していこうと思います。本州の西の方で活動する模型クラブを知っていただければと思います。当ブログから直接リンクしておりますので、是非ご笑覧ください。

キハユニ26

2006年02月17日 | 廊下から

昭和58年 三江線 江津本町~千金


同列車 江津本町

今では、キハ120が単行で走る三江線ですが、国鉄時代には写真のような長大編成(5両)も運行されていました。とはいえ、写真の列車は運用の都合上でのことで、基本は浜田区のキハ×2と三次区のキハ×2、一部の列車は浜田区のキハユニが江津~浜原間で使用されていました。この列車、ホームから外れるのが当たり前、今のように自動扉ではないので問題なかったようです。
浜田のキハユニは晩年はキハユニ26でしたが、以前はキハユニ15(貫通型改造車)が、その前はワフが代用として、更にその前はレールバス改造キユニ01が使用されていました。
私が3~4歳頃に、このワフのデッキに乗ろうとして親に叱られた記憶がうっすらとあります。この気動車+ワフの編成は記憶だけの世界だと思いきや、実はピクトリアル誌80年4月号「10代気動車特集」P78に石見川本駅で気動車からワフを切離し手押し入換をしている写真があります。是非、模型で再現しようと意気込んで、出来たのはワフだけで気動車はキットのまま…結局、オチはそうなんでが(笑)