ビールを飲みながら考えてみた…

日常の中でふっと感じたことを、テーマもなく、つれづれなるままに断片を切り取っていく作業です。

【映画】風立ちぬ:宮崎駿のラスト長編作品が残した課題

2013年09月07日 | 映画♪
総論としては一度は見た方がいい「良質な作品」。ただどうだろう、引退宣言をした宮崎駿監督の最期の長編作品だと思うと「ものたりない」というのが正直な感想。予告編が非常によかっただけに、宮崎駿氏の想いやメッセージ、あるいは作家性というものがもう少し出ているのかと思っていたのだけど、そうではない。

「創造的人生の持ち時間は10年だ」

映画の中でカプローニが二郎に語ったセリフ。その言葉が重なり合う。宮崎駿時代は「もののけ姫」をピークに終わってしまったのか…

【予告編】




【あらすじ】

大正から昭和にかけての日本。戦争や大震災、世界恐慌による不景気により、世間は閉塞感に覆われていた。航空機の設計者である堀越二郎はイタリア人飛行機製作者カプローニを尊敬し、いつか美しい飛行機を作り上げたいという野心を抱いていた。関東大震災のさなか汽車で出会った菜穂子とある日再会。二人は恋に落ちるが、菜穂子が結核にかかってしまう。(「シネマトゥデイ」より)

【レビュー】

映画の冒頭からまずちょっと違和感。これまでの宮崎駿の作品であれば、その時々でそれまでのアニメの水準を超えた美しい風景に出くわすはずなのだが、きれいな風景ではあるのだけれど、こだわりが弱いというか、ただ美しい風景なのだ。それは例えば宮崎駿以外のジブリ作品のように、はっとするような感動はない。むしろ細田守監督の「おおかみこどもの雨と雪」の方がそういったこだわりを感じられた。

そして物語。日本人としての矜持の象徴ともいうべき堀越二郎が苦難を乗り越えながら、世界に渡り合える日本の飛行機を作り上げていく姿と菜穂子との出会いと別れを描いた物語。時代は大正から昭和へ。不景気と貧乏、病気、そして大震災と、まことに生きるのに辛い時代。そしてそれは戦争へと突き進む時代でもあった。

これまでの宮崎駿作品のように、寓話やファンタジーという世界観であれば、それぞれの登場人物の持っている苦悩や葛藤、感情の起伏などはそれぞれのシーンでさらっと流すことで伝えることが可能だったのだろうが、今回の作品のようにリアリティのある時代背景や人物像をもとにしたとき、物語の中でそれぞれの登場人物の掘り起しが弱くなってしまっている。

堀越二郎にとっての挫折や苦悩が何だったのか、菜穂子との恋に落ちていく様は何だったのか――ファンタジーであれば許された方法論が、リアリティを伴った物語になったとたん、どうしても浅くなってしまった気がする。いや、これはアニメという表現自体が「静かな物語」に対して、まだうまくアプローチできていないということだろう。映画や舞台であれば、役者の微細な表情や声色の変化、役者間が醸し出す雰囲気で伝わる関係性が、静的な表情になりがちなアニメではうまく表現できないのだ。

そして何よりも、今回の作品に深みを与えられなかった要因は「声優」の問題だろう。

もともと宮崎駿氏はいわゆる専属の「声優」を起用しないことで有名。それは俳優を起用することで「話題性」を創り出すことができるという要素もないわけではないだろうが、むしろアニメや吹き替えを主戦場とする専属声優がいかにも「声優的」な声の出し方をしてしまうからだろう。声優的な声の出し方は、好きな人は好きだろうが、やはり大仰で興醒めだ。

そのためにより「普通」の喋り方ができる俳優が起用されるのだろうが、それでも実際の会話よりもそれっぽく聞こえるように演じてしまう。

堀越二郎が技術者であり研究肌のタイプだとすると、実際の話し方は、今回、声優を務めた庵野秀明さんのような話し方かもしれない。しかし実際にそうだとしても、こういった感情の起伏の薄い話し方では、観客にとっては感情移入が非常にしづらくなる。感情移入ができなければ、物語がたとえ良くても興醒めになってしまう。声優だろうが俳優だろが、現実とは違うかもしれないけれど、それらしいと観客に思わせる技術をもっているのだ。

そして里見菜穂子役の瀧本菜穂子についても、果たして、何故、自分が選ばれているのかを理解していないと思う。もちろん女優だけあって、庵野秀明さんに比べても、遥かにそれらしく聞こえるし、感情移入もしやすい。しかし俳優として参加したというよりも、声優っぽい話し方をした俳優という感じがする。「カリオストロの城」のクラリス(島本須美)になり切れなかった声優という感じで聞こえてしまう。

黒川を演じた西村雅彦や服部を演じた國村隼らがいい味を出していただに、変にアニメを意識しない方がよかったのだろう。

ちょっと厳しい指摘をしたけれど、作品そのもそのは決して悪くはない。

関東大震災のシーンはやはり胸が熱くなったし、菜穂子と二郎、そしてそれを取り巻く人々のシーンはやはり心を打つ。

また零戦を設計したことで有名なはずの堀越二郎に対して、零戦の前段階で物語の進行を留めたことや要所要所でのセリフを見る限り、宮崎駿氏らしい「反戦」を前提としていることも伝わる。

ただやはりこれが最終作品だというには、ものたりないのだ。「生きろ」と訴えかけた「もののけ姫」があれだけの圧倒的なメッセージがあったのに比べて、東日本大震災後の世界に対して「生きねば」と掲げたのならば、やはりもっと宮崎駿自身のメッセージが聴きたかったと思う。



【評価】
全体:★★★☆☆
予告編が煽りすぎ:★★★★★
ユーミンの「ひこうき雲」のイメージが…:★★★★★

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ひこうき雲 / 荒井由実

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