Opera! Opera! Opera!

音楽知識ゼロ、しかし、メトロポリタン・オペラを心から愛する人間の、
独断と偏見によるNYオペラ感想日記。

Sirius: LA BOHEME (Tues, Apr 1, 2008)

2008-04-01 | メト on Sirius
来る土曜日(4/5)は、ライブ・イン・HDの上映日ともなっている『ラ・ボエーム』。
ということで、今日のSiriusの放送は、その直前の回の『ラ・ボエーム』ですので
(水、木、金は違う演目の公演)、前哨戦としてライブ・イン・HDにむけての感触をはかるべく、
今日も自宅鑑賞会であります。

現在メトで上演されている『ラ・ボエーム』はフランコ・ゼッフィレッリの演出で、
メトの最も人気のあるプロダクションの一つとして長らく上演されているものです。
『ラ・ボエーム』は音楽作品として素晴らしいのももちろんですが、
メトでの公演には、その上にこのプロダクションの視覚的な贅沢も加わるので、
今日のようにラジオだけで聴くのは非常に寂しいのですが、その楽しみは土曜まで我慢。

さて、ロドルフォを歌うラモン・ヴァルガス。
この人は比較的いつも安定した歌を聞かせるのですが、私の好みからすると、
少しこの役には、声のカラーというよりも、重量感の面で、軽すぎるような印象を受けます。
バーデン・バーデンで、ネトレプコやガランチャ、テジエと組んだガラでも、
”冷たい手を”を歌っていますが、高音なんか軽々出ているのですが、
もうちょっとがしっと根がはったような足腰の強さが声にほしい。
たとえば、パヴァロッティは通常でいう声の軽さという意味では、ヴァルガスに負けないくらい、
いや、若い頃についていえば、ヴァルガス以上に軽いですが、
でも、彼の歌うこのアリアを聴くと、それでいて骨格がしっかりしているというのか、
どしーっとした力強さも感じさせます。
ヴァルガスの歌はそれに比べると浮き草のようなのが、やや不満といえば不満でしょうか。

で、そのバーデン・バーデンの映像ではわりとヴァルガスの調子がいいにも関わらず、
私はそのような軽い不満を持ってしまったのですが、しかし、、、。

今日のこの公演、ロドルフォの決め球アリア、”冷たい手を Che gelida manina "
の最初の音が出てきた瞬間、驚きました。
なんとキーを下げてきましたね、ヴァルガス。
うーん。そう来ましたか、、。

この”冷たい手を”には、最後に近い部分のsperanzaという言葉にハイCが入っていて、
これは、スケートでいうと最高難度の技にあたります。

オペラでは、キーを下げるといっても、通常半音か、せいぜい全音で、
それでも多くの人間にはとても真似のできない高音なのには間違いないのですが、
その少しの差が大きい。
特にこういう超高音が入っているアリアでは、その音が出たときの興奮度が、
オリジナルのキーで歌われているときと、下げて歌われているときでは全く違うのです。

それは、スケートの四回転ジャンプと三回転半ジャンプにも例えられるかもしれません。
このヴァルガスの例をとると、二日(今日の公演と、ライブ・イン・HDの公演)続けて
4回転ジャンプを飛ぶ(ハイCを出す)予定にしていたのを、
一日目のそれを突然3回転半に差し替えるのと近いイメージでしょうか。

本当は、一日目にもすばらしい4回転ジャンプを見せて、その勢いで二日目も4回転、
というのが、本人の気分的にも一番理想的だと思うのですが、
一日目が3回転半になると、それまでに本番で4回転を決めたことのないまま、
一番重要な日にその最高難度のジャンプを飛ばなければならないという
余計なプレッシャーが加わります。
しかし、一日目で4回転に挑戦して失敗すれば、それはそれで二日目にもっと大きなプレッシャーが
加わるということで、本人のコンディションも加味して慎重に決めねばなりません。

あと、オペラの場合は、キーを下げる場合、事前に指揮者とオーケストラにその旨を伝えておかねばならず、
直前に自分の意思だけでオリジナルで歌うか、低いキーで歌うかを決めるわけにはいけません。

このように個別のアリアのキーを変えるというのは、歌手のコンディションにより、
たまにあることですが、しかし、また一方で本来はこの役を歌うからには
オリジナルのキーで歌うことが期待されているわけで、ライブ・イン・HDの大舞台でも
キーを下げて歌うというのは、ちょっと考えにくいです。

ということで本人が絶好調であれば、おそらく今日はオリジナルで歌ったでしょうから、
キーを下げてきたということ自体、ベスト・コンディションではないことも伺わせ、ちょっと心配ではあります。
ただ、土曜日のために、コンサバな安全策をとっている可能性もないことはないでしょうが、、。

私がこのアリアを聴いた限りでは、最高音以外の個所も、ややいつもの彼らしくない、
足元がおぼつかない歌いぶりで、前者のケースを疑わせる理由になっています。
土曜までに、彼らしい声と歌が戻ってくることを祈りましょう。

さて、ゲオルギューが歌うミミ。
出だし、オケのテンポを全く無視して独自な拍子で歌っていたのは、
彼女もやや緊張気味だったのでしょうか?
私は彼女の少しきつく聴こえがちな声のトーンと歌唱方法が、
この役にはあまり合っていないように感じるのですが、
その最初の妙な拍子以外は、アリアの途中から声も伸びてきて、好き嫌いを抜きにすれば、
悪くはない出来です。
ただ、好き嫌いを抜きにしなければ、私は彼女が歌うこの役には、正直、まったく感情移入できません。

人気歌手の中では、このミミ役、ネトレプコが昨シーズン一度きりメトで全幕を歌ったり
(まだその時は役があまり練れていなかった)、
CDでもヴィラゾンと『ラ・ボエーム』の一幕からのシーンを挿入していたり(このCDや
ヴィラゾンと組んだメトのガラではだいぶ役の掘り下げに進化が見られた)、
先述のバーデン・バーデンのガラでも同じシーンをヴァルガスと歌ったり(さらに良くなっていた)と、
この役に近々、本格的に取り組みそうな予感がありますが、
私はゲオルギューに比べると、ネトレプコのミミの方に共感を覚えます。
しかし、ゲオルギューのミミは実際に舞台で見たわけではないので、
それ以上の感想とコメントは土曜の公演のレポまで控えたいと思います。

ルイゾッティの指揮は、最後の最後でやっと火がついた感じでしたが、
最後に火がついても、、。
特にロドルフォのルーム・メイトたち(マルチェロ、ショナール、コッリーネ)のアンサンブルを、
少しまとめきれていないような印象も受けました。

昨シーズンは別々の公演日に、
マルチェロにクウィーチェン(今シーズンのルチアのエンリーコ兄貴)や、
コッリーネにレリエー(同じくルチアのライモンド、マクベスのバンクォー)といった歌手が入っていて、
アンサンブルが彼らを中心に非常にしっかりしており、それに比べると今年のメンバーは今ひとつ。
テジエは良い評判を聴くので楽しみにしているのですが、本領発揮は土曜か?

とこういうわけで、Xファクターが多くて、
土曜の公演がどのような結果になるかは、まだまだわかりません。
期待しましょう。

と、こんなシンプルなレポでは申し訳ないので、今日は続けてCDの紹介に行ってしまいます。
ヨナス・カウフマン Jonas Kaufmann の ”Romantic Arias ロマンティック・アリア集"を紹介いたします。

この、ヨナス・カウフマンの新しいCDに収録されている、『ラ・ボエーム』のアリア”冷たい手を”については、
今”観て”聴いておきたい~男性編でも少し触れましたが、
その後、私は毎日最低一回は、彼が歌うこのアリアを聴いてます。
飽きるどころか、ますますこのアリアのこの歌唱はものすごく素晴らしいんではないか?という思いを強くしています。



デッカも彼も自信の歌唱と見え、CDの一曲目をこの”冷たい手を”が飾っているのですが、それも当然。
これをお聴きいただけば、私がこのアリアにはしっかりと根の生えた、
足腰の丈夫な声が必要、と感じる理由がおわかりいただけると思います。
ハイCを出せる歌手はそこそこの数いると思いますが、このアリアでこの音が歌われるとき、
そこには聴き手を根こそぎつかんで無理矢理高みにつれていってくれるようなスリルがなければ。

その意味で、このカウフマンが歌うそれは、”えっ?この声であのハイCが出るの?”と
最初に猛烈な期待を持たせ(というのは、彼の声にはバリトニックなカラーがあるので)、
それがメロディが盛り上がるにつれて次々と高音を獲得していく様はスリル満点。
ハイCの個所は、何度聴いても、皮膚の下で血が沸騰します。
このアリアを録音しているテノールはあまたいますが、あえて、
私はあのパヴァロッティ様よりも、このカウフマンの歌唱をとるかもしれないくらい、
この”冷たい手を”での彼の歌唱が大好きです。

ヴァルガスがライブ・イン・HDの公演に向けて、体調を崩したとなったら、
世界のどこにいようとこのカウフマンを無理矢理NY行きの飛行機にのせるべき!!
彼がこのライブ・イン・HD『ラ・ボエーム』のロドルフォを歌うことになっていたなら、
これは非常に面白いことになったかもしれないのに、と心底思います。
(ただし、全幕を舞台で歌っているのかは、よく知りません。
でも、ノー・問題。このアリアさえこんな風に歌ってくれれば、私はそれだけで満足できます。)

これ以外では、実演で何度も歌っている『椿姫』のニ幕からのシーンがさすがに練れてます。
ロドルフォとかアルフレードとか、純情一徹系の役を歌わせると彼は本当に良い。

フランスものも頑張ってますが、『カルメン』の花の歌よりは、
『マノン』からのデ・グリューのアリア、”消え去れ、優しい面影よ Ah! Fuyez, douce image "や、
『ファウストの劫罰』からの自然への祈願(”広大で奥知れぬ崇高な自然よ Nature immense,
impenetrable et fiere ")がよい。
特に後者のファウスト役は来シーズンのメトで、ジョルダーニが歌う予定になってますが、
これもヴァルガスに続いて差し替え希望。
そうです、今日の私は言いたい放題言わせていただきます。

『魔弾の射手』からの”森を過ぎ野を越えて Durch die Walder, durch die Auen ”も聴かせるし、
彼はこの広いレパートリーも魅力の一つです。
浅く広くは最悪ですが、広くてもここまでどれも深ければ、大歓迎!!

逆に、『ドン・カルロ』からの曲はまだまだ磨きたりない感じがします。

三曲目に収められているフロトウの『マルタ』からのアリア、
”ああ、かくも素直で愛らしい Ach! so fromm”は、シンプルながら、美しい曲。
このCDで初めて知りました。

指揮はメトで毎シーズン振っているマルコ・アルミリアート(今年は『椿姫』。そういや昨シーズンも『椿姫』
マルコ、もしや『椿姫』専門?)
そのいつでもサービス精神旺盛、指揮をするのが本当に楽しそうな様子は、
見てるだけでポジティブになれる、ディドナート系で、私は好きです。
そんな彼がまとめるプラハ・フィルは、音は一級ではなくとも、何かカウフマンの熱唱に感化されたような
演奏を聴かせていて、この手のアリア集の伴奏にしては悪くありません。

いろいろ書きましたが、”冷たい手を”一曲だけとっても、
あまりに何度も聴いたので、すでに十分もとは取った、と思えるほど。
当ブログより激しく推薦。


Ramon Vargas (Rodolfo)
Angela Gheorghiu (Mimi)
Ainhoa Arteta (Musetta)
Ludovic Tezier (Marcello)
Oren Gradus (Colline)
Quinn Kelsey (Schaunard)
Paul Plishka (Benoit/Alcindoro)
Conductor: Nicola Luisotti
Production: Franco Zeffirelli
OFF
***プッチーニ ラ・ボエーム Puccini La Boheme***