第三幕
スクリーンに映し出されたのは、血が飛び散ったお皿と、食べかけのように置かれたフォークとナイフ。
観客の親子から、”やばいぞ!”という声が漏れる。
眠り続ける子供たちのそばに、露の精が現れる。
この露の精を歌ったのは、クックと同じく、リンデマン・プログラムのメンバーのオロペーザ。ソプラノ。
彼女は今期、『フィガロの結婚』のスザンナ役に繰り上がり大抜擢となりましたが、
本来は、まだ、今日のような比較的小さい役で経験を踏んでいくべき段階でしょう。
彼女の歌には、発声が乱雑に聴こえるときもあって、やや繊細さが欠けているような気がするので、
リンデマンのメンバーの中では個人的にはそれほど好みの声と歌唱ではないのですが、
無難にはこの役を歌い演じていました。
やがて、口を開いたおどろおどろしいスクリーンが現れ、オケの音楽が流れる中、
舞台の奥手から登場した、巨大なお菓子。
丁度、口の中で停止。
”きっと罠よ!”と警戒心を見せるグレーテル(さすが姉)を、
執拗な誘惑で説得し、一掴み食べさせるヘンゼル。
”さあ、あなたの番よ!”とのグレーテルの言葉に、やはりお菓子にパクつくヘンゼル。
すると、”私の家にさわったわね!”という声が。
びっくりして食べるのをやめる二人だが、もう、止まらない。
しかも学ばない二人。
”風の音、風の音”と、食し続ける。
これが、二人の恐怖の体験のスタートとなるのである。
やがて、魔女の家に招じ入れられる二人。
この魔女、メゾソプラノによって歌われるのが通例のようですが、
このプロダクションでは、ベテラン・テノールのラングリッジが担当。
男性が魔女役を歌うことで、大変面白い効果が出ていて、私は、よいアイディアだと思いました。
しかも、冒頭の写真で見られるとおり、素顔は非常に細面のラングリッジが、
ほとんどその素顔を伺いしれないほどの特殊メイクかつ詰め物により、
見事に太ったおばあちゃんに変身。
この魔女、お菓子作りが趣味。おいしいお菓子で子供をおびき寄せては
魔法にかけて、ぴちぴちの子供の肉を食べるのが趣味な、こわいばあさんなのでした。
しかも、こういう性別不詳、みたいなおばあさんってたまに存在するので、
このラングリッジが演じる魔女もちっとも不思議に思えないところが、
よく考えると不思議ではありませんか。
むりやり前掛けととんがり帽子を二人に身につけさせ、舌なめずりをする魔女。
しかし、むちっとした子供の肉がお好みの彼女は、
”ヘンゼルが痩せすぎてる!”とけちをつけだすのです。
グレーテルに、”あんた、ヘンゼルに肉付けする手伝いをしなさい!”と命令しつつ、
いきなりヘンゼルを捕獲し、手足を縛り付けて身動きがとれない状態にしたうえで、
自らお得意のお菓子の腕を奮い、得体の知れない食品を作り出したあげくに、
それを大きな漏斗が先についたホースで、無理やりヘンゼルの口に流し込みます。
このお下劣寸前に陥りそうなきわどいシーンを、救っていたのは、なんといってもラングリッジのハチャメチャぶり。
いい歳こいた、普段はワーグナーもの(指輪のローゲ役など)等、
(半)王様、神様系のキャラを歌っているベテラン歌手が、
粉まみれになって嬉々として歌い踊る姿は、痛快でもあり、恐ろしくもあり、、、。
誰か、彼を止めて。
また、こんな激しい振り付けにもかかわらず、歌の方も一切手を抜かない。
実際の細身の体からは意外なほど、しっかりとしたたくましい声で、声量も充分だし、
年齢もそう若くはないというのに、きちんとしたメンテナンスを怠っていない証拠、と感激させられました。
そして、ここからが、ヘンゼルとグレーテルのちょっとした成長物語になっているのです。
特にヘンゼル。弟、弟していたはずが、いつの間にか、
ヘンゼルが食べられそうになって恐怖におののく姉グレーテルを、
手足を縛られながらも叱咤激励、冷静に指示を出し続け、
最後、意外と詰めのあまい魔女が、オーブンを覗き込んだところを、
思い切り二人が後ろから突き飛ばして、あっけなく魔女を殺害。
これにより、魔法にかけられて、部屋に転がっていた、今まで魔女に連れてこられて
行方不明となっていた子供たちが、命を吹き返す。
生き返ったのはよいのですが、子供たちがいっせいに、
”目が見えないよ、視力をとりもどすには、
愛情ある誰かからふれられることが必要なの”と歌います。
憐れに感じたグレーテルが、子供たちに触れると、みんなが視力を取り戻し、
この体験で自分が得た力に、自分でもびっくりのグレーテル。
そう、もう二人は子供ではなくなったのです。
この子供たちの合唱は、声の響きはなかなか美しかったのですが、
高い音で音がややぺしゃり気味か?
でも、一生懸命にギョロ目の指揮者、ジュロウスキを見つめながら歌う姿に、
この演目の内容ともあいまって、これでいいのだ、と思わせられました。
最後に遅ればせながら、父ペーターと母ゲルトルートが到着し、大団円。
幕後に振り返ってみるに、ジュロウスキが引き出したかった音が
全部オケによって再現できていたか、といわれれば微妙な部分もあり、
それを指揮者のせいとするか、オケのせいとするか、は人により、意見もそれぞれでしょうが、
全体の演奏の印象は、悪くはなかったと思います。
子供たちもなかなか楽しんでいたようだし、大人にも見ごたえのあるセットデザインと、
シニカルな笑いを誘うユーモアのセンスで、
大人と子供、どちらの聴衆にも耐える演出を作り上げたのは見事。
作品についていえば、音楽は美しく、非常に聴きやすいですが、ただ、物語としての深みには少し欠けるかもしれません。
逆に、そのおかげで、いつもはオペラ一作品観るとぐったりとしてしまう私ですが、
今日は、気楽な気持ちで楽しめました。
オペラが小難しいと思い込んでいる大人と、子供たちには最良の入門編。
子供たちのために、と、必死になってがんばる上演にかかわった大人たちの姿が感動的でもあり、
メトから子供たちへの、贅沢な冬のプレゼントとなりました。
追記:コメント中でふれられているNYタイムズの記事はこちら。
中央にあるビデオの欄で、ライブ・インHD用に収録された映像の一部が見れます。
ラングリッジのはじけぶりを堪能ください。
Christine Schafer (Gretel)
Alice Coote (Hansel)
Rosalind Plowright (Gertrude)
Alan Held (Peter)
Sasha Cooke (The Sandman)
Lisette Oropesa (The Dew Fairy)
Philip Langridge (The Witch)
Conductor: Vladimir Jurowski
Production: Richard Jones
Set and Costume Design: John Macfarlane
ORCH R Odd
OFF
***フンパーディンク ヘンゼルとグレーテル Humperdinck Hansel and Gretel***
スクリーンに映し出されたのは、血が飛び散ったお皿と、食べかけのように置かれたフォークとナイフ。
観客の親子から、”やばいぞ!”という声が漏れる。
眠り続ける子供たちのそばに、露の精が現れる。
この露の精を歌ったのは、クックと同じく、リンデマン・プログラムのメンバーのオロペーザ。ソプラノ。
彼女は今期、『フィガロの結婚』のスザンナ役に繰り上がり大抜擢となりましたが、
本来は、まだ、今日のような比較的小さい役で経験を踏んでいくべき段階でしょう。
彼女の歌には、発声が乱雑に聴こえるときもあって、やや繊細さが欠けているような気がするので、
リンデマンのメンバーの中では個人的にはそれほど好みの声と歌唱ではないのですが、
無難にはこの役を歌い演じていました。
やがて、口を開いたおどろおどろしいスクリーンが現れ、オケの音楽が流れる中、
舞台の奥手から登場した、巨大なお菓子。
丁度、口の中で停止。
”きっと罠よ!”と警戒心を見せるグレーテル(さすが姉)を、
執拗な誘惑で説得し、一掴み食べさせるヘンゼル。
”さあ、あなたの番よ!”とのグレーテルの言葉に、やはりお菓子にパクつくヘンゼル。
すると、”私の家にさわったわね!”という声が。
びっくりして食べるのをやめる二人だが、もう、止まらない。
しかも学ばない二人。
”風の音、風の音”と、食し続ける。
これが、二人の恐怖の体験のスタートとなるのである。
やがて、魔女の家に招じ入れられる二人。
この魔女、メゾソプラノによって歌われるのが通例のようですが、
このプロダクションでは、ベテラン・テノールのラングリッジが担当。
男性が魔女役を歌うことで、大変面白い効果が出ていて、私は、よいアイディアだと思いました。
しかも、冒頭の写真で見られるとおり、素顔は非常に細面のラングリッジが、
ほとんどその素顔を伺いしれないほどの特殊メイクかつ詰め物により、
見事に太ったおばあちゃんに変身。
この魔女、お菓子作りが趣味。おいしいお菓子で子供をおびき寄せては
魔法にかけて、ぴちぴちの子供の肉を食べるのが趣味な、こわいばあさんなのでした。
しかも、こういう性別不詳、みたいなおばあさんってたまに存在するので、
このラングリッジが演じる魔女もちっとも不思議に思えないところが、
よく考えると不思議ではありませんか。
むりやり前掛けととんがり帽子を二人に身につけさせ、舌なめずりをする魔女。
しかし、むちっとした子供の肉がお好みの彼女は、
”ヘンゼルが痩せすぎてる!”とけちをつけだすのです。
グレーテルに、”あんた、ヘンゼルに肉付けする手伝いをしなさい!”と命令しつつ、
いきなりヘンゼルを捕獲し、手足を縛り付けて身動きがとれない状態にしたうえで、
自らお得意のお菓子の腕を奮い、得体の知れない食品を作り出したあげくに、
それを大きな漏斗が先についたホースで、無理やりヘンゼルの口に流し込みます。
このお下劣寸前に陥りそうなきわどいシーンを、救っていたのは、なんといってもラングリッジのハチャメチャぶり。
いい歳こいた、普段はワーグナーもの(指輪のローゲ役など)等、
(半)王様、神様系のキャラを歌っているベテラン歌手が、
粉まみれになって嬉々として歌い踊る姿は、痛快でもあり、恐ろしくもあり、、、。
誰か、彼を止めて。
また、こんな激しい振り付けにもかかわらず、歌の方も一切手を抜かない。
実際の細身の体からは意外なほど、しっかりとしたたくましい声で、声量も充分だし、
年齢もそう若くはないというのに、きちんとしたメンテナンスを怠っていない証拠、と感激させられました。
そして、ここからが、ヘンゼルとグレーテルのちょっとした成長物語になっているのです。
特にヘンゼル。弟、弟していたはずが、いつの間にか、
ヘンゼルが食べられそうになって恐怖におののく姉グレーテルを、
手足を縛られながらも叱咤激励、冷静に指示を出し続け、
最後、意外と詰めのあまい魔女が、オーブンを覗き込んだところを、
思い切り二人が後ろから突き飛ばして、あっけなく魔女を殺害。
これにより、魔法にかけられて、部屋に転がっていた、今まで魔女に連れてこられて
行方不明となっていた子供たちが、命を吹き返す。
生き返ったのはよいのですが、子供たちがいっせいに、
”目が見えないよ、視力をとりもどすには、
愛情ある誰かからふれられることが必要なの”と歌います。
憐れに感じたグレーテルが、子供たちに触れると、みんなが視力を取り戻し、
この体験で自分が得た力に、自分でもびっくりのグレーテル。
そう、もう二人は子供ではなくなったのです。
この子供たちの合唱は、声の響きはなかなか美しかったのですが、
高い音で音がややぺしゃり気味か?
でも、一生懸命にギョロ目の指揮者、ジュロウスキを見つめながら歌う姿に、
この演目の内容ともあいまって、これでいいのだ、と思わせられました。
最後に遅ればせながら、父ペーターと母ゲルトルートが到着し、大団円。
幕後に振り返ってみるに、ジュロウスキが引き出したかった音が
全部オケによって再現できていたか、といわれれば微妙な部分もあり、
それを指揮者のせいとするか、オケのせいとするか、は人により、意見もそれぞれでしょうが、
全体の演奏の印象は、悪くはなかったと思います。
子供たちもなかなか楽しんでいたようだし、大人にも見ごたえのあるセットデザインと、
シニカルな笑いを誘うユーモアのセンスで、
大人と子供、どちらの聴衆にも耐える演出を作り上げたのは見事。
作品についていえば、音楽は美しく、非常に聴きやすいですが、ただ、物語としての深みには少し欠けるかもしれません。
逆に、そのおかげで、いつもはオペラ一作品観るとぐったりとしてしまう私ですが、
今日は、気楽な気持ちで楽しめました。
オペラが小難しいと思い込んでいる大人と、子供たちには最良の入門編。
子供たちのために、と、必死になってがんばる上演にかかわった大人たちの姿が感動的でもあり、
メトから子供たちへの、贅沢な冬のプレゼントとなりました。
追記:コメント中でふれられているNYタイムズの記事はこちら。
中央にあるビデオの欄で、ライブ・インHD用に収録された映像の一部が見れます。
ラングリッジのはじけぶりを堪能ください。
Christine Schafer (Gretel)
Alice Coote (Hansel)
Rosalind Plowright (Gertrude)
Alan Held (Peter)
Sasha Cooke (The Sandman)
Lisette Oropesa (The Dew Fairy)
Philip Langridge (The Witch)
Conductor: Vladimir Jurowski
Production: Richard Jones
Set and Costume Design: John Macfarlane
ORCH R Odd
OFF
***フンパーディンク ヘンゼルとグレーテル Humperdinck Hansel and Gretel***