カトリック高円寺教会ANNEX

2004年に晴佐久昌英神父様により成人洗礼をうけた『おやじ』の[信仰告白]風コラム

『残ったパンはどこへ?』

2006-07-31 08:52:45 | Weblog
 一週間ぶりにミサに与かり




 朗読の担当地区で万全の人員配置で臨んだつもりだったが




 「幸運にも」とでも言っておこうかな、第一朗読をお願いしていた若者が




 睡魔との闘いに敗れたらしく




 急遽というか想定の範囲内でピンチヒッターなどをやることになり




 そうはいっても、「御言葉の典礼」で朗読台に立てるような格好をしていなかったのだがその辺りはご勘弁いただき、久しぶりの朗読。




 こうなるべくして導かれていることを実感し、気分爽快。




 そして




 あらためて、しみじみと、味わい深く




 「キリストのからだ」である「ご聖体」を拝領して



 
 エネルギー・チャージ完了!




 朗読の担当地区はミサ後、聖堂の掃除もするルールになっていて地区の方々大勢の参加でスッキリきれいになって




 妻と娘とお友達を科学技術館に送り出して




 「教会報 いしずえ」の編集会議に出席し




 そのあとマイエホールで「天国映画村」のお姉さま方と映画について分かち合い(「プチ天国映画村別館」(笑))などをして盛り上がっていると




 「おにぎりと豚汁」と声を掛けられたので




 お昼を食べてないぼくは思わず




 「あっ、はい、ごちそうさまです。」って




 反射的に答えたら




 「な~に言ってんの。にぎるんだよ。」と言われ




 「おにぎり」製作に参加したが、よ~く考えてみるとっていうか、たぶん25年くらい



 「にぎった」ことなんじゃないかってことに



 気がついた。というか



 うまくにぎれない。



 嘘みたいだけど。



 まあ、なんとか体裁は取り繕って、おなかが一杯になってくつろいでると



 そこでこんな話になった。



 今日の「福音朗読」の内容について。



 要約すると「5個のパンが何千人分にもなって、なおかつ、パンくずを集めたら12かご分のにもなった。」という箇所なのだけれど






 「その残った12かご分のパンくずはその後どこに行ったのでしょうか?」







 先日の聖書の分かち合いで、現在当教会にいらっしゃる澤田神父様このように質問されたのだそうだ。




 瞬間に頭を高速回転モードに切り替えたが、知識レベルの問題ではないことなど最初からわかっている。




 考えて見ましょう。まだスクロールしてはいけません。




 もう少し考えてみましょう。








 さあ、答えは!?







 「今日のミサで拝領したご聖体が、その残りのパンなのですよ。」






 


 カッコイイねえ。




 これ聞いて




 「オ~!」などと盛り上がってる




 ぼくらも




 チョッと「イケてる」んじゃない(笑)






 神に感謝。
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『となりの席』

2006-07-28 08:19:11 | Weblog
 「うわ~」




 「うっ!」




 「ひゃ~」




 「音、大きすぎるよ~」




 ぼくの『となりの席』で遠慮気味にうめいたり、耳を押さえたり、身をよじってる我が家の天使(娘)を見ているほうが、ジェットコースターのような展開を繰り広げる試写会の映像を観ているより何倍も微笑ましく、おもしろい。







 一応、下調べしたら、今回試写会が行われるホールは二階席もあってかなりのキャパらしいのだが行ったことのないところなので会場の見取り図見てもいまひとつピンとこない。




 とりあえず少し早めに行けば、もしかしたら整理券の配布なんかがあって、待ち時間のあいだに軽~く腹ごしらえ




 な~んて、ぼくの体調がいまひとつ万全になってないこともあってちょっと希望的な楽観的なイメージが先行してた



 娘と合流して開場予定時間の45分前に到着。



 
 「試写会の方はこちらにお並びください。」




 冷房のイマイチ効いてない階段にはすでに50人ほどの列。ゲンナリ。




 ちょうど階段の踊り場の最後列になったので娘はそこに座り込み、さっきまでお友達といっしょに行ってた科学技術館で開催されてる「「青少年のための科学の祭典」2006 全国大会」で体験学習した成果発表をしてくれた。




 これはこれでなかなか充実した内容だったようで、工作したもの見せてくれたけど、「電撃イライラ棒」などは秀逸な出来だった。(学校の自由研究のヒントになったりするのでおすすめですよ。)




 その間にも行列は順調に伸びていってます。




 ぼくらの後ろから階段一段につき4人づつ並ばされてるので結構な人口密度です。人いきれで暑いし。




 こんな時は、なかなか時間が経たなくて、とりあえず一巡発表が終わった娘は「おネム」モードに突入です。




 そうりゃあそうだろう。朝8時前に家を出たらしい。いまもうすぐ午後の6時だもの。充実した夏休み過ごしてますな~。




 上の段に並んでる人たちがざわざわしてきたので豆みたいになって寝てる娘を起こして、さあ開場です。




 涼~しく冷えたホールは予想以上の広さで比較的前に並んでたぼくらをいとも簡単に飲み込みました。




 大きい音が苦手な娘は1階の一番後ろの席を主張して一度は座りましたが「やっぱりもうちょっと前に行こうよ。」というぼくの意見にうながされて移動。




 そうなんです。こんな再移動してる余裕があるくらい広いのです。




 「なんか必死に並んじゃって損した気分だな~。」って感じ。




 バターソースのたっぷりかかったポップコーンが無くて残念でしたが、映画はアメリカンな濃厚テーストに仕上がってました。あまりイイ意味でなくてね。




 もうそれはアメリカ映画の王道のようなストーリー展開。




 主人公が欲張って、失敗して、相手を怒らせて、その穴埋めを期限内にしないといけなくなっちゃって、仲間をだまして目的達成しようとするんだけど結果的に自分だけおいしい思いをしそうになる。んだけど切羽詰ったところで裏切りがバレて、そうこうしているうちに仲間が危機に陥ってそれを放って置けなくって助けに行って・・・ハッピーエンドみたいな。




 家族、仲間との絆の大切さをしみじみとする。




 主人公の声優がブルース・ウィリスだったりして、なかなか子供には楽しい作品なのではないでしょうか。




 「森のリトル・ギャング」




 まあ、ともあれ「我が家のリトル・ギャング」が楽しそうだったのがなによりです。




 きっとそのうち、彼女の『となりの席』にはぼくじゃない誰かが座ることになるんだろうな~。ゲッ








 神に感謝。
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『300』

2006-07-26 19:27:08 | Weblog
 ちょっと地味にうれしかったことを書いてこのブログの300回記念としようと思います。



 「うれしかったこと」などと書くと



 「よし!その話で感動させてくれ。」みたいに思われちゃうかもしれないので、「期待しないでください。」と、はじめに書いておきます。



 なんだか仕事しないで映画ばかり観ているようなイメージがおぼろげながら構築されつつあるようだがそんなことはあまり気にせず



 家に帰り着きポストを確認すると、なんだか安売り紳士服屋さんのダイレクトメールとは若干、趣(おもむき)が違う、そう、どちらかというと子供の教材の案内みたいなハガキが一枚入ってた。



 応募したことすら忘れてたんだけど



 生まれて初めて




 「試写会」ってやつに当選したらしい。




 ちょっとうれしかったね。




 それも、夏休みに入っている娘といっしょに試写会などを観に行けたらイイかなとたまたま思いついて、なぜかしら締め切り当日消印有効みたいな感じで応募した。様な気がする。




 「森のリトル・ギャング」




 これがその映画の題名です。




 「シュレック2」を製作したDREAM WORKSの新作で



 「かわいい動物たちの勇気と友情と感動の物語!」なのだそうだ。



 グッド・タイミング、グッド・チョイス



 8月5日(土)公開に先立って観れちゃうなんて子供だったら結構なステータスだよね。



 我が家の天使(娘)ちゃんはこんなプチ・サプライズでも大喜びしてくれるんです。


 「うっそ~!やった~!」なんてね。



 明日27日の夕方、妻かぼくのどちらかが彼女をエスコートする予定です。



 以上「うれしかったこと」おわり。





 あっと、もう一つあったんだ。



 偶然だったのか必然だったのかこの前の日曜日ミサに与れなかった。



 さっきその日の「聖書と典礼」をようやく手に取り読むことができた。



 「はは~。」っていうか「へえ~。」でした。



 「マルコによる福音」にはこんな風に書いてあったんだね。



 「イエスは、「さあ、あなたがただけで人里離れた所に行って、しばらく休むがよい」と言われた。」」(マルコ6 31)



 これは宣教に派遣した十二人の弟子たちがその使命を果たして再びイエスのもとに集まってきて、弟子たちがしてきたことの報告を聞いたあとにイエスが言われた言葉です。



 すっごく的確に表現されているので「心のさかば」さんのブログを引用させていただくと



 「この言葉は、仕事や生活に疲れた私たちにも向けられた言葉ともいえるでしょう。日々の忙しい仕事、人間関係の問題、生活の問題、様々な心の疲れに対しても向けられた言葉だと思います。」



 「疲れた体を癒すことも大事、傷ついた心を癒すことも大事です。ミサに与られた方も、家で休まれた方も、しっかりと休んで、元気に明日を迎えましょう。」




 ぼくもまったく同じ感性で心に響きました。




 『連続』にこだわっていた自分。




 悪かぁないんだろうけど、そこまでの




 「センス」




 まあ福音宣教を熱心にやってるのかと問われれば




 「それなりに」程度にしか答えられないぼくが




 こんなこじつけみたいな偶然を喜んでイイのかって話になっちゃうんだけど




 ぼくは




 いま




 こんな風に考えられることすら




 奇跡的だと思うから




 ちょっと




 気持ちがイイのです。




 300の言葉を紡ぎました。




 この次は




 そう




 301なんだよ。







 神に感謝。
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『連続』

2006-07-25 23:46:11 | Weblog
 ほんの五日間なのに、とっても「浦島太郎」状態に思えるのと



 ようやく書き込める体調になったので



 あと、なんとなく恥ずかしさもあるので



 いつもと違う時間帯に「コソッ」と更新しておこうと思う。(ネットに乗っかってるのに「コソッと」もあったもんじゃないか。)



 先週田舎に行く前から実は非常に体調が悪く、ホントめずらしく、完全なというか完璧な






 風邪っぴき状態。







 あと、統計を取ったわけじゃないんだけど田舎に行って時間が余ったら物置の整理をするんだけど(以外に昔コレクションしてた12nch Singleのレコード盤がネットオークションで一枚1万円弱で売れたりするんだよ。80年代のディスコのやつがね。)この埃にまみれると必ず熱が出る。



 人呼んで



 「物置熱」(ゴメンナサイ、ぼくだけです。)



 土曜日にすっごく楽しみにしてたライブがあって(実際すごく良かったってみんながブログで書いてる(ぼぎゅ~))



 前日の金曜日に一緒に行くことになってた仲間とチケット受け渡し方法などを相談しながらワクワクしてた。実はその時もベッドの中でケイタイで話してた。この時点ではまだ「熱」を測ってなかった。寝てれば治るって信じきってた。



 その夜、そんな状態だったのだけど、どうしてもはずせない仕事があって午前一時過ぎに帰ってきたんだけど、もうヘロヘロ通り越してズタズタ、ズタボロ。



 でも、さっとシャワー浴びて寝て起きれば治っちゃうはず



 ところが背中だか腰だかが痛くて起きてるんだか寝てんだかわからない状況。



 妻に「熱、測ったの」と言われて、はじめて「ピッ」なんて体温計ワキに挟んだら5秒ぐらいで「ピピピピピ」。



 オイオイそんなに高性能なんじゃなかっただろうにと思いながら表示されたデジタルを読むと






 38.9℃





 
 「スミマセン。ギブ。」






 くやしいんだよね。気力が充実しててカラダがいうこと聞かない。



 具合が悪くなると気力が萎えるんだけどとにかく熱が下がらなくてダルイ。



 2004年の4月に洗礼を受ける多分二、三ヶ月前から主日のミサ『連続』出場記録更新中だったんだよね。



 途切れました。



 仲間がメールをくれました。



 「風邪ひいてる場合ですよ。」って。



 ぼくは『連続』が途切れたことと熱が下がらないことを返信しました。



 すると



 「ミサに行かなくても神様感じられたら、これ幸い。」



 って返信がきました。




 かっちょイイでしょ。




 こういうセンスを磨かなきゃいけないんだね。





 水曜日から再始動です。





 神に感謝。
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『美しい人 9lives』

2006-07-21 18:00:31 | Weblog
 映画の題名書いといて全然違うこと書くのもいかがなものかなのだけど



 さっき父の七回忌を済まして田舎から帰ってきた。



 朝5時に出発してレンタカーでひとっ飛び、家族3人でプップ~ってね。



 田舎では母が待っていた。



 ちょっと顔色が悪いような印象。



 いっしょにお寺さんへ行き手を合わせる。



 家に帰ってから「最近、ダルくない?」と質問してきたので



 「おとといくらいからめずらしく風邪ひいてるっぽいけど基本的には調子イイよ。このところ食事制限なんかもしてるしね。なに、どこか調子悪いの?」



 「下半身だけが、どよ~んとダルいんだよ。8月末に人間ドック行くことにしたからよく診てもらう。」



 「ご飯ちゃんと食べてるの?」



 「体力つけなくちゃと思って、朝からうなぎ食べてるよ。」



 「・・・」



 医者に行くのが大嫌いな母が人間ドック予約したなどと聞くと余程調子が悪いのかと心配になった。



 一度しか会ったことのない教会の神父様に漬物持ってけばとか言ったかと思うと




 帰りがけにぼくに丸めたお金を手渡そうとした。



 いくつになっても親は親、子は子、ありがたいと思いながらも受け取れなかった。



 しわくちゃの五千円札



 あまりにもリアルすぎてね。



 こっちが支援してやらなきゃいけないくらいなのに



 ちょっと落ち込むね。





 そうそう映画の話。



 この『美しい人 9lives』リアルだよ。



 女の「業」(ごう)みたいなものが映画とは思えないえぐり方をして観ている側に迫ってくる。



 9人の女性の短編オムニバスなのだがちょっとずつリンクしてたりして



 これカップルで観てみたらイイと思う。



 結婚などを考えているのならなおさら。



 これ観て雰囲気悪くなったらその一緒に行った相手とはNGかな。



 冗談ぽく書いてるけど観に行けばわかると思う。



 ひさびさにドキドキした映画です。




 さ~て、明日の夜は「死体 De Night」ってライブに参加しようと思います。



 風邪治さなきゃ。




 神様、それからお父さん、ぼくの母とぼくら家族と世界のみんなをお守り下さい。



 心から祈ります。



 神に感謝。
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『ぶら~り、ぐびぐび』

2006-07-20 08:28:16 | Weblog
 『岩盤浴』で「さらさら」になったぼくたちの次なる欲求は空腹。



 このスケジュールを妻と立てたときは、たしかこのあと新宿へ行って「たらばがにの天丼」でもチャレンジしてみようか、だった。



 早速ケイタイから電話をかけて場所を確認した。いまの時間は12時20分。



 「時間的に混んでますよね。」



 「はい、今からですと30分から1時間待ちの感じでしょうか。」



 阿佐ヶ谷から新宿までの移動を考えればもう少し改善されるかなと思いながら、とりあえず駅に向かった。



 「不動産屋さんをのぞきたい。」という妻の希望を



 「ご飯食べてからね。」と一蹴し



 なんとなく移動する気持ちも萎えて、とりあえず、ここで何か食べようと20分くらいぶ~らぶらした。



 ホントは脂ものいまはダメなのだけれど、なんてったってイメージが「たらばがに天丼」だからスイッチの切り替えができない。



 パスタにしようか、ラーメンでもイイや、とりあえず回転寿司では、などと、う~ろうろしたがどれも決定打に欠けてる。



 でも娘がいなくての久しぶりの二人でのデートなのでイライラ感みたいなものが全然無い。なんかとてもイイ感じだ。



 「やっぱり、新宿へ行こう。」と再度駅に向かったが、なぜかやっぱりやめて(意味不明、挙動不審な二人)、ランチメニューのコストパフォーマンスの良さそうなお寿司屋さんに入った。



 さほど期待はしてなかったが、はじめて入った食べ物屋さんで「ハズす」と非常に悔しいというか、そこをチョイスしちゃった物悲しさに打ちひしがれる。お店の名前はあえて伏せておくことにしよう。



 気を取り直して、まだまだ時間に余裕のあるぼくたちは軽~く不動産屋さんをリサーチし、「とりあえず高円寺まで歩こう。」というぼくの思いつきに妻も賛同し、道も知らないが、中央線の高架橋を目印にして歩き出した。



 小さなパン屋さんに立ち寄ってパンを買い、さっきお昼食べたばっかりなのに茶色い紙袋からパンをほお張りながら歩く。



 いろんな話をしながら。



 とぼとぼ、ぶら~りぶらり



 見覚えのある高円寺界隈に踏み込んで「阿佐ヶ谷もイイけど、やっぱり、高円寺の怪しさに惹かれるなあ。」などといいながらぶ~らぶらする。



 「若い衆(笑)誘って高円寺で飲みたい。」とまたまた突然に思いついて連絡してみるとどうやら可能性がありそうとの返事。



 待っているあいだにグサッと散財し



 雨の降る中、最初の二軒にふられて、ようやく三軒目の焼肉屋さんで待ち合わせ。



 実は誰にも言わなかったがこの飲み会のテーマは「結婚について語る」としていた。ぼくがひとりで勝手に。ましてや誰にも言わなくて「ぐびぐび」「ジュ~ジュ~」して、なおかつ誘った張本人が途中で気持ちよくなって寝ちゃったもんだから伝わるわけも無く、でもすごく楽しくてさ。



 電車が終わる前になんとか家まで帰り着き



 次の朝起きたら



 「ハックショ~ン」



 何も着ないでベッドに寝てました。



 天使ちゃんのいない一泊二日間でした。



 『ぶら~り、ぐびぐび』



 充実感。





 神に感謝。
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『岩盤浴』

2006-07-19 08:38:18 | Weblog
 目的地は阿佐ヶ谷のパールセンターというアーケード付きの商店街のなかほどにありました。



 しかし、このパールセンターってとこは、なかなか充実した商店街でなんてったってパン屋さんの多いこと。(でもね、大きい声じゃ言えないけど、毎年行われるこの商店街の「お祭り」はショボいらしい。関係者の方ゴメンナサイ。応援してます。)



 「パン屋さん」大好きの妻は「やっぱり阿佐ヶ谷に住もう。」などと言い出す始末。



 何とかっていう電気屋さんの2階に「東京岩盤浴」は、ぼくたちを待っていてくれた。



 「癒し」のスペースらしいホスピタリティー溢れる接客を受けて、「あ~ここ多分はずれじゃないな。」と感じた。



 用意された室内着に着替えて、ぬるいペットボトルの水(カラダのことを考慮してあえて室温)を2、3口飲んで浴室に向かいます。



 ドアを開けた瞬間、「サウナのやさしい版」的な環境だなと感じます。



 指定された番号のスペースに行くと反対側の入り口から妻が入ってきました。



 岩盤の上に全身大のバスタオルをひいてそのままうつ伏せで5分、仰向けで10分横になります。そして休憩室で水分を取りながら5分休憩。これを90分で3セットくらい繰り返します。



 1セット目、ジワーッと汗が出てくるのがわかります。



 2セット目、休憩所に向かうために起き上がったら額からポタポタ汗が滴り落ちます。


 
 3セット目、頭のてっぺんからも汗が噴出してること実感します。



 変な表現になりますが「イイ汗」を納得したいぼくは途中何度も汗だくの自分の腕を舐めてみました。(キモいというなかれ、みんなこういう気持ちになりますから)



 「しょっぱくない。」のです。




 なおかつ、はじまる前に、「終了後にはシャワーを浴びない方がイイ、もったいない」とまで言われて半信半疑だったのですが、バスタオルで汗をふいて着替えたら全然べたつき感が無い。



 なんだか騙されているような気分なので、リラクゼーションルームでハーブティーのサービスなどを受けながら係りの女性に聞いてみた。



 「たしかにいまさらさらなんだけど、「イイ汗」って、どういう風に理解すればいいのですか。」



 彼女いわく、「岩盤から放出される「遠赤外線」と「マイナスイオン」が「さらさらした「イイ汗」」の要因」なのだそうだ。



 マイナスイオンの「界面活性作用」と遠赤外線の「共鳴振動」で汗の粒が小さくなることにより蒸発しやすくなる。すると新陳代謝を助ける血漿やカルシウムなどのミネラルがカラダから流れ出ることが無く水分だけが出ていく。だから「しょっぱくなく」て「さらさら」しているらしい。



 そしてもうひとつ新陳代謝が高まる理由は、遠赤外線の「温熱効果」ってことらしい。わかりやすい例えだと「炭火」で焼いたさんま。



 ガスで焼くと表面は焦げるほど焼けているのに中はナマのことがある。一方、炭火の場合芯までふかふかと火が通っていてとても美味しく食べられる。炭火からも遠赤外線がでているから。

 

 つまり岩盤の遠赤外線の温熱効果は、「まんべんなく」「均一」に体のすみずみにまで及んで、特に体のなかで最も代謝が盛んな「肝臓」を暖め代謝を盛んにしてくれるのだそうだ。



 しかも、体が均一に温まると、自律神経や免疫・ホルモン系が働きやすなり、ますます代謝が活発になり「一石二鳥」なのだそうだ。



 「へ~」って感じで100%じゃないけど納得かな。



 ただし、これだけは確か。



 行けばわかる。



 教会といっしょだね。





 神に感謝。
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『汗を流す』

2006-07-18 08:24:52 | Weblog
 土曜日



 入門講座開始予定時間なのに環七が渋滞していてまだバスの中



 チョッと冷や汗



 入門講座では神父様のお話しにインスパイアされ、今年七回忌となる父のことを思い出して



 ココロがウルウルと汗を流した



 「もう七年も経つのか」



 七年前の今頃は田舎の病院の一室で一縷の望みに期待して、そして、認めたくないのだけれど、きっと、たぶん、もうすぐ訪れてしまうであろう永久(とわ)の別れに心の準備をしながら



 父のごつごつした手を握ってた



 意識は無く、人工呼吸器で延命処置を施されている父とぼくをかろうじてつないでいたのは心電図の波形とそれを電子の音に変換した



 「ピッ、ピッ、ピッ、ピッ、ピッ」



 という何の感情も無い



 父の心臓の叫び声だけだった



 やがて波形はフラットになり



 不規則ながらも命のリズムを刻んでいたあの電子音も



 「ピーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」



 と絶叫したままになった





 この時期になると鮮明に思い出すこと



 父の最後の日の数日前に我が家の天使(娘)ちゃんが病床を見舞った。



 二歳の娘が父の手を握って



 「おじいちゃん、わたしのパワーあげるから、ぜったいよくなるから。」



 と声をかけた瞬間



 意識の無いはずの父の目じりから



 ツ~って



 涙が流れ落ちた






 入門講座が終わって



 聖堂の大掃除



 床にワックスをかけるためにまず手始めに汚れを落とす為にスポンジのようなたわしで一心不乱に磨きます



 擦れば擦るほどキレイになるから



 指先に力が入らなくなるまでゴシゴシします



 額にも背中にも汗が流れます



 次回はもっともっとたくさんの人が



 聖堂(我が家)の掃除に参加されることでしょう



 ぴかぴかの聖堂(我が家)で翌日曜日のごミサ



 今度は自分が洗い清められます




 祝日の月曜日



 学校のキャンプに参加する娘を東京駅まで見送り



 その足で阿佐ヶ谷の「東京岩盤浴」へ向かいます



 「イイ汗」



 実感しました




 どくどくと




 詳細は次回につづく





 神に感謝。
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『「エロス」と「タナトス」』

2006-07-14 08:21:34 | Weblog
 ニューヨーク市の美術館「ノイエ・ギャラリー」はこの美術館の創始者の大富豪が購入した絵を公開した。



 肖像画「アデーレ・ブロッホ・バウアーⅠ」



 作者はオーストリアの画家



 グスタフ・クリムト(1862~1918)



 どうでもいいんだけど、ちなみに購入価格は1億3500万ドル(日本円にして155億2500万円)なのだそうだ。





 「クリムト」




 秋に日本で公開になる映画のタイトル。



 主演は「ジョン・マルコビッチ」。



 19世紀末のウィーンの文化などが垣間見えるらしく、もう観に行くしかない。



 正直、クリムトの絵はそれほど好きな作風ではない。



 しかし、彼の描く女性は、美神(ミューズ)、「ファム=ファタル」(宿命の女)などと呼ばれ、なまめかしいほどの肉感をたたえながら、恍惚の表情を浮かべている。



 「モデルに触れないと描けない」彼は、触れることで対象から何を導き取り、感じ、キャンバスに向かっていたのだろう。



 笑い話ではないが当時ウィーンには彼の子供が30人もいたといわれている。




 ジョン・マルコビッチはこういった夢と現(うつつ)の狭間に身を置くような危うい精神世界を演じさせたら、そりゃあもうすごい。




 でも、たぶん「天国映画村」の宿題映画にはエントリーされることは無いでしょう(笑)



 だって『「エロス」と「タナトス(死)」』だもの。







 「触れる」チャンス。



 「ほんもの」に「触れる」チャンス。






 入門講座&ミサはカトリック高円寺教会へ。



 土曜日は入門講座あります。





 神に感謝。
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『こまった欲求』

2006-07-13 08:17:07 | Weblog
 知り合いのブログを読んでて



 もうどうにもこうにも



 「岩盤浴」に行きたくなっちゃった。



 そこでカラダから流れ出す汗は



 「イイ汗」


 
 なのだそうで



 めちゃくちゃ、どくどくと汗をかいた後でも



 2、3時間は洗い流さない方がイイらしいのです。



 「イイ汗」ってどんな汗なのか



 興味ありすぎ。



 汗臭くないのかなぁ



 興味津々。



 そもそも「イイ汗」と「悪い汗」の定義から教えて欲しいと思うし



 90分で2500円てのも微妙に行けちゃいそうだし。



 でもひとりで行くのは止めとこう



 来週前半に我が家の天使(娘)ちゃんが学校のキャンプに行ってる時に



 妻と二人で行くことにしよう。



 なんだか、やってみたいこと



 つぎからつぎから



 アンテナに引っ掛かっちゃって



 『こまった欲求』君状態だ。



 「あなたねぇ、そうやって好きなことばかりやっててイイの!」



 「他に考えたり、やらなきゃいけないこと山ほどあるんじゃないの!」





 大人になると



 大人だから我慢しなきゃいけない



 みたいなことたくさんある。



 でもさぁ 



 なんかあきらめっちゃってさぁ



 わかったようなふりしてさぁ



 「現実はそんなに甘くないのだよ」



 「自分の欲求ばかり満足させてるんじゃなくて他のことに使うこと考えなよ」



 みたいに



 疲れきって、老いの不安に負けを認めて、世知辛い世の中を儚んで、すねてみせてたらさぁ



 誰も大人になんかなりたく無くなっちゃうじゃん。




 「ぼくらが今こうしていられるのは、やっぱり積み重ねてきたからなんだよ。」



 「多少の余裕みたいなもの出てくるんだよ。」



 「チョッと無理しちゃっても帳尻合わせみたいなこと、サラッとできるようになるんだよ。」



 って感じで



 鈍~くてもイイから



 輝いてないと



 苦しくても輝くところ持ってないと



 憧れるところに立ってないと・・・




 しまった、壮大な自己弁護になってしまった。



 
 でも、わかるでしょ。言いたいこと。




 『こまった欲求』についてはさぁ



 わかっちゃいるけど



 やめられない。



 大人の栄養分だから。



 いつも息抜きじゃぁ困るけどね。






 神に感謝。
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『MVP』

2006-07-12 06:28:18 | Weblog
 ほんとは、さっきまでは、昨日の夜たまたまつけたTVでやってた「スーパーピアノレッスン」の題材の「メシアン」のこと書こうと思ったんだけど「びゃっきー」さんの日記読んで気が変わった。



 その日記のタイトルは



 『MVP』で



 内容は



 「Most Violent Player(最も暴力的な選手)?」



 とだけ書かれていた。



 すぐに触発されて、先日終了したワールドカップの決勝戦で一発レッドカードで謎の?退場となったフランスのキャプテンについて書くことにする。




 愛称「ジズー」「将軍」


 本名「ジネディーヌ・ヤジッド・ジダン」


 アルジェリア系の移民の二世としてフランスに在住


 イスラム教徒


 いろいろなメディアが憶測も含めいろいろな形で今回の退場劇について報じているがどうやらこういうことらしい。



 試合中ジダンとマッチアップ(マンツーマンの方がわかりやすいかな)してたイタリアのDFマテラッツィが守備のひとつの手段として(みんなが良く使う)ジダンのユニフォームを頻繁につかんだり、引っ張ったりしてたらしい。



 それにストレスを感じてたジダンがマテラッツィに向かってこう言った。



 「なんだよ、そんなにオレのユニフォームが欲しいのかよ。だったら後でやるよ。」



 スーパースターが横柄に、見下すように。



 ある意味、先に挑発した。



 いっしょうけんめい自分の仕事(試合中のディフェンス)やってたマテラッツィはぶちぎれるわけです。



 マテラッツィの口から出たのが相手をとんでもなく侮辱する言葉だった。らしい。



 何を言ったかについてはジダンが説明するであろうからここでは書かない。



 一度は代表を引退したが自国のワールドカップ出場が危うくなった状態でみんなに懇願されて復帰して本大会に導いた。



 「今度こそ最後だ。」と宣言して臨んだ晴れ舞台。決勝トーナメントでは対戦する相手に必ず言われる「今日の試合がお前の最後になる。」と。



 しかし大方の予想を覆すパフォーマンスを繰り出して本当の最後、Final、決勝戦のピッチに立つ。



 これほどの花道、これほどの舞台は望めない状況の中での暴走。



 『MVP』返還しろとか、今までの彼のキャリアをすべてフイにした暴挙だとかいろいろとご意見もあるようだ。




 「人」には言われたくないこと、絶対に言われちゃいけないこと



 言ってイイ事と悪い事



 があるってこと再認識ですね。



 「いや~、あの時はぼくも熱くなっちゃってて」



 そんな風に許される間柄になっていないとしたら(場合によってはそういう間柄だからこそかも)



 どんな状況であろうと相手を罵倒してはいけないのです。



 日ごろの人間関係も同じことですよね。





 『MVP』も



 「もっとさぁ 場の空気を読めよなぁ ピントはずれな野郎だなぁ」の略にならないように気をつけましょう。







 やっぱり「メシアン」のこと書くんだったかなあ





 神に感謝。
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『ゆれる』

2006-07-11 08:30:28 | Weblog
 オダギリ ジョーが好きだ。



 もちろん変な意味ではない。



 すっごく期待して観に行った



 『ゆれる』



 正直



 ぼくの中では



 なにも



 『ゆれる』ことは無かったかな。




 エンドロールで知ったんだけど



 監督さんは女性なんだってね。



 もちろん女性蔑視やそんな風にとられるのは不本意と前置きしときますが



 言葉を飾ることなく言うと




 「きれいごとばっかじゃね~だろ、そういうとこ。」




 って感じ。



 出演者の方々のパフォーマンスは、もう素晴らしい。



 香川照之さんにしても、伊武雅刀さんにしても、新井浩文さんにしても、蟹江敬三さんにしてもそれぞれの役者さんの持つ個性がそれぞれの役にあいまって素晴らしい。


 だけど全体で見るとそれが融合してないっていうか、なんだか気持ちが悪い感じになってる。


 例えば「あ~それ、そこそこ、そのしぐさや台詞、普通っぽくてリアリティーある。」って思うところが俳優さんのアドリブっていうか力量みたいなところで表現されてて、これは演出じゃないんじゃないかなって感じられちゃうみたいな。



 ネタばれしない程度に気持ちの良くない場面を挙げると



 拘留中のお兄さんと弟が面会する場面が何度か出てくるのだけれど、その内一回だけ、よくTVなんかでやる断面図(横の壁とっぱらっちゃって、真ん中に境界線(遮蔽物)があって両側に二人がいる)を用いてる。



 ここでその手法を使いたかったのか理由がわからない。



 容疑者とその家族って緊張感やらなんやらがこの手法によって非常に陳腐になったし観てて冷めちゃった。



 七年後におじさんで弁護士役の蟹江敬三さんが事務所で電話してる。窓から風が入ってきて机の上の書類がパラパラ絵に描いたように落ちていくんだけど。



 まったくもって不自然な感じがしたり。



 理由や真実はどうあれ殺人者の家族、それも田舎のコミュニティでの悲惨さが微塵も感じられないし。



 兄弟愛、自己愛についての掘り下げ方がキレイ過ぎる。



 まだ見てない人には申し訳ないが



 ただの



 「嘘つきな弟」



 の映画ですよ。





 オダギリ ジョーはイイ。



 でも「メゾン・ド・ヒミコ」の彼はこの映画の何万倍もイイ。



 観に行った方はご感想聞かせてください。



 「そうじゃなくてさ~」みたいなの大歓迎です。




 それからLive『VOICE』のBenny16thが8月20日(日)に赤羽教会で行われるチャリティーコンサートに正式にエントリーしました。


 みんなで応援に行きましょう。詳細は後日ここで。





 神に感謝。
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『ゆかた』

2006-07-10 08:34:13 | Weblog
 夕方からの「納涼会」を前に10時からの「入門講座」。



 この内容がこれまた「ドンピシャのタイミング」の「ど真ん中の直球」で



 ようやく元気モリモリしはじめたぼくのココロに栄養剤のように、う~ん違うな、もっとこう強壮剤のようにしみ込んだ。



 この至極簡単そうで実のところとっても奥が深く、わかっているようでわかってなかったんじゃない?という神父様の話しをどうしてもココに刻みたい。



 そのお話は「七月七日の七夕に短冊が1枚だけあったら何をお願いしますか?」と始まった。



 「以外に勘違いというか、わかってない人多いんじゃないですか。


  何をどう祈るのか、どう願うのか、という以前に


  「こんなことお願いしちゃっていいのか」とか「これお願いしても無理」だとか




  「自主規制」


  したり





  「あきらめ」


  ちゃってる人。




  お願いを聞き入れてもらえるのかもらえないのか


  聞いてくれているのかいないのか


  ってことじゃなくて




  聞いてくださっている方(天の父)を


  信じて、信じきっているかいないかってこと。



  親と子供の関係ってそういうことでしょ。


  「お菓子買って。」「アイスクリームが食べたい。」




  「もっと愛して。」


  「もっとそばにいて。」



  だだをこねるじゃないですか。



  それは、



  相手を信頼してるから。



  子供が親に甘えるみたいにわがまま言うところがなければ


  先に進めないし


  「霊的成長」が望めないんですよ。」



 この話を聞いていて、涙が出そうになった。

 あまりにも心地よくて。

 何度も教えられてきたことなのに自ら閉ざしちゃってたじゃんって。





 3時の「納涼会」準備開始までにまだ時間があるのでお昼を食べがてら


 ぼくのお気に入りの高円寺駅周辺を散歩した。


 庚申(こうしん)通りを突き抜け折り返し


 純情商店街を抜けて


 パル商店街からルック商店街へ


 今日の夜の『ゆかた』用に履いてる草履で


 「ペタペタ、ペタペタ」一時間くらい。


 じと~っと暑かったんだけど、気持ちのイイ時間だった。




 その後仲間みんなで買い出し行って、会場準備して


 もちろん雨など降るはずもなく(パブリ~が「晴れオトコ」だから?)


 『ゆかた』美人さん沢山


 『ゆかた』男前さん大勢


 小粋な「甚平」さん多数などで




 「大盛況」



 生ビールは49リットルとバーベキューのお肉12kgとおにぎりとカキ氷などが大盤振る舞いされて



 「スーパーボールすくい」ですくえた数を競ったり



 花火にみんな目を輝かせたり、煙にむせたり



 初めて会う人達が「ワイワイ、ガヤガヤ」大いに盛り上がって





 ホントに「大盛況」







 「今日の主催は「神様」です。」




 すばらしいイベントとなりました。





 神に感謝。
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『タイヨウのうた』

2006-07-07 08:17:49 | Weblog
 「娘を持つ父親」目線でウルウル観ました。



 岸谷五朗さんはこういうシチュエーションの「父親」役、ハマルなぁ。


 「ぶっきらぼうそうだけど繊細で内に秘めた優しさに溢れてる」ってのやらしたら、すっごくイイ。




 サーフィン好きの高校生役の塚本高史くん、これがまたイイのですよ。


 波乗り大スキだけどヘタクソってのもイイ。


 「木更津キャッツアイ」などで個性的なキャラやってるからか、今回みたいな純愛もの光るね~。




 主演のYUIちゃん。シンガーソングライターである彼女の初主演映画。



 駅前で、ストリートで、スタジオで歌う彼女。



 太陽の光にあたれないXP(色素性乾皮症)という病気をかかえている役柄を演じる彼女。



 初映画の彼女のその初々しさが映画全体にリアリティをもたらしている。



 「この映画って彼女のPVじゃないの?」って声も聞こえてきそうだけど



 純愛を


 純粋に


 観ましょうよ。




 そう、ただただ純粋に。





 まぁ、号泣までは行きませんでしたけど


 ホロリと。




 話はガラッと変わるが


 「ゆかた」を「粋」に着るには


 やっぱり帯の結び方次第とのことで


 家の前の呉服屋さんに完璧に教えてもらいました。


 当日教えるよ。






 うちの奥さんがね(笑)







 さてと、スカッとはじける週末に突入です。



 今日は七夕。


 
 誰に出会って、なにをお願いしましょうか。



 明日の10時から入門講座あります。





 神に感謝。
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『生まれ変わる』

2006-07-06 20:24:35 | Weblog
 人間のカラダは


 おおよそ


 60兆個の細胞からできているらしい。


 誰が調べたのか、それは本当なのか


 自分自身のことなのに実感が無い。


 というか細胞レベル一つ一つまでに敏感だったら


 きっと生きていけないだろう。







 「生まれ変わりたい」







 そんな欲望



 具体性の無いありふれた願望




 過去からの境遇や現状



 何もイイことが無かった今まで


 つらく苦しい現状


 あの時こうしてたらという後悔


 どうにも身動きが取れないような虚脱感


 無気力


 努力しようとする気持ちがいとも簡単にポッキリ折れたり


 自分のせい


 他人のせい



 白馬に乗った王子様や


 日本沈没や


 ドリームジャンボ宝くじなどのラッキーが


 そうそう来ることなどなく


 周りにいる人は「ぼく」の良さを解からず、生かしてくれず





 あ~あ





 「生まれ変わりたい」と思う。




 裕福な家の子供になりたかった


 眼がパッチリしていてかわいい容姿に恵まれたかった


 足が速くてスポーツ万能で爽やかだったら




 こんなときに、このタイミングで


 「信仰」とか「洗礼」とか「お導き」などが「あなたを救う」って書くとチョッと違和感みたいなものが出ちゃったりするから(もちろんぼくは信じてるんだけど)


 「実は意識してないけどあなたのカラダは日々生まれ変わってるんですよ。」って切り口だったら気分的に楽にならないかな。


 冒頭に書いた約60兆個の人間の細胞は日々新しく生まれ変わってる。


 例えば胃の粘膜は約3日間で総入れ替え


 白血球は約5日で


 皮膚は約1ヵ月で


 大腸や小腸は約40日で


 血液全体は3~4ヶ月で


 筋肉は6~7ヶ月で一新されてて


 たったの1年で人間の細胞のほぼ90%がまるっきり新しくなってるのです。



 カラダだけで見れば



 「ほぼ完全に生まれ変わってる」と言ってイイのだそうだ。



 だから


 もしかしたら毎年



 「リセットできるチャンス」が来てるのに



 気づかないでいるのかもしれない。



 残るは



 ハートの問題。



 これ大事なとこ。



 今度の土曜日の夜7時に「ゆかた」や「甚平」着て「うちわ」なんか持ってさぁ



 心ほどいて


 バカ騒ぎしましょうよ。



 これがきっかけで


 「生まれ変わっちゃう人」


 たくさんいるんだよ。





 神に感謝。
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